3、ゴールデン・エンカウント
3、ゴールデン・エンカウント
お父さんとお母さん、ゴメンナサイ。私・・友達に嘘をつきました。
「ナデシコ? 気分でも悪いのかイ?」
隣で心配そうにこちらを覗きこんでくる王子様、もといアルバインさん。
「いいんです・・・ただ、自分の器の小ささに嘆いているだけです」
「何を言ってるンダ。ナデシコは“家に帰る次いで”とはいえ、僕をここまで連れてきてくれてる。そんな君が小さい人間のハズが無いじゃナイカ」
ハハハッと快活に笑う爽やかなアルバインを、私は直視できない!!
「それより“君の家の方向にある”とはいえ、そろそろ危険区域のはずだろう? 君は家に帰ったほうがイイヨ」
「え!? えぇい~と・・・こっ、こっちが近道なんです・・・」
「フム、そうなのカイ?」
電車を降りて、数分後。こんな会話をしているうちに目的地へと至るドアが見えた。ドアには“危険区域につき、立ち入り禁止”の文字が見えるが慣れたものだ。そもそも私は・・・
「しかし、事前に聞いていたイタけれド、本当に囲むように封鎖されているんだネ。それほど“無法者”たちがここいるってことカナ」
無法者、という言葉がグサっと心の突き刺さった。
「ユウコもトモコも言ってたけど、隔離したとはいえ国の許可も取らずそんなところに住む人ナンテ、気がしれないネ?」
グサッ、メキュ、グググッっと罪の意識が矢じりとなって突き刺さってからのえぐり込み! 胸の鼓動が止められない。
笑顔だ、ここは笑顔で笑い流さねばならない。
「ほ、ホントですよね~」
「ナ、ナデシコ!? 汗が凄いヨ!?」
源泉から溢れ出る汗が絶え間なく顔面を滑り落ちる。
三人とも、ゴメンナサイ。都内に住んでるって嘘です。私、ソドムに住んでます・・・
立ち入り禁止と書かれているにも関わらず、ドアを開くとそこは、日本ではない。
ソドム。
戦後、日本から再開発不能と太鼓判を押され、見放された地区。たしかに無法地帯には間違いなく、犯罪者や無法滞在者も多く、夜中は銃音が聞こえない日が無いような場所ではあるのだが・・
実際、私はここが嫌いではなかった。
「ラッシャ~イ、しんせんなマグロが入ってル。カッテケ!カテッケ!!」
「マグロ? ってオイ!丸々一体かよ!!誰が買んだ!? せめて部分ごとに切り分けろ!!」
ハリボテのような今にも壊れそうな露天で、どこかの海域で密猟してきたかもわからないクロマグロを頭に鉢巻き巻いた黒人の男性がたどたどしい日本語を使いながら魚屋で元気に働いていた。
そんな彼に流暢な日本語でツッこんだのはロシア系の白人男性だった。彼はすぐそばの薬局屋で働いていたはずだ。たしか“この町、以外にクロロホルムの需要がねぇんだよな~”という危険極まりないぼやきをしていたのを、ちょうどキッチン用洗剤を買いに来ていた私は聞いていたのを覚えている。
また別の一角では。
「ねぇ? お兄さん。今日も遊んで行かない?」
とても淫靡に男を誘う中国系の女。
「ふん! 公衆の面前であれほどの屈辱を味わったにも関わらず、まだ俺にせまるか?チャイニーズ」
全身のみならず脳細胞まで筋肉で出来ていると公言していそうな巨漢のアメリカ人の男性が不敵な笑みで誘い返す。
「・・・今度はそう上手いことアナタの良いようにされないわ。それに・・・私はあんなテクだけじゃ・・満足できないのよ」
「減らず口を・・・良いだろ!お前の作った、締りのないモンにしこたまぶちん込んでやるよ!!」
「ッフフフ。言ったわね・・今夜は寝かせやしないわ」
これから始る欲望のの嵐に色めき立つ大人たち。ギャラリーは増える、増える。
そんな人ごみの中、一人だけ殺伐とした空気を放ち始める。
「・・・ナデシコ。君は下がってテ・・」
「え?どうしたんです?」
そんな一部始終を見ていた私たち二人、特にアルバインはそんな彼らを怒りの形相で見つめていた。
「あの中国人女性が危ナイ。助けてくるカラ」
「え?どうして助けるんです?」
何が何だかわからないため、キョトンとする私をアルバインは信じられないというような顔をした。
「どうしてっテ! 君ハ・・」
「あ、始りますよ」
「クッ!」
急いで、振り返るももう遅い。火ぶたは切って落とされていた。アルバインは深く腰を落とした姿勢から駆けようとする体勢になった。
「これを見てもアンタは笑っていられるかしら!!」
「こ、こいつは!」
「「あ、あれは!!」」
中国人の女が叫び、群がる男どもに“それ”をあますところなく見せつけた。
“正方形”の小さく、薄い板のようなものを。
板には浅い溝が彫られ、溝は絵を描いていた。
絵は、我ら人間の偉大なる祖の形をしていた。
大人と言う社会の歯車になる前の、子供であった頃にお祭りなどで熱中したソレ。
「「で、伝説の“型”! アウストラロピテクス!!!!」」
それは掌サイズの正方形の、砂糖と小麦粉などを使い作られた型に模様や動物の絵などの溝を彫りつけそこを抜き取り、形にする遊びが昔からあった。
まあ、続に型抜き、という遊びで使うものである。
そんな型を見た、周囲の男たちは熱狂し、挑戦を申し込まれた男は新たな強敵にほほ笑む。
ただし、アルバインだけは膝をガクッと抜かして転びそうになる。
「・・・・こ、これは何ナンダ」
「型抜きですよ、知りませんか?」
崩れ落ちて、地面に伏せるアルバイン。そんなに感動したのだろうか? まあ、たしかにアレは凄い。
「凄いです! あんなに複雑な溝に穴をあけるなんて、いっぱい穴を突かなきゃいけませんよね!」
「・・・そうダネ」
顔を真っ赤にしてガクっと、うな垂れるアルバイン。どうしたんだろ? やりたかったのかな?型抜き。
ちなみにチャイナ服の女性が、高名な型抜き職人。筋肉の白人さんが型抜きに人生をかけるために国を捨てた人である。二人とそれを取り巻く過去に型抜きに見せられていた大人たちの熱狂が最高潮にまで達し、熱い声援が生まれ始めた。
もうここにいたくない、と頬赤く染めながらつぶやくと歩き出したアルバインに並行して私も歩き出す。
なぜ、ここに二人でいるのか?
それはアルバインの探し物がある場所がソドムであることが発端だった。
私がソドムで住んでいることも原因の一つだ。しかしソドムは正式には国家に属さない住んでもならない違法地区である。そんなところに住んでいる人間であることが学校側に知られれば、私は退学になるかもしれない、と言うハジさんの計らいで現在で形式上、私は東京の高級マンションに住んでいることになっている。
それはいいが、はっきり言ってソドムは日本国民からは悪の代名詞のように見られている。そんなところに住んでいることが知られれば、私に対する風評などが悪くなるというのが本当のところらしい。
私も最初は賛成したが、今は違う。やっぱり嘘はいけない。嘘はいつかバレる。それに非常に胸が痛い。罪悪感に苛まれる。私は嘘をつき続けられない人間らしい。
現在、そんなダメすぎる自分に打ちひしがれる私とソドムが珍しいのかキョロキョロするアルバインは並走してゆったりとした速度で歩いていた。
日本では非常に目立つ容姿の私たちでも、ソドムではあまり目立たない。
それはソドムには外国人が非常に多いためとアルバインの服装だろう。
アルバインの王子様風の背格好で気にならなかったが、彼の服装は灰色の使い古したジャケットと白地のシャツと青のジーンズという自然と風景に溶け込んでしまう服装だったからだ。どちらかと言えば私の制服の方が目立ってしまうほどだ。
そんな二人の進む道は夕暮れに照らされている。商店街のように左右に商店のような出店が立ち並ぶ道で、笑顔や喧騒が多くみられた。初めて訪れた者は決してココが無法地帯だとは思えないような日常的な人の営みがここにはあった。
「・・・ココがソドムなのカイ? 聞いていた話とはまるで違うヨ」
アルバインの困惑した声色に、自然と私は眉根を寄せてしまう。それは一か月前に私も同じような疑問を進に投げつけていたからだ。たしかにこんな光景が続く道のどこが危険区域のちょうど真ん中だと思える者がいるだろうか?
