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con-tract  作者: 桐識 陽
5:果たされない約束の亡者
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2、たりない男

 

  


  2、たりない男




 熊だ。

 鮭を咥えた大きな熊が俺の目前にどっしりと四本の足を地にしっかりと踏みつけて、こちらを睨みつけている。

 「…………」

 今にも動きだしそうな緊迫感。自分のテリトリーを侵害しようとする外敵へと飛びつき、喰い殺すような迫力を持つその熊に対して、面と向かい合う。

 「…………ッ」 

 俺は自然と息を呑まずにはいられない。

 これほどまで……これほどまでの迫力を俺は久しく感じていなかった。

 ソドムなんていう無法地帯に事務所を構えて早二年。日々、ちょっかいを駆けてくる武装集団(バカども)や、純血の吸血鬼、人への憎しみを持って生まれた生物兵器、狂気を遺伝した血族の末裔、最近では、暴力の神様なんぞと殺り合ってきたが……そんなことはどうでもよくなりそうだった。

 この心震える迫力に名前をつけるとするなら……

 …………

 ………

 ……

 …

 ────感動────

 感銘とはよく言ったものだ。ふふ、日本の先人は良い言葉を残したものだと、この快い心の状態で感謝する。

 あぁ、イイ……なんて良いんだ。この見つめるだけで、見つめ合うことで生まれる緊張感っつったら、もうよぉ……

 「────シン」

 「ふ、フフっ」

 あぁ、ダメだ。笑いだすのを止められない。

 「くっ、フハハハ」

 「いや、シン?」

 たしかに俺の名前は進だけれども、今はそれすら、どうでもいい。

 「フッフッフッ」

 「オイ? ねぇ、シン?」

 今、世界は、俺とこの熊だけのものなのだから!

 「フッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」

 「オォッイッ! シンッ! カーネルッ!!!」

 「ハハッ、はぁ~、なんぅだよ?」 

 ……俺と熊の世界に無粋な怒鳴り声が入り込み、俺は猛烈にテンションを落とした。

 俺と熊との間だけに広がっていた虹色の別次元は崩壊し、それなりに広くも飾り気が少ない事務所の室内に戻ってきてしまった……

 事務所の壁に取り付けてる時計をチラ見すれば、あぁ、もう夕方なのか。

 チッ。そろそろ現実にログインする時間か。

 意外と座り心地のよいデスクチェアから背をゆったりと持ち上げ、体のダルさと夢時間(マイワールド)を妨げてくれた奴をジっと半眼で睨んでみる。

 確かに、俺は進・カーネルですよ。適当に切り揃えた黒髪と、見た目中肉中背の体。未だ夏の残子が残る陽気なので、夏用の黒いジーンズに白い半袖のワイシャツを適当に着ている18歳だよ。後は、顔はそれなりに良い自負は持ってる、ナルシストにはならない程度の自制心もな。……で? それがどうかしましたか? 騎士殿?

 「急に声上げてんじゃねぇよ、アルバイン・“F”・セイク殿?」

 俺の名を叫んだのは、俺と同じ年くらいの赤毛まじりな金髪に青い目の“王子様”だった。

 別に良家の出とかではなく孤児らしいが、どこかの国の王子様です、と名乗っても信じられてしまいそうな二枚目。

 西洋人だが、俺の身長より少し高い程度の体に、ありふれた白い無地のポロシャツと飾りっけのない黒のストレートズボン。その姿は日常ありふれた世界を生きる青年のように見える。

 だが実際は、世界の影に生きる魔を討つ大義を掲げた魔術世界の派閥、武装組織“騎士団”のメンバーであり、その中でも指折りの実力を持つ騎士様であったりする。

 その騎士様は、俺が嫌がらせのように強調させた“F”という部分を聞くと、常に優しげな胡散臭い笑みを常時しているこの男にしては珍しいしかめっ面して目を逸らした。

 「……あまりFの名を入れないでくレ。それは彼女の、嫌がらせのような、仕返しというか……」

 「嫌がらせ? 仕返し? なに言ってんだ?」

 非公式とはいえ英国王室から爵位も貰っているという話なのだから良い身分ではあるんだろうが、アルバイン自身はなにか思うところもあるらしく、Fの名使いたがらない(つーか、フォンってドイツ語だろう?)

 不機嫌な俺には使いやすい挑発材料ではあった。

 「……まぁ、今はどうでもいいはずだロ! それに……急に笑い出したのはそっちが先だろウ!? 気が“さらに”フレたのかと思ったヨ」

 あっ、話題を無理に逸らしやがった。

 まぁ、いいか……。その理由を無理に知りたいと思わない。

 それに俺はお前に邪魔された分以上に機嫌が良いからな!

 「俺は現在とても気分が良いから、“さらに”のところは聞かなかったことにしてやる。で、なんか用か?」

 アルバインから俺に声をかけてくるのはさほど珍しいことでない。撫子とローザが高校に行っている間は必然的にコイツと二人になる。

 仕事が舞い込むことなど少ないこの事務所ともなれば一日中、一緒の時もあるくらいなのだ。

 だが、こんな風に強引に呼ぶのは珍しかった。

 興味津津に指さした先にあるのは、俺の“手の中に”ある“コレ”。

 「コレ。この熊のミニチュアはなんだイ?」

 「あぁ、これか? 通販で買った木彫りの熊だ」

 俺は両手で大切に持っていた台座をクルリと、俺が座るデスクに身を投げ出すようにしているアルバインに向けてやる。

 それは今にも動き出しそうな熊の置物であった。大きさは両手サイズだが、重厚感は本物に匹敵しそうな精巧さを持っている。

 「どぉだ?」

 通販検索の末に、本場北海道から取り寄せた最高の一品。

 俺はあの日運命に出会った……と確信し、躊躇いなくダブルクリックした。

 そのことに後悔はない。ちょっとお値段がはったけれど、後悔など一切ない!

 「まぁ……よく出来てるよ、ネ?」

 そんな俺と熊を交互に見比べ、アルバインは苦笑しやがった。

 「ふん! コイツの良さは一見しただけでは理解しきれると思わないけどな!」

 「……それよりキミがこういうのが好きだとは思わなかったヨ」

 俺の趣味に少し驚きつつ、熊を珍しがるように覗きこむアルバイン。

 ん? もっと見たいか? 仕方ないな……まったく。

 「これだけじゃねぇさ。俺は基本、日本のサブカルチャー全般が気にいってる」

 胸を張る様に俺が言いきると、青い目を違和感で歪めた。

 「日本って、キミが言うと変だヨ。まるで日本人じゃないみたいに言うじゃないカ?」

 日本人。たしかに俺は日本人寄りの身体的特徴を有している。

 そんな俺が言えば違和感あるのは当たり前か……?

 「だってよ、ほとんど海外育ちなんだぞ、俺は。しかも、日本の記憶なんて一つもねぇしな……そんな俺にしてみれば日本(ココ)の方がよっぽど外国なんだよ」

 養父のクソジジイがやけに日本の食文化や雑貨、家具や電子機器なんかを気にいっていたこともあり、ヨーロッパの田舎にいても日本の文化に触れる機会は多く、子供の頃から独創性溢れる島国の文化と、近代の加工技術には常に驚かされていた。

 「じゃぁ、やっぱりアレかイ? 自分の血のルーツだから魅かれるものがあるとカ?」

 「日本人の血が混じってるっていうのも、人から聞いた話だし……それよりも、この迫力だったね! 細部に至るまで彫り込まれた完成度!! 職人芸ってのはこういうことだと実感できる満足度!!! 伝統工芸に限らず、フィギュア、グッズ、テレビゲームなんかの近代的な創作物においての独創性じゃ日本は世界の上をいってるのは間違いねぇ! ホント、たまに頭が上にイッチャってると思うね!」

 腕を組んで、誇るようにイスに座りながら踏ん反りかえる俺に、アルバインは苦笑した。

 「それ褒めてル? ハハハッ、前々から思ってたけど……シンってオタクなのかイ?」

 「なに言ってやがる? 俺はオタクだ。宣言してやる、日系オタクだよ。もちろん、二次元(そっちも)含めてな」

 堂々と、そして素早く返してやると案の定コイツは、キョトンとした顔になった。

 俺はたたみかけるように口を動かしてやる。

 偏見からくる中傷など俺は気にしない。

 「俺からしてみりゃ、日本の奴らがやけにオタク思考を毛嫌いすることの方がオカシイぜ? 自分らの国の文化体系だろう? 誇れるレベルのもんだぜ、日本の二次元ジャパニーズ・アニメーションは。本人たちが否と言うならば代り、ではないが、俺が誇ってやろう。そして、俺は日本オタクで在り続けてみせよう」 

 「そこまで胸を張られると、ボクからは何もいえないネ。それ以前にボクがとやかく言う資格はないんだからサ」

 「……で? 俺になんか用か?」

 「エ? 別ニ? 何モ?」

 「オイ? こらぁ? てめぇ?」

 キサマ、理由も特にねぇのに、俺の昼下がりにおける心休まる休憩(しゅみ)時間を台無しにしやがったのか? 万死にあたいすんぞ、コラ?

 「しいて言えば、急にキミが気持ち悪く笑いだしたからかナ? あと、そうだな……」

 アルバインは自身の着ているポロシャツの上ボタンをスッと外して、大きく広げた。



 


 「ボクと一緒にヤラナイカ?」


 


 ドヤっ!?

 全身からの警戒警報じみた突発的発汗。

 俺は、とんでもない危機感ある言葉を放ったアルバインから己の全力を発動させて離れた。

 「シぃン!?」

 椅子とデスクを蹴り飛ばして下がった俺に驚いたような声を上げやがるアルバイン。

 んだぁっ、その面は!? 驚いてんのはこっちだ、コラァ!!!

 後ろに跳んだのは、間後にある壁に先日から設置した我が武器専用のラックがあるからだ。

 俺はその柄を握りしめると、アルバインに突き付けるように構える。

 それは飾り気のない、人のウエストほどの幅をもつ、規格外の大きさをもつ剣。

 俺の背に届きそうな刀身の長さと、見た目以上の重さを感じさせる分厚さから、人の手で持ちあがることさえ違和感のある重剣の色は、黒。ガードのない柄の部分だけが鈍い銀色をしているが、後は黒。反射する光すら吸い込むほどの漆黒の大剣、銘をイザナミ。

 古事記にも登場する女神の名を冠する、拒絶の大剣よ! 俺を守りたまえ! 特にケツ辺りを!

 「一体どうしたんだイっ、シン!?」

 「一体どうしたは、テメェの方だろうが、アルバイン!! ローザに殴られすぎて、あっちじゃなくて、そっちに目覚めちゃったのか!!? 勘弁してくれない!? 俺そっちの趣味はないんで!! そっちは理解する気も、予定もありませんからッッ!! ヤリタイなら、理解ある方々同士で存分にヤリアッてくだいよぉ、なアア゛ッ!?」

 なんてこった! 新章序盤からこんな強敵と出くわすのか!? ヤッテらんねぇぞ、マジで!!

 「言葉が目茶苦茶になっているヨ!? ここはOUTじゃないぞ、シン!?」

 「OUTなんだよゥッ!! 俺的にアウトなのっ!」

 額から、つーか、全身から汗が溢れ出る。やべぇ、焦り過ぎて俺何言ってんのか自分自身でもわかんねぇ……

 「どうしたんだイ? 何が悪かったのか、わからないんだけド?」

 焦る俺より困ったさんのふりしやがるこのホ〇野郎。騙さんぞ。後ろを振り向いた瞬間、ケツを叩くつもりなんだろう? わかってんだよ、テメェらのやり口は散々ナニガシ動画の釣り広告で視覚と聴覚に刻み込まれてるんだ、トラウマとしてな! ざぁまっ! そして、貴様は許さんからなあの時のうp主!

