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con-tract  作者: 桐識 陽
5:果たされない約束の亡者
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4、桜亡き地で (上)

   



 4、桜亡き地で (上)





 「やっぱり、此処でしたね」

 滴る汗を無視し、肺が要求する荒い呼吸を無理やりに抑えつけながら、私はその背に声をかけた。そうでもしないと、その姿は空気に溶けるように消えてしまいそうだったから。

 「撫子さん……」

 牧師でもないのに牧師服を着る暗殺者の幽霊は振り返ることはせず、ただただ一点を注視し続けている。

 深夜。夜の闇が色濃い時刻ではあるのだが、この場所はさらに暗く、重い雰囲気が辺りを闇色に染めていた。

 「ここ、昔はもっとこの時間にだって街明かりや人通りは多かったですよ……」

 記憶が、戻っているのだろう。

 今と昔の情景をかぶせるように語る彼の言葉には、それを確信つけるだけの重さがある。 

 だが懐かしむ事はできまい。

 なにせ、此処も彼の記憶とかけ離れた景色となっているのだろうから。

 第三次世界大戦末期、東京が謎の攻撃を受けた日を境に変わってしまった。

 まるで戦争の傷跡を隠すように立てられた白亜の壁は、月光の角度もあってこの場に巨大な影を落としている。

 ソドム最西端。他の外壁以上に高く建造され、日本とソドムを分ける象徴たる隔離防壁。壁になぞるように北に向かえばすぐ日本国自衛隊が在中する外壁正門があるため、ソドムの住人でも近寄るのを避ける場所。

 まるで鉄壁さと、清潔感と歪んだ正当性を感じさせる白亜色の壁が、日本とソドムを分け隔てていた。特に壁の向こう側は旧御用邸(隔離政策に並行するように、新宮殿を新たに関西に造り、皇室はそちらに移している)であるため、諸外国へのアピールの意味も込めてこちらは堅牢な作りになっているらしい(戦後の限られた資本ではそれが限界だっただけのような気もするが、わからない)。

 外から見れば美しいとさえ思えるこの壁。しかし、内から見れば戦災の余波で生まれた瓦礫と廃棄物の山が出来ており、この壁が不十分な戦後処理をただ封じ込めるために作られたハリボテの蓋に見えて仕方なくなる。

 そんな戦前の傷を残しつつ、戦後という新世代に作られてた壁の狭間で、彼はポツリと取り残されたように途方に暮れていた。

 ここは、あの過去の記憶が流れる世界で私が赤ん坊の声を辿り、行きついた場所。

 たしかに赤ん坊はいた。

 ただし、私の目にはある人の死体がまず映った。

 頭部を強く打ちつけて、頭から血を流す彼はたぶん、打ち所が悪く即死だったと思われる。その表情がなにが起きたか判らないとでも言いたげだったのが強く印象に残っていたから。

 それは首と肩を落とし、足の無い身で今にも消えてしまいそうな、さらに希薄になった存在感の彼に酷似した姿であったのだ。いや、見間違えない。あれはライトフィスト本人だった。

 「ここが……ここ、なんですね?」

 その状態と似たような低く、生気のない死人の声で私に尋ねる。彼は気が付いているのか? 私が私自身も未だ理解できていない何かしらの方法で、過去の出来事を垣間見たことを。

 ならば、と私は迷わず頷く。

 「はい」

 「……そうですか……」

 彼はすんなり受け入れた。なのに……

 「逃げないでください」

 彼はまた何処かへ行こうとする。いや、逃げようとしている。今も、昔も。

 ピクリ、と小さいが震えた体がいい証拠だ。動きだそうとする瞬間よりも前に引きとめて正解だった。

 「逃げる? ……どこへ? もはや死んだ私がどこへ行くと思うです?」

 彼は振り向かず、小さな殺気をもらしながら苛立たしげに否定する。

 だが、もう、わかっている。

 「“どこにも”。あなたはただ、あの場所以外に行かなければそれでいいんでしょう?」

 「っ!」

 私の言葉に肩が上がるほど驚く素ぶりをみせて振り返った。そこまで見抜いていたとは思われてなかったのだろうか? 馬鹿にするな。

 「――約束しろ、ライトフィスト。かならず来い、あの場所に……あそこで“右”を決めよう――そうあなた達は約束をした。自分たちがあの人……音芽組組長と初めて出会ったあの桜並木のある場所で、どちらが組長の右腕なのかを決める、命をかけた―――人生最後の決闘の約束を」

 あの一部とはいえ過去を見聞けば、察することなど容易い。それにあの世界に私は飛ばされたというよりは、まるで世界の一部になったような感覚だったらしく、私は約束の場所を、今と過去の“現在ある場所”までなんとなく判っていた。

 「知っていますよ、私は。約束の場所……あの桜並木があるのは旧東京都北区。指定時刻は12時ジャスト、あの破壊兵器(ディバイド)が落ちてきたのと同じ時刻。なのに、あなたはこんな離れた場所で……旧千代田区寄りの旧台東区付近で死んでいた」

 用事や急用が入っていた? 命をかけ合う決闘を約束した人間が? あり得ない。

 「もう判ってますよ、ライトフィストさん」

 ここまでくれば察っしていないのは、馬鹿だ。 

 「あなたは……約束を破って――――逃げましたね?」

 



 ――視点変更 1――




 鋼の(ツルギ)と、正体不明の黒い大剣(キカクガイ)が火花を散らして衝突していた。

 「シィィンッ!!」

 「アァル、バインッ!!」

 体ごとぶつかり合うような競り合いの最中、互いの名を罵倒し合う。

 空中で。

 一秒後、宙で体を捻り横一閃に斬撃を放つが、大剣“イザナミ”の質量を盾にされ防がれる……

 「シッ!!」

 ……事は判っていたので、剣を盾にした瞬間、剣撃の流れで回し蹴りを剣の腹に叩きこむ。

 閃ではなく、打を打ち込まれた進は後ろに飛ばされていく。

 「ハァッ!? なんだそりゃぁ!!」

 まるで慣性の法則を無視するように、勢いを殺すかのような空中の受け身を取りながら、銃弾を放ってきた。

 僕は驚愕しつつもどこか予想していた強引な力技の軌道を見抜き、滞空中から剣の重さを利用するように縦横無尽に避ける。回避した方向にあった電信柱(もう電気は流れていない)に飛び移り、その先に絡みつくように立って、相手を睨みつける。

 いつもの黒のコートと、ジーンズ……ではなく、黒のジンベイを着た男が左手に銀色の銃、右手に黒すぎる大剣を弄びながら一間隔空いた先にある電信柱の先に器用にも靴底をつけて立っていた。

 「オイオイ、ナメてんのか、アルバイン? 殺気が薄いぜ、オイ?」

 日本人特有の黄色気味な肌と黒い頭髪と同じく日本人男性における18歳における平均身くらいの男。

 だが、異常なほど“紅い”瞳で、こちらを見下すこの男を、僕は監視してきた。

 初めてこの地を訪れた原因となった事件を共に解決した日から、強すぎる彼の内にある謎の力の危険性から騎士として監視、もし人類の敵となるならばこの手で始末をつけ、。そう本部に自ら願いを出していた。

 だが、この三カ月視てきた進・カーネルという男はその力を振るうに相応しい、とは言えなくとも、化け物になることを踏みとどまる芯の(やさしさ)を秘めた男である、そう評価していた。していたのだ! なのに!

 「シン! なぜダ! なぜあんな言葉を平然と吐けル!」

 「あんな言葉? あぁ、クズが何人死のうとどうでもいい、って奴か? ……それがどうした?」

 「…………セット、ブレイズ」

 剣の先に人の胴体ほどのプラズマを帯びる炎弾を作り出し、間髪いれずに進へと向けて振り抜いた。

 そこにいたはずの進は、どこかへ消え失せており、炎弾は着弾と同時に周囲を爆炎でかき消すだけで終わった。

 「ハッ!! いいね、その怒ってる表情! もっと全力で来いよ、騎士様!」

 挑発する声の後、銃声がした方へ跳ぶ。銃弾が頬をかすめたが軽傷だ。

 廃ビルの屋根を足場に、どこかへ走り去ろうとしている。とんでもないスピードを魔力無しで純粋な筋力のみで体現する進。

 (逃がすかッッ)

 「セット、ウインド……加速せよヨっ(アクセル)!!」

 生みだした風を剣に纏わせ、己の魔力でさらに強化。剣を背に回す様に構え、風を解き放つ。

 瞬間的に爆発させた風の助力を得た一歩が、200メートルはあった距離を瞬間的にゼロに近くした。

 だが、まだ進に剣が届くまでには至らない。

 だったら、伸ばすまで。

 「装填(ロード)追加(プラス)、ウォーター、……“連結せよ(コネクト)”」

 剣を斜めに、剣に風で閉じ込めるようにしていた水分を斬撃に添わせるよう、流れるような動きで肩口より放つ。

 「騎士の流技(キャバルリー・アーツ)、“カッター”」

 「!!!!!!」

 直感が働いたのか、こちらを見向きもせず、いきなり進は真横に転がるように全力で回避した。その一秒にも満たない後、彼がいた地点を中心に世界が斜めに裂けた。

 切断面はまるで刀で切り裂かれたかのような鋭利さ。足場にしていた廃ビルがズルズルと斜めに倒壊していく。

 「ウォータージェット切断っ!?」

 伸びた斬撃の正体をすぐに看破した進は、倒壊するビルから間一髪隣のビルへと飛び移る中で理不尽にさらされたように叫ぶ。

 300MPa(メガ・パスカル)程に加圧した水を0.1mmから1mmほどの小さい穴に通すことで細い水流を生みだし、それを加工など扱う技術の事をウォータージェット加工・切断、もしくは、まるで鋭利な刃物で斬られたような切断面からウォーターカッターと呼ぶ。

 剣の刃に纏わせた高速で流動する風の下と刃との間に風圧の壁を作り、溜めた水を斬撃とともに放つこの技は当初、その切れ味を視た他の騎士から断頭台(ギロチン)と呼ばれていた。だが、キャバルリー・アーツを作ったホーキンスが騎士らしさに欠けるとして、名を改めた経緯があった。

 風と水を使った騎士の流技。形としては斬撃だが、斬るというよりは水流に当った部分を吹き飛ばすイメージが正しく、打撃の延長戦である以上距離が離れれば、離れるほど威力も落ちる。

 それが判っているのだろう。進は回避と同時に駆けだしていた。

 「魔術ってのは、ホント科学泣かせだよ、まったく!」

 「チッ」

 正体不明(オマエ)が言うな……

 舌うち、など何年ぶりだろう。

 ただただ、イライラする。

 攻撃を多少繰り返した後、すぐに離脱、僕が追いかけ、また多少斬り合う。その繰り返しだった。

 なんだ、これは……。

 僕は一体何をしてるんだ。

 お前はこんなはずじゃない……もっと強いはずだ。

 こんなものは……

 こんなの戦いなどではない。

 僕を後悔させるんだろう?

 逃げてばかりで……

 「……もっとキチンと戦えヨ……シン」

 脱兎などと比べ物にならぬ速度で走り去ろうとする進を追いかけるべく、こちらも剣に風を再び纏わせ、跳んだ。

 ……ハハッ……




 ――視点変更 2――




 (そうだ……それでいい)

 爆風を完全に味方につけて、高速でこちらめがけて飛んでくる騎士を視界にいれつつ、俺は何度目かの攻防に再び、入る合図のように銃口をアルバインへと向ける。

 (そうだ……もっとだ)

 精神を研ぎ澄ませ、タイミングを計りながら。

 (まだ、だ。まだ、まだ……“遠い”)

 月に再び、雲がかかり始めてきた。

 (長い夜だな、まったく……)

 嘆息ついて、隠れて見えなくなり始めている月でも見上げたかったが…

 「シン!」

 「のんびり月見とはいけねぇなっ!」

 イザナミを斬り上げ、上空からの落下速度を利用してきたアルバインを迎え撃った。





 ――視点去来 1――

 

 

 

 「わぁっ!」

 「おっ、ま~たイイ感じに積もってるじゃないの!」

 雨戸を開けると、真っ白の世界が広がっていた。

 昨日の夜から降り始めた大雪は、今朝に完全に止んでいたのだが、世界を雪の色だけにする置き土産をしていたらしい。

 そんな雪が降り積もった屋敷の中庭に、まず飛び込んだのは…

 「おっしゃ! 一番乗り!」 

 …│小娘サヤよりも先に、│組長おとなが飛び込んでいた。大人げない。本当に大人げない。

 「あ! ズルイ! ダラク、ズルイ!」

 「わひゃひゃひゃ! こんなのは早い者勝ちよお! ちなみにわっちはアッチの方も早く果てるがな!」

 「アッチ?」 

 「……サヤ。いいんだよ、深く考えないで。さ、雪遊びの前に、着変えてこようね。おい、馬鹿。お前さん、またパジャマ泥だらけにして音芽に怒られてもいいのか?」

 「ワハハハ……ハ、ハ、やっべ……はしゃぎ忘れてた……けど、まぁ! いいや! どうせ、ここには雪ぐらいしか武器になるものないしの! クケッケッケッ」

 永仕に指摘され、雪だらけの顔面をさらに白くさせる組長は諦めたように、一人雪遊びを再開しはじめた。

 溜息ついて奥の部屋へと妹とともに去って行く永仕。

 ただでさえ広い中庭には人の気配がなくなり、閑散となる。

 「で、なんで隠れてるの? 二人とも」

 「別に隠れていたわけじゃない」

 「私もです。ただ│五右衛門これが気配を消していたので」

 「俺もだ」

 結果、互いに親指を向け合うことになった。まるで息が合っているようじゃないか。

 「ハハハ、なんじゃい。やっぱ仲がイイね」

 なにを言っているのだろうか? 仲が良い?

