表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
con-tract  作者: 桐識 陽
1:完璧に作られた女子高生と魔王がいたらこんな奴
5/36

5、終幕の舞踏会

 

 5、終幕の舞踏会

  

 「・・・よくもォォ」

 地の底から這い上がる声の主、ドレイク・V・ノスフェラは見たこともないほど怒りの表情に変貌していた。その感情の矛先は私にではなく、もちろん、進に向けられている。

 「キ・・サマァァ・・貴様ぁ、よくも私の完璧な芸術作品をォォ」

 「はぁ?完璧だ? コレのどこが完璧なんだよ?」

 コレ呼ばわりされたが気にしないでおこう。

 それと同時に今にして思う。

 「欠点がないのはいるかもしれないが、それ自体が欠点っていう場合もあるって考えると、完璧なんて人という存在じゃあ無理だろうが。広辞苑でも引いてみろ」

 その通りだ。欠点なく、優れていて良いこと。完全無欠。言うのは簡単だが、行うのは不可能に近い。なお且つそれを維持することも考えるとさらに難易度は上がる。完璧に近いは可能だが、その欠点がないこと自体が欠点であるとさえも考慮の内に含めればさらに無理である。

 だから人は完璧という言葉を使う場合、より良い成果の中の安定した行動や自己において最も良い状態や行為を指して使う場合が多い。

 「テメェが欲してやまない完璧ってのは、自分に背かず、従順な、それでいて自分好みの存在って意味なんだろ?」

 実につまらなそうに回答を述べる進。いや、たぶん呆れているのだ。

 自分に都合のよい存在で周りを固める者は社会でも見受けられる。それは生きる上での処世術だ。だが、それは一歩間違えてしまうと、自分の好みに合わないものへの拒絶に繋がってしまう。それはとても傲慢な考え方で悲しいことで、なにより客観から見るとその者は恐ろしいほど矮小な存在に見える。

 進はきっとドレイクの中にあるソレに気が付いていたのだ。強大な存在である吸血鬼を雑魚と断言した理由なのだろう。

 事実、そういった人物ほど馬鹿にされることに慣れることはなく、ドレイクのように顔を真っ赤にして相手を睨みつける傾向がある。

 彼とは対照的に、この状況が愉快で仕方がないと言わんばかりに笑顔だ。

 こういう状況を楽しめる人物は大抵、他者の愚行を嘲笑い、快楽を感じるドSだ。

 「クククッ、良いな~!そのお顔。どうな気持ちだね?ご自慢のお人形がお前の手から離れる気分は?」

 進の最後の方のドレイクのモノマネはなかなかに上手だった。

 「貴様、貴様、貴様ァァァァァァァァァァア!!!」

 怒りの許容量が振りきれ、ついにドレイクが動いた!十メートル程度とはいえ、その距離を瞬きの間で詰め、進の顔面に手刀が挿入される


 “はずだったが、実際は逆に、ドレイクの顔面に拳がめり込んだ”


 グボっ、というなにかが打ち込まれる音。そして、元いた場所よりはるか後方へと殴り飛ばされたドレイクが顔を抑えて唸る。

 クロスカウンターで打ち込まれた一撃の威力を物語るかのように鼻から“血”が・・・血が?

 剣で真っ二つに切り裂いた時にすら見受けられなかった物の噴出、これは何を意味するのか?

 「キ、キザマ!?」

 「発音が間違ってんぞ」

 今度は進から打って出た。鼻からの出血を片手で抑えるドレイクには彼の言葉が真後ろから聞こえたことだろう。

 進は私と、たぶんドレイクも目視できないほどのスピードで彼の背後に出現すると袈裟切りにイザナミを振り下ろす。

 だが、進は判っているはずだ。ドレイクは剣で攻撃してもダメージを与えることはできない。ドレイクも余裕の表情、

 のはずだった。

 ドレイクの表情が急激に変貌し、体を強引に捻る。

 剣の動きは廊下を粉砕し、その行動を終えたが、なぜかそこに血が数滴、滴っている。あのどんな攻撃すら効果がないような純血の吸血鬼の血が。

 だが、なぜだろう?

 後ろからの攻撃は前もしている。あの時は縦割りにされてもドレイクは瞬時に元に戻ったのだ。そんな不死身の男が今回は傷を受けて膝立ちし、傷の痛みに震えている。なにか違いがあるのだろうが、私にはわからない。判っているのはあの二人だけだろう。

 先ほどの回復ほどではないスピードだが、早くも傷が完全にふさがりかけているドレイクが凄まじい形相で背後で未だ(たたず)む進を粉砕すべく裏拳を放つ。避けるというヴィジョンすら想像ができない一撃を進はどう回避すればいいのか、だが、彼の答えは単純だった。

 進は向かってくる拳を掴みとり、握る拳を“握り潰した”。

 バキバキ、と不快(ふかい)な感情を感じてしまう音が鳴り、ドレイクは苦悶の悲鳴を上げる。

 だが、彼はその場から動じることはない。距離を取ろうともせず、眼前の敵を見据えている。

 痛みがもうないのか? それとも覇者の貫禄? 敵への威嚇? 否。 

 違う、進が掴んで離さず、ドレイクはその進の豹変ぶりに恐れ(おのの)いているためだ。

 「・・フッ、ククック」

 ドレイクは何度も離させるために引きぬこうとするが、ビクともしない。空いている手や足で進を攻撃して脱出、という考え方はできないのだろうか?

 いや、混乱しているのだと瞬時に理解(わか)る。なにせ、先ほどまで圧倒的な力の差があった相手に力負けしているという現実がドレイクを混乱に陥れている。それを物語るようにドレイクの顔は疑惑と困惑に満ちている。

 「クハハッハハハァ!」

 その表情が面白いのか狂喜して爆笑する進は手を掴んで離さないまま、右手に持つイザナミを左肩から首を刈り取るべく一気に半円を描くように振り切る。

 先ほどまでの戦闘の斬撃とは比べ物にならない速度と力で振られたイザナミは空気を爆発させたかのような剣風を発生させる。

 それほど近くにもいない私も風圧に押されて背中側の壁に押し付けられる。その暴風をその原因をまともにその身に受けたドレイクはこの比ではなく、剣の遠心力に引っ張られたためか左では無く真後ろに吹き飛ばされた。何度も何度もバウンドし、ついに止まる。

 首の傷はもう再生を始め、傷が残らないだろうが、顔に驚愕が彫り込まれ、元に戻るのには時間がかかりそうだ。

 「何を驚いてるんだ、おとうさま?」

 「キ、貴様は一体何をしたのだ!!」

 ドレイクはこう睨んでいるらしい、進が何らかの方法で己を強化、もしくはドレイク自身の弱体化をしたのだと。

 「あれほどまでに力量差がありながら!!」

 「あれほどだぁ?俺がいつ本気だなんて言ったよ」

 さすがに嘘だ、虚勢だ、と私すら思ってしまう。それほどの怪我を、攻撃を受けていた進なのだ。無理がある。

 なによりドバドバと音を立てていそうな頭からの出血量が“このままじゃ死んじゃう”と全力で主張している。

 「ハッタリが下手すぎるな少年!!だったら、何故あれほどの攻撃を受けていたのだ!」

 そのとおりだ。だが、進の表情は変わらない。

 「あれぐらいで(えつ)に入るな、大人げない。あれぐらい状況を不利にしないと、そこの寝暗娘の本音を吐きださせて、奪うことなんて無理だったしな」

 それに、と続ける。

 「お前が俺を倒せるなんて思っていること自体が間違いだ。もうお前の芸なんてとっくに見破ってるんだよ」

 空間転移とあの異質な怪我の治癒能力。

 進はそれを芸といった。つまりなにかカラクリがあるのだ。だが、私にはわからない。たしか進はそんなことはあり得ないという反応をしていた気がする。

 「お前はたかが数百年生きただけの吸血鬼だ。そんな“小物”が空間転移?高速再生? 無理に決まってんだろ。神祖クラスの“女王”なら空間転移余裕だろうが、次元の空間圧力をぶち破ってその高価そうな服が無事な訳ねぇだろうが」

