1、最後にしたい晩餐
contract 2-1 金色の来訪者たちと宵に歩く教気の魔剣
1、最後にしたい晩餐
重たい。
ひたすらに重たい。
そんな闇がこの場所には溜まっていた。
まるで全てを沈み込め、呑みこまんとしているような闇が。
ここは均等な四角系の檻。四方をコンクリートで囲まれ、その中央に大きいテーブルが置かれた部屋。 ろうそくの火だけが灯り、空間をほのかな光で最低限の明るさを保っている。
その光がテーブルの上の無残な現状を、惨劇の数々を照らし続ける。
───今さっきまで、ただ生きることを望み駆け続けた、大きな命が無残にバラバラに切り刻まれ、はらわたをくり抜かれ、横たわっている。
───なんの罪もなく、無邪気に生きていた女の子が、残酷にほどよく丸焼きにされ、そのままテーブルに置かれている。
───新鮮さを保っていた肌を油まみれにされた挙句、こねくり回され、原型を留めることを許されることなく丸い器に放り込まれた、もはや何だったのかさえ判らないモノ。
その他、ありとあらゆる命たちが無残な姿に変えられ、まるで断裂魔の叫びがリアルタイムで流れているようである。
まさに狂気。
多くの命が散った。そう、彼らに罪はなかった。そんな彼らはなぜ殺されねばならなかったのか?
なぜ、たった二人のために殺されなければならなかったのか!?
その二人は現在、大きな縦長のテーブルの席に着き、沈黙している。
一人は奥の中央に鎮座する男、もう一人と向かい合う形で席に着いている女。
二人の間に2、3メートル程度の間隔が空いているが、それ以上の溝が二人の間に空いていると錯覚しそうなくらい気まずい沈黙が続いている。
その沈黙を打ち破らんとするように片方、女の方が重たく、ふるふると震えながらも口をあける。
「こんな・・・こんな、はずじゃ・・なかったんです・・」
とてもとても深い後悔の念を含んだ謝罪の言葉が口から途切れ途切れに洩れる。
今度は、男の方が口を開く。
シャリ。
だが、声はない。開いたのは声を出すためではないから。
男は、その無残な姿に変えられたモノたちを口に含み、噛みちぎる、そのために口を開いた。
サ、リ。
言葉は一切なく、非道にも咀嚼を繰り返している。
シャリ、サリィ、シャリ。
言葉は一言もない。本当に一言もない。
シャリシャリ。
・・・・何か言ってほしい。罵倒でも、嘲笑でもすればいい。
シャリシャリ・・・ごく。
どうして、なにも言わないんですか・・・もういい加減にして・・・。
「あー」
!? ついに男が言葉を発して口を開いた。さあ、私を蔑み、怒りと侮辱の言葉で殴りつけるがいい!!
この惨劇の現場を作ったのは、事実・・・私なのだ!!
女は待っていた。別にイジメられて喜ぶ変態とかではないが、こればっかりははっきりさせてほしかった。
重かった。
ひたすら重かったのだ。
空気が。
かれこれ、15分25秒間・・・こんな感じであった。
「撫子、そこの醤油、取ってくれ」
パッと明るくなる空間。
ついに空間に現代文明の光がもどった。これが日本の夜明けか!!
「壮大なスケールの妄想の最中、悪いが・・・ただ停電してただけだからな」
一言、言い終えた男、進・カーネルは再び“食事”に戻り、バリバリと無残に変化したモノたちを・・
「ちなみに、最初のは上から、マグロの生け作り、黒豚の丸焼き、最後のはポテトサラダの盛り合わせだ」
さらに付け加え、食事に戻る。
が、不自然に目だけは私を真っすぐ見つめている。
真っすぐ、死んだ魚みたいな目で私を・・・九重・撫子を見据えている。まるで責め立てるように・・・。
そして、沈黙に戻る。沈黙は続く、闇で隠れていた紅色の非難の目線が今度は直に見えるためにさらなるストレスが発生する。
もう無理だ。すべて私に非があるのだろうと、もう限界だ。もう、もうもうもう。
「牛か?」
プツっと、私の何かが切れた。
プニィィャャャャャャアアアアア!!! もう!イヤ!!
