六ピース目~無意識~
とある日、家の近くにあった喫茶店。
こんな所に喫茶店があるだなんて気づかなかったが、香奈が友達伝いで聞いてきたらしい。
俺と香奈は映画を見た帰りに寄り、学校での話をしていた。
「へぇー、それで今もえむるちゃんと連絡してるんだ?」
「あぁ、まだ練習期間だからな」
入学してから一ヶ月が経った。俺と香奈のクラスは絵夢琉のおかげで団結した様に思える。
絵夢琉の人助けの様な行動は、お節介という程行われている様だ。
勿論、絵夢琉の性格からして悪気は無く、絵夢琉のことを悪く思っているクラスメイトもいないから責める奴もいない。
「えむるちゃんもすごいよね。クラスのみんなを助けようと考えるなんて」
「まぁ、学級委員だしな」
学級委員ってそんなことまでするっけ?っていう事しかしてない気がするが、それが絵夢琉だ。
些細な事から大きな事まで、真剣に解決しようとする奴なのだ。
「香奈は絵夢琉の世話になった事はないのか?」
「ううん、無いよ」
「へぇ、あいつは事あるごとに人助けしようとするからな。よく引っかからないな」
クラスのほぼ全員は何かしらの手助けをしてもらっていると聞いたことがあるので、香奈は珍しい部類に入る。
「あ、もしかして、えむるちゃんかな?」
「ん?」
香奈が窓の外に手を振って外の人物の注意を引く。
手を振っている方向を見ると、そこには現在進行形で話題沸騰中の学級委員がいた。
向こうもこっちに気づいたらしく、ぱあっと笑顔を咲かせた後、喫茶店に入ってきた。
「こんばんみー☆ナイハー&フラサン♩」
「こんばんみー、えむるちゃん」
「おぅ、偶然だな、絵夢琉」
俺達が挨拶をすると絵夢琉は違う違う!と言って首を振った。
「だから、えむるなのだ!」
「へ?だから、絵夢琉って言ってるじゃないか」
「それ、漢字表記なのだ♭」
どういう指摘なのだろうか……。音を文字として見る能力が備わっているとしか思えない。
でも学級委員がご立腹なので、改めて呼びなおす。
……多分、柔らかい感じで発音すればいいのだろう。
「悪かった、えむる」
「……うむ、それで許してあげるのだ☆」
機嫌を取り戻してくれたようだ。今度からは気をつけよう。……いや、気をつけようが無いか。
絵夢琉……。いや、えむるは香奈の隣に座り、メニュー表を手に取りながら俺達と話を始めた。
「それで、えむるちゃんは何してたの?」
「んー、久々の休みだったからお散歩してたのだ♫」
可愛い休日の過ごし方だった。
えむるは見た目通りというか、キャラ通りの行動をすることが多いようだ。
「散歩ってことは、家がこの近くなのか?」
「うむ、徒歩十分なのだ☆」
「俺達とあんまり変わらない距離だな」
俺と香奈の家からこの喫茶店は、徒歩五分程度だろう。
通学路から少し道を外れて行けば辿り着けるので、よく通うことになりそうだ。
「ハッ!?」
えむるは突然メニュー表から顔を上げて、何かに気づいたように俺と香奈を見た。
「あの、もしかして、邪魔だった……?」
「「?」」
俺と香奈は揃って、何の話をしているのか分からなかった。
えむるは申し訳なさそうにしだした。
「えっと、二人は付き合ってるのかな……って」
「「…………」」
俺と香奈は顔を見合わせた。そして、俺は吹き出してしまった。
「あはははは!えむるってそんなこと気にする奴だったのか?」
「えむるちゃん。あたしと志貴は幼馴染なだけだよ」
キョトンとしていたえむるは二人の言葉を噛み砕き、飲み込み、理解した後、いつものえむるに戻っていた。
「そうだったのか♩いつも一緒にいるからつい、そうなのかと思ったのだ☆」
まぁ、端から見たらそう見えるかもな。男女でここまで仲が良いのは幼馴染ってだけじゃないけどさ。
「それなら、安心してフラサンに話すことができるのだ☆」
「何を?」
香奈が不思議そうな顔をしてえむるの言葉を待つ。
メニュー表から目を離さずに、えむるが何の躊躇も無く放った言葉は、俺と香奈は予想だにしない言葉だった。
「デートをしてあげて欲しい人がいるのだ☆」
※
朝七時、朝はそこまで弱くないので、昨日に決めた時間通りに起床する。