 女王という言葉は判らないが、言いたいことは判った。SF映画などでよくあるテレポート、瞬間移動とうサイキックな能力があるが、実際それが出来るかどうかと問われれば難しい。できるかどうかの問題ではなく“その物体にかかる負荷の問題”だ。

 それは吸血鬼という常識外の存在ならまだしも、人間界で作られた衣服が無事というのはおかしい。空間を短めれればという考え方もあるが、そんな力が働けばいかに頑丈であろうと、このロビーが無事で済むはずがない。

 「“女王”の名を使うとは・・・人間ごときが、まるで会ったかの様な言い方を」

 「会ったことがあるから言ってんだろうが」

 ドレイクが口を開けて本当に驚く。涎でも垂れそうな開き方、こんなに驚くドレイクを初めて見た。

 それほどの存在なのだろうか“女王”というのは。

 進が言っていたボロ負けした相手とはその人のことなのかもしれない。

 「お前は空間を表面的に歪める程度の力しかないんだろう? だが、それを空間に展開することで“知覚のズレ”を起こしていた、そうだろ?」

 人の知覚、特に視覚というものは外界の情報をそのまま撮り込むと思われがちだが、実際そのほとんど脳内情報の補完でされているモノである。目の網膜が脳の視覚野に伝えるのは3%程度と言われている。

 つまり人は自分が見ているモノを自分で理解し、こういうものだと認識している。外からの情報をそのまま見ている訳ではない。

 その入力の3%は少ないように見えて大きい。歪められれば、もちろん外部からの修正の利かない、嘘か真か確かめる術のない入力される情報に誤作動を起こしてしまう。脳が困惑するためだ。

 ズレは微細かもしれない。だが、それがさらに常識外の異質なものであればさらに知覚は歪む。それを受け入れ、理解することが刹那の間でも出来ないからだ。

 そして、それは思考に間隔を開けてしまう。

 「そのズレを起こしているモノが呪を多く含む吸血鬼の魔力だ。魔力は世界に自身の意思を出現させる効果がある。世界を改変することはないが、常識外のズレを引き起こすには十分だ。それに脳なんて代物に“呪い”の補正概念なんて入ってないからな」

 空間転移と高速回復のように見えた正体は空間のズレ。急に現れたように見えたのは世界のズレでそこに行きついたその時の瞬間が知覚できなかったから、進が何度も切り裂いたのはズレで生まれた幻。

 魔術的な蜃気楼。進はそれに気が付き、そのズレ分を計算して攻撃していたのだ。それがどれだけ難しい事なのか判る。判るのだが

 「ならば、単なる運任せだった・・マグレで私に攻撃を当てたというのか!!ふざけるのもいい加減にしろっ!!!」

 計算による攻撃とは良い言い方だが、それはココに来るから斬るという。言ってしまえば運の素養も入ってしまう。ズレの生み出す空間で進は顔という小さな的にクリーンヒットさせている。しかも狙ったかのように。タイミングは判るのかもしれないが、どういった攻撃がくるのか、どの経路からくるのかなどはわからないはずだ。それすら見えていたのなら進はもともと攻撃など受けていない。

 「一つだけ、お前が世界を歪めても歪まないものがある」

 傷だらけの進は空いている左手人差し指を立てる。

 人はそれを(ひとつ)と呼ぶことがある。

 「それはお前の性質・・・性格だ」

 「お前はプライドが高い、どんな愚弄も許さない、盾突く者はその強力な力でねじ伏せてきた。戦っててよ~く判った。戦い方によく出てた・・お前はそこまで強くない」

 ドレイクはしつこいくらいの侮辱にイライラしている。その彼に進はそれだっ と言わんばかりに人さし指をビシっと向ける。

 人はそれを指摘のサインに使うことがある。

 「そんな奴は大抵、侮辱や自分が評価されることに怒りを覚える。そのタイプの怒り方はいたって単純だ。しかも行動が直線的になる」

 「それにお前の攻撃には2撃目という概念が少なかった。相手の退路を無くし、相手を追い込み、倒すかけ引きが全くなかった。これは大抵の敵が弱かったか、力だけで勝ち続けた奴の特徴的な戦い方だ」

 ドレイクは目を見開く。何を言っているのか判らない反応ではなく、まるで嘘を見抜かれたような。言いあてられたかのような反応。

 性格。それは特に人の行動事体に如実に表れてしまう。その人特有の性格の形を表現させようとするのだ。

 それに抗うことも、それを巧妙に隠し生きることは可能だが、性格というものはそれを許そうとはしない。不測の事態や押さえつけていた精神力が疲労で、本質というものは噴出してしまう。

 これらすべて見抜いた進は攻撃の予測地点をすべて計算していた。怪我はすべて私のせいにされると心が痛むが説明はつく。だが・・・

 「だから、どうしたと言うのだ。戦い方が分かった程度で頭に乗るなよ。私は死なないのだよ。いくら切り裂かれようと、銃弾を受けようと必ず甦る! 下等で脆弱な、私の血を与えられただけの下僕たちはともかく、純血の吸血鬼は心臓を破壊されなければ死にはしないのだよ!! 下等な人間が知らぬことだろうが、心臓は最も“呪という毒”で汚染された場所。生半可な人間の作り出す武器程度では貫けない事実に!!!」

 “心臓は人の武器では貫けない”事実。それは初耳だった。

 しかも状況はドレイクの言う通り、進が不利である事実は変わらない。そんな相手に戦いを続ければ、消耗戦になり、進は負ける。

 ドレイクの勝ち誇る笑み。その笑顔を見ただけで悔しさが湧き上がってくる。

 その戦いの予想図が見えてしまうからだ。

 だけれど、進の表情は変わらない。いや、若干見えない。月明かりがさし込み、私のいる壁際からは間を開けて並行して睨みあう二人の姿があるのだが、月光が影を作るために進の表情を隠している。

 影から覗く唯一の部分、口が開く。

 「一つ確認だ」

 ? とドレイクが眉根を寄せる。進の口調があまりにも平坦だったからだろう。

 「お前が俺と初めて会った時に、なんで不意打ちした?プライドも人一倍高そうな吸血鬼さまがなぜだ? 堂々と目の前に現れて俺をきちんと潰せば、こんな面倒なことにならなかったはずだ」