「そうですね。確かに平和そうに見えますね」
私は困った笑顔で彼の疑問に答える。
今、私たちがいるのはソドムに中心地に位置する所であり、多くの商店や食品店が集中する“市”とよばれている区画である。ここはある理由からソドムではとても平和な地区であった。
「ソドムは国から切り離された法律が無い場所ですけど、ルールとか法則が無いわけじゃないんです」
この市と呼ばれる場所はその代表格とも言える。
なにせ四方を海で囲まれる島国の一角にあり、なお且つ海側には不法入国者を常に監視する海上自衛隊が、陸側は今は監視の目が薄いが一部では陸上自衛隊が監視を強化しているため、非常に“輸入”がしにくい。それこそ命をかけるリスクを伴う。
そんな物流が非常に取り難い場所であるソドムで唯一、何かしらの方法やルートを持つ商人たちの商品等が安易に手に入る所なのが市だ。市がなければソドムは餓死すると言われている所以でもある。
だからこそ、市では取引の仕方や金銭売買の問題については商人はもちろん客にもマナーは求められる。法が無くともだ。それを市で商売をしている者たちのみならず、ソドムに生きる人々は理解している。
(安住の地が無い者たちだからこそ、自分がいることができる場所の大切さがわかるんだよ)
進が初めて私をここに連れてきてくれた時に言った一言。あの時は、やっと自分がいても良い場所ができた私には実感が薄かったが、今なら理解ができる。その大切さを。
「そうなのカイ? デモ・・・・」
「え?」
何故か、横にいるアルバインの方に視線を向けてしまった。声色が突然、厳しくなったからではない。 アルバインの温かな雰囲気が一変して、冷たく変化したからだ。
「・・僕は、やっぱり“こういう場所”は好きにはなれナイナ」
だが、それも一瞬のこと。
クルっと首を旋回させてこちらを振り向く彼からはもうその冷たさを微塵も感じられない。
どころかさっきより明るい笑顔。まるで何かをかき消すような笑み。
「それにしても、よくソドムのことを知っているんダネ」
唐突なる先制攻撃!? 撫子はひるんだ。
「・・・ふえ」
え? あ、ちょ・・!?
「まるで“ここに住んでる”人のようだヨ。ナデシコ」
撫子に、快心の一撃。
誤魔化しすら介入させない満面の笑みによる言葉の追い打ち 。
今度は、別の意味で心を締めつけられ始めた。 うぅっ!罪悪感で胸が・・!!
「あれ? 撫子ちゃんじゃないかい?」
すると突然、私たちではない、しゃがれた大きな声で私を呼ぶ声。
「やっぱり! 撫子ちゃん、今日はいい野菜が入ってるよ!」
声の主は、大きな胸とお腹を強調するように胸を張った中年の女性だった。この市でも古株の八百屋、自分の売る野菜と表情にはいつも誇りを張り付けることで有名な、ミドリ姉さん。自称38歳。
「え、ホントですか? いやいや!・・ひ、人違いでござんす・・」
「何言ってんだい、誰が見たって撫子ちゃんじゃないか」
このソドムでは珍しい人情を大切にする人柄から慕われる女性であり、進に紹介されて知り会ってからというものとても親切にしてもらっている。だが、ここは失礼を承知で別人に成りきる!!・・・やめてミドリさん、笑顔が!笑顔が眩しい!!
「ときどき、アホの娘になるね、アンタは。ハハハハッ」
バシン!バシン!と笑いながら背中を叩かれる。イタイ!イタイ!!ッ心も痛い!こんな親切な人を騙そうする私のやましい心に響く!!
そんなやり取りを聞いて、続々と周囲に人が集まってくる。見知らぬ見物人から日ごろお世話になって市のお店の人、さきほどの黒人の魚屋、怪しい薬屋、チャイナ服の型抜き美女職人とそのライバルまでもが集まってくる。ホント、一ヶ月間でここまでいろんな人と知り合えたのは素晴らしいことだと思う。
けど、今は不味い!
「ナデシコ、 マグロ、マグロ買う?」
「お、変な嬢ちゃん。同居してる生意気坊主にクロロホルム使うか?」
「あら、いつかの進と一緒にいた変なお嬢さん? また型抜き、やる?」
「噂の進のところの変な娘か? だが、型抜きでは負けん」
「ホラ、やっぱり撫子ちゃんじゃないか!変な子だね~全く」
み、みんなして変、変な子って。しかも噂のってなんですか!?
おそるおそる、アルバインの方を振りむく。彼はすごい笑顔だった。ホントに人の幸せを見ている、そんな笑顔だ。
「なでしこは知り会いが多いんダネ。日本の方に住んでるのに、ソドムの人たちとも仲がいいなんテ」
彼はホントに悪意も何もなく言った。その一言に周囲の人々はアルバインへと首をグルリと捻って一斉に
「「「「なにいってんの、この娘はソドムに住んでるじゃないか?」」」」
「エ?」
言っちゃた・・・
「・・ナデシコ」
言われちゃった。どうする、どうする私?
撫子は、混乱している。
プルプルプルと震える私。それを不審に感じたアルバインは下向きになった私の顔を覗き込む。その純水に心配という顔を見せられたら私、ワタヒ!
「ニャワーーーーー!!!」
「おワッ!」
私はアルバインの次の一言を聞きたくなくて耳を塞いで、発情した猫みたいな声を上げ、全力で駆けだす! 自分の足で走り出す!!17の夜!! 目には混乱に末ににじみ出てきた涙が溜まる。バイク!どこかにバイクありませんか!?
「ごめんなさい!!嘘ついててゴメンナサイ!」
遠く離れるアルバインと今ここにはいない親友二人に全力で謝罪しながら暗い路地裏へとダッシュ。逃避行を始める私をお許しください!
「ッ! 待つんダ! ナデシコ!!」
すごい切羽詰まったアルバインの声が聞こえたが、私に止まる余裕はない。やめられない、止まらない! 今の私の動力源は罪悪感、半永久機関に等しいエネルギーにより走りぬけぃギャ!
ドンッと大きな壁にぶつかり、尻もちをついてしまう。このフレーズを使ったのは今日で二回目。つまり、またも人にぶつかったのだ。
「す、すいません!!」
私が走っていた道はそれほど狭くない路地裏に道だったのだが、ろくに前も見ていなかった自分の愚行を呪いながら、ぶつかってしまった人を地面に倒れたまま視線を上にあげつつ、謝る。
だが、被害者の男性は無言のまま立っている。・・そりゃ、怒りますよね。
どうして私はダメダメなのだろうか?一か月前まで完璧なんとかなんて言われていたのに。アレかですか、過去の栄光に囚われているのがいけないんですか?それとも私のダメダメは馬鹿と同じで・・
「・・・し」
「え?」
ちいさな呟きが聞こえる、その発音者は見上げた先の男性。
彼は右手を振り上げている。
その手にもつモノを私は知っている、淵を月下の光がなでる様にキラリと輝くアレを。
ソドムでは刃物の類が使われることが多いが、アレを使っているのは私の契約者ぐらいしか見たことがない。
それが私めがけて振り上げられているとわかるのは、粘つくような視線が私を捉えているからだ。
彼の扱う光を遮断するかのような黒でなく、鈍い灰色。
彼の扱う物ほど巨大ではないが、分厚く長い形状。
ソレを、世間一般ではロングソードと呼んでいたはずだ。
「・・死ヲ、オシエル」
馬鹿は死んでも治らない、それを試すかのようにソレが頭めがけて
振り下ろされた。
視点変更
「ビンゴですわ」
美しいソプラノの美声が汚い路地裏に響きわたる。
大抵の男は声の主が隣にいれば、道に芝生のように転がるゴミくずも、湿り腐ったこの場の空気すら気にならないのかもしれない。だが、俺はとてつもなく帰りたい気分だった。
「・・・それはよかったな、クライアント」
「ええ、御苦労さまでしたわね。後はこちらにまかせて車へ戻っていてくださいな」
「・・・そうしたいのは山々なんだがな・・」
今、俺たちがいるのはソドムの中心街に近いが、比較的に生活態度が荒れている所だ。・・・雑な説明を許してほしい。今、俺の勤労意欲はゼロに差し掛かっているほど急降下している最中なんだ。なにせ・・
なにせ、見るからにガラの悪そうな奴らに囲まれている。数人単位なら簡単だったが、数は次第に増えてゆき、今や数十人単位に膨れ上がった。もう数える気になれない。
俺は平和主義者だからな、交渉を試みる。もちろん、そこは大事な場面だからやる気とドヤ顔も忘れずに一言。
「オイ、お前ら。俺は善良な市民Aとそして、こちらがお金持ちのお嬢様だ。そこを通って帰りたいんだが・・」
「・・アナタ、今さり気なく私に全部押し付けようとしましたわね?」
こめかみをピクピクさせて睨めつけてくるこちらのクライアント。まあ、市民Aとお金持ちと聞けば、当然後者へと大抵の奴は群がるだろう。それに美人だ。もう効き目抜群だろうと思っていたが、周囲の奴らはまるで反応しない。良い手だと思ったんだが・・・
「聞く耳を持たないのか?それとも・・まさか、俺のやわ肌がねらいなのか?」
まさかの発想に、俺はカッと目を見開く。が、相方はひどく冷たい目で冷静にツッこむ。
「おバカな一人漫才は止しなさい。見て判らないの?」
は~、と嘆息ついて囲んでる奴らに人差し指を突き付ける。誰に突き付けたかと言われれば、まあ全員にだろう。どうせ、こいつらは・・・
「全員、死んでいますわね。生気を微塵も感じられませんもの」
クライアントの言うとおりだ。まあ、死んだら動かないのが死体のセオリーなんだが現に目の前に立って、俺たちを取り囲んでいる。
全員に共通して言えるのは生気のない目、口がだらしなく半開き、なによりほのかな腐敗臭と大きな何か刃物の様なもので斬られたような生傷。
「・・・生ける屍 。いえ、この国では“ゾンビ”と言った方がメジャーなのかしら?」
「なんでもいいだろ? それよりもこの状況をどうするか、だろ」
数は五、六十体止まりらしい。これだけの数でも俺一人ならなんとか逃げることも可能だろう。だが、全員一斉で襲いかかられればクライアントの方までカバーはできない。彼女を庇う?それもアリだが、ゾンビの攻撃といえばアレだろう?
