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con-tract  作者: 桐識 陽
4:Con-Tract
24/36

3、雲の間の魔に

この物語はフィクションです。出てくる個人、団体様は架空のものです。



 3、雲の間に魔に



 「どういうことですの、これはっ!!?」

 不条理を訴える美しいソプラノの怒声が、フロア全体を振るわせるほど響き渡った。

 新東京の一角にひっそりとたたずむ5階建てのビル。その三階を間借りしている不動産会社……という肩書で、極東の魔道協会新東京支部はビルと同じようにひっそりと経営されていた。

 魔術という奇跡を扱う存在でありながら、魔術師になりきれなかったために、魔術もろくに残っていない魔道協会の支部でサラリーマンのような生活をするはめになった俺は今日も当然の日常を送るのだろうと思っていた

 半ば左遷に近かったこの場所での仕事も住めば都というやつであった。お客は少なく、オートメーションのように変わりばえのない仕事の連続は私の性に合っていたらしい。

 そんなこんなで受付の係も兼任していた私は、夏の暑さを軽減させるクーラーがかかった部屋で、昼の12時を回ったことを頬づえつきながら目にとめた時、突然に事務所のドアが乱暴に叩かれる音とともに、怒声を叩きつけられたのであった。

 「は、はぁ……」

 「はぁ、じゃありませんわよ! これは一体、どういうことですのと聞いてますのっ!」

 39年間、生きてきたが、こんなことは始めてだった。

 まず、主語や主題を全く提示されない訴えを処理した経験がない。

 そして、こんな美しい少女にいきなり怒声を受けたことも、出会ったこともなかった。

 思わず年甲斐もなく、自分よりも十以上離れているであろう少女に見惚れる。

 美術品でも見ている様な精巧に調った顔立ちに、モデルの如き肢体と白い肌に、つばをゴクリと飲み込み、自然と舐めまわすように見てしまう。

 特にその視線すら気にせず、翠玉(エメラルド)の瞳を怒りに煌かせこちらを睨みつけてくる。腰まで伸びるウェーブのかかった白金(プラチナ)色の髪を払う。その仕草でも一瞬、仕事を忘れてしまったほどの美しさだ。

 となりの窓口に座る同年代の女性社員が咳払いしてくれたおかげで意識をとり戻した俺は、作り笑いとマニュアル通りの挨拶をおこなう。

 「いらっしゃいませ。お客様、今日はどういった御用件で?」

 「どうもこうもありませんわっ! 依頼達成の報酬金額が半額って、どういうことですのっ!!」

 「え、えぇと……」

 上記のことを再確認するようだが、ここは一応不動産会社という肩書でやっている。そのため、魔道協会関係の案件には合い言葉があるはずなのだ。怒りのあまり彼女は忘れてしまっているだろうが、規則は規則だ。

 「不動産関係で?」

 「……馬鹿にしてますの?」

 どうしろってンダ! 横眼で助けを求めるが、仲間であるはずの同僚連中は見て見ぬふりを決め始めた。

 俺は仕方なく、おそるおそる尋ねる。

 「……あの、合い言葉……」

 「……ぁあ。ありましたわね、そんなの。極東のは知りませんわ。でも、これではダメかしら?」

 出されたのは、ラミネート加工された一枚のカード。これは……

 (これは、ライセンス・カードっ!?)

 ライセンス・カードとは、魔道協会が発行している独自の身分証明とは全く別の、協会指定の実力派実戦魔術師に与えられる称号の証明書である。

 このライセンスは年会費を払えばいいとかではなく、魔道協会が指定する条件をクリアし、なお且つ実績を残した者に与えられる強者の証。

 その条件は協会が斡旋する難易度Sクラスの危険な仕事を30回以上、かつ魔道協会に所属する“魔法”使いの査定と試験をクリアし得られるという厳しい条件を経て得られる“魔道協会が縛っておいておきたい有能な魔術師”として認められる。

 俺の驚きと共に声を無くした。彼女の見た目の若さから考えられなかったためではなく、この若さで、ベテランでも忌避する地獄のような仕事を何十回とおこなったことが信じられなかった。声を無くしたのはある種の恐怖をこの少女から感じてしまっていたからだ。

 「で? いいんですの?」

 ハッ、と再び現実に引き戻され、顔をあげると腕組みして怒りに震える彼女がいた。

 俺は「はいぃっ、ただいまっ!?」と急いでキーボードを叩き、ライセンスから登録情報を引き出す。この時代魔術師もパソコンを扱う時代である。

 表示された情報は偽造のモノではないことの証明した。俺は早々と仕事歴の欄へとクリック。ズラッと表示された羅列の一番上、最近の情報を引き出す。そこには……

 「……あぁ……“魔本回収”ですかね?」

 「ええ、それで間違いありませんわ」

 「は、い……」

 俺は度肝を抜かれていた。情報には魔本回収とあり、その注意事項の欄に“機密”の二文字が点滅していた。つまりこれはかなりの極秘な仕事。もしくは魔道協会が彼女に、個人的に依頼した案件ということだ。

 そんな重要機密。なぜか、ダブルクリックで情報が展開されたことが一番、驚いたのだが……

 「え?」

 なによりも、情報内容の注意事項に度肝を抜かれた。 

 「なにかありましたの?」

 言わなきゃだめか? ……ダメだろうな。

 俺は覚悟と咳払いを決めて、声を整える。

 「え~、支払いに関する記載欄に“回収された対象に不備あり――――ていうか、魔本がちょーボロボロだしぃ。河原に落ちてるエロ本かよぉ~。つーか、剣あったでしょ、魔剣(けん)。セットじゃなきゃ、や! ダメだよぉ、もう! はぁ~、ダメだな、ローザちゃん。もぉ、ほんとダメじゃん。おじちゃん、ガッカリ。ほんと、ガッカリコーン。ぅ~ん、49点!”。だ、そグェエェっ!!?」

