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con-tract  作者: 桐識 陽
5:果たされない約束の亡者
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5、桜亡き地で(中)




 5、桜亡き地で(中)




 「ええ。そうですよ。きちんと刀で、衰弱していた彼を、“私”が」  

 それは細めの体に、仕立ての良いと一目でわかる白のスーツを着用し、体と似た細い糸目が特徴的な30代半ばの男性。

 第一印象は蛇。それを連想させるのは、笑顔の裏に潜む強い野心だったのだが、現在は笑みを下品なまでに濃くして野心をむき出しにしているため、毒々しくもある。

 織部 豪。そう名乗り、この仕事を依頼した男が僕らを取り囲めるほど部下を引き連れ、

 「ずいぶん、遅い登場じゃねぇか? しかも、ご丁寧に犯人ですと名乗り出っていただけるとはね」

 「おや、わかっていたのではなかったのですか?」

 「直接的か、間接的か、どちらにしてもまぁ、あんたが絡んでいることはわかってた。でも、まさか忠実に刀まで使って直接殺していたとは思わなかったよ」

 「私、刀集めが趣味でしてね。当日に買って持っていたのは偶然です。そして、あの人が幽霊にやられて倒れていたのも偶然だったんですよ。おかげで雇った狙撃手への依頼料を払わずに済んだ。まったく幽霊様様ですよ」

 ハハハハっ、と腹から笑う織部につられ、取り巻きたちも陰険な笑いを口から漏らした。

 僕は気分が悪くなりながら、周囲を刺激しないよう、進の元まで静かに寄って耳元に囁きかける。

 「……シン。彼がいつから怪しいト?」

 「初めからに決まってんだろ。あんな騒がしいドンみたいなコスプレ野郎怪しむなって方が無理だろうがダッハッハッハッ!!」

 「ちょ、声大きイッ」

 わざとらしい馬鹿笑いに、周囲の温度が一気に下がる。小馬鹿にされたヤクザたちの視線が怒りの熱を持ち始める。こういう人種は大抵、面子と下にみられることを嫌う。つまり、ナメられることを嫌うのだ。

 ビビったら負け。それがすべての世界で生きている人間は、特に生意気な者。下の、年下の粋がる餓鬼を嫌う。 

 そう、丁度、(こいつ)みたいな。

 「初めてアイツの話を聞いた時は一見筋が通ってる、ようにでも聞こえたか? 俺は違和感しか覚えなかったぜ。殺されたオジキ殿に他人の息がかかった護衛が付いていること。組が疑心暗鬼で包まれている中、人目を忍ぶようにそんな場所にいたのは疑いようもない“自分が大切に育ててやった部下”に呼び出されているようなシュチュエーション。しかも、現場で待っているのが筋のはずの奴はノウノウと無事。刑事もののドラマで使い込まれたような殺害計画みたいだろうが」

 「……ッ」

 「ついでに、一番犯人と思われそうな男が殺そうとした奴のかたき討ちみたいなことをしようと俺に言ってきた。まるで、俺を罠にはめて犯行を擦り付けようとするみたいに。丁度、会合が行われている場所の真近くで隠れていた怪しい二人組を捕まえました~、おや? これはこれは、一か月前に裏切り者とはいえ構成員をぶっ殺した者ではないですか? 打ち取った私をおほめください~、疑心暗鬼な組の方々。私は裏切り者などではございませんよ、一か月前に本城何某殿と結託して反旗を翻そうなどと考えていませんでしたよ、ええ、本当ですぅ~嘘なんてついてませんよ~~……なんて考えがスケスケミエミエだ」

 大根役者もここまで酷く演技できないだろうと断言できるほどメンドクさげな進の一人劇場に、憎々しそうに舌を打った織部。

 僕はあの戦いの中で本城と呼ばれていた男をほぼ知らない。

 だが、あのタワーにあった銃火器類の多さは、いくら保守的な人物であっても異常だった。まるでどこかへ戦争をしかけに行こうとしていたと推察できるほどの量。下剋上を企んでいたのは明白だった。

 盃を交わした義兄弟であった彼らはその野望をなすために手を組んでいた。

 だが

 「お前等の虫穴空き放題下剋上計画は、我欲で動き回る紳士気取りの下種魔術師が連れてきた疫病神のせいでとん挫。あらら、どうしましょ? 一人になっちゃった織部クン! そうだ! 僕らを大事に育ててくれたオジキさんに助けを求めよう! だ~け~ど~」

 「……そう。あの人は助けてはくれなかった。逆に謀反者の関係者である自分が怪しまれるのを恐れ、逆に俺を売ろうとしやがった! だから」

 「だから、罪を逆に着させて殺そうとした。まぁ、結果は成功。これで万々歳……とはいかない。材料が少なすぎる。自分が真っ白無罪であると言い切れない。そこでお前は、ある異分子を使ってみようと閃いた」

 それが幽霊、東条 五右衛門の存在だった。たぶん、織部も現場にいたのだ。自分の手で止めを刺したかったのか、彼はそこで自然発生した彼と偶然出会い、そして

 「あの幽霊には感謝しかないよ。俺を除く全員の気を失わせ、仕事をやりやすくしてくれただけでなく、以前から殺してやりたかったオマエを実に都合のよい役を与えて誘導させてくれた。実は幽霊退治を依頼した時は、依頼を受けてもらえるか半信半疑でしたけどね。まぁ、だからこそ、君らが応じてくれたんですからよかった、よかった、ハハハ」

 幽霊というのはただのお題目、それを理由に進を、咲邦会の重鎮がいる会合に向かわせ、その場で射殺。内部の裏切り者が放った刺客の情報をつかんで、御身をお守りした……と報告する考えだったのだろうか?

 正直言って…

 (馬鹿なのカ? そんな簡単に上手くいくわけないだろウ)

 感情のままの無様な打算。

 そんなことをしても疑心暗鬼の咲邦会で信じられる可能性など皆無に等しいのは、部外者の僕でもわかる。

 そこまで追い詰められていた、ということなのだろうか?

 自分が崖っぷちに立たされた。そのせいで、罪もなく、関係もない人間を、ここまで容易く自分のために殺せるのか。

 人間、結局は自分の身が一番大事なのだ。どんな綺麗ごとを並べようと、それは人間が本能を持つ動物である限り否定できない事実。

 今世間で流れている都市伝説、自分の過ちを隠すために家族でも殺す男の話なども別に特殊で稀な話ではない。人間の内に隠された残虐性が作り出した、いや本当にあるかもしれない可能性の話である。

 しかし事実、いるのだ。己のため、強すぎる自己保身から他人を殺すこと肯定し、無意味な死を振りまくことになんら疑問を抱かない知性だけ身に着けた、害悪な人間が。

 「違うな。依頼主、そりゃ、間違ってるぜ?」

 隣に立つ進が気持ちがいいほどまっすぐに言い返したことで、自己嫌悪に落ちる一歩手前で僕は正気に戻る。

 別に進は僕が考えていたことを察知したわけではないのだろう。だが、それでも、皮肉に歪んでいても彼の声とまなざしは心強く感じた。

 「俺はアンタが怪しいと最初から思ってたが、まぁ、何考えてんだろうと思って、とりあえず依頼を受けて“あげた”んだよ」

 「減らず口を……あぁ、そういえば居候の娘さんたちを…」

 「関係ないね。というか、アイツらが人質になるタマかよ。逆に返り討ちになるのが落ちだ。だが、まぁ、依頼を受けてほんとに幽霊がでてきたから俺も勘繰り過ぎたよ。オマエがどう関わっているのか、まさか幽霊召喚なんて中二な御技でもできるのか、とか考えていたんだが…………どうしてくれる、いらねぇ頭使わしてくれたのに、蓋を開きゃこんなくだらねぇ理由だったとは思わなかった……とんだ遠回りさせてくれたな、どうしてくれる?」

 緋色の瞳が怒りに細まる。進の全身から溢れ出す殺気があたりに染み渡る。

 武器を取り、多勢に無勢の優越感に浸っていたヤクザたちが、“本物”の殺意を受けてジリリと足をさげてしまうのも無理はない。

 彼らが明らかに年下と踏んでいたのだろう進は、彼らの何十倍もしくはそれ以上の修羅場を経験しているのだ。失敗したら死が付きまとう劣悪な縦型裏社会で生きている彼らにとって殺意など日常茶飯事受けているはずだが、この日本という疑似平和社会の枠組み内での話。

 幾多の戦場と外の世界で生き、荒波にもまれ続けた青年が生きてきた十数年間と、ここ最近の進の異常な戦歴を考えれば仕方の無い話だった。

 「……おい、持ってこい」

 だが、見下される(なめられる)ことを絶対悪と考える彼らは対抗してくる。

 織部は、かすかに震える手でスーツの懐から煙草を取り出しながら、背後の部下に命令を出した。

 怒りが込められた彼の命令と、得体のしれない殺意を放つ青年の両方に焦り、急いで後方へ支持を出す織部の部下。

 10秒もたたず、持ってこられたのは汚い布製の袋が三つ。担がれ運ばれてきたそれは織部の立つ真横、僕らに見せつけるように冷たい地面に“跪かされた”。

 “人が一人”入りきるには十分な大きさのソレがひも解かれる。

 中に入っていたのは――

 「ナッ!?」

 「進さん、アルバインさん……」

 見慣れたブレザーの女子高校生たち。星野 優子、上地 智子、そして……

 織部は、無言で懐から無骨な黒い塊を優子の頭に押し付け、撃鉄をあげた。

 ズォッンッ!!