 進の口から言葉が紡がれる。あたりは虫の鳴き声すらはっきり聞こえるのではないかと思えるほどの静寂。

 そこに響く声には色が徐徐に戻りつつあった。それは段々、陽気で無邪気で陰嫌なテンションを含み始める。

 目はさらに見開き、目が血走る。血管が浮き上がり脈動を目視できる。わざと高らかに、演技的に相手を全力で侮蔑する進の言いたいことが大体わかったからだろう。

 同じ挑発には乗らない。進が再三、使っていた手だからだ。

 「思い起こせば、お前は何度不意打ちした? 確かに不意打ちは実戦では基本だが、純血の吸血鬼ほどの力があれば人間なんて力で強引でもすぐに殺せるはずだ」

 世界が重くなった。喧嘩の現場が出す雰囲気に似ている。

 が、密度が違う。その圧迫感は緊張感になり、空間を満たす。一つ一つの行動がスロモーションに感じるほどの緊迫感。その一瞬すら数百秒流れたのではないかと錯覚を生む。

 「俺と完璧未満失敗娘(ドジッコむすめ)の会話だって聞きたくなかったら、乱入して止めればよかったはずだ。いや、中断させたはずだ。お前の性格だったらそうしていたはずだ・・・だが、しなかった。なぜだ?」

 答えは簡単だ、 と続ける。一拍が置かれ、空間を満たす緊張がピークになる。そのガスの様に充満したソレに火をつける瞬間が(たの)しみだったかのように、目の前の傲慢な男を怒らすのが最高だと言いたげに、進の口がゆっくりと三日月(みかずき)状になった。


 「お前・・・俺が、怖いんだろ?」


 空間が()ぜた。

 爆発音にも似た破砕音を突発させ、遂に堪忍袋の緒が切れたドレイクの突貫により床が踏み砕かれた音とともに、拳を振り上げながら滑走する二人の距離を一拍でゼロにする。

 振り上げられた右腕の筋肉が膨張し、スーツがその膨張に耐えきれず、千切れ飛ぶ。

 その凶器と化した拳が振り落とされ、進の体が後ろに押し倒れ、その延長線上にあった床に入り込む。 その負荷の許容量を超えたためロビー・フロア全体の床に、亀裂と破壊による粉塵が巻き起こる。ドレイクはさらに進にもう一撃加えるために右手を抜かないまま、左手を打ちこもうとしたが、気が付く。

 やっと気が付く。右手を“抜かないまま”?彼の手がめり込まれているのは床。進の体を貫通した感覚もない。ならば、奴はどこだ!

 「ハハハッッ! ココだよ、ワトソン君ゥゥゥゥゥんッ!!!」

 奴は・・進は攻撃を受ける瞬間にわざと後に倒れ込み攻撃を避け、後転倒立の要領で・・・未だに信じられない光景だったが、そのまま上へ“天井”に跳躍?していた。

 サーカス団どころか世界が仰天する倒立した人間が、高さ10メートル以上ある天井への跳躍アクロバットを目撃した私は目が丸くなった。

 ドレイクは進が天井で助走を付けるための音と、世界の名探偵の代名詞とも言える言葉で彼の現在地を把握したが、驚きのあまりか体を仰け反って上を見上げ、固まっている。

 再度、爆発音。進の助走の起点となる役目を終えた天井が耐久力の限界を超えた破砕音。

 進はミサイルの様に地面へと急降下、いつの間にかに体制を反転し、黒い大剣を地面に突き立てるように落下。

 ドレイクの体を、貫く。

 差し込まれた部分は下腹部やや左、専門的に左腸骨窩と呼ばれる範囲。

 ドレイクは今日一番の驚愕を表す。

 進は今日一番の大爆笑。

 「ッハハハハハハハハハハハハァァァァア!!!ネタは上がってんだよォォォォォッ!!!オトウォサマァァァァァァハハハッ!!!!!」

 その瞬間、私の脳裏に閃く。

 なぜ、いかなるも攻撃をズラすことが出来るドレイクがなぜか防御していた場面があった。

 ───右肩から左股間にかけての斬撃。

 ───腹部への突き。 

 ───左股間から右肩への斜めの斬り上げ。

 相手に絶対的な力を見せつけてきた男の行動。防御といってもどれも相手に戦意を削ぐような止め方ではあったが、別に止めなくてもいいはずの男が、だ。

 止めた攻撃と受けたように見せかけた攻撃。二つの大きな違いは余裕があるかないかなどではなく、重要な部位へ届くか、否かではないだろうか?

 生き物は無意識の行動を取る本能を持つ。それは本能が失われつつあると言われる人間にあっても例外ではない。

 捕食、性欲、そして“防衛本能”。

 危険を察知すると、身構え、体を硬くする防衛本能は自身の弱い部分に対し、何らかの防御行動を取ろうとする。急に目の前に危険が迫ると目をつぶり眼球と恐怖からの精神的防御を行うように、“弱点を徹底的に守ろうとする”のだ。

 普通、戦いに身を置く者は弱点を隠そうとする。そこが敗因なりうるからだ。だが、ドレイクは吸血鬼特有の絶対的な力でどんな敵も捻り潰してきた。そんな弱点を隠すような戦いを、生死のギリギリを奪いあい、勝利をもぎ取るために努力を必要としない戦いばかりだったのだろう。

 だから、進はドレイクの守るべき聖域に剣を突き立てた。

 「ッォォォッォッォォ」

 声にならない苦痛の声を上げるドレイク。

 彼は進を、いや人間を舐めていた。自身の弱点を知っていると知らなかった。

 進が彼の弱点を知るべく、危険を変えりみずに心臓の位置を探していたことにも気が付くことはなかった。

 自分が負けるという可能性すら考慮しなければいけない自分との戦いを、そのプライドの高さから見ようともしなかった。

 生物的に上異種であるという傲慢さが生んだ隙に、進の一撃が容赦なくドレイクに突き入れられたのだ。

 「ォォォォォォッォオォォオォッ!!!」

 そして、大地は口を大きく開かれた。

 床は遂に耐震強度を遥かに上回る衝撃を受け、分厚い層が衝撃点を中心に亀裂に沿うように瓦解(がかい)し、二人の男を奈落の底へ呑みこんでいった。

 「進ッ!」

 咄嗟(とっさ)的に、大穴に手を伸ばし、下を見下ろす。

 もう目視はできない。穴はその深さも判らぬほどの暗黒を作ったいた。

 屋敷に地下があるとは聞いていたが、底が見えないことを考えれば相当深い・・ん?

 ピシッ、ビシビシイシ! みたいな音。

 「ミャァ!」

 私の視線は真下、足元。亀裂の口は未だに開き続けていた。亀裂は“私の足元”にも!!

 そして、

 「ミャャャアアアアっ!」

 猫っぽい声を上げながら浮遊感を感じることになった。

 むろん、私は猫のような空中回転のような動きはできない。

 

 視点変更3


 なんだ貴様は!

 「ソラ!オラ!如何(どお)ォした!!」

 落下する私の体に突きささる大剣をさらに押しこんでくる、この凶悪に笑う小僧は一体何だ!

 屋敷の地下は比較的大きな作りとなっている。ビル三階ほどの深さがあるはずだったからそれなりに落下時間があるだろう。

 この不快な落下の感覚に上乗せされる疑問という名の重さが私の思考を深く混乱へと突き落とす。

 私は優勢だったはずだ。私は純血の吸血鬼だ。負けるはずがない!こんな下等な、我々の食材でしかない人間などに・・・人間?

