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con-tract  作者: 桐識 陽
1:完璧に作られた女子高生と魔王がいたらこんな奴
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3、魔王がいたらこんな奴

 3、魔王がいたらこんな奴

 

 「いぃやああああああああっ!!!」

 突然の悲鳴に我に帰り、声の方へと向き直る。

 発生源は腰を抜かしたのか座り込む、少し太めの・・いえ、恰幅の良いご婦人。

 彼女の不幸は多分、チラリとこちらの裏路地を見てしまったことだろう。ちょうど日差しが少し差し込み、薄暗い路地裏の光景が段々に明瞭になってきていた。

 壁と地面に頭をめり込ませた醜悪な人間オブジェと謎の生物の無残な屍骸、それから発生した血糊が赤い色彩を作り、臓物らしき何かブヨブヨした物が転がっている。絵として写生すればタイトルは「狂気」または、「醜悪」になるのは必須。

 そんな昼下がりのご婦人の悲鳴に釣られ、数人が路地裏の入り口に集まり始める。

 同じ路地裏にいる私の下には太陽の光は届いていないため未だに彼らの視界には入ってはいないが、このまま突っ立っていれば見物人に見つかるのも時間の問題だ。特にこの隣にいる剣を背負う人はいろんな意味でどうす・・・る? と若干の心配を持ちつつ、彼へと目を向けたが

 いない。

 首と目を振り回してようやく見つけた彼は、

 振り向くと彼はスタスタと路地裏の奥へと突き進んでいるではないか!。もう奥に広がる濃い暗闇に吸い込まれ今にも見えなくなりそうだ。

 (誰がこんなことを・・)

 (気味悪いわっ・・)

 (・・この生き物はなんだっ!)

 背後ではギャラリーの声。先ほども言ったが、今は雲で太陽が隠れたため薄暗さを取り戻しているが、このまま私が見つかれば・・・!

 刹那に脳野に展開される今後の予定。掛かる容疑、スキャンダル、逮捕そして・・・!!?なにより巻き込まれたようなものだが、配下を殺害されたという事実を養父が知れば自分の顔に泥をかけた存在を許すことはないだろう。彼は今、命の危機に陥っているのだ。

 もとより退路は集まった人々によって塞がれている。もう迷わず彼の後を追いかける。

 (せめて命の危険があることを伝えなければっ!!)

 彼はもう相当奥へと進んだらしく、未だに追いつけない。息を切らして走る私はあることに気が付く。

 (この路地の壁・・・進むにつれて年代が古くなって、損傷が激しくなってくる)

 木の年輪ほどではないが、ある一定の間隔をあけて両脇に立ち並ぶ家々が数メートル続く。そこは暗い空間だった。太陽が差し込んでも暗いのではないかと思わせるほどの暗い通路。そこに雲と言う干渉物から解き放たれた太陽光が鮮明に当たりの風景を映し出す。人の姿はまるでない。

 ハッと気が付く、地図で言えばこの先は・・・

 考えながら走る内に彼の背中が見えた! 彼は立ち入り禁止と大きく書かれたドアに手をかけていた。

 「っは、っは!あ、あのー!待って、待ってくださいっ!!」

 だが、彼は待ってくれずにドアの向こうのある光の中へと消えて行ってしまった。

 どうする? と考えようとしたが、実際、考えている暇はない。立ち入り禁止に目もくれずにドアを開く。

 暗闇の路地裏からの脱出と同時に襲ってきた、強い光に目が眩む。

 強烈な明順応を振り払い、目を開けるとドアの先、そこは・・・・


 第三次世界大戦が勃発した日というのは正確には定められていない。それは緩やかな戦火の拡大が原因だった。はじまりは小さな独裁国家の内戦からという学者もいれば、世界規模での戦争が始まった日付けだと言う評論家、はたまた禁忌とされた核兵器使用が決定された日こそがという見方と諸説(しょせつ)が存在する。

 とにかく大規模かつ、ゆったりとした長期間の戦争だったためか、幾年モノ歳月で得た教訓かはさておき、人類はそれなりに戦争被害への対処法というものを数多、編み出していた。

 その一つでもあるシェルターの普及と防衛技術の進歩により人類の個体数が激減することはなかったが都市を中心とした建築物はどうしようもなく破壊され、被害が大きかった。敵兵や兵器が隠蔽されている可能性が考慮されたためだ。そのせいで一面焼け野原と化した都市も多い聞く。日本はそれほどまでにはならなかったが、先にも話した有り様を呈したために、財政上の観点から都市を切り離して放棄地区とした。それは後に、この首都東京にある無法地帯を作り出してしまう。

 放棄された部分は日本の本土の一つではない、と当時の政権を預かる責任者たちに言わしめるほど酷い有り様だったらしく、化学兵器の汚染などから人が住めない地と太鼓判を強く押されていた。がほどなくして、その地に根城を築く者たちが現れ始めた。

 彼らは日本人のみならず他国からの移民者、はたまた国外で罪を犯した者まで、ありとあらゆる訳あり人間たち。移り住み始めた彼らはフリーダム精神で悪行を重ねはじめ、お隣となった日本にも害を及ぼし始めた。

 これには諸外国からの圧力と罵声を大いに受けたが、借金大国日本はどうすることもできなかった。

 平和をかき乱された国民からも政府を叩かれ、責任を負わされた大臣がストレスと奥さんの浮気から“やってられるか、実家に帰る”と発狂、辞職願いを出し政治家人生に自ら幕を閉じたぐらいだ。

 とにかくそんな経緯から日本とする部分と二階建ての建物ほどのプレートで周囲を隔離された元日本の構図が公式の地図に出来上がったのだ。

 その地区に名前はなかった。だが、ある時から皮肉めいた名前で呼ばれるようになった。

 かつて神により燃やされた地、多くの人々が心乱れた所とされた場所、神に見捨てられた者たちの巣窟。

 人は言う、そこには死体が石ころのように転がっていると。

 人は聞く、そこは一日中、銃声が鳴り響いていると。

 人は語る、あそこは常識が呆れかえり、どこかに去ってしまった場所だと。

 いつしか、人は隔離区“ソドム”と呼んだ。

 

 此処は本当に日本なのだろうか?