 明かり少ない夜の墓地に轟く銃声。銃弾は標的にしっかりと食い込み、そして抉り取った。散る飛沫の色は赤。地面に飛び散った血液が悲惨な結果を物語った。

 あまりの事の速さに唖然となる一同の空気を破るかのように、キンッ、と銃弾の薬莢が落ちていた小石にでも当たったのか、その音がやけに響いて耳に届いた。

 「ハハハハっ」

 笑う織部の乾いた声。いつのまに誘拐してきた知人を目の前で殺すことで僕たちとの間に絶対的な主導権でも得ようとした、のだろうか? 三人もいるのだから一人ぐらいという心理があったのかためらいもなく命を奪うことを躊躇わなかった彼の手は

 「なんじゃい、こりゃ?」

 親指から中指、掌の半分をまるで化け物に噛み千切られたように消失していた。

 「ぃぎぃらあああああっ!!?」

 あまりの唐突な出来事に遅れていた痛覚が今、襲い掛かってきた織部は痛みに絶叫する。みれば、肘の関節も正常な形をしていない。あまりに強い外反力を受けて脱臼している。

 さらに従っていた部下たちが続けざまに、仰け反るように吹き飛んだ。前衛に立ってた三人がほぼ同時に頭を撃ち抜かれて即死。そのあまりに強すぎる衝撃を理解させるように彼らの頭部は無残に弾け、肉片となって後ろに控えていた部下たちへと降りそそぐ。

 「ひっ」

 人質になっている優子たちもあまりに悲惨な死にざまと織部の絶叫具合に小さな悲鳴をあげ、顔をこわばらせていた。

 月明かり。

 雲の切れ間からようやく顔をだした月が、彼らに凶弾の発射地点をつげる。

 躊躇いのない引き金の主は、三発が着弾する前に右腕を懐に潜り込ませ、着物の下に装着していたガンベルトから弾が詰まったマガジンを引き抜くと、体半分、左を突き出す形に体制を変えさせながら無骨な銀色の本体のスリットへと叩き込んだ。

 速さ以上に、淀みのない何千、何万回を遥かに超えていることを理解させる流動的でありながら無骨な動作。

 いつの間にか排出されていた古いマガジンがボトリと落ちる音を確認するまで、誰も動くことができなかった。

 出遅れた彼らは今更、装備していた銃火器を進へと向けようとしたが

 「“動くな”」

 それでは、もう遅過ぎた。

 彼らが撃つよりも先に、怒声を上げるよりも先に、進の声が彼らの生存本能を引き出す。

 冷たく、暗い、感情を押し殺した冷徹な、だけどもよく通る“脅迫(つぶやき)”が彼ら動きを止めてしまったのだ。

 人質を取っているはずなのに。

 「ピクリとも動くな」

 主導権は自分たちにあるはずだとわかっていても。

 「動いた瞬間、とりあえず撃つ」

 その声の主が放つ存在感と殺気、無慈悲な光を秘めた紅の瞳が無視することを許させない。

 ズォンッ!!

 銃声が響いた。強烈なヘッドショットを決められた男は、別に大して動いたわけではなかった。

 進が放つものに恐れおののいてしまって逃げようとした雰囲気があっただけ。

 だが、それでも進は撃ち殺した。冷徹に、なんの感情も無しに。

 そして、周囲は気が付く。進が引き金を引いた瞬間がわからなかった事を。銃を撃つときあるはずの反動を確認できなかった事を。

 反動を体全体をつかった最小限の微動作と、驚天動地なみの身体能力で完全にゼロにしている進の射撃に僕も驚かされるが。

 (一番初めに織部を撃った抜き打ちの速さ、デザートイーグルでの連続早打ち(クイックドロウ)にも驚かるけど……それよりも、この正確な射撃と……弾倉の交換速度ダ)

 あの今は幽霊が逃げても縮地を扱えないように地面に突き立たせてある黒い大剣(イザナミ)が目立ち過ぎて勘違いしかけてしまうが、進の戦闘スタイルの中核をなしているのは銃の運用(ガン・ハンドリング)のほうである。

 中でも射撃の正確性は、剣をメインに扱う僕ですら異常さが理解できるほど、神憑っているのがわかるほどだ。

 ただでさえ、威力の高さに比例するように扱いが難しいハンドキャノンを平然と片手で扱っている進が両手で構えれば、さらに速さと正確性は飛躍的に上がるのだろう。現に頭という狙いづらい箇所に適格に撃ち込んでみせた。

 そして、彼らは進の射撃する瞬間が予知できず、動こうとした瞬間には動作を見切られ撃ち殺される事実に一斉に動くという手は彼らにはできない。

 みんなで動けば怖くないという理屈は、誰かが最初に動かないと成立しない理論のお話。動けば死ぬと理解してしまった彼らの中ではじめの一歩を出す者がいない。そして、今の銃撃を目撃した人間の中で、運よく勝てると思える脳みそが抜け落ちているとしか思えない人間は一人もいなかった。

 マガジンの出し入れさえ、視覚で捉えられない彼らは動けなかった。

 何発あろうと関係ない。動けば彼らは自らの死を確認することもできずに、三途の川を渡ってしまうことを幻視とともに理解していた。

 だが、彼らは運がある。天は彼らの味方らしい。

 狙いすましたかのように、月の光が進を照らす。上からの天然スポットライトが彼の少し長めな前髪に当たり、顔に影を落とす。凍土を思わせる無表情。鈍く光る紅色の瞳。殺意を体現するような堂に入った銃を構える姿にこの場の誰も釘づけになっていた。

 天は言っているのだ。ここに君らの死神がいる。死にたくなければ絶対に逆らうな、と警告してくれていのだ。

 「……つーか、なんでオマエがそんな簡単にこんな奴らに捕まってやがるんだ“ローザ”?」

 死神が呆れたようにぼやく。それは僕も気になっていた事だった。

 捕まっているのだ。ありえない人物が。

 智子、優子の二人が捕まってしまうのはわかる。でも一人。捕まっていることが不自然すぎる女が、縄に絡まれて座りこまされ、さらには……

 「う、うぅ……」 

 震えているのだ。まるで、恐怖に怯える“普通の”少女のように。

 今朝、自分の下着が見当たらないとかいうだけで、僕の腹にグーパンいれた女が(後、下着は彼女の部屋(散らかり放題、法則性無視の)ベットの下から見つかった)、この程度の事で怖がり、震えていた。

 輝くような可憐さの中に凛とした気高さ、バラの棘を思わせる芯の強さを感じさせる芸術的なまでに合わさった容姿からみれば当たり前のことかもしれないが、彼女の真実を知っている僕からしたら信じられないことだった。

 ローザ・E・レーリス。

 若干14歳で、魔導協会に実力と実績を認められた者にしか与えられないライセンスを取得した後、二年と少しだけでその名を協会のみならず世界中の魔術師たちに轟かせた天才錬金術師。

 一度目にしたら二度と忘れられない目を吸寄せられような理想的な体つきに│白金プラチナのウェーブがかかった長髪の美少女。線が尖りつつも、確かな柔らかさが目に見える滑らかな白い肌が蠱惑的だと、僕の親友は言っていた。僕もそう思うが、それよりもあのツンとした芯の強さを秘めた明るい緑色の瞳が時折みせる可愛らしい輝きがゴォホゥッ! ゴフォンッッ!! 

 ……とにかく! ただの銃火器をもった成人男性たちなどよりも遥かに高い戦闘力を有する彼女がどうしてあんなも簡単に――――

 地に形のよいお尻もペタリとつけ、いつもの強きな態度が感じられないローザは潤んだ眼で姿勢上、上目づかいでこちらを見上げ




 「……たすけて」



 

 涙ぐみ、小さく震えながらの呟きに、周囲の男ども、と僕がザワッと動揺せざるをえないダロウガ。

 ――――カワイイ。

 ――――カワイクネ?

