二ピース目~新生活~
「今日からはずっと一緒だね」
未成年後見人だか難しい話はよく分からないが、両親がいなくなった俺は隣の家に住む幼馴染の家に引き取られた。血縁関係にある人たちは何かしらの事情で引き取るには至らなかったらしい。
幼馴染の家の窓から自分の家を眺める。家はいつも通りあるのに、中身が何もなかった。
とはいえ、黒夜家の財産はまだある。
そのうちにあるべき所へ動かされるはずなのだが……。
何も、無いのだ。
自分を育ててくれた両親がいないだけなのに、全てが無くなってしまった感覚に陥っていた。
「ねぇ?外ばっかり見てないであたしと遊ぼうよ」
先ほどから目の前の少女に話しかけられていることにやっと気づいた。
無気力になり癇癪を起こす様なことも無かったが、あれ以来、少女は常に心配をしてくれている様に見えた。
……こいつはこいつなりに俺のことを励まそうとしてくれているのかもしれない。
この少女といる間は厭世的な考えは捨てる様にしよう。
何かを決心したかの様に、正面を向く。
そして、少女の目を見て、ゆっくりと頷いてみた。
※
「一人暮らし……か」
一人、アパートの一室で呟く。しかし、隣に香奈がいるから一人暮らしではないのかもしれない。なんとなく香奈がいる部屋の方を見た。
この賃貸住宅は俺と香奈が通う青川風雲高等学校に徒歩十五分で着く。高校生にはとても魅力的な話だ。
気だるげに部屋の隅に置いてある引っ越し用ダンボールから必要なものを取り出していると、チャイムがなった。
「……香奈だな」
なんとなくではあったが、確信を持って玄関へと向かう。ドアを開けると、案の定香奈だった。
「整理のお手伝いに来ました」
「もう、自分の部屋の整理終わったのか?」
「もちろん!」
指をブイの字にする。他人の部屋の準備を自分からやるなんて、本格的にお母さんか。こいつは。
荷物の量は俺より多かった気がするのだが、手際がいいのだろう。
細かいことはそれ以上考えず、楽をしたい俺は拒むこともなく部屋に上げた。
そのまま玄関に置いてあったダンボールを処理しにかかった。
「ねぇ、志貴」
香奈がダンボールに手をつけようとする前に声をかけてきた。
「見ちゃいけないものって……ある?」
なぜか顔をニヤニヤさせながら聞いてくる。
何を考えているんだか分からないが、幼馴染のこいつにはそんなものはないだろう。
「あぁ、無いよ」
「え……ないの?」
なぜ残念そうな顔をするんだ。意味が分からない……。俺が不思議そうに香奈の顔を見ていると、溜め息をつく。
「なーんだ。エロ本とかエロゲとかあると思ったのに」
「お前はなんの期待を抱いているんだ……」
俺はエロ本とかエロゲは持たない傾向にある。そして、エロゲはやったことすらない。
……ここだけの話、ネットの検索履歴を見られるのは痛い。
「あ、パソコンだ……。検索履歴調べて良い?」
「お前は縛りのキツイ彼女か!」
油断していると本当に見られそうだ。ちゃんとロックをかけておく必要がありそうだな。
それから二時間後、最初は楽をしたい目的で香奈に手伝ってもらったはずだったのに、話しながらやっているせいでかなり時間がかかった。
「ふぅ……。やっと終わったね」
「そうだな……。まさか、こんなに時間がかかるなんて思わなかった」
一人でやっていたほうが断然早かったのではないだろうか。そして、物の配置が所々香奈の趣味っぽくなっているのはどうなんだろうか。
「……俺、写真立てとか使わないんだけど」
「いいのいいの。なんかこの部屋味気ないもん」
持ってきた覚えのない写真立てが机の上に置いてあった。
肝心の写真は中学校の卒業式の時の俺と香奈だ。
全く……。いつからこんなに仲が良かったのかーー
「うっ!?」
「どうしたの、志貴!?」
突然激しい頭痛に襲われ、頭を押さえる。しばらくしてから大丈夫だ、と香奈に伝えて頭から手をゆっくりと離した。
「また、いつもの頭痛?」
「……あぁ」
中学二年生の時だっただろうか、よく頭痛に襲われるようになったのは。
医者にはストレスによるものだと言われたが、心当たりが無い。
片頭痛、群発頭痛、緊張型頭痛など頭痛にも種類があるらしいが、どれにも当てはまらないらしい。
香奈が心配そうに俺の顔を見ていることに気づき、痛みが引いた事を笑顔で証明する。
