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四ピース目~距離感~

俺には欲しい物があった。


お金だとか、愛だとか、抽象的なものではなく、「物」が欲しかった。


誰とでも手軽にコミュニケーションが取ることができる、携帯端末……。所謂、スマートフォンだ。


母親は「今度の期末テストで学年十位以内を取ったらいいわよ」と口約束をしてくれたことがある。


中学二年生の俺の学年数は、一クラス約四十人で五クラスあった為、ざっと二百人。


勉強がそこまで得意でも苦手でもなかった俺は、ぎりぎり二桁の、全体で真ん中くらいの成績だった。


「もし、十位内だったら絶対買ってくれよ!めっちゃ勉強するから!」


そう言い放って、毎日のように自室に籠ったまま、机に齧り付いていた。


友達との遊びよりも、楽しみにしていた漫画の新刊よりも、まだクリアしていないゲームよりも優先して勉強をしていた。


自分なりにはかなり頑張ったつもりではいたが、結局、テストの結果は五十七位だった。


すごく悔しかった。


当たり前だが、今までのテストより手応えを感じていたし、十位以内ではないにしろ、惜しいところまでいけたんじゃないかと思っていたのだ。


最初の目的とは入れ替わり、努力が届かなかった事に対して口惜しくなった。


父親は俺の気持ちを知ってか知らでか、「努力を軽視するような奴に育たなくて良かったよ」と言ってきた。


素直に褒めてあげれば良いのに、と母親が言うと、どこからか小箱を出してきた。


「はい、大切に使うのよ」


「え……?これって……」


目の前には、俺が、ずっと欲しがっていたスマートフォンの入った小箱があった。


嬉しい!という気持ちよりも、受け取って良いのだろうかという困惑の気持ちが先に出ていた。


あの、父親にも分かるほどだったのだろう。


「十位なんて簡単に取れる物じゃない。でもお前は殆どの日を目標達成の為に費やした。俺たちからも何か労いが無いと、腐っちまうんじゃないかと思ってな」


「で……でも、十位以内って母さんと約束したし……」


あら、と母親はわざとらしく素っ頓狂な声を出した。


「約束したのは勉強を頑張ったら、じゃなかったかしら?口約束だからどこにも証拠は残ってないわね〜」


まるで何かの事件の犯人かのようにはぐらかす。


目標を達成していないが恩賞を与えられた、という結果に戸惑いはありながらも、小箱を開封して中身を確認してみる。


実は中には何も入っていませんでした、なんていうドッキリも期待していたが、小箱から予想できる通り、中身も伴っていた。


俺の手には、望まずに、望んだ物があった。




「……デートじゃねぇんだぞ」


「分かってるよ。これからお昼食べて、映画見て、夜景見ながら今後について語るだけだもんね?」


「それはデートだ!」


本来の目的は筆記用具、調理器具を揃えることなんだが……。この幼馴染は何か勘違いしているようだ。


……まぁ、デートの定義ってよく知らないからなんとも言えないんだけど。


そんなことはお構いなしに、お腹を空かせた様子を訴えてくる幼馴染。


「ねーねー、お昼どうする?」


「まぁ、昼飯くらいなら食ってもいいけどさ……」


ふと思い出したのだが、同居していたにも関わらず、香奈と出掛けるのは久しぶりだった。


いつ振りだったか忘れたが、たまにはおでかけ気分でも良いかなと思えた。


しかし、甘やかしすぎないように言動には気を付ける。


「あくまで、今日の目的は明日以降の準備をする為の買い物だからな」


「分かった、分かった」


「二度答える奴は大抵分かってない奴なんだよな……」


「じゃあ、何万回言えばいいの?」


「0.0001万回だ」


「……ごめん、ボケたのあたしなんだけど、そんなに早く計算できない」


「無責任か!」


テヘペロ、とでも形容できる表情をしていた。


いつもの調子で香奈がボケに徹するので本来の目的を忘れてしまいそうだ……。