 ――――カワイイすぎるyo!

 なんだ、あのイキモノ。ボクしらない。あんなカワイイ女の子ボクしらない!

 周りも同じようにハートを撃ち抜かれたような面しやがって! あ、ボクもカ! Oh、MY GODダ! 神よ、感謝しまス。いままでそんなに感謝してなかったけど今この時だけはマジで感謝!

 「シン! ナニ!? あのローザ!! カワイイよ! 宇宙一、いや銀河一カワイイんだけド!!」

 「落ち着けよ、気持ち悪い。気になってるあの子が髪切ってドキドキしちゃった小学生みたいなテンションやめてくんない? 見てるこっちもイタクなるから、ヤメテくんない?」

 上がった気持ちのまま、彼女を指さして力説してしまった僕に、まったく構えを変えず銃口を突き付けたままの進はまるで古傷をえぐられたような顔をしてテンションだだ下がっているようだ。なにクール装ってんだYOU! ここはアがるとこだロ!!

 「チッ……そうか、幽霊。ローザの弱点ド真ん中だったな今回の件」

 ハッ!? そうか! 僕らの後ろでビク、ビクと時折痙攣しながら捕まえている幽霊……だけではなく、この墓場という場所も彼女を震え上がらせているのだろう。ただそれだけではないような気もするが、とにかく……

 「シン! ボク今日レンタルビデオショップに行ってもいいかナ!」

 「おお、いいぞ。そして、そのまま帰ってくるな。……それよりもまずこの状況をどうにかしてからだけどな」

 「ヨシ、ミナゴロシ、ダネ」

 「まぁ、ホラーをレンタルするつもりなんだろうが……そんなことしたら、たぶん、今度こそ嫌われて無視されることになるぞ」

 「―――ごめん、シン。なんか、ごめんなさイ……」

 なんか一気に気分が下がった。

 なんか、もうどうでもよくなった。なんであんなテンションあがっちゃったんだろう僕? ぁあ、なんか恥ずかしくなってきた。ぁああ、ヤバイっ、なんか後からジワジワくる! きつい! 誰か、僕のために地面に穴を掘ってくれ!

 「いつまで何やってんだてめぇらぁっっ!!?? とっととそのガキどもを殺せぇよぉ!!」

 悶絶しかけた僕、と周囲の耳に入る痛々しい絶叫。ちょっと緩んできた空気を締めるその声の主は腕からの流血を手で抑え、痛みに顔を強張らせる織部であった。

 だが、しかし。誰も動こうとはしない。動けないのだ。痛みで恐怖が薄れ、それがわからない織部は叫び続ける。

 「なにビビってやがる! これからドンドンドンドン、仲間がくんのによぉ!」

 「仲間?」

 その叫びに呼応するように、墓場に次々と乱入してくる黒塗りのワゴン。墓石を蹴散らし、急停止すると、わらわらとみな同じような不良じみた出で立ちの男たちが下りてくる。

 新たに乱入者たちは進の銃撃を見てはいない。恐れを知らない武装集団は下卑た笑みを一様に貼り付け、こちらを包囲していく。その様に、織部はさらに悪人面を濃くしていった。

 「どうだっ! ビビったか、チビッたか!? ガキども! これがソドムを落とすのにそろえた戦力だ」

 「ソドムを……落とす?」

 「そうだ! 元々、咲那はソドムに拠点を移す計画があったのさ。ガキのくせに名が知れてるお前の首を掲げればそれなりに名が通るって進言したら、こんなに兵を送ってくれた! 銃器は本城の馬鹿が売って余るぐらい冥土の土産に残しておいてくれてったからな。ほんと、一国落とせるんじゃねぇかってくらい」

 「……馬鹿がっ」

 あからさまに嫌気がさしたような進の声色に、織部は気持ちよさそうにケタケタと笑う。

 「アッハッアハアハッッ!! なんだ、なんだ何が馬鹿だってんだ? 今更命乞いなんて――」

 「違う。……オマエは勘違いしている。命乞いなんて、もう遅い。織部さん、アンタ……いや、アンタたちは“終わった”んだよ」

 「ハァっ!? なに言っちゃてんの!?」

 「シン?」

 僕にも彼がいった“終わった”という意味が、よくわからなかった。どういう意味なんだ?

 「アンタたちは自分で自分の墓穴を掘ったのさ。そうか、どうしてこのタイミングで急に咲那会の動きが活発になったのかわかったぜ。織部さんよ、アンタが殺したオジキ殿はソドム進出の反対派だったんだな?」

 「……それがどうしたてんだ!? オジキはビビりすぎだったんだ!! なにが戦力差の問題じゃない、だ! お前たちはわかってないの一点張りだったのは単にアレが時代の流れを恐れて乗れない古い世代だったってことだろう?」

 「……アンタはこのソドムを知らなすぎる。オジキ殿は知っていたのさ。どうしてこの隔離区がこの数十年隔離区でありながら秩序じみた法則ができて、危険な薬も、大衆を巻き込む内戦も無かったのか……暗黙のルールの奥にいる奴らの存在を、知っていた。もしくは触れていたんだろうよ」

 「知るかよ!! これだけの兵隊がいりゃ、なにも怖くねぇ!! 難民の寄せ集め風情が頭に乗ってんじゃねぇよ!!」

 「これだけ? たかだが、2、30程度じゃ…………ぁ?」

 「おい、シン……?」

 進が驚き、目を見張るのも無理はない。

 増えていた。

 最初は20人程度だったのに、今は――

 (一体、何人呼んだんダ)

 30、40、50……いや、まだ増える。第一陣ともいえる進に睨まれる者たちにも動揺が走るほどの人数が続々とこの墓場に集まってきていた。

 60、70…いや、もっとか?

 「なんだ?」

 「あれって……幽霊なのか?」

 「マジかよ。ほんとに居るのか。幽霊って」

 到着してきた者たちが捕縛している幽霊を驚き、各々、呟き、周囲と話あっていた。

 「おい、シン。これ以上は……」

 彼らの動揺の隙をついて逃げる算段をつけようと進に小声で進言しようと声をかけたが、進は半笑いで聞いちゃいない。

 進の表情を見たのか、織部が勝利を確信したように両手を挙げてガッツポーズなどしている。

 「おおぉ!! すごい! すごいぞ、咲邦はこんなにも兵隊を! これは、俺に期待をしているにちがいないぞぉ!!」

 見るに堪えないその姿から目を反らし、再び、進の説得を続けようと向き直ると

 「おい、アンタ?」

 織部などもう無視しており、進はある咲邦会の組員らしき男を指さしで名指していた。

 「え? 俺?」

 急に問われた男は半ば方針気味に口を開けて、自分自身を指さし確認した。進はそれを首を縦に小さくふることで肯定し、さらに問う。

 「なぁ、アンタの後ろにいる奴は……ほんとにアンタのお仲間か? 俺にはまるで……」

 いきなりのことであったせいか、彼は何の疑いもなく背後を振り返る。

 ボクらからそう遠く離れた距離ではない所に立つ彼の背後にいる“ソレ”は、僕の視野でも容易に捉えることができた。

 彼の背後に立っていたのは

 「……お前? 誰?」

 指さされた彼も、その人物が誰かわからないらしかった。

 僕もしらない。

 あんな知人など、いない。

 腐りかけ、今にも溶け落ちそうな肌。

 生気のない白目が焦点を捉えてはおらず。

 歯がむき出しになったような口をだらしなく開ききった――――まるで

 「俺にはまるで、“ゾンビ”に見えるんだが?」

 『アアアアアアアアアぁ』

 進の問いかけが終わると、地獄から漏れ出てくるかのような叫びをあげ、指さされた彼の首筋に歯を突き立て齧りつくゾンビっぽい男。

 「ギィイイイヤァアアア!?」

 「なんだ!? なんでてめぇらぁ!? 痛ぇぇえっっ!?」

 「たすけっ、だずげッッ!!!」

 『オオオオオオオオオ』

 それを皮切りに、次々と墓場の彼方此方で悲鳴とともに、死人が地獄から蘇ってきているような低い唸り声が響き始める。

 「なんだ……なにが起きていル?」 

 「……いつから此処はラ○ーンシティになったんだ、オイ?」

 『ガアアアアアアア』

 腐敗臭がきつい口を大きく開け、ゾンビの大群が押し寄せてくる。

 なんてこった。誰か、今日配属される予定の新米警察官を呼んできてくれ……




 ――視点 変更1――




 「ハッ!?」

 「ようやく起きたようですね、│マコトくん」

 「横路さん……俺はどうして……」 

 「申し訳ない。久しぶりのサウナに没頭しすぎてしまったようです。趣味とはいえ、無理に付き合わせてしまった事を許してほしい」

 「いえ、そうでなく」

 「? なにか他に問題が?」

 「……なんで、俺は横路さんに膝枕されているんでしょうか?」

 銭湯の脱衣所にもうけられた休憩室。横長い鏡が目の前にあって、そこには木製の長椅子に腰かけた横路と、彼の筋肉隆々とした大腿四頭筋に頭をのせて寝ている俺の姿が映っているんですけど…………なに、この罰ゲーム。