 「知ったかぶっても騙されんぞ! 俺は決して背後をテメェに取られたりはせん!」

 「背後? え、なに? なんのことだヨ? あっ、ストレッチが苦手なのかイ?」

 「スぅトォレッチっだぁんっッ!?? アルバイン、テメェ!! やっぱり俺にガチム〇プレイをっ?!」

 「ハァ? ガチ…なんだっテ? よくわからないけど、新しいトレーニングか、なにかかイ?」

 「…………ん?」

 俺はそこで噛みあっていない会話に疑念を抱けた。目先の恐怖が先入観を生んでいたらしい。俺は警戒心をまだ解かないと自分に言い聞かせつつ、真実を探る様に、慎重に目の前で訳の分らん行動をする騎士に問うてみる。

 


 「…………オマエ……ホ〇ォか?」

 「殺すゾ……って思ったけど、ココは爽やかな笑顔で否定するだけにするヨ」

 


 爽やか過ぎて逆に不気味で、爽快感あふれる返答。

 うん……これはホンモノの反応ではない……とは思う。

 俺は剣を下げ……るのは、まだ止めておこう。

 「オイ、迷ってんじゃなイ!」

 その選択肢があっていたどうかを判断する前にアルバインは顔を真っ赤に怒りだす。

 「なんでボクが〇モなんだよ、シン!! 失礼にも程があるゾ!」

 「んなこと言ったってしょうがねぇだろう! テメェが危ういセリフを口走るからだろうがっ!」

 「エッ!? 一緒にヤラナイカって、一緒に運動しないかって意味じゃないノ!?」

 「運動は運動だけれどもねっ! 運動だけれどもヤバい方に意味が偏りがちになるとは思う運動へのお誘いになっちまうんだよ、コノヤロゥ! つーか、そもそも、んな誤解を生むセリフの知識を一体どこで仕入れて来やがった!?」

 「ローザが教えてくれたんダ」

 「わかった! なんとなくアイツの隠れた趣味が見えたから、もう、いい! あと、人から聞いた言葉を信じるがままに使うんじゃありません! ググれよ、騎士ッ」

 ピシャリと手でストップを指示。これ以上の会話はなんとなくダメな気がする。

 イザナミを引き、ラックに戻す。俺は冷静さを取り戻すために、背もたれのある椅子へと腰掛け、溜息ひとつ。アルバインはといえば、俺のデスクに乗り出すように手をかけ、不思議そうな顔したままである。

 「もしかして言葉の使い方がおかしかったかイ?」

 「いや、オマエの言葉はずっと前からおかしいが。それは別にいいとしても、さっきの言葉は人前で一生使うなよ。いいな、社長命令だぞ! これはオマエの将来を心配しての命令だぞ。イイな?」

 「? うん? まぁ、わかったヨ。そうか、少し残念だな。せっかくローザがめずらしく熱心にボクに教えてくれたセリフだったから……あっ、でもこの前、ローザ言うとおりに、公園のベンチに座って足を組んだ状態のまま、胸元を見せつつ真剣な顔をして相手を見ていたら、友達ができるって言われて実戦してみたらホントに出来たんだヨ! すごいだろう? その友だちと今度一緒にサウナに行く約束を…」

 「ヤメなさい……行ってはいけないからね、アルバイン。忠告だぞ。絶対に行くな。皆のところに戻れなくなるからね?」

 持てる限りの全力の優しさを言葉い込めてみました。

 「……どうしたんだい、シン? こめかみを押さえテ? 頭でもイタイのかイ?」

 「あぁ、オマエがあまりに哀れでな……」

 「?」

 未だ自分がどこぞの腐りはじめた女に騙されていることを理解できていないのか、キョトンとしているアルバインに、さすがの俺もなんか不憫に思えて目頭を押さえた。

 なにこの純粋さ? とっても怖いんだけど……まぁ、とりあえず今度コイツになんか美味いもんでもおごって話でも聞いてやるか……

 だが、ローザ。テメェは帰宅次第に説教だ。そう心に誓う。

 ブルルルッ

 突如、俺のズボンに振動がはしる。

 「ん? メールか?」

 「へぇ、シンも携帯もってたんだネ」

 片手でも使えることに定評がある外国生まれのスマートフォンの最新機種の画面をタップし、メールフォルダを開こうとしたところで、アルバインが妙に関心したような声を出したので、気になった。

 「もちろんだ。社会人の必需品だろうがよ。まさか……オマエも持ってねぇのかよ?」

 「あったけど……壊れちゃったんダ……南極デ」

 「……悪い。あれは俺の管理能力不足が招いた結果だ」

 「ベつにシンのせいじゃないサ。それより、“も”ってことはローザは持ってなかったノ?」

 「ローザだけじゃなくて、撫子もな。この間、まとめて買ってこさせた」

 ローザは細かいのが嫌だとかで、ガラ系の携帯電話。撫子の奴は電力が長持ちする業務用みたいなスマートフォン。はっきり言って花盛りの女子高生の使うケイタイじゃなかった。

 「必要品だからな。オマエも欲しいなら申告しろ(いえ)よ。アルバイト扱いとはいえ、社員なんだから経費おとしてやる。買ってこい」

 「アリガトウ。でも、いいヨ。そろそろ騎士団から支給される携帯が届くはずだかラ。それよりも、メールは誰からだイ?」

 「ぁあ……って、ローザからじゃねぇか。ずいぶん、タイムリーな…」

 丁度いい、説教の一つでも打ちこんでやるか。そんな気分で受信フォルダを開いて、中身を見てみる。 題名はない。ただ、一文だけ



 『助けつ』



 簡潔にして、なんか、やけに思念がこもったメール内容。

 「……なんだこれ?」

 「たぶん、助けてって打ちこもうとして、タ行の“て”までいかなくて、手前の“つ”までしかボタン押せなかった感じがのこってるネ……」

 前から覗きこむようにして画面を見る苦い顔したアルバインに同意だ。

 なにがあったんだローザ?

 ブルルルゥッ。

 再び、俺の手にあるケイタイが震える。また、新しいメールのようだ。

 差出人は

 「撫子だな」

 今度は件名がないが、内容はしっかりあった。



 『さっき送信されたであろうローザのメールは無視してください。今から学校の友達とソドムで肝試しに行ってくるので帰りが遅れると思われます。危険度は薄いと判断できる計画なので、ご心配なさらないでください。追伸、アルバインさんに今日の晩御飯は大丈夫と伝えください。   九重 撫子』


 

 その絵文字一つない文章に、撫子の将来を垣間見た気がした。

 しかし、それよりも、だ。

 「…………あのポンコツ娘。最近、ソドムを勘違いしてないか?」

 ソドムは、第三次世界大戦の傷跡に出来た日本の放置区域である。

 統制する機関や国家などあるはずもないので無法の地。比較的平和な場所はあるが、決して危険度が薄い場所などありはしない。いつ襲われても不思議じゃない場所なのである。

 日本で広まっている、銃声が鳴りやまない、死体が石ころのように転がっているなどは流石に大げさすぎるが、探せば死体くらい転がっているだろうし、耳を澄ませば銃声よりも達が悪い音などいくらでも聞こえてくる。

 何が言いたいかって? それはな、どうすれば“ご心配なさらないでください”が、できる場所なのか受信者が聞きたくなる内容なのだ、このメール。

 「けど、あの娘の価値観からすれば平和にも見えるかもネ」

 (……そうかもな)

 口には出さないが、俺も心配そうにメールを覗くアルバインの意見と同じ思いだ。。

 九重 撫子はかつてこの国に自らの牙城を築き、人間の世界に繁栄をもたらすことで己の我欲を黙認させていた吸血鬼ドレイクの下で、完璧になるように育てられた人間だ。

 ドレイクの策略で、実の両親を目の前で殺され、奴の養女となった撫子は当たり前に持てるはずだった人生を奪われた後に高い教養教育を受けつつ、常に死と隣り合わせの生活を余儀無くされた犠牲者だ。

 その10年に及ぶ歳月の中で、夜会と呼ばれていたドレイクとその卷族たちによる吸血行為をメインディッシュにした殺人ショーを無理やりに鑑賞させられ続けたことと、極度の異常な生活環境のせいで撫子の死に対する価値観は常人とはかけ離れてしまっていた。

 そんな女の言う、危険度など当てになるはずもない。

 だろうが、まぁ……

 「まぁ、大丈夫だろう。ローザもいるだろうし」 

 「ウン。彼女、性格は捻ているけど実力は間違いないからネ」

 ローザ・E・レーリスは錬金術師である。それも武闘派の。

 俺から見ても身体能力、錬成で作り出す武器の類を意のままに操る技術は達人に域とはいかなくとも、それに追随する冴えがある。それに錬金術による攻撃手段の多彩さは、俺やアルバインを大きく上回っているはずだ。それに、まだ俺達の知らない隠し玉を持っているような気がするので底がしれない。日常生活では撫子に次ぐポンコツぶりを発揮するが、こと戦闘に関しては信頼をおいている。

 俺が思っている評価と同じ程度の認識があるであろうアルバインもローザの実力は信じているようで、顔には心配の色は微塵もない。

 ただ、外を振り返り、この事務所を“囲んでいる気配”を睨みつけている。

 「シン、気がついているかイ?」

 唸るような低い声を出すアルバインに返事はしない。気がついてるからな。えらい大所帯だ。10、20そこらへんだろう。これから戦争でもしそうなほどピリピリとした張り詰めた空気になっていきている。

 そんな空気に押されるように扉が開く。もちろん、開けたのは人間。

 両の手を広げるように扉を開いたのは30半ば、もしくはそれより年下の男であった。長い細身の体から纏う雰囲気からして堅気ではない。

 白いスーツ上下を着こなすサングラスをかけた身なりの良い男はフレンドリーな笑顔をむけてきていた。体に似た細い目の奥に暗い影が見え隠れしていはいるがな。

 「……ここは、進・カーネルさんのお家ですかな?」

 「……そうだ。ここが進・カーネルさんのお家だ」

 「自分、織部(おりべ) (ごう)といいます。彼方が進・カーネルさんで、間違いないですか?」

 「……ああ」

 俺はその奇妙な言い回しに眉を寄せて返事をする。それとは対照的に、織部と名乗った男は笑みを強くした。

 「そうですか、彼方が」

 「だったらどうする?」

 ケンカ腰の俺に、織部は特に変わった変化をみせない。てっきりカチコミかとも思ったが、それにしてはやたらのんびりしている。

 俺の隣に立つアルバインも、初めはすぐに動けるよう、相手に気づかれない程度に身構えていた。けれどもその反応がないことに疑念を感じているらしくチラチラと辺りをうかがいつつ、警戒を解きはじめていた。

 織部はドアを閉めて一歩事務所に踏み込むと、恭しく一礼。

 「今日は私、お仕事の依頼をしたく、ここに参上しました」

 「…………っ?」

 俺は迷った。

 それはある種の衝撃。

 精神攻撃にも似た不意をつく一撃。

 「……シン」

 俺は困っていた。

 なにせ

 「……ボク、この事務所にお客がきたの初めてみたヨ」

 「……奇遇だな、俺もだ」

 事務所を設けて、もう二年程度経つ。だが、事務所に直接客が来るなど初めてである。

 事務所構えた身としては、なんとも意識が足りないとは思うんだけれど……

 あれ? お客サマ? 

 ある種、この男は攻撃を仕掛けてきているぅ? いや、お客が攻撃はせんだろうと冷静に脳内自分にツッコミを叩き込んでみたり。

 ぁあ、なんか混乱してきた。

 どうする? そうだな、まず……聞かねばならないことは……あっ!