 「なぁんですってぇぇーーっ!!! もういっぺん言ってみなさいなっ!?」

 「そ、そう書いてあるだグェェェッ!!?」

 俺が真面目に記載欄を読んでしまったがために、人生で初めて美少女から首を絞めつけられた。

 美少女の表情はまさに怒れる悪鬼。個人情報欄の専門魔術に“錬金術”とあったが、きっと強化系の魔術も得意のはずだ。だって首を絞める力が強すぎィィィィグァァァっ!!

 「あんのぉ、タヌキジジイィ!! 人がどんな思いして回収したかもしらずにぃ! しかも魔剣のことを始めから知っていた上に、勝手に配点してくさりやがって、49点!? 後一点で50点じゃありませんの! こんちくしょぉぉ!!」

 気にするところ、そこぉぉ!? と苦しむ中で声にならないツッコミを入れた直後に首絞めから解放されたが、バァンッ! と受付のデスクから身を乗り出してきた彼女の阿修羅の如き顔が迫ってきて、ヒィッ!? と悲鳴をあげた。

 彼女の常軌を超えた激怒に、それなりに実力があるはずの魔術師たちである同僚たちも一歩、引いて怯えている。誰か、助けてよ!!

 「本部に繋いでちょうだい!! タヌキジジイを出せと、“ローザ・E・レーリス”が言ってる、そう言えばつながりますから、さぁっ!!」

 「ローザ・E・レーリス様ですとっ!?」

 このオフィスの一番奥。社長室と呼ばれる部屋のドアがいきなり開かれる。そこから現れたのは事務所の社長と呼ばれる室長。この支部一の実力をもつ存在が彼女の名を聞いただけで飛び出してきた。

 今までめんどくさいクレーマーだと思い、無視ししていたのだろう。だが、実際は大物だったらしく。その表情は困惑と焦りに満ちている。

 「この支部の長様かしら? 少しお騒がせしていますわ」

 「少し?」

 「なにかっ?」

 「いえ、なんでも」 

 「御用件の方は私がお伺いしましょう。君、案内して差し上げて」

 君と呼ばれた俺は、こちらです、と彼女に呼び掛ける。

 彼女はそれに戸惑いを見せた。

 「……申し訳ないのですが、連れを待たせていますの」

 「そうですか……実はお話を伺うのと、もうひとつお耳に入れておきたい情報があったのですが……それでは致し方ありません。明日、正式に魔術がらみの事件として本部へ報告する予定だった案件の情報だったのですが……」

 なぜか、室長は最後の部分を強調させた。

 「ぜひ、お伺いしますわ!」

 え? 反応が違くない? うれしそうに笑顔になっている彼女へ俺は注意を促す程度の声をかけてやる。

 「ですが、お連れがいらっしゃるはずでは……」

 「あんな奴、連れでもなんでもありませんわ」

 俺は、連れの人に一瞬心の中で合掌して、仕事の顔に戻る。

 「……そうですか。では、こちらへどうぞ」

 「ええ」

 俺は人の良さそうな笑みをした社長が背を向けた瞬間にニヤリと笑ったのを目視した。このド田舎支部を何年間も存続させてきた人なのだ。やり手の彼からしてみれば、金にうるさい小娘など操りやすい、ということか……

 俺は頼まれた通りに、案内をする。その途中、彼女は単刀直入に、この場の全員に聞こえる様に社長へ尋ねる。

 「で、どのような話なのかしら?」

 社長はその言葉に立ち止まる。ゆっくりと振り返った彼は重々しく口を開く。

 「――――“通信販売”に、ついてのお話を、少々ですかな」

 俺は言葉を聞いて、なぜか外へと目を向けた。

 照りつける日差しはまさにレーザー。熱波はゆらめき、太陽は絶好調。

 もし、彼女の待ち人が外で待っているとしたら、さぞかし地獄だろうなと簡素に思った。

 まぁ、普通はどこかのカフェにでも待っているはずさ。まさか、馬鹿正直にこの真夏の炎天下で立ち尽くしている馬鹿はいまい。

 

 

 視点変更 1



 別に、行き先などなかった。

 ガヤガヤ、と耳障りな街の雑踏にもまれながら、ただ歩く。

 下向きな視線を少し上げれば、視界に映るのは平和な日常。

 友人とたわいない会話で笑い合う者たち。

 夏の暑い熱気にも負けずに買い物を楽しむ夫婦。

 俺と同じように一人で人ごみを必死に避けて歩く青年。

 ショーウィンドに展示された商品を憧れる様に覗き込む女性。

 何かを諦めたかのように溜息を吐く中年男性。

 夏休みシーズンを、それぞれの在り方で過ごす彼ら。それをまるで傍観者のように見る俺は、唐突に訪れた肩への衝撃に一度立ち止まり、意識を向けたが……どうでもいいか、と再び歩き出した。

 「チョイ、待てよ。オイッ!!」

 歩き出した俺の肩を握りしめ、振り返えらそうとする力を俺はとりあえず受けておいた。振り返った場所には、頭を赤く染め上げた俺よりも年上に見える男が顔を歪ませて立っていた。 

