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con-tract  作者: 桐識 陽
1:完璧に作られた女子高生と魔王がいたらこんな奴
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4、化物たちの舞踏会


 4、化物たちの舞踏会


 ふざけやがって。

 夜の森は野獣の宝庫だが、この森にどんな猛獣が住み着いていようが今夜は恐怖で出てこないだろう。

 今夜は雲ひとつない月明りがさす夜だが、この森はそれすら寄せ付けぬ宵の色。

 人の目が利かない闇の中を(あか)い光が疾走する。

 それは爛爛と輝く二つの瞳、瞳の保持者は先ほど聞かされたふざけた話が頭の中で再生される。

 (ドレイクは数百年生きた古い吸血鬼でしてね。彼はその長い年月の果てで、ある趣向を考えたようなんですよ。ん~、もしかしたら暇だったのかなぁ?)

 森を駆け抜けること数分、考えの最中を邪魔するように赤い目をした黒服の男たちが待ち構えていた。人数もそれなりの量を拵えてきたようで赤い光がちらほら見える。

 瞳たちはこの暗闇の中で俺を完全に捉え、口元には余裕の笑みすら浮かべている始末だ。多少、夜遊びができるだけでこの体たらくを見せた連中にはキツイお灸が必要らしい。

 俺はお灸など常備していないので、変わりといっては難だが剣と銃を引き抜く。

 (彼らにとって人の血というのはごちそうですが、味は千差万別らしくてね。おいしい者に出会うことはとても珍しく、難しい)

 甲高い鉄がぶつかり会う音と獣の咆哮の如き銃音が森に木霊し、支配する。

 (ならば作ればいい、と考えたようなんです。芳醇(ほうじゅん)で、爽やかな口に広がる芸術を。だが、人工物(クローン技術)モノは味気ない、やはり天然ものが一番イイ。なにより甘美な味わいがする血を持つものはいつの時代も完璧と呼ばれた魅力ある人間たちだったことが多かった。)

 黒い陰影が駆け抜けるたびに襲い掛かる赤い目の光は暗闇でその光を消してゆき、静寂であった森は唸る轟音と破砕音と悲鳴が鳴り響く。

 いくらか時が過ぎた時には再び静寂の戻った森に赤い光は無くなっていた。いや、二つだけ紅い光が残っているだろが・・・ 

 (作り上げるというならば若くなくてはならない。ただし、無垢であり、なお()つその者に自分に歯向わないように人格形成を(うなが)し、従順になるよう恐怖を理解できる年齢で、かつ女性。ならばどこからか将来性のある人間の子供をさらい、完璧な人間へと成長させ、大人と子供の性質を併せ持つ10代後半になるくらいまでに理想の存在への育成をする、いや飼育する)

 殺戮が行われた森を抜けると唐突にまばゆい光で包まれる屋敷が姿を現す。

 (そんな趣味の悪いターゲットに選ばれたのが九重 撫子さん。当時6歳だった彼女は両親を無残に目の前で殺された挙句に連れ去られ、そのままドレイクの見立てどおりの娘になっている。)

 目ざわりなほどに光り輝くその屋敷の扉はなにか結界のようなモノが貼ってあって通行禁止になっている。(しゃく)だが、アイツの推奨した登場の仕方しかないようだ。

 (そんな彼女が今夜のパーティーでついに養父さまの認められ、食べられてしまうと情報が入ったんですよ。ああ、10年以上を恐怖と孤独で耐え続けた女の子が、すべての希望を根こそぎ奪い取られ、ただ、ただ喰われる)

 劇的な登場のパーティーは嫌いじゃないだろうと、乗ってやることにする。

 (キーッ!そんな理不尽、許せない! と立ち上がるものは誰ひとりいない。なにせ、彼は政財界のビックネーム。彼を倒せば人間の世界にも裏の世界にも大変な影響が起こる。だから誰も手を出せない。なによりそんな遊びをしているなら人間に害は少ないて済みますし~。あ~あ、すべてあの吸血鬼の想いのまま・・)

 四方形の建物の屋根にはなぜガラス張りの天井が多いのだろうか? 真上から丸見えだぞ?だが好都合だ。

 (そんなの、許せないと思いません? 美少女は世界の宝ですよ?)

 終始一貫してふざけた口調だった情報屋の情報どうりのようだ。あの髭オヤジが高笑いして、なぜかあの女は狂ったような笑みを浮かべている。

 (そんなのぶっ壊してやんよとか、思いません?)

 「ああ、ぶっ壊してやるよ。胸くそ悪いからな」

 俺は強化ガラスを蹴り破り、重力に身を任せて会場に登場した。

 着地までの間に、俺は会場の主役になっていたようだ。着地と同時に3人の黒服、警備員が人外の力を持って取り押さえんと正面から飛びかかってくる。

 俺はすかさずに右肩から飛び出している剣の柄を掴み、右肩から左真横に抜刀、いや抜剣。

 黒い軌跡に沿う形で急激な方向転換を強いられた人ならざる警備員たちがただの肉塊になりながら吹っ飛ぶ。肉片と血飛沫は近くで棒立ちしていた客らに降り掛かるが彼らは微妙だにしない。未だに事態が整理できていないみたいだな。

 あまりの高速で締めくくられた前座のせいか静寂が会場を包み込んでいた。おっと、これはイケナイ。楽しい舞台で需要なのは盛り上がりを誘発するユーモラスと小粋な冗句、これは必須だ。

 「会場の皆々様ぁぁッ! お待たせいたしました」

 ふざけた口調で開幕の宣言の途中に、俺は薄気味わるい笑顔を張り付けながら驚いている撫子を見つけた。

 予想どうり死ねると判って喜んでいやがったな、あの女。まあ、あいつは次いでだ。

 「これより始まるは終幕の宴。人数限定! 種族限定!!世にも薄気味悪い解体ショー」

 「今夜は殺戮舞踏会(吸血鬼狩り)だ。まあ、後悔しながら最後を楽しんでくれ」 

 開幕宣言に俺は静寂を打ち破る銃弾を目の前の客の男にぶち込む。男が無残にも殺害され、やっと生まれた混乱は電波し、会場は大盛り上がりを魅せた。さあ、逃げろ逃げろっ。怖い魔王が首を刈るぞwww