 「いい加減に!離れろォォォォッ!!」

 私は怒りの咆哮と共に、腹に刺さった剣先を無理やり手で引き抜く。痛覚が鈍い吸血鬼でも腹に穴が空けば流石に苦痛を伴う。それを無視するだけの怒りが満ちていた私は、この憤りをぶつけるために空中で体を無理に捻り回転させ小僧の頭頂部に踵を落とす。

 踵を頭部にねじ込まれ、小僧の体は下への力に従い急速に地面へと叩きつけられた。だが、粉塵をまき散らしながら墜落したその姿を見ても、いつもの勝利の確信を得られない。

 遅れて私も地に足を着くと、同時に凄まじい痛みと自分の存在自体が無くなる感覚に襲われる。血反吐を吐き、地面に倒れかけるが吸血鬼の誇りでそれを防ぐ。

 存在がブレた理由は吸血鬼の力の源であり、現世に魂を固定し続ける“呪い”の力が弱まっているためだ。つまり心臓にダメージを負ったためだと理解し、同時に表現できないほどの憤怒の感情が湧き上がる。

 (屈辱だ。此処までの屈辱を受けたのは初めてだ!! あの小僧は必ず殺してやる!!)

 あたりを見回す。場所は地下。いつも周囲は薄暗い闇で満たされている場所だが、今は天井にも一階に床にも大きな穴が開けられたために月明りが差し込んでいる。そこはもう荒れ果て、上からは未だに瓦礫が落下してくる。

 この地下は普段は私の寝室だった。同時に多くの選りすぐりの血が保管されていた聖域だった。そこを踏み荒らされた気分はあの小僧への憎悪に変換される。

 どこだ! どこにいる! どこにいるのだ!

 その怒りの眼差しは、突如に粉塵が吹き飛ぶ様を目撃し、同時に真っすぐ新幹線のような速度で突撃してくる小僧を捉えた。

 (ぬぅお!)

 先ほどの比ではない速度に身が固まり、防御の行動を取る。左から向かってくる横からの斬撃に合わせ左腕でガードする。

 だが、それは斬線すら残像と化す黒い閃光。

 質量が倍加した物質をまともに受けて私は真横に吹き飛ばされる。

 (グオオオオォォォッ!!)

 何度かのバウンド後になんとか体勢を持ち直したが、いつの間にか距離を詰められ兜割が頭に迫っていた。痛みを感じる間も与えてはくれない。

 私はプライドもなにもかも捨て、強引に体を横にねじ込み寸前のところで大剣の線から外れる。

 剣は地面に激突し、余波を生みだす。その隙を突くという考え方はできなかった。余波と言ったが、想像を絶する。

 爆発だ。空気が爆発したかのような衝撃が体を叩き、弾き飛ばされて地面へと無様に転がることしかできない。

 「カカカカカ」

 狂気を大量に含んだ笑い声が響く。笑い声の主は銃をこちらに向けてくる。馬鹿め!銃など吸血鬼の皮膚には利かない。はじき返すことも可能だ。その間に傷を塞ぎ、貴様の喉笛を握り潰してやろう。

 ダメージを受けた心臓部分の治癒が始まっている。心臓は治癒しないものとされているが、吸血鬼の心臓は呪いと血により傷は塞ぎ、元に戻る。

 だが、多少の力の元弱と心臓以外の治癒の遅れを生じる。この弱体化隙を突こうという考えなのだろうが、もうそれは終わろうとしてる! 

 貴様が笑っていられるのも後、少しだ! 

 銃声は5。

 その全てが塞がりかけていた小さな傷に、“心臓へと向う”経路に直接、叩き込まれた。

 「グァァアアアアア!!」

 苦痛にのた打ち回る。確かに呪いで武器などでは歯が立たないと言ったが、心臓付近に打ち込まれればその衝撃に痛みぐらいは響く。

 「どうだ?人間の力もなかなかやるだろう?」

 苦痛の表情で顔をしかめる私に世の中でこんなに楽しいことはないとでも言いたげな声が届く。ゆっくりと近くなる声と迫る足音。

 「人間の・・・力だと?」

 「そうさ、相手を裂くため作り出した剣、遠く離れた相手を貫くための銃。それを高度に扱い、(あだな)す敵を倒すために表現する体。敵を追い込むために、弱点の解析や効率化を思考する頭を使って戦った。これぞ人の力だろ?」

 「ふざけるな!」

 私は飛び上がり、接近していた小僧の腹に蹴りを入れようとする。だが、蹴りはあの黒い剣の腹で受け止められた。小僧はまるで動じずない。

 吸血鬼の全力を受け止めた黒い大剣はヒビ一つ入らない。すべてが異質なのだ。あの剣も、この小僧も。

 蹴りの衝撃を使って後ろに跳躍して距離を取り、思いつく。

 ならば、貴様が私を暴力で誇りを汚したように、私も貴様の真実で汚してやる。

 「貴様が人間!?笑わせるなよ、小僧!!たかが人間が純血の吸血鬼の力に匹敵する力を、魔力の加護もなく行使できるものか!」

 長い間、生きてきたのだ。幾度となく人間にこの命を狙われた。

 その中に魔力と呼ばれる特殊な力を得た人間たちもいた。

 続に魔術師、聖騎士などと呼ばれる彼らは魔力で肉体を強化し、我ら魔族に果敢にも向かってきた。人の常識を超える術を持った彼らだったが、それは人間の範囲の肉体の強化だ、それ以上を望めば肉体は崩れ、自滅する。そのため、人間以上の肉体を持つ私に適うはずがなく、その痴れ者どもはリンゴを潰す程度にいとも容易く、私の手で潰せた。

 それでも魔力で強化された人間からは魔力が溢れを感じることができた。

 それなのにこの男からは魔力のかけらも感じない。それどころか吸血鬼も凌駕するスピードに体が耐えられる時点でもはや、人とは呼べない。

 

 「貴様は人間ではないな。貴様も私と同じ“魔族”か、人間とのハーフだ!」


 人差し指を指摘するように、小僧に突きだす。

 「時折いるらしいな。魔族の誇りを忘れ、人と交わりを持つ者たちが」

 人間と魔族のハーフ。恐ろしき力を秘めた人間の(まが)いもの。人でも魔族でもないものとして双方から忌み嫌われる者たち。

 「そんな貴様ら半端モノが人助けか!笑わせる。それで人に認められると思っているのか!?どんなことをしようと貴様のような汚らわしい存在を誰が受け入れるというのだ!?」

 小僧の動きが止まる。どんな者でも精神的に脆い部分がある。そこを突けばいい、脆くなり、露わになった隙を。

 「撫子もさぞや気味悪がり、嫌悪するだろう。貴様のような存在を。化物と侮辱し後ろ指を指すのだ!!」

 目の前の小僧が剣と銃を無防備に垂れ下げ、顔が(うつむ)く!ココだ!!

 全力の踏み込みで数メートルの距離を埋め、あの憎たらしい顔に拳を叩きこむ!

