6、契約から始る物語
6、契約から始る物語
びくびく。
あれから一週間。ドレイクを失ってもなお、やはり世界は動いている。
だから、私はここにいる。いつものように高校に。
いつもと違うのは私の通学方法が乗用車から徒歩に変わったこと、だけではなかった。
私の世界は変わった。確かに変わった。自由の代償にいろいろなモノを失った。失ったモノの一つが目の前にある。
いや、この空気を手に入れたとも言えるのではないか?
「あ、あれ九重さんじゃない?」
いつもの乗用車はなく、徒歩で現れた私を数人の学生に見つかり、どんよりとした空気が張り詰める。登校中の朝の爽やかさが、私の存在で一変。
「お可哀そうに・・・ドレイクさまを失って、お気を落としてると聞いていましたのに」
「資産のすべてを寄付したとも聞きました・・・」
「え?子会社に分配したんじゃないの?」
「九重さんが全部燃やしたとか・・・」
「男に貢いだって噂もあったよね!?」
「一文無しの貧乏少女になって、ソドムで働いてるとか聞いたんだけどマジ?」
噂話が伝染し、ありもしないデマへと性質変化してゆく。どんどん広がる噂にはもう善意はなく、今までおいしい想いをしていた女への悪意がふんだんに含まれた内容に変わって行く。だが、若干当たってるのが悔しい。
あの朝のチヤホヤ時間はもうない。あれはドレイクという存在に私という干渉物を経由して近づきたかっただけの人たちだったのだろう。それを失った私にそんな黄色い声はない。あるのはただ冷たい目線。いじめの空気を肌で感じ、いじめ問題の重大さを実感した。
多くのヒソヒソ話と疑惑の眼差しを浴びて、俯き加減に、どんより肩を落としてして教室へと向う。
(フン、これくらい。十年間を後ろ向き思考で生きた私が、これくらいで嘆くとお思いか!これくらい、これく・・らい)
辛い。泣きたくなる。もう泣いていいだろうか?
教室に付いてからもそんな状態は続き、ホームルームが始まるまで苦しい時間が続く。
(う、うう・・・わざわざ早くに“家”を出たのが間違いでしたっ! 早く来た分、さらに重たい時間が増えるだけじゃないですかっ!)
眠くもないのに、辛い現実から目をそらすために机に突っ伏すことを決意する。寝たふり作戦と題したこの計画を早々に開始を決意した。
「九重さん、あの・・・」
寝たふり作戦は開始前に打破された。馬鹿な、情報がリークされているのか!? 私、サトラレ?
そんな暴走している思考の私に、二人のクラスメイトが私の机の隣に現れ、話しかけてきていた。
遂に来たかと身構える。私はいじめなどに屈しない、と心に誓う。心を強く持つんだ撫子っ!重たい視線と疎外感でいじめに発展されることを考えていた時点で心の弱さだと感づかない時点でダメな気もするが、強く生きると花ちゃんに誓ったような、誓わなかったような・・・
と、前向きそうで全力で後ろ向きな思考な撫子ちゃんは、びくびくしながら学校に来ていたのだが、たぶん誰も知らないだろう。
「・・・なんですか?」
二人の顔も見ず、しれっ、とさり気なくクールに冷めた返事で対応する。苛められるのは舐められているからだと聞いたことがあるため、私はあえてクールに対応した。
だが、これで少しはいじめの空気は改善されると考えたのだが、後から思えば端から見たら私の対応の仕方はかなり嫌な奴なのでは? さらに状況を悪くし、イジメられるのでは?
ビクッと二人が震えるのを視界の端に捉える。
逆効果だったか? と不意にクラスメイトを目視すると、二人はあの時不良に絡まれていた内の二人、私を遊びに誘ってくれた元気なポニーテールの娘とカワイイ、ソバージュヘアのクラスメイトだった。
二人は震えていたり、怒ってもいなかった。ただ二人は頭を下げていた、とても深い謝罪の意思を込めているのか顔も見えない。
「「あの時はゴメンなさいっ!!」」
「・・・・ふへ?」
不意を突く形の唐突な謝罪の言葉に、一時思考が停止する私。なにかしたのだろうか私?