 自らが逃れんがために、倒れた者すら踏みつけ、我先に脱出しようとする客たちが統一性皆無の縦横無尽に行き交う会場で、俺は目標を直視する。

 その会場で唯一、俺を真っすぐ睨む男を。

 あの不意打ちくらわせてくれたクソ吸血鬼、テメェだけは許さねぇ。お前が見下してる“人間の”恐ろしさを判らせた後で、後悔させてやる。

 と、思っていたが、その前に俺に挑戦してくる空気の読めない奴らがいるようだ。吸血鬼なんて強力な化物に簡単になってしまったために、自分が“強い”と、他人より優れていると勘違いしてしまった哀れな半端モノたちが地を蹴って襲い掛かってきた。


 視点回帰


 ――――どうして。

 黒いすべてを拒絶するかのような横一線が(ひらめ)く。無謀なタキシードの上客が原型を留めることなく上半身を粉々にされた。

 ――――どうして。

 その黒い線に触れた者たちは体が体であることを否定されるかの如く、二つに分断される。

 ――――どうして。

 その後も彼に立ちはだかる者どもは数多くいたが、彼を止めることすらできず無残な姿に変えられる。ある者は斬断され、あるものは体に風穴が開通し、ひどい物は肉片となってしまう。

 ――――生きていてくれた。それだけでよかった。よかったのに。

 それはまるで嵐、彼を阻む全てを粉砕する凶刃だ。拒絶の旋風は未だ衰えず、苛烈に放たれる凶弾は強風の煽りを受けたが如く吸血鬼たちの肉体に突き刺さり、時に苦痛を、時に死を与える。

 その危険を認識したほとんどの客たちは逃げ惑い、外に逃げ出す。さすがに身体能力が高い吸血鬼のためか会場から早く人気は失せる。

 全員で襲いかかればいい、と考えた者も中にはいただろうが、いかに夜の支配者、吸血鬼といえど全員が戦闘に特化している訳ではない。技能がなければただの一般人なのだ。なにより吸血鬼を一刀の元にいとも容易く殺害する常識外の人間の放つ殺気が凄まじいことも決め手の一つだったのだろう。

 ―――――そのまま逃げてくれればよかったのに!どうして?なぜ?

 今まで客を逃がしていた警備を任されていた黒服の吸血鬼たちがようやく進へと向かう。

 さきほどまでの手心のないもの達ではない、正真正銘の戦闘に特化した者たち、ドレイクの親衛隊だ。手に握られているのは警棒のみ。だが彼らの並々ならぬ力で振るわれるそれは人体を軽く肉片に変えるはず。その数4。

 彼らは進にそれぞれ別の方向からオリンピック選手もびっくりのスピードで襲い掛かる。

 進は彼らに銃弾を放つようなことはせず、あえて大剣――――イザナミを肩に担ぎ、堂々と仁王立ちで迎え撃つ。唇は皮肉に歪められている。

 彼らは連携を持って襲撃をかけるために散開、一人目の巨漢が進に真っすぐに突進の勢いのまま打棒を打ち付けた。大剣よりもリーチが短く、切り返しのスピードも上。だというのに進はその速度に合わせて大剣でそれを防ぐが凄まじい勢いだったためか進も両手を持ち手に使い、若干仰け反る。だが、それはフェイント。進の両手がふさがると同時に左右真横と真後ろに残りの三人が現れ打棒を振り上げた。進は一人目の競り合いの最中で動くことができない。三方向からの攻撃を防ぐ術はない。

 はずだったのだろう。だが、三つの攻撃は空を打った。

 目標であった進はそれまで競り合っていた一人目の巨漢をそれまでの競り合いが嘘であったかのように一瞬で前方へ吹き飛ばし彼の位置に身を置く。武器が空を撃った驚きに身を固めてしまった他三人の隙を振り向きざまの勢いを乗せた鋭い横一閃が放たれる。あまりに鋭さだったためか上半身と下半身が断たれることなく、その場で崩れ落ちた。

 会場は再び静けさを取り戻す。会場は赤い色がメインになった装飾がなされていたが、現在はさらに赤黒い血で拭き点けられ、肉片が飛び散る地獄絵図状態だ。

 今まで数十人がひしめいていた会場で立っている生物はたった3体。私と進と、私の横で手を叩くこの人だけ。乾いた拍手が広い空間に木霊する。

 「ふむ、なかなかに面白い前座だった」

 やる気のない間延びした拍手を鳴らす養父―――ドレイクだけだ。

 「それは良かったよ。オ・ト・ウ・サ・ン」

 「人にしてはなかなかやる。騎士団の人間か?それとも何処かの魔術結社(マジック・キャスバル)の手の者かな?」

 「生憎と孤独を愛する一匹オオカミでね。それに団体行動は好きじゃない。仲間意識にやられて性根が腐りそうになるんでね」

 まるで友人同士のように気さくに話す二人だが、違う。二人とも目が笑ってない。養父に至っては目が血走っている。怒りをこらえているようだ。進は不思議と楽しそうなのだが、戦闘が門外漢の私にすら感じる殺意を全身から放出している。

 この二人の間に割って入るものはいない、というか関わることを拒絶したいと感じるはずだ。だが、私には言わねばならないことがあった。

 「どうして・・・です・・か」

 「あぁ?聞こえないぞ」

 「どうしてですかっ!!」

 「どうして、来たんですか!?生きてくれていたのは嬉しいっ!どうして逃げなかったんですか!!」

 私はなぜか涙を流して叫ぶ。答えをどこかでわかりながら、でも叫ぶ。なにより私は!