 「倒れた君を介抱しているだけです。なにか問題でも?」

 ドライヤ片手に自分の髪にブローをかける自称若い男は真顔で疑問符。

 「いえ……ありがとうございます」

 「おや、泣くほど喜んでくれる……、なぁに大したことではありません。上司としては当然の事ですので」

 別に喜んではいません。ただ大事な何かが失われたような気分と、頭に伝わってくる生暖かい硬さが俺の心を打撲させているだけです。……とはさすがにいえず、沈黙するしか道がない。

 「…………」

 「…………」

 ブロロロロロ~

 「…………」

 「…………」

 ブロロロロ~キュゥイィン。ドライヤーの停止音と同時に思った。

 (気まずッッ!!!)

 気まずい。この沈黙がつらい。まぁ、とりえず起き上ろ…

 「待ちなさい。まだのぼせているかもしれない。もう少し休んでいなさい」

 ぐぎゅっ! 頭を厚ぼったい掌で押さえつけられ、弾力のある男を感じる硬さにサンドイッチ! 広い硬さと、重い硬さに一瞬、意識がとぶ。

 (……なにこの罰ゲーム)

 逃げられない。気まず過ぎるこの空間から。思えば、誰一人あれから脱衣所に人が現れる気配がない。絶対、入りずらいからだよ。マッチョに膝枕されてる少年を見るのが気まずいからだよ、コレ。

 「…………」

 「…………」

 再びの沈黙。

 どうする? 俺もしゃべるのとか得意じゃ……あ。

 「そいえば、あのさっきのってどういう意味なんですか?」

 「? さっきとは?」

 「ほら、あれですよ。幽霊がいたら、世界が大変~とかどうとか」

 「ああ。あれですか」

 ふと、思いついた話題。先輩からのメールの真偽はともかく、あの人への話題になるかもとただ何となく口から滑り出ていた。

 横路は、ふむと思案する素振りとして、自分の顎を指でそっとなでる。

 「……そうですね。まず信くん、君は幽霊の存在をみたことはありますか?」

 「へ? いや、無いです。てか、いるんですか、幽霊って?」

 「さぁ?」

 「いや、さぁ? って……じゃぁ見たことないのに幽霊がいたら「この世が無事である筈がないでしょう?」なんて言いきったんスか?」

 あの時、確かに彼の言葉には確信があるような雰囲気があったのだ。てっきり実物でもみたことがあるのでは、なんて思っていたのだが。

 横路は、申し訳なさそうに苦笑いする。

 「そうですね。悪いけど、私も一般的にいわれる完全な幽霊とよばれる存在を見たことはないことも確かでした。だから、君の怒りももっともですね。申し訳ない」

 「別に怒ってはないんスけ……ん?」

 「どうしました、信君?」

 「今、変なこと言いませんでした?」

 「変?」

 横路は良くも悪くも、生真面目な男である。その男が違和感のある言葉を使った。普通の相手ならスルーするような単純なワードがとてもよく際立つほどに。

 「いや、だから……“完全”な幽霊を見たことがないって言いませんでした? まるで“不完全”なら本当にいるみたいな言い方……」

 「いるよ。別に珍しくもなく」

 「へ~いるんすか……あっ、いるんすか!?」

 あっけらかんと……言ってくれた。

 平然さに変なノリ突っ込みいれてしまって開いた口がふさがらず、よだれが垂れそうになる。

 なんとか口を己の意思で開閉することに成功した俺の質問に対し、横路は不思議そうな顔をする。

 「おや? 君が驚くのですか? かつて世界にあったとされ、しかしあまりに壮大かつ幻想的過ぎた、事実確認不能なおとぎ話である神話の中で語られる御権能者の血統たる“(きみ)”が存在していれば幽霊がいても不思議じゃないでしょう?」

 「うっ」

 そこをつかれると痛い。そりゃ神がいるなら、幽霊も―――いるのか?

 「と思うのですが、どうなんでしょうか実際。まぁ、話を戻しましょう。なぜ私が幽霊の存在が在ってしまうことを危険視している話に。あぁでも私は幽霊の存在云々はどうでもいいのです。危惧しているのは多数の人間が幽霊を“確認し”“肯定”してしまう事」

 「“確認”と“肯定”……つまり目に見えるとマズイってことッスか?」

 「ええ。まず、お話しますが、私がこれまで幽霊、怨霊とされ案件として解決したものの全てが、強い断末魔の叫びにも似た、人間の“残留思念”でした」

 残留思念。

 人間が強く何かを思ったとき、その場所に残留するとされる思考、感情などの思念の総称。これは生者死者、ポジティブ、ネガティブも関係なく強い意志が場所や物などの存在に宿るものとされる。

 「その場に残された強い感情、とりわけ死や痛み、ネガティブな感情が大半を占めていましたがそういった類はその場で蓄積され、ある種の吸引力を持った力場に変化し、最悪の場合、ある指向性と単調な人格形成に似た法則性――――まぁ、いわゆる怨霊として形造られるわけです」

 「それって幽霊ってことじゃないんですか?」

 「違いますね。君もこれから任務として実例を目撃することになるでしょう。そうすればわかります。幽霊の定義が、未練を残し死んだ人間が肉体を失い魂のみになった存在を指すことでは無くなるというのであれば話は別ですが……アレはただ人を不幸にするためだけに活動する機械運動みたいな干渉体。魂、などとはくらべものにならないほどちっぽけな、感情だけがその場で限定的に起動しているだけのものですから」

 魂とは、その個体の人生という経験の連続から得られる密度のある経過と、己が発する活力のある感情、脳で生み出す思考と推論と考察の末の認識と、行動を己の責任を理解し、変化させながら鍛え上げる脳神経と肉体を含めた自己同一性―――自我である、と横路は常日頃から、トレーニング中に激を飛ばすように俺たちに伝えてくれていた。

 俺もそのとおりだ、と思う。

 だから、彼はただ不幸と悲劇の法則性だけである存在を幽霊とは認めていないし、たぶんその通りだと思う。

 「それも目視で確認されるとマズイじゃ?」

 「このマスメディアが普及しすぎた時代です。動かせるような小物に浸透した残留思念のものならともかく、物件や土地なんかはどうすることもできませんからよくテレビのワイドショーなんかにも取り上げれてるでしょう? あれだけ公共の電波に映されて世界に変化が起きていないのですから大丈夫なのだと思いますけど。それに残留思念という感情を視覚情報で読み取れる存在がそう何人もいるものではありませんからね。かくゆう私もその一人」

 「え? 横路さん、見えないんですか!? じゃぁ、どうやって退治してきたんですか」

 「簡単です。見えないなら、見えるようにするまでのこと。残留思念の力場にこちらから干渉、あえてそこそこに強化して色を付けるようにめぼしを付けた後、除拒もしくは封印。まぁ、ようはマーキングしてから祓うのです。怨霊の力場はすぐに肌で感じられるほど違和感がねっとりと粘着質で、近づいただけでわかります」

 簡単でしょ、と横路は笑うが、この男の簡単が簡単だった試しがない。

 しかし、なるほどこれで合点がいった。

 俺は答えを自慢げに語る。

 「つまり怨霊みたいな不幸をもたらすような力場が目に見えるぐら強い存在として顕現したなら、世界も無事じゃないと、そういうことですか」

 「不正解。君、考えてないね?」

 「うぇ!?」

 ピシャリ、と自信満々に間違いだといわれた俺は、なんだか恥ずかしくなる。そんな俺に横路はダメな生徒にため息つくように深い息を吐く。

 「人の言葉をきちんと聞きなさい、とはいいません。ただ言葉を耳から飲み込んだだけではいけません。きちんと理解し、己の意識に組み込めなければ君も残留思念と同じ感情のままに動く力場となんら変わりませんよ」