 荒廃した世界が目の前に広がり、自分の踏んでいる地が本当に日本かどうか信じられなくなる。

 視界180°のすべてが広く見えるほど建物が低く、それらすべての外壁は無事なものはなく亀裂が走っているのが当たり前、悪い場合は真っ当な形をしていない。地面はコンクリートがあるにはあるが平らなモノはなく、陥没していたりと凹凸(おうとつ)が激しい。なにより砂の埃や土、汚れなどでまるで荒野を連想させた。

 太陽光を遮る高い建築物は無く、先ほどの路地裏を馬鹿にしているぐらい、太陽光が降り注いで来ている。

 しかし、全体的に暗い印象が強く、活気がないというよりも空気が重い、ひたすらに重く暗い。

 人の姿もあるが少なく、それら全員がコートやフードで顔や姿をひた隠し、目線や顔を下げて互いの目を合わせないようにしていた。

 隔離区“ソドム”

 私は話には聞いていたが、ここに足を踏み入れるのは初めて。だが、入った瞬間に胸を駆け巡ったのは不思議と安心感だった。私も人の目というものを恐れているからだろうか。

 (酷い場所とは聞いていたけれど・・・)

 実際、荒野みたいな場所だがそこまで危険極まりない場所とは思えなかった。

 やはり人の噂とは大きくなって世間に反響するらしい。

 そんなことを考えている場合ではないと我に返り、視線で目標を探す。

 彼はいとも簡単に視界に捉えられた。ほとんどの人が下を向いて歩いているが、例外のように胸を張って歩く黒いコートの男が一人。

 そこまで距離も離れてなかったため、小走りで駆け寄るとすぐに背に追いつく。

 このままでは危険なのだ、と伝えるべくと思ったが重要なことに気が付く。

 (ど、どう話せばいいのだろうか・・・)

 入学したてのホヤホヤ学生が一度は抱える問題。どう知らない人と仲良くなるかの前に、どう話せばよいのかの疑問。別に仲良くなりたいわけではないが、最初は大事である。

 (こんにちは、あなたは危険なのです!・・・新手の胡散臭い宗教の勧誘みたい・・・)

 (ごきげんよう、あなた今の状況判っていまして?・・・ってなんで上から目線なの!? 私っ!)

 数多の声をかける作戦を脳内会議で模索しようとするも、男子とそんなにしゃべったことがない経験不足に気が付いてしまった撫子嬢はさらに窮地に追い込まれてしまう。赤面しながら混乱と葛藤とモジモジと体をすり合わせた果てに編み出した言葉は・・・!!!

 「あ、あのぉ・・・」

 とても弱弱しかった。

 そして、声が小さい! もう一度!!

 「あにょっ!」

 ミスった!!

 「あの!あぉおうッ!?」

 気合いの入れ過ぎでつんのめり、転んだっ!・・・ダ、ダメダメだ。ダメ人間だ。なんなのだろうか、私の完璧設定は今どこに・・・

 「・・・いつまで付いてくる気なんだ、女」

 嘆息混じりの呆れた声が上から届く。別に彼が上から目線なのではない、私が地面に手を突いてうな垂れているためだ。

 私の葛藤はなんだったのだろうか。いや、私の努力が功をそうしたのだ、きっと。・・・スイマセン、ヤメテください、そんな可哀想な人を見るような目でミナイデ。

 転んだ際についた服の埃を叩きながら冷静になろうとする。実際、このままでは本当に命の危険があるのだ。私のではない、彼の命だ。意を決し、説明する。

 「実は」

 「おんやぁぁ~!? 旦那ぁ~?そのベッピンさんはどちら様ですぅ~?」

 私の説明を阻んだおちゃらけた口調のボイスがした背後をゆっくりと振り返る。人生ではじめて自分の言葉を遮られる不快感知り、無意識にその人物を睨んだ。

 そこにいたのは、目深にかぶった野球帽とスーツを着た青年、あまりに深く帽子をかぶっているため顔が良く見えない中肉中背の男が一人。

 「お取り込み中ぅかな?だったら中で話そうよぉ?今日は少し()っついからねー」

 男は私たちの立つ場所の右真横の建物の扉を開く。

 キィという錆びた音を立てたその建物は二階建ての事務所のような外見をしている。しかし、周りの建物と比べるとひび割れもなく、比較的綺麗な白塗りの外壁、中を見るための窓ガラスは正面にはないため一切内部が見えない使用になっている。

 私が入るかどうか迷っていると、隣の彼はすぐに中へと入る。と声が聞こえる、防音の機能は無いらしい。

 「おおっ!冷えたジュース発見ぇん! ・・ん、旦那・・あのどうして銃を向けてくるんだぁい?あ、あのね、人間は穴が空いたら血が抜けて死んじゃうんだよ!?わかってるの旦」

 「判ってる。判ってるから・・風穴開けさせろぉォォォっ!!何、人の家(ひとんち)を我が物顔で使ってやがんだぁぁっ!!!」

 「ヒィィィギャァァァッ!!!?」

 悲鳴と怒号と何度も唸る銃声が外まで聞こえてくる。私は本当にココに入らなければならないのだろうか?

