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con-tract  作者: 桐識 陽
4:Con-Tract
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4、日はまだ通らず ~進vsシン?~


 4、日はまだ通らず ~進vsシン?~



 「……誰?」

 いっそ丸刈りと言っていいほどの短い短髪を、整髪材で金に染めた中肉中背の男は、首を傾げて答えた私、九重(ここのえ) 撫子(なでしこ)の純な疑問に、前のめりに倒れた。

 教室のドアを塞ぐように、していたために、頭部を激突し、悶絶した。まぁ、綺麗に清掃したために彼の着る衣服、なにかとドクロが強調された黒いパーカーとタブタブのズボンが汚れることはないだろう。

 そんな彼を私の隣にいる上地(かみじ) 智子(ともこ)星野(ほしの) 優子(ゆうこ)共々、白い目で見つめる。

 理由の一つは、カッコつけた上での痴態のため。

 もうひとつは、この学園の生徒ではないことだ。

 「テッメ!! こちとら四か月近くからテメェらのことを今まで忘れたことがなかったてのによ! ぶっころすぞ!」

 「そうは……言われましても……」

 結構前だな、とは言葉には出さなかったが、本気で憶えてない。

 あの頃は、激動のような事件に巻き込まれ続けたために、どうでもいいことはほぼ憶えてない。

 だが、智子と優子は思い出したように同時に叫んだ。

 「「あっ! あの時のナンパ不良っ!!!」」

 「あの時?」

 「ほら撫子ちゃんが、追い払ってくれた時だよ」

 「……私が……撫子を見捨てて逃げた……アレだよ……」

 ああ、あれか……

 優子は答えがわかってスッキリしたようだが、智子は未だに気にしているらしい。もういい、と私も思うのだが、智子はこういうことが忘れることができぬタイプなのは薄々わかってはいた。

 彼女らが言うあの時とは、今年の春が終わり始めて間もない頃のこと。私が後友人となる二人と数人がたちの悪いナンパにあっていたことがあり、それに私が割り込んだ事件だ。

 あの事を別に忘れていた訳ではない。ただ、その後におきた事件があまりに私の中では大きく……そして、彼との出会いがなにより強く印象に残ったために、記憶が薄れていたのだ。

 この目の前でゆっくりと立ち上がる男は、その内の一人。名前は……たしか……仲間たちになんかと呼ばれていたような~、なかったような~? あ、そうだ。

 「っ! ヨッさんさん!」

 「ヨッちんだ、馬鹿野郎! それじゃ語呂が悪すぎだろうが! 小山(おやま) 与一(よいち)だよ、ばかやろう!」

 よっちんさん。本名、小山 与一さんが顔を真っ赤にして叫ぶ。なんだかな~と思いながら、要件を問う。

 「それで……小山さんは、一体なんの御用件で?」

 聞いてはみたが、要件などわかっているようなものだ。あの時の報復だろう。

 ……アレ? そういえば、あの時――――

 「決まってんだろ?」

 私がなにかに気が付かけた瞬間に割り込む小山。

 両手をズボンのポケットにツッコミ、腰を曲げつつ、首だけでこちらを見上げ、威嚇してくる。

 私は一歩前に出て、背後の二人を庇う。

 (なにがあっても二人を巻き込んではだめだ)

 ちらりとうかがうこともできず、まっすぐ小山の視線を受ける私の何かが面白いのか、下卑た笑いを作る。

 「――――あんたを誘拐しに来たんだよ、九重 撫子ちゃ~ん」



 視点変更 1

 

 

 紅い目が目の前にあった。

 その目を、同じく“紅い目”の俺、進 カーネルは複雑な心境で睨みつけていた。

 緑色のタンクトップに、迷彩色のズボンとスニーカーを着た高校生くらいのガキだ。

 どこにでもいそうなガキに、俺は不思議とイラついていた。

 間違いなくその理由はあの目だ。

 どこまでも不遜で、自分の力を信じて疑わない青春期特有の若さが瞳の煌きに写っている。

 あの、俺と同じ色をした瞳には、それがある。

 吸血鬼とも、その卷族とも違う煌きを持つ目はまっすぐ俺を睨みつけている。

 だから、気に入らない。

 だから――――言葉もなく、拳を振り上げた。

 「!!」

 俺は距離を即座にゼロにし顔面へと再び、拳をブチ込む。

 俺の速度に驚きをもって答えたガキは、同時に体を斜めに傾けることで拳の軌道から逸れた。

 拳が通った後に起きた暴風のような拳圧(けんあつ)がガキの髪を巻き上げる。一瞬交わした視線で、ガキが笑っているのが見えた。

 どこまでも感情を逆なでする顔には、歓喜があった。

 俺は直感から全力で後方へ跳ぶ。

 直感は当たる。俺が一秒前にいた場所のコンクリートが破壊されるのが見えた。破壊を巻き起こしたのはガキの足。あの体勢からの威力にも驚きだが、あの状況から俺の足くびを踏みつぶそうとする発想に、一瞬だが好感をもった。

 その一瞬で、ガキは破壊したコンクリートの破片を握り、モーションゼロでこちらに140キロクラスの速度を持って投擲(とうてき)。それを俺は投げやりに左腕を払って砕く。

 その瞬間にはガキは俺の真横につき、左肘を突き出してくる。

 それを体勢を深く下げて避け、自然と懐に入った俺は“全力”でフックを放つ。

 それを予期していたのか、用意されていた右掌で受け止め、力が相殺できぬと踏んだか、威力をあえて受けて、後へと跳んだ。

 その際、俺の襟首を掴んでおり、俺を自身の間合いへと引き込みつつだ。

 「オラぁ!」

 “渾身”の声をあげたガキの攻撃が大きなモーションで放たれることを理解し、自分のワイシャツを引きちぎることで束縛から逃れ、その間もなく飛んできた霞む右ストレートが頬を掠る。

 威力が高かったのか、かすっただけで、頬が多少削られ血がしたたり、奥歯が軽く砕けた。

 「……ペッ!」

 砕けた歯の破片を吐きだすと、ガキが満足そうに笑いかけたが、途中で何かに気がついたかのように腹を抑えた。……避けるときに俺の足が腹にめり込んでいたのを今さら気が付き―――

 ――――と笑おうとした俺も、腹部に激痛が走ったことを“今さら”気がついた。俺も同じように蹴りでも喰らっていたらしい。

 「クソが……」

 (……めんどくせぇ。このガキ、戦い慣れてやがる)

 それも公式の試合じゃない。どこか不規則でルールのない場所特有の自由さがある場。

 そう道端での戦闘(ストリート・ファイト)で培ったセンスが感じられた。

 「ク、カカっ」

 そんな戦い方に(かたち)が感じられないガキは俺が腰をクの字に曲げたことを笑やがった。

 「……ぶっ殺す」

 「来いよ、進・カーネル! もっとやろうぜ! もっと、もっとだっ! こんなもんなんじゃ、ねぇんだろ!?」

 戦闘に快楽でも感じているのかもしれない手招きに俺は頭にきた。

 俺はこの気にくわねぇクソガキをぶちのめすべく、“頭に血があがった状態”で突っかかっていった。

 


 視点変更 2

 

 

 「誘拐って……ふざけんな!」

 あまりにも唐突に、そして身勝手なことを言う小山に、私は冷静さを失って飛びかかった。

 「智子ちゃん!!」

 後ろから撫子の静止の声を無視して、拳を作って殴りかかる。

 小山はそれを見ながら笑っている。どこまでも下品でムカつくその顔をへこませてやる。

 実際、殴り合いのケンカなどしたことがない。だが、部活などで鍛えている自分は、そこらへんにいる女子よりは腕力があるつもりだ。

 女の力など、となめている小山に一撃を入れ、激昂した奴の怒りの矛先がこちらに向けさせる。その隙に二人を逃がす。という計画を立てていた私はある誓いをたてていた。

 あの時、私は撫子を見捨てて逃げた。

 だから、今度あんなことがある時は、必ず自分が体を張ってみんなを守るのだ、と。

 (その誓いを――――ここで守ってみせるっ!!)

 左の拳を振り上げ、飛び出す私に迷いはない。

 この件で、自分にどんな被害が及ぼうが、怖くない。

 「このぉっ!」

 そんな決意の一撃を――――

 「うおっ、怖っ……とか言うと思った?」

 


 ――――突然、横から飛び込んできた机と椅子が私を体を突き飛ばした。



 教室の後のスペースにいた私は、部屋の壁とに挟まれ、痛みと衝撃に肺から空気を吐きだして苦悶する。

 「トモちゃんっ!?」

 優子の悲鳴と駆け寄る音が耳にかろうじて入るが、酷い痛みに声を上手く出すことができない。

 汗が口の中に入った。だが、それはいつもの汗とは違い。やけに鉄の味がキツイ。

 あいまいな意識の中で、それがじぶんの額から漏れ出ている血であることに気がついた。

 「ヒヒヒッイイヒッ! ざまぁねぇ! ダサすぎじゃね? なに熱血してんだよ、ともちゃ~ん?」

 「最低! トモちゃん、しっかりして……」

 霞む視界に今にも泣き崩れそうな優子と――――

 ――――何か、信じられないモノでも見たかのように驚愕に固まる撫子の姿が映った。

 目を見開いて声を無くしてる撫子を見て、意識をとり戻した私は、力をふりしぼって優子に頼む。

 「優…子……早く、先生を―――誰でも、いいから………伝えて……」

 「……う、うん!」

 私の呟きに等しい救難支援に、優子は大きく頷いて駆け出す。

 清掃活動も終わり、人気(ひとけ)の少ない校舎の中でも残っている人はいるはずだ。

 どこの誰であろうと、今の状況を見れば誰もが助けに来てくれる。

 それに優子は、中学時代陸上部だったことは撫子も知っている事実だ。

 「動いちゃダメっ! 伏せて!!」

 だというのに、撫子の鋭い叱咤が優子にかけられた。

 その声と同時に、視界に収まっていたはずの優子の姿が消えた。

 いや、違う。

 消えたのではない。吹き飛ばされたのだと、その感覚を感じながらに気がついた。


 

 優子と私の体が、湧いて出た人の体など平気で巻きこんでしまうほどの強風を受け、教室の閉められた窓へと叩きつけられたのだ。



 グシャ、とガラスが衝撃に耐えきれずひび割れ、破損する音と、叩きつけられた痛みが全身を襲う。その衝撃に、悲鳴すら出せなかった。

 全身がしびれた様な感覚の中で、同じように吹き飛ばされた優子が視界に映る。

 優子は動かない。まるで、糸が切れてしまった人形のように。

 (ゆう……子)

 段々に私の視界が赤に染まっていく。流れ出た血が目の網膜に広がってきたらしい。

 「やっぱすげぇぜ、この“力”! 最強だ……どんなムカつく奴だろうと、みんなブッ殺せる! 俺のいうことを聞かせられる! みんな俺を怖がる! みんな俺の思い通りになる!!」