 「す、すいません」

 俺が横路を苦手としている点がある。それは人を叱る際の言葉にある重みだ。それは濃い経験と大きな人生の転換期を乗り越えた大人ならではの自然体から溢れる威厳(ソレ)で、明らかに人生経験不足で転換期を自分の力ではなく完全に他人の力で乗り越えただけの俺には抗いようがない。

 いや、自分自身を無理やりその場で背伸びさせて抗おうとするかっこ悪さを最近になって身に染みさせられたからなのだろう。

 「まぁ、いいでしょう。そろそろ、服を着ないと湯冷めするというもの……信、私がみてきた残留思念の怨霊と、私が危惧する幽霊という存在は別物です」

 「え? でも意味合い的には似たり寄ったり…」

 「とりあえず聞きなさい。まず残留思念という感情から生まれる力は所詮感情です、それが人型をもしとっていたとて、それが見える人間など感受性が極度に豊な人間にしか目視できるわけがない。なにせ人は感情というものに形や色を頭の中で付けられても、目に視覚情報として捉えることなどできないからです」

 なぜ今まで気が付かなかったのか、と説明後にハッとなる。

 そうだ、感情のみならず思考というものは頭の中ではいかように作り、世界に向けて発しようとも目にみえる個体として形成はできない。できて相手に伝える視覚的感覚的な“情報”でしかない。

 たとえ、悪意や敵意、憎悪といった黒い感情とされるものでも、色はつかないし、ましてや質量を持たない。空気が重い、ピリピリとした空気など、とくに強い感情だとしても感覚として感じる程度の事。

 その延長線上にある怨霊の類も力場となって現世へ干渉するにしても捉えるのはこちら側、目で確かな形として見ることはない。

 「ただし、幽霊は違う。未練を残し死んだ人間が肉体を失い魂のみになった存在。魂だけ、自我をもった一個体。肉体を失い、器を失ってなお在り続けるために魂から、もしくは外部から肉体の代わりとなる現世に干渉するための高次元の肉体を再獲得した、物理法則を超えた生命体ということです」

 「そ、そんな大げさな……」

 「大げさですか? 時代が移り変わり、精神と魂の概念の真実に近づきつつある世界でいまだかつての論理に縛られていることのほうが私は問題であると思いますけどね……ただ、信君の意見も正しい。人間、そこまで考えることはしません。いたとしても、唐突に現れるそういった現象に関しては思案を巡らせられるものは数少ないはず」

 もし、あなたの目の前に足先が透明な、浮遊するように立つ半透明な体を持つ存在が忽然と現れたら、あなたはアレになんと名前を付けますか?

 yes、幽霊。と安直に答える者は多いだろう。そういったものとして、語り継がれている存在があるからだ。日本など特に顕著のはず。

 「しかし、幽霊という存在自体、半信半疑なものです。見たものは信じ、見えぬ者は信じない。本当はそれでいいはず。だが、人間は知りたがり、見たがり、信じ、そして信じたくなくて幽霊という存在を求める」

 「そういえば、いますよね。危ないとか言われてるのに心霊スポットとかに行きたがる人たちって」

 「一部の人はスリルと好奇心を、確証が欲しい探究者もいるかもしれませんが、お題目は多々あれどたぶん根底にあるのが、死後の世界や死んだ人間の意識に対する恐怖心からでしょうね。誰しも怖いのです。見えないものに対する恐怖。死者が生者に恨みつらみを抱いて死ぬと、本当に仕返しにくるのかいなか……などね」

 善行を尽くした人間は天国に、悪行を重ねたものは地獄の煉獄に。

 だが、それらの確証を得るすべは生者にはない。死者は言葉を紡げないからだ。

 誰しも死を恐れる。死を恐れない人間などいない。死を恐れぬ人間がいたとしても、それはただ頭で考えないようにしているだけ。

 「その恐怖心が、私が懸念するものの正体。幽霊などという死の向こう側から来た存在のメカニズムなど我々生者が理解できるはずがない。そんな正体不明が目に見えるほどの“濃い”存在として現れたのなら? 一人、二人程度の数人と呼べる人間に見られたのなら世界は偶然や幻などと結論をつけ一蹴することができない、それなりに集まった集団が同一の個体を頭が働く程度にじっくりと目視で確認してしまったなら――――」

 「――人間は見えないものは信じない。でも見えてしまえば、信じる」

 ここまでくれば疎い俺でも、彼の言葉をつなげられた。そんな俺にむけ理解されたことに喜びを感じたのか、口元にかすかな笑みをつくる横路。

 「そうです。でも、それだけなら幽霊という存在証明ができてラッキー、程度で済むでしょうが、この世界には“アレ”がある。もし、“アレ”がない世界だったのなら、私もおっかなびっくりするだけでしょうが、アレ―――“虚空素”がそれだけでは済ませてはくれない」

 虚空素とは魔術師たちが扱う魔術の源泉にして、魔術を扱う彼らですら確かな存在確認ができずにいる不可視の“生命体”。

 俺も外異対策管理部(ここ)に来て、まず教えてもらった現代魔術の基本定義。魔力を練るとは、虚空素を体内に取り入れ、魔術の起動原動力を発生させることであると。

 彼らには意識があり、限定された人間にのみ反応し、力を“ほぼ無償”で与える精神生命体。ただし、例外がある。

 「虚空素は、彼らに対して感応できる魔術師にだけのみならず、強い不特定多数の共通する感情にも反応を示しめす傾向にある。かのパラケルススレポートに記載されていた典型的な自然発生型疑似儀式魔術。多数の人間が共通した特に強い感情を、特に“恐怖”が引き立つものには暴走にも似た魔力生成を開始し、対象集団の周囲に力場を発生させ、酷くいびつな疑似魔術を発生させる一例がこの世界では多く確認されています。強弱があり、軽いものなら一定範囲内の不幸指数を上昇させる程度、強ければ歪んだ召喚魔術にまで発展します」

 恐怖心のままに形作られる、仕組みもわからず、理屈のわからない理由でこちらを襲いくる半端な存在として、と横路は考察したらしい。その言葉を聞いてピンときた。

 体はあるのに、死者。

 生きていないのに、動く。 

 こちらの命を喰い(ころしに)にかかってくる存在。

 最近では、ゲームの世界に引っ張りだこなアレが頭に閃いた。

 「―――まぁ、それも幽霊がいたらの話ですよ。真に受けないでください。幽霊というシステムもあるかどうか怪しいのですから」

 ……それもそうである。なに過程の話で怯えているのだか。

 「そ、そうですよね。すいません、マジになっちゃってハハハ」

 「ふぅ、長く話がすぎましたね。体が冷えてしまった、もう一度入りますか! ハハハ!」

 「そうですね! あっでもすいません! 俺あした学校なんで!」

 「ハハハ! あした君は学校休みでしょう。アハハ」

 「ハハハ! そうでした! アハハハハ……くぅそぉぉ」

 アハハハハッ! と肩組みながら、もう一度湯気立ち込める浴場へと再び舞い戻る。

 逃げだす算段を考えながら、なんであんな質問をしてしまったのかと後悔にかられた。

 ほんと、馬鹿だな、俺。

 「幽霊が目撃されたら、ゾンビが湧き出るわけないよね!」

 アハハハハ!



 

 ――視点 変更2――




 「出ぇてきてんですけどぉッ!!!?」

 全力で、明後日の方向に怒りをぶちまけると同時に、駆け出した勢いのままゾンビの顔面を足底で蹴りつける。

 蹴りつけられたゾンビの頭部が、縦に一回転して、地面にバタリと倒れた。ダメだ、幻術とかじゃねぇ!

