五ピース目~入室~
「同じクラスだったね!」
「あぁ、八クラスもあるのに一緒になるとはなぁ……」
初めての高校の帰り道、まさかの同じクラスという結果に驚いている。
「まぁ、お前がいれば何とかやっていけそうだな」
「あたしばっかりに頼らないでね」
釘を刺されてしまった。
「そ、そんな……。俺は一体どうやって高校生活を過ごしていけばいいんだ……」
「はぁ、志貴がいつまで経っても自立しないのも問題だね」
ここまで人を頼っている俺が言うのもあれだが、甘やかしている香奈も悪いのでは無いのかと思う。
雑談ができる人が同じクラスにいるかどうか、教室内で見回したところ、香奈以外に認識できなかった。
同じ中学の知り合いも何人かは同じ高校に進学しているはずなのだが、お互いに存在を認知している程度の関係だ。
別の高校に進学した親友の長浜もいないとなると、少なくともクラス内で気軽に話せるのは香奈だけということになる。
行く末に不安を感じていると、ポケットの携帯が振動したのを感じ、取り出して画面を確認する。
「……水無川からだ」
「あぁ、学級委員の絵夢琉ちゃん?」
水無川 絵夢琉……。同じクラスの学級委員で、一言で言うと変わっている奴だ。
学級委員として白羽の矢がたった瞬間、「みんな~えむるに連絡先を寄越すのだ〜♪」と言い、半強制的にクラス全員の連絡先が水無川に集められたのだ。
「志貴も例外なく連絡先を交換したんだね」
「まぁ、断ると何が起こるか分からないからな」
同調圧力とか集団浅慮とか、面倒ごとは御免だが、集団から外されるのはもっと悪い結果になりかねない。
和を乱さないように、集団の中で個を確立するのが一番簡単だ。
「それにしても、学級委員にほぼ満場一致で当選するなんてすごいよね。あたしもえむるちゃんに入れた訳だけど」
大抵、一年の立候補などはやや適当に決められるものだが、水無川の独特すぎるオーラに惹かれて推薦する人が大勢多数。
語尾に何やら☆とか♩がついてそうな感じで喋ったり、一人称が「えむる」だというところも要因なのかもしれない(本人曰く、平仮名表記)。
漢字だと堅苦しいから平仮名で万人受けしやすく、とか言っていた気がするが、何のことだか分からない。
他に特筆する点を挙げるとするならば、言動の端々から感じ取れるようにめちゃくちゃフレンドリーだ。
俺自身が言うのも悲しい話だが、俺の雰囲気、性格からして香奈以外に普通に話しかけてくる女子も珍しい。
そんな彼女は、学級委員に適任とも言える。
「えむるちゃん、結構可愛かったよねぇ。見た目で推薦した人も多そうだよ」
「んー、何というか少女?って感じの可愛さだよな」
ついこの前まで中学生だったとしても、高校一年生にしては大分幼く見えた。
身長も一回りか二回りくらい小さいし、制服に着られているような感覚もあった。
言動や行動、そして見た目の相乗効果の賜物かもしれない。
「志貴はロリコンだから連絡先の交換をしたのかと思っていたけど、違うみたいだね」
「そんな男に見えていたのか……」
脈絡のない貶めはいつもの事なので気にしない。
「それにしても、こんなことしてたらすぐ家に着くなんてね……」
本当に近いな、このアパート。徒歩十五分というのは伊達じゃないな。
俺たち以外にも使っている学生がいるみたいだけど、今日は見かけないな。
「今日も俺の部屋で飯作るか?」
「当たり前みたいに作らせようとしているね……。いいけど、今日はあたしの部屋で良い?」
「あれ、女子の部屋に入っちゃいけないとか何とか言ってたじゃないか?」
「乙女は気まぐれなんだよー」
都合のいいことを仰る乙女だ。それならとお言葉に甘えて、一旦自分の部屋に戻った。
「……あ、そういえば、水無川から通知が来てたんだっけ」
携帯を取り出して画面ロックを解除する。
ちなみに、スマートフォンには必要最低限のアプリしか入っておらず、所謂アプリゲーはやったことがない。
別に遊びたくない訳ではないのだが、何か、プライドのようなものが阻害しているのだ。
必要最低限のアプリである、連絡用のアプリを開き水無川からの通知を確認する。
『今日からキミのあだ名は「ナイハー」に決定☆』
……えっと、こういうのって由来とか教えてくれないんだろうか?滅茶苦茶気になるわ!!