 涙を目にいっぱい貯めてフルフルと震える私は一人立ち尽くし思う、初めてあの家に帰りたくなった。


 「フー、あと少しで通気性が良くなる所だったゼイ」

 すごい、死んでない。帽子の人はソファに座り、汗をハンカチで拭っていた。

 悲鳴と銃声が鳴り止んだので、意を決して建物へと足を踏み入れる。そこは・・・

 (うっ!?)

 汚い。とにかく汚い。部屋の広さは正方形のように均等がとれていてるためか窮屈さもなくちょうどいい広さなのだが、床にはホコリが歩くたびに白い粒子のように霧散するほど溜まっている。

 玄関となる側には窓はなく電気も点いていないため光は部屋の両脇に備え付けられた窓から入り込む。十分な日差しがあるため明るさもあるのだが、ガラスの黄ばみで日差しがイエローに輝くためにいい気分ではない。

 部屋の家具の数も少ない。中央に来客用であろうボロボロに成り過ぎて綿が飛び出したソファーが一つ置かれ、部屋の一番奥に大きなとても古い木製の机とイスが置かれている。ドアは今入ってきた玄関と左奥にあるモノのみ。それ以外はない。飾り気の欠片もない。いや、ホコリが敷かれる床に新たなワンポイントとして弾痕と大量の薬莢で色どりがなされているが・・・。

 そんな部屋に先ほど私を導いた帽子の男がソファーで大きく足を広げてダルそうに座っている。本来この空間では異物な人が一番この部屋に絵になるように居座っている。自分の家でもないのに・・・

 「だ、大丈夫です?」

 「ん?えぇ~、大丈夫っすよ。慣れてますし」

 どうすれば銃弾を浴びせかけられることに慣れることができるのだろうか?

 「それよりも座りません?汚いですけど」

 「いえ・・・うぅ、それでは」

 意を決して座った。それほど汚いのだ。・・・でも以外に座り心地は良い。

 「チッ!やっぱり全部避けていやがった」

 忌々しい感情がにじみ出ている声が奥のドアを開ける音と共に響く。そこから本来の家主が現れた・・・全裸でぇぇぇぇぇえッ!?。

 「服っ!服着てくださいっ!」

 下腹部付近を見てしまったダイレクトに!!私は抗議の声を上げながら手で赤面する顔を抑えているというのに、当の本人は全く気にしていない!恥ずかしがってる私がバカみたいである。

 「仕方ないだろ?服はこっちにあるんだ。それに臭いとイヤなんだ」

 「それでもモザイクぐらいつけて出てきてくださいっ!」

 「・・・無茶言うなよ」

 今日は何なのだろう。不良さんと対峙し、運転手は化物、腰にぶら下がった懐中電灯・・・。もはや混乱の極みの撫子ちゃん。さすがに驚きの連続すぎて疲れてきた。なのにも関わらず全裸男はニヤケ顔で突っかかってくる。

 「それにお父さんで、男の体なんて慣れてるだろ?」

 「私のお父さんとはもう死に別かれてます」

 なかば投げやりに嫌な切り返しに彼は顔を少し歪めると、黙って服を着衣し始める。いい気味だ。

 「おやぁ?そうでしたぁ?」

 何を思ったかソファーでだらけながら笑って見ていた帽子の男が突然話しに入ってくる。

 「なにか?」

 「いえ、なにもぉ」

 「いや、アンタはなにか知ってるんだろ?」

 着替え終わった男は確信があるのか帽子の男に断定的に訪ねてくる。

 服は下は青いジーンズ、上は白のワイシャツでボタンを上の二つを開けている。今はこの部屋の主らしく奥のデスクに腰かけてグリップに龍のロゴが刻まれた銃の整備をしている。

 「ええ、それよりも」

 「あ?なんだよ?」

 「自己紹介、しぃましょうか」

 無理のある脱線。だが、こちらとしては願ってもなかった。私は常日頃から吸血鬼(バケモノたち)を見てきたが“化物を殺せる人間”を見たことがない。

 「まず、アッシからぁ。名はハジと申します」

 「ハジさん?」

 「偽名だろ?本名教えてやれよ。まあ、俺も知らないんだが」

 「旦那、名はその存在を表すもんです。そこには真も偽もないはず」

 「・・・ハイハイ判ったよ。まぁ、言い易いからいいんだけどな」

 いいのか? とにかくハジさんはいい人に見える。笑顔にとても嘘を感じもするが悪意はないようだ。

 「仕事で情報を売り買していましてねぇ~。この頃は趣味でやってる雑貨屋のほうが繁盛してるんですがね」

 「情報?」

 「仕事の紹介とかもあるんだがな。こいつのはさらにエグイ。暗殺関係や株式のインサイダーまで、それこそよろず(・・・)に、だ」

 目をむいて驚く私。この人の良さそうな人がそんな犯罪を取り扱う、死の商人とは・・!

 名を“(はじ)”とする男は照れるように頭をかきながら笑顔。

 「イヤ~ッ!照れちゃうな~!」

 褒めてないのだが・・・私、人を見る目がないのかな? どう思う?