 「なにをわけのわからないことを叫んでるんだ、シン! 早く彼女たちを安全な場所ニッ!!」

 「わかってるよ! わかってんだよ! でも、なぜか叫ばずにいられねぇんだ!! 誰か呑気に銭湯入ってそうな二人組のクソ野郎どものケツ穴に石鹸ぶち込んでくれ!!!」

 ほんとに、ナニいってんダ、と呆れながらも隣で縄で縛られている女たち、智子と優子の二人を解放していくアルバイン。だが、こいつにもさすがに焦っているのか、手が遅い。

 仕方がない。なにせ

 『アアアアアア゛っ』

 「うわぁあぁああああああっっ!! 来るな! くる…ギイィヤァアアアっっ!!」

 少し手前で、男が一人、力任せに両腕をもがれた挙句、顔面にかじりつかれた。

 『ォオオオオオ゛ッ』

 「ひぃぃいいあああ!! 助けたすけぇ」

 真後ろでは命乞いをした奴が喉笛を噛み切られ、血しぶきをあげながら倒れた。

 『ギギギギギギシャァッ』

 「死ね死ね死ね死ねぇ! 倒れろ倒れろ倒れ! なんで! なんで! なn」

 遠くのほうでは、懸命に銃弾を撃ち続けている奴がいるらしい。が、すぐに引き金を引く腕を無くしたのか、それとも命を無くしたのか、静かになった。

 所々で応戦する姿や音を確認できるが、徐々に少なくなってきている。

 「ひぃ……」

 「うぅ……」

 (一般人にはショッキング過ぎるか……いや、これは俺でもショッキングではあるが)

 幽霊が実在するのだから、ゾンビもそりゃいるだろうよ。それに俺は人工的ではあったがゾンビを使役する魔剣と戦ったこともあるからそれなりに免疫がある。そんな俺でも突然の天然ゾンビ出現に戸惑っているんだ。一般人には衝撃的すぎる。

 智子と優子の二人が青ざめた顔色で怯え、震えている。それでもこんな生スプラッタ、いや生バイオハザードみせられて発狂しないのだから精神的に強い。伊達にあのポンコツ娘の友人やってることはある。

 そんな二人も縛る縄を、ロングソードで切りとったアルバインが労いの声をかけているようで、その表情に少しばかりの明るさを取り戻してきている。

 それに比べて……

 「おい、ローザ。てんめぇ、こんな拘束ぐらい自力でなんとか解け」

 「だって…! だってぇ……うぅう」

 泣きじゃくる17歳の少女。まぁ、年齢でいったら年相応の怖がり方なんだろう。

 だが、こいつは一端の魔術師。それも魔術世界でも認められる腕が立つ錬金術師様のはずだ。例外中の例外。死体を使役する魔術の存在を認知しているはずなので、こいつもある程度耐性があっていいはずなのに。

 「魔術も幽霊もおばけも一緒だろうが。つーか、オマエはティーチャーの時は散々ゾンビをぶっとばしてただろうが。なに今更怖がってやがる?」

 「ちがうもん! 幽霊、ぜんぜん怖くないもん!」

 「怖がってんじゃねぇか。というか、もん、ってなんだ、もん、って。ダメだ、コイツ。完全に場所と状況を怖がってやがる」

 たまにいるんだよな。幽霊やら化けもの自体より、こういった、いかにも出そうな場所や状況に恐怖をかんじちまう人間が。作り物だとわかっているお化け屋敷に入る前から怖がる、つまりは恐怖を感じる事自体を怖がっているということ。

 コイツの場合は、なんか過去のトラウマでもありそうだが。

 心なしか、言葉使いも幼児化の一途をたどるローザを、肩に手を回して無理やりに立たせ、自分たちの状況を一瞥する。

 視界いっぱいにあふれかえるゾンビと、無駄玉を撃つなり、逃げるなり、無残に殺されていくヤクザたち。

 とにかく場所がマズイ。ここは四方八方ゾンビだらけ。隠れるところもない墓地。

 跳んで逃げるか? 俺とアルバインの脚力なら……優子と智子、そして役立たずと化したローザの三人をおぶってなんて

 「いにゃャアアアアア!! 幽霊イヤァアアア!!!」

 「っ、暴れんなローザぁ……てっィイ゛ャア゛ァ゛ッッ!!!」

 ゾンビが近づいたことで狂乱したローザに突き飛ばされ、飛ばされた先で熱心に死体とかした男の肉を頬張っていたゾンビの一匹に激突コース。

 互いの体はぶつかり合い、俺はごろごろと借り物の和服を土で汚しながら転がった。

 ときめきも何もない互いの体が触れ合ったのも束の間すかさず、なにかがのしかかる。

 ?

 『シャアアアッ!!』

 !? 熱く血なまぐさい腐敗臭が立ちこめる口をいっぱいに開いたゾンビが襲い掛かってきた。

 犯される!

 「誤解だ! 違いだ! 冤罪だ! つーか、寄りかかってきてんじゃ……ねぇっ!!!」

 女型らしいゾンビの腹に足を当て、そこを起点に強引につき離す。

 ズブズブと足先が肉に喰いつくようなねっとりとした質感の感触が足に伝わり、気分が悪くなりつつ早々に立ち上がる。いつまでも地面に倒れたままじゃ……ッ!?

 「シン?」 

 立ち上がろうとして、グラリと体が揺れた。いや、ふら付いた。

 (貧血? いや、違う。この全身から力が抜ける倦怠感……どこかで)

 「イヤァッ! 怖いよぉぉおお!!」

 「ゴッホォっ!??」

 俺の鳩尾にヘッドバットが綺麗にキマル。再び地面に仰向けに激突。……俺が一体、なにしたって言うんだ……ッて

 「ローザ、おめぇ、何やってん」

 「うえぇぇええん! 怖いよ! お墓! お化け! 幽霊! 幽霊! 幽霊!! ワァアアアンッ、お父様ァアアアアアッ!!」

 「だっひぃい!! うぉおっ!!?? やめ、グリグリと顔を擦り付ける…な! そこッ! はお父さんじゃねぇェんですよ!! うひぃぃいいぁ!!!」

 俺にヘッドバットを決め、一緒に倒れた長い白金色の髪と頭と顔を一心不乱に助けをもとめるようにこすりつけるローザ。たしかに怖がる娘が、父親の腹に顔をこすりつける場面を想像するけど! 今、お前がグリグリしてるのちょっと下すぎ!! おい! そこの騎士! うらやましそうな面して見てねぇで、とっとと助けろ!

 「ダメだよ、ローザちゃん!! そこはお父さんじゃなくて、どっちかっていうと進さんの息子さんだよ!」

 「いや、優子。そういうのいいから……それより、ローザ! 早く離れなよ! そんなことしてる場合じゃない!」

 優子と智子がローザの足を引きずるように、俺から引き離してくれた。ナイスだ。やばかった。なんかやばかった。もうすこしで、なにかがヤバかった。

 「ウっ……ひっクっ……ううう、ズゥピッ」

 「ゼぇ……ゼェはぁっ……オイ! アルバイン、後ろ!」

 ぼさっとして突っ立てたアルバインの背後にゾンビの姿を目視し、叫ぶ。俺の声を受けてから振り返り、驚くアルバイン。

 それを俺も責められない。なぜなら気配が薄いのだ。目でとらえていても、今にも消えてしまいそうな、だが、実際確かな質感をもって存在している。まるで…

 (存在感が無い。まるで、幽霊だ。ゾンビを操る術者でもいるのかと思ったが、これは……まさか)

 オヤジから聞いたことがある。集団が共通の超常現象を直面すると魔術が疑似的に発動した時があって苦労した事があったのだと。

 チラリと横目でアレの存在を確認する。未だ、アルバインによる縛りで身動きと、力の供給源である地脈を俺のイザナミで封じられた五右衛門(幽霊)はあの場に固定さて身動ぎ一つしていない。 

 だが、アレが原因でまず違いない。あのヤクザどもは魔術の素人ばかりだった。そんな奴らが幽霊の存在を確認、存在を肯定してしまったのが原因なんだろう。中途半端な存在確認の証があのゾンビの集団。

 過去の過ちばかりしてきた奴らの潜在意識が無意識に呼び出した過去からの亡霊……生きているのか死んでいるのかわからないの動く存在……だから、ゾンビか。安直だが、たしかにこれなら合点がいく。

 しかし、つまりは

 (ゾンビは地面からわらわらと湧いてくるんじゃなくて、召喚されてるってことか! 発生している力場を打ち消さない限り溢れ続ける。いや、発生の起点であるあの幽霊さえ消せば……いや、待て!!)

 あの体のふらつき、倦怠感――っ

 はじめ、ゾンビに蹴りを入れた時には気が付かなかった自分の体の強靭さを恨む。

 はたと気が付いた時にはもう遅い。この体の重さを感じ瞬間に気が付くべきだった。あの幽霊が発想の起点だとしたら、あの能力も付与されていてもおかしくはなかったのだ。

 「止まれ、アルバイン!! そいつに、そいつらに触れるな。吸われるぞ!!」

 ゾンビに肉薄。剣を振り上げ、ゾンビの首筋に叩きこんだアルバインは、近づきすぎていた。

 「エ……?」

 なにが起こったのか理解できないような声を出して、その場で崩れ落ちる。

 (やはり五右衛門と同じ、生気への干渉能力ッ)

 さきほどからの体の倦怠感の正体に気が付くのが遅すぎた。発生の元となった五右衛門が有していた能力とどれだけの差異があるのかは不明だが、十分すぎる脅威。

 アルバインの剣は、ゾンビの首を切り落とすことはできず、喉仏半ばで刃が埋まったたま手放されている。そんな殺されかけた? ゾンビは怒り狂ったように? 未だ立ち上がる力さえ戻らないアルバインへと口を大きく開けて襲い掛かる。

 「チッ!! あの世へ、帰れ!!」

 ゾォン、とデザートイーグルでゾンビの頭を吹き飛ばした

 『シィイアアアッ!』

 が、下顎が瞬時に元に“戻った”。

 「なっ!!? 高速再…」

 (いや違う。死後の世界から来た存在―――死者は“死なない”。だって死んでいるから。死の概念の上位概念でも無い限り殺しきることがで、死やダメージを負わせることが“否定”されるのか!)