 「助けてくれなくていいんですよ・・・!死にたいんですっ!これでやっと終われるんです。こんな最低の、皆を騙して生きてる女が生きてちゃ・・いけないんですよ」

 「あ?」

 「私のせいで死んでしまった人がいるんです。私のせいで・・お父さんと・・・おかあさんも・・。私、もう辛いんです!もう、生きていたく・・なんて・・ない・・・」

 涙がボロボロと零れる。私が選ばれた理由と動機は養父から聞かされていた。完璧を求める理由も。最初は反発できただろう、だができなかった。生きたい、死にたくないと願っていたためだろう。

 そのせいでどれだけの関係のない人たちが犠牲になった。私が始めに拒んで・・・いや、私がいなければどれだけの人が助かったのだろう。

 そう思うようになってから私は死を望むようになった。それだけを目標に、喰われるその日を夢見て生きるようになった。

 うつむく私は視線を感じる。この粘つく感覚は養父だ。養父は私を見て笑っている、そんな感じがした。

 「残念だったな、少年。撫子はこう言っているぞ、助けなんていらない、と。損をしたようだな」

 「本来なら撫子には純粋に心の奥底から私のために命を差し出すくらいにはなってほしかったのだが・・・まあ、十分だ。この娘は人間ではよくできた存在になってくれた。これなら甘美な味わいになってくれている」

 養父は私の顎を上げ、顔を吟味するかの様に顔を接近させる。彼の紅の瞳が私のすべてを見透かすかのようで視線を背ける。が私の心は筒抜けていた。

 「彼を助けてほしければ判るな、撫子」

 彼の求めるのは純真な心、私に完全な屈服を、本心から身を捧げろ、と。

 それだけではない、進にも謝罪を求めるはずだ。彼は折れてくれるだろうか?と視線を彼に向け――――


 「・・・うまいな、この肉・・」

 

 小さな丸い形のテーブルに腰かけ、骨付き肉に夢中になっていた男がいた。

 「進ィィィィッィィィィィィィィィィッィィィイィィッィッィィンっ!!!!!!!!!!」

 私は生まれて初めて怒りを爆発させる。感情が爆発した感覚を理解した。もうこのまま世界の中心をぶっ壊してもいい!もう壊れろ!生まれてはじめて理不尽な怒りから大声を上げた。憤激と激怒が悲愴感を吹き飛ばし、血管が引き千切られる感覚と目が吊りあがるのがリンクする。

 「なんだ、ほしいのか?」

 「違ぁぁぁぁぁあぁぅうう!!」

 なぜか目から涙が出てきた。ドレイクに至っては呆れた表情となにか不思議な生物を発見したような目になっている。

 「泣くなよ・・・、やるから。あっ、もう無い」

 なんだその可哀想な泣きじゃくる子供に疲れ果てた父親みたいな表情はっ!!!しかもお肉ないっ!何よりこれまでの会話がぶち壊された! しかも、あの山もりに積み上げられていた肉を全部!?

 「ゲップっ。まあ、お前らの話しがあまりにつまらなく、どうでもよかったんでな」

 「聞いてください!私は」

 「お前、まだ金払ってねぇだろうが」

 「はい?」

 お金?

 「お前は俺と契約しただろう?」

 「け、契約なんて」

 したか?したっけ?しましたか?

 疑問が疑問を呼ぶ。私なんだか混乱してきた。そこに入る横やり。

 「ならばその金額を払えばいいのかね?」

 養父はもう疲れ初めているのかもしれない。言葉に段々やる気が欠けてきている。頭痛すらあるのか、人差し指でこめかみを押さえている。

 だが、このまま行けば進は助かる可能性も・・・

 「それは無理だ」

 可能性を破壊する天才なんですか、あなたは。

 「契約内容は、ドレイク、あんたの殺害だ」

 人差し指で狙いを定めて目標を指定する進。

 「まさかこれから殺す相手から金はもらえねぇよ」

 クツクツ、と笑う進。何が楽しいのだろうか、あなたは自分から死刑台に飛び込んだというのに。

 養父の顔が怒りの表情に変わる。ここまで人間に、下等生物と見下してきた存在にコケにされたことはないのだろう。

 「それに女。だいぶ勘違いしているようだから言っておくが」

 「俺はお前を助けにきたんじゃない」

 進は腰かけていたテーブルから立ちあがる。

 「俺に不意打ちかけたクソ野郎に“人の恐ろしさ”を教えに来たんだよ。残業代も出ないのにも関わらずだ」

 最後の一言を閉じるが如く、俊速でコートから銃を引き抜き、ドレイクに向って引き金を引く。

 刹那で相手に届き、体に無理やり異物が吸い込ませる兵器が轟音を掻き立てた。

 だが、放たれた銃弾はドレイクの肉体に届かない。銃弾は彼が顔を覆うようにかざす手の指と指の間で撃たれた銃弾三発を挟み、加わっていた螺旋回転を一瞬でかき消す。

 高速で射出された弾丸指先で止める存在。吸血鬼とはどこまで常識はずれなのだろう。

 「私を殺しにきた、ということか。愚か―――」

 愚かな、と発言するはずの彼の頭上に落ちてくる影がそれをさせない。顔を手で覆い、見えなかった彼とは違い、私の位置からは一連の流れが目視できた。

 進が銃を使用した瞬間、空いている左手で“それ”を掴み、ドレイクの頭上へと投げつけたのだ。

 “それ”の正体はテーブル。投げつけられたテーブルは放物線を描いて目標へと迫った。

 でも、やはりゴミを払うが如く振られた腕により粉砕された。つまらなそうなドレイクの目が見えた。曲芸の終わりか、はたまた・・・。だが、次の芸が突如、出現する!