 子供じみた言葉の羅列に吐き気を感じながら、その声が近くなるたびに体が“竦む”。

 そう、私は――――

 「触らないで」

 認めたくない自分の感情に気がつく寸前、よく知った、でも聞いたことのない友人の声が間近に聞こえた。

 「なんつった、撫子ちゃん?」

 「彼女に触らないで、と言ったのよ」

 そう、これは撫子の声だ。だが、いつもの柔らかなソプラノ調は、どこか感情のない、冷やかで、人に重さをのしかける声色になっていた。

 「……あのさ、わかってる? きみ―――」

 「あなたの力は解りました。でも、目的は私の誘拐なんですよね? ならこんなところに何時までもいていいの?」

 「なっ!? てめぇは――――」

 「なら、早く連れて行ってください」

 「俺に命令――――」

 「してないでしょう? 早く、と言っているだけですよ」

 ついにぐぅの音もでなくなったのか、言葉は途切れ――――

 パンッ! と人の頬を強い力で叩く音が代わりに響いた。

 「……ちょーしに、乗んなよアマァ! てめぇなんて何時でも殺せる! 憶えておけよ!」

 「…………」

 小山の悲鳴みたいな上ずった声はあったが、撫子の声は一切ない。

 ただ、教室を出ていく靴音が二人分耳に入り、私はかろうじて残った意識に働きかけ、目線をあげる。

 その目に映ったのは、不機嫌そうに顔を歪ませた小山と。

 その小山の目を一瞬盗んで、チラリとこちらを申し訳なさそうに見た撫子。

 私にできたことはそれまで。

 ついに消えていく意識の中で、悔しさに泣く事もできずに。

 「撫子ぉ……」 

 名前を呼ぶことしかできない自分は、目を閉じた。



 視点変更 3



 「ローザ……」

 まるで進のような少年の連撃から立ち直ったが、ダメージは未だに体を蝕んでいる。

 (……アルバイン・セイク、しっかりしろ)

 そう自分に言いかけながら、ヨロヨロと気を失ったローザへと駆け寄った。

 彼女は首を絞められ、意識を失ったようだが、軽い視診でも無事だと判断できた。呼吸もまだある。

 だが、安心はできない。精密検査を受けさせたいところだが…… 

 「シン……」

 現在、進は謎の少年と戦闘中。このまま撤退していいものか?

 それに……

 「……シン?」

 なんだ? と今の彼になにか疑問を感じてしまう。銃は破損して、もうない。(イザナミ)は……もってきてなかったとしても――――

 「おい、変な日本語のオジサン!」

 そんな違和感を見抜こうとした僕へと叱咤するような声が向けられた。あ、いやオジサンに反応したわけでは決してなく……

 声の主は、さきほどの雷の少年。その横には何かに恐怖するように自分の体を抱くホラーな女がいた。

 少年は非常に切羽つまっているようだった。

 「早く逃げねぇとヤベぇぞ!」

 「どういうことだイ?」

 「あの人、今日はやけにぃ!?」

 上ずった少年の悲鳴と共に、やってきたのは爆風のような煙幕。

 なにが!? と思い、目を向けた先は

 「ナッ!?」

 クレーターができていた。綺麗な円形ではなく、無理やり凄まじい重圧を受けたコンクリートがひび割れとをもって作られた破壊の(あと)

 それを作った少年は陰気に笑い。

 相対する進は、左腕から血を流し、攻撃を受けて引きちぎられたであろう衣服の袖を右手で庇っている。

 信じられなかった。まさか……

 (まさか……進が……押されてルッ!?)

 進はなにかに焦る様に、息を荒げて汗をたらしている。

 それと対照的に、少年は徐徐に無表情になっていく。

 「こんなに長い間“壊れ”なかった相手は初めてだけどよ……」

 「ぁあ?」


 

 「“あんたも、こんなもんかよ”」



 少年の落胆に近い言葉は、今の進をいとも容易く逆鱗にさわったようだ。

 怒気に顔を歪ませ、殴りかかっていく進。

 それを見て、僕は違和感の正体に気がついた。

 「シン……!!」

 「うおぉぉぉぉっぉおぉらぁっ!!」

 いつもとかけ離れた、冷静さを失っている進へ僕の声は届かない。



 視点変更 4



 (――――何でだっ!!)

 回し蹴りが容易く避けられ、衣服を掴まれながら、上手くいかない訳が理解できず、心の中で叫しかない。

 進・カーネルとしての武器がないからか?

 あの命よりも大切な銃も。

 貰いものの剣も。

 「弱ぇ」

 豪快に貰った腹へのブローを受け、血反吐吐き出す俺に向かって、ガキが何か呟く。

 「弱えぇ!」

 ガキは何度も、何度も、しつこく、何発も連続で腹ド突きまわし、まるで自分の事のように激怒している。

 武器がないから?

 違う。あの武器が無い時など、いくらでもあった。むしろ人生の中で考えれば、あの二つを使い始めたのは一年と少しだ。

 つまり、俺の弱さは武器が原因ではない。

 なら、なにが。

 「弱すぎるっ! 過ぎるだろうがぁっ!!!」

 地面を抉る震脚とともに、突きだされた右拳が顔面を捉え、突き飛ばされる俺。数度のバウンドを経て、向かいのビルの根元にぶつかり、粉塵とめり込んだ体が俺を包む。

 なにが、原因だ?

 いつもと変わらないはずなのだ。

 自分ではわからない事実がきっと……

 考えこみ、体を動かさない俺を急かす様に、粉塵に割って入り、俺の襟首掴んで無理やり立たせてくる。

 立たされたと同時に、額にヘッドバットを決められる。多少出血したらしく、顔面に沿って血が滴る。

 「お前……本当に、進・カーネルなのか? だとしたら、とんだ期待外れだよ。やっと……」

 「?」

 最後の方がやけに小さく聞き取れなかったが、ガキの顔が一瞬、泣きそうになった気がした。

 「……それも思い違いだったってか」

 「お前……何が、してぇんだ?」

 こいつの一貫性の無さが気になったが故の俺の呟きに、ガキはまるで自分が滑稽で仕方がないとでも言うように頬を歪ませる。

 「何が? 違うんだよ。俺は何もしたくないんだ。勝手に“湧きあがってくるだけだ”」

 言うだけ言うと、俺の頭を鷲掴み、そのまま地面へ叩きつけ――――

 「ただ、何もかもを」

 ――――倒れた俺に、トドメをさすような、重たい……周囲に破壊をもたらすほどの怪獣みたいな馬鹿力を込めた右拳を落とす。

 「ゴハッ!?」

 「ぶっ壊したくて仕方がねぇんだよ!!」

 俺を起点に地面が震え、ビシビシと亀裂がコンクリートジャングルに生まれる。

 その威力は――――

 ―――――俺の意識を刈り取り、震源地に等しい場所に立っていたビルを傾かせるのには十分な威力であった。

 何が違うんだってんだ。

 いつもの俺と、なにが……。

 結局、その答えに辿り着くことが“恐ろしくて”、俺は考えを止めた。



 視点変更 5



 凄まじい衝撃音と破砕と粉塵を巻き起こした一撃は、さらなる二次被害を起こそうとしていた。

 「いけなイッ!!」

 僕は、無理すれば動ける程度まで回復していた体にむち打って、今にも倒れそうに傾いたビルへと走る。

 破壊によるビルの傾きは徐々に角度を増してきている。しかも、このままいけば他のビルにも衝突し、人ごみが溢れる道にも行きついてしまい、多くの被害者が出てしまうだろう。

 倒壊はもう確定されたも同じ。その前にビルを破壊するしかない。ビルの大きさは6階建て。自分の魔術で何とかできるサイズだ。

 ただし、ビルに人がいるのならマズイ。老朽化している感じのビルだが、人がいないと断じることはできないし、調べている時間も、探査の魔術もない。

 なら、僕がすべきことは……

 (何とか倒壊の時間を“伸ばし”て、誰かにビル内部を探査してもらうしかなイッ!)

 駆けて到達したのは倒壊間近のビルの手前。走った勢いのまま、地面に自空間から一本の短剣を取り出す。

 男性の睾丸に似た柄からボロックナイフと呼ばれるナイフの一種で、“親切”の名を冠する短刀“キドニー・ダガーという名の武器。

 戦争などで、瀕死の重傷を負った兵士にトドメをさして楽にしてやるという理由を名の由来とするダガーを、地面に突き立て、すぐさま魔力を練る。

 剣という媒体であれば、僕の魔術“騎士の流技(キャバルリー・アーツ)”は剣に由来する属性を魔術として発動できる。

 地に突き刺したキドニー・ダガーが発光し、その光が崩れかけたビルへと伸び、包みこむ。

 光が破壊を防ぐ様に、傾きを増していたビルが止まった。

 「……よシ」

 騎士の流技“止めの一撃(マーシ)”。

 剣が持つ属性の一つ、突き刺すことで、その場に留める“固定”の属性を強調させ、死に瀕したモノの瀕死の状態で留めておける魔術である。

 ただし、人間および生物に行うと、瀕死を追った痛みと突き刺されたナイフの痛みが術式展開中に絶え間なく襲ってくる欠陥があるらしい。かつて、親友が死にかけたことがあり使用したら、その凶悪な痛みに精神が崩壊しかけた、とのことで殴られたことがある。

 無機物にも使用可能で、本来は敵の動きを止め、隙を生み出し、止めの一撃を生み出す魔術であったらしいが、術式のプロセスが面倒かつ複雑、僕のように剣とのシンクロ率が高くないと発動もできない欠陥魔術であったようだ。

 そして、もうひとつ大きなリスクがある。それは――――

 「グァッ!?」

 短剣を刺したコンクリートがまるでビルの崩壊を肩代わりするように、ヒビが入り、剣の方にも亀裂が走る。

 そう、リスクとは対象物からの負荷である。

 生物に関しては対象者自身が痛みなどのなんらかの負荷を自身で負うのだが、無機物に関しては崩壊途中のビルな留めれば、術者に負荷がかかるようだ。あらかじめ術を発動させる際は直接に突きさすのではなく、つながった周囲の物体を介して術を発動させることと注意を受けていたが……

 (さ、さすがにキツイィッ)

 かかる重量すべてを引きうける訳ではないが、ある程度はくる。自分の魔力が届く程度の範囲の地面や魔術で強化された短剣程度で肩代わりできるはずはなく……

 「だ、誰か、あのビルに人がいないか見て……きて、助けてくレ!!」

 言い終わるとダガーに亀裂が入り、足首に突然切り傷が生まれた。

 「くっ、だ、誰カッ!?」

 騎士の流技(キャバルリー・アーツ)にあるリスク、契約した自身の武器に起きた破損が、術者である人間になんらかの負傷を伴わせるというもの。

 その傷が徐徐に開いていくおぞましさに叫ぶ僕の声にこたえる様に、ムクりと誰かが立ち上がる。

 それは、紅い目をした。

 「っ!!」 

 進と似た力を持った少年であった。

 まずい、という背筋の悪寒とともに走った警告音は、少年の表情を見たと同時に薄れていった。

 「……冷めたぜ……」

 感情のない声。少年は、非常に飽きたようであった。たぶん、今の状況も理解してないだろう。顔を失望で俯かせ、別人のように生気の無くなった表情で、肩を落として立ち去って行く。