 はずだった。

 小僧との距離がゼロになりかけた瞬間、私の顎を何か硬いモノが押し上げる。

 「バーン」

 小僧が一言と同時に何かが発射され、下顎から頭頂部へと至り貫通した。硬いモノの正体は銃。俗に言うハンドガン。

 一瞬、思考の中枢が破棄され思考が中断する。その間に小僧が私の胸倉を掴み、後方へ投げ飛ばされていたらしい。思考能力の回復には数秒を有したため、今の私の状況からの推察だが・・・

 小僧の精神を揺さぶれたはずだった。だが、失敗した。そう確信が持てるのは小僧が何かを達成した者のする笑顔だったからだ。

 「満足だ。これで全部かな」

 「何を言っている!?」

 「俺の目的だよ」

 何を言っているのか判らない。私の顔は渋面になる。こいつは何を言っている?

 「もともと撫子の依頼は()いでなんだよ。本来の目的はテメェへの復讐戦(しかえし)だ。俺はやられたらヤリ返す主義でね。不意打ち喰らわせてくれた、どこぞの吸血鬼様にやり返しに来たのさ」

 恐ろしいほど子供で幼稚な理由。世界がその考え方が戦争や争いに繋がるとし、排斥しようとしている考える復讐論。

 「しかも、そいつは世にも気味の悪い“趣味”をお持ちらしいと聞いてな。人間様を舐め切ってる吸血鬼にどれだけ人間が恐ろしい生き物かを判らせようと思ったんだよ」

 人間の力、 確かにあの時にそう言った。だから、こいつはこんな戦い方をしていたのか。ワザと人間と同じ強さで戦い、ワザと攻撃を受けて立ちあがり、撫子を後押しすることで、自らの意思で私の呪縛から解き放ち、生きる意思で人が立ちあがる生き物だと見せつけた。

 「人間は奪う生き物だ。俺はお前からかなり奪い去ったぞ? お前に後、何が残ってる?」

 長い間、待ち望んだ極上の人間の血を有する撫子は自らの意思で逃げ出した。

 何が奪われた。奪われたモノ?

 家を破壊され、下僕たちを殺され、待ち望んだ血を奪われ、そうして考え、自分の姿を見る。

 そこにはボロ雑巾にも等しい服を着た傷だらけの、“下等な生物と(さげす)んでいた小僧の精神的な弱みを付け込み殺そう”とした誇りのかけらもない吸血鬼の姿がある。

 (ッ、コイツ・・・私の誇りを!!!私が小僧の弱みに付け込むことを予想していただとォ!?)

 大剣を右肩に担ぎ、左手を無造作にポケットに入れる小僧の紅い瞳が爛爛と輝く。

 純血の吸血鬼と戦う力を有しながら、あえて遠回りして相手の誇りや自尊心を徹底的に駆逐した男の瞳に全てを見透かされているような、全てを塗り潰す様な紅色(くれないいろ)に恐怖を感じる。

 「さあ、残ってるのは・・・お前の命だ」

 不死の化物すら、恐怖させる男の宣告が剣先とともに向けられる。

 

 視点回帰 3


 「貴様ッァアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 ビックリ。

 気が付くと私は瓦礫に囲まれていた。落下したのは覚えている。落下中にせめて死ぬなら大好きなシーチキンのおにぎりが食べたかったと後悔したが、まだ私はコンビニに歩いて行けるのだと素直に喜ぶ。

 意識が戻った私をとり囲むのは荒れ果てた瓦礫が散乱する空間。

 広い空間にビリビリした殺気が込められた怒声がぶつけられ、空間が軋む。

 私の落下地点には柔らかなソファがあり助かったようだ。

 大きな瓦礫を挟んで向こう側では何やら、進とドレイクが戦っているようで衝撃音と破砕音がしている。

 私はそちらへと向かおうとしたが、瓦礫の一つにドレスが悔い込み外れない。力いっぱい引っ張るが外れない。

 ん~!と力を込めるが外れなかったが急には固定感が無くなる。

 「ご無事ですか?」

 ごろ、と無様に後ろへ転がってしまう。無様だ、すごい恥ずかしい。

 「!!」

 助けてくれたのはメイドさんだった。

 私をいつも起こしに来てくれたメイドさん。彼女が私を苦しめていた引っかかりを解いてくれたのだが、この状況は不味いのではないだろうか?彼女も一応、ドレイクの下僕のはずだ。

 「お嬢様?」

 低く感情のこもらない声だが、いつまでも黙りこむ私に疑問を思ったのか顔を覗き込んでくる。

 「いっ、だ、大丈夫です・・よ?」

 デジャブが起こった。

 いつもは会っていたはずなのに、顔を初めて見たような気がする。

 それ以上に、それがなぜなのか判らないが。彼女の仕草に懐かしさを感じる?

 だが、喉まで答えが出かけるあたりで思考は止められる。近くの瓦礫が破壊され、破片が飛んできたからだ。

 「イィア!?」

 突然の不意打ちに、ギュッと目を(つぶ)り、頭を抱えてうずくまる。だが、来るべき衝撃は来なかった。それもそのはず、

 「悲鳴に色気がねぇぞ!撫子ォ!」

 いつの間にか余計なお世話を言いながらも、瓦礫の破片を黒い大剣、イザナミの剣身で防いでくれた進が私を守るように眼前にいた。

 あの程度の落下でこの人が死ぬはずないと思っていたが、無事と判るとホッとする。よかった・・・無事だ・・・。

 「下がってろ、オトウサマが本気モードだ」

 進の睨む方向へ、目を向けるとドレイクらしき存在がいた。断言できないのは、体の筋肉が一回り大きくなっており、異様な存在感を放つ存在となっているからだ。

 「ナデシコォ」

 「!!?」

 あの人の心に届くような低い声は失われ、くぐもった地の底から這い上がってくる様な声になり変わっている。

 「いい加減、娘離れの時期だろ?オトウサマ。おい、撫子。後のツギハギ娘は大丈夫か?お前を守って倒れたんだぞ?」

 後を振り向くと、メイドさんが確かに倒れていた。

 飛んできた瓦礫から私も守ってくれたのは彼女の様だ。だけど、なぜ?なんで守ってくれたの?

 「小僧!貴様は殺す・・・私が許さん。そして、ナデシコを喰らい全てを取り戻す!!」

 「ハッ!偏愛ここに極まったな!・・・オイ、撫子。そこから逃げ・・れないみたいだな・・」

 視線だけ振り向く進にも見えたのだろう。私の足が大きな瓦礫に挟まり身動きが取れない状態であることを。またか。

 進も余裕の表情であるが、体の彼方此方(アチコチ)から血が滴り、服にも赤い染みが出来ている。心なしか立ち方に力が無いように感じる。

 あらためて状況を確認する。

 後方に守るべき存在、前方に倒すべき存在、中央に魔王。

 頭の中がクリアになる。

 「正念場です」

 これが最後の競り合い。そう思えた。なぜ口から出たのか判らないが、その言葉に進が今度は体ごと振り返ってきた。

 私はどんな表情なのだろう。彼は私を、私の目を視る。

 それを視た彼は口を力強く吊り上がった。

 「前には趣味の悪い純血の吸血鬼。後ろにはお荷物が二人。最悪のシュチュエーションだな、オイ」

 「これぐらい何とかしてください。アナタは私を助けてくれるんでしょ?」

 「そういう契約だからな。・・・そうだ、一つ言っておきたいことがあった」

 「? なんですか?」

 「俺への依頼料は高いぞ」

 「一生をかけても払いましょう」

 追い詰められている男女の会話ではない。

 余裕なんてない。相対するは、不死身の怪物と恐れられ、私を長い間恐怖で縛りつけてきた純血の吸血鬼。

 今でも怖い。だが、それ以上に私というお荷物を持ちながらも、黒い巨大な大剣を再び右肩に担ぎ直し、その重さにも、相手から放たれる重圧にすら負けず、相手を力強く見据えるこの男の放つ覇気が私に冗談が言えるほどの安心感をくれている。それが私に前を見据える力をくれている。