 近づくだけでも脱力してしまい、決死の覚悟で突撃し致命傷を与えたとしても一瞬のうちに元に戻る。

 動く腐乱死体のくせに生命力は生者を遥かに凌ぐ。

 それが見渡す限り視界に広がっている。

 数は少なることはなく、増え続け。

 使役している術者も、発生の格となる確かな存在も無い。

 その延長線上は―――世界の崩壊。マジか、こんな下町の墓場からとか笑えねぇ。

 (やっかい過ぎる! ゾンビどもを止める方法は、この場の幽霊目撃者が全滅する? いや、それでも止まらない。これはいわば魔術の暴走なんだから)

 考えながらの全力疾走。

 瞬く間に、倒れるアルバインの元へ駆けつけ

 「シン……ダメ…ダ…」

 「黙って、」

 「逃げ―――」

 今にも首筋に歯を喰いこまれかけているアルバインの足を間一髪掴み、引っ張り上げ

 “大きくふりかぶって”

 「―――ァ?」

 「歯ぁ食いしばれッ!!」

 フルスイングッッ!!

 「なんでブァァア゛ッ!!?」

 アルバイン(バット)体幹(ましん)でとらえられたゾンビ(ボール)は左中間めがけ、景気よくカッ飛ぶ。

 中弾道の軌道を描き、そのままそこらへんにいたゾンビを巻き込み、落ちた。おっしゃぁ、二塁までは走れるな。生気を吸われる心配? 奴らが五右衛門をベースに作られているとしたら効果範囲はそれ以上ってことはないはず。アルバインの身長ならば丁度ギリギリの範囲だったはずだ。

 「殲滅は無理だが、物理的に一時的だが追い払うことは可能だな。よくやったぞ、肉性バット兼メジャー」

 「シン……テメ……ブッ殺……」

 とりあえず、呪詛を吐いたイザナミの代替物をその変にポイ捨てする。コイツのタフネスなら何とかなるはずだ。……たぶんな。頑張れよ。

 「っ、今度はこっちか」

 視線を戻せば、智子と優子の背後からゾンビたちが忍び寄っているのが見えた。だが、まだ俺の足でも間に合う距離。

 さて、どうやって此処から逃げだす…か―――ッ!!!??

 (嘘、だろぅ――!? 力が抜け―――っ)

 足がもつれ、視界が霞んだ。意識を手放したい欲求にかられ。瞼がやけに重い。

 なんでオリジナルより範囲が広い!? 劣化が分身体の常識だろうが! 

 恨みを眼光に変えて、虚空素が興味をひかれている中心点であろう五右衛門を朦朧とする意識の中で睨み付けた。

 だが、そんなことをしても意味はない。わかってはいてもそうせずにはいられなかったのだが、別の光景をみてゾッとする。

 ゾンビがイザナミを引き抜こうとしているのだ。

 オイオイオイッ、と心で焦る。引き抜くといっても寄りかかるように地面に突き立つ大剣に当たっているだけなのだ。しかし、あれが抜ければどうなるか。イザナミは虚空素の流れを散らし、幽霊が再び地脈に戻るのを防ぐと同時に、アルバインの拘束を解く力を出させないための楔でもあるのだ。つまり、あれが地脈に干渉できないほど引き抜かれてしまえば―――

 「キャアアアアアっっ!!」

 悲鳴。そう悲鳴だ。誰の? 馬鹿か、俺は!! 

 たとえ、最近世界の神秘を知った人間とはいえ、優子と智子は一般人だ。

 こんな場所に遭遇すれば足が竦むにきまっている。逃げだせず、震えるしかできないなんて当たり前。

 二人の悲鳴のする方向へ走る? いや、イザナミが抜けてしまえばもっと最悪の状況に――――

 どちらに行く? 

 剣を。それとも―――――

 (それとも―――、だと! 阿保かッッ!!)

 「「進さんっ!!」」

 足を向けたのは、元の方向。

 ギリギリのタイミングで二人に覆いかぶさるように間に合った。しかし、二人を逃がすまでの体力がない。できるのは二人をゾンビどもの咢から庇う程度。

 背後から首筋に生暖かい吐息がかかった。

 (二、三口程度はくれてやる!! 純血の吸血鬼も腹を下した俺様の血が滴る赤身肉だ。せいぜい血反吐吐き散らしてくたばりやがれ!!)

 もう焼けくそ気味に歯を食いしばり耐えようと心と体を固くする。

 だが、一時の時間は稼げても、二人を五体満足で助けることは叶わないだろう。それがアイツにどんな顔にさせてしまうだろ……うか……だと?

 (アレ? なんでアイツのことなんか考えてんだ?)

 自分の行動だって正直、謎だ。

 間違いなくこの状況でイザナミを死守することが正解だったろうに。なに正義の主人公ぽい行動してんだ。俺らしく無いだろ? 魔王がいたらあんな奴なんだろ? 

 なぁ。

 なぁなぁ……なぁ……あぁもうダメだ。

 …………………………………………もう認めるべきだ。

 (そうだ、そうだな、そうですよ)

 あの時。五右衛門の斬撃を前に死を予感した瞬間。アイツの名前が口から零れた時点でもう確定してしまっている。遠回しにして逃げてもその思考はいつか俺に追いつく。感情とは抱いてしまった時点で確定するものだから。

 思えばいつからだろう?  いやいや、それもわかっているだろう?

 あの日。あの傲慢で怠慢な吸血鬼と対峙した時。

 あの娘が生きると決めてから垣間見せた凛とした意思を。

 ここが正念場です、そうアレが意思をもって言い放ったその時。その戦う姿勢から放つ魂の色に心奪わていたんだ。

 シビレたんだ。

 心が底のほうから、震えたんだ。

 (認めるよ、俺はアイツに――――)

 「撫子、俺は―――」

 かならず、お前の大事にしているこの二人は守りきってみせる誓うように、あの女の名前を噛みしめ―――

 



 「―――ハイ? なんですか?」




 眼前。

 本当に息が近づくほどの距離に、ボッ、とあの女、九重 撫子の顔面が子首かしげていきなり“出現”した。

 「―――――――――」

 世界が一拍止まる。

 呼ばれたから来ましたよ? とでもいいげな間抜けた面に俺は一瞬言葉を無くし

 「オォワ゛ァアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアッッ?!!!?!?!?」

 驚きと直前に考えていたことも相まって羞恥の悲鳴を上げてしまった。

 「ひぃいぃいやぁぁぁあああああッッ?!?!?!?」

 「撫子ぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉおんッッ?!?!?!?」

 優子と智子も、友人唐突すぎる出現に恐怖の悲鳴を上げる。

 「ウワァアアアンッ! 撫子の化け物ォォォオオ」

 次いで少し離れた場所で、ローザも同じような反応を示した。……て言うか、撫子の化け物ってナニ?

 『『『『『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!?!??!?』』』』

 って、ゾンビ共(オマエら)も驚くんかいっ!!! 

 「え…………、なんですか、コレ? あ、なんか泣きそう」

 みんな酷い、と俺や友人ら、かつ人外にさえ怖がられ、ショックを受けている撫子の出現に、ゾンビ共は怯んで下がる。

 (? 驚くのはわかるが、なんでコイツらここまで……)

 「ホワイ? ナデシコさん、どうして私より先に着いてしまえるんですか?」 

 陽気な声とともに、一人の男が撫子の後ろに同じように出現した。

 長身の牧師服を着たイタリア人、教会で出会った男だ。

 名はライトフィスト。東条 五右衛門と同じ、音芽組組長のもう片方の右腕。拳を主体とした暗技の使い手。

 彼と同じく東京都消滅の被害に巻き込まれ死亡したはずの男がヌッと音もなく出現したライトフィストは首を傾げて、考え込む。

 「私の縮地で一緒に入ったはずなのに変ですね……? たしかになぜかナデシコさんは縮地に入りやすそうな感じはあったんですが……コレはさすがに不思議すぎる」

 「そ、そんな私、特別なことは何もしてませんよ? ただ…………進が私の名前を呼んだ気がして……」

 「オヤオヤ! それはそれはそれは……ラブ……のなせる技、って事ですかね?」

 「ち、違うと思います! どっちかっていうと怒られると思ってビクビクしましたよっ! 恐怖のなせる技だと思います!」

 「…………」

 ――――なんだ、コイツら?