 粉々にされたテーブル(木製)の影から黒い柱が突出。

 黒い柱がドレイクの胸を貫く。黒い柱───大剣イザナミがその存在を主張する。

 進は見事なまでにドレイクの懐に潜り込み、剣の中ほどまで深く貫いていた。

 「愚かはどっちだ?易い手に引っかかりやがって」

 進は銃弾が防がれることなど判っていた。実際の目的は顔面狙い視界を若干奪い、計算されたタイミングで放ったテーブルでさらに行動に制限、さきほどの吸血鬼たちを凌駕するトップスピードで駆け抜け、剣を突き立てるため。

 大剣が生えた場所はやや中央より左胸部、心臓の位置だ。人間でも吸血鬼でも心臓は損傷すれば死に直結する重要器官。脳と心臓は吸血鬼といえど例外では────

 

 「で、終わりと思うかね? やはり愚かなのかね?」


 ない────はずなのに。ドレイクの浮かべる表情はない、無表情だ。だが、決して瀕死の者がする顔ではない。

 ドレイクは腕を乱暴に払う。それを顔面に受けた進は右真横へ、それこそ弾丸のように吹き飛び壁に激突する。

 振り切る過程が見えないほどの払いに込められた力を表すようにコンクリート性の分厚い壁は粉砕され、粉塵が撒きこる。

 ドレイクはその粉塵へ向かって胸に刺さったままだった剣を引き抜くと、左手で逆手で剣を握り込みそのまま、振りかぶり、のち投擲。投擲された剣は風圧で煙幕を払いのけ標的が出現、的である進へと襲いかかる。

 間一髪、首を左に捻った進は剣をギリギリ回避するも、掠めた肩から血液が噴き出す。顔をしかめる進からは焦りはないが、失敗した自責の念を感じる苦笑が入り混じっている。

 「ハッ、言い返せないな、吸血鬼なんて化物に常識を望んだことが間違ってたよ」

 「なら愚かさを噛締めならが死ぬがいい」

 ドレイクは進の命を奪うためにゆっくりと歩き出す。絶対的な力と恐怖を纏った貫禄を引き連れて。

 「やだね、最後ぐらいは自分の好みのロケーションが・・いいんでねェ!!」

 歩みを阻むには(いささ)か押しの弱い銃弾が放たれる。弾丸を素手で止める動体視力を持つ吸血鬼に銃など。と思われたが、狙いが違った。

 目標は天井、そこにぶら下がるシャンデリア。

 付け根と補助具を破壊され、無駄に豪奢で巨大なシャンデリアは重力に引かれ地面へと激突する。その質量と落下の衝撃で起こった破壊は地面を砕くのみならず視界を奪う煙幕を発生させる。

 「キャアッ!!」

 私は地面の振動と粉塵をまともに受け、立っていられなくなるだけでなく、浮遊感が襲いかかる。私は地面に吸い込まれ───ずに、そのままあろうことか会場となっていたホールから飛び出し、長い廊下へと出てしまった!?そんな馬鹿なっ!

 答えは簡単。吹き飛ばされたわけではなく、進が私を左脇に丸太みたいに抱え込み、廊下を激走しだしたためだ。

 「おいっ!(けつ)っ!」

 「尻ってなんですかっ! せめて名前で! 名前で呼んでくださいっ!」

 現在の姿勢は荷物みたいに抱えられているために頭は後方の位置にあるため進からは私の顔が見えない。だから視線的に私の尻・・・いえ臀部(でんぶ)に向かう形なのは理解するが、人から尻と呼ばれたくはない。それに私・・女の子・・なのに・・。

 そんな私の心の叫びを察することなく、速度を落とさずに息切れもせずに私へ質問してくる。

 「心臓って普通、左胸に収まってるもんだよなっ?」

 「え? はい。心臓は左右の肺の間“縦隔”に収まって、確かに左に。真ん中よりやや左気味が正確ですけど、人によっては・・・」

 確かに中央よりやや左にあるというのが常識、例外も実際に奇形や構築の違う者は確認されているが、それは人間の話。吸血鬼は根本的に何か特別なのかもしれない。

 「右にある?」

 「いや、たぶん違うな。そんな次元の話じゃないな」

 聞いておいて自己解決ですか・・・

 「あいつを剣で突いた時、全く手ごたえがなかった。肉をえぐった感触すら無く、まるで空気を切ったような・・・」

 ただの肉の塊では動物というものは構造学的に動かない。そこに神経、臓器、なにより栄養と酸素、血液などがすべてが関わってこそ生物というのは動くのだ。特に血液を体に巡らせる役割の心臓は古くから魂の代名詞とされるほどの特に重要な中腔器官だ。

 「それにな、剣を引き抜いた後にあいつが血を見たことあったか?俺の剣は少し特殊だが、血が全く付いてないってのはオカシイだろ?」

 確かに進の大剣はその幅だけでなく厚みも相当ある。そんなものが貫いた時点で血を見れるはずだ。血管を傷つけなかった?いや、無理だ。大動脈に当たらりこそせずとも細血管と毛細血管などが体中を巡っているのだ。

 私は考え沈黙していたが、おもむろに進が口を開く。

 「吸血鬼ってのはある意味“呪い”らしい」

 「呪い?」

 「殺されることも、死ぬことも許されない。この世と血に束縛の呪いを受けて誕生し、永劫報われることがない存在」

 進はまるで誰かの言葉をそのまま言っているような口調で説明する。言葉に悲しみと、遠いなにかを求めるような声で。

 「強すぎる吸血鬼は、魂ともいえる血、それ自体に呪いを刻まれるらしい。しかも、そういった奴らは体の構造根底から違う。たとえば」

 「心臓がない?」

 「いや、それはない。奴らにとって血を循環し、送り出すという意味で象徴的な存在、魂だ。それが無いってことはありえない。だからこそ、そこが破壊されれば吸血鬼は死ぬ。その呪いを吸血行為中に血液中に送り込まれただけの倦族なんかは肉体構造なんて変わらないから脳を破壊されるか、首をかっ飛ばせば、絶命はする。だが、元から吸血鬼の奴は呪いの中枢である心臓を破壊しないと死なない」

 この人と知り合って間もないが、こんなによく喋る人ではない気がする。もしかしたら動揺しているのかもしれない。この説明も自分自身の知識の確認のために行っているふしがある。

 だが、同時に気が付く。ここまで異様な知識を多く持っているのだろうか?

 「・・・どうしてそんなに詳しいんですか?」

 「・・・昔、吸血鬼と戦ったことがあってな。その時、聞いた。ま、ボロ負けしたがな」

 進の表情は見えない。その声は喜びも悔しさは感じられない。あるのは深い悲しみ。でも、それは一瞬で消えたが、その雰囲気に私は何も聞けなくなってしまった。

 その表情に見惚れたのかもしれない。

 「だから、判る。アイツは雑魚だ」

 「雑魚って───」

 絶句しかけた。あれだけの存在を雑魚とは・・・。

 言いかけた言葉は私の視界が捉えた“点”を捉えて止まった。点は段々大きくなる。いや、違う。あれはっ!?