 真っすぐに相手を見据え、真剣さを持って尋ねる。

 「…………熊、好きですか……?」

 「は?」

 「スイマセン。今、お茶をお持ちしますので、そちらのソファに座ってお待ちくださイ。……シンはそのまま座って勝手に口を開くなヨ、イイナ!!?」

  


 


 視点変更 1



 

 「……ローザ、待っても進は助けにきてくれませんよ?」

 「撫子、貴女まさかッ!!?」

 稲妻でも落ちたかのようにショックを受けるローザに申し訳なく思うが、こんな理由で進を呼んでも後で私が怒られるだけなので、早々に芽をつぶさせてもらった。

 「こんなことでメールしないでおいた方がいいですよ?」

 「なゥッ!? な、なんのことかしらオホ、オホホホッ!?」

 淡い希望から即座に絶望に即変えられ驚くも、すぐに体裁をとるようにぎこちない知らぬふりをするローザ。お化けが怖いらしい錬金術師はがりはそれを隠そうとしてはいるらしい。まだバレてないと思っているのかい。

 「不自然すぎます。あと、スカートの中に手を突っ込んで携帯を打つのヤメテくださいね。誰かに見られたら大変でしたよ……?」

 学校の下駄箱付近で、他人(二人)の目を気にしながら頬を赤らめ荒い息をつきながらスカートの中をまさぐる(スカート内で携帯を早打ちしている)友人を見た私の気持ちを察してほしい。

 だったらトイレに行くとでも行って隠れてメールをすればいいじゃない、と言おうと思ったが、実行でもされてまたもたつかれたら困るので忠告するのはやめておいた。

 なにせ、唐突な肝試し計画からもう一時間が経過しているのだから。

 (ぁあ、もうカラスも帰ってく……私も早く帰りたいのに……)

 茜色の空を悠々と飛ぶカラスの親子を羨ましげに見送りながら、憂鬱になる。

 たしかに唐突ではあったが、それでもこれはスローペース過ぎだ。

 それもこれも全てはコレらのせいである、としてコレ一号を非難するようにジットリ睨んでみる。

 「め、メールな、なんのことかしらねぇへ?」

 「あれでバレてないと思っていたことに驚きを隠せません。まぁ、嘆息しますけど」

 ハァ~、と溜息ついた場所は人気がほとんどなくなった学校の校門。つまり、学内。

 私たちが通う京清高校は住宅地に囲まれるようにして立地された私立学校である。

 進学重点校ほどではないが教育にも力を入れつつ、国体レベルの選手をなんども輩出するほど部活道方面も充実しているため人気が高い。

 広い敷地の中に校舎の他にも、ビルと見間違えるほど大きい部活棟をはじめ、水泳場、体育館、図書館、カフェテリアなど、充実の設備が揃っている。とはいえ、教室から校門までに一時間を要するほどではない、はずが現にもう時計の短針が5にかかってしまっている。

 (なにもかも、ローザと智子(ふたり)のせいです)

 二人の階を下るごとに発生させる逃避行動が原因。

 現在進行中のクエストは“智子、部室に忘れ物”。

 まぁ、そろそろ帰ってくるだろう。……首根っこを掴まれた智子が。

 私の役目はその時まで、ローザの首根っこを掴んでおくこと。

 「……もう逃げないでくださいね」

 「そもそもどうして貴女は、魔力による肉体強化もなしに、使っている(わたくし)をつかまえられるのっ!?」

 そんなこと言われても、できてしまうものは仕方がない。十数年におよぶ吸血鬼による英才教育は皮肉なことだが身を結んでいるようで、身体能力は平均以上の数値を叩きだしていた。教師からオリンピックを目指さないか? と言われたが、住所詐称の借金持ち女子高校生では到底めざせる場所ではないので丁重にお断りさせていただいている。

 「……私としてはなんで魔術師のローザが怖がりなのかが理解できません。幽霊なんて魔術と似たようなものでしょう?」

 「ふざけてますのぉ!? 魔術は学問! 幽霊はホラー!! 過程も限界もスッ飛ばして存在して現れるモノなんぞ論外! わぁた、わたくし、はそんなモノを認めませんわよ!!」

 「じゃあ、なんで怖いんですか?」

 「怖くなん~ちゅ、あ、アリ、ありませんきゃらねぇっ!」

 「いや、そんなガタガタ震えられながら言われても……」

 「怖くなければ、怖くないのよぉぉお」

 もう訳がわからないよ。校門で座り込みガタガタと振動するローザ。いつもの凛とした雰囲気は何所を彷徨っておるのやら……

 「ふたり……遅いな……」

 校門を出たすぐ目の前にある住宅から食欲をそそる夕飯の香りが漂ってくる。あぁ、もう帰りたい。この香りは……シチューか……いいな……

 「……もう帰ろうかな……」

 「そんなこと言わないで、“撫子”。上地さんと、星野さんなら、“もう近く”にまで来ているよ?」

 友人二人を見捨てて帰りそうになっていた最低な私を、爽やかなテノールの低音が呼び止めてくれる。 声の主は人物は振り返れば下校口からゆっくりとこちらに歩いて来ていた。

 見れば誰もが第一印象を良い人としてしまいそうな笑みをした顔は中性的だが、笑みをやめれれば野性味を感じさせる顔立ち。180はあるだろう長身の体はスマートさを感じさせるも、弱弱しさなど一切感じない。

 その一歩一歩長い足で近づいてくる人物を私は知っている。

 「やぁ、撫子。やけに疲れた顔をしているね。ほら、その証拠にお気に入りの白いカチューシャがズレてるよ」

 「あ、すいません。……科布会長」

 科布(しなぬの) 永仕(エイジ)。それが彼の名前であり、会長と呼んだのは、彼がこの学校の生徒会会長だから。

 分け隔てのない兄貴分な人格と、二年生ながらも“高校生離れ”した統率力と能力とで生徒会長の席を実力でもぎっとったと校内に轟いている有名人。

 そんな友人が、警戒心を緩めてしまう人好きする笑みで

 「畏まらないでくれよ、撫子。いつも通り、この駄犬ッッ、とでも罵っておくれよ……」

 とんでもない嘘を言い放ちおった。

 誰かに聞かれたらトンデモないことになる!!

 この時間誰もいないとわかっていても焦り、全力で否定せずにはいられない。

 「の、罵ったことなんてありません!! なにを言ってるんですか、永仕さん! あぁもうっ……誰かに聞かれたらどうするんですっ!?」

 「別に隠す必要ないよ……僕たちの、関係を、さ……?」

 「意味深に言わないでください! 余計あぶない関係に聞こえますから!」

 顔が真っ赤になるほど恥ずかしがる私の反応を、ハハハっ、と可笑しそうに笑うと、同時に肩甲骨辺りまで伸びた黒い髪の毛を輪ゴムで束ねた尻尾が揺れた。そこまで伸びた髪は生徒会長的な立場ではダメなのでは? と近くの友人に聞いてみたことがあるが、会長だからいんじゃない? という回答が10割だった。それでいいんだ……この学校。

 「相変わらず可愛いね。撫子は」

 「か、からかわないでください」

 子供の頭をなでるように私のズレいているというカチューシャを直してくれるこの人……実は、人間ではない。

 彼は外見は私たちと変わらなぬ高校生。だがしかし、実際は狼……人間に適応して人の形に変身している古から続く魔獣の類、狼男。

 「ん。これでよし」

 「ありがとう、ございます……」

 男義が見え隠れする野性味を感じさせる笑みをもつこの人の正体を知っているのは、この学園では私と優子と智子、そして、そこに這いつくばって念仏をを唱え始めたローザだけ。

 年齢は軽く100年以上らしく、なぜこの学校に在籍しているののが不思議でならない高度存在である彼と関わったのが夏休みのはじめ頃。

 彼の妹であり、神の力をもつ“金狼”を巡る事件で彼と知り合ってからはこうしてよくかまってもらっていた。それは私の父が元々、永仕たちの家……ソドムに本拠をおく任侠一家である“音芽組”の経営する孤児院の出であったこともあり、彼からしてみれば私は孫みたいな目で見られているのかもしれない。

 甘やかされたり、冗談を言ってきたりとこの数週間で、心の距離も近づいてきていると思う。

 だからだろうか? なんとなく気がついて、つい口が開いてしまう。

 「……永仕さん、なにかありました?」

 「えっ?」

 私の不安げな声に、一瞬動揺した顔になるが、すぐにまた不自然な笑顔に戻った。

 たしかに彼は、冗談や人をからかうのを好むが、それでもこんなことを言う人ではなかった気がする。知り合って一か月未満と短い間という説得力の無い直感。

 「いや……別に」

 妙に視線を逸らされた。それで私は確信する。

 「あの……」 

 私になにか手伝えることありますか?

 


 「お~いっ、とったど~い!」

 「嫌だぁ!! 助けて!! もうヤダ(ラァラァ)!!」



 もしかしたら余計なお節介かもしれない申し出を阻むように現れた親友二人。

 この時ばかりは頭にきた。

 「…………」

 「じゃぁ、急いでるから……」

 「あ、永仕さっ」

 首をふって彼の姿を追うが、もう遅い。

 人狼の運動速度は常人では捉えられず、もうそこに彼はいない。

 「…………」

 ズル、ズル、ズルッ

 「……いい加減覚悟を決めなさい、ローザ」

 「ハッ!? もうバレ、ァッ」

 まるで逃げるように消えた永仕を姿に不安を感じつつも、私はほふく前進で逃げようとするローザの足首をつかんで逃走を阻止した。

  



   ──視点 変更 2──




 「はぁ……あの子、こんな時ばかり感が鋭いんだいんだよな……」

 「どっちかてぇと永君が変なテンションだったせいじゃないっスかぁ~?」

 学校からそう離れていないが、人通りの少ない住宅の境目に“着地”した俺を待っていたかのようにかけられる声。 

 睨むように視線で声を辿った先にいたのは緑のニット帽を深くかぶった若い姿の男だった。

 「うるさい。なんの用だ、ハジ」

 太陽の光が直接当たらない、一軒家と一軒家の間に自然と出来た路地の影から這い出てくるように現れた男の名は、ハジ。

 ソドムで情報屋兼雑貨屋という胡散臭さの塊みたいなな男は今日は白のジャージ上下というラフすぎる格好(スタイル)

 中肉中背。しまりのないヘラヘラとした笑っているような口。そんな危険性を感じない男が体をユラユラと揺らしながら近づいてきたので、俺は警戒心を全開にしてハジを睨みつける。

 「キャラじゃないことするからぁ~、“相変わらず可愛いね、撫子は”とかっ、びいひぃいぃぅっ!!笑える、ちょ~笑えましたよ、くっひひぅっ!! 永君、マジイケメン!」

 「……用がないなら、もう行くぞ」

 「あっ、あぁん、マってぇ~ん!?」

 冷やかな態度で、腹を抱えて爆笑している変質者から目を逸らし、俺を呼びとめる声など聞く耳持たずに回れ右。

 そのまま早歩きで道へと出ていく。

 「“三日前の大雨”」

 「っ」

 三日前の大雨。

 急な真面目な声色になった馬鹿(ハジ)が口に出したその単語に俺の足が石化したかのように止まる。

 もはや振り返る気はない。ただそれから続くであろう言葉を、背後を見せたまま受ける気はある。

 「……ある事件が起きたそうですね~。なんとも物騒な感じのぁ。いっや~心配だぁ~……いっや~これからソドムを留守にする身としてはとても心配だな~」

 「留守?」

 神妙に、しかし、九割おちゃらけたテンションのハジに興味はなかったが、その一言だけが俺の興味を刺激した。この男がソドムを留守にするときなど……

 「お前、なにを企んでる」

 「ちょぉっ!? ひどっ! 別になにもたくらんじゃいませんょぉ~、ほんとだっぴよ?」

 胡散臭(うさんく)せぇ。つか、ウゼェ。

 「ただしばらく留守にするから挨拶にきただけで、どうしてこう邪推されるのかなぁん! まっらくぅもうぅ! ぷんぷんナンダゾ!?」

 体をクネクネと動かしながら、わざとらしく頬膨らませて怒る外見年齢20代の男……こんな奴が目の前にいたら

 「殴る」

 「待ッツ!! スイヤセン、ふざけ過ぎました自覚はMAXですからっ! 爪立てるのはヤメテ! つーかソレ殴る人間の手の形じゃないですから! ……ったくもぉ~、永君はホントキレ易いんだからぁ~あっすいません、もうしませんからぁ……」

 怒りから両の腕を、一時的に人狼のソレに変えていたようだ。そこは反省しなくてはいけない。ただハジを殺そうとしたことを反省する気は一切ない。

 「はぁ……」

 目頭を押さえ、なんでこんな不思議生物と路地裏で話しているんだろうと黙考。さっきまで華の女子高校生と会話していた身としてはもう耐えられない。もう、お家へ帰ろう。

 「もうお前と話してると頭が痛くなる……俺は行くぞ。そこまで暇じゃないんでな」

 「そうですか。じゃ一言だけ…………気をつけるんだな、“永仕”。決断の時は、もう近いぞ」

 「っ!? てめぇっ、何をっ」

 一瞬だけ本性を垣間見せたハジは、振り返れば、もう既に影も形も、臭いもない。さきほど撫子の前から消えてみえた俺ですら、ここまでの隠業(おんぎょう)は不可能。獣としてのプライドをひどく傷つけられた気分になって一発舌打ちして、気分を変えようとしたが無理だった。