 「テメっ、ぶつかっておいてなんだよ、おうっ? 謝罪しろよ、謝罪」

 俺の顔面スレスレで怒鳴るために、男が吐き出したツバが顔に飛び散る。男は謝罪を求めているようだが、俺は「あぁ」と端的に“謝り”、再びあてのない散歩を再会しようとした。

 「てめ、ちょーしこいてんじゃねぇぞ!!」

 謝っただけではいけないらしい。……当たり前か。俺が知る地方ではこれだけでは済まない。肩がぶつかれば、命を要求された。命だけならいいが、次に肉親を強姦(やら)させろと強要されることが当たり前であった。

 「今から、俺ら遊びに行くんだよね。だからさ……金、おいてけよ。金」

 やたらと親指を振る。それが気になり見たが、うしろに三名ほどの同じような背格好の男たちが下卑た笑いをしながらこちらを見ていた。

 それにしても……金か。そういえば、最近は襲撃してくるバカ共はこないし、アイツが変なことやらかさないから、無駄な出費はほとんどない。

 (いや、違ぇな。くくくっ、そういや“居ない”んだったな……)

 「なに笑ってんだよ、きしぇって。ほら、慰謝料。ぅわっ、マジ痛って~。ほんと、もげちゃう。……だから、早く出せよっ! おい!」

 でたらめにワー、ワーと騒ぐコイツのせいで、かなりの人間がこちらを見てきた。だが、観るだけ、観て自分と関係ないとわかると、すぐさま目を逸らして自分たちの日常へと戻っていく。

 ……別に当たり前のことだ。人間皆、自分が可愛い。いや、自分たちの日常を守るための反射だともいえる。その動物並みの危険判断を下して、何事もないかのように通り過ぎ、無感動に別の話題に切り替えて流れていく目撃者たち。

 それでいい。この場合、正解だ。下手に正義感だして助けてくれて、怪我でもさせたら後味が悪い。

 俺も適当な所で、逃げだす算段を建てているところだし――――

 「――――ぁっと、キミさ。彼女とか居る? マジ最近、カノジョと別れちゃってさ~。俺らさびしくってさ。……性欲を持てあましてるから、俺らにくれ――――」

 


 街の雑踏が激しくなり始めた新東京の歩道から、突然一人の男がフッ、と姿を消した。

 


 それに周囲の人間も気がつかなかった。人の往来が激しくなり始めたせいか、彼を見ていたはずの仲間たちにも“運良く”見えなかったようだ。

 俺は、何事もなく再びあてのない歩みを始める。

 今日はどこに行こうか。気晴らしにゲーム屋でも回ってみようか。それとも飯が美味い店探しでもいいか。

 俺を追う気配はない。先ほどの男が連れていた仲間たちも、突然消えてしまった友人をさがしているのだろう。

 ……どうでもいいか。

 そう判断し、何事もなく歩みを進める俺の背後から、肉を強くアスファルトに叩きつけたような衝撃音。

 「っ、キィアアアアアっ!?」

 「な、なんだ?」

 「上から人が降ってきたぞっ!?」

 「ぁッ!? ツっ君!? 何で、どうしたんだよ、一体!?」

 たぶん、完全に顎が砕かれ、血反吐を吐き散らした瀕死の男でもふってきたのだろう。

 今度は、周りの奴らも無感動ではいられなかったらしい。

 ――――まぁ、どうでもいい。

 どうして、俺が逃げずに、あんなマネをしたのかも……どうでも、いいことの、はずだ。



 視点変更 2



 「キミを信じたボクがバカだったヨ」

 短い方の針が一時を指し始めた真夏の昼下がりの殺人的な熱い太陽の日差しを浴びながら、僕はジト目で「手短に終わらせますので、待っていて」と言ったはずの錬金術師の少女を睨んだ。

 対する彼女は、ローザ・E・レーリスは全く罪を感じていないらしく、平然と逆に睨み返してきた。

 「まったく、最近の騎士は根性がないのかしら? ちょっと待たされたくらいで女子を睨むなんて態度がなっていないのではなくて?」

 「この炎天下の中を、一時間も待たせた人間に対する態度ではあるとは思わないカ?」

 「どこか喫茶店ででも時間を潰せばよかったではありませんの?」

 「……その間に君が戻っていたら、キミはきっと怒るだろウ?」

 「当たり前ですわ」

 なんだ、この理不尽の塊は。

 「……キミ、携帯を買う気はないのかイ?」

 「……あんな高級品を買うわけないでしょう? ……なにより買えるわけないでしょう。もう一度言わしていただきますわ、無理に決まってるでしょう? やっぱりも……」

 「……もう、いいヨ。わかったから、もう言わないかラ」

 開き直った……いや、元から謝る気なんてないのだと気がつくのが遅すぎた僕は改めて、ローザの背格好を見つめる。

 見た目は、大財閥のお嬢様に見えてしまう金髪美少女なのだが、実は彼女かなりの借金を背負っているらしい。

 借金と言ってもどこから借り受けたという訳ではない。金銭的な支援を無償でしてくれていた身元引受人ともいうべき方がおり、その人が払ってくれたお金を少しずつでも返済するべく頑張っているらしいのだ、と最近知らせてくれた人がいた。