 「貴様が!貴様が私の撫子をっ!!私の完璧な、忠実な、心血を注いで育て上げた甘美な血を!!」

 ドレイクは叫ぶ。欲望に囚われ、気高さを失った養父が目の前にいた。両親を殺し、10年以上もの長い間、死の恐怖で私を縛りつけてきた男。だが、同時に私をここまで育ててくれた養父でもある。

 「御養父様(おとうさま)。私は貴方に不自由なく育てられてきました。どんなに私を苦しめてきたとしても、その事実は変わりません。それには感謝しなければならないのかもしれない」

 だけど、 と繋げる。これは決別の言葉。そして、私の目の前で死んでいった、助けることができなかった人たちに呪われるかもしれない言葉。

 「私は死にたくありません」

 私は死にたくなかったのだ。本当に死にたい人間は他人の死など気にしない。目の前でどれだけ悲しいことがあっても別世界のことのように傍観できる。

 今では素直に受け入れられる。

 ───死にたくなかったから両親が無残にも殺された時にドレイクの手を取り、少しでも生きたいと願った。

 ───目の前で吸血鬼たちに血を吸われ尽くされ死に絶えそうな同年代程の少女を助けることもできたかもしれなかった。だが、助けた後すぐに自分が殺されるヴィジョンが頭に(うか)び、動けなかった。

 ───ひたすらドレイクの望む完璧な人間に成り、彼のご機嫌(きげん)を取り、少しでも長く生きようとした。

 今にも泣き崩れそうな自分を震わせ、養父を、両親の(かたき)を、敵を見据える。

 「死にたくなんかない」

 出来るなら、あの時、両親と吸血鬼の間に割って入り、助けたかった。

 出来るなら、あの時、助けを求めた同年代程の少女の手を取ってあげたかった。

 出来るなら、あの時、私のためにドレイクの立ち向かってくれた友達、“花ちゃん”ともっと一緒に生きたかった。

 「死んで欲しくなかった。助けたかった」

 ドレイクはもう話を聞きたくないとでも言うように、体を突貫させるために力を溜め始める。

 進は大きく一歩、右足を前へと踏み出し、肩に剣を背負い、中腰の姿勢になる。

 両者とも一見、陸上競技のクラウチングスタートのように見える。

 だが、二人の目的はいかに早く走れるかではない、いかに速く相手の命を奪い取るかを目的に、数十メートルの距離を走破する力を溜める。

 死にたい、死にたいと嘘を言い続け、本当は誰より生にしがみつく意地汚い(いつわ)りの完璧淑女を巡って、異質な力を秘める二人の暴君が最後の一撃を相手に与えるべくスタートの合図を待つ。合図はきっと私の言葉。

 嘘をつき続けた中途半端な私が下す、初めてのお別れの言葉を。

 「だから、生きます。ありがとう。憎くて可哀想な私の養父(おとうさま)

 スタートの合図が切られる。

 二人の男が暴力的な咆哮。かけ引きなしの真っ向勝負。ドレイクは拳を、進はイザナミを振り上げる。 より早く相手の体に届かせた方が勝つ。

 瞬間的に縮む二人の距離。一歩の踏み込みで数十メートルを踏破した化物たち。先に相手に狂器を届かせたのは・・・

 進だ!だが───

 行き着いたのはドレイクの左掌(てのひら)。超高速の助走から放たれた上からの縦の斬撃を吸血鬼の長は手を前に出し、受け止めた。

 大剣は前腕を縦に切り裂くが上腕に至る前に、失速。

 ドレイクの弱点は左腸骨の内側であり、そこを狙うしかない進はこのかけ引きに圧倒的に不利だったのだ。ドレイクは心臓を破壊されない限り、死ぬことはない。どこかを犠牲にすることなど造作もないのだ。しかも左腕一本の犠牲で進に絶命の一撃を与えることができる。

 その軌道を塞がれ、同時に動きを止められた進に、ドレイクは勝利の笑みを浮かべ、吸血鬼の全力で放つ右腕が進の顔面へと放つ。

 私は見ることしかできないのか。いや、一つだけできる。これしかできないことを嘆く。しかし、この現実が無視された世界でただの人間にできることをするんだ!

 進の一撃が止められた時に明確に見えた彼の敗北のシーン。でも、私は否定する。私は彼が負ける姿など信じない!見たくもない!!だって彼はっ!

 「負けないでぇ!!進ィィィィィィィンッ!!」

 進にドレイクから放たれた右拳が急接近する。いまだ彼の大剣(イザナミ)はドレイクの腕に挟まっている。

 剣を戻し体勢を立て直すことはできない。ならば彼にできることなどただ一つ!

 「オオオオァァァァァアァァァァッ!!」

 進が叫ぶ。敗北への悪あがき?否───

 勝利への渇望に吠える。

 進は大剣を、そのまま“押し斬る”!

 私の合図から、約三秒の間の壮絶な、爆風の余波を生みだすほどの化物たちの戦いの決着が付く。

 お互いの立ち位置が始め、変わっている。だが、状態は変わっている。

 進は振りぬいた姿勢から地に膝を付く。敗北者の姿

 ドレイクは立っている。勝利者の姿。

 私の目から見ても勝者は明らかだ。なにせ・・

 ドレイクは“左肩から足の付け根までバッサリと”真っ二つに断ち斬られている。吸血鬼最大の弱点、心臓とともに。

 どさり、とドレイクは遂に地面へと倒れる。進はよろよろだが、立ち上がりこちらを振り向き、強気に言い放つ。

 「ほら、勝ったぞ。余裕・・だったぞ」

 息も絶え絶えなのに、憎らしい彼の言葉にほっとする。彼は負けたりしない、なにせ私の魔王だもの。


 視点変更 4


 本当はギリギリだった。

 「進っ」

 撫子の奴がやっと岩の拘束から抜け出して、こちらに向かって小走りで駆けてくる。

 最後の一撃を相手が防ぐ予想はしていたが、自分の剣が先に届くと信じていた。はっきり言って信じていなければ、純血の吸血鬼になど立ち向かえない。

 俺は確かにドレイクが雑魚だと言ったが、それは純血の吸血鬼では、という見立てだった。過去に一度、純血のと戦っているが、あれは運良く生き残ったにすぎない。自分はそれを知っている、だから戦えると鼓舞していただけだ。

 そんなことを考えていたためか、急に力が抜けて座り込んだ。

 「進っ!?」

 撫子は急に座りこんだことに驚いたようだ。・・・別になんともない。疲れただけだ。あんな化物となんか今後一切、戦わないことを願いたい。

 そんな俺の心の溜息を聞こえていない撫子の小走りの音がさらに速くなる。

 最後の一撃。あれに競り合いの末に打ち勝つことができたのは、認めたくはないがアイツの一言だ。あれがあったから、もうひと踏ん張りできた。

 とは絶対アイツが調子に乗る気がするので伝えないことにする。

 胡坐(あぐら)をかき、俯いていた俺は、ふと顔を上げる。撫子がちょうどドレイクの死骸を通り過ぎた辺りだった。

 偶然だった。

 偶然、死んだと“思い込んでいた”ドレイクの目に赤い光が戻ったのが見えた。

 「チィッ!!」

 即効で傷だらけで限界寸前の体に鞭打ち、立ち上がると同時に駆け出す。

 撫子は俺の急速な対応に、呆然と棒立ちになっている!馬鹿が!狙いはお前だっ!!