 あいつは何かを知っていた。それがなにかを確かめることはできないだろう。

 ならば、今はどう考えようと無駄だ。

 (まずは落ちつけ)

 「今は……そんなことをしている場合じゃない」

 自分に言い聞かせるような独り言とともに、帰路を急ぎ、駆けた。

 (俺にはやるべきことがある。早く、見つけ出さなければ)

 まだ冷静にした頭の中で、ハジの言葉が不安の異臭を放っている。

 それを集中することで押しつぶして、夕焼けの空へと駆けた。

 


 

 ──視点 変更 3──




 「それで、御用件の内容を伺いたいのですガ?」

 事務所の中央の対面するように設置された来客用のニ対のソファ。その間に挟まれるように置かれたガラス製のテーブルにお茶を出した後、ソファに座る客……織部(おりべ) (ごう)に僕は尋ね聞く。

 失礼だが、織部と名乗ったこの人を観察してみる。

 細めの体に仕立ての良いと一目でわかる白のスーツを着用し、体と似た細い糸目が特徴的な30代半ばの男性。

 第一印象は蛇。それを連想させるのは、笑顔の裏に潜む強い野心を感じるだからだろうか。

 「失礼ですが……彼方は?」

 織部は、細身の体にしては低く、しかしよく通る声で僕を聞き返してくる。

 僕はそこで困った。

 僕は正式には騎士団所属の巡回騎士。

 進の事務所であるcon-tractを手伝っているのは義理からであって、正式に席を置いているわけではないのだ。

 いわばアルバイト。だが、クソ真面目にそう答えて、この男がどのような反応をするのかを見定められない。最悪、仕事の内容を僕に隠す場合も……

 「コイツは、オレの助手です。安心してください。こうは見えても実力は確かですから」

 (ッ)

 裏を見過ぎて、反応の遅れた僕の代りに迷うことなくキッパリと応えたのは社長……進だった。

 意外。この捻くれた男が人を、まして僕を褒めることが意外だった。進も変わってきているということだろうか?

 そして、罪悪感を感じる。僕がソドムに残っている本当の理由は、この進・カーネルという男の監視。結果的にこれまでは人を救う側が多い進だが、その人間を超越した力は、少しでも傾けば世界の害になりうることは明らか。

 もし最悪の害になるならば、僕の手で……そう決めていた相手からの褒め言葉は心を抉るが、その心情は顔に出さないようにする、しなければならない。

 「もし、気になるなら後へひかえさせますが?」

 アナタの部下と同じようにな、とさすがの進でも付け加えることはしなかった。

 進は大抵戦闘時は以外は冷静だ。普段は無意味な挑発はしないし、仕事ではそれなりに礼儀を欠かした所を見たことはない。魔王がいたらこんな奴、などと語られる一番の原因はあの凶悪でいて、挑発的な戦闘スタイルのせいだろうと僕は推測していた。

 「いえいえ、別にかまいませんよ。御気分を害されたでしょう? 申し訳ありませんね」

 「……いえ、おかまいなク」

 「それで? 御用件を伺いたいのですが」

 無意味な世間話など結構、そう意味を込めてあるのが明らか進の雰囲気に、織部は笑みを濃くする。

 「話が早くて助かります……実はこの件、あまり口外できない話でしてね。つい、ナーバスになっているんですよ……」

 「口外できない?」

 「はい。実は私、東京の方で、建設業などを営んでおりまして」

 「へぇ……“咲那会”はそちらにも手を伸ばしていたですね~。驚きだぁ」

 (咲那会――――)

 咲那会というワードに反応しかけた自分を、理性で喉から出かけた声を呑みこんだ。

 同時に緊張がはしる。咲那会といえば、ごく最近に関係があったばかり。しかも、最悪の形で。

 暗い雰囲気が立ち籠めてくる。もう日も落ちる夕暮れ時なのだから当たり前ではある。その上互いの意思を確認しあう圧力が部屋の陰影を色濃くみせる。

 「……私の勤める団体を御存じでしたか、進・カーネルさん」

 「いえいえ、こんな家業をしている身ですぅ。……お隣の国で活動されている、ということだけお聞きしている程度ですよ。あと、その胸につけているバッジも、最近、拝見させていただいたもので」

 「ほぉ、そうでしたか……それはもしかして……スカイタワーで、ですかな?」

 「すかいたわー? ……ぁあ、アレはひどい事件だったみたいですね~、もしかして……身内の方に被害を受けた人でもいましたか?」

 ぬけぬけとよく回る口だと悪い意味で感心する。

 「えぇ……組員が数人、巻き添えをくらいましてね……」

 「それは、それは……胸中を察します。さぞ、おつらいでしょう」

 (なにが、さぞおつらいダ……キミが皆殺死にしたんだろうガ)

 ほぼ一か月前、新東京スカイタワーと呼ばれる新東京都に完成前の高層建築物で起きた火災“事故”のニュースは記憶にあたらしい。現場検証から火災前に、暴力団と正体不明の武装集団による抗争があったのでは、と推測がなされている未解決事件。

 その渦中で“金狼”を巡る衝突があったことを知っているのは、僕らを含めごく限られた者たちだけ。

 暴力団……咲那会の本城を中心としたメンバーと、彼らと結託し金狼を狙っていた魔術界の暗殺者ハンター。彼らは全滅……いや、虐殺された。この魔王に。

 くるくると表情を変える進を僕は思わず殴りたい衝動にかられた。もし、僕が織部の立場なら、拳を止められる自信はなかっただろう。だが、あの事件の発端は咲那会にも非があるし、僕の中ではあの事件は終わりをむかえている。今さらというものだったんだが。

 (そのはずだったんだけどネ。まさか、咲那会に仕事を頼まれるとは)

 視線を気取られぬようにチラ見しても、二人の友好的な顔に変化はない。むしろ、それが怖い。 

 たぶん、織部は知っているのだろう。僕らがあの事件の渦中で何をしたのかを。

 仲間を八つ裂きにした張本人たちであるのだと。

 同時に、進もまた調べていたのだろう。咲那会のメンバー、そしてその家族、すべてを。あの時、完全に怒り狂っていた魔王は関係者すべて、一族を根絶やしにしようと本気で考えていた。顔写真などは全員把握していておかしくない。

 二人は知り合っている。今回が直接の初見であるが、会う前から互いを知っているのだ。 

 だから、気持ち悪い。なんともこの会話、気持ちの悪い。 

 「その御心だけで、仲間たちもよろこんでくれるでしょう」

 「いえいえ、当たり前のことですから……」

 胸やけしそうな胸糞悪さ。真実をしりながら、互いに素知らぬふりを続ける人間は、こんなにも気味悪いのか。スプラッター物のB級映画でもみさせられている気分だ。

 心のムカつきを取るために、ロー……いや、撫子が早く帰ってこないかなと本気で思う。

 ただ世間話はそこまで続くことはなかった。

 「で、話を戻しますが織部様? 俺に御用件とは?」

 「はい。実は……ここに前金があるのですが……」

 「殺しの依頼ですか」

 ピシャリと、予測にしては随分確信めいたものを感じる発言に空気がさらに冷却。

 さすがに早すぎる切り返しに織部も動揺を隠せなかったようだが、一拍間をおいて、ニィ、と口元を釣り上げた。

 「最悪。それも視野にいれていただいても結構です。ですが、こちらからは、捕縛、してもらえれば幸いですね」

 |生死問わず《デッド オア アライブ》ということか。

 逆に不信感がつのる。なにせ、仲間を殺した相手への依頼。それだけでも可笑しいというのに。

 「その標的は?」 

 進もさすがに罠であるとわかっているはず。標的はお前だ、と言われたほうが自然なくらいの依頼。

 織部は沈黙するように顔を伏せ、発言じたいを気をつけるように、ゆっくりと口を開く。

 この返事しだいではこの切迫した状況が変化する。

 外から武装集団が押し寄せてくることなどは考えられる。重火器による波状攻撃、最悪すでに建物自体に爆発物が設置されているということも考慮しつつ、いつでも動ける準備はし続けている。

 起動スイッチにも等しい織部の口元。

 そこから出た言葉は。

 「……幽霊を」

 自信に欠いた織部は、恥ずかしがるように顔を背けた。



 ──視点 変更4──


 

 

 「さぁ! 京女(京清高校の女子)ゴーストばすたーズ、出っ発ぁああつ!!」

 「優子ちゃん、声っ、声が大きいですよっ」

 街灯がつき始める夕暮れ時、元気いっぱいに轟いた優子の掛け声は、帰宅途中のサラリーマン溢れる道に思いのほか響いた。そのほとんどが迷惑そうな視線で、私は声を若干低めに注意した。

 ただ、あまり効果はないだろう。

 「声が小さいよ、撫子ちゃん! さぁ、張り切ってこぉう!! オッーー!!!」

 (……ダメだ。止まる気配がない。さすがに恥ずかしいっっっ)

 そうそうに諦めをつけ、注目される恥ずかしさを少しでも軽減するため顔を下に向けて耐えることにした私。

 私たちが歩いているのは学校から約5分後ほどにある大き目の歩道である。

 左右に並ぶビルに入った飲食店や雑貨店が点在この道を抜けた先には駅もあるこの道は比較的人通りが多い。

 いつもどおりの帰宅時間でならば同じ制服の学生が多くひしめくはずだが、今はすっかり日も落ちているのでほとんどがビジネススーツや私服姿ばかりのため逆に目立つ。

 面子もそれに拍車をかける。美少女率も高く、その中には珍しい白金色の髪をした外人まで混じっているのだから道行く人々の目が自然に集まってしまう。

 もうひとつ言えば、元気いっぱいの先頭とそれに続く私の後……ゾンビ動きでついてくる二人が非常に目立っていた。

 俯き気味にヨロヨロと歩き、明日も、明後日も、一年後の未来にまで希望がないような生気のない瞳。いつも纏っているはずの覇気もない。

 たまに進が一人でやっているゲームに例えるならば、一列進行するゲームキャラの後ろを棺桶がついてきている、そんなイメージ。

 張りきる勇者、教会に行っても生き返りそうもないゾンビ2体、そんな先行き不安なパーティーをみつめる回復魔法が使えないのにやたら身体能力パラメータが以上に高いレベル1の僧侶な私。

 そんなポンコツメンバーが目的地に向けて一歩一歩進んでいると

 「────で、みつかった男性の死亡推定時刻は腐敗の状況から……」

 通り過ぎようとしていた家電量販店に展示されている液晶テレビに流れているニュースが目に入った。 その今は珍しい昔ながらの展示方法も気になるが、それ以上に映し出された中継映像。廃棄された工場跡地の隅、そこに見えたくすんだ白色の外壁がチラリと写ったことに目を引かれた。

 (あれは、ソドムの外壁?)