 それに彼女の魔術は材料費などにかなりお金がかかる。

 その他いろいろな必要経費が財布から消え去るために、彼女の懐はいつでもさみしい状態なのだ。

 花盛りな世代であるはずの女子高校生が、毎日のファッションの大半が学生服だという時点で、他人の僕から見ても泣けてくるぐらいだ。ちなみに今日も学生服だ。

 「……なんですの? その憐れみの視線」

 「いや、なんでもないヨ。服の一枚でも買ってあげようカ?」

 「いりませんわよ! だれが、他人の憐れみを受け取るものですか!」

 このプライドの高さがなければ、もっと上手く生きれるものを……

 いや、それよりも、だ。

 「それより一体なにがあったんだイ? 数分間で残りの半額をむしり取るんじゃなかっタ?」

 「むしり……いえ、お互いの納得ができる交渉は、本社からの返答待ちということになりましたわ……あのクソジジイめ」

 「え? クソ……?」

 「それはいいんですの! 思い出しただけでもムカつきますわ。――――それよりも、いいお金になる話をいただきましたのよ。オホホホホッ」

 ローザの目があやしく煌く。まるで目玉がコインになったかのようだ。

 僕はそんなあまりに金に飛びつくハイエナの如きオーラを出す彼女から、顔を強張らせつつ一歩退いた。

 嫌な予感がする。

 「では、行きましょうか、アルバイン?」

 「断ル!」

 僕は逃げるように急いで振り返り、ダッシュ――――

 ――――しようとした瞬間に、こちらの右腕が……三角巾で肩からぶら下げられた包体が巻かれた右腕がローザの五指に把持され、強く握り“捻じられた”。

 「ッ、#%&$&’%’’’%ッァァァァァァァっ!!!!???」

 固定材を最小限まで抑えていたため防御力が薄い場所を重点的に捻られ、激痛が生じる。言葉にならぬ悲鳴をあげて、膝をついて涙を堪える。痛いっ! 痛ってっぇ!!? ダメだ、泣く!!

 「あらあら、痛そうですわねぇ……さぁ~て、もっと捻じれれるかしら、コレ」

 未だ骨折している僕の腕を握りしめ、陰湿な笑みで見下してくるローザが怖い。

 「イアタッタタタッ!! ヤメロォ!! ヤメテくださイ!! ヤメテ、お願いしまス、この最低おんナァァァァァアァッ!!?」

 「まぁまぁ。なんて汚い口の聞き方なのかしら、この騎士殿はぁ!」

 さらに強く握りしめるローザ。

 太陽光が原因の汗とは別に、冷たい汗が全身から噴き出してきた。

 だが、僕も騎士のはしくれ。このぐらいの拷問程度では負けられない!

 「――――そういえば、最近どこぞの騎士が、あろうことか私が動けない状況であることをいいことに下着を、下着を無理やりみてきたことがありましたわねぇ~」

 「!? そ、それは誤解ダ! あれは、事故だったろウ!?」

 「いいこと教えてあげますわ、騎士殿。……事実なんて、ねつ造できますのよ、ォオホッホホホ!!」

 悪だ。ここに打つべき悪がいる。

 だが、ローザのことだ……もしかしたら本部に手紙で送りつけるとか平気でやる可能性が高すぎる!

 浮かぶ未来は、同僚からの痛い視線と、妹からあびせかけられる辛辣な罵倒と嫌悪。そして、騎士団にいる親友から送られてくる規制本の数が増えること、など。

 数秒間の苦渋の末に、取った選択は――――

 「――――ぜひ、協力させてくださイ」

 これしかなかった。選択肢などなかった。

 すまぬ、妹よ。なさけなきお前の兄は、現在……都会の真ん中で魔女に土下座している。

 そんな魔女は高らかに笑う。

 「そうですわ。始めからそうしていればよかったのです……さ、行きますわよ」

 「ちょ、ちょっと待ってくレ」

 人質に取られていた我が右腕を解放し、人心を導く女神のごとく先頭をあるこうとするローザを僕は引き止めた。

 「なんですの? 行き先やれ、内容やらは歩きながら話しますわよ」

 「違うヨ。キミたちの学校は今日、登校日じゃなかったのカ?」

 登校日。この単語を聞いたローザは一瞬で表情を俯かせて、小さく呟く。

 「……だって、あの子になんて言葉をかけていいのかわからないんですもの……」

 「…………」

 僕は黙って彼女を見た。

 魔術の世界においてローザは有名な存在だ。若く、美しい、期待の魔術師。たぐいまれなる才能と、実力で周囲の人間すべてから一目と嫉妬を向けている。

 僕は魔術師の対抗勢力であると言ってもいい騎士団の人間として、一時期彼女を敵視しかしていなかった。それにはキチンとした理由もあったのだが、今は撫子の言う通り、違う彼女の側面を見て、好意を抱いているとはいえ、僕の中で彼女は気高い錬金術師であった。

 そんな彼女が、今、迷える友人にかける言葉がないだけで悩み、困惑している。

 彼女のこんな弱弱しい一面は僕に不思議な感情を抱かせる。悪い意味ではなく、むしろ……

 (……いや、落ちつけよアルバイン。僕じゃないだロ? 彼女が今見ているのは“彼”だ)