 ホッとしたような、手伝ってほしかったような気持ちではあるが、さすがに敵に頼むことはできない。ならば……

 「オイ、君たチッ!?」

 その少年の後を追うように行こうとしていたホラーな女と雷の少年に力いっぱい声をかける。彼らは身を一瞬すくませたが、ゆっくりと振り返ってくれた。

 「手伝ってくレッ。中に人がいるかどうかを――――」

 「い、嫌だね!」

 少年がまるで失敗から目を逸らす様に拒否を示した。

 「ぼ、僕らのせいじゃないじゃないか!」

 「そんなこと言っている場合じゃ……」 

 「したったもんか! 待って、待ってよっ――――“シン”さん!!」

 「ッ!!!?? なっ、キミ、今なんて――――グァァァアッ!!!?」

 少年が、あの紅い目を信じられない名前で呼んだことも気になるが……マズイ、もう限……界……

 ダガーの光が悲鳴を上げる様に点滅する。

 そして、背後から、先ほど“見せてもらった”別の光が溢れだした。

 「早く術を解きなさいっ、アルバイン!! あのビルには誰もいませんわっ」

 今の状況下では戦女神の助声に等しく思える声を聞き、術式を解く。倦怠感に似た脱力感に襲われ、膝をつく僕。そんな横を駆け抜ける白金の閃光。

 美しい髪を引き連れて、ビルの破壊へ行くローザ――――



 ―――――は、戦闘でできた地面のヒビ割れにつまずき、豪快にスッ(ころ)んだ。



 時が一間、崩壊したような気がした。 

 「なにやってんダ!!」

 「う、うるさいぅ!! 今、話かけるなのですのぉっ!!」

 自分でも非常に恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら言葉が変になっているローザでも、もう傾きが限界軌道に入っているビルをどうこうすることはできないだろう。あの傾きで破壊すれば、人が溢れる道に瓦礫が降り注いでしまう。

 「こ、この物語はフィクションですの! 実際の被害、関係者は実在の人物ではございません!!」

 「現実から目を逸らすナッ!!」

 もし僕らの世界が、良い歳になっても、子供向けのアニメを真剣に見てたり、ラノベ読んでたり、ゲームやったりしてる大人が作っている世界だったとしても、僕らにとっては現実であることに間違いない。もう泣きわめき、投げやりに現実逃避するローザをもうほっといて、どうにかならないかと視線を前へと向けた。その先には……

 「……けやがって……」

 黒い髪の男が起きあがった姿があった。

 「シ―――」

 シン、そう呼ぼうとした次の瞬間、進は左腕を無造作にビルへと突き“入れ”た。

 一見、わけのわからぬ行為。だが、一か月以上、彼と行動した経験から、嫌な予感が汗と共に湧きあがった。

 「まっ、待ッ――――」

 進が、突き入れた腕を振りかぶるように、体全体をつかって“こちらに”振る。

 「ふざけやがって、クソッがァァァァァッァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!」

 


 数十メートル離れているはずのこちらまで届く怒りの咆哮と共に、急激に傾く方向を無理やり“変えさせた”ビルが根元から千切れ、“こちらに向かって”倒れてくる。



 「待ってって言ったのニィッ!!」

 「言ってる場合ですのっ!?」

 僕の悲鳴は、ローザに服の首根っこを掴まれ、引きずられたために中断させられた。い、息ができない!?

 その直後、轟音と粉塵が発生した。僕らは命からがらそれから逃れたが、発生した風圧を受けて吹っ飛ばされる。

 

 

 


 悲鳴など呑み込んでしまう轟音と衝撃は周囲に被害を与えたようだが、あのまま傾き倒れた方よりかははるかに被害が少なかっただろう。

 裏道に沿って落ちたために人的被害もほぼないだろう。建造物の被害は甚大だろうが……

 僕は、割と平坦な瓦礫を背にし、座りこんでいる。

 あれから数分たった。生きているのが不思議と感じてしまう光景を呆然と見ながら。ドサリと何かが倒れる音がした。

 あの方向は……進だろう。まぁ、彼も限界だったに違いない。まぁ、後で殴るけどね。

 溢れる粉塵と瓦礫から目を逸らし、空を見る。雨は止んでいたが、未だ暗い雲はそこにある。もういい加減、青い空が見たい。

 そんなことを呆然と考えながら、僕のすぐそばでうつ伏せで倒れている金髪の美人へと呟く。

 「……ローザ、生きてるかイ?」

 「……そうですわね」

 彼女も疲れ果てたようで、うつ伏せのまま動かず、声だけ寄こした。

 足をこちらに向け倒れる姿は、ひどく失礼な格好ではあるが……まぁ許そう。

 ただ、一つ言っておかなければならないことがあったと回らぬ頭でふと思ってしまった。

 「ローザ」

 「……そうですわね」

 もはや会話の成立もしないようだ。名前をよんで、そうだと……いや、成立してる……か。

 まぁ、いいか。遠くの方から、こちらに救急車の音が聞こえてくる。誰かが通報してくれたのか、それとも……。

 もうすぐ人も集まってくるだろう。だから、その前に言っておかねばならない。

 「ローザ」

 「……そうですわね」

 「さっき、キミが転んだ時に見えたんだけどネ……」

 「……そうですわね」 

 「……いくらお金がなくても、パンツの代りに、ブルマを穿くのは関心できないナ」

 「……そうですわ、ねぇっ!!」

 最後のトーンが怒りに持ち上がったように、彼女の靴底が僕の顔面に飛んできた。

 寄りかかっていた瓦礫と靴底に挟みこまれてた衝撃に意識を失う直前に、「下着の上に履いてあるだけですわよっ」と声が聞こえた……気がした。



 視点変更 6

 


 消毒液の強い臭いが鼻をつく病院の一室の外で、ざわめく人の声が聞こえた。

 処置の終わった私が、顔を半分だして見ると、待合室に備え付けてある大型の液晶テレビに人だかりができていた。

 「この近くのビルが倒れたってよ」

 「その近くに友達がいるのに……」

 「怪我人が出たってよ」

 「死人はないらしいぞ」

 皆、口ぐちにあることないことを口にし合い、どれが正確な情報かわからなくなっていく。

 私は冷めた目で、それを見ている。皆大きな事件には関心が高い。それが高ければ、高いほど、小さな事件は無いに等しいようになる。

 もしかしたら……私たちの件より大きなことになれば、優先順位がつくかもしれない。

 そうなれば……あの子は…… 

 「落ち着きなさい!!! あれだけのことがあったんだ、精密検査は――」

 「いいって言ってます“のよ”っ!!」

 そんなどうしようもない不安が心になだれ込もとした時、大声と、聞き覚えのあるマンガみたいなお嬢様言葉使いが聞こえて、駆け出した。

 この治療室は、救急患者の搬入口に近い場所にあると看護婦さんから聞いていた。場所も位置も壁に描かれた通りに進めば行きつくはずだ。

 「ちょっ、待ちなさい! まだ」

 そんな静止の声を無視して、できる限りの速度で、私は走り出す。

 「精密検査なんて受けるお金がないといってますでしょうっ!」

 「いや、お金の前に……この面白いように顔面陥没してる金髪の彼に残ってる靴後……君のにそっくりだよね? 話をちょっと聞きたいんだけど」

 などと話が聞こえる方向へ走ると、案の定、見知った顔がそこに居た。

 「ローザ!!」

 「と、智子っ!? どうしてこんなところに……その包帯はどうしましたのっ!?」

 私の叫びに、芸術品のような美少女の友人が、今にも驚いた様子で心配してくれた。

 その背後、今度こそ慌ただしく、一台のストレッチャーに男が乗せられ運ばれてきた。

 付きそうように入ってきた白衣の医師が病態を救急隊員から聞きながら、眉根を困惑に捻った顔で言葉を吐きだした。

 「容体が安定しているだぁ? そんな馬鹿な!」

 「しゅっ、出血も途中で止まり……その、意識も、バイタルなども、正常、以上であり……」 

 運んできた救急隊員も訳がわからなそうで、報告内容を語ろうとしても上手くできないでいる。そんな彼に、ついに医師はキレた。

 「もういい!! 後はこちらでしらべる! おい、君!」

 「……聞こえてるし、どこも悪くねぇよ」

 怒鳴る医師とは間逆、冷淡に応えた若い男はムクりと起き上がる。

 その男は血塗れであった。彼の着ている白いワイシャツは血で赤く染め上げられ、頭からも血が出ていた痕跡が、顔にこびり付いていた。見ているだけで血臭が鼻につきそうで、吐き気すら起こしそうな姿。 だが、それらは全てもう乾きそうなほどで、衣服の上からの判断ではあるが、傷口は塞がっているように見えた。

 「ん? アンタ確か、アイツの……」

 そんな彼、進・カーネルが私を視界に収めたのか、運ばれながら語りかけてきた。

 アイツの、と言われた瞬間、涙が溢れた。 

 「……なんで、泣く?」

 急に涙を流した私に周囲は驚く。一体どうしたのかと見てくる彼に、私はすがる様に泣き叫ぶ。

 「……お願い……おねがい、します」

 そうやって無力を。

 「……撫子を……撫子を助けてよっ!!」

 もう一度、友の命を他人に預ける自分を恥じながら、それしかできなくて、叫んだ。



 視点変更 7



 「バカ野郎がっ!!」

 そう罵声と共に、まるで進のような少年が、小山を殴り飛ばした。

 私、九重 撫子が連れてこられたのは、どこかの倉庫のようだ。荷物のないことと、やけに古く、汚いことから廃棄された倉庫、とだけはわかった。

 ゴッ、とリアルな打撃音を放った頬を歪ませ、倒れた小山に数人が駆け寄る。

 だが、誰も殴り飛ばした少年へ敵意の目線を向ける者はいない。それを見た瞬間、この少年を恐れていることが見て取れた。

 ただ、小山だけは違う様だ。

 「て、てめぇ!! 何しやがる! 俺が、俺がこのチームのリーダーなんだぞ!」

 食いつく様に激怒する小山だが、目に多少なりとも恐怖がある。だが、臆病な姿勢を見せれば、回りの仲間に示しがつかないために虚勢もあるのだろう。彼は必死に言葉を作る。

 「こいつは、あの(やろう)の女だぜ? こいつを連れてくれば―――」

 「進・カーネルならもういい。――――俺が倒した」

 彼の返した言葉に、この場の私を含めた誰もが驚く。いや、私に関しては、その言葉が信じられなくて、だが。

 「い、いつだよ!? 何時だってんだ!? ホラふいてんじゃねって!」

 私と同じような気持ちなのか、それとも自分の立てた作戦がまるごと潰されたことで面子が潰れることを恐れたが故かはわからないが、動揺した小山は額から汗をたらして問い掛ける。