 見慣れてしまったそれをテレビでみつけて、オッ、となる心境でもないくせに、なぜか、それが気になった。

 「あっ、このニュース知ってるよ。アレでしょ、ヤクザ屋さんの偉い人が殺されちゃったってやつ」

 「ヤクザ屋さん?」

 脳裏に永仕と、その仲間たちが一瞬浮かんだが、彼らは公然と極道を名乗ってはいない。それを考えると無関係だろう。

 しかし、偉い人……たぶん、幹部のことだろう。それが殺されていたとなれば……

 「撫子ちゃん?」

 集中し始めた私の耳に、周囲のざわつきが入ってくる。

 「どうせヤクザ同士の抗争とかだよ。ヤダよね……」

 「つか、あそこってオマエんちの近くじゃね?」

 「ちょっ、やめてってば!」

 それはナハハハッ、と笑い合う人々たちの声。

 彼らのとってはテレビの向こう側のこと。大したことでもない、通り過ぎていく情報に過ぎない。

 ただ、私はそれがとても危ういと思えた。

 あの隔離外壁が見えたということは比較的近場で起きた事件ということのはず。

 それを彼方達は笑い話にできるのか。

 まるで他人ごとの言うけれど

 ──もしかした、あそこで殺されていたのは、アナタかもしれないのに──

 「撫子」

 ローザの心配そうでいて咎めるような呼びかけにハッ、と我に返り、友たちの顔を見る。

 一様に、急に黙ってしまった私に不安を持っている様子。

 「す、すいません。ちょっと、ちょっとだけ考え事をっ」

 「う、うんっ」

 「……別に体調が悪いとかじゃ、なきゃいいんだけどさ……」

 再び、スイマセンと頭を下げ、歩き出す私に、小さくローザの手が肩を叩いた。彼女の顔はとても無表情で、綺麗だった。

 「……別に、彼らは無責任とか、無感動などではないんですのよ、撫子」

 「…………」

 先ほどの私の思考を読んでいたらしいセリフに、私がどんなに分かりやすい表情をしていたのかが自覚できた。同時にそれを恥じる。 

 「彼らはただ無自覚なだけ。……貴女が“怒る”気持ちもわかりますが、だれとも知らぬ他人の死に心を痛めて、共感を抱け、危機感を持て、などと押しつけることはできませんの。(わたくし)でも、たとえ“貴女であっても”」

 平和であり、マスメディアが行き届いた日本のような国民にはありがちなことだが、日夜報じられる殺人事件や遭難、自然災害などの事件をどこか達観しているような、我関せずとする風習に近い観念を持つ傾向にある。

 なにせ、他人がどこからか聞いてきた、見知らぬ他人による、テレビやラジオ、新聞などの情報媒体もしくは他人から見聞き得た情報をその大衆が常日頃から受けているからだ。

 もちろん、それは悪いことなどではない。マスメディアの普及による情報伝達技術の進歩は、ある種、街を明るく照らす街灯以上に、世間というものを露骨なまでに明るく隅々まで照らしてきたと胸を張れるものだろう。

 ただ自分の足と目と耳で調べたわけでもない興味も引かないような情報媒体による介在が通された情報というものは無意識に他人事となり、自覚を失わせる。

 殺人事件があったらしい。怖い。から、これは誰かの話だ、こんなことがあるのか、そうなのか……そんなろ過機で不純物を取り除かれていく水の如き流れ方で記憶の奥隅へ、注目されなければ最終的には消え失せる。

 気をつけねば、と思う人もいるかもしれない。ただどう気をつける? という段階で、気持ち的に済ますのが大半だ。被害者からしたら永遠に続く苦痛も、介在物の向こう側からみている傍観者には伝わりはしない。

 だから、そんな自分がこうなる可能性を考えようとしない人間を見ると腹が立つ……私はきっと、そんな風に睨みつけていたのだろう。

 吸血鬼、などという“不幸”にさらされた、私のような人間が陥りやすい思考なのかもしれない。 

 ただし、被害者だから、不幸だからといって、他人にどうこうしろなど説教する権利など生まれはしない。平和を満喫する者たちを不幸に付き落とすことなどしていいはずがない。

 (押し付ける……ローザの言う通りだ。私が不幸だったとしても、他人にまで不幸を感じろなどと言うのは傲慢で醜い)

 今の殺人事件を笑った彼ら、ただ平和なだけなのだ。いいではないか、平和。危機感と無縁、結局はそれが一番望まれていることなのだから。

 そう自分の中で納得をつける。私の心を汲んで気にしてくれた親友を持てたことを喜びつつ。 

 「ありがとう、ローザ」

 「わ、私はただ貴女の陰気な表情が見るに堪えなかっただけですわ。それよりもさっきの事件…」

 「さっきの事件っ、もしかしたら幽霊の仕業かも!」

 きっとローザは、ソドムの近くで起きていた、と聞きたかったのだろうが、いきなり割って入ってきた優子により、その問いはかき消されてしまう。

 それよりも、気になるのが。

 「幽霊が殺人、ですか?」

 「ばっ、ばきゃばキャぁしい(馬鹿馬鹿しい)!! ゆ、ユレイが殺人できるはずないでしゅぅう!?」

 「でも、最近都市伝説でもっぱらの最新噂話だよ……“日本刀を持った、約束の場所に向かいつつ人を斬殺す幽霊”。そうだ! その目撃現場にも行ってみようか!」

 言った途端にローザが脱兎のごとく逃げだそうとした。

 「逃がすかぁっ!!!!」

 が、アメフトのタッチダウンよろしく突進をしかけた智子による捕縛された。

 智子ちゃん、あなた陸上部ですよね? 

 「智子ォッ!! この裏切り者!」

 「あんただけには言われたくないよ、ローザ! 逃げるなんて選択しはないのよ! 私だけ怖い思いなんて嫌! 一蓮托生よ。ふ、フフフ、フッ」

 「嫌! 嫌ですわ! 幽霊になんて会いたくなぁああい! 誰かっ、彼らをゴーストバス…」 

 「ハイハイ、行きますよ」

 「でも目的は見失わずに、まずは教会!」

 「ノォオオオゥオッ!」

 さすがに一目がきつくなってきた。アスファルトにしがみつくローザを引きずるように私たちは頭を下げつつ、その場を逃げだした。


 


 ――視点 変更 5―― 




 「ゆ、幽霊ですカ?」

 「スイマセン。うち、幽霊扱ってないんで。そっち方面でしたら、アメリカの方に有名な専門家がいたような気がしますよ? ほら、ピーター・ヴェンクマン博士とか……」

 信じられない標的の人種? に困惑を強くしてしまった。進は途端にヤル気をなくし、ソファに深く座りなおしながら言葉を崩してしまう。

 「ゴースト・バス〇ーズですか。私も好きでしたよ、特に2」

 「ボク的には1の方ガ。あ、いや……そうじゃなくて、その……あの、幽霊ですカ?」

 その反応、織部には予想できたらしく意外と冷静に返してきた。

 聞き間違いならイイな、と思いながらも聞き間違いようもないことは明らかだったが最終確認として返答を待った。 

 「ええ。たしかに幽霊と申しました」

 「ハァ……えぇ、ですよネ?」

 ふざけている印象はない織部の反応。どころか、彼もどこか信じきれないように語るのでコッチはさらにマイってしまうんだが。

 「お二人は、日本刀を持った幽霊、の噂。御存じないですかね?」

 「……いや」

 応えた進と同じ答えしかできない自分は黙ってみる。それを肯定と捉えたようだ。

 「ご存じなくて当然だと思いますよ……それ、ただの取るに足らない都市伝説ですから」

 「都市伝説?」

 「ええ。私も小耳にいれた程度ですから、たしかな内容はわかりませんが……夜な夜な、戦争で死んだ人間が約束した場所へと向いながら出会った人間を刀で殺していく話、だったかと」

 「やけに、具体性のない都市伝説ですネ……」

 「スミマセン。たしかな内容まではちょっと」

 都市伝説とは、現代、近代で語られ、発祥されたと思われる伝説もしくは噂話の内、確証がなく根拠があいまいで不明なものさす。ほとんどの都市伝説が突拍子もないものであるため信じることが難しいものばかり。ただ、どの都市伝説も大真面目に語り手がしゃべり、内容のオチも異様にしっかりしているためにまるで本当にあった話に聞こえてくる。

 ただ、ほとんど荒唐無稽。真面目に捉える必要もないとるに足らない噂話。おもしろがって他人に話す暇つぶしの域をでないものがほとんどだ。

 「ですが、その辻斬りの被害が……うちの組から出ましてね。あの話はキチンと聞いておくべきだったと後悔しています」

 「被害者が?」

 頭を抱える様に、まるで真面目に他人に話すことができないことを吐露する懺悔をするように座ったまま前かがみになる織部。

 「しかも、それがうちの、重鎮……咲那会の幹部だったんですよ」

 話してはいけないことを口走る織部は肩の荷を下ろすように言葉をつづけようとするが待ったをいれる。

 「織部さん、スイマセン。そもそも、幽霊が犯人である確証はあるんですカ?」

 幽霊の存在有無、はひとまず置いておく。織部が犯人は幽霊だという確証はあるのかを落ちついて尋ねる。

 「私も直接視たわけではないので断言はできません。ただ、その幹部の護衛、私の部下にも数名被害を受け、一人死亡しています。付けた護衛は二名。もう一人は重傷を負って今も意識不明の重体。容体は……もう、ダメだと思われます」

 「それは……残念でス」

 「ただ……その部下が最後に一言うわ言のように呟いたそうです……“刀をもった幽霊が”と。これは運ばれた病院で担当した医者から聞いたことなので、間違いないでしょう」

 「…………」

 織部の話はそこで尽きる。

 僕は自然と対面して座る進へと目を下げた。彼は黙考するそぶりをしてみたが、未だ半身半疑の顔つきが変わらない。

 ただ、なにかを諦めるような嘆息をもって、“一番初めに聞くべきだった事”を質問する決心がついたようではあった。

 「それで……その幽霊を捕まえろ、と? ……織部さん、オレはやっぱりアンタに一番初めにたずねるべきだったよ。初めて直接足で依頼してくれたお客さんだ、だから失礼がないようにしたかったんだがよ」

 (イヤ、最初に熊が好きか否かを聞くのは失礼に当たらないカ?)

 そう本心から問いただしたい常識の有無を今するのは、この沈黙にも似た暗い雰囲気を壊すことに繋がるので我慢。 

 「そもそも、なんでcon-tract(うち)、いや、俺なんだ?」

 「…………」

 「幽霊だ、なんだは置いておいて、別にこんな隔離区でひっそり便利屋しているクソガキに頭下げにこなくたって、アンタらのツテはもっと他に色々あるはずだ。最悪、自分たちでやればいい。組織力を使ってのゴリ押しや人員大量投入、確保はアンタらの十八番だろう?」

 投入できる人員数などの組織力を含めても、咲那会という全体で犯人を追いつめた方が効果的であることは聞くまでもなく明らかなのだ。それは織部にも十分わかっているはず。

 ならば、この仕事には裏がある。外部に、しかも本来ならば敵である進に委託しなくてはならない理由が。

 進に目で威圧される織部は一瞬、戸惑いをみせるように腰を浮かせた。すぐに気持ちを落ち着かせるように咳ばらいをすると上着をなおす仕草をしながら笑いかけてくる。

 「ハハハ、そんなに殺気立たないでくださいよ。我々は別にあなたをどうこうする気はありません。ただ言ってしまえば、私たち、いえ、私はそっち側に関して詳しい人間をあなたしか知らないだけなんですよ」

 「そっち側?」

 「ええ、“魔法”のことを知っている人間を」

 「…………」

 「……どこから俺が、“そっち側”に詳しいとお聞きになったんですかね?」

 「いえ、誰かに聞いたとかではないんですよ。ただ知り合いに精通していた男がいましてね」

 「よろしければ、誰か教えていただけませんか?」

 「かまいませんよ。どうせ、死んだ人間ですから……本城、という男です。ご存じありませんか?」

 「いえ」

 しれっ、と進はとぼけるが間違いなく憶えているはずだ。僕らが関わったスカイタワーの事件、そこを拠点にしていた咲那会の筆頭が本城だ。彼もあの事件で亡くなっている。例にもれず、進の手によって。

 「まぁ、ご存じなくても仕方ありません。でも、我々の頭から奴の存在は離れません。なにせ、咲那の看板である組長を標的に暗殺者を雇って毒殺し、俺らを裏切り、反旗をひるがえしたんですから」

 人の良さそうな顔を捨て、怒りに染まる顔。そこに嘘偽りはない。

 「その本城さんに、俺が詳しい人間だと? 幽霊すらも殺せるって?」

 「まさか。死人は口を聞きませんよ。ただ結果論として、あなたが最適だと判断しただけです」

 「結果論? いやいや、まるで私が殺人犯だとでも言われているようじゃないですかぁ、織部さん?」

 (イヤイヤ。だって、お前が犯人)

 「そんな、滅っ相もない。ただ、この件を任せられるのは私の知る中で貴方だけというだけです。そして、こんな馬鹿みたいな夢物語を取り扱っている店もここだけ」

 「なるほどね……たしかにうちはそんなこともしてるしな」

 たしかにcon-tractは特殊な人材を、魔術世界にも精通した人間がいる店だ。この街の情報屋ハジからも時折、“そちら”側の仕事が回ってくることがある。というより、そんな仕事が主業務なのだ。