 そう自分に言い聞かせ、頭を数回横に振って、頭を切り替えた。

 近いうちに彼女は、自分の中に芽生えつつある感情に気がつくだろう。

 ――――僕はローザを応援しようと思う。どんな結果になろうとも、一人の“友人”としてフォローすることで、新たな一面が見れるはずさ。

 「……そうカ。なら、早くその仕事とやらを終わらせよウ」

 「え?」

 「早く終わらせて、撫子がどうやったら帰ってくるか、考えようじゃないカ?」

 「……べつに、貴方と考えなくたって……」

 「でも、キミ思いつかないんだろウ?」

 「グっ!?」

 「協力させてほしいナ。……それぐらいならいいじゃないカ」

 そう言うと、生意気だ、と足を蹴りつけられた。

 アハハと笑う僕は、同時に意地汚く思う。

 互いに悩みを打ち明け、解決する仲になったら……僕が本当に堕ちてしまった時は……キミが……。

 そんな、甘い考えを振り払うように空を見上げた。

 さすがにそれは贅沢かな……と思って。



 視点変更 3



 「なぁ? 撫子。ローザは今日こないのか?」

 上地(かみじ) 智子(ともこ)と大きくゼッケンに本人証明がかかれた体操服を着ている私が、まるで“昔”に戻ってしまったかのような友人に問いかけた。

 「…………えっ? なんです?」

 一拍、二拍の間をおいてやっと我に返ったかのように反応した友人、九重(ここのえ) 撫子(なでしこ)を、私はできる限り疑いの眼差しで見た。

 「ローザだよ。撫子と一緒のところに住んでるんだろう? 一緒にこなかったのかよ」

 我が高校伝統とも言える夏休みの中間日におこなわれる校内清掃が始まっても、あの目立つ美少女の姿がない。いつもならば、登校時に合流して一緒に正門をくぐるのだが、私は朝から陸上部の朝練習から参加していたため、始めからローザの姿を確認できなかったのだ。

 私のなにげない問いかけに撫子は、目を逸らして躊躇うように口を開いた。

 「わ、私は、その……最近、家にいなくて……ローザとも二週間くらい……会ってなくて」

 「え、そんなに? どうかしたの、撫子?」

 私たちの会話に掃除しながら聞き耳立てていたクラスメイトたちも視線を交わしてヒソヒソと小声で会話を始めた。そんな奴らをけん制するように咳払いした私は、少し距離を取って問いつめる。

 「なにか、あったの?」

 「ち、違うんです。……でも、あったような、ないような」

 「?」

 歯切れが悪い撫子。私はもしかしたら――――

 「もしかして、シンさんに何かされた!?」

 ドヤぁ!

 っと、割り込んできたフワフワした長い髪を引きつれた、見た目だけはいいとこのお嬢様が現れた。

 「な、なんだってーーーー!!?」

 by クラスメイト一同。

 「おい、優子! なに騒ぎにしてんだ!」

 「だって~、おも……(いな)! 撫子ちゃんの元気がないと言ったら、シンさんしかないじゃない!」

 そうと決まった訳じゃ……、といいかけて周囲のざわめきに目をむけると、数名が「誰だ、シンって!」とか、「隣のクラスの新道(しんどう)じゃねっ?」やら、「あの野郎って、アイツ彼女もちじゃね?」となり「血祭りじゃぁ! 我らが天使に手を出した報いを与えるんじゃ!」なんと数名の男子と女子がゾロゾロと出ていき、「な、なんだお前ら!? 僕はこれからデートの約束が……ギャァァァァァァっ!!?」という無実な男子生徒が犠牲になった。そして、「むっ!? 隊長ぉ!? これを見てください! 生徒手帳の中にこんなものが」ざわざわして、「こ、これはガチムチ系全裸ウホォッいい男的な写真!! こいつ****であったか……うむ、無実!!」「「「「うムっ! 無実!」」」」と頷き合い撤収、「新道君!! 私のことは遊びだったのね!? ヒドイ!! 最低!!! この爽やかぶった腹筋割れてるナイスガイ!!」と付き合っていたであろう女子生徒の捨てゼリフと、「違うんだ、丸子ちゃぁぁぁっん! 少し心が揺らいでしまっただけで……、気の迷いが産んだだけだったんだぁ!!」と叫び、彼女を追いかけて行った無実な上に衝撃の気の迷いを暴露された可哀想な新道君……の悲恋が描かれるまでに至ったショートストーリーが誤解から生み出されてしまった。

 生み出した等の本人は――――

 「うん、悲しい事件だったね(笑)」

 「笑うんじゃないよ」 

 手にした(ほうき)で、この愉快犯を小突いた。

 コイツの名前は、星野(ほしの) 優子(ゆうこ)。私たちの友人なのだが、噂を広めるのと、作るのが趣味の……たちの悪いが美少女だ。

 「痛いよぉ! トモちゃん!」

 「やかましいよ。どうするんだ、善良な少年が不幸に巻き込まれたぞ」

 「う~ん、私、浮気する人が悪いと思うんだけど?」

 全くの正論なのだが、彼の高校生活およびこれからの人生に多大なダメージを負わせたことはたしかだ。

 いや、それよりも……

 「…………」

 そんな賑やかな騒ぎ? にすら撫子は無反応。ただただ箒で教室の清掃に勤しんでいる、ように見える。

 「ありゃりゃ、(うわ)の空だね」

 少し明るげに言葉にしたつもりなのだろうが、優子の目は心配色で染め上げられている。

 私たちが撫子と深いつながりを得たのは数か月前。時間にしてみれば、浅い方なのだろう。

 そんな少し前まで、撫子は完璧淑女と呼ばれていた。

 才色兼備、品行方正な美少女で、外国人のような亜麻色の髪に男子生徒のみならず女子生徒も一度は彼女に見惚れ、嫉妬の感情を持ったものだった。

 私や、たぶん優子もその例に漏れず、彼女は別世界の生き物なのだと区別していた。

 そんな彼女とここまでの関係になれたのは、数か月前に起きた失敗から――――

 「撫子ちゃん、今日はどうしたんだろうね?」

 「……さっき、お前が言ってたじゃないか。シンさんじゃないかって」

 「そうだけど~。……なんかいつもと違うような」

 別に撫子が進のことで悩んでいることなど日常茶飯事でもあるのだ。

 昼休みや、帰り道などで、撫子は常にぼやいていた。ドアがいつも彼のせいで壊れるやら、へやの掃除が大変とか、ではあったが、それなりに撫子は進の話題を出しては、悩みのような愚痴を私たちに垂らす。それに私たちは茶々をいれながら、彼女に答えを返していた。