「ガァァ!!」
囲んでる“群れ”の中の一体が我慢の限界らしかったのか以外に素早く|涎をだらだらさせながら数メートルの距離をつめて掴みかかってきた・・・俺に。何で俺なんだ。
俺は右にクライアントがいるので左へと一歩分ほど横に体を移動させると、突っ込んできたゾンビは抱きつきに失敗し、前のめりになった。
男と男の抱擁の後の、噛みつき・・・あのまま突っ立ってたらと思うとゾッとする。嫌だよ、一か月前にキザッたらしいオッサンに噛みつかれてんだぞ、嫌な記憶が蘇るだろうが。
「キモいぞ」
そのちょうどいい高さに頭を垂れたゾンビの頭部めがけ上から肘、下から膝で挟み込むように叩き潰す。するとゾンビの頭部はおもしろぐらい粉々にどろりと砕けた。腐乱しているのだから軟とは思っていたが・・気分、わるくなるな。
同類を殺されたためか、それをスタートの合図とばかりに一斉に襲い掛かってきた。
「オイ、クライアント下がっ・・・」
「下がる? あまり冗談が上手くないようですわね」
俺の忠告を無視し、クライアントは逆にスラリと前進。・・・人の話は最後まで聞けよ。
「下がるのは、負けを認めた時。それは私に対する侮辱に等しいですのよ」
群がるゾンビに立ち向かう美女。絵になる光景になるだろうが、俺にはただの自殺志願者にも見える。
圧倒的に数にしても、なにより人間にある肉体のリミッターの外れたゾンビの力は通常の人間の何倍以上。彼女の細い腕など、すぐに握りつぶされるだろう。
美女は丸腰、武器もない。完全な不利、絶望的な場面。
だが、美女からは余裕の表情が消えない。一歩踏み出したことで、すべてのゾンビが己に向かってきていてもだ。
「私に言葉や助力は無用」
いつの間にか美女の手に何かが握られている。武器ではない、それは小さな掌に収まるほどの小瓶。
「必要なのは」
小瓶の蓋を開けると、襲い掛かるゾンビたちに振りかけるように中に入っていた粉を撒く。
だが、暴食行動に囚われる彼らを止めることには至らない。
美女はそのままゾンビたちによる四方からの波に呑みこまれる。群がるゾンビたちが飢えたように一心不乱に貪るべく美女に群がる。それは、夜の蛍光灯に群がる虫たちのように見えた。
だが、虫たちは知らないのだろうか? その光に近付き過ぎると燃え尽きてしまうことを。
「明確なる自らの意思と、もとめる形」
言葉を契機に群がるゾンビたちが一斉に白金の光のもと爆ぜた。中には数メートル吹き飛ぶ奴から胴体が真っ二つになる奴まで。数十体といたゾンビが一斉にだ。それほどの力の放出を成した存在は俺の目の前に変わらぬ姿で立っている。・・・いや、違うな。
「時間をふんだんに使って完成される芸術を、私の魔術は瞬きの中で成す」
今、クライアントの両手には一つの芸術があった。
大理石の如くなめらかな印象を全体に持つ白金の色の長物。その本体に負けないほど美しさを持ちつつも実戦的な形の銀色の斧、槍、カギ爪などを冠のように穂先に頂く。そして、全てが調和するように全体に匠の装飾が施されている。
何年もかけ作られたと言われれば納得するだろうが、作られたのは一瞬の間と聞けば呆れ果てて嘲笑し、その瞬間を見たものは自分の目が信じられなくなるだろう。
見る者全てが勘違いするだろう、とても武器に見えないと。 だが、それは実戦的な威力を秘めていると主張していた。歴史上、武器の名は斧槍と呼ばれている。
「どうですの? これでも下がる必要があると?」
俺へと振り向きながらの彼女の武器さばきはたしかに心得のある者の動作だった。しかも実戦的な。なるほど、またも彼女を怒らせてしまったようだ。そんなもの見せられたら言う言葉は一つだ。
「い~や、全く」
「よろしいですわ。・・・さて」
巧みのハルバートの乱舞させながら、ゆっくりと振り返る彼女にゾンビたちは襲い掛かることを躊躇った、ように見えた。いや、理解したのかもしれない。
「我が“錬金術”。冥土へ至るための駄賃代わりにご覧なさい」
“自分たちが獲物だということを理解したかもしれないゾンビたち”が、美しき戦女神へと立ち向かってゆく。
まるで自殺志願者のように。
視点帰還
振り下ろされた剣を左腕で受け止めた。
私がではない。私と、剣を振り上げる男との間に割り込む形で立つ彼がだ。
「大丈夫かイ? なでしこ?」
彼、アルバート・セイクが先ほどと変わらぬ笑顔で、剣を左腕に受けたままこちらを振り返る。顔には微塵も焦りはない。
が、それも一瞬。そこから急速に体を捻って生み出した回旋力を加えた左腕を振り切り、襲い掛かっていた男を力強く押し返す。
男は押し切られるように後退し、距離を取った。そんなことなど、どうでもいい。
「アルバートさん! 腕は!?」
「アァ、安心してクレ」
血相を変えて涙まで浮かべていそうな私を安心させるような笑顔。ホラ、とでもいうように持ち上げられた左腕の裾はそこに込められた力を象徴するように肘の部分までボロボロになっていたが、そこから覗かれる肌からは血の噴出は一切ない。
その前に、服の下なのに肌色が見えない。肌の上には乳白色の塊が。
手甲、ガントレットと呼ばれるものがそこにはあった。
驚く私にアルバートは腕に力を入れる動作をする。するとさらに驚く事に分厚い手甲から扇のような物が円を描くように展開され、一秒とかからぬ間に“円盤”ができ上がった。
いや、これは・・・盾だ。
「もうひとつ安心して欲しイ。彼は・・いや、“彼ら”はボクが滅すル」
一人称が三人称に変わったことに気が付き、前方の濃い暗がりを目を凝らして見る。まったく凝らす必要などなかったが。
未だに佇む剣を片手にぶら下げている男の後ろから何人もの人間たちが夢遊病患者のように続々と闇から出でてくる。出てくる、出てくる、出てくる!?
