決断の夕食会
「紅葉」
桜音は俺の名前を呼ぶ。
「どうした?」
彼女に振り向いて、俺は問いかける。
「ふふ、呼んでみただけよ♪」
俺の顔をじっと見つめて、魅力的な微笑みを見せる。
「またか」
幾度と無く同じ事を繰り返す彼女に、俺は照れながら返した。
「いやなの?」
少し淋しそうな顔をして、上目遣いで問いかけてくる。
「いやじゃないよ」
その表情に過剰に反応して、即座に否定する。
「よかった♪」
すぐに笑顔に変わった桜音は、楽しそうに言った。
「桜音」
その楽しそうな彼女を見て、俺は問いかけるように名前を呼ぶ。
「なに?」
彼女はそのままの表情で聞き返す。
「桜音は・・・・・・その」
それを聞くことに少し抵抗がうまれ、一度言葉につまり、視線を泳がせてしまう。
一度彼女を見て、何かを期待している彼女の表情に負け、話を切り出した。
「――聖雨祭は、その・・・・・・浴衣を着て行くのか?」
途中でつまりながらも、なんとか聞きたいことを口にできた。
いい終えて彼女に視線を移すと、「ふふふ」と笑ってから、答えてくれる。
「うん、可愛い浴衣を着て行くわね♪」
彼女の答えを聞いて、すぐに浴衣姿を想像してしまう。
呆然としている俺を見て、首をかしげた桜音に気が付いて返事を返した。
「お、おぅ、楽しみにしてるよ」
コンコン――『お嬢様、夕食の準備が出来ましたので、紅葉様と食堂へお越しくださいませ』
ドアをノックする音が聞こえ、続いて50歳くらいの女性の声が聞こえた。
「ありがとう、すぐ行くわ」
その声の相手に、彼女がお礼を言うと――
『失礼いたします』
と、言って去って行った。
「それでは、食堂へ向かいましょう」
彼女は俺に向き直り、立ち上がって右手を差し出しながら、言った。
「――あぁ」
その手をとって立ち上がり、手を繋いだまま互いの顔を見合わせて微笑み合い、一言――
「ふふふ、楽しみね♪」
と、彼女は約束の内容を思い出させる。
「緊張で胸がいっぱいだ」
再び緊張してしまい、またしても逃げ出したい気持ちでいっぱいになってしまう。
しかし、彼女の笑顔を曇らせたくない気持ちで、俺は覚悟を決める――。
俺たちは一階へ移動して、屋敷の左側の部屋に入った。
「お待たせしました、お父様、お母様、文音」
中には、大きいテーブルを囲むように、先ほどの男性が一番奥にすわり、鋭い目つきの女性がその横に、さらに中学生くらいの女の子が入り口に背中を向けて座っている。
「ふむ、座りなさい」
彼女の父親が、空いた席を指しながら言う。
「おねーちゃん、遅いよー・・・・・・あれ? あなたが紅葉さんですか?」
背を向けていた女の子の横を通る際、桜音に言葉をかけ、そのあとに現れた俺に問いかけた。
「あ、は、初めまして、夜月詠 紅葉です」
初めて会った女の子と鋭い目の女性に向けて、挨拶と自己紹介をした。
「はじめまして、お姉さまの妹の春乃咲 文音です」
女の子は立ち上がり、お辞儀をして名乗った。
「桜音の母の木葉です」
鋭い目の女性も立ち上がり、一礼して名乗る。
「父親の賢吾だ」
男性は座ったまま、真剣な表情で名乗り、再び――
「とりあえず席に着きなさい」
と、空いた席を指し示す。
「あ、はい、し、失礼します」
あまりに険悪な両親に不安になってしまい、緊張でガチガチになってしまう。
そのまま席に着いて、視線を泳がせていると――
「――くっくっく」
彼女の父が小刻みに震える。
「――ふふふ」
隣の彼女の母がつられるように、口に手を当てて肩を震わせる。
「アーッハッハッハ」
唐突に、彼女の父が大声で笑いはじめる。
「うふふふふふ」
それに続けて彼女の母も笑い始める。
「あれ?」
さっきまでの険悪な状態から正反対の状況に、俺は戸惑い目線を右往左往させる。
となりの彼女は微笑ながら、俺を見ている。
なぜか妹は、訳が分からない様子でそれを眺めている。
そして戸惑っている俺の姿に気がついた彼女の父が、言葉をかけてくる。
「いやーすまんすまん」
顔の前に片手を立てて謝った彼女の父は、その訳を話し始める。