 だが、今日は普段とはまったく違うらしい。

 「トモちゃん、どうする?」

 「どうもしないよ。撫子が話したくないなら、それでいいよ」

 そう優子には言った。が、正直言えばすぐさま撫子に詰め寄り、聞きだしてしまいたい。

 その悩みを聞きだし、すぐさま答えを出して“私たち”の撫子に戻してやりたい。

 けれど、彼女自身が抱える問題は果たして……

 (撫子の悩みを、私たちが解決できなかったら……)

 不意に襲いきた不安の影。それを振り払うように、“優子”の背中をバシンッ、と叩く。

 「っ痛い!? なにすんの、トモちゃん!」

 「いいから、掃除だよ、掃除! とっととやってローザを探すよ!」

 まずは情報集めだ、と自分に“嘘”をついて、掃除に没頭する。

 今は集中して、無心になりたい。

 でなければ、わかってしまう。私があの時、彼女を見捨ててしまった自分と大差ないことに。

 

 

 視点変更 4



 子供っぽい逃避だ、ということはわかっているつもりだ。

 「……ここですわね」

 (わたくし)、ローザ・E・レーリスが片腕が折れた騎士をお供に、やってきた場所は、人気の少ない新東京都の繁華街から離れたビルが雑居する地区。天気も徐徐に悪くなり、太陽の光が届かぬ暗雲が頭上に満ち始めているために、薄暗い。

 そんな陰気な空気が流れるビルとビルの間。天気は悪くとも平日の昼間にしては人通りが少ない道のど真ん中で私はしゃがみ込み、アスファルトの地面に掌をつける。

 「一体、なにをしているんだイ?」

 「静かにしてなさい」

 そう完璧に拒絶すると、お供の騎士アルバインは拗ねたように黙った。

 それでいい、と胸中で呟き、地面へと集中を向けて、目を閉じる。

 集中、という行為に連想されるイメージを、体へと直結させ、自分自身へ取り入れる“行動”を取る。

 行動は体を動かす意味であるのが常識だ。だが、今から私がおこなう“行動”はすべて頭のなかのイメージであり、実際体を動かす必要はない。

 必要なのは行動を頭の中で示し、それをおこなおうとする中枢神経からの命令。

 そして――――

 目を閉じているために直接は見えないが、私を中心に緑色の光彩を秘めた光子(フォトン)状のモノが周囲に展開され始めているはずだ。

 「……ヘェ」

 アルバインが以外そうな声を出した。

 私が発動している術式は、対象物の残留記憶を情報記憶へと変換し、それを術者が読みとる簡易術式だ。

 比較的基礎的な魔術ではあるが、無機物の記憶を読むというのは難しく、範囲をできる限り狭めねば、大量の情報量に精神的にダメージを受けてしまうために、精緻なコントロールが必須になる。

 情報化された地形の過去が思念体となって脳へと直接響く。必要な分だけ情報を区分けするのは難しい。だが、そうしなければ過多の情報量に脳が焼き切れてしまう。なので大抵の術者は知覚する情報を音声認識程度にすませる。それは映像として脳に入力するよりはるかに負担が少ないためだ。

 今、私が調べるべきことは、たった一つ。その残子の“感覚”を得られればよい。その感覚を得るのに十秒もかからなかった。顔をあげて、目を開き、一瞬でも世界の情報を得たために起こる虚脱感を振り払うように頭を振った。

 ただし、この術式は錬金術ではない。アルバインが以外と感じたのはこのためだろう。

 基本、魔術師は自信が属する一系統の魔術体系のみを使用する。それは己の魔術に対するプライドもさることながら、毛色の違う複数の概念を扱うことで術式の混雑がおこり、展開した魔術に悪影響を与える傾向が強いためでもある。

 「キミが錬金術以外を使うと不思議な気持ちになるヨ」

 私の予想は当たっていたようだ。なので私は不機嫌になる。

 「……どうせ、下手くそですわよ」

 なぜ不機嫌になったのかわからないのだろう。アルバインは非常に理解に苦しむように口を開いた。

 「え? いや、綺麗だったよ。光がファ~ッてなってサ。見たことのない術だネ。どこの系統なんだイ?」

 「さぁ?」

 「さぁ? ってなんだヨ」

 「私もしりませんの。私が小さい頃に森で出会った男が教えてくれた術式ですから。……彼はあの光を出さずに瞬時に情報をとれましたのに……私はまったくあのようにはできませんでしたの!」

 「なっ、なんで怒るんだイ?」

 騎士である貴方には解らないでしょうね。上手くも使えない術式を他人に見せることで恥ずかしさを感じてしまう魔術師の羞恥心などは。あの男は褒めてくれたが、自分より上手く使える奴に慰められても腹が立つだけだった。