「大丈夫だ。俺は死にはしない」
「平気ならいいんだけど……」
実際に、死に至る病なのかどうかは分からないが、ここまで大袈裟に言っておかないと余計な心配をされるだろう。
香奈にこれ以上面倒かけるのも嫌なので、話をそらすことにした。
「今日の晩飯はハンバーグがいいな」
「あれ、一人暮らしだから自分で作るものかと思ってたよ」
話題を逸らすことに成功したようだ。そのまま会話を続ける。
「俺には料理のセンスがない」
「センス以前に知識がないじゃん」
「一目見ただけで塩と砂糖くらいは見分けがつく」
「それはなかなか目利きがいいね」
「醤油とコーラも見分けがつく」
「それは容器で判断しているんだよね?」
「あと焼肉のタレが甘口か辛口かどうかも分かる」
「だから、容器で判断しているんだよね?」
「むっ、なんか俺に料理の知識がないみたいじゃないか」
「最初に言ったよ!」
あはは、と香奈の怒り任せのツッコミを受け流す。なんだかんだ本当にお腹が減っていたので、晩飯の準備をすることにした。
「どっちの部屋で食う?」
「女の子の部屋に入るつもりなの?」
今更何を言っているんだ、こいつは。二年間一緒に住んでいた奴の言うことではないだろう。
しかし、確かに香奈の部屋には入った記憶があまりない。
今回の所は、香奈が女子だという事実を配慮しないわけにはいかなかった。
「じゃあ、俺の部屋で準備しよう」
「そうだね。じゃあ、材料買ってくる」
手際よく出かける準備をしている香奈に一万円程渡した。
一食分にしては高額な予算だとは思っていたが、調味料がないことも勿論、料理の金銭感覚を持ち合わせていない。
調理器具は香奈から借りるのでそのうち買いに行く予定だ。
さすがに一万円もかからないよ、と香奈は言いながら颯爽と玄関から出ていった。
「…………」
俺も買い物に着いて行けば良かったな、と思った。荷物持ちだってあるし、今から走れば普通に間に合うし。
俺が立ち上がった瞬間、ポケットの携帯が鳴った。
「一体誰だ?……長浜か」
長浜は中学の時の親友だ。親友からかかってきた電話に驚きながらも、応じる。
「もしもし、黒夜だけど」
『おう、久しぶり。長浜だ』
久しぶりと言っても、春休みの間会っていないだけだ。それでも、俺たちにとっては久しい感じがした。
「それで、何の用だ?」
『あぁ、確か今日引っ越しだよなーって思って』
「そうだよ。もう、部屋の片付けは済んだよ」
『そうか、俺も手伝いに行けば良かったなー』
友達になった時から、長浜は面倒見が良いことで中学校の時には人気者だった。
引越しの日付も二、三ヶ月前にちょろっと言っただけのはずなのに覚えていたらしい。
『それで、花咲とは離れ離れか?』
「いや、あいつは隣の部屋に住んでるよ」
『へぇ……。本当に仲がいいな。お前たちは』
周りからみたら異常な程仲が良いように思われているのだろう。まぁ、実際に仲がいいのだから間違ってはないが。
『本当は引っ越しの手伝いをしに行こうと思ってたんだけど……。今日は外せない用事があってな』
「ありがとう。気持ちだけでも充分だよ」
電話越しにしか気持ちを伝えられないのがもどかしかった。
文明発展の代償……。ということにしておいて、アナログ的手段である、直接会う事を提案する。
「夏休みとか遊びに来いよ」
『あぁ、お互いに暇な時があれば是非』
じゃあな、と言って通話を切る。
存外、淡白な感じに見えるかもしれないが、長年一緒にいることで余分な言葉を削ぎ落とす仲にはなっている。
中学の時には長浜、香奈と三人でよく遊んでいたのもあり、気軽に会えないのは少し寂しいかもしれない。
高校に入ってからは、そんなことがなくなってしまうのだろうか……。
物思いに耽りながらふと、時計を見てみると結構時間が経っていた。
「……香奈を追いかけるのは無理かな」
ここら辺の道が全く頭に入っていないから闇雲に探している間に香奈が帰ってきてしまうかもしれない。
「……寝ようかな」
寝るには充分な疲労もあったので昼寝には少し遅い、言うなれば夕寝をすることにした。
ソファへと身体が動きだし、寝る体制に入る。
……こんなぐうたら夫みたいな生活でいいのだろうか、という考えが頭を過ったが、ソファの居心地のよさに掻き消された。