彼らの目からは生気が失われていた。
ゆらゆらと動くさまは糸で操られるマリオネットのよう。
口から漏れ出る声は声にすらならないうめき声。
それはまさに、映画で見たことがあるゾンビそのままだった。
「下がっテ! ナデシコ」
「前っ!」
後に座り込む私に視線を向けるのと同時にゾンビがアルバインへと襲い掛かったのが見えた。
アルバインは私の声にハッとするように、襲い掛かるゾンビを視覚に捉えたようだが、彼はそのまま飛びかかってくるゾンビの方へと大きく踏み込んでいった。
ゾンビは人間が持つと言われる自己筋力から発生する力からの肉体崩壊を抑えるための制限が脳細胞の大半が死滅しているために、なので人間の何倍もの力が出せると言われている。
そんな常識にも無垢ではなく無謀 な子供の如く挑みかかるアルバイン。そんな彼が愛くるしいとでも言うように抱擁するように突進してくるゾンビが衝突する。
「男に抱かれる趣味はないヨ!」
二人の距離がゼロになる瞬間にアルバインは上体を深く下げ、“何も持たない右腕”を下から突き上げるようにゾンビの腹に打ち込む。そのまま腕を起点にすくい上げる様に持ち上げてしまった。
見事なストロークは未だに高く掲げられているゾンビの背中から襲撃が突き出たように見えたほどだ。いや、待て。本当に何かが突き出ているように見えるではないか。
「それト、男を突く趣味もないヨ」
アルバインが振り払うように右腕を払う。“突き刺さっていた”ゾンビが吹き飛び、ゾンビの群れの中へと突っ込みドミノ倒しならぬゾンビ倒しが巻き起こった。
振り払われた右手には、銀色の剣。先ほどのゾンビが持っていた剣と同じロングソード。だが、決定的な相違点があった。
それは隔絶的な美しさ。いつの間にか天に出でた月の光を受けて光る様は聖の力を体現するかの如き、銀。
簡素だが十字架のレリーフが刻まれた装飾。
シンプルな作りではあるが、それには純粋な美があった。
左に盾を、右手に剣。それを手にしたアルバインを見る者は決して彼を王子様のような男とは決して思うまい。百に近い数に立ち向かうその姿はまさに“戦士”。
「どうしたンダ? 向ってこないノカ?」
私の位置からは彼の背しか見えない。だが、感じる。彼から放たれる闘気を。
「ダッタラ。こちらから出向クまでダ」
殺気に近い闘気を受けてか、もしかしたら彼の鬼の様な形相からの気当たりを受けてか、半歩さがったゾンビたち。
アルバインは右手の剣を左肩へと回し、肘を突きだす姿勢となる。一見、防御の姿勢、攻撃を受ける型だと見えてしまう。だが、違う。
「セット、Flame」
一言、呟いたアルバインの声に呼応するように彼の剣から火が噴き出し、剣に纏わり付く。
「セット、wind」
振りかぶるように背へと回された左腕に装備された盾に今度は風が。共にあるのが自然とでも言うように滞留する。
これは一気に敵を粉砕する溜めの型だ。
「いくゾ」
溜められた力を一気に解放するように、爆発的な速度で滑走するようにゾンビの大群の先頭へと真正面から飛びこみ、数十メートルの距離をなくし、剣を豪快に一閃。
「ハァッ!!」
轟く気合いの一声と共に振るわれる剣に纏わり付いていた炎が膨張し、爆発する。弧を描くように発生した爆炎と爆風はゾンビたちの腐敗した肌を焼き、その軟い肉体は爆ぜる。
自らが焼かれることがなかったアルバインだったが、爆風の影響は受けてしまった。コマのように回転しながらゾンビ群の中心へと突き進んでしまう。その回転力に怯み、近づけないゾンビ達だが、このままでは四方から掴みかかられてしまうだろう。
予想通りに回転力と勢いが落ち、ゾンビ達は一斉に四方からの抑え込みに・・いや、噛りつきにかかってきた。
そんなことは百も承知だったであろうアルバイン。もう一度、剣を振るのかと思いきや、もう剣に炎が灯っていない。だが、彼にはもうひとつ残っている。
「ゼェアァッ!!」
一喝とともに振るわれたのは剣ではなかった。左手に装着された盾、それを前方のゾンビ群に向かってストレートパンチ。
前腕から手までをすっぽりと覆う盾の縁をまともに受けたゾンビ一体の頭部は粉々に吹き飛ぶが、それだけでは止まらない。その真後ろにいたゾンビ達を巻き込み、不可視の力を受けてその体をバラバラにしながら吹き飛ぶ。盾の周りを滞留していた風を使ったのだと瞬時に理解する。
アルバインを取り囲んでいた四方からの一斉攻撃陣に穴が開き、彼はそのまま前方へと前転し、三方からの突進を回避する。
急には止まれないゾンビたちはぶつかり合い、将棋倒しになり自滅した先頭に立っていたモノたちは四体をバラバラにされていた。それほどの力で掴みかかられていればアルバインの体もただでは済まなかったはずだ。
「セット、Flame」
短くも、絶大な超常現象を起こす言葉が再度、唱えられた。
剣に再び灯る炎を手に取り、アルバインはゾンビたちへと挑みかかる。
上段からの兜割りで、頭のみならず股間を突き抜けコンクリートの地面まで切り裂き、剣の熱でゾンビだけでなく地面も赤く熱をもち、火がつく。
そして、アルバインにも火がついたのか、剣と体を乱舞が始まる。ゾンビたちは剣で裂かれ、時には盾の縁 で砕かれる、時に強引に攻め、時に回避に徹し、隙が生まれた所を大ぶりな一振りで確実に一息に着実に一体一体を屠っていく。
その戦い方は、型にはまった動きの様だが、体には硬さが一切ない。あれは技術を己のモノとしている証拠だ。だからこそ、迷いがない。そこには彼の持つ剣と同じ簡素だが、不純物のない美しさがあった。
進のように拒絶するように剣を周囲に振るうのではなく、確実に一つ一つを確実に倒していく堅実な剣に次々と屍に戻るゾンビ達。
確実に減っているのは確かだが、やはり数が多い。未だに二十体以上残っており、段々アルバインを一か所に追い詰めている。
戦闘に巻き込まれないように、少し離れた場所から見つめる私はゾンビ達の対応がころころと変わることに違和感を覚えた。まるで
(まるで、誰かに指示されて動いてるみたい?)
そんな疑問が頭の隅をかけたが、アルバインの肩が上下し始めていることに気がつき思考が止まってしまう。
しかたない、あれだけ動き周り、大きな動作で戦っていれば体力の限界は来る。
彼はゾンビが予想外に硬かったのか、剣で切り裂くたびに周りの地面をえぐるように戦ってしまっていた。その証拠に地面は熱せられ赤く染まり、蒸気をあげ、ゾンビと彼の靴が薄い煙を吹いている。
「フッ!」
遂にアルバインが剣を地面に突き刺し、膝を着く。体力の限界がきたのか?
それに気がつき、迫るように、絞めあげるようにゾンビ達が四方を囲み、彼に群がってゆく。
「アルバインさん!!」
役に立てないが、何体かひきつけられればと声を張り上げるが、ゾンビは一体も私に振り向かない。しかも予想外の返事が予想外の相手からくる。
「ナデシコ、そこを動いちゃだめダヨ」
客観的に見れば絶体絶命の状態。だが、言葉を返してきたアルバインの表情はとても疲れた人間が到底できるとは思えない笑み、勝利者の笑み。
そして、客観的に見ることができれば気が付いただろう。まばらにいた残っているゾンビ達が彼の周囲に集まっていることに。
「スプレッド、Flameッ! アクセル、wind」
地面に“突き立てられた”剣から先ほど纏わり付いていた炎が周囲に展開される。展開された炎は不自然過ぎるほどにゾンビたちを囲み、逃がさぬように円を描くように動いてゆく。
炎はその周囲が熱せられることで空気の割合を縮小、上昇気流を発生させている。炎は風を生み、同時に引き込み、さらなる規模の災害を生みだす火炎旋風へと加速させる。
乱舞する豪炎に沿って導かれるように天に向かって穿つ熱風がゾンビたち燃やしながらを数十メートル上空へと舞い上げる。
「ゲイザー!」
アルバインの剣が瞬く。彼により生みだされた炎と風が再び集い始め、プラズマを生みだすほどの力の渦が光の剣を作り上げる。
空中へと穿たれたゾンビ達もまた、風の収束場所に巻き込まれながら吸い寄せられてゆく。
ゾンビ達は竜巻の如き豪風には逆らうこと叶わず、剣を水平に構える男の元へと。待っていたと言わんばかりの彼らの死神の元へと。
「ズェェアァッ!!」
唸る風の音すらかき消えるほどの気合いの一声と共に体ごと振り切る回転斬り、それとともに放たれた突風。周囲にあった建物を軋ませ、窓ガラスは風を受けて一斉に粉砕。それをまともに受けたゾンビ達はきりもみしながら体を四散異常の粉々になり、二度目の死を迎えた。
風の後には何も残らず、空気は清浄。数十体といた生ける屍の群れは人かけらも残らず、また静かな暗闇が広がる。月明りに佇む男ひとりを残して。
「ナデシコ、もう大丈夫そうダヨ」
アルバインは戦いで見せた戦士の顔ではなく、出会ったころの優しい笑顔で終わりを告げる。
この人は一体? 何もない所から剣を取り出し、火や風を思うまま扱う。まるで、おとぎ話の魔法使いのようではないか? あれ?魔法戦士?・・・RPGなどに疎い私は深く考えるのはまず置いておき、お礼を言おう。
「あ、ありがとうござ」
「・・・今日は、出会いが多いナ」
まずはお礼と思っていったお辞儀しながらの言葉は彼の疲れを含んだ言葉にかき消された。その彼に似合わない険悪な言葉使いにハッと上向く。
私が見えたのは、アルバインは振り返りざまに、剣を薙ぐその瞬間。
私が聞いたのは、鋼と鋼の衝突音のような甲高い音。
彼に相対するように現れたのは・・・
視点変更2
いつから俺はラクーンシティに迷い込んだ?
