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三ピース目~食卓~



「あいつ、両親殺されたんだって」



教室の隅のほうから、俺に聞かせるように誰かが言った。


誰が言ったのか判断できなかったが、振り返る勇気が無く、椅子に座ったまま俯いた。


悪い噂というものは厄介な程に、早く出回るものだ。それが、自分が望まないものほど。


しかし、冷静に考えてみれば、噂ではなく事実なのだから仕方がないのかもしれない。


「ちょっと、あんたたち。よく堂々とそんなことが言えるね」


この声は振り返らなくても分かった。花咲香奈だ。


あの事件が起こってからは、世話になりっぱなしだ。


世話を焼くのが好きなのか、半分……いや、それ以上かもしれないが、香奈から首を突っ込んでいることが多い気がする。


「あ、花咲……」


「そんなことが許されると思っているの?」


香奈がながながと説教する声が聞こえてきた後、俺の席の方へと歩いてきた。


「大丈夫?」


「あぁ……。ありがとう」


心配そうに俺の顔を覗き込んでくる幼馴染。


「ねぇ、外に出ない?」


一言しか紡ぎ出せなかった俺の表情は芳しくなかったのだろう。


香奈が気遣っているのは明確だったが、俺も外に出たい……。


この教室にいたくないと思っていたから出ることにした。


屋上に向かうことにして階段を昇り、屋上特有の重い扉を開いた。


雨雲が頭上を覆っているからだろうか、いつもは賑わっている屋上には誰もいなかった。


「やっぱり、屋上は風が強いね」


香奈の長い黒髪が風に靡く。美しく風に舞い、制服のスカートも合わせるようにパタパタと舞う。


風をうっとおしそうに手で顔を隠す姿はまるで、一枚の絵画の様だった。


評論家気取りに香奈を見つめていると、不意に言葉をかけられた。


「ねぇ、嫌な記憶って無い方が良いと思わない?」


「えっと……。そうだね」


「じゃあ、あたしが嫌な記憶が消えるように一緒に頑張ってあげるよ」


「……今更どうしたんだよ?今までも充分世話になっているよ」


両親がいなくなってからでも、こいつとの楽しい思い出は数えきれない。


むしろ、家族とよりも香奈との思い出の方が断然に多い。


今更なんでこんなことを言い出すのか分からない。


ううん、と首を振って俺を見た。


「嫌な記憶はさっぱりと消さなきゃ」


……なんか、香奈らしくない……?


俺は何故か目の前に香奈がいないような……。赤の他人が喋っている錯覚に取り憑かれた。


香奈は過去のことよりも未来のことを見据える奴のはずだ。


いつもだったらこういう時には、「過ぎたことより、今からのことを考えなきゃ」とか言うはずなのに。


「どうしたの?」


香奈が俺に微笑む。いつも見慣れた微笑みを見て、やっぱり香奈なんだと実感する。


違和感の正体は香奈が変化しているから感じたのかもしれない。こんなに近くにいるのに変化を感じ取れないなんて……。俺は幼馴染失格だ。


「……いや、何でもない」


こいつと一緒にいよう。


前を向くことを決めたのはこの時からだった。


嫌なことを忘れてしまえるくらい、気負わないで良くなるくらい、これからのことを考えていこう。


気づくと、屋上にも運動場にも人がちらほらと出てきていた。


雨雲から少しだけ、陽の光が刺していた。





「あんな気持ち良さそうに寝てたら起こせないよ」


「心を鬼にして起こしてくれれば良かったのに」


食事はいただきますに始まるものだと思っていたが、初っ端ため息混じりに文句を言われた。


「大体、起こしても夕飯ができるまで暇でしょ?」


料理もできないし、と一言追加されるのを俺は聞き逃さなかった。


「確かに俺は料理ができないが、手伝いくらいならできる」


「フライパンをやるとか?」


「それは手伝いじゃなくて拷問だ」


香奈がいただきますと変なタイミングで言ったので、妙な気分になりつつもいただきますと言って手を合わせた。


香奈の作ったハンバーグは見た目も香りも食欲をそそった。


昔も手料理をたまに作っていたが、香奈の母親と変わらないくらい……。いや、香奈の方が美味しかったかもしれない。


詳しい料理の名称は分からないが、俺の目線から説明させてもらうと、白米、ミニトマトが入っているサラダ、デミグラスソースのかかったハンバーグ、クルトンの浮いたコンソメスープが2セット机に置かれている。


ぐぅ、と目下にあるお腹から「早くしろ!それを寄越せ!」と食べることを急かす警告音が鳴った。


まずはメインディッシュのハンバーグに箸をつけることにした。


「うん、美味い」


「本当?良かった!」


嬉しそうに顔を綻ばせる。


「これからは毎日こんな美味いものが食えるんだな」


自然とでた言葉だったが、香奈は何かに気づいたように箸を止めた。


「……毎日?」


「?……そう、毎日」


「志貴……」


突然、香奈が手を差し出してきた。


「九百八十円でごさいます」


「何故、ギリギリラーメン一杯に払えると思えるような価格を要求されたんだ?」


そんなの人それぞれでしょ、と香奈は言いながら差し出した手を引っ込めた。


「毎日あたしが作る苦労を考えたら安いでしょ?」


「……この俺に料理を作れ、と言いたいんだな?」


「分かっているのなら作ってよ……」


ため息をつく我が幼馴染、香奈。俺を自立させたがっているのは目に見えているのだが……。


「俺が料理ができない理由……。いや、しない理由を知っているのか?」


「え?そんなのがあったの?」


長年一緒にいてそれが分からないとは、幼馴染なのか疑うぜ。


やれやれ、と肩をすくめた後、右手を握りしめて言い放つ。


「あぁ、女子より料理ができる男子になってしまったら、飯を作ってもらえなくなってしまうだろ!」


「力説する事じゃないでしょ……」


料理ができる方がモテると思うよ、とハンバーグを食べながら付けたした香奈。


「モテるモテないは関係無い。作ってもらえなくなるのが困るんだ」


「……つまり、楽したいんだね?」


「もち」


二文字で返答したら、二本の箸が二つの眼球に向かって飛んできた。


この距離でよける事ができた俺を褒めたい。


「危ねえ!食事中に何してるんだ!」


「自立しなさい、志貴?」


うーむ、本格的にお母さんみたいになってるな……。


言葉にも行動にも殺気を感じるし、どちらかというと怒りからきた言葉な気がする。


この先、料理を作ってくれなかったらどうしようかな。


インスタント食品のゴミの山に埋れている俺の姿が容易に想像できた。


そんな俺の考えを読み取ったのか、香奈が箸を拾いに向かいながら優しく言う。


「大丈夫、志貴がどれだけ落ちこぼれても、あたしが世話してあげるよ。それで駄目な人間になっても、あたしは責任を持って見捨てないから」


「なんか重いぞ、その台詞」


「えっ?箸を目ん玉で食べたい?」


「言ってねぇ!」


どれだけ香奈のお世話になるかはわからないものの、いつかのために自立は考えないといけないか……。


まずは手始めに、できるところから。


……学校も始まるしな。


考えを明後日から始まる学校に移し、色々と準備しなければいけないな。


明日は買い物に出かけよう。



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