「もう、いい加減にしてください。非難したり!怒ればいいじゃないですかッ!!?みんな、みんな私が悪いんですからぁぁぁぁ!! ごめんなさい(哀)!!・・・ごめんざいぃ(泣)・・・ゴメンナサイッ(怒り)!」
「最後は逆ギレか?」
「う、うう」
私の感情任せの反撃の声は、とてつもない冷気にも似たテンションを纏った進に速攻で撃ち返される。
撃沈だ。もうなす術は無い。泣くしかない、泣くっきゃない!!
目から涙を溢れ流しながら、変なテンションで平謝りする私にさらにめんどくさいオーラを全開にした進が溜息とともに問いかけてくる。
「で、これはなんなんだ?」
これ、とはきっと目の前の豪華な・・お値段も相当豪華な料理の数々のことだろう。
どれも高級料亭にでも出そうな代物である。そして、どれも高級料亭の料理人たちが使う食材で作られている。
私は咄嗟に目を反らす。脂汗が吹き出る。
「こ、これは・・・」
あれは一日前。
進との契約により、進の家(彼が言うには事務所)にお世話になってから一カ月ほどになるのだが、その間における食事はすべてデリバリーだった。
初めの頃はこれまで専属の料理人による食事がほとんどだったために、即席で送られてくるファーストフードへの物珍しさで私も疑問に思わなかった。
だが、さすがに一カ月過ぎてもピザやハンバーガー、チキンやラーメンの無限サイクルを続けることは苦痛であった。
なにより多量の脂質の影響で体重計の針がさらに多くの数値を刻んだことがショックだった。
最近できた友達に、“撫子、太った?” と言われたのも酷いショックだった。
居候+借金+恩義+契約で、進には頭が上がらないため強く出られないが、食事事情の改善を求めた。
求めた結果は“めんどくさい”の一言。
対する私が出した提案は“私が作りますから”。
その言葉に興味を示した進が後に言った一言が、全てを決した。
「確かに、お前に“わかった。期待してる、うまいの頼む”と言ったけどな・・・」
いつもポンコツ娘、完璧偽装娘、鏡の前のナルシストとか、いろいろ変なあだ名で私を馬鹿にしていた進。
どこかで見返しやりたいと思っていた。
そんな彼の“期待している”の言葉は私の心を激しく奮い立たせるのに十分だった。
すぐさま、何でも屋を自称する男に連絡、私の知る限りの“料理屋さん”を経緯し食材を調達してもらい。
私の知る限りの“おいしい”料理を作った。
その出来栄えは高級料亭の料理長すら驚愕するものであったはずだ。
これで私の評価が上がる。いつも借金とか、契約とかで強く出られない私を常識しらずなどと馬鹿にしていた男を見返す事が出来る。
これでも私は理由や経緯はどうあれ、上流階級のお嬢様のたしなみとして料理作法から調理法などは完全に叩き込まれているのだ。
そんな私の実力をあの男は知らないのだ!フハハッハ、目に物みせてくれるわ!とか・・・・
「とか思っていました・・スイマセン」
「そうだな、反省しろ」
彼は私に見せつける様に、横長の手帳・・・銀行の通帳を開く。
「おかげで、今月の生活費が尽きそうだ」
ぺら、ぺら、と六ケタの数値から、四ケタの数値へと一気に下降した銀行通帳をまるで我が罪の証明かのように私に見せつける進。
私の知っていた料理は、どれも最高級の料理であり、味は保証できる。当たり前だ。腕の自慢ではなく、食材は何をしてもうまくなるほど“お金”がかかっているのだから。というより、これでおいしくなかったらダメだろ的なお値段だった。
そんなお金をいっぱい使った料理の数々に確かに、進は驚いた。
料理の出来栄えよりも、総合計の“請求書に”。
今まで上流階級暮らしが長かったお嬢様、撫子ちゃん。自分の普通の食事が、平凡を常に目指す庶民の食事とずれていた。というか、基本的な常識の定義がズレていることを今さら感じて打ちのめされていた。
「だって・・・今まで、これぐらい普通で・・・」
「お前は“普通”という言葉をもう一度、学習し直してこい」
言い訳すら一刀両断する進。今、彼の背後には黒いオーラが今の彼の激情を表すかのように噴出している。まさに魔王。う、うう、怒ってる!!