 ただし……

 「だけど、俺たちが頷くとは限らないよな。そこまで馬鹿みたいな話なんだぜ、オイ」

 当たり前の話だ。こちらも馬鹿ではない。リスクケアは念頭におき、了承する有無はこちらにある権利だ。まして、今さっきあったばかりの織部に対する信用はなく、こちらが受けることなどありえない。

 (そんなことは、カレにもわかっているはずダ)

 だからこその前金の額。ただし、これだけでは胡散臭すぎる。むしろ、罠だといわんばかり。

 つまり、あと一つ。彼には切り札があるはず。 

 前に出る様な少し強めな態度で進は話の確信を突こうとしている。もう面倒な話は終わりにしたいのは進も同じようだ。

 そんな僕らに依然として愛想笑いを浮かべてた織部は途端に重苦しく顔を俯かせた。

 「私は咲那に入って、十四年になります。それなりにやってきたつもりです。ですが、それは自分だけの力じゃない。……三日前に殺されたオジキがきちんと俺らを世話してくれたからなんですよ。そんな恩人がやられたんなら、こっちも本気になります。……たとえ、杯交わした“義兄弟”を殺した相手に頼みこんでも」

 顔を上げた時にはもう愛想笑いは憎しみ一色に変貌を遂げていた。判り易い怒りと屈辱が込められ、声はドスがこもったように重い。

 「ハッ! やっと本心みせてくれましたね、お客様。で、なんで俺なんだよ?」

 「そっちも、ね。こちらとしても大変不本意だけれど、今ウチの組はでかい動きはできない状態なんだ」

 「そうでしょうねぇ。なにせ、どこかのお馬鹿さんたちが反旗を翻そうとして失敗。咲那会内部です疑心暗鬼状態でしょうから」

 「……下剋上は中途半端に失敗。戦争が実際に起きてれば、まだ少しは違った。だが、未遂で終わった。そのせいで、今は誰が敵か味方かもはっきりしない。ただでさえ組員全員が敏感になっているなかで起きたこの事件。どうしても犯人を見つけなくちゃならない」

 「火の粉が飛んでこないように? 違うだろ、アンタ野心家だ。目でわかる。ひと山当てたいって面、始めからしてたろ。犯人を捉えて、上へ差し出してあわよくば空いた重鎮の席を狙いたい。ってところか」

 「……そうだ」

 苦虫を噛み潰したように苦渋さがにじみ出る返事をして目を反らす織部。次々と痛いところを突く進はなんだか満足そうに腕を組んだ。

 「あと、他に何かあるかよ、織部さん。まだ、だよな? あるはずだ。俺に仕事を押し付けるられると自信満々に言えるカードが」

 (カード?)

 確信をもって進は言いきる。だが、僕としてはあまり良い予感がない。気かなければならない情報は聞いた。僕としてはこの仕事はじめから受ける気は一切ない。それがいいのだ。それがまして私怨をもつ相手ならばなおのこと。

 その悪い予感が正解であるかのように織部は顔をまっすぐに、堂々とした態度をしていた。

 それはまるで勝者のようで。

 調子に乗っているガキを黙らせるように織部は陰湿な笑みを浮かべた。 

 「……オタクのお嬢さん方。もうそろそろお帰りでしょうかね」

 「―――――」

 一拍静寂が訪れた。

 このタイミングで言うべきことではない話題。

 そこが明確に指し示す答えはただ一つ。

 コイツは、撫子を脅迫材料にしている。

 (…………殺そウ)

 これまで人生で、こういう人間と数多く出会っている。身内を、友を巻き込もうと脅迫手段を使う人間には、この対処法が一番適切だ。

 ヤラレル前に、ヤレ。すでに彼女らに手が回っている可能性もある。急ごう。

 僕は一歩、織部を斬り殺すために前へ。

 「その仕事――――」

 その一歩を止める様に

 「――――お受けしましょう」

 陰気に、だけれど随分愉しげに顔を歪ませた進の手が僕の前に割って入ってきた。

 



 ──視点 変更6──




 「皆さま。私の丁度うしろ、視えますでしょうか? こちらが昨今、会談話が尽きないのに、隔離区の中にあるから来たくてもこれな~い話題の心霊スポット“ソドム唯一の教会”でございまぁす」

 観光ツアーガイドよろしく紹介を始めた優子。エアマイク片手に語る彼女のテンションは高い。それでは雰囲気をぶち壊しかけない。

 しかし……

 「「ヒィぃァァァァッッ……」」

 「これは……また……」

 それなりに平気な私でも、大げさに怖がるように抱き合うローザと智子の気持ちがわからないでもない、いや、これはわかってしまう。

 バスガイドさんの笑顔を張り付けた優子の背後にあるのは、教会。

 聖域の白を基調にした比較的大きなカトリックのオーソドックスな教会。

 神の家らしいが清潔感……がまるでない。

 壊れているのだ。

 緩衝材剥き出しの壁、雑草伸び放題の庭、くすんだ白色の壁に生える緑苔、教会おなじみのマリア像……のようだが、体半分が斜めに千切れ飛んでいて確証が持てない像。

 それだけならソドムにありがちな廃墟。時間も20時を回り、より濃い闇が辺りを占めているのだから雰囲気をでてくる。あと、辺りを照らす明かりは空に浮かぶ月からのライトのみ。

 周囲はどこも同じような建物なのに何故かこの教会だけは存在を主張するかのように、やけにボヤケテみえる。まるで陽炎のように薄く淡く発光しているような錯覚にまで囚われるのだ。

 それだけなら、なんの変哲ないソドム廃墟だが……

 (何……? この胸を圧迫するような“気配”?)

 息を呑んで“その何か”に納得する。

 ここは、ヤバイ。なにか、“出る”。これまでの死と隣り合わせの人生経験が全力で帰宅を推奨してくるのだ。

 「や、やめませんか……ここは、マズイ気がします」

 「え~」

 今さらの私の提案に優子は不貞腐れた返事をした。

 「ここはヤバいって優子!! こ、怖くはないんだけどねぇへ!?」

 「そうですわ! なんか出ます! 出たら(わたくし)出す自信がありますからね!! 上からも下からも! こ、怖くはないんですけれどぉぅ!?」

 「往生際が悪いよぉ、みんな」

 たしかに青い顔して胸の前で何度も十字を切りながら弱弱しい反論をするローザと智子の肩を叩いて笑う優子をこの時ばかりはアホなのかと思う。

 止めなくてはならない。親友ならば、なおさらだ。

 私は一歩、優子を止めるために前へ。

 「優子ちゃん、やっぱり此処に入るのは――」

 「撫子ちゃん、知ってるんだよ……」

 こちらを向かずに優子が語る。 

 「進さんが最近通販で買った木彫りの熊。実は、“誰かが”落っことしたせいで足が一本折れてるんだよね。“誰か”が接着剤で巧妙に隠してるってことも知ってるよ―――ねぇ? “誰か”さんってゆうか撫」

 「サァッ! 皆さん! 今日も元気に逝ってミマショウ!!!」

 優子の声を、特にさいごの部分をかき消すように元気いっぱいに、未だに尻込みしているローザたちの肩を抱き抱えて教会の二枚扉へ道連れにしていく。

 「ちょぅっ!? なぁ、撫子ぉぅ!!?」

 「この裏切りもの恥をしりなさぁヤァダアァアア!! コワい! イキタクナイ! 助けてオトウサマァアアアアアアアアアアァアアアアア!!!!」

 「スイマセン! スイマセン! ていうか何で知ってるのぉぉぉおオッ!?」

 一昨日の自分を呪いたい。

 手にとって、わぁ! 凄い作りですねぇぁぁぁぁぁあバボキンッ! とか落としてしまった自分を。

 接着剤の真価を引き出して見た目完璧に補修したので、今もバレテいない。

 だがバレたらきっと私は幽霊にされる。

 物理的に幽霊にされる。

 もしくは幽霊のコスプレを着せられて無理やりご町内を徘徊。羞恥心への精神的なダメージから幽霊に転生してしまう。前者より後者の可能性が高すぎるので、バレるわけにいかないのだ!

 「っ! こうなりゃヤケじゃ! 逝ったらああああああ!!!」

 「そ、そうですわよ! 幽霊がナンボのもんじゃですの!!!」

 「その息ですよ! 進、ワザととかじゃなかったんです!!!」

 「そうじゃ、そうじゃぁ! イッたれ! イッたれぇい!!!」

 なぜか気分はカチコミテンション! 華の女子高生4人は互いに肩組み合いながら教会の入口に特攻! それぞれの心胸を表す泣き笑い顔で、勢いをつけて扉を……さすがに蹴り破るのは行儀が良くないので、それでも勢いをつけて 

 「「「「幽霊がナンボノもんじゃいっ!!!」」」」

 「ハイ?」

 開けた扉の先には、西洋人の牧師様がいらっしゃいました。

 テヘ、やっちまっいました……やっぱり帰って謝ればよかった……


 

 

 ──視点 変更6──



 

 「……どうしてこんな仕事を受けたんだヨ、シン……」

 「いつまで不貞腐れてやがるんだ騎士様。在り来たりなムくれ方しやがって」

 双眼鏡を覗きこみながら別の場所を注視している進に、見てもいないくせに、と睨みつけながら先ほどから湧きあがってくる不満をタラタラと口から漏れて仕方がないのだ。

 現在、僕らが隠れるようにしている場所はビルの屋上。屋上と言ってもそこから上がないというだけで元は5階建てだったことが一階のポストから判別できだけのソドムにはよくある廃拠の一つだ。

 現在の屋上である三階からの眺めは驚くほど良く、辺りを一望できるくらいだが、街を照らしだす灯りの80パーセントは月光頼りのために視界ををほぼ暗闇が占める。

 少し前の東京都と呼ばれていた頃では想像もつかないほぼ闇色の世界。さらに、この隔離区を外国たらしめている壁の向こう側の街明が暗闇をさらに濃くしている。これがかつて栄華を極めた都心の現状かと思うとなんとも虚しく、僕の心を荒ませる。

 それにまだ9月半ばのはずなのに、今日はやけに肌寒く、僕は長袖のジャージを羽織り、進は長袖のワイシャツに着替えていた。

 いつもなら彼のトレードマークである黒いコートなのだろうが、つい先月の事件で使い物にならなくなったので新しいのを探してるようだ。ただ季節上、ロングコートなど販売している店舗などなく白いワイシャツから上はない。

 というか、夏なのでわざわざ着ないで欲しい。

 なにかコートと黒に、自分なりのプライドでもあるのだろうか?

 「んだ? その変人を視る目は? 給料下げるぞ」

 「別ニ~? なんでもぉッ痛ァ!? 太ももの外側をつねるナ!!」

 文句タラタラすぎたのか、実力行使に出てきた社長はヤル気のない若者を視るような目線で注意してくる。

 「いつまで不貞腐れてやがる、仕事中だぞ?」

 (仕事ネェ……)

 ここはソドムの第15区。かつて賑わいをみせた上野と呼ばれた繁華街は人気少ない廃拠の街と変わってしまった。

 今日その廃墟の一角で、とある集会がおこなわれるらしい。咲那会の幹部と、ソドムに拠点をおいているマフィアとの秘密の会合が。

 もし故意に咲那会を狙っての犯行だったとしたら? 

 ターゲットはここを狙って現れるのでは、という根拠のない情報を頼りに、会場を盗み見るには丁度いい距離にあるこの場所で見張っているのだが……

 (それすらも推論の域じゃないカ……こんなの仕事と呼べないヨ……)

 まさに雲を掴むような話。推論と推論を掛け合わせただけの打算ではヤル気など出はしない。

 「ねぇ……シン? ホント、なんでこんな仕事を受けたのサ? 咲那会の、キミをカタキと定めている相手の……しかも、ナデシコを脅しの道具にするような奴の仕事を引き受けたんだイ?」

 「ん~別に。気分かな?」

 嘘つけ。その気のない返事に僕はついに疑問に思うことにすら疲れてしまった。もういい、どうにでもなれ。体を倒し、星空でも眺めていたほうが何倍もマシだ。

 「……撫子のことは心配ないだろ? なんせ、隣に武闘派錬金術師さまがついてるんだしな」

 双眼鏡で会合場を見つめるながら進は呟くように語り出す。

 すると、それとは別に耳へ微かにざわめきが入ってきた。会合が始まったのか?