 「はっはっは。冗談はやめろよ、組長?」

 「ハッハッハ。笑える冗談ですね。組長?」

 「いや、二人とも。せめて口元ぐらい笑みつくろうぜ? なんで臨戦態勢? なんで殺気放ってんの?」

 中庭の縁側で繋がっている両端に立つ二人と、雪の中から這い出てきて、その真ん中で困り顔で突っ立つ組長。

 「お前さんら……組に入って何年経つよ?」

 「「かれこれ15そこら」」

 「息ぴったりじゃん? なんでこう……もっと仲良くできないかね~。お前さんら、だぶるらいと~なんて呼ばれてるんだから、もう少し、こ~……」

 「「なんだ(なんですか)? なんなら肩でも組みながら楽しげに街を徘徊してみせようか(みせましょうか)……その後、一秒たたぬ間に心臓に剣(拳)でえぐりとってやるがな……ッッ」」

 「息合い過ぎじゃない? そこまでくるとキモチ悪いんですけど…………まぁ、いいや。二人ともこっち来てお座りよ」

 組長は泥雪だらけのまま縁側にどっかりこしかけて、隣に座れと、バンバンと板敷を叩く。

 二人ともそれに従って近づくが、組長を中心に一歩分開けて、どっかりと座った。いや、座ったように見せかけて、少し、ほんの少し、腰を浮かせてすぐ行動が出来る態勢をし合っている。

 そんな二人を交互に視る組長は、とてもガッカリしたように肩を盛大に落とし、これ見よがしに白い息をついた。

 「なんでこ~、もっと、仲よくっつ~か、互いを信頼? 隙を見せ合う? 背中を預ける? なんといったらいいものかね? ま~……そうだね。互いを認め合わないのかね~、お前さんら」

 「それは出来ているぜ、組長。こいつは強い」

 「私もですよ、五右衛門は強者だとわかっています」

 「えっ、そうなの? だったら…」

 「「だが、俺(私)の方が強いッッ」」

 「それだよ! それ! それがいけないの! 仲良くできない原因! いいじゃん、そこは、さ……2人で右腕。二人で両の右腕! それでいいやん!」

 「「俺(私)は元から両の右腕、などと括りにされることには納得出来ていない(いませんよ)」」

 「わかった。もう、いいよ! それがお前さんらの関係の在り方ってことでもうオッケー! なんかめんどくさくなってきたからオッケー!! 気を取り直してさぁ、二人ともわっちと雪合戦とい…」

 「……そのパジャマ。昨晩アイロンかけたばかりだったんですが?」

 「アヘ?」

 背後から聞きなれた美声――




 ――その刹那。気がついたその時には、中庭の雪に頭を突っ込んだ四つん這い姿勢の組長(バカ)が、赤いふんどし一丁の状態で、尻にドでかい氷柱(つらら)をぶち込まれて痙攣していた。



 

 「「ッッ!!??」」

 「雪の冷たさ如きであなた様の馬鹿が治るとは思いませんが、反省はしなさい」

 また洗い直しです、と怒りながら渡り廊下を戻って行く白い髪と着物の背中を、驚きから半立ちに固まる二人は、畏怖を込めてその女性を見送った。

 「さすが、我が最愛の妻! 雪しかないと思いこんでわっちの思考的死角を突くとはいとマジ可笑し!」

 クケッケッケッケ!! いつの間にかに立ちあがり、太陽にむかって快活に笑っていたふんどし一丁の男がいる。

 尻にぶっとい氷の塊くっつけながら……

 「いや、組長……あんたの(しかく)にデッカイ氷柱ささったまま……」

 「安心しろぉい! 鍛えてあるからよぉ!」

 「ここまで堂々と、変態だと言い張りつつ親指立てられる人も珍しい……」

 「おっ! 見ろよい、二人とも。桜に蕾ができてらぁ」

 雪が降ったが、今は二月半ば。季節が不安定な昨今の日本ならではの光景。今年の桜は例年より早めらしい。

 音芽組の中庭に一本だけ植えてあるソメイヨシノが蕾を作っている。

 「これなら宴会の連絡は早めがいいかね~」

 なにか重要なことが無い限りは、あの桜がある丘での宴は毎年必ず行われていた。宴の開催に合わせて、日ごろからお世話になっている方々や今は音芽組にはいない出身者や、かつて組に、いや組長の元で修業の名目で席をおいていた他の組の子息たちなどにむけて招待状のようなものを送っていた。

 電子処理にまかせた印刷物ではなく、一つ一つ手作業で書くため、私と五右衛門はとたんに嫌な顔になった。

 「そう、嫌がるなよお前さんら。手書きの作業ってのが重要なんだ。ようは気持ちの込めようってこと」

 「組長は手伝ったことないじゃねぇか」

 「だって~、わっち字へたくそなんだもん」

 「ノー、今年は逃がしませんよ」

 「ゴホッ!!」

 「ン~、冷えましたか五右衛門? あなたも、もう年ですね」

 「…………ぬかせ。それに……寒いならくしゃみだろうが、エセ牧師。ゴフォっ」

 背を向け、せき込む和服姿の皮肉も慣れたものだ。

 今年もこのやり取り。去年も、こういいながら。組の全員、音芽も含めてこの人を捕まえること叶わず、結局時間の無駄として自分たちだけで書くことになるのが通年の流れであった。

 変わらぬ流れ。でも、この時の流れが心地よい。

 復讐を終え、ただ流されるまま、死に場所を求めるように拳一つで殺し屋稼業をしていた頃には考えもしていなかった日常というなの幸ある時間。

 ずっと、この流れが続けば……

 

 

 

 ……良いと、思っていた。あの時は。

 開花前の桜を見上げながら、あれから五年も経ったのだ、と時の流れを早いと感じていた。

 「結局、五年前の宴会は中止になったな」

 「ああ……サヤが、眠りに入ったからな」

 サヤ――金狼は一定の周期になると長い眠りにつくのだと、彼女の兄である永仕は説明していた。

 睡眠の期間も初めは20年、次は10年と決まっていない。ただ今までの最長は途中ふらりと目覚めることもあったが前回の約40年間が最長。あまりにも長い睡眠が神の力によるものなのは確かであったが、私たちにはどうすることもできない。

 前兆はあるが、本人はただ眠いと言い始め、それが段々に強くなる。

 普通の睡魔にも思えるが違う。彼女はそれを強く激しく拒むのだ。

 なぜなら次起きた時にはガラリと世界が変わっているから。好きだったものが姿形を変え、もしくは無くなってしまっているからだと、永仕は死んだように眠る妹の手を握りながら涙を流して苦痛を漏らすように語った。

 結局、宴会はサヤが再び起きてから、という事になり、組員全員が納得した。

 いや、それとは別に納得できないことがある。この意見を強く言いだした組長が妙に自信ありげに「今度は40年もかからない。おそらく10年も経たないうちに飛び起きるだろう」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。

 「なぜ、組長は……」

 「? 組長がどうした、ライトフィスト」

 「……いや、なんでもない……それより組長は?」

 「またどこかに行っちまったよ。最近、多いな。永仕は最近ちょっかいが増えてきている吸血鬼の勢力を潰しに行っている。音芽さんも協力してくれている同業系の方たちの所に挨拶にいった。今日は……パドのところだったか」

 「最近、やけに多いな」

 この所、組長と奥方はやけに外出を繰り返していた。今は旅客機にも護衛戦闘機が必須な時代。世間では第三次世界大戦中の影響もあり、海外への渡航は、よほど特別な用でもないかぎり国境を超えることは推奨されない。

 それでも行ったという事はそれだけの意味を持つということ。

 だが、そんな大事を、私達にはまったく話してはくれない。

 私たちでは役不足ということか? 両の右腕、などと名乗らせておいて……

 「ゴホッ……ライトフィスト……」

 「なんだ、五右衛門」

 「お前……今年で年はいくつだ?」

 「ホワイ? 45になる……まぁ、お互い年を食ったな。あの日、組長と出会ったのは……え~」

 年をとる、というのは悲しいものだ。あれだけ鮮烈な出会いをしたのに、あの記憶を思い出すだけでも時間がかかってしょうがない。

 感傷的な気分に浸りつつ桜の木を見上げながら、顎に手を当て考えにふける。

 「ゴ、ゴフォッ!? 27の時だ……バカヤ…野郎っ」

 「馬鹿とはなんだ、馬鹿と……え?」

 いつもの罵詈雑言。いつもの軽口の叩き合い。

 そう思って、横に立っていた男へ視線を向けると、そこには誰も立っていなかった。

 いるにはいる。だが、その光景が信じられず、私は思考を停止せざるを得ない。

 だって、倒れているのだ。 

 あの何度殴り倒そうとしても、倒れぬ男が。

 口から多量の血を吐きだし、地面に倒れているんだ。

 これをどう、信じろというんだ。

 「ご、五右衛門ッッッ!!?」

 「怒鳴るな……うるせぇ……」

 「なんでっ!? 如何して!? こんな……こんな」

 初めてこの男にかけるべき言葉を思いつかなかった。どうして。いつもあんなに……いや、それよりも救急車……医者を!?

 「焦るな、ライトフィス…ゴボッ!? ハァ…ハァ、別に今に始まったわけじゃ……ねぇんだ。大丈夫だ、まだ自分で立てるッッ」 

 手を貸すことを拒み、自力で立つ彼は、これまで視た事ないほど弱りきった姿でなんとか立っているだけ。これは。

 「病か……一体、いつから?」

 肩を上下に揺らしながら過呼吸気味に息を荒げながらようやく彼は落ち着きを取り戻していく。それと比例し、私も表面上は落ち着いてきたように思える。

 「ゼェ…ゼェ……5年前。いや、自覚したのが4年前。医者にみせたが……肺と内蔵をやられてる“らしい”」

 「なんだ、その曖昧な言い方は! 病名はなんだ! 早く治療を……」 

 「無理だ。ありゃ良い医者だ……そいつが言うには俺の体を“なにかが”……小さな機械が蝕んでやがるそうだ」

 「……バイオ・ナノマシン」

 世界大戦の産物。殺傷力は通常の細菌兵器には敵わないが、対象を指定し、確実に殺す微細な殺人機械の存在は認知されていた。

 「まさか、誰かが……音芽組の敵対勢力……が?」

 「敵? いや、たぶん違ぇ……思い当たる所は…ある。俺が生まれ育った町はよぉ……文字通りゴミだめでよ…近くに廃棄工場に見せかけた兵器工場なんかあった。そんな所の水なんか汚くて飲めたもんじゃなかったが、生きるには…………飲むしかなかった。それじゃないか……とは、思うんだけどよ」 

 その味でも思いだしているのか、ひどく苦そうな顔。そのまま自分の過去をうわ言で語り始める彼を俺は止めることもできず、ただ聞くしかない。

 バイオ・ナノマシンの中には、寄生した対象の体細胞を強化もしくは潜在的な能力を引き出す強化人間研究にも使われていたと聞く。成功例の話は聞かない。逆に、強化され過ぎた細胞がすぐに壊死しはじめて死にいたったという話や、狂暴性を増した被検体が最後には自殺を選ぶなど失敗例ばかり、噂話程度だが耳に入ってきてはいた。

 この音芽組で虚空素の使い方を教わり、それなりに常識はずれな動きが出せるようになった私から視ても五右衛門の基礎能力は常人を遥かに超えていた。その理由がバイオ・ナノマシンだと言われれば納得がついた。だが、それが年をとった彼の隙を突くように、病を引き起したというのか? 