「あのナンパ男たちに掴まってた時・・」
ああ、あの時・・・。あの後に起きた出来事のスケールの大きさに、その前の記憶があいまいになっていた。簡潔に言うと忘れていた。それに私は何もしていない、謝られることを何一つしていないのだ。
予想外の行動に対して、免疫のない私はうろたえながら返答する。
「別にいいんですよ、私なにもしてないですし」
「そうじゃない!」
ポニーテールの方が大きく反応し私が驚いたため、彼女は少しばつが悪かったのか泣きそうな表情になる。
「私たちは・・・私は九重さんを・・見捨てて逃げた・・・だろ」
「見捨ててなんか・・」
「でも、あの後も助けにも行かなかったんだ。警察に言ってみたけど、全然相手にされなくって・・・。そのあと何て、皆も自分のことじゃないみたいに・・・」
なんとなくわかった。彼女が悔やんでいるのは私を助けられなかったからではなく、助けに行かなかった自分自身なのだ。だから“けじめ”を欲しがってのだ。こればかりは彼女のような性格では自分自身を許すことができない。いいだろう、与えてやろう。
「許しませんっ」
ちょっと拗ねた感じに言ってみる。顔もちょっとムくれて、顔をそらしてみた。
彼女たちの顔は青ざめ、クラスの空気も悪くなる。
「そ、そうだよね・・」
「そうです。いつも元気なあなたが“あんなことぐらい”で元気を無くして落ちこむなんて許しませんよ?」
「「!!」」
ちょっと二人ともびっくりしてる。私だって冗談ぐらい言えます。片目を閉じて、悪戯っぽくする私の顔を見て、二人はお互いの顔を見合って、苦笑い。
「九重さんでも意地悪言うんだね」
「撫子」
「「え?」」
「撫子って呼んでもらえませんか? それと・・・」
自分を縛る檻はもうない。抑圧する力もない。もう束縛はない。
ドレイクという存在から生まれた自分を取り巻いていた感情を縛る鎖を引きちぎってみよう。
自分から歩み寄ろう。そして、いつか私が憧れたあの笑顔を自分もできるようになろう。
「私と友達になってくれませんか」
───撫子は知らない。もう自分がその笑顔をしていることを。
ゴツッ
そこはソドムの一角。各種の雑貨が乱雑に置いてある店。
あまりに乱雑に配列され、製造場所も日本のみならず、世界規模の範囲を網羅した品の数々が棚に放り込まれている店。一様、雑貨店の形式である。
オールジャンルな店の品と数多の閉店セールを行うことで客足も多いらしい。揺りかごから遺言書まであると店長も、まあ、私が豪語していた。
一番奥のござにその店の長、世間一般から“ハジ”という“偽名”で知られる情報屋の額に只今、ごつごつした黒い物体、世間で“銃”と呼ばれるモノが押し付けられている。
「え~。店では強盗は禁止ですよぉ~。旦那」
「黙れ、死ね」
ドォンと、マジで撃たれたら当たったら、マジで死ぬこととなる部分へのダイレクトな一撃を首を傾けることでギリギリ躱す。
「普通、撃ちますぅ?」
「どうせ避けるだろ」
目を据わらせ、銃の硝煙を吹き消すこの人。魔王がいたらこんな奴こと、進・カーネル。
全く、冗談がお好きな人だ・・・次第に本格的に殺しに来ている気がする、そろそろ冗談はやめておこうかな?
「で、だ」
「はあ、うちの店はなんでも取り扱ますよ。なんにします? そういえば最近、提携するっていう話が出てる企業同士の黒い話もあります。あ、旦那はプルトニウムとか入ります?」
「なんで、俺にあの女を助けさせた」
ござの前のレジカウンターにどかっと座り、横眼でこちらを目視する進の旦那。その目には殺意が少量と真面目に私の意図を探ろうとする意思が灯る。なるほどね。
「はて?」
「とぼけるな」
「どこからだとお思いで?」
「一番始めだ」
「始め?」
「撫子が不良と一悶着起こしてた路地裏からだ」
ほ~う・・・すばらしい!! グレイィト!
