con-tract 2nd act プロローグ
この小説はフィクションであり、実在の人物・団体・地名等は一切関係ありません。
con-tract ――――2nd act prologue――――
――――それは目に焼き付いた光景。
夕暮れの茜色が横殴りに照らす道場の中心で、一人の男が苛烈に、無駄なく流れるような淀みのない動作で繰り返し空を斬る姿。
はるか極東の島国にあるという修練場を模した木製主体の道場には夏の熱気と、数時間前まで大量の人間が此処にいたことを示す汗臭さ、そして壮絶な本気の打ち合いがあったことがわかる血臭が混じって充満していた。
彼はそれを追い出してしまうような何十もの重りを巻き強固なバンドで固めた両刃の木剣を上から下、下から上に何度も、何度も、何度も往復させる。
ブンッ――――
縦に振り下ろされる刀身と、前に押し切るように流れる体から伝わる振動が素足を置く木床から数十人単位で収納できる広い道場全体へと伝播し、浸透してゆく。
模擬剣が生みだす音と、迸る無言の気合い以外は一切無音。そんな虚無に近い孤独さが満ちるだけの空間の中で、彼はひたすらに剣を振り続ける。
ブンッ――――
長身の白人男性。長身と言っても、そこまで高い訳ではない何処にでもいる平均身長。
ただし、白に統一された修練着の上からでも隆々としていて実戦のために鍛え、引き絞られたと理解できる筋肉は、この男が戦人であることを静かに語っている。
彼はただ、ただ剣を振り続ける。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……
剣を振り抜くたびに、徐々に肌から滲みでる汗が飛び散るのも気にせず。
こびり付くような暑さの中、さらに温度を上げるほど体が熱を発しようとも。
ただ一人で茜色が没し続ける中、孤独に虚空を叩き続けている。
その姿は己を真摯に鍛え上げる高潔な戦士にも、しかし永遠と先の見えない荒野を歩き、不安を抑えながらも一心不乱に自分自身と戦う旅人にも見えた。
ブンッ――――
数分経った。
ブンッ――――
一時間を超えた。
ブンッ――――
さらに、時計は長針と短針でゆっくり歩く。
ブンッ――――
時計の長針が遂に二週目に突入。あぁ、太陽はもうすぐ地平線の下に行ってしまうというのに、剣が止まる気配はない。
ブンッ――――ッ――――
それでも彼の剣筋は全くブレない、変わらない。むしろ鋭さを増し、空を穿つ音がほとんど聞こえなくなってきた。
そんな光景を幼い頃の僕は長い長方形の形をした道場の、左右にある大扉から背丈の問題から若干見上げるように覗こんでいた。
釘付けになる自分の瞳は、逆光の世界を視て離さない。
目が痛くなるとも魅了され続ける。小さな両目をいっぱいに開け、小さな口を阿呆のように開きっぱなしにしながら。
ずっと、このまま視ていたい。そう思いなが―――
ぐぅ~~…
「ぁ……」
――――思っていても、やはり生理現象には逆らえないらしい。
「む?」
男は、その音に気が着いてしまったらしく、上段の姿勢のまま動きを止めて、こちらを見つけてしまう。
残念なことだが彼は御世辞にも優しそうな、と言えるような顔付きではなかった。いつも何かを真剣に考えているように皺を作っているような人であった。
そんな彼と目が合ってしまい、最近、この場所に来たばかりの自分は気まずくなって顔をひっこめ、逃げようとした。
怒られる、そう咄嗟に思ってしまったのだ。
それは、自分が体に染み込ませてしまった体の動き。
見つかれば、まず殴られ、次に奪われ、最後に冷たい目とともに放たれる耳に入ってきても理解できない罵倒を飛ばされる日常を過ごし続けてしまったが故の嫌な反射反応。
彼は違う、そうわかっていても、逃亡動作を止めることができなかったのだ。
「どうした? コレが珍しいのか?」
そんな自分に飛んできた言葉は低いけれど、純粋な優しさが込められた安心させてくれる英語であった。
その言葉に、夢が覚める様にハッと動きを止めて改めて、恐る恐る覗きこむと、木剣を上げてみせた男が手招きで自分をこちらへ呼んでいる。
彼の動きに始めは戸惑った。だが、好奇心には勝てない。
これまで廃れた街の裏路地でストリートチルドレンをしていた自分は警戒心が抜けず、ゆっくりと近づいていく――――はずだったのだが、自分は駆け出す様に彼の元まで走ってしまった。