 「ゴミ飲み食いしながらでも、なんで生きたいかなんて考えずにとりあえず生きていく術を……なんてことも考えず、気が付いたら人殺しになってた。同じゴミだめの、同じようなクズを、俺と同じように腹減り過ぎて頭がおかしくなった殺しに来る奴らから始まって、なんだかんだで気がつきゃ傭兵崩れの盗賊団の一員……あぁ、そいつらも俺が殺したんだったけか……その頃からか、強さが欲しくてたまらなくなったんだ」

 うわ言のように己の過去を語り始める五右衛門。

 怖かった。ただ怖かった。その姿がまるで、走間灯(さいご)を視ている人間のようで。 

 「ただひたすらに己の強さを求めて切って、斬って、斬り殺し続けた。悪人も善人も男も女も子供も関係ない。武器を持とうが持たないが関係ない。己の力を振るう連中すべてを、俺は斬りつけながら生きていた」 

 腰にさした、一振りの刀を鞘ごと引き抜き、半ばまで刀身をむき出しにして自分の顔を写させる。そこに映るのは、血を吐いた後を顔に残した死にかけの男の顔が当然のようにあった。

 「こいつは良い剣だ。初めの獲物がバケツの蓋だった俺が、こんな大業物でチャンバラかまして、守りたいなんて思える連中と、仕えるべき人を持ってるなんてよぉ……ほんと、本当にもう、このまま死んでも“後悔”は無い――」

 「ふざッッ――」

 「――なんて言うと、思ったか」

 怒りをぶつけるつもりが、逆に静かな怒りにも似た闘志が私に向けられる。それは死を望む、弱りきった人間が放てるレベルの闘気ではなかった。

 「五右、衛門?」

 「後悔はある。だからこそ、俺はまだ死ねない。死ぬことは許されない。なぁ、ライトフィスト――――“右”を決めるぞ」

 「なに、言ってる……?」 

 嘘だ。俺は彼の言葉の真意がわかる。だが、認めらず、ためらい、そして、一歩気圧され、後ろへ下がってしまう。

 これまで噛みつき合い、吠え合い、拳と剣を交えあったも、譲ることは出来ないと一歩も引かなかった心の足を、私は初めて自分から下げた。

 (だって……でも……いいじゃないか。なんで今更……そんな意味もないことをするんだ……)

 だって、私達は二人で―――

 「最後に、頼む、ライトフィスト。俺は――死に場所は決めてある。だが、その前にハッキリさせておきたい――――お前と俺、どちらが強いのか、を」

 子供じみた、その理由。どちらが強いのか? それを比べ、これまで幾度となくぶつかり合ってきた私達。戦歴すら途中で放棄することにしたほど何度も手合わせして、けれども結局決めつけることができず、互いに認め合わない関係が続いていたんだ。

 今更。

 なんで、そんな死の間際で、そんなことを言いだす!!

「場所は、あの桜の丘。俺たちが初めて組長と出会い、敗北し合ったあの場所だ。今日はもう無理だ。明日、心変りが起きないように明日の昼、12時きっかり。組長たちは今日には帰ってくる、が知らせるな。これは俺たちだけで決めるべきこと……約束だ」

 やめてくれ。

 私は喉になにかが詰まったように声がだせない。ただ、血の気が引く感覚だけが体を支配し、ただ彼の果たし上代わりの言葉を受け取ることしかできない。

 やめるべきだ。

 そう口に出せない。彼が出させてくれない。いや、どうして口に出せる? 

 彼の最後の願い、それをないがしろに出来る? 

 だが、断るという選択肢は存在しない。なぜなら、彼が選ぶと選ばざると関わらず、やる、と言ったらなにがなんでも起こす性格だと、知り過ぎてしまっているから。

 「――約束しろ、ライトフィスト。かならず来い、あの場所に……あそこで“右”を決めよう」

 振り返り、去って行く後姿。それを呆然と見つめ続けた。その背が視界からなくなるまで。

 結局、五右衛門はそのまま屋敷からいなくなった。帰ってきた組長と音芽、そして永仕たちと会うことはなく……結局、私がすぐに疲れて寝床に入ってしまった、という理由で狸寝入りしたせいで、彼らに五右衛門の状況を伝えることはなかった。

 そうして、私は一晩眠れぬ夜を過ごし――――約束があった日の朝、身仕度と、書置きを残してから、“逃げだした”。

 

 


 ――視点変更 3――




 「組の皆に不振がられないように、朝食も共にし、掃除も手伝った。自然な形で屋敷を後にして、人目を避けるように徒歩で移動した。あてもなく、ただあの桜が咲いていたはずの丘から離れるように、逃げた。ああ! そうさ! 私は約束を破って、逃げたんだ! それの、なにが悪い! 今更、アイツを殺して俺が右腕になる必要がどこにあるっていうんだっっ!!!」

 かっこ悪いこと、この上なかった。四十過ぎの幽霊が、まだ世間の荒波にも揉まれていないような女子高校生に、気持ちのままに怒鳴りつけている。

 記憶の底から持ちあげたあの日の出来事を、彼女に語り、無様にも心情まで吐露してしまった自分をあの時と同じように不甲斐無いと、再び感じる。

 あれほどまで、アイツが嫌いだ、どうだと散々吐き散らしてきたはずなのに、五右衛門が死ぬ、と判った瞬間、私はそれを否定したのだ。

 本心から死んでほしくなかった。目の前から、隣からいなくなるなど考えられなかった。

 そして、彼の欲求が自分にもあったのは事実だ。 

 “右”を決める。真の右腕を。両の、二人の、彼の側近、懐刀。二人で一人。しかし、聞こえはいいが、もし、と誰もが思っていた。他ならぬ自分たちが。

 どちらがの方が、強い? 闘争に身を置く者としては、戦って勝った者だろう。だが、あの時点で私達の実力は拮抗していた。

 戦えば、どちらかが死ぬ。それが判っていた。だが、あの人の、組長に忠誠を誓った身として、それはできない。できるはずが、ない。

 なら、死が確定したのなら? 

 当然の衝動だろう。私の立場に変えても同じことをした……かもしれない。

 どちらが強い? 死を、確実にする決闘に勝利するのはどちらだ?

 死を目の前にした男が、最後に望んだのは、それだ。

 彼の真意はわかっていた。だけど、彼の死を認めたくない一心で逃げたのだ。

 約束など知ったことか、と逃げだしてようやくわかった。

 私は、もう彼とは戦うなど、できない。

 だって、私は彼を…………かけがえのない――

 「そうだとしても、あなたは逃げるべきで無かった」

 「ッ!!」

 カッ、となった。

 衝動を抑えつけられなかった。霊魂の身となったからかもしれない。精神が、いや心が、そのまま体を突き動かしてしまう。

 怒りのままに体が動く。なにも知らないくせに、と生意気な彼女に向けて攻撃の意志を放った。

 女子高校生との距離をほぼ無くし、拳がうまくインパクトを作り出す間合いで、高速の左を突き出した。 

 むろん、本当に当てるつもりはなかった。その意志が現れるように顔面を貫く寸前で、拳はピタリと止まる。だが、風圧だけは生みだされ、彼女の腰まで届く長い亜麻色の髪を巻き上げるほどの圧が彼女の顔を叩いてしまう。

 その事にさらに、罪悪感を覚えたが、それをかき消すように顔を下に背け、彼女を視ないよう、罵声を浴びせないように、地面に絶叫する。

 「なら私はどうすればよかったんだ!!? あの日! あの時! 私は死にゆく友に対して逃げる以外に! どうすれば……どうやって……なにをしたらよかった……どう選択しても…殺すことなどができるはずがっ……」

 泣き崩れたい。だが、霊体である自分の瞳から涙がこぼれおちることはない。ただ、黙って拳を突きだした姿勢のまま、ただ動けなくなった。

 どうしていいのかわからず、固まった。

 「……わかりません。私は、その答えをもってはいません」

 拳を包み込むような優しい掌の感触に顔を上げた。

 上げてしまった。

 そして、視てしまった。

 (――――ッ!!!!!!!!!!)

 彼女の顔。拳は当らなかったので傷はない。まったく変わらないはずの彼女の顔。

 そう、まったく“変わっていない”。

 私の掌を包む温かな感触。それがあるはずなのに、私は冷気にも似た寒さを……怖気を感じて悲鳴をあげかけた。

 拳の先、真っ直ぐに私を捕える二つの瞳。

 顔を若干下げ、上目使いに、こちらを真摯に睨む彼女。

 怒っていた。当たり前だ。攻撃をされたのだから当然の事。

 だが、私はもっと別、もっと深層にある事実に恐怖していた。

 瞳だ。

 亜麻色という別種の血が現れているものとは別の、日本人特有な黒褐色の光彩。どこにでもあるその色のもっと奥の黒い、黒く暗く反射しない深く、深い闇がある。

 月影のせいで影を深めているのは確かだ。だがそれとは違う暗闇がそこにはあった。

 幽霊だから? 精神体だから? それが判る。理解してしまう。

 この子は――――まるで“死”そのものだ。

 今の攻撃だって素人、いやプロが受けても死を直感し卒倒するだけの殺意は込めてあった。

 なのに、この娘はそれを直前で止められたとはいえ、受け入れ、そして震え一つ起こさずに、こちらに非を解いている。

 異常だった。世間の荒波に揉まれてない? 勘違いも甚だしかった。

 初めて会った時、私は彼女に、あなたの目は他の人と違うと指摘している。

 幽霊である自分を受け入れる速度が早かったことと、なにかズレた感性を持っていると思っていた。

 ここで確信する。

 彼女は死だ。まるで死そのものに漬かっているかのように死の概念と同化していた。幽霊である自分とは違い、生きているのに、死の中にあって、それでも生きている。死と共にある。

 もし腕を振り上げられ、暴力を加えられれば眼も背けて逃げようとするし。怖ければ叫ぶ事もできるだろう。死にたくないとも思えるんだろう。

 だが、死という概念を受け入れすぎてしまっているせいで、死が迫る恐怖を感じていない

 生きたいと望んでいても、死を恐れることができない。

 幽霊である自分をまるで生きている人間と同じように接していたのはこのせいだ。この娘にとって生きていようと死んでいようと、それは同じなのだろう。

 たぶん、己と本当に大切にしている、もしくは関わりがある人間以外の死など無意識下でどうでもいいと思えてしまうほど、その歪み過ぎた価値観は彼女の魂にまで深く食い込んでしまっている。

 歪んでいる。

 壊れている。

 なのに、正常に人間として生きていけている。

 まるで死と共に生きてきたとでも、言わんばかりに彼女は“正常に”死の概念を壊されていた。

 恐ろしかった。

 その闇色の光がひどく恐ろしい化け物にみえて、恐怖に動きをとめ、魅入られた。

 これまで何人に死を与え、与えられそうになった自分ですら、この子を哀れに思う前に、恐怖してしまう。

 一体。一体どれほどの濃厚な死を見聞きし与えられれば、こんな人間(こわれもの)が出来上がる?

 「ムカつきますか? 嫌ですか? 眼を反らしたいですか? でも、私にはそれでもと思います。あなたは逃げず、彼の元に、桜の木の下へ向かうべきだった」 

 …………なのに、なぜだろう。

 彼女の瞳には光がある。芯の部分とも言える中央に、かすかに、でも力強く、彼女を彼女でたらしめているような、強靭な意志の輝きが。

 別に本当に瞳の中に光があるわけじゃない。だが、ある。確かに。確実に。これが彼女を、九重 撫子にし続けているのだと判る一点の光。

 「少なくとも、私の知っている人なら……彼なら、そうしたはずです」

 彼? 彼ならばとと言葉にした瞬間、その輝きは強くなる。

 この一歩間違えれば世界の敵に成り得る美しい怪物を人間たらしめているのが、その“彼”なのだと悟る。それと同時に興味が湧く。会ってみたいとさえ心から思えた。

 「あの人は、素直じゃないから。本当は眼の前の理不尽すべてが許せなくなってしまうほど真っ直ぐな人なのに……あの斜に構えたっていうか、意地悪っていうか、なんか私にだけ厳しいっていうか、もっと優しくてもいいんじゃないですかっていうか、そりゃ借金1億突破ですけど……」

 (なんだ、後半になるにつれて愚痴になっていったぞ? それに借金? 女子高校生が借金って言わなかった? いや……聞き間違いだよな?) 

 眼の光りも、蓄積した日頃のストレスのようなどす黒い私怨のようなものに浸食されていってしまった。

 ―――かと思いきや、光はすぐに戻ってきた。

 「とにかく……私が言いたいのは、今すぐにでもあそこへ向かうべきだ、ということです。それだけは間違いないと断言できます」

 「そうして、アイツを“二度も”殺せと……?」

 記憶が戻り始めてから感じ始めていた存在感。今はまだあやふやなその感覚は、徐々に強まってきている。

 現れる。アイツが。私が知る限り、あの時代、あの狂気の世界大戦中において最強の剣士が。

 自分と同じように、足のない存在として、この地に戻ってきている。

 あの日の約束を果たすために? 

 だとしたら、私は再び、いや、今度こそ……自分の手で……

 そんなことに意味はない。

 だって戦いたくない。殺したくない。

 だって彼は……

 肉体があれば歯茎から血がしみで出ていただろうほど、歯を食いしばる。

 そんな私をみた撫子は小首をかしげる。

 「なんで?」

 「なんで!?」

 思わず聞き返してしまうほど、彼女の反応はキョトンとし過ぎていた。

 「別に殺す殺されるは“どうでもいい”んですけど――」

 「ッッ」

 体の無い身のはずが、体中を異様な気持ち悪さが駆け抜けた。

 彼女、自分が自然に言い放った意味の異常性がわかっているんだろうか?

 「――あなたが嫌なら、やらなきゃいい……殺さずに鎮圧しちゃえばいいでしょ?」

 その気持ち悪さが、さっぱり消え去るほど、九重 撫子の言葉には清涼感が満ち溢れていた。

 私は彼女が何言ってんのかわかんなくなって、意識が一瞬飛びかけた。

 いや、無理だ。そんなこと。手を抜いて生かせるどうこうの次元の強さではない。

 「“そんなことより”! 私は、ライトフィストさんが、“約束を破ったこと”に怒ってるんですよ! 話を“脱線”するのは禁止です!」

 「はっ? あ……、あっ」

 何か勘違いをしていたわけではない。ただその言葉の意味を理解することに遅れだけだ。そうだ、この()は初めから、私が五右衛門との約束から逃げ出したことに対して責めてくれていたじゃないか?