 「それにアイツ、織部は何かを隠しているかどうかはあん時には判別できなかったが“嘘はついてねぇ”気がする。それにアルバイン、オマエも感じたろ? アイツの“ズレ”を」

 「ズレ? なんのことダ?」

 「オマエ、身内で強請られると頭に血昇らせるタイプか? 気がついているはずだぜ? アイツは俺たちにッ?」

 言いかけた進は何かに信じがたいものを捉えたかのように、立ち上がって双眼鏡を介して凝視した。

 その反応に釣られるように僕も急ぎ立ち上がると同時に銃声、そして喧騒の音が弾けた。

 音の先は、件の会場。

 中で何かあったのか? しかし、距離があり過ぎて肉眼では正確には捉えきれない。

 目蓋を閉じて、瞳を意識し、集中。

 目に魔力を込めるようなイメージを混じらせ、開眼。その能力を拡張させられた視力が約一キロ先の事象を正確にとらえた。

 思った通り、なにか起きたらしい。外で警備していた黒服たちが会場へとなだれ込んでいることを確認し、そこで僕は強く目をつむった。

 この視力強化、負担が大きいのが欠点。それで状況把握は重要だ。自分へむち打つように無理に目を開く。

 

  

 その瞬間には、黒服たちがすべて倒れていた。


 

 (……ァ?)

 なにが起きた?

 さきほどの喧騒が嘘のように無くなり、静まりかえる世界。

 自分が目をつむった刹那に等しい間に、一体なにが起きたというのか?

 それに答える者はない。

 ただ引き起こしたであろう“存在”だけが、己を誇示するように起立し、単純明快な答えを示している。

 アレが、黒服たちを一瞬で地べたに這いつくばらせたのだと。

 「はっ、ハハっ……マジかよ……?」

 横で進が声を引きつらせて、笑った。

 未だに僕はまだ自分の視覚情報を信じきれず言葉にできない。

 瞬きの間に現れていたソレは人間台のサイズで、人間のように四肢を持ち、人間のように呼吸しているように全身を揺らしているじゃないか?

 青白い陽炎は和服を着たツンツンと尖った頭の男を形作っているではないか?

 目を惹きつける存在感を放ち、ピリピリととした空気を発っしているのはこの世界にいる確かな証拠ではないのか?

 そして、アレは確かに立っているではないか、自分の……自分の――――― 

 僕の常識を守るための自問自答はそこで(つい)える。だって……

 「足が……“無イ”」

 “ソレ”は片手に納刀された鞘をぶら下げて、当然のようにしっかりと――――脛半ばから先が“()りない”ぼやけた男が――――“浮いていた”。

 認めたくないが、認めるざるをえない。

 アレは、死者が成仏せず、この世に姿を現した亡者――――

 「――――幽霊」

 「ホントにいやがった……か。そこは見間違い、とか予想してたのによ」 

 もっと正確な情報が欲しい。どんな男か確かめたい。

 (ダメだ、顔の周りは陽炎がマスクのように覆っているので見えな……)

 その瞬間確実に



 幽霊(アレ)ボク(こっち)を見た


 

 「ッ!!!!」

 本能が全力で悲鳴を上げる。

 総毛立つように湧きあがってきたのは死の予感。

 気がした、のではない。確実にアレは僕らを見た。

 戦士の直感が、今するべきことを喉から声を叫ばせる。 

 「シンッ!!! 逃」

 逃げろ、そう叫ぼうとして間隔あけて横にいる進の方へ振り向いた――――




 ――――その瞬間、息が当たりそうなほどの距離で足のない男が当然のようにそこに居て、腰だめに構えた鞘から抜刀――――




 ――視点変更 7――



 「ワァオ? 外が騒がしいと思ったら……ずいぶん可愛いらしいカチコミですね」

 「「「「ぁ、ぁ、ぁ……」」」」

 無人と思われた教会。その中には神父さまが普通のように出迎えてくれた。

 人がいるはずない、と外装から判断してしまった女子高校生4人は羞恥の赤面と同時に、やらかしてしまった罪悪感から言葉を無くす。

 「ぁ、ぁあのぉ」

 なんとか言葉を作ろうと必死になっても喉から声が上手くでない。

 「ノォ。無理はしなくていいですよ。ゆっくりと落ちついてください」

 そんな私に神父さまはゆっくりと落ちついた声をかけ、その場で待ってくれる。

 大人な対応と、言うのだろうか?

 人間味溢れる頬笑みと、気づかいある態度のおかげか、私たちは随分はやめに胸を落ちつけることができたように思える。

 「こんばんわ。私の名前は、ライトフィスト。ライトとでも呼んでください」

 胸に手を当て、彼は自ら名を名乗る。

 それはとても流暢な日本語だが神父さまは日本人ではなかった。牧師服から覗く肌は白人のもの。

 綺麗にカットされた金髪と、柔和な笑みが良く似合う大人の顔つきは映画俳優のようにカッコ良い。

 それでいて落ちつきある紳士的な気づかいと態度は、まさに大人の男。どこぞの魔王みたいなやつに見習わせたいものだと本気で思う。

 でも……名前が右拳(ライトフィスト)

 偽名か芸名か、はたまた洗礼名? などと現状聞ける立場ではない。まずは謝罪の意思をしめさねば。私は頭を深々と下げる。

 「その、騒いで――ドアを蹴り壊してしまって――スイマセン」

 「ハハッ! 別にかまいませんよ。元気があっていいじゃないですか。気にしないでください、どうせそこも直す予定でしたから」

 「直す?」

 「イエス。この教会、見てのとおりオンボロでしょう? 直せるところから始めてます。まぁ、私がここにきてから始めてえ~、まだ三日くらいですから……まだ見た目はただの幽霊屋敷ですけどね」

 ハハッ、と両手を広げて教会の内部を見上げる。快活に笑う彼の視線に釣られるように見渡せば、言われた通り、天井や壁、内装のいたるところに最近補修した跡がある。業者の匠というよりはお父さんの日曜大工程度の直し方だが、しっかりと怪我を起こさないようにする工夫がみえ、直した者の人柄が伺える。外は手が伸びていないだけで教会としての機能はまだ残っているようだ。

 「へ~、これならミサとかできそうですね」

 「ノンノン、ここはとっくに破棄された教会ですから、そんなことはできませんよ。それに、」



 「なにより“神父様”が、いませんからね」


 

 聞き流すには、あまりに気になる言葉が耳に入ってきたと同時に、私以外の女子高校生たちが一斉に一歩下がった。




 ――視点変更 8――



 

 間近にあった壁を蹴りつけ、無理やり自分の体をできるだけ遠くに“飛ばす”。

 そうしなければ、飛んでくる横薙ぎの軌道を避けきれない。

 「ッ!!!」

 まつ毛の先に刀の刃が触れかけ、絶叫を上げそうになったが何とか回避にせ

 背中に、ドンッ、とした衝撃。

 「ゴォッ!?」

 ……回避には成功したが、無茶苦茶な体勢から、方向さえも想定していなかった緊急回避をしたのだ。背中から壁に激突し、むせた。俺と同じ結論に達したアルバインも同じように、俺とは別方向の壁に背をぶつけていた。

 「ゴホッ! ゴフォ!? んだ、アれ……」

 というより、どうやってあの距離を?

 一キロ近く離れていたのは双眼鏡ごしに捉えていたし、魔力で強化したのだろうアルバインも奴を確認していたはず。

 走破するだけなら、俺たちも何十秒あれば出来る。だが、奴は一瞬でその距離を詰めてきた。走るための“足”がないくせに。

 全身を不自然な陽炎で包み、刀片手に“浮いている”和服の幽霊(おとこ)は、ゆっくりと俺を視る。眼窩に燃えるような揺らめきが納められた“眼”で。

 ゾッ、とする感覚を無理に抑えつけ、俺は睨み返す。

 だが、幽霊はこっちに顔を向けながら“アルバイン”へと滑らかすぎる動きで“切かかった”。

 「ェ?」

 視線を向けることもせず、始めからこれが狙いだったかのように、先ほどの瞬間移動ほどではないが、滑る様な動きで詰め寄り、垂直に構えられた刀が狙い澄まされたようにアルバインの頸動脈へと突き入れられる。

 予想外かつ一見ヌルリとした動きだったから反応が遅れたアルバインは首を左に反ることしかできなかったが、それでもどうにか刃が肌を焼く事はなかった。

 アルバインは距離をとるために横に跳ぶ。何時追う様に飛んでくるかもしれない刀の刃を見ながら。

 その一瞬が命取り。

 刀の刃ばかりに目が囚われていたアルバインはそれが見えていない。

 未だ動かない刀。だが、幽霊の体は刀の剣先を中心点に半円を描く形ですでにアルバインの背後に回っているところを。

 「伏せろォ!」

 俺の声に目が覚めたように反応し、体を捻るように移動していた幽霊の存在を目撃したアルバイン。しかし遅い。弓弦のように引っ張られた体から弧を描くような斬撃すでにが放たれた。

 常人、魔術という世界を知る人間であろうとも避けきれない速度でむかっていく刀。

 それに対してアルバインはすでに地面へ仰向けに倒れることで回避”する”。

 俺の声よりも早く、実行していたことには感心するしかできない、が。

 幽霊の動きから、反射神経を上回る危機察知能力が選びだした答えだったのだろう。しかし、受け身もとることは叶わず、肺を打ちつけられた衝撃から咳き込んでいる。

 頭上か剣先が落ちようとしているというのに、だ。

 これはいかにアイツだろうと避けられない。だから

 「無視してんじゃねぇ!!」

 俺は懐からハンドグリップにドラゴンのエンブレムがはめ込まれた銀色の銃を引き抜くと、安全装置を流れるように外すと同時に片手で発砲。

 デザート・イーグル .50AE。ハンドキャノンの名を冠する自動拳銃のカスタムモデルから射出された弾丸は幽霊の胴体に直行する……はずだった。

 結果から言えば当たらなかった。

 幽霊は地面を滑走するようなすり足で、射線から逃げきったのだ。

 刀を振りきった姿勢を狙って撃ったはず。

 完全に死角から狙いを定めたはずだった。

 タイミングも、角度も直撃するはずだった。

 なのに当たらなかった事実に動揺する。

 あり得ない、そう思いつつ、頭を素早く切り替える。この世界、生きてればこんなこと日中茶飯事だ。

 「チィッ」 

 舌打しながら間髪いれずに三発立て続けに撃ち込む。反動を力任せに押さえつけての精密射撃。1、2発は牽制を兼ねた誘い撃ち、最後の三発目が着弾する三点撃ち。

 しかし、それさえも“慣れた”立ち回りで回避、だけでなく回避の流れで倒れているアルバインへと兜割りを落とした。

 ほんの少しの時をかせげた結果アルバインが転がって間一髪斬撃を避け、その勢いのままに立ち上がろうとするも、素早く追撃にかかる幽霊のせいで転がり回るしかできない。

 「俺は空気かッ!!?」

 始めから相手にされてない感覚にイラつき、吐きだすように叫んで銃が無理なら、と“なにも視えない”背中から身の丈に届きそうなほど長く幅広い黒い物体を引き抜く。

 インビシブル・バックと呼ばれる光学迷彩機能をもつ袋を破き(本当ならゆっくり外せば、また使えるけれど緊急事態なので)、現れたのは光の反射する拒絶するような黒い無骨な飾り気の無い長剣。

 イザナミ、と呼ぶ規格外のバスタードソードを片手で持ち上げ、この場で出せる限りの速度で突っ込む。

 走り出しから到達までが常人ならば目で負いきれないだろう俊足の勢いを持って、イザナミを横殴りに叩きつける。魔術の無効果、という能力を持つこの武器ならば幽霊であろうと――――