 ……まぁ、いい。今は情報から得た結果について考えることにしよう。

 「この話はもう終わりですわ。それに、まず困りましたわ」

 「そろそろ、なにが起きているのか教えてくれないかイ?」

 そういえば、教えていなかったな。機嫌が悪そうなアルバインに私は“丁寧”に答えた。

 「二週間前から多発し始めた事件は御存じ?」

 「え? あぁ、アレかイ。通り魔が出ているって言うやつカ」

 「その現場の一つがここですの」

 通り魔事件。夜に街を歩く人間が狙われているという現在進行形の事件で、その現場には大きくメッセージが残されているというもので、二週間前に起きた始めとされる事件から数日の間を開けて、人が襲われる、というものだ。

 ただ、警察はメッセージに関しては完全な非公開を決め込んでおり、未だに解決の目処がたたない警察に対して、被害者家族および新東京都の住民からは情報公開がたびたび叫ばれているらしい。幾度か、警察関係者に直接のインタビューがおこなわれているが、なんと捜査員にすらそのメッセージを見た者がいない、もしくは知らされていないようで、逆に警察上層部への不満が中継されてしまったこともあったほどだ。

 「でも、それがどうかしたのかイ?」

 実際、なんの関係もない事件だ。

 いや、であった、だ。

 先ほどまで。魔道協会支部の所長から聞いた“おいしい話”を耳にするまでは。

 「さきほど、魔道協会の支部で“小言”を聞きましたの。この事件になんらかの魔術関連の力が関わっているのではないか、と」

 魔術師および魔術に関連する全ての事柄の調停機関を名乗る魔道協会。その業務内容は、簡単に言ってしまえば、魔道という名の外道に関わる存在の統括管理である。

 始めは魔道の叡智を集めて、保存する図書館としての目的で設立されたらしいが、現在では仕事斡旋所の意味合いが非常に濃い。

 だが、通常の業務内容まで変わったわけではない。統括管理、言ってしまえば、魔術師の暴走を許さず徹底的に管理する業務は今も続けれている。 

 魔の叡智は秘匿すべきである、という暗黙のルールを破ろうとする者は、いつの時代であろうといなくなることはない。それは、自分たちが苦労して得た神秘の力を試したい、発動させたという欲望がやはり我々にはあるからだろう。ただ魔術師として正しいその主張は、何も知らない一般人の世界には害でしかない。

 その害から“無力”な一般人を守るため、なにより我々魔術師の迫害の歴史を再び起こさぬために魔道協会は全力で“害”を排除、もしくは力を奪う。そうやって魔道という人に知られつつも、あることを否定される(すべ)を千年以上に渡って管理してきた機関なのである。

 昔は専門の対処部隊があったらしいが、現在は魔術師たちの“ガズ抜き”の意味合いも含めて、仕事として応募を募って対処している。

 しかし、実際に討伐の仕事は少ない。一年に一人、それぐらいだ。なので高報酬になりやすい討伐の仕事は受注する側の争奪戦になる場合も多いのだ。希望者が多い場合は死人がでる覚悟で協会側も目標の首や身柄の受け渡しで成功報酬を支払う“狩り”と呼ばれれる仕事内容にして受注するのが常だ。

 だが、事件に魔術的な関わりがあるか、ないかを調べる過程で情報が漏れ出ることもあったりする。今回の場合もそうだ。支部長が私に話してくれたのは、この通り魔事件が魔術関連対象事件になる可能性があるという事前情報だったのだ。

 これは一獲千金のチャンスである。支部長の話では後数日で事件は認められるだろうという話であり、仕事が受注されるまでに犯人を逮捕、そして公式に仕事が出回った瞬間に差し出せれば……

 なんという幸運。どこぞのジジイにはめられた可哀想な私に天が恵みを下さったに違いない。

 こんないい話を聞いたというのに、アルバインは渋い顔になっている。 

 「なんですの、その顔は?」

 「それは違法……いやズルなんじゃないかと思ってネ」

 「ズル? 何を言ってますのアルバイン。魔術師に公的な法なんてありませんのよぉッホッホッホ!」

 「……まぁ、いいサ。で? なにかわかったのかイ?」

 「なにも」

 「……なんだっテ?」

 「私にもわかりませんわよ」

 先ほどの探査術式に限定して採取させた情報は“この場で発動された魔術の残子、および痕跡”であった。あの術式は発動が簡易であるのに対し、非常に優れた探査が可能であるメリットがある。数週間前程度であればこの場所に足をつけた者の人数すら調べることができるほどだ(だからこそ、私にこの術式を教えた男の技量が高いことがわかってしまう)。そのため発動された術式などすぐにわかる。

 ――――と、思っていたのだが。

 「まったく残子の欠片もありませんの。魔術とは世界の理を捻じ曲げて事象となる現象、つまり非常に世界に貯まりやすい歪みですわ。たとえ、非常に発動と消去が上手かったとしても痕跡はかならず残ってしまうはずですのに……」

 「……まさか、“魔法使い”が犯人とカ?」

 アルバインが冗談を言った。本当に冗談だ。それもムカつくレベルの。

 「あるはずないでしょう。私たち魔術師の上位、魔術が起こす歪みを一切起こさずに奇跡を引き起こす彼らがこんな事件を――――」

 ――――言ってて思う。起こすかもしれない。世界の指の数にも満たないと言われている魔法使い。偉大なる賢人(グランド・メイガス)と呼ばれる彼らの内、二人だけだが知っている。

 私の給料を半額にしたジジイ――――現魔道協会会長。そして、もう一人は――――思い出すのも、口にすることもしたくないアイツ。

 アイツはともかく、あの破天荒ジジイの性格を基準に考えるとあり得なくもないとも感じてしまう。身寄りのないとある教会に預けられている子供の笑顔一つのために魔法を使い、空から(あめ)の代りに飴玉(アメ)を降らせて大問題を引き起こした前科を持っている。