 (しかし……やらなきゃいい、か……あいつを鎮圧なんて考えもできなかった)

 実力は拮抗していた、といっても過言ではない。戦えばどちらかが死ぬ、最大の理由はそれだ。

 だが、彼女にとって、私達の果たし合いで、どちらかが死ぬことなど眼中にない。

 最善であって不可能すぎて頭から外れていた第三の回答を彼女はいとも容易く選んで答えたにすぎない。

 「だって約束を破られるのって、辛いと思います。私はそんな経験無いから軽く聞こえちゃうかもしれませんけど。それでも大事な人との約束は特別だってことはわかりますから」

 たぶん普通の人なら、今の話の筋を聞けば、私に対して多少は気を使い、優しい口調で諭す様に口当たりの良い気使いをかけてくれるんだろう。

 君は間違っていない、もしくは間違っているかもしれないが、だけど君は正しい選択をした、ような事を知った風に。

 別に私はそんな余計なお世話が欲しかったわけじゃない。だが、この子にそんな予想は無意味だった。

 だって、彼女は壊れているから……視線を奪う“死”という単語を無視して、最善の答えを余計な心づかいなく、選ぶべきだった正解を、気持ちいいくらいパッと出してくれるんだ。

 (ここまで簡単に言われてしまうと、あの日に頭を抱えて悩んで眠れなかった自分が馬鹿みたいだ……)

 フッ、と笑みがこぼれていた。

 そして、女々しくも、あの時、あの場所に彼女がいればなどと思ってしまった自分を(たしな)める。

 「彼……(シン)だったら…あっ、でもあの人だったら、約束した瞬間に不意打ちで約束じたいを無くしちゃうかも……いや、その方が進っぽい……」

 「プっ。なんだ、そりゃ……それじゃ彼、性格が悪いように聞こえるよ?」

 その進という人なら、私とは違う、撫子が示した第三の選択をする。そう信じていたはずの彼女の危惧するかのような呟きは笑いを誘い、彼に会ってみたい欲求がさら強まった。

 「そうなんです……進は性格が悪い。それを……あの人は自覚してしまっている」

 「撫子さん?」

 急に落ちた声のトーン。私から視線を外し、斜め後ろ、別の何処かへ視線を向ける彼女の表情は暗い。

 「あの人が魔王なんて呼ばれてしまっているのは、あのわけのわからない強さのせい。ただ、眼の前の不条理があれば自分の意志と力でなんとかしてしまうだけで、ほんとは強さよりも、あの不器用な優しさのほうが目立つはずの人なのに……」

 顎を少しあげ、遠くを見つめるようなその瞳にあるのは、心配の色。

 絶対の信頼を預ける男へと向ける女の眼光……では、決してなかった。

 「性格が悪いから、魔王がいたらこんな奴だから、彼はそれを自覚しながらも、自分の決めたことをやり遂げようとする。たとえそれが、誰かに嫌われ、恨まれることになろうとも……」

 (あぁ、これ、なんか視た事あるな……)

 どこで? なんて考えたのは二秒ぐらい。

 考えることすら馬鹿馬鹿しいのだ。すぐに思い当たるじゃないか。この眼差しを知ってる。ずっと魅せ付けられるように、観てきた。

 どんなに馬鹿だ、阿呆だ、甲斐性なしだ、なんて常日頃から口にしているくせに常に側にいるかのように半歩後ろに控えて、自分がこれと決めた男の駄目な部分を判っていて、でもそれが彼なのだから仕方ないと微笑む女性を知っている。

 私と五右衛門が組長の右腕だとしたら、あの女性(ひと)は“半身”。

 (音芽さん)

 今彼女は、あの美しい雪原の如く真白い髪の、組長の妻と似た瞳をしているのだ。

 あの女傑は組長をどこまでも愛していた。撫子のそれが同じではなく似ているのは、彼女がまだ到っていないからなのだろう。

 ただし、根っこは同じ。いつか彼女も気がつくはずだ。今君が視ている男こそが、君が選んだ“半分”であることを。

 「……自分が嘘を吐いて、目的のためなら傷ついても構わないって本気で思っているんです」

 それが私は心配なんです、そう語る彼女は、自分自身のその感情を、今の表情の意味を

 「自分にまで、イジワルにならなくたっていいのに……」

 その眼差しの意味をきっと、まだ知らない。




 ――視点変更 4――




 あれから、どれくらいの時間が経った?

 「しるかッ!!」

 一瞬揺るんだ心の隙に、分厚い黒の圧力が真正面から叩きこまれる。

 場所は空中。もうスタートラインとなったソドム15区から遠く離れた場所。その地面から6メートル程度の宙を滞空しながら、罵声と共に振り抜かれた真っ黒な大剣が迫る。 

 あまりにも全力疾走を繰り返し、荒い息と全身汗だくで、酸欠さえおこりかけている最中に、ふと此処は何処などと考えてしまった自分の不注意が招いてしまったこの状況。

 「~~~ッ!!」

 盾での防御が間に合わず、騎士の心というべき剣の腹でそれをギリギリに押さえつけるしかない。剣の悲鳴とリンクし体が雑巾を絞るかのように捻じれる決して幻覚などではない痛覚と、眼の前に迫ってくる死を体現しているかのような巨大な剣を捕える視覚を同時に襲う死の恐怖。

 ピシリ。

 そして、聴覚が剣に亀裂が走った音を捕えた。

 (マズ――)

 マズい。

 僕、アルバイン・セイクは特殊な魔術を扱っている。

 騎士が扱う魔術として鬼才の騎士が生み出した、魔術。その名を騎士の流技(キャバルリー・アーツ)

 騎士(おのれ)の武器と契約し、武器が持つ製造過程から持つ属性を引きだし、それを付加された武器と魔術で戦う現代近接魔術格闘(マジック・アーツ)

 多少の文言は必要だが、最適化された高速展開可能の属性付加は戦闘特化された現代魔術師と戦闘においても優位性を持つ騎士の流技。だが、それにともない危険過ぎるリスクがあった。

 それは装備する契約武器との親密すぎるそのリンクによって、武器が損傷・破壊されると契約者の肉体または精神にもダメージが発生する点だ。

 武器の損傷具合に比例するわけではない不規則性のあるダメージは決して軽視などできない。たった一つのひび割れで片足がねじ切りとぶ場合だってあるのだから。

 ただ、武器の方にも所持者の魔力によって耐久性とキレ味などの攻撃力が底上げされるので、鋼の武器でも一週間戦い続けても刃こぼれひとつ無いという現実的にあり得ないのがこの魔術最大の利点ではあるのだが

 (コイツの|理解不能正体不明計測不能膂力バカちからなんて受け続けたラ――ッ!!)

 計算など無意味。一撃必殺を軽々の腕一本でやってのけられる腕力の前に己の握る剣が悲鳴を上げる。

 (手放すカ? いや、もう遅イ)

 タイミングのピークは過ぎている。中枢神経系が手の末梢神経に届くまでに、剣は限界を越えて亀裂が走る。騎士の流技がもつリスクへの回避策である、契約武器を握らないことで魔術的パスを一時的に切断し、武器が破壊されてもダメージのリンクが起きない(これが無いと騎士の流技が発動しっぱなしになり魔力が駄々漏れになることへの回避策でもある)ことを選んでいる余裕はない。

 このまま進が(イザナミ)をそのまま振り抜けば、僕の(ロングソード)は真横に真っ二つ。

 どこか諦めを感じつつも、どうにかして手を離そうと試みるが……ダメだ。

 (ヤラれ――)

 「到着だ」

 途端に、圧力が抜けた。

 なにが―――? と拍子抜けした僕に、進がこれ見よがしにニンまりと下卑た笑顔を、返事とばかりにあえて顔を近づけ見せつけてきた。

 「お“(くだ)り”になる際はは足もとにご注意くだ、さいッ!!」

 「ぐべやぁっ!!?」

 落ちかけていた滞空中、体の捻りだけを勢いとした回し蹴りが僕の腹部へと入る。

 突然のことで判断が遅れる。そのまま地面に背中から無様に落ち、受け身も間に合わない。それでも勢いだけは受け流そうと着地からゴロゴロと転がり周った。

 乱回転に脳みそがシェイクされる感覚と打ちつけられ続ける痛みの両方を堪えること5秒ほど。もっと長く転がり続けるだろうと予想していたのだが、それは突然、“やけに加工された感のある硬さ”のある何かに背中からぶつかり、止まった。

 せき込んだが、血ヘドが吐き出ることはなかった。三半規管も視力も問題無い。体のあちこちが痛むが大した打撲はしていない。奇跡だ……

 「……まぁ、オマエの場合は足もとどころか周りを見ろっつったほうがいいのか? 途中から気がつくかな~、とか思ってたけど……本当に戦闘馬鹿だなテメェ。その頭に血ぃ上ったら視野が狭くなる悪癖どうにかしとけよ……」

 息を整えながら、僕の方へ視線は向けず、なにかを探す様な素ぶりをしつつ着地した進は非難の目をしている。

 (気がつく? なにを? それに――周り?)

 言われるがまま……というのは│しゃくだったが状況を確認してみる。

 立ちあがらず、背中をこの硬い何かにかけたまま座る僕と、乱れた和服をやけくそに直している進との距離は5メートルもない。

 一直線の人がすれ違えられる程度の道幅しかない歩道。その両端に似たような台座の上に長方体の加工された石素材のオブジェクトがずらりと並べられており、石の一つ一つに日本人特有の名字が彫られている。

 俗に、墓石と呼ばれることは僕にでもわかる。つまりここは死者を葬り、墓を建てる場所。

 「墓地……?」

 「そうだな。墓地だな……フィールドワークはかかさなかったから、ソドムの地理と風景は大体わかってたとはいえ……実際、一本も無いと悲しくなるな」

 どこかで期待していたような、失望が入り混じった皮肉を効かせた失笑を作る進。

 この墓地はそれなりに広いようだが墓石の低さもあって見晴らしが良く、周囲を見渡すことは容易い。ソドムの経済的余裕のなさのためなのか、それともこのような形式なのかは定かではないが墓所を預かる寺などはなく、外界とこの場を隔離する壁のように背の高い、大きめの葉が生い茂る木々が植えられていた。

 進の眼が写しているのは、その木々。

 一本もない? なにが……

 夏緑樹林もあれば常緑樹林もある雑多ぶりだが―――

 「……まさカ……」

 ここまでくれば僕でも察することができる。何がここに無いのかわかった。

 最近の話で、木といえば、あの種類は、あれしかない。

 本当にない。

 ここにあるはずの種類がない。此処にあるばずの木々が無い。

 永仕から事の顛末と共に聞いていた場所にはそれが咲き誇るほど多く植えられているはずなのに……

 バラ科の樹木の中で花が美しく干渉される属種が―――

 「“桜”の木は無い……ソドムが生まれた日に、いや、東京都の半分が無くなった日。打ちこまれた兵器の衝撃で丘ごと消し飛ばされたんだよ。俺がソドムに来た時にはすでに、ここは霊園だった。つまり、もう“無い”のさ。桜も、小丘も――――約束の場所とやらは、な」

 「そんナ……」

 ショックを受けるのは筋違いかもしれない。だが、男が互いの命をかけ合うことを約束した場所が今はない、というのはなんと遣る瀬の無いことか。

 だから、あの幽霊は彷徨っていたのか? 想い留まる地さえ失い、約束の地を求めて……

 (イヤ……それはなにかオカシクないカ?)