 「進!っ前!」

 「あん? お前的に前?俺的に前? どっちだ?」

 「私から貴方の前は見えません!!」

 泣きたくなるようなツッコミを入れている間も“点”は・・・いや“柱”は猛スピードで接近してきている。

 進も後方を確認したようで舌打ちし、顔を若干引き攣らせる。進は速度を維持したまま右横にずれると、長く太い棒が真横を通り抜けていった。 

 私たちに数本の点が迫っていた。たぶん屋敷の装飾品である柱だろう。ドレイクはそれを投げ付けているのだ。

 次々と放たれる支柱を逃れるべく、速度を上げて走り出す。その間にも、多くの大理石の柱が投擲され、各所に突き刺さる。

 縦横無尽に駆け走り、柱を避ける進だったが徐々に疲れが見え始める。柱の猛攻は収まらず、なによりこの廊下は長いためだろう。

 「おい、どんだけ長いんだ!この廊下っ!」

 この屋敷は東京ドームも入り切りそうな広大な敷地の中に建てられているこの来客用のホールは巨大な内部構造になっている。大抵、この場所はパーティや晩餐会だけに使われていた。地下室まであるという話を養父とお客の会話を聞いたことがある。

 だが、永遠に続くというわけでなく、もちろん終わりは来た。

 柱を避けること数回、やっと広い空間、玄関とは反対にある広いロビーに出た。

 「・・・ここでいいか」

 「戦うんですか?」

 ここを戦場と決めた進に私は震えながら尋ねる。あんな化物と戦うなんて・・・

 「言ったろうが、俺はあいつを()りにきたんだ」

 何度も決意を聞いてくる私に若干、怒り気味に返事を返してくる。でも引けない。

 「・・・勝つ方法、あるんですか?」

 「あ?」

 「あんな強い化物に!勝つ方法があるんですかっ! 弱点の心臓もどこにあるかわからない!どこから来るかわからない瞬間移動もできるのに!?」

 「はぁ?瞬間移動だぁ?」

 「明確には瞬間移動では、ないのだがね」

 私と進以外の声が急に現れる。声の発生地点は────進の真後ろ。

 進は身を屈める姿勢をとると、彼の頭があった位置に手が現れる。進がそうしなければ彼の頭から手が潜り込んでいただろう。

 低く屈んだ姿勢から左回りに旋回し、斬撃を繰り出す。剣線はドレイクの胸元を横一文字に裂いた。現に体が二つに分断されている。が一秒ほどで切られた部分が繋がり、元どうりになる。衣服にすら傷が付いていない。

 「くそっ!」

 「空間転移、というものだよ。まあ、そこまで違いはないのだがね」

 次の瞬間、ドレイクの周囲の空間がぼやけると彼の姿を見失う。忽然と姿を消したその様はまさに空間転移。彼は次の瞬間、いや、それ以前にもそこに転移していたのだろう。ドレイクは私の目の前にいた。

 「っ!!」

 「声すら無くす事はないだろう、撫子。お前はこれを何度も見てきただろう」

 ドレイクは口元を釣り上げ、宣告する。

 「お前は私から逃げられないのだ。それを判っていながら、あんな小僧に助けを求めるとは」

 首をヤレヤレとでも言いたげに振るドレイクに振りかかる罵声が一つ。

 「どんな小僧だっ! クソジジイっ!」

 罵声とともに死を(いざな)う黒い剣線が高速の速度で生まれる。頭頂から股間まで縦に切り裂かれたドレイクはパックリと二つに裂ける。

 しかし、血を噴き出すどころか、体の中身をさえ見せず、ビデオの巻き戻しのように再生してしまう。 再生したドレイクはすぐさま背後にいるふてぶてしい小僧に裏拳で返答。

 カウンターで打ち込まれた鋭く、重い裏拳を避けることができないと判断したのか剣の腹で防御する進。が、打ち付けられた力は凄まじく広いはずのエントランスを横断するかのように弾き飛ばされ反対側の壁に叩きつけられる。

 衝撃に内臓をやられたか、無様に血を吐く進。それと対比するように優雅に余裕を持って振り返るドレイク。

 だが、両者とも表情は怒りと嫌悪に満ちている。戦意はどちらもみなぎっている。

 「まるで力量差を測れない、下品な小僧のことだよ」

 「ハっ! 小娘一人いじめて悦に浸ってる自分を棚に上げるなよ、オトウサマッ!!」

 こちらも負けじと口から溢れ出る血を腕で拭いながら口を減らすことはない。

 大剣を再び握りしめ、語尾を引き連れて部屋中央にたたずむドレイクの下へ駆けだす。

 進はすごいスピードで弧を描くようにドレイクの左側から剣を水平に構えて肉薄する、狙いは目に見えて判る、足だ。

 足を薙ぐ斬撃はかわされることは無く、受け入れられた。だが、例に漏れずに切り裂かれることなく蛇口から出る水を切ったかの様に剣は左に素通りし、水が流れ続けるが如くドレイクの足はすぐさま繋がり姿勢を崩すことすらできない。

 だが、それは進にとって判り切った結果だったようだ。進は流れる体を無理やり戻し、右側股関節から左肩を斜めに切り裂くため剣を雑に振り切るが、結果は同じく通り過ぎて終わった。

 その死に体へ向かってドレイクが右拳で殴りつける。

 進は顔を無理やり反らし、ギリギリの所で交わす。

 放たれた右ストレートからは衝撃波が生まれ、直線上にあった床が削り取られ、進の頬にまるでナイフに切られたかのように傷が走り、血を滴らせる。

 それでも怯まぬ進は、素早くドレイクの腹部に向かって鋭い突きを返す。

 それすら剣先を彼の左手掌で止められ届かない。逆に、再び右の拳が進の顔面を襲いかかり、寸前で首を傾けなければ死んでいただろう。劣勢は変わらない。

 ドレイクの攻撃は烈火の様に放たれ続ける。専門家から見たら目茶苦茶な振りなのだろうが、そこに込められた力はいとも容易く頭蓋を粉砕する凶器の拳、それが残像を引き連れるほどの速度で繰り出される。