「“お前から”受けた仕事の後に、なぜか“あの道を通ったほうがいい”という事になった。偶然という見方ももちろんできる。だけどな、なんで俺はあの道を“迷うことなく”見つけられた? 俺はあの道へと至る道を通ったことが一度もなかった。なのに、“迷うことなく”あの道だと理解できたんだ」
「え~。言いがかりっぽいよ、旦那~」
「あの後なんでタイミングよく俺たちの前に現れた? なにより何で初対面だったはずのドレイクに使役されていた撫子の友達が俺の名前を知っていた?」
「ん~。まだ足りない」
「・・・・もう一度言う、お前の目的はなんだ?」
訪れる沈黙。もとより客もいなかった店内からさらに生き物の気配が消える。
数秒の薄気味悪い静寂後、進の旦那は大きくため息を吐き、帰るために立ち上がろうとする。
「・・・・もう、どうでもいいか」
「そうそう♪ 気にしない、気にしない。あんまり怒ってるとハゲますぜえェェッ!!」
立ち上がり、振り向きざまに引かれるトリガー。発射された弾丸の軌道に沿って、体を反らして回避ィィ!! 同時に語尾も上へ反り上がる。
後へ豪快に倒れた拍子に、背後に積んであった書物へ背面ダイブし、本の海に溺れる。
旦那はそのまま帰ろうとしたが、急に立ち止まる。
数秒後、乱雑に放置してあった商品カゴにあった白いカチューシャを拾い上げ、ワンコインをこちらに放り投げ、そのまま出口へと向う。
再び、店内に静寂が戻る。
「ふ~。まったく、旦那ってば」
帽子の位置がズレてしまった。そこから覗く“翡翠”の瞳が薄暗い空間に灯る。
「成長も早い。さすが、“あの方”のご子息だ・・・」
「こんなに早く“契約”をするとは予想外だった」
「期待してますよ、お二方」
自然と口がほほ笑んでしまう。旦那が大きな勘違いをしている。ドレイクとの戦いの後の処理、ドレイクの会社への財産分配や世界的株価暴落を防いだり、死の真相の偽装(世界では飛行機事故に巻き込まれたことになっている)や、撫子さんのお友達が掛けられていた呪いを少しばかり薄めてあげたりした。
だけど、アッシは出会いに関してはなにも細工しちゃいない。旦那と撫子嬢が勝手に“偶然”出会って、旦那が“勝手に救った”んだ。
「ほらよ」
カポッと何かが私の髪に取りつけられた。
鏡を見ると、それは綺麗な白いカチューシャだった。
夢か何かだろうか? 別に誰かから何かもらうのが初めてなのではないが、それが進からもらったとなると信じられなかった。ホッペを自分で抓る
「気に入らないか?」
「い、いえっ。・・・嬉・・しいで」
自然と顔に熱がこもった。
「首輪が良かったんだがな、あの店じゃ犬用しかなかったんでな」
急激に自然に熱が冷めた。
シレッと最悪の事実を何か言った気もするが、全力で聞き流そう。
「アリガトウゴザイマス」
「感情がこもってないな返事だな。感謝しろよ。なにせ居候の身に、プレゼントまでしたんだからな」
嘘だ。逃げないように契約の証しにしようとしたに違いない。だが、痛いところを突かれて胸が痛い。それが判ってか、顔をニヤニヤさせる進。うっ、うう!!
現在位置は進の事務所、私は現在、ハジさんにもらったメイド服で床をゴシゴシ、とモップでふいている。進は新調したソファに寝そべり、新聞を読んでいる。ちなみに彼は白いワイシャツと黒いチノパンとサンダルというラフな格好をしている。
現在、私はドレイクとの戦い後、進の家に居候している。
なぜか? それは簡単。進への依頼料返済のためだ。
進への依頼料は現在、無一文の私には払えない額だった。いや、普通のサラリーマンの10年分の年収ほどの額なので、普通に無理だ。
そのため、私はこうして住み込みの雑用などやっている。
「しかし、おまえも馬鹿だな。あのままドレイクの資産をもらっとけば、俺への返済どころか大金持ちになれたのによ」
「それは、ダメです。あれは私のお金じゃないんですから・・・」
ドレイクの資産はすべて彼が経営していた会社の方が回収していった。会社の役員さんからは私にも莫大な金額が回る予定だと言われたのだが、私はそれを辞退し、それを全て彼の趣味等の犠牲になった者たちの家族等に寄付するようにお願いした。
だが、家族ごと消されていたことが多く、ドレイクの忠実な重鎮たちの謎の失踪(血を与えられた下僕が大半だったため、ドレイクの消滅とともに砂になって消えたらしい)のために特定が出来なかったらしい。そのため資金の一部を使い、墓地に名もない墓を造った。
そのため、私には一銭もめぐってこなかった。唯一の救いは、不憫に思った会社役員の方が経資金を使って、高校三年間の授業料を一括で支払ってくれたことだ。
「ふん、お偉いことで」
「あなたへの支払いは、必ず私自身が支払いますから」
腰に手を当てて、胸を張って進へ宣言する。進は私の方を見もせずに適当に、ああ頑張れ、頑張れ・・・・と言ってくれた、投げやりに。
「・・お前、言葉の最後の、値引きはしないって言ったことを聞き流したろ?文字が・・・・ってどういうことだ」
「サ~!お掃除、お掃除!!」