警戒心が、それ以上の何かによって覆されたのだと、この時、ロクに言葉もしゃべれず自分が5歳ほどだともしらなった幼なき日の自分には理解できるはずもなかった。
「お前も剣を振りたいのか?」
そう言って、道場の壁に掛けられた――――道場の中でも割と小ぶりで短い木剣を持ってきてくれると、自分の背丈に合わせて膝を曲げ、彼は優しく剣の柄を手渡してくれた。
自分はそれを精一杯両手を伸ばし受け取り握りしめたけれど、彼が手を離すと子供である自分の体ではサイズが違い過ぎて、重さに引っ張られ取り落としてしまう。
そんな自分の姿をみた男は、笑う。
「ハッハッハ……さすがに短めとはいえ、騎士訓練用の木剣だ。まだ、持つには早すぎたか。どれ……」
男は申し訳なさそうに笑った後、落とした木剣を拾い上げると自分の背後に回って、木剣を一緒に握ってくれた。
体を抱きかかえる様に、そして包む様に覆い重なる掌と体から伝わる温もりは、本当の親の顔など知らない冷たい孤独な身には本当に暖かかった。
「人差し指や中指よりも、薬指と小指でしっかりと握りしめて……そうだ。剣をゆっくりと体を伸ばす様に持ち上げて、ゆっくりと前へ伸ばすように下ろす。途中で止めるのではくキチンと振りきる……」
緩やかに、そして優しく一緒に振られる木剣でも、十回ほど振ると自分の息があがってしまう。
それでも何度も振らせてもらった。自分の幼い掌が真っ赤になるほど木剣を握りしめて。
「もう止めにしようか?」
「もっと」
意固地に、でも熱中しながら憶えたての英語で、心配そうに顔をしかめる男に初めての我がままをした。
それから何回振っただろうか? 正確な回数は憶えていない。それほど昔の話なのだ。たくさん振りまわしたとは記憶にある。それも小さく幼い子供の頃のことだから、多く記憶しているだけなのかもしれない。
ただ、これだけはハッキリと憶えている。
「ボク…………に、なる」
「む? なんだって?」
自分は―――“ボクはこの時、決めたのだ”、と。
それを憧れの人に、自分と妹をあの暴力ばかりの冷たい場所から救い出し、自分が園長であり、騎士団内にある孤児院へ迎え入れてくれた恩人に宣言する。
憶えたばかりの日常語で精一杯の意思をもって。
「ボク、なりたい……“おとうさん”みたいな――――」
「アル――――」
「アルバインさんっ」
「っ!?」
――――2――――
「アルバインさんっ。こんな所で寝てたら風邪ひいちゃいますよ?」
「……ナデシコ?」
「そうですよ。九重 撫子ですよ。寝ぼけてないで起きてください。もう夕方ですから」
屋上に干していた洗濯物を取り込み終わり、心地いい天候だったため、そのまま寝ころんでしまったボク、アルバイン・セイクを起こしてくれたのは、日本人の美少女だった。
日本人には珍しい艶のある亜麻色の地毛が腰まで流れ、体つきは柔らなバランスの取れたライン。
バランスのとれた温厚そうな笑顔が似合うであろう顔立ち。
性格もやさしく、温和で、清楚。どこか芯の強さを持ち、おしとやかで慎ましい日本女性の美称、大和撫子がとても相応しい少女が寝ているボクを覗きこむようにしてそこにいた。
その長い髪がこちらに垂れないように抑える仕草にさえ色香を感じてしまう。
普通の男子なら、彼女の髪をかき上げる仕草に多少なりとも顔をこの夕暮れ時のようにして硬直てしまう事だろう。
“しかし”、ボクは平然と“なぜかメイド服姿の”彼女に笑顔を返すと、ムクリと上体を起こす。一瞬脳裏に白金の色がチラついた気が……まぁ、気にしない。
僕はなんでもないように、彼女の姿に笑うように誤魔化して返事をしてみた。
「おはよう、ナデシコ。……ボクはキミのご主人さまではないヨ?」
「別に私は誰かに仕えてませんよ。もうっ、皆私をからかってっ!」
そんな美少女は今現在メイド服姿だが、実際はブレザー姿が良く似合う花盛りの女子高校生である。
なぜ、そんな姿をしているのか、というと……
「全部、進のせいですっ! なにが、“オマエはまたしても俺に迷惑をかけまくった。だから一週間、自宅およびソドムでメイド服着用だ。俺の苦しみを存分に味わえいながら羞恥に悶えろ”、ですか! むげにできない依頼主からの仕事だっただけじゃないですか」
「でも、キミも悪いヨ。言ったじゃないか、仕事の受ける受けないは、かならず社長であるシンを通してから受けること、ってサ」