 進はもう先ほどの余裕はなく焦りの表情で避けることに専念している。それもそのはず、腰や足を使わずにノーモーションからの攻撃なのだ。子供のケンカの様な乱雑な拳のはずなのに、そこに乗る力は一撃で自分の命を刈り取られてしまう威力を秘めている。

 だが、一歩も引かずに回避し続けた進に苛立ちが募ったのか途端に大ぶりの渾身の右ブロー。進は左回りに腰を捻り、かわした。進はそのまま必死の形相で体に加わる左回りの力に逆らわず、回転切りに移行しする。ドレイクの右肩から左股間にかけて斜めにイザナミを走らせようとするが、ドレイクの方はヤレヤレとでも言いたげな溜息の後に

 「いい加減にしてくれたまえよ」

 肩口に触れようというところでドレイクに剣を人差し指と中指を使って挟んで、止められた。

 進は驚いたように口を開き、私は目を見開き息を呑んだ。進の今の攻撃は私が見た彼の攻撃の中でも遅い方だったが、指先で止めてしまえるものではなかったからだ。

 ここで改めて思う。吸血鬼の長、ドレイクは本物の化物だ。その吸血鬼の伝説に恥じない力と巨大な権力を手にするこんな存在に勝てるはずがないと・・・。

 「チッ、クソがっ!!」

 悪態をつき大剣を指先から離そうとする進だったが、そこに込められた力が相当のものらしく引きぬくことに手間取る。

 なんとかして抜き、今度は先ほどより力を込めて先ほどの回転切りとは逆の軌跡を描かせ、左股間の外から右肩への斜めの()り上げる。それは進は焦りの感情の表れのようだった。

 「見苦しいな、熱くなって」

 ドレイクは今度は防ごうとせず、左腕を振り子のように左に振り切り剣を叩いて押し返した。その勢いに負けて体のバランスを崩した進の顔面を掴みあげ、今まで戦っていた部屋の中央よりの場所から左壁際に走り、進の頭部を壁に練り込むように激突させる。

 「言葉一つに感情的になり、自分の意見が通らねばダダをこね」

 そのまま引きずるように壁際を沿うように歩き出す、壁に埋め込んだ頭部を掴んだまま。

 「自分を見てもらえなければ、愚行で人を引きつけようとし」

 歩くたびにくぐもった苦痛の声がして、私は瞼を閉じ顔を背けた。見てられなかった。

 「そのくせ、苦痛と恐怖にとても脆弱だ」

 部屋を半周し、私がヘタリ座る壁際に到着するドレイク。そのまま、今まで引き連れていた進は壁から抜き取り、まるで事切れたかのような彼を開放するが、進は地面に倒れ伏しピクリとも動かない。

 「それでいて己より強い者、出しゃばる者に立ち向かおうとする」

 私の目の前に立ち、その圧倒的威圧感を放つ吸血鬼がこちらを見下す。

 「実に不愉快だ、貴様ら青二才を見ていると不快な気分を禁じえない」

 「相手の力量を測れん、貴様のようなガキは特にな」

 進はその視線を受けても動かない。まるで・・・

 「ふん、死んだか」

 恐怖に固まる私はその言葉でピクリと肩を震わせる。そこでようやく私の存在に気が付いたとでもいうようにドレイクがこちらに話しかけてくる。

 「撫子、まるであの時の様だな」

 「あの、時?・・」

 「お前のせいで死ぬこととなった少女のことだよ。いや、そういえばお前はあの瞬間にはいなかったな。持ち運ばせようとも思ったのだが、面倒なので首だけ持って帰ってきた幼きメスのことだよ」

 「っ!」

 浮かんできたのは、屈託な笑みをした初めてできた友達。あの現実を受け入れられなかった辛い時代に私を本当に救ってくれた少女。

 「あの少女もまた私に向かってきたのだよ」

 「!! そ、そんな」

 「この私の歩みを止めた挙句、お前を助けてほしいと願いかけてきた」

 私はそんなこと知らなかった。私の驚愕の表情が面白いのか顔に笑みを作り語りかける。

 「驚いたよ、私の正体には気が付いていなかったようだが、まさかお前が他人に気を許すとはな。私も調教が足りなかったと思い知らされたよ!ハッハッハッ!!」

 彼女は私の事実を知り、危険を承知でドレイクへ立ち向かったということだ。私はあの娘にドレイクが吸血鬼ということも教えていた。その危険性を知らせる意味で話した。誰にも話さないという約束をつけて。

 それなのに・・・私のために。そこまでしてくれていたのだ。あんな荒唐無稽(こうとうむけい)な話を信じ、それ以上に私のことを本当に想って戦ってくれていた。あの笑顔は本物だったことが素直にうれしく、諦めることには十分な幸福だった。

 「・ろ・・ください・・」

 「ん?なんだと?」 

 「殺して、ください」

 今度はドレイクが顔を歪める番だった。それは私が涙を流しながらも救われたような笑顔だったからだろう。それは見方によっては心から身を捧げる者にも見える。

 もう未練はない。これほど幸せなことなどない。私は本当の友達を手に入れていたのだから。

 私の言葉に満足したのか、ドレイクもほくそ笑む。

 「そうか・・・まあ、良いだろう。自分から身を差し出す、これも完璧に育ったというものだ」

 私は笑みを残したまま目を閉じ立ち上がる。すべてを許したかのように。受け入れたかのように。

 このまま私は死ぬのだろう。だが、もう大丈夫。怖くない、だって私は


 「だって、私は幸せだったんだもんっ。って言いたげな顔だな、オイ」


 瞼の外から怨念にも似た血の底から響くような声が聞こえた。

 ハッとなって瞼を開くと、そこにいつの間にか立ちあがった進がいた。

 進は顔を血だらけにして、今にも倒れそうなほどの出血をしながらも立っていた。

 首に手を当て、肩が凝ったように首をガキガキ鳴らしている。少し頭を上向きにしているためか黒い髪が垂れ目を隠している。だが、彼の禍禍しいほどの紅い目は怒りに満ちていると確信する。それほど低い声が口から、私が殺されるのではないかと思わせるほどの殺意がホール全体に放たれているからだ。