 「まあ、アッシのことはこれくらいでぇ・・・で、こちらの旦那が」

 そう、この人。この人は一体?

 「“魔王がいたらこんな奴”です」

 本人を差し置いて男を紹介するハジさん。

 ???

 「魔王?」

 するとハジさん、ソファーからの助力なしの見事な後ろへのバク宙。それと同時に彼の座っていた場所に衝撃が落下してきた。

 壮絶な轟音と風圧に私は驚きでホコリが口に入るのも忘れて、口を半開き。風圧で積りに積もった埃が視界を阻む。それも徐々に晴れて行くと何かを振り下ろしている姿勢の魔王がいたらの人が見えた。手には何もないと思いきや次の瞬間、彼の手のあたりの空間が歪む。すると、なにも見えなかった空間に突如、あの黒い大剣が現れた。

 「・・・人に大層なニックネームくれるじゃねぇか」

 不機嫌の極みだ、 と言いたげな声と怒りの表情。対照的にハジさんは笑顔。

 「いやいや、ご謙遜を・・・。それに旦那、“インビシブルバック”壊しちゃって、もうっ。その大剣“イザナミ”もツッコミの道具にするこたぁないでしょうに」

 「もうこの袋は限界に近かった。ちょうどいいさ」

  魔王な人は忌々しげに舌打ちすると黒い大剣“イザナミ”を机に立てかけ、元の定位置である机のイスに戻り、銃の整備を再開しだす。

 二人の会話と展開についていけずに、一人孤立状態の私にハジさん説明が始まる。。

 「インビシブルバックというのはですねぇ、大きなギターケースぐらいの大きさの袋にチょこっと細工をして、入れモノと袋自体を見えなくする便利なモノなんです。高いんですよ、ホント」

 「・・・いえ、そっちよりも・・・」

 チラッ、 と奥で黙々と銃弾をカートリッジに詰める人を見る。あの人は一体なんなのだろう?

 「“魔王がいたらこんな奴”ですか?」

 今一瞬、犯罪の匂いがするバックの説明があったが、気にしないことにした。いつも非日常的な生活のおかげなのか神経が図太くなっているのかもしれない。

 「・・・(しん)だ」

 すると予想外の方向から答えが出た。銃を布で拭きながら本人が口を開く。男性特有の低い声だが、まだ若さを感じる低さの声で。

 「俺の名前は(しん)・カーネル」

 「え~と、魔王とかいうのは・・・」 

 「それは勝手に付けられたあだ名だ。こっちも迷惑してる」

 「・・・カーネルさん?外国の方なんですか?」

 若干、白人のような白い肌をしている気がするが顔立ちなどは日本人よりだったので疑問を感じた。それを感じたのか苦笑しながら回答をすぐにくれた。

 「さぁな、俺は孤児なんでね。苗字(みょうじ)も孤児院の園長の苗字をもらってるからそれを使ってるだけだ。たぶんハーフなんだろうがな」

 「す、すいません。進さん」

 「敬語はいらねえよ。呼び捨ててくれて構わない。あと、礼儀なんて気にしなくていい」

 大きな戦争があったためか、孤児の数が激増したと聞いてはいた。それを知らずとも失礼なことを聞いたのだから謝るのが当然なのだが、それを気使ってくれるとは予想外。

 もしかしたら、いい人なのかも?

 「それよりも、俺はあんたのことの方が余程気になる」

 「えぇっ!」

 真剣なまなざしと紳士な響きが入り混じった急な切り返しに戸惑う。同級生や上・下級生の男子から幾度かお付き合いの告白をされたことはあるが、こんな唐突なのは初めてだった。

 顔が赤くなり、胸が激しく鼓動を放つ。距離もいつの間にか縮まり、息と息がぶつかるぐらいまでになっていた。調った顔立ちが眼前に迫り、彼の(あか)い目に私が写り込む。私はたまらず赤くなった顔を伏せる。

 「・・プッ、クククク」

 誰かの笑いを噴き出す音。

 「・・・旦那、性格悪いですぜ」

 「んん~? 俺はただ素性が気になるって意味で言っただけだぜ~」

 ハッとなって視線を戻すと、進は顔をニヤニヤさせてこちら見下(みおろ)している。確信犯だ・・・やっぱりこの人、性格歪んでる!

 からかわれた経験が少ない私は苛立ち気味に説明しようと決意した。

 「私は」

 「彼女は九重 撫子さん。都内にある学校に通う高校2年生。世界中に多くの傘下を従え、今や世界に無くてはならない大会社ドレイクカンパニー社長、ドレイク・V・ノスフェラの養子として引き取られ多忙な生活を送っているお嬢様。

 二日前も彼主催のパーティーに青のドレスを着こなし参加。これはどうでもよくて・・・あっ!スリーサイズは」

 「ストーーーープッ!やめて、やめてくださいっ!!」

 私は赤面して乙女の秘密漏えいを防ぐため涙目で叫ぶ。なんなのだ、どうしてこの人は私の言葉に割り込むのか。それよりなんでここまで初対面の相手の情報を持っているのだろうか!?スリーサイズ!?それになぜ、あの日のパーティのことを・・・!?