 いきなりすぎる事態について行くのがやっとの俺たちを置いてきぼり。

 動く屍が大量に湧いて増える疑似地獄のど真ん中に急にと現れとおもったら、眉根曲げて驚きの声もなく、なんかマイペースなムードでなんか……和気藹々と話はじめやがって。

 そいつの耳元でささやいてんじゃねぇよ。顔を近づけすぎじゃありませんこと? なんで今日出会ったばっかでそんなにフレンドリー?

 ……ああ……クソっ、なんかイライラする。

 「……別にオマエの名前なんて呼んでよんでねーよ」 

 「えっ? でも、進。私の名前を」

 「だから、呼んでねぇよ」

 「で、でも確かにっ」

 「ねぇよ」

 「な、なんで怒ってるです?」

 「あぁんっ!? 怒ってねぇよっ別にぃっ。呼んでもねぇし! 怒っても無いね! まったくこれっっっっっぽっちも怒っていませんですよ、ええ!!!!」

 「やっ、やっぱり怒ってますっ!!?」 

 わけがわからない、と顔に疑問符が張り付いたように涙目になる撫子。

 チッ! なんだ、なんで俺が悪者みたい……なんだ、イケメン牧師。なにこっちガン見してやがるだぁああ?

 「……君が進・カーネル、でいいのかな?」

 やさしく、でもなにか疑問を抱えているのが明白な躊躇いがちなその大人な低さがある声色に、落ち着きを取り戻して答えた。

 「どうだかな? 進・カーネルかもしれないし、カーネルサン○ースJrかもしれんし、しんのすけ(なにがし)やもしれんぞ?」

 「進っ!」

 お道化た態度な俺を撫子が咎める。だが、俺は真面目だ。なにせ、コイツ“ラ”の疑問に答えてやるんだから。

 「……俺はあんたらの知り合いの息子かもしれんし、違うかもしれん。俺も実の親の顔はしらないんだ。だから、答えは、俺から出ないよ」

 「―――わかった。ありがとう、進君」

 「感謝なんていらねぇよ。……それに永仕やアイツのお友達が言うには、違うらしいからな」

 「永仕が? なら違うのか……でも、似すぎてる。風格やら、なにから……あぁ、でもあの爆発するようなダメ人間さが感じられないし、それに、その赤い目もちょっと違うかな?」

 「もう確信してたんだが、オマエらの組長に対する敬意ってゼロなのね―――っと、ヤバいな」

 これまで悠長に長話なんて出来ていたのは俺たちを囲んでいたゾンビ共が怯んでいてくれたおかげだったのだが、その後ろから第ニ陣が怯む彼らを押し込むようにこちらに向かって近づいてきて状況が変わろうとしている。

 周囲から銃声と断末魔の叫び声が鳴りやんでいるのには気が付いていた。同時に逃げ道も探していたが、どうにもそんな隙間は無い。俺やアルバインが単独で脱出ならともかくこの人数を抱えて逃げるなど不可能だ。試す価値もない。

 「シン、どうすル?」

 いつのまにか、優子や智子、そして未だ役立たずなローザを連れてこちらに寄って来ていたアルバインに問われ、どう返事を返していいものか迷うほど、正直追い詰められていた。

 (このままだと、腐りかけの肉壁にもみくちゃにされてジ・エンド。だが、四方八方を囲まれた状況を強行突破で駆けても、アイツらのもつ精神吸収で力尽きて食い千切られる運命は変わらない。俺が力任せに行くのもアリだが、俺の全力を受け止められる物質なんてイザナミ以外に無いし、未だに増殖しつづけるゾンビの数を相手にどこまで持つか……)

 「進君。五右衛門はどこに?」

 「あ? あぁ、あそこに捕まえてあんだろ?」

 どう逃げるか、その算段ばかりに気を取られ、顔を向けず、おざなりに返事する。

 「あれが……?」

 「あぁ、アルバインの拘束の魔術で――」

 「無様だな」

 「ッッッ!!」

 発汗し、緊張に顔が強張った。

 反射的に、その恐怖を覚えるほどの殺気へと振り返る。そこには温和な牧師服の男などいなかった。いるのは、まっすぐに拘束され膝をつく幽霊を嫌悪で睨み付ける一人の殺し屋が、あまりの怒りで周囲に殺意を垂れ流しにしてしまっている姿。

 「五右衛門」

 「…………」

 「いつまで寝てる、五右衛門」

 「……………………」

 なにを馬鹿言ってる? これ以上状況を悪くするな、そう言うべきはずだ。

 「さぁ、早く起きろ」

 「…………………………………………」

 だが、できない。この場の誰もが言い出せない。

 誰ができるものかよ。あまりの迫力に飲まれ、この場の俺を含めた全員がビビッて動けないのだから。

 「さぁ、さァ、さァッ!! とっとと起きろ、アホンダラァッ!! 右を! 組長の右腕を決めるのだろう、東条 五右衛門ッッ!!! 私が認めた右腕にたり得る、我が友よッ!!」

 「!!! オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オアオ゛オ゛オ゛オ゛ッァァァアアアア゛ッッッッッ!!!」

 一人が吠え、もう一人が雄たけびをあげた。

 呼応するような叫び声とともに、アルバインがまるで不意に電気でも走ったかのような反応をし、ほぼ同時にゾンビ共が緩慢な動きを急に止め、囲むように飛びかかってきた。

 声を上げた“二人”めがけて。

 (数が―――)

 多すぎる。その荒波にも似た数のゾンビはこちらにものしかかってこようとしている。少しでも被害を抑えようと拳を振り上げ――

 「『邪魔くせぇ』」

 ――熱を感じられない乱暴気味な声とともに屍の荒波が、拳と刃の暴風(らんだ)に押し負け四散した。

 逆に押し負けたゾンビ共が逆ドミノ倒しのようにぶつかり合い、無様に自滅していく。

 (見え無―――)

 自分の視力にあった自信が消失した。

 俺が確認できたのはゾンビ共の体に拳が突き刺ささった“後”。

 繰り出されたはずの、ゾンビの体を粉々にした硬い拳や、相当な総重量を押しのけた威力を生み出した遠心力を伝えた腕部もなにも捉えることができなかった。

 そして、驚くべきことにあまりにも静かだった。ゾンビどもが弾けた音は確かにあったが、炸裂させた当人からの音はほぼ確認ができなかった。

 あれほどまでの高威力にしては不気味なほどの静音。

 逆に彼の力ではない、といわれたほうが信じられるが、ライトフィストの足元、見えない足先がある地面が外力を受けて陥没している事が、攻撃の発射地点を証明している。

 アルバインと顔を合わせた。鏡のように信じられない不細工ずらしている俺たち。そして、一番近くにあったゾンビが立ち上がらず、そのまま蒸発するように消えたことを目撃しあった。

 「再生しなイ?」

 「まさか…死を超越して…」

 死なないはずのゾンビが、死んだ。

 いや、すでに死んでいる者をさらに殺すことができないという概念自体を打ち消したというのか。拳で? 信じられない。しかし、事実。それは起きていた。

 霊体という身となり獲得した力なのか、それともライトフィストの拳は死を超越した域にまで達しているという事なのか……恐ろしいな、こんなのが“二人”もいるなんてよ……

 手のひらに汗が滲みだして、もう一方を嫌気をさしながら見据える。彼もまた、ゾンビの荒波を薙ぎ払っていた。

 そこにいたのは、鍔のない刀を握り、全身を燃やすように幽気させながら立ち上がっている足のない男。

 出会った頃より輪郭がハッキリしてきた和服姿の幽霊は口元を裂くように笑う。

 『……待っていた……待っていたぞライトフィスト』

 「待たせたね。本当に。……そして、今日で終わりにしよう。もう生者を死者が狂わせてはいけないのだから」

 始まりは突然。

 構えもなく、合図もなく、自然体のままに、あまりにも滑らかに、戦いの火ぶたをきるように、二人の幽霊は地を“蹴った”。

 それは、果たされないはずだった約束の決闘。当人以外が望まず、価値があるとは言い難く、悲しみしか生まない。どちらが、右腕にふさわしいか決める戦い。

 その火蓋が、静かに、しかし何より、苛烈に切られる。

 互いの右腕を振り上げ―――――、一閃

 




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