 撫子まで後、5メートル弱というところでドレイクが立ち上がり、撫子の背後に立っているが見えた。

 もう、時間はない。

 俺は撫子の腕を掴み前に引き出し、背後に周り、背中でかばう!

 それと同時に首筋に鋭い痛みが走った。

 

 視点変更 5


 何が起きたのか、私には判らなかった。

 急に(しん)が立ち上がり、私を引っ張り倒した。

 文句を言うべく、振り向く。そこにには・・・

 進の首筋に歯を突き立てるドレイクの姿があった。

 「ガァッ!!」

 進がドレイクを振りほどくべく、体を振り回し、裏拳を彼の顔面に叩きこみ離れる。だが、噛まれた事実が離れることはない。

 「フヒャヒャヒャヒャ!」

 かつての気高い面影が残っていない下卑(げび)た笑い声がした。声の主であるドレイクは体が真っ二つにされた状態で地面に這いつくばっていた。

 「やってやったぞぉ!この下等種族がぁ!!調子に乗ってるからだよぉ!!」

 文字だけではドレイクだと誰が判別できるだろう。言葉使いなどは彼のモノとは思えない。目の前にいる人物が同一人物なのか、10年間一緒にいた私でも信じられない。

 すると遂に進が膝をつく。急いで近づき進を見る。彼の顔は苦渋で覆い尽くされ、汗が滴り始めていた。私でも事態が逆転したのだと判る。なにせ吸血鬼に噛まれたものは・・・

 「私の“呪い”もきちんと打ち込んでやったぞ、小僧!これで生えて貴様も私の忠実なしもべとなるのだ!!」

 吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼に。吸血鬼は自身の呪いを打ち込み、分け合うことで、その呪いの本元への絶対順守の忠誠を強引に行うことができる。

 「本当は撫子の血を吸いつくし、体を復活させようとしたのだがな!結果が違うとはいえ面白いことになったなぁ、小僧?」

 「心臓ぶった切られて、死なないとはな。相当、常識外だなオイ」

 進は憎々しく反応する。そうだ、確実に心臓を切り裂いていたのに。

 「私も驚いたよぉ。なにより心臓を切り裂いたはずの貴様の武器だ。心臓を切り裂くことができた以上に、それでもなお、壊れもせず、歯零れ一つしていないとは」

 地面に置き去りにされた黒い大剣イザナミは傷一つない黒い刀身を誇るかのように存在していた。呪詛の塊である純血の吸血鬼の心臓は普通の武器では貫けないとのことだった。が、それをこれは斬り裂いたのだ。普通の武器では無い。

 それにあれだけ暴虐の限りを尽くした剣に傷が毛ほどもない事体おかしい。

 「ハッ!コイツが欲しいのか?ヤらねーよ。こいつはあらゆる干渉を受け付けず、拒絶する性質がある剣らしい。もらいもんだから詳しいことは知らねぇよ」

 苦しげに語る進。噛まれた首筋に手を当てる。彼も信じらないと言いたげに傷をさする。

 「そうか、なるほど。だが、そんな魔剣であっても心臓を破壊することはできなかったようだな。心臓をこの世から消滅するほど破壊しなければ、吸血鬼は死にはしない!!断つことはできたが、消滅まではいかなかったようだな!あひゃひゃひゃぁ!!」

 悔しい。ただ、ただ悔しい。あれだけ進が奮戦した戦いを愚弄(ぐろう)された気がした。どんなに頑張っても、もともと進に勝ち目がなかったということだ。吸血鬼の呪詛。それをこの世から消し去る道具など持っているはずがない。

 「呪いを斬ることはできるが、常に流れてくる水みたいに斬ってもなお、溢れ出てくる呪詛なんぞは斬っても意味はないって・・・ことか。勉強になったよ」

 「勉強だと!?笑わせる。小僧、貴様はこれから私の下僕となり、魂の安息すらないと思え!!」

 「じゃあ、十分、気を付けろ。テメェの喉笛いつでも狙ってや・・・る?」

 諦めたかのように悟る進に変化があった。語尾の疑問形変化だけではなく、まるで信じられないモノを、いや、妙な変化を見る目にもなった。

 私もその視線を追い、ある一点を目撃した。あれは何?

 「ギャヒャヒャ、どうしてやろうか!?まずはその・・・。どうした、貴様ら何処を、何を見ていのだ?」

 悦に入っていたために、私たちの呆然の視線にようやく気が付くドレイク。

 よく人は感情の起伏が激しいとその間にできた傷に気が付かないことがある。それがアドレナリンの大量分泌のためか、それ以外のことに集中しているかなどの理由はさておき、それを人は目に入らないという。つまり、目に入れば気が付くのだ、その傷に。

 

 ドレイクは目に入れた。視覚に自身の心臓が収まっていた場所が異質に膨張している光景を。


 「な、なんだゃ!コレはァァッ!!」

 目を剥いて変化を受けいれてしまったドレイク。

 それに反応するように、次第にかつ急速に、部分肥大化は全身へ広がる。やがてそれは黒ずみ、毒々しい毛細血管を浮かび上がらせる。

 見ているだけで吐き気がこみ上げた。口を塞ぎ、目をそらしたくてたまらなくなった。だが、目をそらすことを防ぐように、さらなる下品な変化を起こす。

 「なぜだ!何で!なぜぇだ!!!貴様か、小僧ォォォォ!!」

 ゴボゴボと口から大量の黒ずんだ液体を吐き散らしながら、ゆっくりと這いずり近づいてくるドレイクに、

 私と進は後退(あとずさ)りする。進の方も訳が分からないと言った表情で、事態の把握に努めているようだ。

 「貴様っ!!きさまっ!!!ギザ・・ぁマ・・・。・・・まさか・・・」

 認めたくないが、私とドレイクは共通の答えに行き着いたのだろう。この異常の原因に。

 原因は血だ。進の血だ。血液の凝集元の違いによる拒絶反応にあのような細胞異常はないだろう。そもそも血を吸う魔族である吸血鬼にそんな反応が一々起こらないはずだ。血の定義に関して人間を超える者たちだからこそ、それはあり得ない。

 「吸血鬼に拒絶反応などない・・・これは我々の血が、小僧の血に・・・“負けている”」

 血にガソリンが混じれば大変な体調変化や下手したら病気になるように、不純物が入れば当然、なんらかの反応が見られる。しかし、吸血鬼はその優位性からそれを自身の強い呪いという力で己の色に染めあげて、己のモノにできる。

 だが、その呪いよりも強い“何か”であれば話は別だ。それをドレイクは「負けている」と表現した。

 「小僧、貴様は何だ!? 言え!お前は人間ではない!! ならば“何だ”!!!」

 「知らないし、どうでもいい。俺は木の股から生まれたんだ」

 人ではない。それについては今さらだというべきだが、血の化身ともいうべき吸血鬼すら犯す“血”を持つ存在などいるのだろうか? 私の知識では回答までは至らない。至るとすれば、吸血鬼自身。

 「!! そうか、そうだったのか!? 貴様は、そうか、“奴ら”の!!」

 やはり答えを出したのはドレイクだった。狂気の形相で息を荒げて、行き着いた答え“奴ら”とは一体?