「昨日といい、今日といい・・」
溜息つきながら俺は引き金を引く。武骨な黒い塊から放たれた鉛玉は掴みかかってきた男の頭に風穴どころか、ごっそり首から上を奪い去ってしまった。正直、エグい。
(見てて、イイ気分じゃないな・・・やっぱり)
そんな感想を何度も繰り返しながら数分、状況は完全されてはいない。数は増えないが、格段減ったともいえない。
ゾンビと戦うゲームで言えばハードモードくらいの出現率だろう。
「セァッ!!」
そんなハードモードの中で鋭い気合いの声が響く。
この陰鬱な腐った者どもの中にいても、ひと際目立つ金色の髪の美女が、自分の体を超えるほどの槍に斧がついた武器、ハルバートを華奢な体で振るっていた。クライアントである、ローザ・E・レーリスである。
重さを利用しての縦割りではなく、長柄の武器特有の遠心力を使った円運動による回転を利用した連続回転攻撃に敵はなす術なく薙ぎ払われ、切り裂かれる。
その舞踏にも似た動きには美しさすらあった。振るうたびに舞う金色の髪、決して重芯を崩さない足さばき、武器の重さに振るわれるのではなく、完全に使いこなす様にゾンビすら見惚れる・・・のかもしれない。
現に、ゾンビたちの動きが止まって・・・いや、待て!?
「おい、待て! クライアント!!」
俺は違和感に感づき、隙だらけのゾンビ共をさらに刈るために密集地帯に突っ込もうとするローザに止まるように言うが、あのお嬢様は聞いちゃいねぇ!!
距離を詰めるために走りだすが、それを四体のゾンビが阻む。
(阻む・・ねぇ?)
走りながら両手で構えた銃で照準を合わせる。
今日持ってきた銃はいつも使っている銃とは違う。
M1911改。世界の警察を名乗っている国の軍に正式採用されていた自動拳銃。よくガバメントの愛称でよばれているモデルだ。性能も、安定していて良い銃だ。だが、この状況には不利だ。玉数の意味でも。一丁しかないことも、これがいつも使ってない他人の銃だということも。
セーフティーなどもう外れているので、そのまま引き金を引く。
左から順番に頭を狙い、計四回。
小気味な反動を流しつつ放たれた銃弾たちは避けることのできない速度で射出され、規則正しい頭蓋ごと頭を破裂させる音を立てる。あまりに頭を失ったのが唐突すぎたのか突っ立ちながら絶命している。
ゾンビの中へと消えていくクライアントまでの距離を算出する。ざっと、三十メートルくらいか?
だが、それまでに何度か妨害を受けるはずだ。そういう“布陣”を敷いているのだ、ゾンビのくせに。
一瞬のイラツキと思案の後、リスク覚悟で頭を吹き飛ばされたまま突っ立ってるゾンビの“肩”へと跳躍。そこを踏み台にさらなる跳躍。踏み台は俺の人間離れした脚力をもろに受けて崩れたが、なんとか目標までは近づけるようだ。
が、やはり待ち伏せは受ける。滞空する俺を待ち構えるはゾンビのじゅうたん。
落下予測地点にいるゾンビへと銃弾を放つが、射出されたのは三発。すべての対象の頭を貫き絶命させることには成功したが、カートリッジは空になった。当たり前だ、改造されているが9mmを八発までしか装填できない。やはり俺の銃では無いので文句は言えない。
そうこうしている間に意を決っしなくとも、していても俺には翼はないので着地の時間はきてしまい、しょうがないので生き残っているゾンビの頭へひざ蹴りを食らわし着地。着地と同時に、横にいたゾンビの肩へ手を回す様にヘッドロツクを決め、着地の衝撃緩和と併せて首を折るため上体ごと捻る。首をへし折るつもりであったが、まさか、もげるとは思わなかったが・・・
「なに、やってますの?」
真後ろから声がして振り返ると、大口開けた女がそこにいた。
すぐさま、もぎ取ったゾンビの頭を口へとねじ込み顎を外し、躊躇なく腹に突き飛ばすような前蹴りを蹴り込む。弾丸のように吹っ飛ばされると、後へ吹き飛びゾンビ将棋倒しの駒となってくれた。ざまぁみろ。
「女性にはもっと紳士に接するべきではなくて?」
またも真後ろから声がした。今度は振り返っても攻撃しないようにしなくてはな。先ほどの“女ゾンビ”への攻撃を喰らわせてやりたい気持ちがくすぶっているが・・・
「女性の方も、もっと紳士の言葉に耳を傾けてほしいがね」
「あら、貴方って紳士でしたの?気付けませんでしたわ」
まぁ、紳士って柄じゃないことは認めるがね。
「クライアント。突っ込みすぎだ、死にたいのか?」
ゾンビたちは思考能力も無くしているくせに何故か統率の執れた布陣を組んでいた。一つ一つの動きが本能的なのに、これだけは理知的だった。
優勢であると思わせ、実は相手を自分たちの有利な状況に追い込んでいく集団戦の基本を奴らは演じている。どこかでゾンビの軍勢を動かしている存在がいることの証明だ。
それ以前に、ゾンビをだれが量産したのかが問題だ。そいつは生かしておいたらいけないな。
「わかっていますわ。だから、こうして司令塔を探しているのです」
「突っ込みすぎだと、言ってんだ。あんたの力量は信じるが、無傷では済まないだろうが」
「・・・貴方、私に雇われていることを忘れているのかしら?私の考えに口を挟むのは契約外ですわ」
段々、お嬢様の顔に苛立ちが現れてきた。俺はアンタの高貴なお考えを聞いてないんだが?
俺も徐々に感情が乗り始めるかと思った矢先、俺たちがいる路地裏の約一キロ先から巨大な“魔力”が爆発的に膨れ上がった。
「ッ!! あっちですの?」
いや、待て。遠すぎるだろ。と言う前にクライアントは懐からまたも小瓶を取り出し、栓を外し、周囲に振りまく。
匂いで判った。これは火薬だ。だが、普通の火薬ではない。何かが配合されていることを俺の鼻が理解した。
「おいっ!まっ」
「数は減らしますから、その隙にお逃げなさい! 私はあちらへ向かいますッ! 着火!!」
人の話を、聞けよ!!
そう言ってクライアントは人の常識を大きく超えた跳躍を見せ、魔力が発した方へと消えていった。
変化はすぐに訪れる。大量の酸素を消費し、爆炎が生じる。不自然にもゾンビだけを燃やしながら、その範囲を広げていく。
その炎の動きはまるで腹をすかした獣のように、熟しすぎた肉を飢えたように貪り、絡みつき放さない。喰らいつかれたが最後、骨の髄まで燃やしつくされる。普通の火薬だけではこうはならない。なにか別の法則を用いる何かが使われていることは明白だ。
クライアントはゾンビたちに囲まれたらこれを使う気だったのかもしれない。これなら多体戦に向いている。
「しっかし・・」
炎の獣を見ながら思う。炎は効果が薄れてきているのか、段々、希薄になっていく。もうそろそろ燃え尽きるだろう。その風景をあの飛び出していった背に重ねてしまう。
火も酸素が無ければ燃えないように、人も・・・
・・まあ、今はいい。
それとは別に、ただ一言、虚空に向って言いたい。いや、言おう。
「せめて、全部燃やせよ」
黒い煙が上がる世界でいまだ数体のゾンビが健全なままでいた。燃やしきれなかったのだ。隙を見て逃げろとはこの事か?