 その質問をやけに幼い声が回答した。

 「夕方頃だよ。おれも、水さんも見てたもん」

 その声の主を皆が見る。小学校すら卒業していなさそうな白いジャージ上下の子どもであった。

 「そうよ……私も見たわ」

 その少年の影からヌッと、それが現れた瞬間、周囲の人だかりが退いた。彼女が水さんなのだろう。まるでどこぞのホラームービーに出てきそうな雰囲気の長い髪を前に垂らす女性の証言で信憑性が得られたのか、ザワザワと周りがうるさくなる。

 どうやら、彼らは進のことを狙っていたらしい。思惑は実行する前に完了してしまったために動揺が走ったのだろう。

 彼らが何のための集団なのかはわからないが、このままでは不満や疑惑が生まれ、信頼性のない集団は容易く崩壊してしまう。ここに集まる者たちの年齢層は若い。まだ成人していない若者ばかりに見え、皆締りのない服装、悪く言ってしまえばヤンキー風の方々ばかりだ。

 そんな未だ縛られることを良く思わぬ年齢の彼らは、言わば自己顕示欲の塊、下剋上当たり前の、バッドボーイズたち。小さなほころびも見逃さず、若いエナジーで暴走をし始めるだろう。

 どうすんだよ? 次どうすんの? うっわー、グダグダじゃん? などと何故かまず他人に聞き、それが仲間感で連鎖しはじめ、不安を自ら広げていく。

 収集が付けない状況。ここでリーダーの力量が示される……はずなのだが、肩書をもつリーダー本人は焦り、周りをキョロキョロ見回していた。

 私はそんな彼に同情と、なんだかなぁ、と残念な目で見ていると、

 「ん」

 「?」

 目が会ってしまった。

 彼は、途端にそうだ、と閃いた面をし、次に頬を歪ませた。

 「おい、皆……目的もなんか達成されちゃったみたいだけどさ~。じゃ、この女どうするよ?」

 ズィ、と一斉にこちらも見る面々。その何故か連携の取れた行動に、身を引く私。

 「餌にもならねぇし、このまま帰して警察(サツ)に垂れこまれてもマズイじゃん? ならさ……みんなで遊んでやらね?」

 遊ぶ、という言葉に隠された隠語をいち早く理解し、身の危険を感じた。

 「撫子ちゃんも恥ずかしい写真取られたら黙ってくれんだろうし……なんなら、回しまくって壊しちゃってもいいだろ?」

 よくない!! なんだか、皆ヤル気が溢れかえっているらしく、発情した猫のような目になっていく。たしかに分裂しかけた集団は、共同作業を行わせることで円滑さをとり戻すこともあるが、これは不味い。わが身に危険が……

 「おまえら、いい加減にしろよ……」

 ダンッ、と灰色のコンクリートを踏みつけ、私の前に立ちふさがるように出てきたのは、進と似た紅い目の少年であった。

 「この女に触るなよ、ゲスども」

 「あぁっ!? なにイイ子ちゃんぶってんだよ!」

 集団の一角から、罵声が彼に浴びせかけられる。ヤジはどんどん広まり、小山では止められない――――

 「それでも触ろうってんなら、俺と“()りあうかよ、えぇ?」

 うるさいヤジはピタリと収まった。彼が放つ興奮したような殺意に皆一歩退き、顔を青ざめさせ、視線を下げた。

 「女と遊び前に、俺と殺し合(あそうぼう)うぜ? 誰でもいい。全員でもいい。俺を止められる奴がいるならそれでいい。なぁ、やろうぜ?」

 「ふ、ふざけんな! 誰がすっかよ! みんな行こうぜっ!」

 小山が先導し、ゾロゾロと流れるように出て行く。あんなに狭く感じた倉庫の中が広く感じ始めたころ。私を庇ってくれた少年が振り返った。

 「……今日はもう夜中だし、あんたのことは明日の朝に帰す。それでいいだろ?」

 「あ、はい。……ありがとうございます」

 「か、勘違いすんな。俺はただ、あんな奴らが嫌いなだけだ」

 なら、どうして彼らの仲間に? そう聞く前にひどく興奮した感じで、さきほどの少年と女性が駆けよってきた。

 「さすがね」

 「あいつらほんと、だっせぇよな、“シン”さん」

 「シンっ?」

 その名前に少しばかり驚いたことで、ひどくめんどくさそうな顔をして、子供の頭に拳骨をぶつける“シン”。

 「誰が“シン”だっ。いい加減、憶えろよ。宗太」

 「痛いよっ。だって、シンさんは、シンさんだろ!」

 「ッフフッフ」

 怒りつつも優しく言う“シン”と、かんしゃく起こして声を張り上げる宗太と呼ばれた子供、その二人を見つめてほほ笑む女性。彼らの姿は、まるで仲の良い兄弟のように見えた。

 そんな光景に私もつられてほほ笑んでいると、キッと私を睨めつける“シン”。

 「俺はシンじゃない……たまに間違われて、ケンカを吹っ掛けられたことがあって、その時にコイツが間違えて憶えちまって……それにこいつが暴れん坊○軍のファンだってこともあったんだ」

 「えっ? じゃぁ、ホントの名前は……」

 「マコトだよ。(しん)じるの“信”って書いてマコト」

 「やっぱ、シンさんじゃん! ぁ痛っ!」

 茶々を入れた宗太に再び拳骨を振り落とし、真っすぐ紅い目を向けて、名乗りを上げる。

 「うるさい……。立花(たちばな) (マコト)。それが俺の名前だ」

 


 視点変更 8


 

 「撫子(なでしこ)がさらわれたですって!?」

 ローザの声が病院の真っ白な部屋の中に響き渡る。

 俺は、その声と内容をやけに遠くの方に感じながら、部屋の壁に寄りかかり、聞いていた。

 一見、重傷に見える俺達に割り当てられた病室は、どこかおかしい。

 そもそも、軽い手当の後に、検査もせず、言われるがままに連れてこられたのは、ビップ専用の地位の高い役人などが使用する大きな専用個室であった。部屋の備え付けのものは全て高級品、病院の最上階で眺めも良いときた。……何より病室のクセに自動販売機が備え付けられている。

 そんな部屋に、俺を含めた5人が集められていること自体がおかしい。

 俺達はともかくとして、他の二人……たしか、智子と優子。撫子と仲の良い友人がいることには違和感を覚える。二人は、撫子を誘拐したという小山という男の不思議な力で負傷していた。

 軽傷で済んだ、と言ってもあちこちに負傷の痕を物語る処置の痕が痛々しい。

 「落ち着くんだ、ローザ」

 一番重傷そうに包帯やらガーゼやらを顔中に付けられたアルバインが椅子に腰かけながら、ローザを諭す。

 「どう落ちつけますのっ、アルバイン!」

 そんなアルバインに部屋の中央に立ちながら、怒鳴りちらすローザは、怪我らしい怪我はなかったが、あの戦いの痕が首筋に残ってしまったらしく、それを隠すために首に軽く包帯を巻いていた。

 「……聞いた限りでは、ボクらが騒いだ所で何も変わらないだろウ? まずは情報、そうだネ?」

 「……俺に振るな」

 睨みつける様に首を傾けて聞いてきたアルバインに、俺は同じく喧嘩腰の声で返す。

 コイツは気がついているのだ。この場の誰よりも、その小山というチンピラについて……いや、俺が、アイツと一番始めに出会った事件の当事者であるということを、だ。

 知ってて聞かない。

 知ろうとしていない、のではない。

 (自分で、動けよ……って、言いたいんだろうな)