「それで、お昼どうするの?」


「あぁ……。お前が話を脱線させるから忘れてたよ」


また茶々が入る前に地図アプリを開き、周辺の情報を探る。


目に留まった店名は、引っ越す前にも行ったことのあるチェーン店だったが、提案してみる。


「ここからそう遠くないし、ファミレスに行こうか」


「うん、そうしよう。ちょうどドリンクバーが飲みたいと思ってたんだ」


「……要は、数種類のドリンクを気兼ねなく飲みたいんだな」


店に入る前からドリンクバーを飲みたいとか言う奴は初めて見たかもしれない。


そもそも、何の種類があるかも分からないのに。


とりあえずドリンクバー、的な流れなら分かるけどなぁ……。


「とにかく、お店に向かおう。あたしはお腹が減ったのだ」


「そうだな」


徒歩数分、店内に入ってから禁煙席の着席まではとてもスムーズに行われた。


事あるごとにボケようとする香奈がいるのにこのスムーズさは珍しい。


本当にお腹が減っていた、ということなのだろう。


しかし、メニューを選んで注文するまではいつも通りだった。


「さーて、何頼もうかな~♩何も決まっていない!」


「……ドリンクバーは決まっているだろう?あと、音符がつくほど楽しみだったのか?」


「ドリンクバーも頼むか、悩んでいるところ」


お腹が減っているからなのか、メニュー表を前にして優柔不断だった。


「あと、今まで隠してたけど、三度の飯より四度の飯が好きなんだよ」


「隠す意味はあったのか?その大食らい体質」


香奈は突然しおらしく言った。


「だって……女の子だから」


「まぁ、香奈はスタイルがいいから隠す必要無いと思うが」


そう言って自然に。そう、本当に自然に。とても無意識に視線が香奈の顔から下へとーー。


「Eだよ?」


「ぶっ!?」


突然、アルファベット一文字を宣言された。


何も口に含んでいなかったおかげで、口内のものを吹き出すことはなかったが。


「どう思った?」


「はい!?」


今のアルファベットについて感想を言わなきゃいけないらしい。


香奈が期待した視線を外す気配がないので、混乱状態になりつつも言うことにした。


「えっと……その……。イーと思います」


「……駄洒落なの?駄洒落なんだよね?」


「ごめん……。今、頭回らなくて……」


「志貴って、下ネタには耐性ないよね……」


「しょうがないだろ……。無いものは無いんだから」


そっち方面には全く興味が無い訳じゃないが、小っ恥ずかしさ、みたいなものが先に出てきてしまうのだ。


高校生になったら、下ネタに耐性が無いことでまともに会話ができないかもしれない……。という不安が過ぎった。


「もしかしたら、高校では香奈しかまともに話せないかもしれないな」


「高校生活が不安だよ……」


げんなりした顔を向けてくる。そう思うと、明日が怖くなってきたな……。


「香奈が同じクラスなら良いんだけどなぁ……」


「なんでいちいち胸キュンワードを呟くかな……」


「んー、口説きたいから?」


「幼馴染を口説くって、大した度胸ね」


「そんな奴がいるのなら、見てみたいぜ」


「…………」


香奈が生気の無い目をしている。


香奈の瞳に映っている、黒髪でやる気のなさそうな雰囲気を纏っている青年がその人物なのだろうか?


……言うまでもなく、俺だった。


「んで、口説くとかそういう問題は後にしてさ」


「あたし的には大問題だと思うんだけど……」


「いつになったら飯が来るんだ?」


いくらなんでも遅すぎだろ、店内に入ってから二十分は経過している。


香奈も同感してくれるかと思ったら、キョトンとした顔をしている。


「……香奈?」


「えっと……。志貴、頼んだもの覚えてる?」


「え?お前そりゃ、もちろん……」


…………覚えてなかった。


ていうか、注文すらしていなかった。


香奈がまた生気の無い目をしている。


その瞳に映る、お腹が減っていてドリンクバーとハンバーグを頼みたそうな顔をしている青年は誰なのだろうか?