逃げろとはいっても、残ったゾンビを放置すればどんな二次災害を起こすかわからない。最悪の場合、ホントに何処かの名作ゲームのように街がゾンビで溢れ返ることにも繋がる。
「やっぱり、持ってくるべきだったな」
簡単な仕事と聞かされていたため、いつもの装備は持ってきていなかった。失態だ。
手元にあるアイツから渡された自動拳銃と予備のカートリッジにある弾では心もとないが、やるしかない。のこりのゾンビ数は30体前後と言ったところか・・・
「お~い、旦那ぁ~。そぉーい」
間の抜けた声に続いて硬いコンクリートにさらに硬いなにかが切り裂いて突き刺さる音が響く。
音の方を見ると、そこには家に置いてきたままであった黒い大剣が地面に垂直に突き刺さっていた。
「必要でしょォ? まあ、あの銃に触れると旦那怒るから、持ってきてませんけど」
上出来だ。 まあ、全てはお前のせいとは言わない。す・べ・ては! だから後でご褒美として、しこたま鉛弾打ち込んでやる。全部じゃなくとも大半はお前のせいだからだ。
俺はヒステリックに口元をつり上げると、地面に未だ残る浄化の炎すら拒絶する黒い剣を引き抜く。
いつものことだが、思う。
ああ、どんな仕事だろうと、疲れない仕事はないな。
視点帰還2
そこに現れたのは金色の妖精。
ただしこの妖精。背中に翼はなく、その変わりにとても綺麗な柄の長い棒の先端に斧と槍がついたような武器を手に持っている。
そんな幻覚を振りほどくように頭をブンブンと横に振り、改めて前を見据え“彼女”を目視する。
妖精。
一瞬、そう見えてしまった。彼女はまぎれもなく人間なのに。彼女の人間離れした美しさで幻想に近い錯覚を引き起こされたのだと、素直に思えてしまうほどの説得力のある美貌なのだ。
そして、気が付く。私はこの綺麗な女性と一度、出会っていることに。
「あら?」
あの空港で出会った時とは違い、武器を持っている。だが、あの時の女性だ。一目見たときから綺麗な人だとは判ってはいたが、武器を持つ彼女はさらに美しさが際立っていた。まるで神話に出てくる戦乙女だ。純粋な正義で武器を振るう女戦士のように見える彼女。
それが、なぜアルバインにいきなり斬りかかってきたのだろう?
「お久しぶりですわね。イギリスでの事件以来ですわね、騎士」
まるで昼下がりに知り合いに偶然出くわしたような、自然な挨拶を始める女性。なにごともなかったかのようにしているが、素人の私にもわかった。あれは確実に殺意がこもった攻撃だった。
「やあ、こんなところで出会うなんて奇遇だね。もしかして、僕に会いたくなったのかナ?|魔女《ウィッチ」
こちらも同じような雰囲気で返事を返す。だが、言葉の音程で判る。アルバインには似合わない怒りに似た感情が言葉に込められていた。
ビキッ
「あらあら、冗談がお上手なのは変わってませんのね? 剣を振り回すしか脳にない下品な騎士の一人にしては」
ビキッ!
「陰でこそこそ動いて敵を倒すしかない魔女の一人なのに野蛮にも近接的な攻撃的な武器を使っている品性がない君に褒められるとは光栄だネ」
ビキィィ!
「あらあら。言ってくれますわね、能なし騎士。ウフフフフ」
「ya、ya。それほどでもォ。この単細胞|魔女《ウィッチ」
ビキビビキッ!!
「ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
何かが決壊するのを耐えるような音を立てながら、二人は会話する。静かな罵詈雑言を言い合うには不似合いな笑顔で。二人の笑顔は次第に彫を深くなり、子供が見たら失神でもしそうな強烈な笑顔になってゆく。・・・怖い
それに比例するように、場の空気が悪くなる。数値にするなら現在、最悪値だ。あまりの険悪な空気に私はすぐさま土下座したい気持ちになった。なぜ私が?
長い長い笑い声、それは突如として終わりを告げる。
「フフフフ、殺しますわッ!!」
「ハハハハ、滅すルッ!!」
笑顔は遂に決壊し、怒りむき出しに、ふたりとも同時に横一線。二つの刃が向かう先は私。
・・・・私ッ!?
ズバッと音と共に血が飛び散る。死んだ、私
の斜め後ろに静かに接近していた二体のゾンビが。
もしかしたら私の首が飛んでいたかもという事実が後から湧き起こり恐怖で腰を抜かし、ヘタリ込む。
そんな私の姿を見下ろす二人から次第に殺気が消えはじめたのはすぐのこと。
「今日はこれでよしましょう。こちらも貴方に構っているほど、暇ではありませんの」
「こちらのセリフだヨ。あぁ、危なかったネ。ナデシコ」
そういって助け起こしてくれるアルバイン。こちらには目もくれず、周囲をキョロキョロと見渡す魔女と呼ばれる女性。・・・ふたりとも謝る気はさらさらなさそうである。
「・・・ない。ようですわね」
「・・まさか、君も“アレ”ヲッ!?」
アルバインらしからぬ不意打ち気味で横殴りの斬撃を驚愕の声とともに放つ。
そんな彼の攻撃は虚空を斬る。彼の斬ろうとした相手は近くの三階建のビル廃屋の屋上に立っていた。どうやって?
高さ的に見下ろす彼女は怒りの声を叫ぶ。
「やはり、“騎士団”も絡んでいたのですわね!? この聖人面した悪人共ッ!」
「英知の向上を理由に、非道の違法を繰り返す君たち“協会”に言われたくはナイッ!!」
謎の単語が多すぎて状況が整理できないが、つまるところ彼らは仲良くはないらしい。
「とにかく、これ以上私の邪魔をするなら容赦しませんわ。この国からすぐさま立ち去りなさい。次、会った時が貴方の最後となるのが嫌でしたら」
「僕もそのつもりだ。魔狩りは僕らの義務だからネ」
最後の二人の間に本物の殺意が交錯し、最初に離れたのは金色の妖精の方だった。ビルの屋上の縁から飛び去るとすぐに街の暗闇へと消えて行った。
そんな彼女の去った後を見続けるアルバインだったが、姿が見えなくなるとゆっくりと大きく息を吐いた。まるで緊張した空気を消し去るような仕草。
でも、私には別の意味が含まれているように見えた。
「・・・ナデシコ。すまなかったネ、危険なことに巻き込んダ」
「・・いえ、私が勝手に突っ込んだだけですから」
「それより、ナデシコ」
「?」
「君、ソドムに住んでるのカイ?」
ハイ、と肩を落として謝る私に、アルバインは苦笑して気にしてないというように肩を叩いた。
「いや、でも実際に助かったヨ。地図もあったんだが、どうしても見つからなくてネ」
「・・・その地図は信用しないほうがいいです」
私がソドムに住んでいることを隠していたこと話すと、アルバインはそんなこと隠さなくていいのに、と笑って許してくれた。
許す次いでに、彼が今日泊まることになっていたソドムにあるホテルの場所へと案内してほしいとのことだったので喜んで引き受けた。
地図を渡されていたそうなのだが、地図は最初の空港内の地図同様に使えた物ではなかった。グチャグチャで小学生以下の絵、方向もあやふやで意味不明、東西南北も示されていたが何故か、太陽が、南から東に落ちていた。数年前くらいのカーナビの方がまだ使えるくらいだった。
まあ、ソドムにあるホテルなど一つくらいしかないのですぐに案内できた。そこはソドムで唯一にして、世界に誇れるであろう高級ホテル。接客態度から料理、室内装備に至るまで五つ星らしいことを進から聞いていた。
位置もすぐ近く、なにせ私たちがゾンビに襲われていた場所の裏が目的地のホテルだったからだ。
そして、すぐに到着した私たちを待っていたのは
「申し訳ありません、お客様方。本日は事情により休業させていただきます」
大きく豪奢に作られた自動ドアを抜けた先で待っていたのは胸の名札に支配人と書かれた温和そうな初老の男性と上記の言葉だった。
「一体、なにがあったのですカ?」
流石に、心の奥底からの謝罪の声と判ってしまうほどの声に文句は言えず、事情を知ろうとアルバインは心配そうに事情を聴いた。
「さきほど当ホテルの“裏手”からとても大きな“謎の衝撃”が発生したようでして、ホテルの各所に倒壊の危険を伴う“破損”が発生してしまったのです」
訳を聞いた自分が、その衝撃をおこした張本人だと知らずに。
「・・・・ha、haha 、そんなことガ・・」
「申し訳ありません。代わりのホテルへの手続きはこちら誠心誠意持っていたしますので」
「・・・いエ、そこまでしていただくことないデスヨ」
苦笑いしながら断るアルバインを、支配人はなんて理解ある若者だろうと思ったのかもしれない。実際は、ホテルを破壊した張本人である人間が、被害者からサービスを受け取ることはできないと考える不憫な青年が無理して引きつった笑顔をしているだけである。
