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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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11話 「天魔の悲哀」

 その日、抱けば壊れてしまいそうな華奢(きゃしゃ)な身体の少女が、リンドホルム霊山を登っていた。


「登れる……かな……」


 すでにずいぶんと登ってきてしまっていたが、まだ少女の胸には不安があった。

 北側からの登山ルートが一番なだらかであることは自身の『魔眼』で確認しているが、実際に体を持ち上げる四肢はいささか頼りない。


 ――この眼があっても、わたしは、なにもできない。


 〈天魔(てんま)の魔眼〉。

 遠視能力を持つ特殊な眼で、視点がはるか上方に位置するためそう呼ばれた。

 曰く、『天に住む魔物の眼である』、と。

 これのせいで自分の一族は〈魔王〉に認定された。


 ――この眼は、戦いの中でなければ、不要なもの。


 戦争中はこの力が諜報活動や戦術の立案に大きく貢献したともいわれているが、平時となると話が変わった。

 〈天魔の魔眼〉の所持者の近くにいる者は、敵味方関係なく常に『見られている』という疑念に駆られる。

 誰しも、他人(ひと)に見られたくないものがある。

 だから、この魔眼は人と関係を持つに(さい)して、とても危ういものだった。


 ――お母さん、お父さん。


 一月前、両親が殺された。

 二代前から〈天魔の魔眼〉を誰かのために使うことをやめ、人との接点を可能なかぎり作らないような生き方をしてきた自分たち〈天魔〉の一族。


 それなのに、彼らは追ってきた。


 かつて都合よく力を借りようとして来たのに、一旦(いったん)離れたら今度は敵視だ。

 そんなに怖いのなら、最初から力を貸してくれなんて頼まなければいいのに。

 接点をもたなければいいのに。

 もう、ほうっておいてほしい。

 そう思っても、いまさら遅い。


 少女もまた彼らに追われていた。


 父と母の犠牲のもとに、『どうか生きて』という漠然(ばくぜん)とした願いを耳に入れて――逃げだした。

 〈天魔の魔眼〉を使って追手に見つからないように気を配りながら、どこまでも逃げた。

 自分には魔眼こそあれ、戦う力はない。

 一体いつまで逃げればいいのだろうか。


 半分ぼうっとするようにして逃げてきた先に、リンドホルム霊山があった。

 ここには未練ある霊が集まるという。

 もしかしたらここに先祖がいるかもしれない。――父と母が、いるかもしれない。

 ただ逃げるしかないのなら、いっそ彼らを霊山に捜しにいくのもいいかと思って、少女は霊山を登る決意をした。


◆◆◆


 途中、いくらかの霊体と山の獣を見つけたが、魔眼のおかげでなんとか見つからずに済んだ。

 ここまで来たらもう戻るわけにはいかない。

 寒風(かんぷう)が身体に打ちつけ、ところどころ雪のまじった地面は地縛霊のごとく足にからみついてくる。

 冷気に()でられた頬が感覚を失ったくらいから、ほとんど無心で山を登った。


 そしてついに、山頂にたどり着いた。


 そこには雪白の髪と真っ赤な瞳を宿した青年と、とても綺麗な黒髪の女がいた。


◆◆◆


 ――誰……だろう。


 青年の方は浮世離れした容姿のせいで、いっそ幽鬼のように思えてくる。

 しかし女の方は生気に満ちた容姿をしていた。

 汗で少し湿って、色気を感じさせる黒い髪。

 血色のいい肌に、ほどよく鍛えられた肉体。

 無駄のない身体とはあれのことを言うのだろう。

 女にしては背が高く、背筋がピンと伸びていることもあって自分よりずっと大きく見える。

 さすがに隣の青年よりは小さいが、迫力を感じてしまうのは女の方だった。


 ――どう……しよう。


 なにか言うべきだろうか。

 そう悩んでいたら、向こうから先に声が来た。


「……君も迷い人?」


 青年がこちらに物珍しいものを見るような目を向けている。


「あっ、あのっ……えっと……」


 人と話すのは得意ではない。

 魔眼のせいで、人から離れるように暮らしてきたツケだ。


「別になにかしようってわけじゃないから、緊張しなくていいよ。――むしろ俺も下界の人と話すのはほとんど初めてだから緊張してるんだけど」


 あれで緊張しているのだろうか。

 余裕のようなものが見えるのだが、それは彼のもともとの雰囲気なのだろうか。

 口を開いてからの彼は、どことなく(ゆる)んだ空気をまとっていて、初対面であるのに妙なとっつきやすさを感じさせる。

 超俗的な容姿とは対照的に、なんだか人懐(ひとなつ)っこい印象を受けた。


「そう……なの?」

「うん。今はこの墓作りに集中してるから余裕そうに見えるかもしれないけど、気を抜いたら隣の女の人にビビってのけぞりそうだよ。この人とも出会ったばっかりだからね」

「……ふふ、なんか、おもしろい、ね」


 なんでそんなふうに思ったのか、自分の心の機微であるのに明確な答えが見いだせなかった。

 でも、おおげさに肩をすくめて見せる彼を見て警戒心が解けたのはたしかだ。

 隣でいそいそと墓石を地面に差している綺麗な女も、柔らかな微笑を浮かべていた。

 なんだか不思議な場所に迷い込んでしまったようだ。


 ――お父さんとお母さんには会えなかったけど……。


 代わりに不思議な二人と出会えた。

 リンドホルム霊山の山頂は外界と隔離(かくり)されているような印象を持たせてくれる。

 そのおかげか、追われている身なれど、少し心に余裕が生まれた。


「わたしも、その……お墓? 作るの、手伝っていいかな……?」

「もちろん。ありがたいよ。じゃあ、そうだな……突き立てた墓が倒れないように小さい石で根元を固定してくれるかな」

「うん、わかった」


 この青年もあまり人と喋ったことがないと言っていた。

 そこに親近感を覚えてしまうのは少しおこがましいだろうか。


「あ、俺、メレアっていうんだ」


 ふと思い出したように青年が名を告げた。

 そして、それ以上こちらにはなにも訊かなかった。

 手早く視線を切って、『君は名乗りたくなければ名乗らなくていいからね』と、そんな気遣(きづか)いを含んだ仕草を見せてくる。

 

「あ、あのっ!」

「ん?」

「ア、アイズ。わたしの、名前……〈アイズ〉って……」


 家名をさらす勇気はなかった。

 家名から〈天魔〉の号を(さと)られてしまったら、せっかくのこの不思議な出会いが壊れてしまうかもしれない。

 でも、名は知っておいて欲しかった。

 (ほそ)くてもいいから、互いに名を知っているという繋がりが――欲しかった。


「そっか。じゃあ、よろしくね、アイズ」

「う、うん!」


 少女は荷物を適当な場所に降ろしてダブついた服の長い(そで)をまくった。

 それから、すでに十本ほど立っている石の墓に近づき、根元を小石で固めていく。


 ――誰のお墓なんだろう。


 名が彫られているが、どれもバラバラだ。家名も統一されていない。

 不思議に思ったが、訊きすぎるとかえってこの空間が壊れてしまいそうだったので、もくもくと無心で手を動かすことにした。

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