高校に入ってからは、いつも香奈が俺の部屋で朝食を作ってくれていた。
お互いの部屋のスペアキーを渡しているので、自由に出入りすることはできる。香奈が「なんか、恋人同士みたいだね」とか言っていたが、残念ながら俺たちは幼馴染だ。
甘い関係とかでもなく、同じ家に住んでいた延長線上で、香奈のご厚意に甘えているだけだ。
朝食と夕飯はお願いしているので、要らない時には連絡している。
昼食は基本的に学校で弁当を作ってきてもらうか、購買のパンを買ってきているので、飯事情は殆ど香奈に頼りっきりだ。
そして、本日は香奈がデートの日で忙しいという事なので朝食が無い。
「……あいつにもやっと春が来たか」
そして、俺に春は来ない……。あの幼馴染とどこで差がついたのか教えてもらいたいくらいだ。
先日、えむるからのとんでもないお願いを受けた香奈は「んー……。まぁ、一回くらいなら」と了承したのだ。
幼馴染とはいえ、付き合っているわけでもない俺が口出しするわけにもいかないので、快く送り出した。
……香奈とデートをしたいなんていう奴を知りたいところだったが、えむるからは教えてくれなかったので、後日香奈から聞くしかなさそうだ。
とりあえずは目の前の問題である、朝食をどうするか考えなくては。
冷蔵庫の中身を確認してみたものの、そのままで食えるやつはなさそうだ。
……いや、強いて言えばきゅうりなんかは平気か。
かと言って、一人できゅうりバーを開くわけにもいかないし……。大変こまーー
「志貴ー、朝食作っといてあるからあたしの部屋で食べてー」
香奈はまだ出かけていなかったらしく、俺の家にノックも無しにあがってくる。
安堵の気持ちと不意に声をかけられた驚きが混じって、しどろもどろになりながら返答する。
「あー、えっと、ありがとう。危うくきゅうりバーを始めるところだったよ」
「何意味わかんないこと言ってるの?ちゃんとあたしの家の鍵、閉めといてね」
じゃあ、行ってきます。と言って香奈は足早に立ち去った。
「……楽しそうだったな」
お洒落をしていた香奈とは正反対に、パジャマ姿の俺。
対比の構図っていうのはこういうことを言うのかな。
とりあえず、香奈の家に行って朝食を頂くことにした。
「……なんか、申し訳ねぇな」
デートの準備で忙しかっただろうに、俺の朝食まで用意してくれて……。きゅうりバーにすべきだったな。
「忘れ物しちゃったー」
用意してくれたご飯を口に運ぼうとした瞬間、香奈が慌ただしく家に入ってきた。
「時間、大丈夫なのか?」
「ん、ギリアウト」
遅刻決定らしい。お相手からの印象は下がりそうだが、俺個人としてはその方がありがたいので複雑な気持ちになった。
とりあえず朝食のお礼を言うことにした。
「朝食、ありがとうな。忙しいのに準備してくれて」
「ん?……あぁ、あたしの分と一緒に作ったから手間でもなかったよ」
「そっか、デートたのしんで来いよ。俺はそこらへんで暇つぶししてるから」
「んー、楽しんでくるよ。……志貴、暇なの?」
「あぁ、暇人だな」
「ふぅーん。……あ、それならさ」
香奈は一瞬、言おうか悩んだ素振りを見せた後、妙案を出したかのように提案する。
「えむるちゃんにお返し……。っていうわけじゃないけど、えむるちゃんとデートしてみたらどう?」
「え?…………当日にいきなりって。ていうか、そもそもーー」
「いいからいいから!えむるちゃんに連絡しない事にはわからないでしょ!」
香奈は早口で捲し立てると、今度こそデートに向かった。
「…………。俺もチャレンジしてみるか」
俺は朝食を食べながら、えむるがデートに応じてくれるか、するとしたらどうしたらいいかを考えていた。
でも、一番気になっていた部分は、香奈がなぜこの提案をしたかだった。
自立することを望まれているのかもしれないし、香奈は俺のことを男として意識していないのかもしれない。
「あれ、なんで香奈のことを意識しているんだろう……」
これは恋愛感情なのだろうか?今までは近くにいたから気づかなかっただけで、俺は……。
この気持ちが何なのか確かめたいという気持ちを抑えながら、携帯電話を取った。
友達へ、俺は電話をかけた。