 だが――――

 「――――俺の知ったことじゃない」

 何の感情もなく、たた声帯を振るわせて吐き出した空気の振動を残し、病室を出ていくために、椅子から立ち上がる。

 病室内の視線が俺に集中する。それを無視し――――

 「待ってよっ!!」

 「トモちゃんっ!?」

 ――――出ていこうとした俺のワイシャツの裾を掴んで、行かせまいとする力が、掴んで止めてきた。

 「なんで……なんでだよっ!」

 それは、ひどく非力な力だった。

 歩き出すだけで剥がれてしまいそうなその手の主は、俺が一瞬だけ出した殺気に体を振るわせながらも懸命に、俺を行かせまいとしている。

 弱い力だった。これでは俺を止めることはおろか、数秒後には自壊でもしそうなほどの脆弱さ。

 ただ、目には。

 目にだけは、今の俺よりも遥かに強い意思の光があった。

 「あんた……! あんただったら、撫子を助けられるんだろ!? あんただったら……」

 「悪いが、俺はすでに誘拐犯の仲間と思われる奴に負けてる……俺じゃ、無理だ」

 俺の切り捨てる様な言葉に息を止めた優子。俺はその隙に、一歩進んで手を解いた。

 「……でも!」

 いい加減、うんざりしてきた。もう一度掴もうとする智子の手を強引に払う。

 どうにかしてくれ、そう言われても迷惑なのだ。

 なぜなら、この中で、いや、この世界で、アイツに向ける言葉(こたえ)を失っているのは、俺なのだから。

 「でも、じゃねぇよ。もう、いいだろ? お前こそどうして、そんな痛い目にあってもアイツに関わってられる?」

 「そんなのっ、と……」

 言いかけた言葉を詰まらせる智子に違和感を感じたが、俺はお構いなしに話を続ける。

 さらに強まった“モヤモヤ”に突き動かされるように、きっとアイツが話していないであろう事実を突き付けてやろう。

 「お前、この春ごろから、前のアイツの話を聞いたことがあるか?」

 「進っ!?」

 「ハァ……」

 動揺するローザと、嘆息して目を伏せたアルバインを無視する。

 なんのことかわからない、と顔に張り付けた智子と優子は俺が何を言っているのか、真偽を探る様に凝視してくる。

 これを話して信じられるか、どうかなど知ったことか。

 こいつらが俺を自由にしてくれれば、それでいい。

 「アイツは、九重 撫子っていう女は――――」



 視点変更 9



 まいったな~。

 俺は崩れかけているような倉庫の天井を見上げ、雨ざらしの結果に開いてしまった隙間から、雨雲が空を占めていることに雨でも降らないか心配になり――――

 「あっ、(まこと)君、動いちゃダメですよ」

 ついでに、この人、九重(ここのえ) 撫子(なでしこ)にも、まいっていた。

 もともと女子は苦手だ。それにこんな綺麗な人にも出会う機会もほぼなかったので、気まずげに視線を逸らす。

 今、この場には俺とこの人の二人だけだ。

 巻き込んでしまった後ろめたさもあり、愚行に走りそうなあいつら対策に残った俺は、いきなり後悔した。

 『あ、怪我してますよ、(まこと)君』

 普通なら拉致した相手を気づかう被害者などいない。逃げるつもりなのか、と問いかけて帰ってきた答えは、無理でしょう? だった。

 成すがまま、されるがままに地べたに座らせられ(彼女は縛られていないため)、京清学園のブレザーから平然と取り出した小型の消毒液と絆創膏で傷口を塞いでくれていた。

 実を言えば、特殊な俺の体はこの程度なら数分もすれば綺麗に塞がるのだが、上記の理由もあり俺はなんとなく受け入れていた。

 苦手だ、そう思う。

 もともと、俺は他人から敵意や悪意があっても、好意を向けられることは少なかった。生まれながらの化物じみた力や、ある問題が原因だ。

 だから、だろう。俺が見たこともない親から見捨てられ、孤児院に預けられたのは。今は、その居場所すらない。

 「信君、終わりましたよ?」

 若干考えに(ふけ)ってしまっていた俺の顔を、不思議そうに覗き込む九重に一瞬、俺の鼓動は一瞬早くなるが、歯を噛締め、目線をあげることで悟られることはなかった。

 そんな俺の反応が楽しいのか、慎ましくクスクスと笑う九重。

 「あんまり、喧嘩しちゃダメですよ? たった一つしかない、大切な体なんですから」

 その上から目線に俺はどこか不満を持った。苦手意識も合いまった反骨精神が出した反射だろう。

 「……あんたの知り合いに……進・カーネルにやられた傷なんだけどな」

 「進……」

 帰ってきた重たく青ざめた返事に、俺が動揺した。事態を引き起こした俺が動揺するにはどこか間違っている気もしたが、とにかく見るからに暗いものを降ろした九重は非常に気まずい感情を持ったが、これ以上親身な関係になるのは不味い。なにせ、俺はあんたを誘拐した一味の一人なんだから。

 そもそも、だ。

 「そもそも、あんた……進・カーネル(アイツ)のなんなんだ?」

 「え……?」

 進・カーネルのことはさっきのリーダー、小山から始めて噂を聞いたのが発端だった。

 二週間前の事だ。不思議な力を操ることができるから、怪我をしたくなければ金をくれ、と喧嘩を売ってきた小山を逆に返り討ちにした。

 その数日後、わざわざ俺を探していたらしい小山はこう言った。

 ――――あんたと、同じ力をもった奴を知っている。

 ――――“俺達”は、同じ力をもった同士だ。

 ――――この腐った世界を変える。 

 ――――それには、アイツが邪魔なのだ。

 ――――一緒に戦おうぜ?

 なにが、世界だ、と内心笑ったのだが、とある“不満”を抱えていた俺は、奴の話に乗っかることにした。

 別に世界など、どうでもいい。ただ、この胸の虚無感を無くしてくれる存在と、闘いたかったのだ。

 闘うことでしか、この渇きと不満をなくす方法がないことを知っているのだ。

 だというのに……あいつは弱かった。勝ってしまった。虚無感は空いたまま、埋まる気配もなく、勝ってしまったじゃないか。

 もう、あいつには興味はなくなった。だが、この人にあって興味をもった。

 九重 撫子と進・カーネルに関しては少しばかり、話を聞いていたのだ。俺が知りたいと言ってもないのに、ペラペラと喋って消えたあの帽子の男は一体なんだったのか? ともあれ、この人が常人では考えられない狂った生活を送らされていたこと、そして、あの男が救ったことは知っている。

 だけど、それだけで納得できない事もあった。

 その疑問は、本人に会ってさらに深まった。

 この人は頭が良い。

 今この時も、少なくとも自らの命を危ぶむことはしない。けれども、なすがままという訳でもなく、数度、目につかない程度で、外の情報などを得ようとする仕草があった。

 冷静沈着。それが、さまになるほどの精神力を持っていると印象が強い。この年ほどの少女なら、普通は動揺の一つもあってもいいはずなのだが、この人にはそれがない。

 危機感の感受性が低いということもないだろう。先ほどの小山達の愚行を前にした時の反応を見れば、それなりに危機感をもっていることは明らかだ。

 そんな彼女が、まるで暴力と混乱を集めて請け負っているような進・カーネルの様な存在の近くにいることが不思議でしょうがないのだ。

 普通の、頭がそれなりに働く奴なら、そんな奴の近くにいるのは御免だと、それなりに距離をとるはず。なのに、この人はいつもあいつの傍にいる。

 吸血鬼から助けてくれた恩義? 

 ――――別に、そばにいる必要もない。

 莫大な契約料の返済?

 ――――住み込みで働く必要はない。もっと上手いやり方と返済方法を作ればいいだけのこと。

 特異な感情から?

 ――――友情、愛情、恋愛感情。それが一番しっくりくる。でも、そんな素振りな薄いと帽子の男は言っていた。

 強要されている?

 ――――それは、ないように見える。

 命の安全面、危険からの防波堤的存在?

 ――――むしろ、危険度が増えている。三か月で三回以上死にそうになっているとか、ないわー。

 逆に、進にメリットが?

 ――――ポンコツ扱い。いや逆に、迷惑を被っている気がする。

 考えるだけ、考えても所詮は他人(じぶん)の頭の中の演算では答えは出せないと、気が付き止めた疑問が、本人を目の前にして復活した。

 だから、問うたのだが、返ってきた答えは、さらなる混迷をもたらした。

 「……わかりません」

 「はぁ?」

 本当に申し訳なさそうに、別の何かに謝る様に、九重は俯きながらにしゃべりだす。

 「今は、わから……ないんです。進は、私を助けてくれました。助けてくれてからの、生活は本当に嬉しいことが増えて……何もかもが新しく見えて……でも……あの時の進は……まるで……」

 何かを思い出しながらの呟きは徐々にかすれ、聞き取れなくなるレベルの音程。その間になにかを掴みかけていた九重。だが、なかなかに長かったために、とりあえず、賽をなげるつもりで、可能性の一つを投げ入れる。

 「……あんた、ただ進・カーネルが好きなだけなんじゃないか?」

 「えっ? ……あぁ、そうなのかもしれませんね」

 「ずいぶん、簡単に言うな……」

 「簡単じゃないですよ……ただ、それもどうなんでしょう。私はいままで人を好きになったこととか、恋愛感情なんて持てませんでしたから……だからなのか、恋、とかって、わかんないんですよ。好きになったり、愛しちゃったら、その人は……私の前からいなくなってしまうから」

 聞いていた事実とはいえ、本人から聞くと重みが違う。

 ドレイクは、九重を自分の理想に近づけるために、狂った教育方針を持っていた。それを邪魔する存在はすべて拷問にかけるように殺し、あえて九重のせいだと言って聞かせた。そうすることで、感情に首輪をつけ、己の所有物にした。

 その後天性の症状の疾患は、軽い様に見えて、ひどく重い。

 完璧という人間の模造。帽子の男は、彼女は他人の手によって、不完全と不安定の要素を排して作られた“だけ”の人間なのだ、と言っていた。

 「だから、きっと嫌いになったとか、愛してるとかじゃないな、とは思ったんです。でも、きっと違うんです……。私は、あの時、たしかに進を、もっと別の感情で、なにか――――伝え(言い)たかったんです」

 そこでやっと、俺の質問と、彼女の疑問がズレているのに我ながら遅いと思いつつも気がついた。

 もともと会話になってなかったのか、そう思うとなんだか肩が重くなり、溜息をつきたくなる。

 そして、俺と同じような力を持っていながら、こんなにもこの人に思われる男に嫉妬に近い感情を憶えた。 そのためだったのか、俺はなんの考えもなく、あの男から知り得た一つの情報を口走ってしまいたくなった。

 「……アイツ、進って奴は、二週間前に何十人もの……ヤクザでも、人間をを皆殺しにしたぐらいの血も涙もない悪魔みたいな奴なんだろ……」

 子供っぽい、そう思うさ。

 だけど、口に出してしまっては仕方ない。

 そんな感情まかせの、自分を棚にあげての、言葉は――――

 「あ、はい」

 きょとん、とした無邪気な子供のような顔で


 

 「“そういえば”いっぱい死んでましたね。でも、それが“どうかしたんですか”?」


 

 ――――知りたくもなかった彼女の真実を、俺に理解させてしまった。

 ゾッ、とした。

 体に走った怖気(おぞけ)に対し、体はなんと理性を聞かせて動かさなかったが、心はどこまでも、遥か彼方に下った。

 なんの感情もなく述べた彼女の表情は大量殺人の事実を俺や、進に対しての気づかいとかでは決してない。

 ただ、淡々と、まるで昨日、食べたご飯の内容を人に告げるように、人殺しの事実を口から出した。

 それだけだ。

 口を滑らせた、とかではない。思考を巡らせていた内に出た言葉だから、感情が込められなかったのでもない。

 この人は――――

 「ふぅー、ただいまぁ~。シンさん、お弁当買ってきたよ……って、なにやってんの?」

 「……宗太か」

 「おかえりなさい、宗太くん」

 俺はホッと息を吐き、コンビニのビニール袋に、弁当をつめて戻ってきたジャージ上下の中学生、宗太に心の中で感謝していた。

 ……このまま、二人きりでいたら、頭がおかしくなりそうだった。

 「水さんは?」

 「え? あぁ、水さん、体力無いから、まだ途中だと思うよ」

 「……迎えに行ってくる」

 「シンさん、別に待ってればいいじゃないか」

 「この辺はただでさえバカの溜まりになってるんだ。それに女が夜道って時点であぶねぇだろ」

 「シンさんはオヤジかよ……まぁ、いいや。きっとその辺に居ると思うよ。色々買ってきたけど、撫子ねぇちゃんはどれがいい?」

 「あっ! そのツナマヨのおにぎりがいいです!」

 「ダメ。それは、おれの」

 「そんなぁっ!?」

 倉庫の入口を開けてながら、楽しげな会話を耳に入れながら、外へと出る。

 夏の真っ只中のはずなのに、何故か今夜は冷たい夜風が、体を叩いた。

 目を凝らし、あのホラーな姿を探しながらでも、あの人の事が頭から離れなかった。

 ――――あの人は、壊れている。本当の意味で、心の在り様が、構成そのものが常人とはかけ離れている。

 九重 撫子という人格は、まっとうな人間なのだろう。ただし、死と言う概念に対する価値観が常軌を逸しているのだ。

 今日でも、死という概念への感覚が薄まっている人間はいる。テレビメディアから送られてくる殺人事件などを、まるで別世界の出来事のように感じるのは、誰でもあるものだ。実感が湧かない、自分の世界(めのまえ)で起こるはずがない、などの確証のない自論が引き起こす錯覚からくる遠さが人の感覚を麻痺させるのだ。