 「どうでもいいと言った」

 ドォン!! と一発の轟音が思考を(さえぎ)り、ドレイクから口を奪う。

 進が銃弾をドレイクの口目がけて打ち込んだために、ドレイクは舌と下顎を失った痛みで悶絶して転がり回っている。敵対の意思を示した私でも可哀想に思う。進、(ひど)いです。

 進は目が据わって、口を嫌悪で歪ませ平坦な口調で断言する。 

 「今さら、誰がテメェの言葉を信じるかよ。それが本当だとしても、他人に暴露されると負けた気がするからな。俺はネタバレが嫌いなんだ」

 今度は肉体の限界を超えたかのように、ドレイクの体が先ほどの肥大化と打って変わり、徐徐に干からび、塵になってゆくその塵もこの世に居座ることを許されないかの様に消滅してゆく。

 ドレイクは声を失い、遂に体を失ってゆく。だが、目だけは怨恨を残し、進を睨めつけている。まるで、祟り呪い殺すために、呪いをかけるように。

 進はドレイクの元まで歩み寄り、倒れたままの彼のそばでしゃがみ込み、手を差し伸べる。

 決死で戦いあった者同士を(たた)え合う感動の場面、になりそうな光景だったろうに。進の左手に銃が握られていなかったら。

 銃をドレイクの顔面にゼロ距離で突きつける進は悪意に満ち溢れた皮肉な笑顔で呪を吐く。

 「勝手に自爆して死ぬなんぞ、許すか。じゃあな、俺を呪いながら死んでいけ」

 待て!! と言うように目をカッと開いたドレイクに躊躇(ちゅうちょ)せず、マガジンに詰めた弾丸を全て叩き込む。

 連続した轟音が成り止んだ空間にドレイク・V・ノスフェラという存在は消えていた。彼の体の塵すら残らず、無くなっていた。

 私の人生を狂わせ、闇を支配していた純血の吸血鬼が、この時、消滅したのだ。

 「後悔はできたかよ?ドレイク」

 静寂が満ちる空間に、彼が倒したとは言い難い結果の表れのように、感情のこもらない進の声が響いた。


 「お嬢様」

 まだ、終わらないのか。と思って振り返った先には、さきほど私を助けてくれたメイドがいた。

 「あなた・・・」

 「ご安心してください、カーネルさま。旦那さまは・・いえ、ドレイクはその呪いと共に消滅しました。もう復活することは無いでしょう。これでもう、お嬢様は・・撫子ちゃんは自由よ。本当によかった」

 「一体、貴女は・・・」

 「友達になりたいの」

 「!!」

 友達になりたいの、 その言葉を言ってくれたのは人生で唯一、たった一人。

 私が真実を話してしてしまったがために殺されてしまった友達、高橋 花。“花ちゃん”だけだ。

 「は・・花ちゃん!? でも花ちゃんは・・・」

 「やっと、気が付いてくれた」

 とろけそうな笑顔を見せる彼女の体は徐々(じょじょ)に砂のようになり、崩れて行く。

 突然の現象に言葉を無くす私の隣に進が歩み寄ってきた。彼は現象の正体がわかっているようで、重たく口を開く。

 「体の各部が別人のモノだな。始めて見たときは信じられなかったが、複数の死者の体をツギハギにして、呪いで縛り上げた魂を入れて使役する死霊術の一つか。しかも入れられてる魂は一つじゃないな。ドレイク(クソジジイ)め、趣味がどれだけ悪いんだ」

 進は続ける、花ちゃんは消えゆく。私は聞くことと、視ることしかできない。

 「たぶん使役者であるドレイクが死んだから、体と魂を繋いでいた力が消えたんだ。砂化はそのせいだな。長い間仕えていた血を分けた下僕たちも同じように、砂になっているんじゃないか?」

 話に割って入る進にツギハギの少女は頷いて答える。体の三分の一ほどが砂化しており、声を出すことが出来ないようで頷くしかないようだ。

 それでも花ちゃんはほほ笑んでいる。

 体はどんどん砂になってゆく。私は急いで這いつくばって、その砂をなんとかしてかき集めようとするが、砂は風に乗ることもなく消滅をしてしまう。

 花ちゃんはゆっくりと首を横に振る。もういいから、と。

 「よくない!!よくないよォォ! やっとっ!!やっとォォ!!」

 泣きじゃくる私を手でなだめようとしてくれたが、花ちゃんの手はもう無くなってしまっている。

諦めたように肩を落とし、進の方へ頭を下げる。

 「礼なんていらん。ただの仕返しだったからな。おまけみたいなもんだ」

 なんでもっと早く気が付かなかった。顔は確かに花ちゃんのモノでは無かった、たぶん別人の顔なのだろう。それでも何故、判らなかったのか。さきほどは仕草で花ちゃんと判りかけていたのに。

 遂に足と下半身の全てを失った花ちゃんは地面に落下しそうになり、慌てて私は彼女の体を抱き止める。その体はあまりに軽かった。

 「ごめんなさいっ! 私があなたに話してしまったばっかりにっ!」

 再び横に首をふる彼女の顔には恨みの感情などはなかったが、困った顔をさせてしまった。

 進は私の頭をダメだしのように軽く手で(はた)く。

 「お前は馬鹿か。お前の友達以外の魂はもう苦しみで絡み合い過ぎてただの呪いの塊になってる。そんな怨嗟の嵐の中を、お前を思って正気を保ち続けた奴に、お前は謝罪することしかできないのか?」

 思えば、私は謝ってばかりだ。謝り癖が付いてしまっているのだろう。

 進の言う通りだ。私は最高の友達に謝ることしかできないのか? 死してなお、身守り続けてくれていた彼女にそれは酷だ。でも、なにを言えばいいのか。それすら判らない私は完璧など程遠いのだろう、完璧淑女など言われる人間ではないのだろう。

 言葉は端から決まっている。

 「ありがとう・・・ありがとう、花ちゃん。友達になってくれて・・ありがとう!」

 語尾など涙で言いきれたかどうかわからない。言葉が伝わったかどうかなどその人の表情で判る。

 それは最高の笑顔。あの時に見たお日様みたいな(まぶ)しい表情。

 

 月明りが私たちのいる場所を照らす。

 そこにいるのは二人。

 床とはもう言えなくなった瓦礫の上に倒れ込み、真上の月を見上げる男と。

 わずかに残った砂を力いっぱい抱きしめ、泣き続ける女。

 二人は、砂が無くなるまで月明りの下にいた。最後の一粒が世界から消え去るまで。

 

                                      エピローグへ

 書き始めて、二か月・・・・俺、やることが遅いよ。

 誰かの目にとまれることを祈ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