「紅葉君を緊張させるために、まともな親と言うのを演じたのだが、あまりにらしくなかったので我慢出来ずに笑ってしまった――ッハッハッハ」
またしても子供じみたことを言って、笑い続ける彼女の父。
「そうですわね、こんな真剣な顔のあなたは、今まで見たことありませんもの――ふふふ」
先ほどまで鋭い目をしていた彼女の母の顔は、とても優しそうな微笑に変わっていた。
「あーそれでパパもママも変な顔してたのか~♪ 私は、また杵月さんに怒られて機嫌悪いのかと思ってたよ」
納得したように妹が笑顔で言い、続けて思っていたことをそのまま言った。
「まぁ、それもあるな」
彼女の父が、文音の考えが正しいことを認め、うなずく。
「あなたったら、さっき書斎であった事を楽しそうに話していたら、すごく怒られてましたものね」
その内容を、彼女の母が楽しそうに教えてくれた。
「まったく杵月は、冗談がわからんのだから困る――ッハッハッハ」
彼女の父は、怒られたことを全く反省する気も無く、笑い事として流していく。
「ふふふ、あなたのお茶目なところ最高よ♪」
そんな彼女の父に、隣の母が笑顔で、相手の頬を指で数回つついて言った。
「・・・・・・」
さすがに、この家庭環境に適応できなかった俺は、言葉を失い呆然としてしまう。
「お父様もお母様も、紅葉に会えたことで、気持ちが舞い上がってるみたいだわ♪」
桜音はうれしそうに、状況を簡単に説明してくれた。
「そう・・・・・・なのか?」
それを確認するように、彼女に振り向いて聞いた。
「うん♪」
彼女は笑顔で答えた。
「パパ、ママ、いつまでラブラブしてるの? お腹すいたから食べましょう♪」
不意に、文音は空腹が我慢できなくなり、イチャつく両親に要求を突きつける。
「うむ、そうだな、食事をはじめようか」
二人だけの世界から戻ってきた彼女の父が一声かけて、全員が手を合わせ――
「「いただきます」」
と、食事の挨拶を済ませて夕食会は始まった――。
楽しくおいしい食事が終わり、桜音があの件について催促してくる。
「紅葉――お願いね♪」
彼女は両手を顔の前で合わせ、笑顔でお願いしてくる。
「ん? どうした桜音」
それに気がついた彼女の父が、問いかけてきた。
「お父様、紅葉から大事なお話があるそうよ」
彼女の一言で完全に逃げ場を失ってしまう。
「うむ、なんだね? 紅葉君」
それを聞いた彼女の父が、俺に問いかける。
「えっと、あの・・・・・・」
やはり、あまりにも大事なので視線を泳がせて迷い、再び彼女に視線を向ける。
「紅葉、がんばって♪」
すごく楽しそうな彼女の笑顔が、言葉が、俺に勇気を与えてくれる。
「あの――」
決死の覚悟で、彼女の両親に振り返り――
「俺に桜音さんをください!!」
と、大声で言い切った。
あまりに唐突な話に、全員が表情を固め、時間が停止した。
ほんの数秒の沈黙のあとに驚きの声が上がる。
「え、ええぇぇえ!?」
両手を頬に当てて、驚きの声を上げる妹の文音。
「まぁ」
口に手を当て目を見開いて驚く、母の木葉。
「ぬぬぬ・・・・・・」
怒りを秘めた声と、強張った表情の父、賢吾。
「あれ?」
先ほどまでの楽しい雰囲気は一転して、険悪なムードになってしまい一気に血の気が引いてしまう。
不意に、彼女の父が口を開いた。
「紅葉君、君はいくつだと思ってるんだね? まだ結婚には早すぎるのではないかね?」
俺の思っていた通りの正論を突きつける彼女の父に――
「え、あ、はい・・・・・・すみません」
と、俺は一瞬で心が折れて顔を伏せてしまう。
「紅葉おにーちゃん、負けちゃダメだよ! がんばって♪」
不意に、誰も居ないはずの左側に妹の文音が現れ、俺を応援してくれた。
「紅葉、がんばって♪」
さらに反対側から桜音が、力強く応援してくる。
二人の励ましによって、再び俺は顔を上げて立ち上がり、全力で想いを伝える。
「確かに、俺達はまだ高校一年生ですが、今すぐではなくこれから先を見据えて、本気でお願いします」
最後に大きくお辞儀をして、全てを伝えたと、やりきったと、まっすぐな目で彼女の父親と視線を合わせる。
「――ふむ」