「犯人、もしくは原因はこちらではっきりとさせ、断固たる報復はつけますので」
「ほ、ほうふク!?」
「ええ、我がホテルの品格を落とした罪は死、だけでは済ますことはできません故」
温和そうな支配人の顔が一瞬にして、冷酷で冷たい殺意ある悪人の顔に変貌する。
実は、進が言うにはこのホテル、無法地帯という立地条件を利用し、世界中のマフィアや裏の世界の重鎮たちも御用達のホテルらしく、セキュリティ部門から情報漏洩の対処として私設の武装部隊まで雇っているほどの武装ホテルなのだ。所持する武力は一国家の保有するものと相当といわれている。
裏の世界でも、このホテルの中での抗争は御法度、やらば敵ではなくホテルに消されると有名で、暗黙のルールになっているとのこと。
「そ、そうですカ~。はやく・・・終わるといいですね」
「御心使い、ありがとうございます。・・・お客様方、お汗の量が凄いのですが? どこか、お身体の調子でも悪いのですか?」
「「いえッ!御気になさらずッ!!」」
「ハ~、まいったヨ」
ホテルを後に、とぼとぼと人気のない通りを私たちは歩いている。時折、振り返りホテルから追手が来ないかどうか心配で振り返るアルバインは疲れ切ったように肩を盛大に落として、困ったと溜息声と一緒に吐き出した。
「・・本当にスイマセン。私があんなことにまきこまれなければ・・」
「イヤ、あれは君のせいではないヨ。あれは“僕達”のせいでもあるからネ」
「僕たち? あの綺麗な女性が言っていた、騎士団ですか?」
フッ、とアルバインの顔に影が作られる。慌てて私は失敗したと悟る。
「あ、あの詮索したりとか、そんな気はないですから。話したくない事だってありますよね!」
誰にでも話したくないことはあう。そのことは私も十分、理解しているはずだったのに。
「キミも君は“こういうこと”は初めてではないんだろう?だから、悲鳴一つ上げなかっタ」
進からは吸血鬼にかかわっていたことの一切をあまり話すなと言われていた。世間で未だドレイクの名は根強く残っている。彼が吸血鬼であったことは知られていないが、彼の真実を知る存在が残っているかもしれないから危険はまだあるらしい。
また吸血鬼だけに関わらず、魔族に関係した全ての者を忌み嫌い、この世から消そうとする者たちがいることも聞いていた。
だが、彼の目は何かを見抜いた鋭い目ではなく、同情に近い憐れみの目。決して追求しているのではなく、同じものを知っている理解者の眼差しで口を開く。
「そうだネ・・改めて自己紹介しよウ。ボクはアルバイン・セイク、騎士団第2師団所属の巡礼騎士ダ」
「巡礼・・騎士?」
「別にボクたちは宗教家とかではないヨ。簡単にいえば、世界中を回って魔族がらみで困っている人の所に行ったりする人ダネ。騎士団というのは危険な魔族と戦う人たちの集まリ。別に何処かの国に所属しているわけでもない、独立機関と言ったところカナ」
ハジさんが前に言っていた。魔族と言う強い存在がいるのになぜ世界は彼らのモノになっていないのか?それは抗える者が存在するからだと彼は言っていた。それが目の前にいる。まさか目の前に現れようとは・・・
・・・待て、何でこの時期に現れたのだ?
まさかと思う。まさか自分が関係しているのではないだろうか?それにより周りの大切な人たちが巻き込まれるかもしれない恐怖が全身を一気に冷やした。だから、震える口を動かしてでも聞かねばならない。
「・・誰を・・ですか?」
一拍の間、空気が張り詰めて私は一度歩みを止める。彼もまた立ち止まり、私の方へと振り返り口を開ける。
「誰? いや、ボクが探しているのは“物”だヨ。安心してくれてイイ」
邪気と嘘のない笑顔。これで嘘をいっているならば、相当の悪人。だが、アルバインはそうは見えない。
彼と出会って数時間だったが、悪人でないことはだけは理解できた。イイ人なのだ、きっと根っからの。だからこそ助けたいとも思う。
「・・・はい、ありがとうございます。で」
「?」
「泊まるところ、どうするんですか?」
「・・・本当にどうしようカナ・・」
空には満点の星空。電灯やら家の明かりが少ないソドムでは星が良く見える。時刻は夜9時、ホテルのチェックインには遅すぎる時間だし、予約をしても明日以降ということになるだろう。しかもソドムにはホテルは先ほどの一つしかない。宿泊施設などはソドムで経営しても客はほとんど入らないからだ。
それに今からソドムを出ることはマズイ。最近は手薄になったがソドムと日本の“国境線”は今でも自衛隊による監視がある。昼はそれほどでもないが、夜はとても厳しい。よければ補導、悪ければ牢屋行きらしい。いかにパスポートや住民票があろうとソドムから出てきた人間に彼らは優しくはないはずだ。
「最悪、野宿カナ?」
「それは、やめた方がいいです」
アルバインが公園や道路で寝ているところを想像する。なんとも不憫で、間違いなく危ない人に目を付けられること必至だ。今の時代、同性愛はもちろん、女性から男性を襲う時代ですたい・・・とハジさんが言っていた。
「HA、HA。これでも野宿には慣れているんダ・・・ほんと、慣れてるんダ・・周囲への警戒は怠らないヨ」
アカルイックな笑顔の後、すぐ隠す様に手を顔に当てて上を見上げるアルバイン。遠い何かをみるような、自然と出てきた涙を押さえつけているような仕草だった。
(・・・あぁ、経験者だったんですか・・)
しかし、どうしたものか? このまま別れ、自分だけ家に帰るのも酷い気がする。 だが、知り合いなど少ないし、宿屋などしらない。
・・・本当に無能だ、私は。命の恩人になにもしてやれないのか? それだから多くある家の空き部屋に住ませてもらっている大家兼契約者にいつもポンコツ、ポンコツと・・・あれ!? あるではないか!
「アルバインさん! あります!空き部屋!」
どうやら、ポンコツでも役には立てるらしい。
現在、私は進の事務所兼自宅に住み込みで住まわせてもらっている。
この事務所はもともとアパートを改造して作られた物件だったらしく。一階は事務所で、二階は住居となっている。それを進が購入したらしい。
住んでいるのは私と進の二人だけ。物置として使われている部屋もあるが、それでも部屋は余っている。たしか2部屋くらいは綺麗な状態で空いていたはずだ。
「本当にいいのカイ?」
「大丈夫だと思いますよ。お金も無料かもですよ!」
「いや、さすがに宿泊費は出さしてもらうヨ」
そう言うアルバインだったが、見えてきた巧妙に口元が緩んでいる。
ソドムの中心街から進の事務所のある内縁部(日本側が内縁部、太平洋側が外縁部)までは遠かったが、道の凹凸が激しいソドムでも比較的安定した路面がある道を通ってゆくバス(バスと言う名の軽トラックの荷台)がある。
それに乗車すること30分ほどで、現在の我が家についた。
二階建ての事務所のような外見。周りのご近所さん(ほとんど廃屋)と比べるとひび割れもなく、綺麗な白塗りの外壁、中を見るための窓ガラスは正面にはないため一切内部が見えない使用になっている。
私の家ではないが、いつもお掃除やら修理やらをしているため愛着があった。見よ!この綺麗に修復されたドアを! 一週間ほど前に蹴り破られた物を私が修理したのものだぞ!
「・・・うん、なんか歴戦の家って感じがあるネ」
ドアの穴を塞ぐために用いたベニヤ板を見てアルバインの一言。
「・・・それは褒めてますか? まあ、いいです。あ、大家さんは気難しくて、いじわるで、天の邪鬼で、魔王っぽいので気を付けてください」
「魔王?」
キィィ、と錆びれた音を発ててドアを開く。いつもなら彼はソファでだらけながら新聞の夕刊を読んでいるはずだ。
そのはず、だった。
ドアの先、ソファに座っていたのは
「あら? どちらさ・・ま・・」
空港で、そして先ほどアルバインに明確な敵意を持って斬りかかってきた芸術的な美しさの美女だった。
「・・・・」
見つめ合う二人。
玄関と部屋の中という離れた位置関係、どちらも美男美女なので絵になる。
残念なことに見つめ合う二人の間に恋愛感情はない。先ほど約束を交わあった仲ではあったが、あるのは甘い恋慕の感情などではなく、明確な殺意に近い敵意。
ただ気まずい沈黙だった。なにせ、今度会った時が最後だ、と二人で言いあったのにまさか三十分も経たぬうちに再会するとは二人とて思わなかったに違いない。
このまま何もなければ、もしかしたら何事もなかったように戦わない道があるのではないか?そうだ!それがいい。それが良
ガチャ!