 「俺は映画を途中から見ても、大抵のあらすじは判る人間だからな、よ~く判ったよ」

 進、やめて。と言いたかった。だが、彼の言葉は止められなかった。止めてしまえばきっと私は殺される。

 「つまり、お前は最高の友達が自分のために頑張ってくれてうれしかった。だからもう、いい。幸せだ。ハッッッピーーーだ。これで迷わず逝ける」

 進は鼻に溜まった血を鼻息で抜く。

 「お前、つくずく最ッ高に最低な奴だな」

 「どんな喜劇だよ。とんだ駄作だ。アレだね、これが映画でお茶の間だったら視聴者はリモコンをテレビ画面に投げつけて、B級のポルノ映画を上映しだすだろうよ。俺が主人公だったらそんなヒロイン、切り殺すね、きっと」

 主人の怒りに呼応するかのように強く振り上げられ、漆黒の大剣が進の肩に掛けられる。

 「なんだぁ?あの気味の悪いぃぃ爽やかな笑顔はァァ。もう殺して?ハッハ~。凄いね、イマドキの娘さんは自殺願望旺盛でおられるようダッハハハっ!!!」

 見る人が見れば狂っていると思うだろう、だが違う。狂っているように見えるだけだ。本当は怒り狂っている。その彼の瞳がカッと見開かれる。

 「オイ、小娘ェェ!!!!!ふざけてんのかっ!!なんとか言ってみろォォ!!!!!!!」

 「わ、わたしは・・・」

 「声がっ!小せえぇ!」

 「わっ!私はもうイイんです!」

 彼の怒りに釣られるように私はめいいっぱい声を張り上げる。心の檻を破るかのように、心中を吐露するように。

 「もういいんです!私が生きてると周りに人が不幸になる!そんなのもう嫌っ!死ねば終わるのよ?こんな最低女死ねば!全部解決するのに・・・!」

 「へえ~、って、んなわけねぇだろうが!!」

 「そこの変態はお前を殺したら次の誰かを探すだろうよ。なによりテメェが生きていようが、死んでいようがそいつは人を楽しそうに殺すだろうよ! なに自分が大層な大義名分を背負った救世主みたいに誇ってやがる。テメぇが死んでもなんにも変わらねぇよッ!!」

 そんなの、そんなの・・

 「お前はただ」

 血管をこめかみに浮かび上がらせた彼の怒声に引かれるように応えようとするが、介入者はそれも止めようとする。

 「そろそろ、良いかね少年?いい加減に」

 「黙ってろよ、変態フェチ男爵。さびしいからって会話に入ろうとするなよ、空気も読めねぇのか?」

 ドレイクもここまでバカにされたことはなかったのか、顔を真っ赤にさせる。が空気を読んだのか彼に襲い掛かることもしない。

 進はそんな彼に目もくれずに私だけを睨めつけてくる。

 「おまえはただ自分が救われたいだけだろ」

 否定できない、実際そうなのだ。でもそれはできない。

 「だけど、無理だね。お前は」

 

 「生きたいんだろ?」

 

 心臓の鼓動が止まった気がした。

 私がイキタイ?そんな

 「そんなことっ!!ないっ!!」

 「私は生きていたらいけないんですっ!!死ねば全部終われるって!そうよ、嫌なのよ!生きたくないんです!!」

 否定する。そんなことはないのだと。盲目にそれを信じる。死が私を救い、世界も救う。

 だが、目の前の魔王は私のすべてを殺そうと木の葉(ことのは)を告げてくる。その盲目に信じる心がなければ、私は現実を受け入れられなかった。それすらこの男は許さない。

 「ならなんで、あの路地裏でテメェの友達(ダチ)を助けてた? 本当に死にたい奴が他人を気にするのか?」

 「そ、そんなの・・」

 当たり前だと否定はできた。でも、本当に死にたい人間は他人や世界のことなど気にはしない。だって彼らは死にたい“だけ”なのだからと頭が納得してしまう。

 ダメだ、耳を塞げ、心を閉じろと頭で念じる。 生きる? 無理だ。死んでいった人たちを知っているのに、生きたいと望んでいた人を助けられなかった自分が、生きたいだって? 死んでいった者たちが許さないはずだ、なにより自分が自分を許せない。

 「お前が俺の後を付いてきたのは、俺に危険を伝えに来たと言っていたな。だが、本当は違うんじゃないのか?」

 頭を抱えて必死に耳を塞ぐ。だが、声は聞こえる、響いてくる。自然と涙が溢れる。

 「お前は俺に助けてほしかったんだろ」

 「もう、ヤメテぇ!!」

 言葉は涙と鼻水で汚れ悲痛な叫びになる。

 「ジ、死な・・なギゃダメじゃないでずかぁ!わ、ワダチのせいでいっぱい、(ジト)()んでぇ!ぞんあ、女は生きてジぁや!ダメぇなんで」

 「そうだな」

 短い完結的な言葉で涙は止まる。声も止まる。聴覚だけの存在になった気がした。それだけの意味がある言葉と声色。顔を上げることができない、表情を見るのが怖いと思った。

 「お前は生きる価値なんてない。それ以前に、お前のせいで死んだ奴らがいるなら、そいつらはお前を決して許さないだろうな。私たちが死んだのに、なんでお前は生きてる!って具合にな」

 この人が魔王と呼ばれる意味がよくわかった。この人は平気で人を傷つけられるのだ。

 「そもそも、テメェが死ぬのも考えものだよなぁ!苦しみぬいて死ねって奴もいるだろうし」

 止まった涙が再び流れる。なんだか悔しくて、唇をきつく噛締める。

 進の言葉には嘲りがあった。私の人生全てを否定され、なにより犠牲になった人たちが汚されていく感覚がした。私の知っている人々がそんな汚い言葉を吐くことはないと心の何処かで思っていたのかもしれない。

 想い出のすべて、出会った人々に人格が汚される感覚に、かつて失った感情が蘇ろうとしていた。

 「そうして死ぬことで、それらすべてから逃げられると思ってんのかぁ!?あぁ!?おい!逃避娘ぇ!完璧なんだろ!? 泣きじゃくってねぇでとっとと、なんか言ってみろォォ!!」