「それは、そうですけど……でもっ、きっとアレですよっ! 絶対ただ私にイジワルしたいだけなんですよ。まったくあの意地悪の化身みたいな人はまったく、まったくもうっ」
ついに化身扱いまでされた魔王がいたらあんな奴であり、ここの家主である進・カーネルの下で彼女が住み込みの雑用生活をしているのは春の終わり頃から。
それまで彼女は吸血鬼ドレイク・V・ノスフェラに両親を、親友を、彼女自身の人間としての当たり前を奪われた揚句、彼の下で完璧にな人間になるように育てられながらも、最後にはかならず喰い殺される運命が約束された、死が身近すぎる日々を過ごしていた。
そんな日々から、そして我欲にまみれた吸血鬼を打倒して救いだしたのが進・カーネルである。
ただ代償は大きく、進は彼女に依頼料として普通のご家庭の子供が高校卒業までにかかる最低費用ぐらいを請求。とりあえず、それを彼女は進の事務所(家)の雑用で支払っていくことになった。
だが、彼女の類稀なる厄介事への巻き込まれ具合で、その額は雪のように積もり、ついに億単位に足を踏み入れてしまった。ほぼ返済困難である。
(まぁ、ボクから見れば、有って無いような借金だけどね。無利子無期限、しかも住み込みで家賃無しって時点でサ)
胸中で呟いてみるが、真面目な彼女と、性格捻くれていて素直じゃない彼との間にはそれぐらいがちょうどいいのかもしれない、となんか納得ができた。
「それに、そもそもですね! お仕事はダラけてしまうといけないわけで……なのに、進ったらまったくもう、それにですね……!」
腕を組んで、ウンウンと首をコクコクしながら愚痴り続ける撫子。日常の不満はまだまだあるらしく、もっと吐きだそうと口は動き続ける。まぁ、ボクは別に気にしないど……
「なんか言ったか、撫子ォオッ!!!!??? テメェが今日の食事当番だろうが、はよ作れやぁぁあ!!!」
愚痴の内容である本人は、その人間離れした聴覚、もしくは直感で気がついたらしい。進の撫子に対する直感は時々凄いことがある。
阻むように下の階からドでかい罵声が屋上まで飛んできたために、彼女の口は止まり、目は驚きに夕陽みたいな丸さになり、額から夕立みたいな大汗が急に垂れはじめた。
罵声の主であり、この家の主でもある黒髪紅眼の青年、進・カーネルは機嫌が最悪の一言である。
なにせ現在メイド服の撫子が、社長である進に許可なくに受けてしまった仕事で散々な目にあい挙句いきなり合衆国の要人警護に駆り出され、なぜか女装までさせられるハメになったらしい。
当然、その不満と怒りは元凶である撫子に向かっていた。
そして、また機嫌を悪くすれば、彼女のトレードマークでもある白いカチューシャに、猫耳かウさ耳が強制装着され、ソドム中を首輪をつけて御散歩することだろう。
予想じゃない。だって、進がこの前予告していのだ。これ以上、俺の機嫌を損ねるならと前置きして。
「ハイィィィッっ! 今スグおつくりいたしますので、お許しくださいィ御主人さまぁぁっ!!」
さらしものになるのがよほど嫌なのか、バタバタと涙目で屋上の階段を降りて行くメイド撫子の後姿に苦笑し、ボクもそろそろ戻ろうかと思い、立ち上がる。
その時、風が吹いた。
「ム?」
自分の、少し目にかかる様に伸びてきてしまった赤色が混じった金色の髪をバサバサと巻き上げ、青い瞳を細めるように閉じる。
少し、寒さを感じさせる風。
余分な部分なく引き絞るように鍛え上げた体でも、冷たさを感じるほどだ。
9月始めだというのに、もうすぐ秋だと感じさせる冷たい風。それに何処か不安を感じ、辺りを見回す。
進の家、いや事務所はニ階建に屋上つきの四角形の建築をしている。その屋上からでも、この街は簡単に一望できる。
なにせ、この街には高層建築物がない。言ってしまえば、ニ階建以上がほとんどない。遠くの方を見つめれば、ちらほら確認できるが、それも半壊しているモノばかり。
街と言うにはあまりにも殺風景。これが元都心だというのが信じられないくらいだ。
第三次世界大戦。
それを起こしてしまった世界の傷跡が、これだ。
平和を謳う日本も例外なく巻き込んだ戦争は人的被害が過去大戦中と比較しても少ないとされるも、家屋、建築物、地形などにはこれまで以上の被害を与えた戦争だったらしい。