彼女の父は、俺の勢いに押されて、ヒゲをさわりながら一息つく。
「どうか宜しくお願いします!!」
再び大きくお辞儀をしたまま、念を押した。
「・・・・・・」
俺は顔を上げることなく、相手の回答を待った。
恐るべき答えが返ってくることもあると、覚悟を決めての行動に額から汗が噴き出してくる。
「――いーよ♪」
緊張で限界を迎えそうな俺に、どこかで聞いたことがあるような陽気な言葉が聞こえた。
「はぇ?」
俺はすぐに顔をあげて、言葉にならない声をあげ、言葉の主に視線を向けると、彼女の父が親指を立てて笑顔で俺を見ていた。
「今日から私達の息子が増えるのね♪ 桜音ちゃんをよろしくお願いします、紅葉さん」
さらに、となりの彼女の母が父にとんでもないことを言い、俺に向き直ってからお辞儀をして微笑んだ。
「あれ?」
あまりの急展開に、またしても付いていけない俺は、言葉と共に首をかしげる。
「よかったね♪ おにーちゃん」
左側に居た文音が腕を引っ張り、俺に勝利を伝えた。
「え、えぇ?」
しかし、いまだに状況を理解できていない俺は、驚きの声しか出てこなかった。
「ありがとう、紅葉」
今度は右側に居た桜音が言葉をかけてくれる。
「どうして・・・・・・」
本来ならありえない結末に、ついつい疑問の言葉をつぶやいてしまう。
「んん? それは、二人が『千年桜の誓い』で結ばれているからであろう?」
二人の出会いであり、結ばれている二人の誓いの事を彼女の父が言い――
「な、なぜそれを!?」
俺は咄嗟に、上体を少し引いて驚いた。
「私が話したのよ。 最初から、お父様もお母様も知っていたわ」
考える暇もなく、今度は桜音が訳を話してくれた。
「えええぇぇえ!??」
俺の驚きの声は、今日一番の大声で屋敷中に響き渡った――。
しばらく落ち着くまでみんなで笑い続け、なんとか落ち着きを取り戻した俺に――
「おにーちゃんおもしろすぎだね♪ 気に入っちゃった」
と、妹の文音が言ってくれた。
「よかったね紅葉♪ 文音もお父様もお母様も、みんな気に入ってくれたわ」
喜ぶべきなのだろうが、彼女の言葉を素直に受け入れられず――
「あ、あぁ」
と、脱力した返事を返した。
「紅葉君も俺達みたいにラブラブになれるように、がんばりたまえ」
元気の無くなった俺に見せ付けるように、夫婦で抱き合い頬をこすり合わせる。
「いぇーい♪」
なぜか陽気に、彼女の母がピースサインで俺にアピールしてくる。
俺はこの家族の暖かさに、今までの不安は無くなり心からの言葉をつぶやくことができた。
「――がんばります」
最後に彼女を見て、その優しい微笑みを絶やさぬように努力しようと心に決めた。
楽しい夕食会も終わり、挨拶を済ませて屋敷の玄関へと向かう。
「今日は楽しかったわ紅葉、ありがとう」
お礼を言う彼女の笑顔は、いつも以上に魅力的に見えた。
「こちらこそ、すごく楽しかったよ」
いろいろ大変だったけど、最後には全てがうまく言った気がして心から楽しめたことを伝える。
「また、遊びにきてくださいね?」
彼女は楽しそうに、でもどこか悲しそうな表情で問いかけてくる。
「あぁ、必ず」
俺が笑顔で言うと、彼女は満面の笑みで返してくれた。
「じゃあ、また明日な」
別れの挨拶をして、歩き出す。
「うん、また明日ね♪」
彼女は俺が見えなくなるまで、手を振り続けていたそうだ。
こうして彼女の家での緊張と驚きの一日を終えて、その楽しい出来事を思い返しながら自宅への帰路を歩む。
『千年桜の誓い』の日、『始まりの夢』と共にスタートした高校生活、出会った彼女との関係が急速に加速していく。
留まる事をしらない二人の絆が、周りの人間を巻き込み、走り続け、誰一人として否定せずに応援してくれる。
『千年桜の伝説』と同じく、古くからの伝統『聖雨祭』
そこで再び『過去の再会』が、二人の運命に干渉し始める事になる。
初めてのお気に入り登録ありがとうございます。
感謝感激でついつい長く書いてしまいました。
いろいろな書き方をためしているので下手な点はいっぱいあると思いますが。
これからもよろしくお願いします。