 約束の場所がなくなっていた。だから、約束した相手を探しに現れる。なんとなく理解できる幽霊の行動と思えるが。

 (目撃例が噂話に出てきていたとはいえ、出現率が少な過ぎル)

 10年以上前の話だというのに、近頃ふってわいたようなこの噂話。

 なのに本当の目撃者は、この事件を依頼としてもってきた織部、そして、自分たちだけ。これではまるで……

 (出現条件があるみたいじゃ……)

 「っ、マズイな……おい、構えろアルバイン。予想よりもお早いご到着だ」

 頭に過った何か視落としている感覚は、進の鬼気迫る声によって打ち消された。

 進は予想を裏切られたような顔でイザナミを背にしまうと、素早くデザートイーグルを左手を前に出す半身の形で狙い付けるのは――

 「幽霊」

 「おいおい、騎士殿? お客様に失礼だぞ、きちんと名前でお呼びしとけ…………五郎ざえもん、だっけか?」

 「だいぶ違うだろ、オイ」

 どこか心ここにあらずな印象がある間違い方するお前に、失礼云々なんて言われたくない。

 地面から這い上がるように現れた青白い陽炎に包み隠された人型の存在は左手に鞘におさめられた刀を持って顕現した。

 東条 五右衛門。

 そう呼ばれていた存在には、やはり足が無い。

 『……組…長?』

 「チッ、どいつもこいつも間違いやがって……なんだ? 幽霊になると眼が耄碌(もうろく)すんのか?」

 『…違う……弱い……弱すぎて違う』

 「ア゛ァ?」

 五右衛門の評価に、額にデカイ青筋を浮かべて犬歯むき出しにする進。

 『こんな……こんなものじゃ……どこだ、どこにいるライトフィスト……』

 「……悪いが、待ち人はまだこないぜ。うちの雑用係(ポンコツ)の交渉次第で早くも遅くもなる。だからよ……とりあえず、俺“たち”が相手だ」

 途端に事前に漲らせていたかのような殺気を必要以上に放つ進。それを受け、まるでこちらをようやく捕えたような挙動(かまえ)をする五右衛門。

 纏う炎をさらに滾らせるように存在感を増す幽霊の気配に、気押されかけた。

 「ッ! おい、シン。今ボクのこともまきこんだナ」

 「どっちみち、テメェは狙われてただろうよ……正直な話、俺じゃ役不足だったかもしれないしな」

 「役不足?」

 なんのことダ? そう問い返そうとした時には眼の前にあった幽霊が姿を消していた。

 「来るぞ! とりあえず――」 

 「オウ!」

 「――全力使って、下れッ!!」

 「オォウ!?」

 骸骨のような顔が、鼻先に現れて鯉口(こいくち)を切る音が耳を届――

 

 

 

 ――視点変更 5――




 ザザザァ、と風が大きく唸って、頬を叩いた。

 「……?」

 私は自然と視線を北……かつて北区と呼ばれていた地区へと吸い寄せられていた。

 これが、虫の知らせというなら

 「五右衛門……」

 なんて気が効き過ぎた、残酷な現象なんだろう。

 決断を世界に迫られる一人の幽霊は、俯く。

 長い沈黙の中、彼がなにを考えているのかは、完全に把握することはできない。ただ一つ判ることは

 「…………」

 この沈黙は逃げではないということ。

 決意を、振り絞るための、必要行為(おいのり)だってことだけはわかる。

 



 ――視点変更 6――




 「五右衛門……ライトフィスト……」

 風が体を責める様に叩いた。

 自然と見上げるのは、月。暗く黒い雲が覆い隠そうとし始めた冷たい夜空。

 「永くん……」

 「なぁ、巌くん。あの二人と始めて出会った時のこと、憶えているかな?」

 「あの二人……フフ、最悪の一言でしたな。組長を暗殺しにきた上、祝いの宴を邪魔され、揚句には組長のお気に入りになる……いつか殺してやる、そう思っていたのにね」

 頭を剃り、顎鬚を仙人のように伸ばした男が快闊に笑いながら昔を語る。巨大な体躯と黒の和服の下に隠れる筋肉質な肉体からは、彼が50代過ぎとわかる人間がどれほどいるだろうか。

 近衛(このえ) (いわお)。俺よりも年下だが、俺以上に年齢を感じさせる威厳をもつ親友の気持ちは同じであったらしい。

 「それが両の右腕なんて呼ばれだした頃には、あの二人が、あの馬鹿の斜め後ろに立つだけで様になっていたんだから驚きだったよ」

 「今ですから大きく言えますが私はね、あの二人に憧れていたんだろうね。組長と共に戦うことは我々にもできたが、組長の背を守ることはできなかった私達は特に。パド、それは君もではないかな?」

 「たしかにね」

 人好きのする小さな微笑みを堂々と決める伊達男は同意する。

 パトリック・ドニ。

 かつて、組長を師と仰ぎ、10年ほどだったが寝食を共にした“弟分”の一人。

 (……この子も変わらないな)

 紳士気どりで女好きのお調子者。だが、絶えず周囲に気を配り、相手の心に器用に踏み込んでくるキレ者。イタリアの古くからあるマフィアの家系に生まれ、今はトップの座を息子に託してしまったが、頂点に君臨していた就任期間でただの一度たりともマフィア間で無駄な一滴の血も流させなかった実績を作り上げた実力者となった。

 自身の生まれ方が原因で自分の家を捨てるように飛びだしてきた家出少年が、よくここまで大成したものだ。

 現在はソドムに腰を下ろし、所属するマフィアの事務所の支店から治安維持と物流ルートの確保に尽力してくれていた。

 彼は、両の右腕を、二人を知っている数少ない人間だ。

 五右衛門とライトフィストの強さを直に目にして知っている組員はもう組を抜け堅気に戻り平穏無事な生活を送っているか、他界してしまっている。

 悲しい事だが、人の一生は短い。想い出話なんてしていると特に強く実感する。

 そして、自分が化け物であることも。

 「…………エイジ(あに)さん?」

 「永君? どうしたんだい?」

 「なんでもないよ。さぁ、俺たちも行こう」

 顔と言葉に一切の悲しみは乗せず、真っ直ぐ彼らを引き連れるように前へ進む。

 屋敷正面玄関から外へ出るまでズラリと並行して立ち並ぶ組員たちの道を歩む。

 「「「「「いってらっしゃいやせぇ」」」」」」

 「留守を頼んだ。で、パド。音芽組からは誰も向かわせなくて、本当にいいんだな……?」

 「アァ、兄さん。そっちのことは私達に任せてほしい。なにせ、前々から“音芽”さんから頼まれていたことなんだから」

 「音芽さん? パド、お前さんなにを……」

 「……巌君。それは後にしよう」

 俺に窘められ、それでも気になる様にしわを眉間に寄せる巌。彼の疑問は解決せずにはいられない昔からの性分は、変わらない。

 大きく重たい大門が開かれる。そこに横つけされていた一代の黒色の(セダン)の扉が開かれたが立ち止まり、視線だけをとある方向、たぶん戦いが巻き起こるである桜亡き地へと向けた。

 (頼んだぞ進、アルバイン。俺は……俺の仕事をしに行く)

 「永君……こっちは私らが引き受けるから君は……」

 「いや、巌君。俺はたぶん邪魔になるだけさ」

 「邪魔?」

 これは逃げなんだろうが、俺が行ったところで何が出来るわけではない。

 進にも指摘されたが、逆に俺の存在は“邪魔”なのだ。

 たとえ、行きたい衝動が体を突き動かそうとしても、こらえるべきなのだ。

 夜空の月が再び顔を出してきた。

 それが本当の戦いの(しらせ)に思え、今度こそ迷うことなく車へと乗り込んだ。

 



 ――視点変更 7――




 鋭利さが見た目だけでも伝わってくる剣先が前髪をかすめていった。

 (ッ~~ッ~~ッ!!!)

 怖気と恐怖が脳ミソにまで一気に伝わり、体の末梢神経に命令を送る。

 戦え、と。

 でも―――

 「戦うなッて、言ってんだろうがッ!? とにかく逃げろ、馬鹿騎士!!」

 衝動を押さえつけるような怒声が後ろからとばされた。

 動き出そうとした筋肉を無理に止め、後方へと逃げるためのバックステップへと急変更。

 急制動をかけた影響は隙となる。

 そのわずかな隙を、文字通り、剣で突いてくる幽霊。 

 無様なほど焦りながら、体が倒れるようにして、またも薄皮一枚ギリギリに避ける。

 しかし、

 (ッ!? なんだ体が……?)

 グらり、と力が抜ける感覚に吐き気がこみ上げる。

 「チッ!!」

 耳に届いたのは大きな舌うちと、派手な銃声。

 墓石に着弾した音に目を覚ます様に正常に戻った視界には、後ろに飛んで銃弾を避けた幽霊の姿が映った。

 「何やってんだ! ととっとシャキッとしろ!」

 未だ重さが取れない体が無理やり乱暴に引っ張られる。腕を掴まれ、まるで荷物を背負うように運ばれて行く先で進の声がする。

 「か、体ガ……」

 「アぁっ!? アルバインっ、テメェも15区のはじめに視てたはずだろうが!? あれの周りで倒れてた連中と同じ目に合いたいのか!?」

 その言葉で思い返されるのは、意味もわからず倒れていた人間たち。

 「まさか……生気を吸うのカ?」

 「生気? あぁ、生気論ね。魔術師の世界じゃ定説みたいなもんか。生気=生命力とこの場合、割り切っりゃそうなんだろな。だが見た目の質量が変わってねぇところをみれば、吸ってる印象はない。生気を取り入れ、力に還元する能力をもってるようにも感じない。つまりは、近くにいる相手から奪っているよりは、影響を与えているのかもッ――跳ぶぞ、アルバインッ!!」

 墓石の頭に手をかけ、そこを起点に強く跳ぶ。

 祟られてしまいそうな行動ではあったが、そうしなければ上段から振り下ろされ、返す刀で飛び跳ねた後、すぐに振り下ろされる一連の動作が一振りと変わらぬ苛烈な連撃をまともに受ける羽目になっていただろう。

 進は僕を抱えた状態で4メートル以上は跳んでいた。魔力も使わず単純な筋力のみで。これには驚くべきなのだろうが、僕はそれよりも彼がまともに振り返りもせずに、あの攻撃を察知したことに強く驚かされていた。戦い慣れているだけでは、こうも上手くできない。常軌を逸したセンスがなければなしえない行動だった。

 「だから近づくの禁止、戦闘行為なんぞもってのほか! とりあえず、離れろ。目的の場所は……あそこだ!」

 進が指さす方。それは墓場の敷地の隅。端っこにある何も置かれていない広めの場所であった。

 何があるわけでもない。障害物がないため戦い安いが、逆にスピード負けしている現状、盾にする物がないのはどちらかといえば不利。そのはずの場所になぜ?

 「援護はしてやる。だからとりあえずっ、チッくしょう! やっぱり早ェッ!!」

 「グッ!?」

 滞空中突然放りだされたと思いきや、蹴りつけられた。

 肩部分にあたった靴底の冷たさを感じながら、ふと下を見れば着地予想地点と思われる場所に、刀を鞘に収める姿勢で待つ幽霊の姿があった。でなければ素直に蹴りをいれられてやるもんか。

 それでもギリギリだったらしく、蹴りが入った地点に刀の軌跡が通り抜けた。二手に別れて着地したのは偶然にも同距離で挟み込むような形となった。どっちに幽霊が来てもおかしくない距離。

 なのに、幽霊はまっすぐアルバイン・セイク(ボク)に駆けてきた。

 「なんでボクばっかリ!?」

 進が指定した場所は、今彼がいる場所を挟んで反対側。とりあえず右周りに走りだすことにした。

 追いかけてくる幽霊は迷いなく刀を下段に構えたまま追跡してくる。足音も摩擦音も感じさせないすり足のような動きはテレビメディアで表現される幽霊そのもの。

 「シン! おい! キミも引き受けてくれヨ! なんで、僕ばっかリ!!」

 僕に悪意は特になかった。追い回されるストレスから出た言葉だった。

 その僕の弱音にブチッと、精神的な音が聞こえたのは気のせいではなかったらしい。

 問いに応えるように銃を“こちらに”向けて、怒りの形相で引き金を躊躇いなく引く進。

 「テメェが俺よりも“強い”からだよッッ!!! そんなこともわかんねぇのか! このド天然騎士様わよぉおっ!?!!」

 「エェッッ!!?」 

 理不尽な怒りを爆発させた進。なぜか僕の方に向けられた銃口。危険を察知したと同時に頭を下げると、いましがた頭のあった位置を刀が真横に通り過ぎていった。

 喉の奥が一瞬で干上がる斬撃だった。進なりの援護だったらしい銃弾に感謝した。とんでもなく殺意を感じるけれど。

 しかし……

 (……ボクが、進よりも“強イ”?)

 ソレが狙われる理由? 自分としては進の正体不明さには驚かさればかりなので、彼の方が強いのではと考えていたのだが……

 (イヤ、今は考えている時間はない。ただ、今はっ)

 逃げる。目的地があるというのには助かる。逃げと言うのは常日頃からネガティブな印象が付いて回るが、目指すべき場所があるのならばそれは実のある撤退、戦略的撤退となるからだ。

 それに

 「オラオラオラオラ!!!」

 絶妙に援護してくれているはずの銃弾がまず怖い。幽霊の刀よりも意識しなければいけないのはこちらのような気がしてきた。アイツ絶対ムシャクシャしている。撃ち込まれ続けている銃弾の中に私的な怨念を感じるぞ、オイ!!

 時に背を縮ませるように屈みながら、時に飛び跳ねるようにして右回りに駆け抜けて、辿り着いた目標地点。

 すがすがしいほど何もない夜風だけがある広めの無整備なこの場所になにが……?