最新の大量破壊兵器にさらされ、首都二十三区の大半、主に東側は目を覆うほどの被害を与え、まき散らされた汚染物質は人の住めぬ地に変えてしまった。それゆえに、人々は住み慣れた地を捨て、横にずれる様に東京西部を、新東京都として開発し、移住した。
隔離区は、再興の目処は立たないと言われたから。
そう、“言われていた”。
そして、しらぬ間に、隔離されていたはずの地に人が再び戻っていた。
今この地に人は住むのは戦争で生きる場所を無くした者や、どこにも居られなくなったならず者、自分たちの力で元いた住処を建てなおそうと政府や制止する他人の手を振り払ってでも戻ってきた少数の日本人などである。茜色が無くなり闇色に染まろうとする世界に営みのための明かりがポツポツポツと灯り始めるのは彼等の命の証明だ。
生命の営みが感じられる光景。
戦火に焼かれた地は、同じく戦火の被害を受けた者たちによって建てなおされていた。
ただし、無法の地として。
隔離の名目で周囲何十キロにもわたって建てられた人工の壁が日本と、ここを隔て、分ける。
犯罪者の巣窟、鳴りやまぬ銃声、遺棄された死体の山…日本で流れる噂はすべて真実とは言い難いが、それだけのことが起きていても不思議じゃない隔離の地に、人知れず名前がつけられていたのは、きっと必然。
かつて神により燃やされた地、多くの人々が心乱れた所とされた場所、神に見捨てられた者たちの巣窟。
人は言う、そこには死体が石ころのように転がっていると。
人は聞く、そこは一日中、銃声が鳴り響いていると。
人は語る、あそこは常識が呆れかえり、どこかに去ってしまった場所だと。
いつしか、人は隔離区“ソドム”と呼んだ。
そこに、ボクは立っている。
進・カーネルの監視――――などという名目で。
でも、今は……
「そんな名目も、どこか忘れてたナ……ここもそこまで悪い場所じゃないしネ」
悪いどころか、ソドムに居心地の良さまで感じる。無法なれど、暗黙のルールと人情があり、統治がなくとも、それぞれが命ある限り、と生きる場所が。
そして、監視対象である進に対しては警戒心は多少もっている程度で、今では小さな友情さえ感じている。
中途半端だな、と溜息つきながら落下防止用の、僕の身長半ばほどの柵にもたれ掛かり夏が終わり、秋になりかけている空から落ちようとする夕日を見届ける。
あの日、あの時、あの目標を、あの願いを込めた一言を、 “自分を決めた”時と、寸分変わらぬ夕暮れを。
「ボクは…」
『―――――アルバイン。お前は、騎士にはなれないよ―――――』
突然、頭の中に湧いて出た他人からの言葉が頭痛のようにボクを苛んだ。
歯をグッと噛締める。口に鉄の味がジワリと広がる。
そうやって師の言葉を噛み潰し、辛さを絞った一息をついた。
「それでも」
世界が、時間が変わっても、あの夕日が未だあるように、ボクの憧れはまだ心にある。
それがある限り変わるはずのない想い。
これさえあれば、自分はいつまでも正しく在れるほどの強い憧れ。
そのはずなのに、今は……怖い。
自分の中にある殺人鬼が、怖くてたまらない。
だが、それでも。
「それでも、ボクは……」
請う様に夕日を見詰めながらあの日の憧れに、今も心の内にあるものに、願うように呟く。
先生、それでもボクは――――
養父さんみたいな――――
「ボクは、騎士でありたいよ――――父さン」
――――視点 変更 ????――――
それをXXXXXは見ていた。
XXXXXは、聞いていた。
その呟きさえも聞いていた。
ただ、それだけ。
今は、それだけでいい
始まる。
始まりそうだ。
さぁ、ニ幕目が上げよう。
――――これは、契約の物語。
自分がこうでありたい、と強く焦がれた姿を自分自身の中で願い、誓う。“憧れ”の物語。
con-tract 2nd act prologue end
2nd act “a longing” start――――
今回は序幕です。アニメで言うと2クール目です。OPニングが変わります。学校で言うなら、二学期みたいなもんです。まぁ、私社会人なんですけど、社会人にも2期はありますよ。えぇ、きぅと・・・・
今回の回でピックアップしたように、この2nd actはメインキャラクターはアルバインです。
もちろん、全部の話がというわけではなく、全体的な主題で彼がであって、主人公は進です。最近、忘れかけそうになるんですが。主人公は進です。
今日はここまでで、ここまで読んでくれた方々に感謝を
桐識 陽