 だが、撫子の、それは違う。

 何百という人間の死を目の前で起こされ、濃厚な死の抑圧を何年も加えられ、彼女の価値観は、自身でも判らない内に歪な変形をしたのだ。

 死に対する感受性の崩壊。

 たぶん、自身や親しい人、見知った相手、もしくは自分が関わったことを“感じた”人間の死やそれに近い負傷に対しては普通の人間より過剰に反応する。だが、それ以外の存在に対しては反応が極端に薄い、いや、ただの事象として見ているのかもしれない。

 前者に分類される者になら、敵だろうと、何であろうと心の奥底から、その死を悼んで涙を流しもする。

 後者の者ならば、死をただ、“ああ、そうか”と視覚して、それだけ。残った死体も、無残な死に(ざま)も関係ない。最悪、必要とあらば、それを平然と踏みつけ前に進み、親しい人が生きてそこに入れば、どんなにそれが死体の山の上であろうと、「よかったね」と言って、満面の笑顔で迎えるだろう。

 戦争が日常茶飯事の地域や、闘いと殺しが好きな戦争中毒者の人間が何年もかかったストレスで至る心の病を、彼女は“平常な人間”のまま、当たり前のように、代謝反応と同レベルに、体の基礎として取り入れている。

 緩い平和な世界とメディアに毒され、死を軽視し使用する人間などとは比べ物にならない、壊れた人間の実物を、俺は始めて見た気がした。

 一面の腐乱した死体が広がる死地の真ん中で、咲き誇る一輪の純白の花。

 ひどく場違いな、観る者が見れば、怖気を憶えて、近づこうとも考えたくない純粋な悪意にも似た、白く美しい花。

 生きるのに必要とあらば、死者の冷たい血すらも糧と……

 「っ! えぇいっ、クソっ!!」

 このままいけば、どこまでも暗い思考の結論を出しそうな脳みそを止めるために頭を振り回して、思考を止めた。

 目の前の暗闇を進みながら、ある欲求が出始めた。

 進・カーネルは、九重 撫子の本質を知っているのだろうか?

 もし、それがわかっていながら、そばに居させているとしたら……

 その答えが俺の求める答えならば、あいつはきっと、俺と闘うに相応しい男だと認められるかもしれない。

 願わくば、そう在れと呟き、真っ暗闇へと俺は、溶けていった。


 

 視点変更 10



 「そう、アイツは壊れてる。そうやって、壊されたんだ」

 静まりかえる病室に、俺の()めの言葉が木霊した。

 だが、俺が知る限りの撫子の生い立ちと情報を語ったこの場には沈黙が煙のように漂い続けている。

 智子と優子は始めの方はなんだ、かんだ、ありえないと反論していたが、ローザとアルバインが魔術を見せ、あまりの話のリアルさなどもあって、最後の方は真面目に、ひどく顔を青くしながら話を聞いていた。

 ローザとアルバインも沈黙を続けている。話の過程で、俺がドレイクをどうやって殺したのかも話さなければならなかったためだ。始めは適当に話そうかとも思ったが、戦闘のプロ二人を騙せるはずもないと割り切り、自演と脚色を抜きにして詳細に語った。

 もちろん、俺の血を吸ったドレイクが自滅したことも含めて、だ。二人の沈黙はそれが理由だろう。二人には負けるとはいえ、俺も魔側の世界を知り、いくらか戦闘もしてきた身だ。そんな俺でも、吸血鬼以上の血の濃さを持つ存在など知らない。いるとするなら、誰も知らない高次元存在か、宇宙人だ。いや、それもないか。もし居たとしてもそんな力を持つのにも関わらず、人の形を保っていること自体がおかしいのだから。

 俺は、これ以上は無意味かと自覚し、病室から出ていこうとする。

 「お前らは、もう撫子に関わらないほうがいい」

 そんな言葉を残して。

 「な、なんでだよ!?」

 やはりと言うべきか、智子が過剰に返してきた。

 俺はふり返って、こんどこそしっかりと智子の目を睨んで、言ってやる。

 「それが、答えだ」

 指さした先は、智子の傷痕を隠す様に付けられたカーゼ。

 「アイツは、なぜか事件に巻き込まれる。三回もあれば偶然じゃない。わかるだろう? これ以上、アイツの近くに居れば、もしかしたら今度はその比じゃない怪我をするはめになるかもしれないぜ」

 「「っ!!」」

 一度はなにか言い返しそうな反応をした智子は、すぐに悔しそうに目を逸らす。優子も同じように自分服の袖をキュッと掴み、歯を食いしばって何かを耐えている。

 「もう、いいだろう。もう、やめとけよ」

 わかっているのだろう、そう見て感じた。俺も、まだ経験も浅い普通の女子高校生をイジメて楽しむ、愉快な趣味はない。今度こそ、と思う、その前に――――

 


 「私は、あんたにずっと、嫉妬してたっ!!」



 ――――よくわからない智子の叫びを理解できずに三度目の立ち止まりを余儀無くされた。

 「……なんだって?」

 戸惑う気持ちは皆一緒なのか、発言者以外が目を丸くして、涙を流しながらも食い下がる意思を剥きだしにした表情の智子に注目していた。

 感情を爆発させた少女は、こちらの胸倉に掴みかかり、至近距離から感情をぶつけてくる。

 「撫子は、ずっと、ずっと……ずっと私の憧れだったんだ!! 本物のお嬢様で、綺麗で、性格良くて、軽いイジメになんて負けなくて、強くてっ!! 私とは違う、ぜんぜん違うっ! 男みたな女の私と全然別世界の人で……そんな人が私を助けてくれた……そんな人が、助けに戻らなかった私に友達になってってぇ……うれしかったんだ!!」

 「…………」

 「友達なんだよぉっ! 私、撫子の友達なんだ! でも、助けにいけない。また助けにいけないんだっ! 誓ったはずなのにっ! ……怖いんだよ。また、あんな変な力で、どうにもできずに、痛いのが、怖いんだ……どうにもできない自分が嫌で……撫子が危ないのも……怖くて、やっぱり怖いんだ……」

 「…………」

 「何にもできないんだ……あんたみたいに力もない! なんで、なんで、あんたなんだよっ! 羨ましいんだよっ! 力が、撫子を助けられる力があるのも! 撫子がいつもあんたの話をするのもっ! いつも楽しそうに、誇らしそうに、私に話してくれるのもっ!! 全部、全部、羨ましくて仕方ねぇんだよ!!!」

 「アイツが……誇らしそうに?」

 「そうだよ! 撫子にとって、あんたは、進・カーネルはヒーローなんだっ!! ……そんなヒーローが、なにやってんだっ! 拗ねた迷子の子ヒツジみたいな面しやがってっ!! 助けにいけよ! 助けに行ってよ……撫子を……」

 勢いのある感情は徐々に静まり、掴みかかっていた手の力さえも抜けたのか、ズルズルと地面へと崩れ落ちていく智子。

 「助けてよ……お願いします……私の、大事な……大切な友達を助けてよぉ……」

 ボロボロと出る言葉と一緒に、落ちる大粒の涙を流しながら座りこんでしまった智子を見ていられなかったのか、優子が近寄り、同じような表情と涙を出しながら抱きしめる。

 そんな二人を、アルバインは深い慈しみで。ローザは貰い泣きするのを我慢するような面で見下ろしていた。

 俺の場合は……

 「……ますます、わからなくなったな……」 

 溜息は我慢したが、こんな言葉も出るぐら、よく判らなくなっていた。

 なんなのだろうか。

 あの時、撫子は俺に何を言いたかった……いや、伝えたかったのだろう?

 俺があの時、大量に人を殺したからか?

 違う。アイツに赤の他人の死など無意味だ。

 ヒーローっぽく、無かったから?

 それ以前の問題だ。俺はヒーローなんてガラじゃない。魔王だぞ、あだ名。

 それとも……

 「……考えたって……」

 ふいに、横眼でそれが目に入った。

 『そういうときは、コイツだ』

 そう自信満々に語り、飲めないのに飲んだ男がいた。その男は今はもういない。でも、あの人の言葉なら今でも体のどこかに焼き付いている。

 なにも考えなかったと、言えば嘘になる。ただ、それを求めたことだけは肯定する。

 記載された金額を投入し、ボタンを押す。すると、いとも簡単にそれが出てきた。

 黒いラベルの無糖ブラック缶コーヒーが。

 視線が集中する世界の中、ただ、あの青い空があった日のことを想いながら、プルタブを手前に引き、口を開ける。

 撫子のことなど、考えない。なにせ、これはそんなためのモノではないから。

 口を開き、大きく傾ける。さらりとした質感と、濃い味が喉へと流れ込む。一気に飲み干しているために胸やけしている感覚が付きまとう。それでも止めない。口から溢れ、頬を雫がつたったが、角度はそのまま。

 これを飲み干したとしても答えは出ないだろう。それでもいい。これはそのために飲んだのではないのだから。

 流れ落ちてくる液体が止まり、ただのスチール製のアキカンになったとわかり、口から離す。

 「っ、フゥー」

 頬に残る痕を袖で拭い、呆気にとられる一同を無視し、目を閉じる。

 何が何だか、わからんだろうな。そもそも、別に大した意味はない。

 気持ちを落ちつけためでも。嫌なことを忘れるためのものでもない。

 あの男は、去っていく俺にむかって言ったのだ。

 『俺が何を言いたいかって言うとだな――――って聞けよ! 進、待ってつってんだろっ、このクソガキっ!! いや、待て、悪かった! 謝ってんだろろーが! テメぇの姉ちゃんに言いつけんぞっ! あ、簡単に止まりやがった……まぁ、いい。……いいか、進。これはな――――』