ついに追い出されるとか、震えながら覚悟した撫子ちゃん。のもつかの間、進は盛大な溜息とともにン何かを悟ったかのような表情になった。
「・・・まあ、お前に全部任せて、かつ、あのエセ情報屋を始末(殺)しておかなかった俺の責任でもあるしな・・・」
「ゆ、ゆるしてくれるんですかッ!?」
「許すか、ポンコツ。反省してろ」
ついに娘の一文字すら失い、称号“ポンコツ”を得た私は、きゅう~と、さらに小さくなる。
「・・・しっかし、どうするか・・」
進は肘を突き、足を組んで考える人状態になっている。別に地獄について考えている訳ではなく、今現在の資金でどう乗り切るかという命題について思案しているのだろう。
「う、売らないで!」
「・・・誰が売るか。冗談なんぞ言ってないで・・・早く全部、食えよ」
進、ドヤ顔。
「え!?」
私、驚愕。
なにせ、頑張り過ぎて10人前くらいあるだろと言わんばかりの、山盛りフルコースが眼前に展開している。
「お前は自分の責任を全うすればいいんだよ。ほら、たっぷりあるぞ・・・お前が張り切って作ったんだ。責任もって残さず食えよ」
「そんな!これ全部なんて食べたら太・・」
「こいつらはお前が奪った命で出来てるんだ・・・食べ残すなんて真似・・しねーよな?」
進の紅い瞳が爛爛と輝き、私を射抜く。
その視線から逃れるべく、目線を反らす。
目を反らした先には、たくさんの料理たち。
丸焼きにされた豚やマグロの生けづくりたちが、死してなお、残留思念で私に語りかけてきているようであった。
訳 「「さあ、お食べ・・・がつがつ食って・・・ブクブク太ろう」」
「い、イヤァァァァアァァァァァァァァアァァァァッ!!!」
撫子は、この夜、決意する。
食事は、人数ぶんしか作らず、バランスを考えて、食材たちに感謝しながら作ろう。
なんだかんだで、進は料理を食べてくれた。私の四分の一くらい。
私が食べ過ぎで、意識を失いかけている。ゲフ。
「仕方ない・・・仕事を入れるか」
朦朧とする意識の中で、進のそんなつぶやきが聞こえた。
私の目に映る進は、テーブルに頬杖をつき、彼のトレードマークでもある紅い瞳は遠くを見つめている。
彼の食事中の恰好は、いつものよれよれのワイシャツに青色のジーンズだった。髪はぼさぼさで調っておらず、雰囲気のあるディナーでの格好ではない。
対する私は、白いドレスに身を包み、さり気なく、薄く化粧もしていた。
私にそばにある鏡は私を写す。
日本人には珍しい、亜麻色の、いや茶色の地毛に、調った温和そうな顔立ちの美少女といって差し支えない女が、白いディーナードレスでドレスアップしているため童話にでてきそうな、純白のお姫様のように見える自分が写っている。
そんなお姫様は今、“魔王”のそばで安息の日々を送っている。
騒がしくも、でも生きている実感がある安息の日々を・・・
ああ、意識が落ちる・・・。
今日も、また進に変なところを見せてしまった。
意識が睡魔に吸われる瞬間、その寸前、ふと思う。
今日は別に特別な日ではなく、普通の日だ。
ただ、進に期待されたというだけの、普通の夕食のはずだ。
だから、思う。
(なのに私、どうしてオシャレなんてしたんだろ?)
睡魔に取り込まれる瞬間の甘酸っぱい感情を深く考える前に、撫子は瞳と意識を閉じた。
ここは再び西暦の年号において第三次世界大戦を起こしてしまった世界。
その中で、戦争の傷跡から生まれた日本の首都東京の隔離区“ソドム”で暮らし、魔王と呼ばれる青年“進・カーネル”。
彼への借金(依頼料)返済のため(今夜、増額した)彼に付き従う、今や完璧を大きく下回り、ポンコツ娘とグレードダウンした女子高校生“九重 撫子”。
ソドムの夜は今日も、銃弾の音と悲鳴が木霊する“普段”の日常。
彼らは今夜も少しの喧騒の後に床に就く。
これから起る、新たな血を見る喧騒の序章とは、夢にも思わずに・・・
二章を始めようと思ったのですが・・・章って、本で言う1巻、2巻的な意味なんでしょうか? 自分はそんな解釈で投稿したんですが・・・。