「おい、クライアント、風呂空いたぞ?」
「騎士ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「魔女ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
女性はソファから高速で玄関まで走破、そのまま何処からともなく取りだした綺麗な装飾の棒をアルバインへと押し倒す様に叩きつける。
アルバインは左腕の盾を素早く展開し受け止めるも、彼女の突進力までは受け止めきれなかったのか、力に身を任せて後へと押し切られるように一緒に飛んでいった。
その際、ドアを巻き込んでいった。直したばかりだったのに・・。
「・・なんだ、あいつら?」
「進ぃぃぃぃぃんっ!」
涙目になりつつも沈黙を破壊した進に抗議するように睨めつける。が、この男はめんどくさいと顔に書くようにヤル気のない顔になった。
「二人を止めてくださいっ」
「嫌だよ、犬も喰わなそうなカップルの喧嘩」
「アレが恋人同士のランデブーに見えますかっ!?」
いつの間にか棒は槍に変わり、女性はアルバインの胴へと突きを放ち続ける。アルバインはそれを槍の側面を滑らす様に剣を巧みに扱い、攻撃の軌道を逸らし、槍の引く速度が緩慢になったと見るや、巻き込むように剣をかき回し、相手を死に体へと持ち込む。隙を生みだした後はすぐさま重く鋭い薙ぎ払いを繰り出す。
それを見越していたかのように女性は地面スレスレまで体を低くして回避、その状態から下からの頭部を狙った突き上げられた槍だったが、ギリギリで盾で防がれる。
この光景が恋人同士のじゃれあいだと言う人間は、たぶんまともな恋愛をしたことがないのだ!
「まさか、こんなに早く再会するとはおもいませんでしたけれど? そんなに私に会いたかったのかしらっ!!」
「冗談じゃなイっ!!」
苛烈な戦いをしながらの会話。それを聞いているのかいないのか、進はマイペースに夏用の寝巻である浅葱色の甚平に着替える。この人はっ!もうっ!!
「ほっとけ、ほっとけ。どうせ、どちらかがヤられて終りだろ?」
「それ普通の死合いでしょうが!! 死ぬんじゃダメなんです! 些細な誤解が生んだ悲しい戦いなんです!!」
「どーでもいいよ。まぁ、クライアントがピンチになったら助けるさ」
そう言うと進はソファにあった新聞を手に、奥の自分の席へと向う。
「もうっ! しィィ!!?」
進、と呼びかけようとした瞬間、私の髪スレスレに何かが飛んできたため声が変に上ずる。飛来物は進が片手で持っていた新聞を貫通、勢いをそのままに彼のお気に入りのデスクに突き刺さった。 正体は綺麗な形と装飾をしたナイフの大きな欠片。
私は振り返り、外の激闘へと目を向けると進がクライアントと呼ぶ女性の武器がナイフに変わっており、半ばで断ち切られていることが解った。
ブチッと嫌な音がしたので再び振り返ると、新聞が二つに分かれた音だった。同時に進の何かが切れた音がした、気がした。
「これで終わりですわっ!」
「こちらも同じダ!!」
クライアントの女性の方の武器がまた様変わりし、巨大な槍の上に斧がついた武器となっている。それを大きく上段に構えて体を弓のように反らす。不気味に振動する武器が音を発てる。
アルバインもまた剣を水平にし腰だめに構える。剣は燃え上がり、剣身は赤く染まっている。
二人とも決着を想定した攻撃。開始の合図はなく、スタートはきられる。
二人の間の待機範囲は彼らの一回の踏み込みで攻撃範囲へと変える。
「ハァァっ!!」
「ゼェアっ!!」
「そうだな、二人とも終われ」
今まで誰もいなかった二人の間を埋める様に、突然人が現れた。阻むように、立ちふさがるように武器を持った両腕を大きく開いているのは、進・カーネルだった。
「なっ!」
「うッ」
二人は息を止めるような声を上げて攻撃を止めた。なにせ、アルバインには顔面に白い銃が一ミリ手前でつき付けられ、クライアントの女性は攻撃を黒い刃で受け止められて細かい振動ごと動きを止める。
二人は止まった。共通してるのは二人の顔は驚愕に染まっていることだろう。
「ご近所迷惑だろうが? そろそろ、止めろ」
目を怒りでいっぱいにしながらも、進は剣と銃を納めて家へと戻る。そんな彼の背中を見つめていた二人は再び睨みあおうとしたが、冷めてしまったためか失敗。言葉の喧嘩に移行した。
「貴方がいけないのですよ!」
「飛びかかってきたのは君だろウッ!」
小さな罪を擦り付け合う子供ですか。
「そうだ、貴方には言っておきたいことがありますわっ!」
「ボクも言い忘れていたヨッ!」
同時に息を吸い、同時に宣誓。
「“魔本”は渡しませんわっ!!」
「“魔剣”は渡さなイッ!!」
「「・・え?」」
二人が初めて怒り以外の感情でお互いを見つめ合う。
「オイィ?」
ズォォンッ! と、とても大きな炸裂音と放たれたものが二人の間を突き抜け、割り込んだ。
音の正体はドスの利いた声で割り込んだ進が左手に握りしめた大きな銃から、実際、割り込んだのは地面に到着すると地面を炸裂するほどの威力を込められた弾丸だった。
「とっとと入れよ。ご両人」
今にも爆発しそうな怒りを必死にこらえる進の声は地獄の底から響いてきそうな超低音。それを受けて、本気でシュンとしながら家へ向って歩いてくる二人。
その二人の姿には苦笑うしかないが、彼らの言葉が妙に引っかかった。
魔剣と魔本。
二つの魔。
胸がざわつく。また何かが起ころうとしている、そんな不安が心中に駆け廻った。
「そういえば、撫子」
そんな不安に揺れる最中、家の外壁に寄りかかる進から声をかけられる。
「なんです?」
まさか、私の不安に気づいてくれたのだろうか? す、少しだけ嬉しいな・・・。
「誰が気難しくて、いじわるで、天の邪鬼で、魔王っぽいんだ?」
「・・え」
一瞬の甘いときめきは、一瞬で苦い灰と化す。
さきほど家の前でアルバインに話していたことを思い出す。まさかっ!?
「イイ度胸じゃねぇか? 大家様に向かって喧嘩吹っ掛けるとは、ずいぶんイイ女になったようだな、撫子ォォ」
「え、ちょ、いやぁ。あははは」
「昼間にやった金は借金とは別にしてやろうと考えていたが・・・やっぱ、やめよ」
「ええええぇ!!」
夏の夜の空に、少女の叫び声が轟いた。
視点変更????
そんな同じ夏の夜の空に、女性の悲鳴が轟いていた。
「や、やめてぇぇぇッ!?」
「・・える」
暗闇の広がる路地裏。家の近道と通った道。その道の真ん中に立っていた男を通り過ぎた瞬間、自分の左腕を“切り落とされた”。
「ア、アアアアアッッ!!」
声は全て痛みと恐怖で嗚咽に変わる。
痛い、酷い、意識が飛びそうなのに、命を取られる恐怖で意識がさらに覚醒してしまう。
そんな自分をなぶるかのように、男は残っている私の右腕を“握り潰し”そのまま小さな路地裏へと放り込んだ。
私はただのOLだ。最近やっと仕事になれ、気になる男性もできた。それだけのただの、ただの!
そんな願いはむなしく、男は握った“剣”を躊躇なく振るう。
「オシえる」
もうどこを斬られたか考えられなくなったころ、自然と男の呟きだけが耳に入ってくる。
凄い出血なのだろう、道一面赤色に染まっている。そんな光景も徐々に閉じる瞼の裏に消えて行く。
このまま私は目覚めることはないだろうと静かに理解し、意識は消えてなくなった。
だが、最後の男の声だけが異様なまでに明確に聞こえた。まるで
「死ヲ、教エタ」
呪いのように。
四話へ
始めに、謝罪を一つさせていただきます。
私、実はタイトルを決め、こちらに投稿した際に同名に近いタイトルの小説があるとは知らずに投稿していました。気づいたのは最近で、友達よりの注意メールで気がつきました。
ホントに申し訳ありません。迷惑したかもしれない方々にここで謝罪しても伝わらないかもしれませんが、ここで謝罪をさせていただきます。
一応、タイトルの方を変えましたが本質的な意味は変わりません。契約といういみのコントラクトでもありますし、conとtractにも意味があり、それを線で繋げてたことにより、逆に本質的な意味に近づいたぐらいです。一応、コンセプトぐらいはあります。
不完全な主人公たちが、どんな形でも繋ぎ合いながら生きることにこの小説の主題であります。
技術が未だない自分の文で語られるモノですが、良かったら見ていてください。
追伸ですが、仕事がきついので更新に定期的な断言ができません。ごめんなさい。