……言うまでもなく、俺だった。





「さて、帰るか」


気付けば辺りは暗くなってきていた。明日から必要な物も揃えたし、することはなくなった。


「えー?まだ夜景を見ながら今後について語り合ってないよ?」


「だから、デートしにきたんじゃないって……」


そもそもそんな関係ではない。しかし、香奈がやけに粘る。


「じゃあ、せめてそこのベンチに座ろっ!」


「お、おいっ……」


俺は香奈に背中を押されて、強制的にベンチの方へ移動させられ、着席。


「……見て、あんなに星が綺麗だよ」


「ここら辺でも、綺麗に見えるものなんだな」


星座には詳しくないが、ポツポツと星座の目印になりそうな二、三等星辺りの星が空に浮かんでいた。


何座かは皆目見当がつかない為、一分程眺めたところで視線だけを香奈の方に向けた。


驚く事に、星空に目を輝かせている純真な少女がそこにはいた。


絶対に星座とか知らないだろ、と茶々を入れるのも躊躇われるほどに見入っていたのだ。


そういえば、綺麗な景色とか好きだったっけ……。


旅行先で撮ってきた、綺麗な風景の写真を見せられたことがある。


正直な所、風景にはあまり興味がなかったが、楽しそうにする香奈を見ていつまでも聞いていたことがある。


不思議だな。今もこうして同じ時間に、同じ夜空を見上げているはずなのに、抱く感情は全く違っているらしい。


その目は、瞬きやら、星同士を追ったり、忙しなく動いていた。


「こうして見ると、可愛いんだよな……」


「うん?何か言った?」


やべ、声に出てしまっていたらしい。


視線だけを向けていたつもりが、いつの間にか顔ごと香奈の方を向いていた。


んんっ、とわざとらしかっただろうか、咳払いをして誤魔化す。


「いや、昼に食べたハンバーグのソースが口元についているなぁ、と思ってな」


「え、嘘!?なんで早く言ってくれないの〜!?」


手当たり次第、口元や頬の辺りを拭ってありもしない汚れを落とそうとしている。


よし、誤魔化せたかな。


ちょっと悪い事をした気分になりながらも、もう取れているぞ、とその行動をやめさせた。


「いや〜お見苦しいものをお見せしました」


「美少女の顔にソースが付いている、というレアな物を見れたからラッキーだよ」


「棒読みだけど、美少女っていうところだけ胸に刻んでおくね」


「言葉狩りやめろ」


自他共に認める事実ではあるが。


しかし、それを容認すると未来永劫に調子に乗るのが目に見えているので、口頭ではそれとなく否定しておく。


この話題を続けられると嫌な流れになりそうだったので、ここら辺で打ち切ることにする。


「明日も入学式だからさ、そろそろ帰らないか?」


「……そうだよね、そろそろ時間だもんね」


先ほどとは打って変わって、俯いて元気のなさそうな顔を見せる。


なんだろう、この違和感は。


違和感の正体は分からないが、出てくる言葉を少しずつ紡いでみる。


「……なんかさ、らしく無いんじゃないか?」


「え?」


「なんていうか……その……。今を全力で楽しもうとするお前が、今を引き伸ばそうとしているっていうのかな。なんか駄々こねている感じがしたんだ。……何かあったのか?」


出てきた言葉をなるべく上手く繋いだつもりなのだが、もう少し良い言い方があったかな、と後に反省するような内容になってしまった。


香奈は俯いたまま、地面に言葉を落とすようにか細く喋る。


「明日は入学式でしょ?」


「あぁ」


「別のクラスになって、志貴と離れ離れになって、関係もバラバラになるとしたら、今日が最後かもなぁって思っちゃって……」


「…………」


普段はあんまり見せないような、影のある表情だった。


はぁ、と小さくため息をつき、そんなある訳ない未来を否定する。


「例え、別のクラスになって、香奈と離れ離れになって、関係もバラバラになったとしても、それは一時的だ。俺たちはすぐ元通りになるよ」


「……それって」


顔を上げた香奈は、にんまりと悪戯顔で笑っていた。


そうそう、香奈にはこういう笑顔が……。にんまりと?


「プロポーズ?ちょっと、気が早いんじゃないかな」


「そういう話じゃないだろ!」


さっきまで消えてしまいそうな儚さを演出していたのに、次の瞬間には意地の悪い笑顔か。心配して損した。


雰囲気で言ってしまった臭いセリフを後悔し、気恥ずかしさから立ち上がる。


「ほら、今度こそ帰るぞ」


「……うん、そうだね」


逡巡はあったものの、先程とは同じ表情をせずに笑顔で答える。


しかし、立ち上がる様子が無いので手を差し伸べる。


こういう時は、少しふざけた感じを出して立ち上がりやすくしてやるのが一番だ。


「今日が最後の晩餐だなんて御免だ。これからもずっと、作ってくれよな」


一瞬、きょとんとした顔をしたが、直後にあはは、と笑ってくれた。


「一日に二度もプロポーズされちゃった」


ようやく俺の手を取り、ベンチから立ち上がる。


すっかり冷えた香奈の手を放していいものか悩んだが、香奈から手を放して小走りで駆けていく。


「さぁ、晩御飯作るから帰ろう!」


にっ、と笑って明るく振る舞う様子を見て安心する。


そうじゃなくちゃな。今はただ、この関係を守り続けよう。


先を、見続けるんだ。

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