桜散る季節と雨
「桜音! 今日の帰りに一緒に買い物いかない?」
「えぇ、よろこんで」
「あ、私も私も~」
「いいなー、私もいく~」
「それじゃあ、みんなで一緒に行きましょう♪」
春の桜は散り、夏へと向かう梅雨の季節。
あの告白の事件から1ヶ月以上が経ち、桜音はクラスに溶け込み、順風満帆の学校生活を送っていた。
「むふふ、桜音ちゃん。 すっかり人気者だな」
仲良く友達と会話している桜音を、遠くから見て語るのは、親友の椿である。
「まぁ、あの性格だからな」
それに対して素っ気無い態度で返すのが、俺、紅葉である。
「本当は心配なんだよな~? なんせ『千年桜の誓い』で結ばれた仲なんですから、ククク」
椿はニヤニヤと笑いながら言い、最後に口を押さえて笑いをこらえた。
「うっせぇ」
からかわれた事に腹を立てて、顔をそらして会話をやめた。
しかし、心配していないわけではないので、時々桜音に視線を送る。
なぜか、その時には必ず桜音もこちらに視線を送っていて、俺に微笑みを見せる。
ほぼ100%目が合うので、ずっとこっちを見ているのじゃないかと思ってしまうが、たまたまらしい。
俺はすぐに、視線をはずし照れるように顔を伏せる
「クププッ」
それを見て面白そうに笑うのは、終始を見ていた椿であった。
「なぁ、紅葉!椿! 今日、カラオケいかねーか?」
不意に話しかけてきたのは、クラスメイトの哲だった。
「あぁ、いいぜ。 椿も行くだろう?」
「おぅおぅ」
俺は椿にも確認して、今日はみんなでカラオケへ行くことにした。
「んじゃ、帰りはカラオケけってーい♪ またあとでなー」
「おぅ」
「あいよー」
あの事件のおかげかもしれないが、俺も難なくクラスに溶け込めて一安心していた。
「このクラス居心地いいよなー、みんな仲いいし、最高だよな♪」
「そうだな、俺もそう思うよ――助かる」
このクラスで一年過ごす事になれて本当によかったと、心から思うことができた。
キーンコーンカーンコーン
「きりーつ、礼。」
「「ありがとうございました」」
「よし、んじゃ、カラオケいきますかー♪」
終礼が終わってすぐに元気よく立ち上がった椿は、大声で言い放ち、右手を高く掲げた。
「それじゃあ、いつもの場所へ移動しようぜ」
「おぅ」
今日はクラスの男子が、ほぼ全員でカラオケへ行くことになり、女子は桜音を中心にほぼ全員が買い物へ行くことになった。
俺たちのクラスは週1回は必ず、こういう風にまとまってどこかへ行くほど仲がいい、最高の仲間だと思う。
そして移動中に、哲がこんなことを言い始める。
「そういえば、もうすぐ聖雨祭じゃね?」
聖雨祭とは、この町伝統の祭りの一つで、この時期の雨に感謝を示すための祭りである。
「おぅ、もうすぐだな。 梅雨専用のお祭り♪」
「ジメジメしていやな梅雨でも、こうやって祭り上げれば少しは気持ちも晴れるもんな♪」
確かに、大変な時期だからこそお祭りが大事だと思える。
「じゃあ、祭りはクラス全員で一緒にいこうぜ!」
哲の提案はすぐに可決され、聖雨祭は女子も含めてクラス全員が参加することになった。
「よかったな紅葉。 桜音ちゃんの浴衣姿見られるな♪」
椿は肩をぶつけて、楽しさを表現する。
「うっせぇ」
実は、俺も頭の中でそれを想像してしまっていたので、恥ずかしさから冷たく返した。
「んじゃ、聖雨祭の予定はクラス代表である、哲が用意させていただきます」
胸を張り、拳でドンっと叩いて「まかせろ」と言い放った。
そんな他愛も無い会話をしながらカラオケで騒ぎ、俺たちの絆はより一層深まっていった。
楽しい時間は終わりを告げ「またなー」と、それぞれが自宅への帰路にたった。
俺と椿は家が近いので、同じ方向へ帰り、その道中に聖雨祭の話をする。
「てかいいのか? 聖雨祭に本当は二人だけで行きたいんじゃないのか?」
こうやって心配してくれる椿は本当に、優しいやつなんです。
「本当は誘おうか迷ってたけど、みんなで行くならそれでいいんじゃないかな」
誘う勇気が出せなかった俺には、わがままは言えないと思った。
「まぁ、別にいいけど・・・・・・お前たち付き合ってるんだからたまには二人っきりになろうとは思わないのか?」
椿の言う事は妥当だと思う、俺たちは付き合っているはずだが、デートみたいに二人でどこかへ行ったことが無い。
「・・・・・・なぜか分からないけど、桜音と一緒に居るだけで十分なんだよ。 ――たぶん」
桜音と近くに居て、時々目が合う、そんな日常だけで満足してしまうほど、今が最高の時間だと思える。
「桜音ちゃんも同じ気持ちならいいけどな。 たまにはデートしないと飽きられちゃうかもしれないぞ?」
こんな彼女の話をしていると、不意を付いて第三者が会話に入ってきた。