 「ドレイク?あのでかい会社の社長令嬢様からなんで吸血鬼の匂いがする?」

 「!?」

 「アレ?、旦那ァしらない?」

 やはり、ハジさんは知っているのだろう。ここは私が説明しようとしたとき、空気が変わった。


 空気が変わる。部屋全体というよりは世界が。私にも感じるくらいの殺気で満たされる。 

 「これは・・・」

 進の顔つきが変わる。彼も感じたのだろう。立ち上がり険しい表情になり、事態を把握しようとする。

 「こんなにも、早く・・・」

 一人だけ事態が理解できる私だったが、実はもう一人事態を理解するものがいた。

 「ドレイクからの刺客でしょうねぇ~」

 「あ?」

 ハジさんはケラケラと笑いながら説明する。この人はどこまで知っているのだろか?私はこの人の得体のしれない何かに恐怖する。

 「さっき旦那が殺した魔族がいたでしょ?あれはドレイクに従う下級魔族ですよ」

 「なんだと?そこまで義理人情に厚いやつなのかドレイクは?」

 「いえ、目的には旦那を消すことも入ってはいるでしょうが、一番は」

 一拍置いて、こちらも見つめるハジさん。まるで敵にとどめを刺すが如く人差し指をこちらに向け、彼の瞳がこちらを射抜く。

 「九重さん、あなたを迎えに来たんですよ。きっとね」

 「・・・・」

 判り切っていたことだ。養父は私の行動を逐一、制限し、観察していた。

 友人は作らせず、他者との関わりも最小限に。言葉使いから、礼儀作法はすべてたたき込まれた。身だしなみも含めすべてを彼に管理されてきた。すべては彼のある目的のために。

 完璧な存在を作り出すために。

 それらを守られなければ、破ってしまった場合いつも大きな罰があった。私にも、他者にも。

 「・・・逃げてください」

 「あん?」

 「逃げてくださいっ!進さんっ!このままじゃ、あなたが殺されてしまう!」

 「養父は自分に泥をかける存在を決して許しません。たとえ、自分にかからずとも!」

 「あの時、止められれば良かったんです。私が全部悪いんです・・・あの時だって!!」

 

 昔、あの牢獄のような生活に耐えられなかった時があった。それは初めてできた友達にしてしまったこと。彼女は私と友達になりたいと言ってくれた。私はバレなければと喜んで友達になった。そして・・・

 言ってはならない真実を、彼女に話してしまった。

 彼女は殺された。養父に。彼女の家族も一緒に。何の罪もない人たちが。

 養父は彼女らの首だけを私の部屋に置いていった。血まみれ彼が言った言葉を今でも思い出す。


 『私のいいつけを守らなかったのだ、これはお前が殺したようなものだ』


 その言葉と彼女たちの首を残して養父は去った。それから五日間、部屋に監禁された。首は私の部屋に飾られどれも苦悶の表情を残しており、私を責めているようだった。

 無音の部屋の腐敗を始める三つの首が語りかけてくるようだった。

 お前のせいで

 あんたなんていたから

 私たちは何もしていないのに!

 あんたなんかと友達になんてならなければっ!!!

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 あの後、私はより従順になり一切かれには逆らわないようになった。彼の想い同りの存在になること。それだけが私の存在意義になった。そうしなければ周りのみんなが殺される。私のせいで、こんな人形のせいで!!みんな、みんな私の周りからいなくなる。辛い、苦しい、怖い・・・

 「ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪いんんっ!!?」

 過去の罪悪感で恐怖に囚われ、狂ったように謝罪する私を止めたのは進だった。片手で鼻と口を器用にふさがれ二酸化酸素と酸素が交換できなくなる。

 「んん!んんんん!んんんっ!!?」

 苦しい、辛い、別の意味で怖い。果たしてこの人は手を離してくれるのだろうか!?と思っていたが、案外、早く解放された。

 「ウザったいんだよ、お前。なに一人でスパークしてやがる」

 「ゴホっ!ゲェホ!」

 「何をして、何があったかなんてしらねぇよ。だけどな」

 恋い焦がれた酸素を取り入れ歓喜する肺の急激な活動で苦しみ、床に四つん這いになる私は彼を見上げる。涙目でかすれて見えていたが確かに力強く笑みを浮かべ、意思に溢れる紅の瞳がこちらを見下ろす。

 「そんだけ謝ったんだ。許してくれなくたって、怨むことは飽きてくれてんだろ」

 救いになっていない言葉。だけど、とても楽になった。どうしてだろう?この人の言葉はどこか冷たく、でもどこか力をくれた。

 「おやぁ?出陣で?」

 「ああ」

 銃を素早く、組み立て直し、調子を確かめ、マガジンを銃にスライドさせる。

 「どこの(アホ)かは知らないが・・・俺に確かな殺意をぶつけてきたんだ」

 「死ぬ覚悟ぐらいできてだろうよ」

 彼の顔に張り付いた皮肉の笑顔にどこか狂気を纏わせ、黒いコートに袖を通し、黒い大剣を肩に背負い、銃を懐に収め、颯爽(さっそう)とドアの外へと出て行ってしまった。

 私は目を見開き、急激な血流の再開に顔を赤らめさせ、そのまま彼を送ってしまった。彼を止めるつもりで追いかけてきたのに。

 そんな私の肩をハジさんが優しく叩く。

 「大丈夫ですよぉ」

 「で、でも相手は」

 「そんなに心配なら、その目で見ればいい」

 「魔王がいたらこんな奴の実力を」


 空が(くれない)に染まり、先人が想った世界の終焉の形を作り出す。

 「まあ、夕方ってだけなんだが」

 私を同じことを思っていたのか、少し呆れ顔の進がつぶやく。

 「だけど、蝙蝠(こうもり)が飛ぶには早いよな?」

 上を楽しげに見上げる彼にならうように空を見上げると、本当に蝙蝠がいた。

 呆れてしまうのはその大きさ。人ほどある蝙蝠がいるなど常識的に考えて受け入れられるだろうか?  それが空を飛び、しかも普通の蝙蝠のように飛び回るのではなく空中で滞空し、こちらを見下ろしていくる。普通ならその光景に人は恐れ、逃げ惑うのだろう。だが、あの人は違うらしい。