 「どうしろっていうんですかぁ!!!」

 怒りにまかせて叫ぶ。生きていくために捨ててしまった怒りの感情を再び灯して。怒りに押し流されるように涙の膜が拭い取られる。今度こそ彼の顔が見えた。彼は・・・

 彼は優しくも力強い笑顔で私を見下ろしていた。彼は怒ってもいなければ、憐れんでも無かった。ただ・・

 「判ってるんじゃないのか? 死んだ人間に対しての償い方なんぞ無いようなもんだってことも、自分で決めるしかないことも」

 「・・うぅ」

 目が潤む。

 「生きる価値? 人間の価値なんぞ、周りの奴らが勝手に決めてくれる。だけど、生きるか死ぬかの選択は自分がしろ。こればっかりは甘ったれて誰かに選択してもらうなんて贅沢できねぇんだよ!」

 「う、ううぅ」

 鼻がムズムズする。

 「欲望全肯してでも生きたいのが人間だ。もう後戻りなんぞできない悪女なんだろ?いまさら意地汚く生きても、なんも変わらないさ。喜びに笑って、苦痛と死にはわめいて嫌がるのが人間だ。それでいい」

 また涙の水源が活性化する。まるでこの十年分が一気にこみ上げるように、抑圧されていた全てが決壊するように、感情が爆発するように。

 「・・ぃ・・たぃ」

 「クックック・・・おら、どした?聞こえないぞ?」

 先ほどとは違い、まるで問いかけて意地悪するかのような声色。答えが判っているのだ、この男には。

 この男は平気で人を傷つけられる。それはもしかしたら、その痛みが判っているからかもしれない。だからその傷の痛みとの付き合い方を知っているのだ。

 「・・き・・たい」

 「なんだ?また誰かに決めてもらいたいのか?テメェの人生だろうが!ハッキリしろ!」

 許されないことが判っていた。いや、許されないと思わなければ、私はきっと壊れていた。死を開放への道筋と決めつけなければ、またいつかあの罪を繰り返し、悲劇を生んでしまうのだ、と。決めつけで自分を縛ることで人を救えるのだと。

 でもホントは違った。本当は自分が人と接して、自分のせいで死ぬことを防いで、そうして自分は人を救っていると偽善で身を固めて悦に入っていた。孤独を望んで人と接することを恐れて、心の殻に閉じこもり安心感に救われていたのだ。

 そんな汚い自分を直視できなくて、今日が来ていた。そして、約束されていた死が迫っている。これを望んでいたのだ、そんな自分が嫌いだったから。決して他人のためではなかった。こんな汚れた自分が消えることがどうしようもない救いに見えたのだ。

 だが、実際はどうしようもなく、目の前に迫る死に恐怖している自分がいた。恐怖を狂気で薄め、死を必死に肯定する自分しかいない。それが目の前の魔王はお見通しだったのだろう。

 どうしても止められない。この言葉を言ってしまえば、もう後戻りはできない。意地汚く、傲慢な私はその衝動を止められない。目の前にいるそんな私の欲望を肯定する存在がいるから。どうしようもなく、


 「生き・・・たいでずっ!生ぎたいィ!じにたくなんて・・・死にたくないっ!」


 生きたい、死にたくないと口から溢れだす。それを止めようと手を当て塞ぐも、一向に止まる気配がない。涙にぬれる声は、声にならない。

 言ってしまい欲が心に(ほとばし)る。もっと、いろんな世界が見たい。当たりまえの幸せに心から笑ってみたい。もっと人と接したい。友達を作りたい、そしてあの少女のように笑いたい!

 私の言葉を聞いた二人の男の反応は対極的だった。一方は壮絶な笑みで勝ち誇り、もう一方は大口を開けて驚いている。笑顔の方、進は体をドレイクの方へ向き直すと半分の視線だけをこちらに向く。

 「お~、よく言えました」

 「・・・進さん・・」

 ん? とニヤニヤしながら片方の目で私を、もう半分の視線で相手を睨めつける進。

 きっとこの人はこうなることを計算して言葉を選んでいたのだろう。今思えば、単純な手だ。わざとその者の感情を逆なですることで、本当の想いを掘り出したのだ。

 怒りはネガティブな印象があるがもう一方の側面を持つ。それはまかせることで言いずらいことや、言ってはならないことまで簡単に口から吐き出させる効果。あえて言葉にするということで認識を強く持ち、自分の意思なのだと強く自分自身に刻みつける。

 自分を見失って、自暴自棄に自殺を望んでいた馬鹿な娘だった自分では誘導させられたことに気が付くことはできなったのだろう。・・・でも

 「後で一発、殴らせてください」

 「それは契約外だ」

 シレっと顔を背ける進。もう少し、優しく誘導してくれてもよかったのではないだろうか?

 進は頷いて問いかけてくる。

 「おい、お前の名前を教えろ」

 よくよく思えば彼は私の名前を呼んだことがなかった。たぶんだが、人の命を見殺しにしてきたことから、死ぬことで、死を想うことで逃げようとしていた私を認めてくれていなかったのかもしれない。この人はそういった内面を見抜く力があるのかもしれない。

 「撫子、九重 撫子です」

 「じゃあ、撫子。お前の願いを、契約内容は?」

 願うことが罪なのかもしれない。だけど、それを決めるのは私だ。きっと死んでいった人たちは許してくれないはずだ。だけども、これだけは譲れない。まだ死ねない。あんな男の趣味ごときで死んでたまるもんか。この命はそんなに安いものではない!私の親友が決死に守ろうとしてくれた命だ!!

 「私を助けてください。生きたい。私はまだ死ねません」

 「ハッ、イイ感じの悪女になったじゃねーか!受諾したよ」

 進は快活に口を皮肉を作り、その紅い目に大きな意思を燃やし、黒い大剣“イザナミ”の剣先を真っすぐ標的、ドレイクへと向ける。

 「さあ、クソ吸血鬼。後悔させてやるから覚悟しろ」


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