「飽きないわよ? だって私も紅葉と同じ気持ちだもの」
その声に二人は驚き、前にも似たことがあったなと思いつつゆっくりと振り向くと――やはり桜音が笑顔でそこに居た。
「「うわぁ」」
俺たちは、驚きのあまり叫び声をあげて一歩下がった。
「なんかそれ、ヒドイなー」
桜音は子供のように頬を膨らませて、怒ったような悲しいような顔になる。
「いや、ごめんごめん、つい驚いてしまった」
「ごめんね桜音ちゃん」
俺と椿はすぐに彼女に謝ると「冗談よ♪」と、いつもの笑顔で言ってくれた。
そして、彼女はさっきの話をもう一度、確認するように言う。
「さっきの話だけど、私はデートなんてしなくても、紅葉とたまに目線が合うだけで満足してるわ」
微笑みながら言う彼女がまぶしすぎて、直視できなくなってしまう。
「お前ら、本当に不思議なカップルだな」
バカにするでもなく、ただただあきれるように椿は言った。
「ありがとう♪」
しかし桜音にとっては、ほめ言葉になったらしく、お礼をいわれると――
「いや~どういたしまして~えへへ」
と、なぜかコイツが照れた。
「・・・・・・お前も十分、不思議だけどな」
そんな椿を見てついつい口が滑ってしまった。
「お前・・・・・・やきもちか。 ぷぷっ」
仕返しと言わんばかりに言いあざ笑う椿。
「なっ!」
俺は恥ずかしい思いもあり、咄嗟に身を引いて驚きを表す。
「そうなの?」
間髪居れずに、桜音が俺に問いかける。
「ちがっ!」
それに驚いて、つい否定を表してしまう。
「ちがうの?」
今度は悲しそうな顔で、問いかける。
その表情に戸惑い、一瞬遅れて力強く答える。
「――ちがわない!」
その一言に満足したのか、彼女は「これも冗談♪」と笑って一言述べ、さらに続けた。
「それに、私たちはお互いを心から信じているから、たとえ何があっても疑いを抱く事はないわ」
彼女はそれを椿に向けて言い、最後に俺に向いてから「ねっ♪」と、同意を求めた。
確たる証拠はなく、それを裏づけするものはなにも無いが、俺は桜音を信じることができる。
「あぁ、桜音の事は信じている。 だからやきもちなんて言う、負の感情は抱かない」
お互いに相手の瞳に吸い込まれように見つめ合い、どちらからともなく微笑み返す。
「かーっ、俺の負けだ、まーけ。 お前らにはかなわねーよ」
椿は呆れ顔で言い「んじゃ、先に帰るから。 またなー♪」と、その場を立ち去った。
「おぅ、また明日」
「また明日ね」
俺と彼女は、椿に一言で返して手を振った。
二人きりになってしまい、それを思い出した俺は恥ずかしさのあまり沈黙してしまう。
沈黙のまましばらく歩いていると――
「ねぇ、紅葉」
不意に彼女は俺の名前を呼んだ。
「なんだ?」
俺は緊張のあまり、素っ気無い返事をする。
「呼んでみただけよ」
彼女は笑顔を向けて言った。
「なんだそりゃ」
笑顔がとても魅力的で、ついつい顔を背けてしまう。
その時、ふと思い出したことがあり、振り返って彼女に問いかけた。
「桜音は、聖雨祭って知ってるか?」
「うん」
「その聖雨祭にクラス全員で行くって哲が言ってたんだが、お前も来るよな?」
「んー、たぶん大丈夫だと思うけど、両親に確認しないと分からないわ」
彼女は少し考える素振りを見せて答える。
「そうか、じゃあ聞いといてくれ」
たぶん大丈夫という言葉から俺の気持ちは舞い上がり笑顔になった。
「あ、そうだわ! じゃあ、紅葉が私の両親に説明してくれない?」
またしても不意の発言に、俺の笑顔は一瞬で消えた・・・・・・。
「え!ええぇぇえ!?」
あまりに突拍子も無いことに、俺は全力で驚いた。
「だって、私たち付き合っているもの、夜の外出ならあなたから話す事が必要だと思うわ」
彼女は、当たり前だと言う様に大胆なことを言い始めた。
「いや、まて、急すぎやしないか?」
さすがに両親に会うと言うのは早いと思った俺の言葉も――
「大丈夫よ♪ きっと大丈夫♪」
と、彼女は笑顔で一蹴する。
「じゃあ、お父様には明日連れてくるって言っておくわね」
「・・・・・・はぃ」
俺は断る言葉も勇気もなく、ただそれを受け入れることになってしまう。
「じゃあ、また明日ね♪ 楽しみにしてるわ」
彼女は笑顔で手を振り、走って帰っていった。
俺も手を振り見送ってから、しばらくそこで考え込んだ。
色々考えた結果、彼女の笑顔を絶やさないためにも、明日は頑張ろう!と、思ったものの、やはり不安はぬぐい切れず、心の葛藤が空模様にも影響を及ぼした――様な気がする。
こうして聖雨祭の前に、大きな困難が生まれてしまったと動揺し落ち込む俺に、容赦なく梅雨の雨が追い討ちをかけた。
長い!! なんかわかんないけど、楽しく書き続けていたら長くなってしまいました。
でも、やっぱり面白いですね~。(自画自賛)