 ご高説風に言われたが、当時の俺は完全に適当に聞いていた。聞き流していたと言ってもいい。

 そんな状況が起こるとも思わなかったし、それに絶対使わないとしていたからだ。

 実際、使ってはみたはいいが、かなりくる。キツイ。胸やけになりそうだ。

 でも、自然とスッキリしていた。

 そう、これは。

 『――――これは、ただ、気持ちを吹っ切らすためのまじないだ』

 「ああ――――これは、たしかに利くな」

 答えはやはり出ない。判り切っていたことだ。だから……

 口に広がる苦みを、はっきりと感じながら、開く。

 「……料金は流石に取れねぇな。なにせ、俺の契約者様の不始末だからな……行くぞ、アルバイン、ローザ。ただ働きだ、覚悟しろよっ」

 「っ!! はっ、ハイですの!」

 「……ああ、覚悟の上サ」

 いきなり声をかけたためか、ローザは上ずった調子で了解する。

 アルバインの野郎は、やっと腹を決めたか、ヤレヤレ、と言いたげな含み笑い。なんだ、その(つら)。ムカつくな。後で殴らせろ。

 「どうして……」

 未だ状況を理解できていない智子は目を丸くして呟いた。

 「あぁ? なんだよ、自分がけしかけたんだろうが?」

 「で、でも」

 「答えが出ないからな」

 「え?」

 「……実は、この前、訳のわからない内にアイツが出て行っちまってたんだ。理由なんていくらでも出て来るのに、結局、本当の答えが見つかんなかった」

 結局、他人の気持ちなんぞ、考えたって無駄なのだ。考えた所で出てくるのは自分に都合のよい不正解と焦燥感の混じった不安感だけだった。

 こうなれば、いっそ……

 「だからもう、つまんねぇプライドなんて捨てて、アイツに聞いてくる。もう、吹っ切ったからな」

 「進さん……でも、撫子は何所にいるのかも……」

 「その点なら、心配ねぇ。おいっ! 情報屋ぁっ!!」

 「あいあいぃっ!!」

 いつから居たのか、いきなり病室のドアが開き、威勢の良い声が弾けた。

 オーソドックスな麦わら帽子を深くかぶり、隠れきれない口元をニヤリとつり上げた男、自称ソドムの情報屋、ハジが変にカッコつけたポーズを取って現れた。

 「呼ばれて出てきて、突然もうしわけぇ~ございやせん! 生まれも育ちも企業秘密の情報屋ぁ、ハジと申し通している者にござんす。以後、主知(おみし)り置きぃおおっ!?」

 そうして出てきたと思えば、いきなり現役女子高生に色目を使ってすり寄っていった野郎に蹴りを入れたが……

 「……チッ、やっぱり、手ごたえがねぇか」

 「やっぱりって……もぉ、旦那はせっかちなんだからっ♪ あ、やめてください。すいやせん、久しぶりの登場で調子にのっただけなんで。ほんとぉ、すいませんねぇ」

 「……もういい。で、どうせ居場所はわかってんだろう?」

 「どうせっ、て~、まるでアッシが仕組んでるみたいに……まぁ、大体掴んでますけどね。車でお送りしますよ」

 「サービスが良すぎるな……」

 「撫子を誘拐を手引きしてたら、許しませんわよ……」

 「……そうだったら、斬るヨ」

 「ちょぉ、もおぉ。皆さん、疑り深いんだから~……いや、関わってませんって! 目がマジになってますよぉ!!」

 正直、本当に関わっている気もするが、今はどうでもいい。

 早くけりをつけて休みたいのだ、こっちは。

 お前の背中に隠されている“ソイツ”も、それを望んでる。

 「どうでもいいが、早く“ソイツ”を渡せ」

 「あっ、ちょっと、旦那。そんな強引に引きはがしたら出ちゃう! ……ラメェっ!?」

 「うるせぇ」

 俺はハジの背へと手を伸ばして掴み、虚空に隠された“ソレ”を引き抜く。

 勢い良く引き抜かれたのは黒い柱……と見紛うほどの幅広で、縦長の剣。

 ほとんど装飾もない黒の大剣、イザナミ。

 光すら弾く黒色の大剣が見えない場所から現れた光景に、慣れてる3人はイイとしても、智子と優子は小さな悲鳴をあげた。

 まぁ、いいか。撫子の友人でいるというのなら、これぐらいは慣れさせたほうがいい。そう勝手に考えてから、剣を振り、重量を片手で確かめてから、背に“収める”。

 鞘もなければ、ひっかけるスリットさえないのに、だ。

 その不思議な現象を俺はなぜか、当然のように“理解”できたが、ローザは疑心暗鬼にでもかかったのうに目を細めて、ジロジロと見てくる。

 「どうなってますの、コレ?」

 「しらん」

 「進にもわかりませんの?」

 「ああ、なんとなくできる……気がした。まぁ、気にすることもないだろ」

 「いや、かなり気になります……けど、もう……いいですわ」

 一々、貴方のトンデモを気にしてたら疲れますものね、と言って引き下がったローザは、智子と優子に何かを語り、すぐに病室を一番に抜けた。

 「さぁ、撫子を助けに行きますわよ! 車はっ! 車は何所!」

 「いや、待ってくださいよぉ、ローザ嬢! そっちは違いますからっ、こっち! 旦那、第二駐車場ですからねっ」

 そんなやり取りが遠くになっていく前に、ガラガラと病室の窓が開く音がした。

 「第二駐車場か……こっちが近道ダ。シン、先に行かせてもらうヨ」

 ひょい、と窓から飛び出していくアルバイン。たしかに近道だが……文明社会に生きる者としてあるまじき行動に、病室に取り残されるであろう少女二人がビビってしまったではないか。

 なんだかんだで、一番飛び出して行きたかったのはアイツか……

 しかし、奇人変人の(もちろん、俺は抜いてだが)奇行に震える二人をこのまま残しておくのは気まずい。

 「お前らはこれからどうする?」

 「えっ? あ、ああぁと。二人とも取り合えず帰っていいとは言われてます」

 「そうか。なら、帰れ」

 「でも! 帰ったって……」

 「昼だ」

 「「え?」」

 「明日の昼までに、連れ帰って、お前らの前にあのポンコツを突き出してやる。だから、今日は帰れ。帰って休んで、怪我早く治せ。……お前らが疲れ果てた顔をされても困るんだ」

 二人は俺の言葉に、顔を見合わせ、互いに頷き合い、共にこちらへ力強い目で返す。

 「「お願いします、私たちの友達を助けてくださいっ」」

 「いいぜ、契約成立だ。……でもよ、さっきから一つ違ぇんだよ」

 いいね、そのなんのことかわからねぇって、面。さっき胸倉掴んで、言いたい放題言ってくれた“お返しだ”。

 「お前はさっき、撫子がお前らに俺の話ばっかりして羨ましいとか、言ってたけどよ。俺は逆に、お前らの話ばっかりなんだぜ?」

 「「…………」」 

 沈黙し、瞬き一つせず、俺の言葉を聞く二人。

 「どうでもいい、ここに行っただの、教えてくれただの、約束しただの、どうでも、本当に俺にとってはどうでもいい“心から誇れる友人”の話を耳にタコが残りそうなほど、毎日何が嬉しいのか、楽しそうにな」

 「ぃ……」

 「うぅ……」

 小さく俯く二人から体ごと振り返り、目を背けてやる。

 病室から今度こそ、一歩足を踏み出して出て行く。

 「俺はアイツを必ず、連れかえる。だが、俺はお前らの“ただの友達”を連れ帰るんじゃねぇ」

 ここが重要なのだ。

 「俺は、お前らの心から互いに純粋に思い合える“親友”を連れて帰る。この、大きな違い……間違えんなよ」

 もう言い残すことがない俺は、速足で廊下を歩いて行く。

 目指す場所はどこか、わからん。

 辿り着くその先に、あの俺と同じ色の瞳を持つガキがいる予感がある。

 だが、どうでもいい。俺はただ、アイツを連れ帰る。

 あの病室はもう遠くにあるが、俺の耳には重なる二つの泣き声が聞こえてくる。

 ――――約束したからな。

 俺は嘘はつくし、他人を罠にはめるのも好きな最悪な野郎だ。

 それでも交わした約束は、守りたい人間だ。


 

 視点変更 11



 眠らない夜だった。

 この月が見える壊れかけの倉庫から、やけに大きく感じる満月を見ながら、思う。

 一応、毛布代わりの汚い布を貰ってはいるが、これにくるまって寝るのは勇気がいる。

 眠ろうと思えば、寝れるのだろう。

 ここは私をさらった人間たちがウヨウヨ居るが、それでも寝れる。私、九重 撫子はそういう風にできてる。どんなうるさい戦地であろうと、たぶん寝れる。そういう教育を受けたこともある。

 でも、寝なかった。

 この寝ない時間に考えてみる。もう二週間経った。もうあの時の感情は一ミリも思い出せない。

 なのに、考える。

 私のあの時の感情を。

 でも、ここまで考えて思い出せないものなど、あるのだろうか? 本当は何も考えてなかったのではないだろうか。もっと、考える前に、もっと単純な、いやいや……

 そう思考泥沼に浸っていく自分を固めるように、座りながら身を抱きしめる。

 どうして自分はこんなにも考えてしまうのだろうか。

 答えが出ない。

 これでは、永仕が言った様な方法でもなければ、ダメではないか。

 でも、会えない。

 なにせ、私は答えを見つけてない。

 だから、会えない。

 それ以前に、彼はきっと怒っている。

 そう――――



 今、遠くの方で聞こえた、何かが爆発したかのような炸裂音を響かせるぐらいは怒っているはずだ。



 「……進?」



 視点変更 12



 「……ここか」

 そう呟いた、新品のような白いワイシャツの男は、夏とは思えぬほどの寒さを感じる夜空を見上げ、目の前に広がる廃棄されて間もない港の倉庫街に下り立った。

 小さいながらも港に近いこの倉庫街は、損傷が目立つためにと改修工事が始まる予定であったが、土地の権利をもつ会社の身内争いなどもあったことや、近くにさらに立地条件がよい場所を提供されたなどで、半ば放棄状態であった。

 カギはかけてあっても管理が甘いこともあり、すぐに不良たちのたまり場になってしまったということだ。

 そんな悪童どもの巣は、別の嫌な空気に包まれていた。

 「……見られてますわ、ね」

 「それは……そうだろうネ……」

 白地のポロシャツとジーンズ姿のアルバインは嫌そうな顔で背後を振り返る。

 そこには改造してありそうなマフラーの排気音が非常にうるさいスポーツカーが一台、唸りをあげてそこにあった。

 「は~い、旦那たち。アッシはこれから行くところがありやんで! あ、旦那。これ、忘れ物」

 「もう、とっとと行けよ……」

 白いワイシャツの男、進・カーネルがうんざりして黒い布のようなものを受け取と、早々ともの凄い速度でスポーツカーは来た道を帰って行った。

 「やっぱり、来やがったなぁ~、進・カーネルっ!」

 なんとも言えない空気を残した倉庫街に、ひどく偉そうな声が響いた。

 手前の倉庫から、えらく不遜に出てきた男を見たローザが、目を細める。

 「汚い金髪の中肉中背の男……貴方(あなた)が撫子をさらった小山とか言う男ですわね?」

 「こいつは……スゲェ……な」

 ローザを見た男が息を呑んでうわ言のように呟いた。黒いローブのようなものの下にある学生服も見抜こうとするような嫌らしい目線を、まるで意に介さず一言、一つの感情を込める。

 「とりあえず、殺しますわ……」

 人を圧倒するような美貌から滲みでる殺意に、体を一瞬、仰け反らせる男、小山はすぐに立ち直り、不遜な態度を厳守しようとする。

 「び、美人からのお誘いは嬉しいけどよ……まずはテメェだ! 進・カーネルっ!!」

 名指しで呼ばれた進は、ある反応をみせる。

 言葉を無視し、先へ向かおうとする歩みを。

 「おっ、オイっ! コラ! 無視してんじゃねぇ! 俺のことを忘れたなんて言わせねェぞ!!」

 「しらん」

 「なっ、こっちはてめぇに散々コケにされた挙句……フッ、まぁいいさ……」

 急激な感情の冷却にローザやアルバインは不信感に警戒を強める。

 小山は右拳を作り、ニタリと笑う。

 「これを見てもチョーシこいてられるんなら、なっ!」

 小山と進達の距離は少なくとも十メートル以上の間隔がある。

 だというのに、真っすぐに突き出された拳は、不可視の唸りをあげて、進の背後にある倉庫へと突き抜け、まるで喰いちぎる様に倉庫を風圧で破壊していった。

 暴力的な志向性を持った暴風は、進に直撃こそないが、彼の頬に一筋の傷をつける。

 つー、と垂れた血の雫を、進は手で拭う。

 「風……」

 「そうだっ!! すげぇだろう! 強ぇだろうっ!? てめぇと同じ力だ! これでコケにされねぇ!