 『――――』

 殺気が一瞬俺に向けられる。

 そう気がついた瞬間には幽霊は俺の視界から消え失せ―――

 ――――背後から背骨を破壊しようとするような衝撃がはしる。

 幽霊は横の軌道を走るイザナミよりも下に深く体を押しこんで、空振りしていく俺の背に回し蹴りを決めていたのだろう、という事実を、空中を縦回転しながら低空で吹っ飛んでいく過程で気がついた。

 頭を瓦礫に撃ちつけて着地。自分の無様さにヘドを出しそうだ。

 だけれど、アルバインが姿勢を戻し、剣を虚空から引き抜くには十分時間を稼げた。

 俺のイザナミと同じくらい飾り気のない無骨なロングソードを右手で握りしめ縦に斬り、同じく虚空から取り出した装着型の円形盾を展開し、その腕ごと横に薙ぎ払う。

 幽霊はこれも避けるが、俺は多少安堵のため息をつく。

 俺はアルバインのことは、どこか抜けていて将来女の尻にしかれる頼りない主人公タイプの人間だと信じているが、戦闘技術、中でも剣術に関しては信頼しきっていた。

 剣を使う敵との交戦経験が少ない俺でも、アイツの剣技が秘めているものが才能云々では語れぬ冴えを持っていることぐらいわかる。それはあの幽霊にも匹敵し、それ以上であるとも思っている。

 剣と盾でのコンビネーションで次第に幽霊を追いつめていくアルバイン。

 その光景を髪についた瓦礫の欠片を払いながら立ち上がりつつ目で追う。

 この時ばかりは心強い気持ちを感じ、苛烈な連撃を繰り返す騎士の姿に勝利の確信すら持てた。

 不意を打たれることがなければ、アルバインは奴よりも強い。

 「――――」

 無音の気合いと共にアルバインは鬼気迫る表情で剣を振る。

 あれだけ追撃の限りを繰り出していた幽霊が刀を下げて逃げ回るしかできてない。

 「――――ッ、―――――ッ、――――ッ」

 剣線が幾度も引かれ、そのラインギリギリを寸で避ける幽霊は刀を下げて防戦一方。

 二人の動きが残像を引き始めた。

 「―――――ハァッ!!」

 追い詰めるような連撃で攻めるアルバイン。

 避けて周る幽霊。

 まったく変わらない戦いの構図。

 本当に“まったく”変わらない状況は

 「――――ハァッ! ―――――ハァ、――――ハァア!!?」

 構図を360°一転した。

 あれほど優勢に立っていたはずのアルバインは苦しげに顔を歪め、荒い息を吐きながらも剣を振り“続けている”。

 (いや…………違ェッ!!?)

 ようやく気がついた。遅すぎた、と後悔したが、もうどうしようもない状況だった。

 俺はもう間に合わない感じつつも、無意識に突き動かされるように地を蹴りつけるように駆け出す。

 (なんで、なんで気がつかなかった!?)

 焦りから頭の中で己を罵倒する。平和ボケした自分の脳みそにむかって。

 幽霊は攻撃していたのだ。ギリギリで避けているように見せかけながら、回避のたび、もしくは不定期なタイミングでフェイント――――牽制を。

 それも俺には優勢に見せかけつつ、アルバインに対しては常に剣を出し続けなければ即死する連想をさせるほどの高度な動きを織り交ぜ続けていたのだろう。第三者の目を欺くそれはもう牽制を超えて攻撃の域だ。

 実体のない攻撃の連打に呼吸すら許されず。攻撃を止めた瞬間首を刎ね飛ばされる死の予感が常に迫る。アルバインはそれから逃れる代償に無酸素運動を続けさせられ、ついに肺が緊急に酸素を求めて活動してしまい我武者羅に振るだけの大ぶりな攻撃ばかりをするしかできなくなった。

 隙だらけだと自分ではわかっていても。

 (最近、生ぬるい相手とばかり殺り合いすぎてた。馬鹿力で圧倒するか、一方的な戦闘(もん)ばっかだったからかっ!?)

 戦い、とはどちらが強いかで決まる。単純な答だけで言えばそれに尽きる。

 だが、強さにも種類はあり、単純に圧倒的な力を持つ者がいれば、緻密な技巧を織り交ぜてくる奴など、ここでは語りきれぬほど様々ある。

 その中でも、この幽霊のようなタイプは怖い。

 視覚と、死角に生まれる暗闇に引きづり込み、対象の理解が及ばぬ内に殺そうとする者が。己の強さまでも隠しきる、この幽霊ような強さ。

 今さらならがに後悔する。俺たちはまず感づかねばならなかったのだ。

 この幽霊は――――

 (――――俺たちより、強いッ)

 バンッ!!!

 イザナミが届く範囲までもう少し。そう、もう少しなのだ。

 あと一秒あれば余裕で届く瞬間、アルバインの手から剣が弾け飛んだ。

 完全に死に体となったアルバインに、幽霊は刀を横に構えた。 

 (ヤめッッ)



 

 静から動へ。幽霊の滑らかな、しかし弾けるような体捌きから繰り出された刀による斬撃が、アルバインの全身をかけ抜けた。




 全身をバラバラにされるような怒濤(どとう)の斬撃。

 あれは

 (おい)

 あれは、死んだ。

 (なんだよ、おい)

 ゴトり、と無機質な物体が落ちた音がした。

 (呆気なさすぎる、だろうがよぉ)

 その音が否応なく状況を、現実を把握させてくる。

 (なんなんだよ……いきなり出てきやがって)

 これはアルバイン・F・セイクという人間が死んだ音だ。

 



 「テメェェェエエエエエエエエエエエエエエエエはァアアアアアアアなんダァァァァァァアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 



 俺は耳の中にあるそれだけを理解して、全身全霊を持ってイザナミを振り下ろした。

 狙うは刀を振り下ろしきっている幽霊の頭。

 何が何でも、コイツを殺す。

 その意思だけを込めた攻撃は入った。

 幽霊が“いた”場所に。

 え? という言葉も出せず、軸足を支点にした後方への体重移動を使った回避を幽霊が使ったのだという事実も後から理解した。今はただ。

 俺の剣を振りきった、まるで首を差し出す様な無様な体勢へと、上段に構えた幽霊の一刀が、一直線に落ちてきていることだけが、(すべ)―――― 

 


 ――――死の間際、鮮明に脳裏に浮かんだのは、アイツの笑顔。

 


 ((なで)――――)

 頭から股の先までを刀が裂いた感覚、崩れる足元、そして

 そして――――俺は死んだ




 ──視点変更 9──




 「なにより“神父様”が、いませんからね」

 聞き流すには、あまりに気になる言葉が耳に入ってきたと同時に、私以外の女子高校生たちが一斉に一歩下がった。

 「神父さまがいない? だって、その服……?」

 背後を振り返る。智子、ローザ、そして優子までもが、なにか恐ろしいものを見ているかのように顔を青ざめさせ“前方斜め下”の方向を凝視している。

 「アイスィー! なるほど。これはたしかに聖職者の服ですけどね。でも、これよく見て牧師服ですよ? 神父様はカトリック。牧師はプロテスタントの聖職者。そしてここはカトリックの教会ですね。アンダスタンド? それに、私は父の形見を着てるだけで、聖職者でもありませんし……」

 「そう言われれば、そう……で…す…ね……」

 皆の視線をたどり、目が行き着いた先はライトフィストの“足元”。

 簡潔にまとめられた違いに対する答えは合っている。たしかに、この教会には神父はいないらしい。

 ただ、それよりも受け入れ難い視覚情報に私は仲間と同じように青ざめる。

 彼の語る知識は合っている。

 だが、この人、“間違ってる”。

 「わ、わかりました」

 「ォオ! ご理解いただけて何より!」

 「で……あの、ですね? 失礼を承知でお尋ねしたいんですけど?」

 「どうぞ、どうぞ?」

 なんでも聞いてください、と満面の笑みをするライトフィストには失礼だが、もう一度確認に意味も込めて再び視線をさげる。

 この人は間違っている。あるべきモノがないのに、平然と、それが出来ている。

  

 


 

 「足、ないですよ?」

 「ホワット? なに言ってるんですか?」

 



 下腿半ばから霞みかかりそこから先が無いのに立っているライトフィストは牧師服の長い裾をたくしあげて、こう言った。

 「さっき、幽霊がナンボノもんじゃいっ、とおっしゃってたじゃないですか? だから、言いましたよね、「ハイ」、と。もうご存じの方だと思ってしまいましたよ、HAHAHAHA!」

 ライトフィストは優雅に頭を下げて再度自己紹介。


 


 「私、もう死んでるみたいなんですよ。つまり、幽霊ですね!」



 

()りない”男は、ニッコリ笑う。

 バタンと、二人が気絶し倒れた音が教会内に響き渡った。

 ――――誰が倒れたか、確認するまでもないだろう?




 ──視点変更 ?????──




 月下に照らされるは、瓦礫の山と、倒れ動かぬ二人の若者、そして影無き揺らめく存在。

 『…………チガウ、オマエ、ジャナイ』

 無音が満ちていた空間に終始一貫して無言を貫いてた男が静寂を破った。

 目のない顔を左右に振り、なにかを探す“カレ”。

 だが、この場には何もなく。目当てのものが無いと見るや、俯いて絶望した。

 『ココニモ……イナイ……ドコニ、ドコニイッタンダ……オマエハ』

 



 「一体、誰を探してるってんだ“五右衛門(ゴエモン)”?」

 『!?』



   

 誰もいないはずだった場所からの声に、“カレ”は始めて人間らしい驚きの反応を示して振り返る。

 “カレ”から視線斜め上、瓦礫の上から考える人のように見下ろしていたのは銀色の狼だった。

 それは知性を感じさせる目の輝きで“カレ”を見つめていた。

 『……永仕(エイジ)……』   

 「……俺の事は憶えているんだな」

 瞳に哀愁を込めるニメートルは軽く超えている巨躯に、四肢を持つ人狼はゆっくりと立ち上がる。

 それに対して“カレ”は距離をとるように大きく下がった。

 狼はその“カレ”の行動に、どこか失望を感じている苦い渋面となる。 

 「なにしてんだよ……なんで、あのお前さんが此処に存在してて、そんな風に堕ちてやがる?」

 『…………』

 “カレ”は狼の質問に、答えあぐねるように全身を包む陽炎の濃さを増させた。

 「答えろよ、五右衛門!! あの日死んだはずの奴が今さら戻ってきてなにがしてぇっ!!?」

 『――――右ダ――――』

 「ッ!?」

 “カレ”に纏わり付く陽炎が大きく揺らめく。

 『決着ヲ……最後ニ立ッテイタ……ドチラカが……右腕……組長の……キメナクテハ……堕落殿に……アエナイ』

 「…………馬っ鹿野郎がッッ!! まだお前さんら、そんなことをっ!? いいから帰ってこいよ、音芽組に!!」

 狼は、“カレ”に手を伸ばす。無理やりにでも連れ帰ろうとする意思を秘めた掌は“カレ”の腕を掴むが、“カレ”の体は世界に溶けるように霧散してしまい空を握っただけに終わった。 

 『ナゼコナイ……ナゼイナイ……ノゾンダハズダ、互イニ……決着を付けるぞ、“ライトフィスト”』

 最後に声だけ残して“カレ”は再び彷徨う。

 約束の相手を探すために。

 己に架した制約を貫くために。

 「…………」

 獲物を逃した銀の狼は空を見上げて、なにを思っているのだろう?

 それがなんなのか、我々には想像がつかない。

 XXXXは見ていた、聞いていた。ここに

 「……随分、楽しそうにざわめいてやがるな、虚空素(テメぇら)?」

 

 


 !!!!!



 

 「テメぇらの仕業なのか?」

 恐怖というものを感じて、我々は視ることを止めることにした。

 否、という情報伝達手段が我々にはないから。

 今日はここまで。

 八つ当たりされても、困る。



                                      


                                     次話へ




 進が死んだ…………スイマセン、言ってみたかっただけです。


 お久しぶりです、桐識 陽でございます。

 もう投稿日数開け過ぎて、見捨てられてないか心配な毎日を過ごしています。 

 次話を早くあげられるように、今回はここまで、で。

 ここまで読んでくださった方々に感謝を


                         桐識 陽



 

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