 「おいっ!蝙蝠!なに人のこと見下(みくだ)してんだっ!!!降りてこいっ!!」

 一応、私とハジさんは離れた路地の入口を盾代わりに覗き込み、見守ることにした。

 「本当に大丈夫でしょうか?」

 「まあ、見物しましょ♪」

 解説のハジさんは私の後ろにいるが、隠れはせず壁に寄り掛かっている。

 「ったく、せめて人の言葉が判ればな」

 (人間よ)

 すると突然声が“頭”から響く。響くたびに頭がキーンと痛む。進も同じようで頭をかいている。たぶん蝙蝠特有の超音波を使っているのか?それとも人外の力か?。だとしても知能は人並みかそれ以上。

 (お嬢様を迎えに参った・・・渡せ)

 やはり、あれは養父からの使いのようだ。私を迎えに?ならば彼のことを助けられるかも

 「なんだ?仲間が()られた仕返しかと勘違いしたよ。ほら、お探しの愛しのお嬢様はあそこだよ」

 (なんだと?)

 親指を立て、後で隠れる私たちの方へを見向きもせずに、居場所を示した。

 私の願いは一瞬で儚く塵となる。頭を抱える私に視線が降り注いだ気がした。

 (貴様が同士を殺した?)

 「ああ、そうさ。同じになりたくなけりゃ、とっとと帰ってドレイクに伝えな」

 (ドレイクさまのことまで・・・)

 状況が悪化するどころか、炎上を始めている!?誰かあの人止めてくださいっ!

 (貴様、生かしてはおけぬ!)

 「じゃあ、言葉なんぞ初めから使ってんじゃねぇ!!テメェが喋るたび、頭が痛いんだよ、干物にすんぞっ!!!」

 (肉風情が!!)

 啖呵と共に戦闘開始。相手の数は数えて15体。こちらは一人。

 一匹目が空から翼をはためかせ、足につく鈎爪でこちらを捉えようと強襲してくる。

 そのスピードはミサイルのような速さで、常人で反応することができる速さではない!

 「進さんっ!!」

 私は彼の惨劇を見ていることができず、叫びと共に目を伏せる。

 また、また失ってしまった。また、私は・・・!

 「なんだよ?また泣くのか?」

 失われたと思っていた声が呆れた声色で耳に届く。ハッ、と声の方へ目を向けると

 蝙蝠の胴体を貫いた大剣を掲げる、進の姿が映った。

 「後、呼び捨てでいいって言わな」

 「進さん、後!後っ!」

 だから・・・とマイペースな彼の後方から今度は吸血にも使のであろう歯を剥きだしに襲い掛かってくる2体の姿が。

 進は振り返りざまに剣を振り切ると串刺しにされた一体目が弾丸のようにすっぽ抜ける。向かってきた一体に激突するかに見えたが、蝙蝠は華麗に回避する。

 蝙蝠は声帯から発する超音波で障害物を回避する。蝙蝠に物を投げつけても当たらない。だが、しかし

彼らは見失った、標的の姿を。彼らは一撃離脱の精神に乗っとり、地面スレスレから空へと舞い戻り、空から標的を探そうとするが見つからない。それもそのはず。

 後ろで見守る私にははっきりと見えた。飛んだのだ。彼らの頭上へ。

 「おい?どこ見てる?」

 今、声と共に背中に、背中に飛び乗った。

 二体目を大剣で串刺しにした。では二体目は?

 天が落とす稲妻のような銃声が一発鳴り響く。剣を突き刺したまま、横から放たれた銃撃は隣の蝙蝠の頭へと届き、脳の一部のようなものをばら撒いて三体目が錐もみしながら落ちてゆく。

 進の行動は、蝙蝠の反射速度を上回っていた。

 新たに飛来してきた四匹目は、未だ串刺しにしている二体目に乗っかる進を、仲間もろとも殺そうと超音波を放つ。それを受けた蝙蝠がバラバラに弾けた。驚愕すべき威力であるが“蝙蝠”だけである。三匹目は戸惑う、どこだ?と・・・答えは、

 さらに真上だ。壊れる前の二体目蝙蝠を足場として目で捉えられないほどのスピードで跳躍し、三体目の頭上にいた。私が目で捉えることが出来たのは真上に現れた瞬間のみだ。そのまま唐竹割の要領で自由落下の速度と相手を斬り殺そうとする指向性を持った刃が振り下ろされた。

 異物に体内へと潜り込まれた三体目は擦り切れた金属のような叫びを上げ、足掻(あが)く。だが、進の大剣は相当の硬度を持つであろう蝙蝠を易々と暴力的に切り砕いた。

 剣による攻撃表現に相応しくないとは思うが、砕くという表現がふさわしいと実感できるほど蝙蝠は原型を留めていなかった。

 蝙蝠は衝突前に真っ二つに縦に両断され、進と共に地面に戻ってきた。

 私は16メートルほどで上空で行われている人と人外との戦闘に勝手に開き、一人つぶやく。

 「人間って悪魔に勝てるの?」

 「勝てますよ?何言ってんですぅ?」

 悪魔を人間が倒したという実績に本気で驚く。

 それに彼は異常だ。その戦闘能力など差し引いたとしても身体能力は人間を遥かに超えているのではないだろうか。

 「一つ、間違いを指摘します。別にあの動きは今の時代、それほど凄いほどでもないのですよ」

 え? とつぶやく私は目を彼の方へと向けることができない。目を逸らすことができない、戦闘は終わっていないからだ。残り11体。

 もう彼らには先ほどまでの余裕はないのだろう、進に対しては全力で行くべきと判断したようで、今度はすべての大蝙蝠が彼に肉薄しようと襲い掛かる。それに対して進は進んで挑みかかる。十を超える空飛ぶ化物に挑みかかるその姿はまさに勇者さながらなのだが、顔に張り付くものは狂気じみた笑顔。悪役じみた蹂躙者(じゅうりんしゃ)だ。