 みんなオレに従う! 全部! 全部! オレのぉもんだ!!」

 「そうかい……で? お前は……“誰だ”」

 「ァアッ!?」

 自分の力を誇示し、感情的になり過ぎている小山とは対象的に、進はまったく動じない。

 ただ、一貫して存在を問うだけだ。

 「俺はお前なんか“知らない”。そもそも“何だ”、お前は。俺は、お前みたいに“青臭い”奴なんてしらないし、出会ったこともない。もう一度、言うぞ……」

 「……お前、誰だ?」

 そんな進についに小山はキレた。

 怒りの咆哮をあげて、殴りかかったのだ。

 その速さは、先ほどの風の弾丸と同等。人間の視力では瞬間移動したとしか見えないはずだ。

 風を纏った拳を振り上げ、顔面へと叩き込む――――



 ――――そうしたかったはずの小山は、進の位置まで到達した瞬間、巻き戻されるように逆方向へと吹っ飛ばされた。



 巻き戻され過ぎた小山の体は、進行方向上の倉庫へと直撃し、彼の拳に巻きついていた風の力を体現するように倉庫を倒壊させた。

 炸裂砲でも発射したかのような爆音を白けた目で一瞥した進。小山の攻撃を容易く見極め、突き出される拳を側面から掴み、砲丸投げのように遠心力と、小山が放った風のタイミングを合わせて投げ返すという繊細な技をおこなったというのに、彼の表情はまったく変わらない。

 ただ真っすぐに、それでも周囲を見渡せる視野を失わない冷静さを秘めた瞳を目的地に向けていた。

 「アルバイン、ローザ。そこのザコ共は任せる。俺はアイツを連れ帰ってくる」

 ザコ、と呼んだのはちらほらと倉庫の影から現れ始めた不良風の者たちだろう。

 それを任された二人は、まだ出てくるであろう大群の先兵を一瞥(いちべつ)し、簡単に答える。

 「わかったヨ」

 「了解ですわ」

 「……そうだ、ローザ」

 歩き出したと思った進のいきなりの立ち止まりに、名前を呼ばれたローザは、ん? と言うだけで視線を向けなかった。

 「二週間前、怒鳴って悪かったな。謝るよ」

 進を知る人ぞ知る人間ならば、全員一致で、目と耳と感覚を疑う謝罪という一言を言うなり、本人は倉庫街の奥へと消えて行った。

 残ったなんとも言えない空気に、アルバインは複雑な感情を含んだ笑みでローザを見る。

 「ひっでぇ奴だな。仲間をおいていっちゃうなんてさ」

 そんな幼い声が木霊したのそんな時だった。

 声が発せられた場所は高い所、つまり倉庫の屋根の上から。その発信源たるジャージ上下の少年は声を張り上げて叫ぶと、飛んだ。普通、子供がビル二階建て以上はある倉庫の屋根から落ちれば大怪我ではすまない。だが、少年は磁力に守られるように、ふわりと着地した。

 「おじさんたち、もう逃げられないよ?」

 「別に逃げてたつもりはないヨ。それより……キミたちこそ、逃げた方がいいと思うけどネ」

 「あら……どうして?」

 まるで井戸の底から聞こえてくるかのような重たすぎる声が、闇の中から這い出てきた。ぞろぞろと溢れてくる不良の波の中の一角。さすがの彼らも近づかずに距離を取っているためにぽっかりと空いた空間に一人ある姿にアルバインの表情が引きつった。

 長い間ケアされていない腰まで届きそうな黒髪をあえて、前に垂らして顔が見えない白い服を着たホラー映画に出てきそうな女は、クツクツと笑った。

 「あなたたち、周りが見えてないの? もう囲まれてるっていうのに……」

 見渡せば、四方八方を人、人、人。びっちりと隙間なく囲まれている二人の状況が出来上がってしまっている。

 それは彼らにもわかっていた。それでもアルバインの態度は変わらない。それを不審がっている人間も出始めようかという頃。

 「……悪かった……謝って……しんが……」

 完全包囲のド真ん中で、金髪碧眼の美少女が顔を伏せて、ブツブツと口を開き始めた。

 なんだ、ビビッてるのか? と一角から声が飛んだが……とんだ、間違いだった。

 「進が……進が! ふふっ、フ、アァっアハハハハハハハっ!!」

 いきなり歓喜の声をあげて笑いだしたのだ。

 満面の笑みは、気持ちを穏やかにさせる場面もあるが、この場合は逆に怖い。ひとしきり笑い、なおも口をニヘラと曲げる女は、それでも美しかった。

 「あら、なんですのこの状況? 幸せのおすそ分け? いいですわ、今日は気分がサイコーですもの!! でも、あげませんっ! 誰が分けて上げるものですか!! そんなに幸せが欲しければ、スーパーの特売日まで待てばいいじゃないっ! オホホホホホッ!!」

 「……完全回復みたいだネ、ローザ」

 「何を言ってるかしら、この変態騎士っ。まるで私が落ち込んでたみたいに! そんなことあるわけないでしょう!! さぁっ、お仕事ですわ! このローザ・E・レーリス、今日は気分がいいので、全殺しは無しでいいですわよっ」

 ほっとけばさらなる有頂天に昇りかねないローザに、彼らを囲む不良たちは目をきつくしていた。その中の一人が我慢の限界を超えて怒声を放った。

 「なにチョーシに乗ってんだよ、てめぇら!! ぶっ殺されんのはそっちなんだよ!」

 「あーら、汚いお口ですこと」

 朗らかの笑みのまま、ローザは今までつけてる所を見たことがない指輪をはめた左手を軽く振るった。

 それだけで、怒鳴った男の衣服が燃えあがった。

 「ひぃっ!! あ、熱っ! た、たすけ、あちいぃっ!!!」

 「だ、誰か水!」

 「言ってる場合か! 転がって消せ!!」

 動揺が走る不良たち。さらに二人を取り巻く不良の壁を沿うように炎の壁が一瞬で燃え上がり、さらなる混乱が走る。

 どこの誰か。なんてこの場の全員がわかっている。

 世界の中心に立っているかのような存在感を放つ金髪の魔女は、楽しそうに刑を勝手に下す。我がままに、在るがままに。

 「……決めましたわ。私も鬼ではありませんもの。十分の九殺しでいいでしょう? 友人を連れ去った下郎共に対してこの破格の決断。……優しいでしょう、(わたくし)?」

 炎の中心で開幕を告げる魔女。恐ろしさを感じた人間もいれば、怒りを募らせた者もいる。後者の大半は彼女の本気の目を見なかった者。前者は見てしまった不幸な一部だ。

 その一部に含まれてしまったジャージの少年、宗太は戸惑いながら、混乱していた。

 「な、なんなんだよコレ! あの女の人の能力は……」

 「能力ではないヨ、少年。あれは魔術サ」

 「魔術? オジサンなにいってんだよ」

 なにを言っているのかわからない、というより能力と魔術の違いがわからないと顔に書いてある宗太に近づいていくアルバイン。

 「まぁ、わからくてもいいさ。戦えばわかるからネ」

 「んだよ、オジサンっ。おれに勝てるきなのかよ」

 「コラコラ、少年。お昼頃に負けたのはキミのほうだロ」

 「ッ!! ……あれが、全力と思うなよ! おれにはもっとスゴイ必殺技があるんだからな! オジサンぐらいしゅんさつなんだからな!!」

 バチバチッ、と体から電を纏う宗太。それに頭をかいて困った表情になるアルバイン。

 さすがに騎士。子供は切れないのだろうか?

 「いいだろウ。キミの熱意に負けて、ここは正々堂々戦おうじゃないカ。心が痛むけどネ。騎士道精神に反するかもしれないけどネ……その前にね、少年?」

 「なんだよ、おじさん……」

 「キミは一つ大変な思い違いを、いや、間違いをしていル」

 今までしていた三角巾や包帯を取り外し、魔力を通して無理やりに完治させた右腕で、なにもない空間から剣を一振り、抜き出し、左腕を規則正しい動きをさせて展開させる盾を持つ。

 「ボクはオジサンじゃない……オニイサン、ダ。わかるネ、少年?」

 優しい口調に、口元には笑み。ただし、まるで笑ってない目には、確実に騎士道精神にまさる私怨の色が混じっていた。



 「答えを聞かせてもらうぞ、撫子」

 やわい電灯だけでは拭いきれない夜の闇を迷わず、突き進む進は、さきほどハジに手渡された黒い布を歩きながらに広げる。

 普通の人間なら夏に着ることはない黒のロングコート。

 迷わず袖を通す進は止まらない。

 答えを得るまで、約束を守るまで。

 背中にひっつく黒の大剣、イザナミが震える。

 小さく微弱なその震えは、密着している進にすらわからぬほどのもの。

 何かの予兆を得たかのように、これから起きることへの歓喜を得ているかのように、光すら拒絶する大剣は震える。




 「会えば、あの時の答えがわかるでしょうか」

 場所を変えると言って、腕を引っ張る(まこと)へ問いかける撫子。

 「しらないね。だが、俺の疑問の答えはわかるはずだ」

 答えらしい答えを返さない信。その顔には凶暴な破壊を求める笑みだけがあった。



 答えを求める者たちが集う。

 人の時間にして深夜3時を過ぎた頃。

 その、姿を見ていた。

 XXXXXらは。

 XXXXXらは、見ていただけ。

 それだけ。

 今は。



                                     次話へ



 

 


 お久しぶりです。未だ進歩の兆しがなく、前回の更新から一か月開けてしまった怠け者、桐織 陽でございます。

 色々理由もございますが、まぁ、言いません。

 新番組が始まる季節で、未だ新しい章に入らぬ自分は置いといて……今期の期待はなんといってもドラマ“相棒”な自分であります。


 

 今回はこのあたりで。撫子が抱える問題を見て、彼女が好きな人が減ってしまわないことを願いつつ、ここまで読んでくださった方々に感謝を。

                          

                             

                           桐織 陽より




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