俺はこの通知にどうやって返信すれば良いのか分からず、放置することに。
ダメだよ、あんなのお手上げですよ。女子との連絡経験が浅すぎる(香奈とは主に電話のためメッセージは極稀)俺には良い切り返しが思いつかない。
明日、本人にあだ名の由来を直接聞いてみるかな。
……あれ、自分から話しかけに行こうだなんて思ったのか。
水無川がフレンドリーだからなのか、変わった奴だからなのかは分からないが、話しかけやすい人物であることには違いないか。
物思いに耽っているとある程度時間が経っていることに気づいた。
とりあえず制服から私服に着替えて準備を済ませ、香奈の部屋に向かう。
配慮の為に、鍵は空いているんだろうが、インターホンを押す。
「香奈、俺だ」
「あぁ、志貴ね。入ってきていいよ」
入っても良さそうなので、ドアを開けて中に入る。
「お邪魔しまーす」
「別に、インターホン押さなくても良かったのに」
「お前が着替えてたらどうするんだ」
香奈も私服に着替えていたから、もう少し早かったら着替えを覗いてしまうところだったのだろう。
「んー、志貴が鼻血でも出しちゃうのかな?」
「今更お前の体に興奮しねぇよ」
「酷いよ!そんなの幼馴染に言う言葉じゃない!」
「いや、幼馴染だからこそ使える台詞だと思うんだが」
実際には強がりで、香奈は成長著しく同年代の男としては理性が保てるか自信がない。
その証拠に、今の会話中は香奈を視界に入れないように目線をそらしながら喋っていた。
隣の部屋だから当たり前だが、部屋の構造はほぼ同じだった。
迷うことなくリビングに向かってソファに座り、なんとなく部屋を見渡してみる。
……なんか、俺の部屋より荷物整理終わってなくね?
「なぁ、香奈」
「なーに?」
香奈は料理の準備のためにキッチンへと向かっていた。
ご丁寧にエプロンを着けているが、見慣れた姿に安心感すら覚える。
初日も作ってくれたのに、俺は寝てたもんな……。と手伝えなかった事に罪悪感も湧いてきた。
「部屋の片付け手伝おうか?」
「大丈夫。というか、志貴に見られたくないものたくさんあるから」
俺のは躊躇なく見てたのにな……。これが、男女の意識の差って奴か。
「そっか、余計なこと言って悪かったな」
「ううん、ありがとう」
料理でも手伝うか、と思ってソファから立ち上がる。
……俺に手伝えることは、米の研ぎ洗いと皿洗いだけだった。
※
「ナイハー&フラサンおっはみー☆」
……何の呪文なんだろうか。
教室に入ってきた俺と香奈に、水無川が聞きなれない言語を浴びせてくる。
とりあえず、ナイハーは俺のことだから……。
「何?お前フラサンってあだ名なの?」
「そういう志貴こそナイハーって言うの?」
お互いにお互いのあだ名を確認しあっていると、水無川が間に割って入ってくる。
「ちょっとちょっとちょっと!えむるに挨拶を返していないのだ!」
「あぁ……。おはよう」
「えっと、おっはみー?」
「なははは☆朝とは挨拶から始まるのだ♩」
あー、やりづれぇ……。初めて会った人種だからなかなか対応に困る。水無川はすぐ他の人に挨拶しに行ってしまった。
案外、俺たち以外のクラスメイトは二日目にして、水無川の不思議ノリに順応しているようだった。
「……変わった奴だな」
「……そうだね」
香奈と俺……。フラサンとナイハーはそれぞれ自分の席に座った。
クラスは一緒だが、席はけっこう離れている。
そして、なぜか水無川とは席が近い。というか、すぐ右隣だ。
「ねぇねぇ、ナイハー」
「うわっ!?……な、何?」
いつの間にか隣に座っている水無川に驚いた。それにしても、本当に人懐こい奴だな。
「昨日は何で、既読のまま返信してくれなかったのだ?男子で返してないのナイハーだけなのだ☆」
俺以外の男子全員は返信してたのか。返す内容が思いつくなんて、やっぱり経験の差なんだろうか?
申し訳なくなった俺は謝ることにした。
「あぁ、悪い。女子との連絡って慣れてなくてさ」
「そうなのか♭それなら任せなさい!」
水無川はとびっきりの笑顔で自信満々に宣言した。
「えむるを練習相手に女子と連絡をする練習をするのだ☆彡」
「練習……?」
「そう!練習!これで志貴がいつでも恋愛をスタートできるようにサポートするのだ☆」
「それは余計なお世話な気もするが……。そもそも、そんな時間ないんじゃないのか?」
水無川は「心配ご無用♩」とウィンクして見せた。
「えむるは困ったクラスメイトを見逃さない、学級委員なのだ!☆彡」
俺は呆気に取られていた。
普段の俺であれば、押しつけがましいとか、恩の押し売りだとか思っているところなのだが、善意百パーセントで言っているようにしか見えなかった。
まだ出会って二日しか経っていないのに、ここまで人の領域に踏み込んでくることができるのは、水無川の持つ才能なのだろう。
自立の一歩として、異性との連絡をスムーズに行うコツを聞いても良いんじゃないかと思った。
「ナイハー?感動して動けなくなっちゃった?」
「いや、水無川。お前本当に変わってる奴だなって思ってたんだ」
「違うよ」
水無川はニコニコしたまま俺に訂正を入れた。
「水無川じゃなくて、えむるって呼んでね☆」