 「よくやったぜ、アルバイン」

 「シン、ここで戦うのカ?」

 「いや?」

 「エ?」

 「とりあえずな……墓場から出るつもりで走れ!!」

 「まだ逃げるノ!!?」

 進の銃弾でかく乱を喰らっていたのか、すこし遅れて姿を見せる幽霊。

 開いている距離は数10メートル程度。幽霊の足の速さといえど、このまま全力疾走すれば逃げ切れる距離ではあった。

 だが――

 (幽霊には、あの瞬間移動が――)

 瞬く間に距離を詰めれる相手に、この逃げは通用しないはず。それは判っていたはずだ。

 「逃げる? 馬鹿言え」

 「でも瞬間移動……“縮地”が」

 「そうだよ。だから、それを使わなきゃいけない状況に“追い込んだ”んだ」

 そこで気がついた。進は逃げろとは言ってない。走れ、と言っただけ。

 その真意を確かめる前に、幽霊が刀を鞘に収めるのを目撃した。

 「こっちが待ってたんだよ、あの縮地“もどき”をな!」

 並走していた進が急ブレーキをかける。その時にはすでに幽霊の姿は消えている。

 「これで、王手だッ」

 進は―――




 ――視点去来 2――




 「瞬間移動?」

 「ああ。あの幽霊たちが使ってる距離を一気に縮める技。オマエ、なにか知ってるだろう?」

 音芽組からの連絡を受けた永仕についてきて、組の屋敷まで戻ってきた俺たちを出迎えたのは、どこかへ戦いにでも行くような鬼気迫る表情を張り付けた若い衆だった。

 真夜中ということもあって、出来る限り静かに何かしらの準備に急ぐ彼らをただ見ているのも落ちつかなかった事もあり、俺とアルバインは手伝いを申し出た。

 人手不足なのか共に蔵の中から大きく重い木箱を外に運び出す永仕に、俺は聞いておきたかったことを尋ねていた。

 タイミングよく蔵の中には俺と永仕だけ。よく整備がいき届いている内部は、ホコリ塗れで息苦しいこともないので、“内緒話”にはうってつけではあったのだ。

 (ちょうど、アルバインの奴は違うところに引っ張られていったしな)

 借りっぱなしの和服の裾をまくり上げ、箱の上面にある丁度、掴める程度の溝があったので木箱二つをひょいっとつまみ上げた。そのまま外に出しておけば誰かが持っていくらしい。簡単だな。いつもの仕事もこんぐらい簡単ならいいのに。

 「……進、それ一個60キロぐらいある……」

 「ん?」

 重さがなんだってんだ?

 「いや、何でもないかな。俺もできないわけじゃないし、そもそもお前さんだしね……で、瞬間移動だったっけ? たぶん、それは“縮地”だろうね」

 「縮地……さっきの聞き間違いじゃなかったってことか」

 縮地は、中国晋代に書かれた神仙伝(しんせんでん)の中に記載されていた、近・中・長距離間を瞬時に移動する神技のことであるのは知ってる。

 現代じゃあ、武術の中にも相手との距離を速く縮める技術として同じ名称で使われてることもあるそうだが……

 「完全に眉唾もんだと思ってた」

 縮地の距離を縮めるというのは、空間を歪めるということ。しかし、残念ながら虚空素なんていうトンデモ存在があるこの世界だって物理法則はあるんだ。

 だだっ広い四次元の宇宙空間ならともかく、三次元世界でそんなもの使えば空間歪曲の影響で周囲の無機・有機物問わず目に見える影響としてくっきりと破壊の傷痕として出ることぐらい、たとえ物理学の教科書を流し読みして、相対性理論とウィキってみた小学生だって気がつくことだ。 

 そもそも、それが魔術で可能だとしても人体が世界を縮めたという歪曲空間内を通ることができるのかも怪しい。肉体強化にも限界があるだろし、かりにその歪曲にゲートのような安全地帯を築けたとしてもどれほどのエネルギーが必要になるのだろうか。

 俺と同じ大きさの木箱を抱え、蔵の外まで持ってきた永仕は振り返って逆に問いてきた。

 「ところで進、お前さんが五右衛門がその瞬間移動をした時、強い強風やなにかが弾ける音がしたわけではないよね?」

 「いや、たぶんソニックブームのことを言っているならそれは無かったと断言できる。ホントに一瞬で距離と高さを詰めてきた」

 超音速を越える物体が生む、衝撃破を伴う大響音をソニックブームと呼ぶ。弾ける音というのは超音速で飛行する際機体前部で圧縮された空気が生み出す衝撃音である。

 だが、あの瞬間移動の際に類似するような現象はなかったはずだ。

 「だとしたら、縮地だね。あれは馬鹿――音芽組組長がよく使っていたから」

 「オマエ、馬鹿って言った? 自分たちの組長のこと馬鹿って言ったの?」

 「馬鹿は馬鹿だから仕方ないじゃないか。じゃぁお前さんは馬鹿を馬鹿と呼ぶ以外になんと言ったらいいのかわかるのかい馬鹿」

 「オイ、テメェ。さり気なく俺のことも馬鹿っつったろ?」

 (なんでこんなに評価が低いんだ? つか、仙人だったのか、組長?) 

 俺のことを馬鹿呼ばわりしたのはこの時だけは見過ごしてやろう。しかし、なにをどうしたらここまで見下されるのだろうか? かりにも組長(トップ)のはずなのに。

 それはそれで気になったが今はもっと重要なことがあるので深くは聞かないでおこう。

 「今はそこは重要じゃないだろう、進? まぁ、たぶん縮地って言っても“縮地もどき”なんだろうけどね」

 「もどき?」

 なぜか強い剣幕で話を進めようとする永仕に、とりあえず乗っておいた。

 断言する声色を秘めた“もどき”という言葉。だが、それについてよりまず話すべきことがあるのか永仕は話の間を開けずに説明をはじめた。

 「まぁ、あの馬鹿が使ってたのは本物に近かったよ。それよりまず、進。間違いを正そう。縮地は距離間に干渉する仙術じゃない。あれは“地脈”に干渉する仙術なんだ」

 「? 地脈ってアレか、陰陽術とか風水なんかでいう大地に流れる地球のエネルギーとかなんとか」

 中国の思相である“気”。

 根源的なエネルギーであるソレがこの世すべてを形作り、命ある者の肉体に血流のように流れ循環している考え方。それは地球と言う巨大な生命体である大地にも適応され、総じて“地脈”と呼ばれている。

 「簡単にいえばそんな感じだね。まぁ、もっと複雑ではあるんだけど。基本、よほど死んだ土地でない限り地脈は大地の中を流れている。場所によって流れる総量は変わってくるけどね。縮地はその大地の気の流れに干渉する仙術。神仙伝の後漢の方士も距離を縮めるニュアンスでは語ってない」

 房有神術 能縮地脈 ―――房には神術があって、“地脈”を縮めることができた。  

 1000里( 500 km)先もまるで目の前にあるかのようだ――――と自慢げな台詞は今にして考え直せば、たしかに距離、場所、とではなく“地脈”と語っている。おかしい、とまではいかないが、ただ瞬間移動ができる、と同じ意味にも聞こえるような文章では無くなった気がする。

 だが、意味合い的には瞬間移動や超高速運動となんらかわらないではないのか?

 「で、それにどう干渉したら、どんな形で距離が無くなるんだ? 物理的な壁が無くなったわけじゃないよな?」

 「だからね、進。物理の壁なんてないんだよ。そもそも物理的に考える方が馬鹿馬鹿しいんだよ、あの仙術は」

 「ぁあ?」

 まるで物わかりの悪い子供をたしなめる大人のような笑顔で、永仕は俺をまっすぐ見据えて答えを優しく述べる。

 「あの技は、いや組長が使っていた縮地はね、地面の中に流れる気の流れに術者が“入って移動する”仙術だったからね」

 「はぁっ!?」 

 地面に入る? 俺が真っ先に想像したのは土竜(もぐら)が地面を掘り進む姿と、赤と緑の帽子がカッコイイ世界最強の配管工兄弟。

 具体的なイメージがとても難しい。そもそも人間が地脈の中に入るイメージとはなんぞ? なんだ心にドリルでも生えてんのか?

 そもそも人間が地面に潜るにしても、気の中に潜るなどできるのか? いや、出来るものか!

 物理の法則云々より、それ以前の問題がでか過ぎる。

 「そうだねよね。そんな反応になるよね。正確には、いや正確的にもなにも実際できないし、気を目視ができない俺が確かなことなんて言うのはおこがましいけど……いや、俺もあんまり言いたくないけど……馬鹿曰く確かにそこにあるけど知覚するのが難しい限りなく透明で流動的な星の力の中に……ヌルっと入って、ニュっと出る感じ? らしい?」

 「語るオマエがそうとう馬鹿っぽくなるな」

 「だから言いたくなかったんだ!!」

 けっこう恥ずかしかったらしい永仕は珍しく耳まで顔を真っ赤にしながら木箱を運ぶ作業を早める。

 「……馬鹿が言うには、干渉出来る存在にとって地脈はそれなりにガバガバしていて、出来る人間なら出入りだけなら容易いらしい。地面のみに関わらず、地上に立てられた構造物にも地続きと認められるらしいから、よくデパートの屋上から一階まで人間エレベーターをさせられていた」

 奇跡の御技でなにさせてんだ。というか、本当に組長が組長してねぇ。ただのパシリ扱い。神技の所持者の扱いではない。

 しかし、これならあの一キロメートルの謎が解ける。ビルの一階ならともかく数十メートルの高さまで飛躍できた理由にも納得がつく。

一直線の滑空していたのではなく、地下から潜り込んであの場に移動したのだ。空気抵抗、摩擦などの物理的な障害など初めから無かったっというわけだ、ハハハ……マジかよ、笑いがこみ上げてくる。

 「ただし距離や人数なんかは限られてくる。1キロ以上いくと気の流れから帰ってくるのが難しくなり最悪地球と同化するはめになるみたいだし、人数は一人、術者のみだ。これは力量うんぬんではなくて仙術、いや気と言う概念に干渉するリスクのせいだね」

 「……リスク以上の脅威足り得過ぎだろう」

 (こちらの力量を完全に上回れているだけでなく、神出鬼没の暗殺(チート)技までお持ちかよっ!)

 これは捕縛となどと悠長なことをいってられない。罠はろうが何しようが誰にも阻止できない縮地(逃走ルート)があるのだから、どうこうすることもできない。完全に手詰まりだ。

 「勝ち目がなさすぎる……ッ」

 「勝つ? あ、小金井くん。これ出しといたからチェックお願いしてもいいかな?」

 ハイ! と大きな声を上げ、永仕の命令に素直に従う小金井君(坊主筋肉ムキムキ中年男性)は素早く数と中身を調べると早々に木箱を重そうにどこかへ運んでいった。この仕事はどうやら終わりらしい。

 「勝つ必要はないだろ進。五右衛門の強さを知っている俺からいえばお前さんらが勝てる可能性は無い――」

 「わかってる。そりゃ戦えばわかるっ……」

 聞きわけのない子供を窘めるような永仕の言葉の続きは判っていたので煙たく感じた。

 「――けど、捕縛なら可能だよ?」

 「……て、だから当たり前のこというなってぇえァ?」

 驚きが口から変な形で漏れ出てしまった。

 たぶん、どんなトラップも掻い潜ることが可能な最強の縮地(逃げ足)をもつ幽霊を捕縛することが可能? 当人の強さも相まって完全に浄霊することが難しいのに、捕縛の難易度などさらに上位のはずなのに永仕は遠い目をして夜空を仰ぐ。

 「進。俺は五右衛門たちが使う縮地は“もどき”と言っただろう? まぁ、馬鹿が使っていたのも本流とはかけ離れていたかもしれないけど…………なるほど、会話のキャッチボールもたまにはやってみるもんだな、考えがクリアに纏まる。そうだよな……元々、彼らは魔術に疎かったし、縮地なんて出来なかったのに、今は息を吸うのと同じように使えている。器としての体が無くなり、かつソドムで縮地が使える……命の構成が彼らに近い存在になっているのだとしたら……そうか……ハジめ、わかってやがったな」

 「なにをブツブツと…」

 永仕が顎に手を当て、考えに耽っていたのは10にも満たない数秒程度だった。そして、すぐに何かを語る決心をした顔になると周囲を気にする素ぶりの後、真っ直ぐに俺の紅い目を見つめ、口を開いた。

 「……進。俺はお前さんにもどきと言った最大の理由。それは、ね――――」



 

 ――視点変更 8――




 縮地―――地脈を媒介にした“瞬間移動”に関しては永仕から説明を受けた“進から”説明を受けていた。 

 世界を回り、現地に起きる霊災や魔族絡みの問題を発見、解決する巡回騎士である自分は地脈についても進以上の知識は有している自負はあった。

 だから、こそ進の行動が的外れであることは一目でわかった。

 進は―― 

 「これで、王手だッ」

 ――振り向きざまに剣を、イザナミを“地面”に突き刺したのだ。

 (駄目ダ。それじゃ駄目なんだよ、シンッ!!)