 「考えてみてくださいよ?人間より力ある彼らがいるのになぜ、人は蹂躙されてないんです?」

 進が勢いをそのまま飛ぶ。それはまさに弾丸のような速度で黒い線を引き連れ、化物の背へ乗り移り、同時に引き金が引かれる。さきほどと同じ手は喰らわないと告げるかのように犠牲になった同類と人間めがけて殺人音波が放たれる。進でも流石に音の速度を回避するすべがないのか防御の姿勢のように剣を盾のように体の前に引き寄せる。

 進は私と大蝙蝠たちの想像を絶した。そのまま虚空を剣の刃ではなく、刀身の腹で空気をかき乱す様に円を描き振りぬく。すると周囲のモノたちを拒絶するかのように空気が外へ広がり、暴風が蝙蝠たちの体を激しく打つ。

 生み出された暴風が大蝙蝠たちが発した超音波すらかき消し、その突風を受けて大蝙蝠たちは四方へ吹き飛ばされる。

 「それは人に戦う術があったからです。でも生半可なモノでは彼らには勝てないのも確かです」

 吹き飛んだ一体は建物へ激突するが、さらに飛来してきた長い黒い棒に縫いとめられる。飛来物の正体は黒い大剣。彼はまだ滑空状態だったが懐のホルスターから銃を、ハンドガンを引き抜くと空からたたき落とされた哀れな飛行生物へ引き金を引く。放たれた弾丸は面白いぐらい大蝙蝠たちの頭へ的確に潜り込み、彼らを絶命させた。

 「現代兵器は有効です。でもそれがない大昔は大変だった。でも生き残ってこれた」

 目は進のことを捉えつつ、キチンとハジの言葉にも耳を傾ける意識はあった。彼の言う通りだ、彼らが何百年も前からいたならとっくの昔に人類は彼らによって支配されていてもおかしくない。彼らの圧倒的な力に人は抗うことができたのだ。私は吸血鬼という存在に押さえつけられ、恐怖してきたために、そんな簡単なことにも気が付かなかった。いや、あえて気が付かないようにしていたのか・・・

 「まあ、あの人は特別ですけどね。普通、一人で魔族とは戦いませんよ」

 元は十五、今はたったの5体。あの数での劣勢をものともせず、未だに無傷のこの男は一体なにものだろうか?人は悪魔、いや魔族に勝てるといっても、ここまで立ち回れるのか?

 「ハジさん、あの人一体なんなんですか・・・」

 「詳しいことは存じません。あの人はソドムに来たのは一年くらい前でしたから」

 進は息も上がらず、大蝙蝠たちと戦っている。だけども彼らとの戦闘に飽きたと言うような溜息を一つ上げる。それも首を左右に回旋させるアクションを同時に。声はないのだが体で発した言葉があった。秘められた意味は、確かな落胆と嘲り。

 それに激怒するかのように猛スピードで進に突撃する大蝙蝠たちは彼に向って大地を砕くほどの音波の攻撃を発射すると、すぐに空中へ舞い戻る。その見事なヒット・アンド・ウェイ攻撃についに人間を破壊したと彼らの間に安堵が広がってしまった、彼らの周りに有った緊張の糸が切れていた。

 「彼は敵に容赦がない、迷いなく敵を切り裂き、銃は無慈悲に命を奪う」

 彼らの希望を打ち破るが如く、粉塵な中から黒い影が飛翔し、彼らの元まで15メートル弱を飛ぶ彼らに肉薄する。黒い影の紅い瞳が彼らを捉える。

 「黒い髪に、紅い瞳の男は笑いながら、銃弾の雨を雲ごと吹き飛ばし、嘲笑を上げて敵を屠る」

 呆然とした彼ら、大蝙蝠たちの背中を飛び乗ると間髪いれずに銃弾を叩き込み、それを四回繰り返すが蝙蝠たちは諦めたかのように受け入れてしまった。

 それは進のスピードが異常なこともあるが、彼らはもしかしたら本当に諦めたのかもしれない、生きることを。最後の一体、初めに喋っていた司令塔であろう蝙蝠には剣を突き刺し、苦悶の声を上げる敵に邪悪な笑みを浮かべる進。

 「その邪悪の化身と相対した者たちは語ります、魔王がいたらあんな奴だろうと」

 轟音が轟く。空に飛びまわるはずの蝙蝠が、地を這う人間に地面に引きずり込まれた音。乾燥した地面は土煙を噴き上げて、血にまみれた地に被さる。

 「まっ!あだ名広めたの、僕なんだけどっ!内緒ねっ!」

 最後のは聞かなかったことにしたい。

 「・・・聞こえてるぞ」

 何か炸裂する音とともに、あうっ!と隣で声した。悲鳴の方向を、私は絶対見たくない。

 煙幕が消える。そこに地獄が展開され、そこに勝利者が剣を敵に突き立て、不敵に笑っている。ハジの話を聞く限りあまりに突拍子ない話だったが、これを見れば納得する。

 化物の血の海の上で、敗戦者の上に靴裏を乗せ、勝利に頬歪める姿は確かに魔王。

 だが、その姿に恐怖を感じない・・・なぜだろう?