実際は、進は料金支払いまでの衣食住は約束してくれている。事務所の雑用係で支払う方法を提示してくれたのも彼だ。ちまたでは、魔王だったら~なんて言われてるけど優しいところも
ある、 と思おうとしたところでふと思った。
「進?」
「ん?なんだ。バケツなら家には一個しかないぞ」
「違いますよ。進は何なんですか?」
何なんですか? 普通の人は何がなんだかわからないだろうが、進には伝わるだろう。
「俺が何と人間とのハーフだってんだろ?」
目も向けずに、返答してくれた。
進の血を取り入れたドレイクは純血の吸血鬼だ。それをいとも容易く犯し、消滅させた進の血。少しだけ・・・
「俺が怖いか?」
新聞から目を外し、こちらにその紅い真っすぐな色を向けてくる。
「いえ」
こちらも真っすぐ見つめ返す。そのまま不思議な沈黙が流れる。
「そうか」
進は再び、新聞に目を戻す。新聞に隠れた顔は見えないが、少しだけ声に温かみがあった気がした。
「俺がなんのハーフだとかはわからん。それについて俺はなんの興味もない。ただ、生きてればいつかわかるときがくるんだろ・・・たぶん」
話はこれで終わりらしい。この件に関して、進は無関心らしい。私もそれでいいと思う。進が何かに悩むなんてらしくない。
そして、思う。無視してもよかった私の話を聞いてくれる進は、やっぱり優し・・
事務所の玄関ドア(つい先ほど私が頑張って綺麗にした)が乱暴に蹴り破られ、奥側に飛来し、進が読んでいた新聞を掠め奪い、そのまま壁に激突して止まる。
・・・い。と考えていた最中の出来事に思考が停止・・することはない。・・またか。
先ほどまでドアだった場所に複数の人影が現れる。ぞろぞろと。
「お~!進のガキがやっぱり女連れ込んでやがるぜ!!」
「噂話は本当だったのか!hu~」
「魔王も落ちたモノですね」
「ヒョオオオ!!」
彼らは見るからに人癖ありそうな筋肉ムキムキの不良さんみたいな人たち約20人ほど。手にはそれぞれ銃やら剣やら武器を持っている。もうそれだけで要件は判る、殴り込みだ。
「今日であなたの命日になるのです」
「待て待て、アイツを殺るのは俺様FU」
「ヒョオオオウ」
「ゲハハハハ!お前らはどいてろ。あの時の恨みをアイツに返す時ギョァウッ」
最後に話ていた人の顔面に直径約1メートル半程度の長方形の物体ドアの角がめり込み、話を中断させ、そのまま彼の後ろにいた数人を巻き込んでドアだったモノごと後方へと消える。
一瞬の喧騒後の静寂に満る空間。
その強制的に暴力的に清められた場所の支配者は、新しく部屋の隅に私が作った武器置き場所から漆黒の大剣イザナミとハンドガンを持って、ゆらりと彼らに歩み寄って行く。
「・・テメェら、よくも人の家のドアと読みかけの新聞をォォ。後悔させてもやらん、全身の骨、砕かれる覚悟できてんだろうなァァ」
目を全開し、地の底から這い上がるようなドスの利いた怒りの声と共に彼らに憤怒の感情をぶつけることを宣言する進。
ドアは半壊され、読んでた新聞は読めないほどグチャグチャに引き裂かれた怒りが彼を暴力へと導く。
「「「上等だ、今日こそぶっ殺してやる!!」」」
「言ったなクソども!! 今度こそ冥土に送ってやるっ!!!」
一応、事務所の外でやるらしく、一斉に外へと飛び出す。後から銃撃音や金属音がするが、もう慣れた。
私がココにお世話になってから1週間。こんなことが7回ほどあった。1日1回だ。そりゃ慣れる。
再び掃除に取りかかろうとして、もう一人の私が現れた。
鏡だ。家に一つもないと進が言ったので、ハジさんに頼んで取り寄せてもらったものだ。人一人が写り込むほど大きな鏡。・・・高かった(これも借金上乗せである)。
そこには自慢の母と似ている容姿の少女がメイド服を着ている姿が写り込む。さきほど進がくれたカチューシャも一緒に写り込む。
この間まで私は私がキライだった。でも考え直そうかと思う。勇気を出して新しい友達を作った自分を、頑張って生きようと思っている自分を好きになってもいいじゃない。
鏡に映る自分の顔に顔を近づけ、上目遣いに質問する
「私はあなたが好き?」
鏡は答えない。当たり前だ、鏡は答えない。答えは写り込む存在が知っているのだから。
むずがゆくなって半笑いし、進がくれたカチューシャをいじる。なんだか嬉しい。私の茶色の髪に良く似合っているではないか。
そう思うと嬉しくなっていろんな角度からカチューシャを中心にポーズを取っていると、背後に人の気配と鏡に人の影。・・・ハッ!
羞恥に顔を赤く染め、半笑いしながらゆっくり後を振り返る。
振りかえるとそこには魔王がいた。ニヤニヤして、私を見ていた。
たぶん結構前から、一部始終を。
「なんだ、なかなか気に入ってるみたいじゃないか?」
進に優しいこところがあることは否定しない。だけど、やっぱり・・・。
「・・・いじわる」
一章 終
第一章、終わりです。
まあ、まだ文体なんかもしっかりしていない作品ですが、暇なら見てやってください。
辛口な評価でもかまいませんのでください。出来れば、弱い点なども教えてくだされば光栄です。どんな辛い評価でも泣きません。アレ、天井から雨が・・・
2011年 4月22日 桐織 陽