夏に秘めたる彼のしずく
夜空に広がる満天の星空。
その下に広がる草原に、二人の人間が寝転がっていた。
「遠く・・・・・・はるか遠くの僕達は、いつまでも幸せだろうか?」
「えぇ・・・・・・私達のように、きっと幸せよ」
寄り添うように眠り、お互いの手を強く握り締めている。
しかし、一方の女性の目からは、一滴の涙が頬を伝って流れ落ちていった。
「――ハッ」
俺は飛び起きるように体を起こし、手で顔を覆うようにして自分が見ていたモノを思い返していた。
「な・・・・・・なんだったんだ?」
夢の記憶はすぐに薄れ、考えることもままならずに混乱はひどくなっていく。
俺の頭の中では夢とは別に、この間のパーティーでの出来事が浮かび上がってしまっていた。
「――おにぃ!! 朝飯できたってさー」
俺が必死に思い出そうとしていると、階段を駆け上がる足音と、弟の呼び声が聞こえてきた。
「あぁ! すぐ行く!!」
何か大事なことのように思えたが、全く思い出せずに嫌気が差し、諦めて着替えをして朝飯を食べるために一階へと向かった。
ガチャ――「おはよぅ、おにぃ」
扉を開けると、そこにいたのは弟の稲穂であった。
「おはよう」
素っ気無い表情で挨拶を返し、俺はすぐに食卓へと着いて食事を始めた。
「――紅葉、明後日から夏休みでしょ? ちゃんと予定はあるの?」
調理場から出てきた母親が心配そうに問いかけてくる。
「いや・・・・・・ない」
俺は少し考えたものの、部活もやっていなかったため特に予定はなかった。
「はぁ~・・・・・・、そんなんじゃ彼女なんて出来ないわよ?」
冷たい視線で俺を見る母親。
俺はいまだに、桜音の事を話せずに居た。
朝一で母親の小言を聞いて、気分は最悪でスタートしていく。
俺は想い足取りで学校への道を歩いていると「よっ!」と、椿が後ろから肩を叩いた。
「なんだ~? しけた顔してんなー」
椿が俺の様子を気にかけて、心配そうな表情を見せた。
「あぁ、自分の不甲斐なさに嫌気が差したよ」
俺はそう述べた後に、大きなため息をついた。
「なんだー? あんないい彼女が居るってのに、ふざけたこといってんじゃねーよっ!」
椿は皮肉の言葉と共に背中に思いっきり平手を打ちを食らわせた。
「――ってーな~」
あまりの威力に俺は軽く涙を流して背中をさすった。
「元気でたか?」
「出るわけねーだろ!!」
なにやらうれしそうな表情で確認するように問いかけた椿に、俺は怒りを込めて文句を言った。
「なんだ、元気になってんじゃねーか」
「・・・・・・」
椿らしい笑顔と、椿の作戦にはまった自分のアホらしさに言葉を失って軽く微笑んだ。
「とりあえず、訳くらい話してみろや」
「――」
俺は朝の出来事を全て、隠す事無く椿に伝えた。
「はぁ!? まだ桜音ちゃんの事を話してないだって~!?!?」
それを聞いた椿が、眉間にしわを寄せて大声をあげた。
「ばっ――!! 大声出すな!!」
俺は必死に椿の口を押さえつけて小声で話すように目で訴えかけた。
「お前、本当にヘタレだな。 付き合い始めて何ヶ月たったと思ってるんだ?」
椿は俺に訴えかけに気付き、小声で確認するように問いかけた。
「3ヶ月・・・・・・」
俺たちが最初の出会いをした日が、付き合い始めた日にしようと桜音が言っていたので、それから3ヶ月の月日が経っていた。
「桜音ちゃんの親は認めてくれてるのに、どうしてお前の親には話しすらしてねーんだよ。 おかしくねーか?」
「返す言葉もないよ・・・・・・」
椿の述べた正論に俺は徐々に落ち込んでいくと、またしても第三者が唐突に自分の意見を述べた。
「それじゃあ、今日、お伺いしますわ」
「そうだな、それがいい。 早めに話をすす――」
第三者の言葉に椿は相槌を打って、話を進めようとした途中で、その聞き覚えのある声に俺と一緒にゆっくりとその声の主の方へと振り返った。
『わぁ!?』
同時に驚きの声を上げてしまった俺たちの目に、話題の中心でもあった桜音が立っていた。
「あら? おかしいかしら?」
彼女は少し不安そうな表情で首をかしげてみせた。
「いや、そうじゃなくて・・・・・・いつから、聞いてたの?」
「ん~、自分の不甲斐なさが~のとこかしら」
椿の質問に、桜音は思い出すようにアゴに手を当てて視線を空に向けて答えた。
「けっこう始めの方から聞いてたのね」
「えぇ♪」
「よし、それならもぅ腹くくっちまえよ。 今日、桜音ちゃん連れて親に紹介してこい!!」
「・・・・・・大丈夫なのか?」
桜音が登場してから俺は一言も会話に混ざる事無く、一つの心配事に頭の中はいっぱいだった。
「えぇ、私は大歓迎です」
俺の問いかけに彼女は笑顔で答えた。
「いや、その事じゃなくて、体は大丈夫なのか?」
しかし、俺が聞きたい事は別のことで、パーティーの時に起きた不可解な現象の事であった。
「え? あ、はい! もぅ大丈夫ですよ」
彼女は一瞬、驚きの表情を見せ、目を泳がせて同様しながら、どこか苦しげな笑顔で答えた。
「そうか・・・・・・それなら――今日、親に紹介するよ」
俺は彼女の心情を察し、それ以上は聞かずに話を元に戻すことにした。
「ありがとうございます♪」
こうして俺は彼女を親に紹介するために、家へと招待することが決定した。
もうすぐ、高校生活最初の夏休みがやってくる。
今日は最後の修行式の日、紅葉は桜音を連れて自宅へ向かう約束をした。
紅葉の頭の中には夢の事は消え去り、彼女への心配だけが巡っている・・・・・・。
パーティー編から一転したのには訳があります。
その訳に気付いてくれることを祈るばかりです。