 「終わったな、それにしても今日はただ働きが多いな・・・」

 「もしよかったら、いくらかお支払いしましょうか?」

 私は彼の疲れ、困ったような顔に肩の力を抜けた。この人、どこかズレてる気がする。今の彼は魔王などではない、ただの疲れきった青年だった。

 進は私の申し出にかすかにほほ笑む。

 「それはいいな、じゃあ、契約成立だな」

 「サインとかは・・・」

 私たちはどこかで安心しきっていた。だから、


 「いや、そんなものは必要ない。死んでもらえるかな、人間」


 唐突に現れた第三者に気が付かなかったのか。

 進の真後ろに現れた男はゴミを払うかのようなに左手の甲で打ち払う。それは進の右側頭部に直撃、防ぐことすらできず、左に吹き飛ばされて進行方向の民家に激突する。あまりの威力ゆえか民家は倒壊し、進は崩壊に巻き込まれた。

 「し、進さん!!」

 「撫子」

 ビクっと体が硬直する。進が吹き飛ばされた所へと駆け出そうとする私は一声で停止する。心臓すら止まった錯覚に襲われる。

 見違いようもないあれは養父、ドレイク・V・ノスフェラ。来たのだ、彼が直接。私を捕まえるために。

 低音で紡がれる声はたしかに優しさを含んでいる。だが、違う。ガチガチと歯が恐怖で振動し、体全体に震えが走る私を優しく迎えに来た父親の像。だが、そこに笑顔はない。吊りあげられた口と、怒りに満ちる目が語る、私から逃げ切れると思っていたのかと。

 「今日はパーティーだと、言ったはずだ」

 「か、彼はただっ!な、なにも知らずに・・・助けてくれ、たっ!・・だけでっ!!」

 「ああ、そして死んだ。お前のせいで」

 「!!!!」

 言葉のナイフが私に真実を告げてくる。

 殺したのは、撫子。お前だ。

 そうだ。私が、私を助けたりしなければ・・・。判っていたはずだ、撫子。いや、どこかで私は救いを求めたのだ。それがどんなに許されないことか理解しながら。

 「だが、仕置きはいい。もう開演の時間なのだ。急ぐぞ」

 いつのまに居たのだろうか、高級なセダンが私の横に停車していた。運転手がドアを開ける、魔窟への扉を。

 私はそこに操り人形のように吸い込まれる。養父は私の隣にすでに乗車していた。いやそんなことはどうでもいい。私はまた逃げようとしたのだというその事実が私を(さいな)む。

 車が発進する。遠くなるあの場所を振り返ることはできない。その資格はないのだから。


 そのまま車が向かったのは、二日前の狂乱の会場。

 私はされるがままに紅いドレスを着せ変えられる。ドレスは血のように紅いロングドレス。いつも着用する清楚感とは間逆で、どこか異様で、誘うような淫靡さを纏っていた。

 鏡に映るそれは瞳は光を失い、どこか人形にも見えた。これは私のはずなのに 

 「撫子、準備はできたようだな」

 横でほほ笑むドレイク。今日の彼は何かが違う。いつもの自分なら絶対に気が付いていただろう、それにも私は気が付くことはない。この養父が笑った姿を見ることは多いが、本当に笑ったのはこれがはじめてだったことにも。

 「お前を“飼い”始めてから17年。思えば長かった」

 彼に引きずらる様に手を引かれ、強引に会場へと連れられる。

 「この間に生じた苦労、屈辱、そして空腹感は耐え難かった。だが、それも終わりだ」

 前回と同じホールに辿り着く。ドアが閉められていて中は見えない。その秘密を養父が暴くように扉をあける。扉の奥はいつものように客が集まっていた。が、雰囲気が違う。静か過ぎる。

 そのままホールの中央へ。世界の中心に立つ私と養父。まるで劇の主役だ。

 「皆様、お待たせいたしました。ついにこの日を迎えました」

 主役は養父だ。だが、ヒロインが足りない。

 「私の手により育て上げた娘、撫子を“喰らう”日が!」

 静寂が一気に歓喜へと変わる会場。事態を把握できない私。だが状況を頭が段々に理解してゆく。

 理解し、歓喜した。

 やっと、やっとだ。この日のために生きてきた。やっと終わるのだ、やっと。

 「何を笑っているのだ?撫子」

 養父が最高に面白い珍獣を見つけたかのような笑顔で私の顔を覗き込み、聞いてくる。

 この場に学校や社会での自分を知るものがいたとしたら、口を三日月のような形にし、目を爛爛と見開き涙する私を見て、悪魔に取り憑かれたとでも思うだろう。

 だが、私は正常だ。心から望んでいる。血を一滴残らず吸われ尽くし殺されることを。溢れてくるのは歓喜のみだと言わんばかりに口を開き、自暴自棄に言い放つ。

 「私はこの日のために生きてきた人形です。この日を迎えたことを喜ぶことになんの疑問がありましょうか」

 やっと終わるのだ。やっと死ねる。


                                 4へ続く

 誰か、空中戦闘の見本になるような小説をおしえてくださーーーい!

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