 黒の大剣(イザナミ)は魔術の無効(ディスペル)が可能な魔剣なのだろう。それは事実であり、その能力に何度も助けられてきた。

 だが、あの持ち主に似た正体不明の武器にも例外がある。

 一つは、流動する魔力に干渉、切り裂けたとしても、消滅は出来ない事。

 これはドレイクとの戦闘を語った進の話に出てきた純血の吸血鬼の心臓を破壊ができなかったことが該当する。絶え間なく流れ落ちる滝の水を真横に薙ぎ払うことができても、源泉を絶ったわけでないので再び流れだしてしまうということと同じ。

 二つ目は、一つ目にかぶるところがあるのだが、大規模展開された魔術や強力な固有の魔力から生み出される現象と能力には干渉できるが、完全な無効化ができない事。これはミノタウロス――立花 信の神威“暴力”などが当てはまり、能力の範囲に触れていても無効化は剣の周囲に限られ、威力は多少は削ることができても、完全に消しさることができないのだ。

 そして、二つが合わさったような三つ目。これが今回の例。

 (大地の気を、消せはしなイッ)

 星の体を大地と定め、そこに流れているであろう気の流れとされる地脈。一言で地脈と説明するのは簡単だが、地下奥深く流れるマントルの流れ、熱を帯びた地下水、山脈から吹き下ろされる風、その他、大地に関連する見えない力の流れすべてが地脈成り得る。

 ならば流動していて今なお、そしてこれからも大規模展開され続ける地球の気血とも言える強力無比な力場。それを一瞬でも消すなどできはしない。イザナミが未だ理解しきれない面があるとは言え、そもそも大地に流れる“気”などという魔術・魔力で括れるかどうかすらわからない力ある流れに、干渉できるかどうかすら怪しいのに。

 それでも進は、勝利の笑みを消さない。突き立つ剣に優しく告げる。

 「――愛せ(呪え)、イザナミ――」

 剣が主に応えるように両刃の刀身が割れるように鍔から剣先まで暗い青の炎が縦に溢れ出す。熱を感じぬ気味の悪い炎は大地へと注がれ―――爆発するように周囲を円形に燃え上がらせた。

 まさかッ!? 本当に!?

 「地脈に干渉し…」

 「後ろだ!!」

 エ? と振り返れば、この熱くないはずのない炎に焼かれ苦悶する、元々燃え盛る青白い陽炎を纏っていたはずの幽霊がいた。

 『オオオォオォオオオオォオァァァアッッ!!??』

 青白い炎が、暗い青色の炎に“燃やされている”目を疑う現象に一瞬思考が落ちかけた。

 魔術でも炎を焼く炎など多くあるはずなのに、その不可解すぎる光景から目が離せないでいた。

 「今だ、アルバイン。アイツの動きを止めろ!!」

 「……止めル?」

 思考停止しかけていた僕は、進の言っていることの理解が遅れた。

 そんな僕に進は半ギレで罵倒するように命令する。

 「“笑ってる”暇なんてねぇっ!! 止めるんだよ! あの時、ビルの倒壊を防いでた技だ! とっととヤレっ、騎士殿!」

 最後の言葉にハッとなって、短剣(キドニー・ダガー)を自空間から慌てて取り出すと騎士の流技を展開。同じく急くように剣を地面に突き立て――

 (あレ?)

 ――ようとしている最中、思った。

 進が使えと催促する騎士の流技“止めの一撃(マーシ)”は簡単に、相手または対象物の動きを止める技である。

 本来は突き刺すことで、その場に留める剣の“固定”の属性を強調させ、瀕死の状態となった仲間の状態悪化を防ぐ目的で作られた魔術であるのだが、物体などを拘束、動きを止める戦術として活用もされてきた。

 その際、生物ならこちらに不可はあまりなく(ただし、突き刺された者は相手はその状態の苦痛を、刺されている時間だけ強く味わい続けるが)、無機物なら動く対象に干渉する外力を十分の一程度は引き受けなければいけない。

 その負荷を軽減するために、地面やなにかで干渉して魔力を流す要領で相手を縛りつけるのだが……

 (幽霊ってどうなんだろウ?)

 この間はビルの倒壊を数十秒止めた。人間相手にも使った経験もある。

 だが、幽霊につかったことなんてないよ?

 (今幽霊燃えてるヨ?)

 幽霊って有機物? 無機物? アレ? 前者だったら負担くるよね? どんな負担になるの? まさか、燃えるの? 干渉されて一緒にファイヤーってならない? 不味くない? ボク、今やばくなイ?

 (イヤ、もう止められなイッ!! チクショウ! ホントに燃えたら、オマエに抱きついてオマエも一緒にファイヤーにしてやるからな、シンッ!)

 もう止められない。意を決して恨みの感情で自分を突き動かし、突き立てたナイフから変質させた魔力を幽霊へとはしらせる。

 伸びる魔力の尾が幽霊の足がないのにも、かかわらず、魔力は足もとをつって全身を影のように這い上がり四肢をがんじがらめにしていく。それと同時に気を引き締めろ。ちくしょう! どんな負荷がかかるのか見当がつかない。

 危険を承知で歯を食いしばり、目をギュッと瞑る。それと同時に強く進を呪う。

 一秒。

 二秒……

 「…………?」

 「なにフリーズしてやがる? とっとと目ぇ開けろよ」

 「ケツっ!?」

 お尻に鋭い衝撃が加えられ、僕は目を強制手に開けられた。そこには……

 「あ、止まってル……」

 “止めの一撃(マーシ)”は成功していた。魔力の根は雁字搦めに幽霊を縛り上げ、身動きすら取らせていない。

 これまで幾度使ってきたが、ここまで綺麗にきまったことは無いと思えるほどの会心の出来であった。

 「アレ? なんデ?」

 自分がやったことながら、ここまで簡単にいくとは思わなかったので目を疑う。魔術の起点たるダガーからボクの魔力がつながってるため、もう地面に突き立つ剣から手を放しても問題はない。本当は握っていたほうが効果が強いのだが、ここまでしっかり繋がっていれば問題ないだろう。

 「? そういう技なんだろ?」

 「そ、そうだけどサ!」

 技の効果を疑っていたわけではない。ただ、上手く極まり過ぎているような? 肉体のない彼らに技が通じるのかどうかは疑っていたのだが、ここまで簡単に……

 「いや! それよりもだ、シン。キミのイザナミは気の流れを、地球の血脈ともいえるものさえ斬ったのカ!?」

 まずは聞いておきたかった一番初めの疑問から問い詰めていくべきだ。

 「できねぇよ、そんな事。俺は斬ったのは……いや、一瞬だけ散らしたのは別のもんだ」

 進は片手で、ナイナイと手を否定するように振った。

 「別の、モノ?」

 「実は、ソドムには地脈なんてもんは無いそうだ」

 「地脈が、ナイ?」

 なぜか胸を張って語る進。だが、そんなはずはない。この地球上である限り地脈の流れが無い場所など、それこそ無い。それこそ異次元でない限り。

 自分の常識が覆される不安から、僕は動揺を隠せないまま口を開ける。

 「そんな馬鹿ナ。そもそも地脈が無いなら彼らはどうやって縮地を発動させていたんダ!?」

 「永仕の話じゃ、この土地に10数年前に打ち込まれた兵器が、根こそぎ起爆剤として土地の命である地脈を奪っちまったんだとさ」

 「っ!! まさか――」

 第三次世界大戦中、異例の平和を享受していた日本に打ち込まれた破壊兵器。首都東京をたったの一撃で崩壊させ、文字通り地図から消した正体不明のそれは未だ何処が発射したのかさえ謎の兵器とされてきた。 

 その正体が地脈という根源の力を抽出し、崩壊現象を生み出すものだった。

 だとしたら人間は、星の命にまで科学技術という名の手を伸ばした、いや伸ばせる領域まで到達したということとなる。が、そんなものがあれば騎士団が、魔導協会が、魔術世界の住人たちが黙っていない。世界を過度に刺激、崩壊的な破滅を呼び起こす可能性がある魔術兵器として封印・禁術指定を受けているはずなのだ。

 だけど、そんな報告を受けたことはないし、聞いたこともない。それに地脈などというスピリチュアル的な存在を否定する科学という一般理論が当たり前とされているこの世界の科学が、地脈を肯定したというのか?

 (魔術の域である地脈を? それは……科学と相反する魔術が絡み合うように存在する兵器。それではまるで……)

 脳裏によぎったのは白金(プラチナ)の輝き。“彼女”が持つ機械仕掛けの――

 「地脈は星の血脈。そう考えるのなら、血が行き届かない肉体ってのが迎える末路は壊死(えし)――まぁ、大地に置き換えるなら、大地が枯れ果てる。って話なんだが、実際ソドムはそこまで干からびちゃいないのは、わかるな? それは、地脈の代わりに“別の力”が流れているおかげ、なんだと」

 「別ノ?」

 核心に届きかけた思考を遮った進の、誰かに又聞きしたのがよくわかる自分も理解に苦しむような気だるげな説明。その中にある別の力というものに僕は集中を持っていかれた。

 それが進には楽しく思えるのか、クツクツと下品に笑って僕の背後に回て囁きかけてくる。

 「別にそこまで考えんでも、オマエもよく知っているだろう? イザナミ(コイツ)が打ち消す現象、いやその根源たるモノを」

 本来、魔術師が扱う魔術というものが、どういった理屈で発動しているのか、こと細かく考えられ始めたのは近代になってかららしい。それまで世界の魔術師たちは、当たり前のように儀式や魔法陣、祈祷や呪文などが手順となって力を呼び起こしていると考えてきていた。動力原たる力は術者本人の体から、または今回出てきた地脈などから力を抽出しているなど、それぞれ解釈あれど、どこからか見えない力があることをどこかわかっていたはずだったが本当に詳しいことまではわからずに脈々と技術体系を繋げてきた。

 『科学者たちは原子の世界にまで届いたというのに、我々魔術師は世界の真理と探究ばかりで、奇跡の最小単位から遠ざかっている』

 最終的な魔術師たちの目的はそれぞれの魔術という研究テーマの末にある真理と呼ばれる世界の理“根源”を知り、到達することだ。

 理とは全と一を知ること。つまり研究の最果てにこそ魔術発動の力の根源があるのだと信じて疑わなかった。だが、ある男はその言葉とともに、長きに渡る魔術師たちの研究と研鑽の過程を否定した。

 『奇跡の最小単位。魔術発動の要、魔力は世界の一部たる我々人間の体内にあるのでも、地球の大地から引き上げるわけでも、まして神に愛されているわけでもない。奇跡を引き起こす原子よりも更に最小、遥か最奥に存在する“彼ら”の“判定基準”に当る存在に反応して、体内で錬成反応で生まれる』

 当時、宗教的な魔術を扱う魔術師たちから特に批判された。神およびスピリチュアル全般の存在に否定的な傾向が強かった科学に対する批判の目もあってか、彼の仮説は罵声を浴びた。

 奇跡の最小単位=神という連想もできたはずなのに、彼らは偉大なる存在が、そんな小さな存在だとすることに恐怖を覚えたように、ろくな意見の交し合いもせず、彼を非難する。

 科学者じみたその思想に魔術師たちは異端の目をむけ、同時に魔術の存在を肯定し奇跡の力を扱える彼を科学者たちも嫌い遠ざけた。

 魔術と科学。この世の仕組みを探究する者たちすべてから否定された彼は、その後、表と裏の世界からも姿がなくなる。

 だが、僕は知っている。

 騎士団本部の地下。団長の階級以上のみに観覧を許される封印指定の武器や防具、そし書物が管理されている封印聖堂の中に一度だけ、もぐりこめたことがあった。聖堂の管理を任されていたとあるシスターが何かあったのか、自棄酒の末爆睡したことがあり、隠し通路の入り口が開けっ放しになっていたのが原因だった。

 興味本位から入り、偶然目にした騎士団の調査報告書。その中に書かれていたの彼のこと。

 ほとんどが焼けただれ、なんらかの激戦の痕を残していたため全部を読めたわけではなかったが、彼の仮説は第三次世界大戦前期から理解されはじめ、現代魔術師が扱う魔術の高速展開技法の基礎を築いたこと。そして、抹殺指定の魔術師として命を狙われ、第三次世界大戦の末期に命を落としたことが記載されていた。

 『この世界の法則を歪められる“魔力”。それの源泉を担う彼ら。それは彼らがこの世界から生まれれた存在でないことの証明。異次元からの来訪者、はたまたこの星の異常事態に発生した因子なのかそれは定かではない。ただ私は、彼らが、この星、宇宙が生まれる“以前”から存在していた意思保有因子なのではないか?』

 男の名は、パラケルスス。

 かつて歴史に確かに存在した医者であり、錬金術師であった偉人の名で呼ばれたらしいその男は奇跡の最小単位をこう呼称していた――――虚と空に漂う、無に等しくも、感じる者に力を与えてくれる素。

 「っ虚空(ゼ…)…」

 「おーっと、惜しい。タイムアップだ、騎士様」

 「!?」

 首筋に当る冷たい感触、死角に隠しきれない巨大な刀身が僕の視界にはいり、ようやく自分が窮地に陥ってることに気が付いた。

 左首筋に当てられているイザナミ。右へ体を反らせばなんとか逃げられる、という甘い脱出方法の考えをカチリと銃の撃鉄をあげる音が右耳に入る。

 「その話は追々ってことで……まずは謝るぜ、アルバイン。ホントウニ、嘘をついていてモウシワケアリマセンデシタ」

 棒立ちにならざるを得ない僕に背後からヤル気のまったく無いカタコト謝罪。ツッコミを入れたいが、脅迫された状態でそれは不味い。

 額から汗を一筋垂れた。耳に入ってくる進の言葉。神経をすり減らしながら、同時に研ぎ澄まして、なんとか打開策を……探す……探している内に……いや、“ようやく”取り戻してきた動揺なしの冷静な精神があることに気付いていく。

 なぜ、今まで、ここまでになるまで気が付かなかったのだ。

 今やっと、自分がいつも通りでなかったことに愕然となる。正気を失っていた事実と同時に背後にいる進の顔を想像する。

 きっと、笑っているんだろう。事のすべてを手のひらで操れたと、満足げで、邪悪な笑いを押し殺しているに違いない。

 「……おい、シン。キミはたしか嘘つきは二人って言ったよネ?」

 「ああ。縮地のことやら、取り合えず嘘が苦手なオマエが立ち振る舞える程度の嘘はついたぜ。怒ったか? でもオマエ嘘が下手くそそうだしな」

 「住人に被害がでても関係ない―――っていうのも」

 「さぁ、それは嘘かな? ホントかな?」

 「シン……」

 「怒るなよ。…………罪悪感は、最低限持ち合わせてるつもりだ」

 答えになっていない応えに、僕は小さくため息つく。

 胸のつかえが無くなっては、いない。だが、まぁ、とりあえず納得を自分につかせる。

 今、優先すべきはこの状況の解釈のはずだから。

 「……納得はしてないだろうが、まず説明すべきはこの幽霊様の出現条件だろうな」

 「条件があるのカ?」

 まるで見えない鎖に縛りつけられているように立ち尽くす青白い炎の陽炎に包まれた姿の存在を凝視する。。かつて永仕とともに戦った人間のなれの果て。東条 五右衛門と呼ばれていた人間については永仕本人から聞いている。それがどうしてこうなったのか、友との未練か? それとも約束が果たされるのを待っているのか? 

 「オマエと│殺し《やり》合う前に言ったじゃねえか。別にすべてがつながっているわけじゃない。ただ場所と条件と上手くはまりすぎた、ただの偶然の結果だってな。残念ながら、なんで今の今まで出現しなかったのだけはわからない。だが、コイツが興味を惹かれる状況があったことだけは確かなんだ。アルバイン、オマエはこの幽霊様が一番求めているものは何だと思う?」

 「それは……待ち人、だろウ? ライトフィスト、あの牧師様のはずダ」

 「正解。褒めてやりたいが、両手が一杯でね、我慢してくれ。で、だ。その待ち人の正体はなんだ?」

 「おい、シン。いい加減に…」

 「いいから。まだ“時間じゃない”。もう少し引っ張ったてかまいやしないさ……」

 どこか確信を得ている言い分をする彼の言葉を信じて、僕は彼の問いにゆるりと答える。

 「……暗殺者ダ。しかも強イ」

 「そう。暗殺する者。つまり殺す者。それでだ、アルバイン。暗殺者ってのはどういう時に現れる?」

 「それはもちろん……そうカ。人を殺す、時ダ」

 当たり前のことだが、暗殺者とは人を殺す者のこと。殺すべき対象がいるべきときにその場で、事をなす存在であるのは当たり前。

 進はこれは偶然の一致と言った。

 幽霊が、東条 五右衛門が求める存在は暗殺者であり、あの永仕が褒め称えるほどの強者であったライトフィスト。

 五右衛門は彼との約束に固執しているが、彼との約束の場所はもう、この世に存在しない。つまりは待つべき場所を無くし彷徨っている状態。

 そうだ。彼は探すしかない。

 だが、彼はこちらを捉えてから“違う”と言った。まるで、何かを頼りに探してきたかのように。

 頭の中で合致する。いや、なんでこんな簡単なことが判らなかったのか?

 「なに、ハッとなってやがる。ようやく気が付いたか? ……俺たちが知る限り、五右衛門が現れたのは三か所。15区と、此処。そして、もう一つあるが、別に音芽組となんら関わりが強いとは思えないし、永仕にも確認済だ。どちらかといえば、両の右腕共は組関連から逃げている節もあったしな。永仕を連れてこなかったのもそういう理由からさ」

 逃げられても困るからな、そう付け足した進の配慮に僕も賛成だった。たぶん、決着がつくまで戻りたくはなかったのだろう。

 「場所にこだわりがないのなら、つまり五右衛門手当たり次第で出現していた……わけでもない。ならば、そう似たような反応を探したのさ。探索方法はわからないが……強い暗殺者の気配を、な」

 「僕は別に暗殺者じゃないゾ」

 「そうだ。俺もそっち関連の知識はあるが専門じゃない」

 だろうな。そんなド派手武器二つじゃ暗殺者ってなりじゃない。

 「だが、強かった。さぁ、後はなにが足りな……オイ、騎士様。オマエ、銃弾を撃ち落せるか?」

 「何を言ってるんだ、シン?」

 話の腰を折るかのような進の問いは、愚問であった。

 騎士のみならず剣などの古い近接武器が衰退したのは銃火器とそれを扱う戦略の進歩である……とは言い切れないが、一端を担っているはずだと僕は考えている(衰退当時の社会情勢と、兵士育成のコストの関係性も強いとは思うが)

 騎士団でも、まずこれが習いたいという一番の項目に、銃への対抗策が選ばれる。魔力による肉体強化と魔術という奇跡の技を持っていたとしても銃火器が持つ優位性というのは無視できないのが前衛で戦う者の現実なのだ。

 「そんなの、当たり前だろウ?」

 とくに、このような“遠く”からこちらを狙っている存在への対抗策は、我が魔術“│騎士の流技キャバルリー・アーツ”に当然のように組み込まれている。

 騎士の流技は武器から属性を引き出し、または付与する技が多いのだが、同時に武器との共鳴をも引き上げていた。

 開発者であるホーキンスはこれに目をつけ、多くの技を編み出していた。銃弾、遠距離武器に対しての技もそれに含まれる。

 剣の柄から震えが伝わる。

 (あぁ、剣ヨ。憎いのかイ?)

 それは怒り。時代の流れとはいえ自分たち戦場の主武器としての居場所を奪った“銃”に対する感情の鼓動。

 むろん、武器に人間のような知性体が宿っているわけではない。これはきっと僕という個人と契約した結果で生まれた魔術的なエコーが手に戻ってきているようなものなんだろう。

 そう頭でわかっていても、この反応が剣の武者震いであると考えてしまうのは、いささかセンチメンタルすぎるだろうか?

 ただ剣がダウジングでもするかのように手もとから何かに引き寄せられるかのように動いているのは、事実だった。

 己と扱う武器との共鳴を強くすることに主眼をおいた騎士の流技。だからこそ、この技は他のどの対銃弾魔術と比べてみても確かな精度を発揮する。

 「さぁ……ゴーだ」

 狙いを図ったようにイザナミ(スタートライン)が上げられ、僕は剣が動く方へ、前方へと一歩踏み出した。 

 剣は意思を持ったように目まぐるしく手の中で暴れるやいなや、敵の居場所がわかったように落ち着きを取り戻す。

 そこか。剣先が狙いをつけるように指示す方向から何かが飛来してくる手ごたえが微細な振動として伝わってくる。

 あとは、騎士の腕。タイミングがモノをいう。

 対銃撃専用自動追尾術式、騎士の流技“逆上の一撃(レイジ)”。探査の言葉が指すとおり、これは剣が銃弾の方向を手ごたえと半自動追尾のように手の中から吸い込まれるように動き出すだけの魔術。つまり最後は自分の力量にかかっている、ということ。

 剣の反応が強くなる。僕は背に貯めるように振りかぶり、今にも動き出しそうな剣を引っ張り続け……放つッ!!

 生み出される軌道は右上段から左下へと流れる袈裟切り。僕の強化された視力に、剣の刃に押しつぶされるように叩き付けられる弾丸が一瞬映る。

 振りかぶり超高速の弾丸を完全に沈黙させ、振りかぶると同時に背を丸めてかがむ。

 あの派手好きがすることなどわかっていたから。

 背中に重さが加わったのはその直後。見えていなくてもわかる。僕の背中に背を合わせ、回り飛び越えながら、しっかりと銃口を、銃弾がやってきた方向へとピタリと合わせる進の姿が。

 銃弾っていうのは正直者だ。なにせ、飛んできた方向の先に引き金を引いた存在がいるのだから。

 「ハロー、グッバイだ」

 けたたましい音が鳴り響き。直線上の葉がまだ生い茂る木からどさりと落ちた。

 その狙撃手だったであろう人間が最後に見たのは、スコープに向けてニンマリと下卑た笑いを浮かべる紅色の目だったのだろう。

 「腕は良さそうなスナイパーだったんだけどな。まぁ、ハンドガンの射程にいたのが運のつき。つーか、ここは茂みが多すぎて隠れる場所の限界はそこだったんだけど……まぁ、逃げるのも手だったんじゃないか? まぁ今更仕方ない助言だけど……」

 「シン。いつから狙撃手に狙われているト?」

 「あぁん? それだよ、それ。オマエの剣、よく見てみろよ」

 「剣?」

 指摘されたとおりに自分の剣をよくみる。これは先ほど15区で進が探し出してくれた騎士団製とはいえとくに変哲もないロングソード。パッとみてもなんら変わったところは……

 「剣の淵、刃の部分にかすかだが弾痕がある。5.56ミリ……まぁ一般的な小銃弾か、まぁそれぐらいのがだ」

 「エ? コレ?」

 たしかに剣の刃の部分に微かだが、確かにあるそのシミのようなコレが、銃弾? 銃器に関して一般的な知識しかしらない自分には判別できないレベルのもので、でも弾痕と判断するにはあまりに小さな痕だった。

 「ホントはもっとくっきり残るはずだったんだろうけどな。まぁ、オマエの面白騎士様魔術で強化されているから、その程度なんだろうけどな。それがオマエと幽霊の決着をつけた横やりの痕ってわけだ」

 「横やり?」

 「覚えてねぇか? 15区で、五右衛門と俺らの戦闘の時、オマエの剣が弾かれ、その後滅多切りになっただろう?」

 覚えている。なにせ、あの時味わった敗北の味は強烈だったから。

 「ついでに聞くが、アルバイン。オマエ、この幽霊の刀に触れたことがあったか?」

 「エ? そりゃあ…………」

 斬られたのだから、触れたも何も……と思いかけたが、疑問が生まれた。

 そういえば、良いように振り回された挙句、隙を作るように体を誘導される無様な自分ではあったが、彼の刀と一度でもぶつかり合ったことがあっただろうか?

 いや、そもそも刀にあれほど斬られたというのに

 「斬られてなイ」

 「そうだ。俺たちは確かに斬られた。なのに死んでない。死を幻視しただけだ。だから、俺は仮説を立てた、あの刀は切れ味どうこうの前に、肉体に干渉できないのではないかってな」

 「でも、シン。キミ、たしか蹴られてたよネ?」

 「ああ、そうだ。蹴られたさ。背中をな。だけど、それは体に限った話。現に、撫子と一緒にいたライトフィスト。あの教会にあった料理なんかは明らかに撫子のものじゃない。他にも誰かがいた痕跡もあったが、あの料理は男臭さがあった。あの幽霊2が調理器具を扱える証拠だ。それにあいつも地面に立ってたじゃねぇか。足はなくとも干渉はできるんだろうよ。だが、俺たちはあの刀が何かを切るところさえ目撃してない。あの15区を調べてみても鋭利な切断痕なんて一つもなかった。あったのは、オマエの剣の銃痕だけだ。だから聞く。アルバイン、オマエはあの時、剣をたしかに弾かれていた。その時手ごたえはあったのか?」

 あの極限状態を覚えている。精神的に不安定だったとはいえ、忘れるわけもない。たしかに僕は剣を物理的に弾かれていた。音も聞いている。“バンッ”となにかがぶつかり弾けた音を。

 今まで、特殊な技法でも使われていたのかと思っていたが違ったのだ。あれは狙撃手の横やり。狙ったものか、それともあちらも偶然だったのかは、今となってはわからないが。

 「さぁ、そこで疑問だ。俺たちはある依頼を受けて幽霊を追ってたわけだが、面白いことに被害者がいたらしい。目撃証言は今は重体だという被害者っ。口も聞けない被害者。そう、人を殺せないはずの幽霊様にやられたらしい悲しい被害者様がなぁ……」

 まるで舞台の中心で叫ぶかのように、周りで“隠れている”観客へと大きく大げさにセリフを吐く進。

 「で、よ。その殺された幹部? 致命傷は刀傷だったのかい?」

 この墓場で起こる三文芝居に拍手が鳴り響く。

 「ええ。そうですよ。きちんと刀で、衰弱していた彼を、“私”が」

 それは細めの体に仕立ての良いと一目でわかる白のスーツを着用し、体と似た細い糸目が特徴的な30代半ばの男性。

 第一印象は蛇。それを連想させるのは、笑顔の裏に潜む強い野心だったのだが、現在は笑みを下品なまでに濃くして野心をむき出しにしていた。

 織部 豪。そう名乗り、この仕事を依頼した男が僕らを取り囲めるほど部下を引き連れ現れた。

 




                                      次話へ

 

 

 こんにちわ、こんばんわ。桐識 陽です。

 ついに、五章をはじめて一年回りました。アハハハ…ぁあ、ヤベェ……

 ほんとに遅くて、申し訳ありません。


 例にもれず、4万字ギリギリ。もっと分割したほうがいい、と思うのですがきりのよい形で分けたい気持ちが強くて……

 まずは、終わらせることを考えて、早めに(頑張って)パソコンの前に座ろうと思います。

 ここまで読んでくださった方々に感謝を  

                           桐識 陽



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