 ――――でも。それでも。

 「――――ないでしょ、たぶん?」

 「なんで、そんなに自信がないんダ?」

 「う、うるさいですの! そ、それに魔法使いが動いたのなら魔術世界は大パニックでしょう!?」

 「それもそうだネ。そんな情報は騎士団からも入ってきてなイ。なら誰が、ということになるネ。本当に魔術の形跡はないのかイ?」

 「ないと言っているでしょう? ただ魔力の痕跡があるだけですわ」

 「あるじゃないカ」

 「いえ、魔力が放たれた痕跡があるだけで、術として発動はされていませんわ。それに、この程度では事象としては不完全。法則を捻じ曲げるだけの力ではないでしょう」

 「なら魔剣のような武器はどうだイ?」

 「魔具が関わっているならもっと濃い呪詛のような感じが残るんですの。これでは凶器にはなりえません」

 警察は口止めしているが、今回の事件にはもう一つ共通点がある。

 魔道協会が独自のルートで調べた情報からわかった奇妙な共通点。

 それは、襲われた人間がどれも“違う形で襲われたこと”と、ナイフの様な武器での怪我は一切なく、まるで“魔法”のようなやり方で襲われたことだ。

 水に襲われ、溺れた。火が衣服からいきなり点火した。口から出た電気を浴びせられた。風が頬を切ったなど、一般人が聞けば襲われたショックによる一時的な幻覚で終わってしまう様な証言の数々が被害者たちの口から出たらしい。

 警察も証言を控えさせるはずだ。そんな話、私たちのような存在以外、誰が信じるというのだ。

 魔術を実行した犯人を除いては。

 「まぁ、わからないことがあれば」

 「……聞けばいいカ。なにせ、当事者である犯人が一番真実を知っているのは当たり前なんだかラ」

 私たちが振り向く。その目の先には、二人の男女。細長い体をし、長い髪を整えもせずただだらりと垂らす女と、ジャージ上下の子供は私たちを見てニヤリと笑う。

 敵意むき出しの彼らに対して、挨拶の言葉はいらないだろう。

 ただ一言あるとすれば。

 「聞かせてもらいますわよ……その体に」

 両者は言葉を始まりに駆け出す。人気(ひとけ)の少ないビルとビルの狭間で始まりの鐘は鳴る。

 空には雲がかかり始めていた。



 視点変更 5



 「で? アンタらは今日何の用なんだよ?」

 目の前に座る青年は非常に不機嫌そうに単刀直入に聞いてくる。

 僕の名前は金田一(きんだいち) 次郎(じろう)。会う人々全員に高校生と間違われる童顔ある僕の額からは、夏の暑さとは関係なく、滝のように汗が流れ落ちてきている。

 それはこれから言うべき、いや、目の前に座る少し癖のある黒髪の青年、(シン)・カーネル君には伝えておくべき内容とある“お願い”を言わねばならないため、非常に今、胃が痛い。

 やはりと言うべきか、自分がこういう役割が苦手なのだと実感してしまう。

 ……我が、尊敬する先輩は違うみたいだ。

 「俺達はお前に危険と、提案を言いに来たんだ、進」

 ダンディズムを感じる低音の声で事務的に告げる僕の隣に座る中年男性。鷲鼻と鋭い目つきと若干の皺を顔にもつ我が先輩、明智(あけち) 草十朗(そうじゅうろう)は夏場の日差しにもめげずに来ていたスーツの上着を脱ぎながら、自然に告げた。

 なのだが、この一メートルにも満たない、テーブルに隔てられただけの対立空間に重い空気が立ち込めた。

 僕はそれから逃れるべく、周りの賑やかさに目を逸らした。

 ここは新東京都の一角にある平凡なファミリーレストランである。ガヤガヤと小うるさい喧騒と笑い声が混じり合う、アットホームな空気があるはずの場所なのだ。

 時は二時になりかけているにも関わらず、満席に近いのは、今が夏休みであるからだろう。

 ここについたのは数分前。街で見かけた、これから会いに行くはずだった人物である進に声をかけて、話があると言い連れてきたのだが……もう少し、場所は考えるべきだったかと後悔した。

 いいな、とうらやむ視線を一瞬作り、すぐさま重い空気流れるテーブル席へと目を戻す。

 外の明るい雰囲気を隣に感じることができる窓側の四人用のテーブル席の通路側に僕が座り、その隣である窓側に明智先輩。そして、向い側の席に進が二人座れるスペースの中央を陣取る形になっている。

 唐突に告げられた進は、唐突過ぎたのか、反応がない。白い半袖のワイシャツと青いジーンズといういでたちの彼は椅子にどっかりと深く座り、前髪にあの印象的な瞳が見えないほど顔を俯かせている。

 ? 

 彼と出会ったのは数カ月前。その時、僕らはある事件を追っていた。その事件を解決できたのは彼の協力あってこそだと今でも僕は思っている。

 ?

 あの黒いコートを着て、彼の背丈に届きそうな黒い大剣を振った彼と同一人物のはずだ。

 ?

 (何か変だ。同じ人なのは確かなのに……まるで、別人のような……)

 「どうした、金田一?」

 一瞬、意識を逸らした僕を不審に思ったのだろうか、明智先輩が眉を傾むけて見つめてきた。

 「え? いえ、なにも……」

 「? しっかりしろよ……。まぁ、いい。で、だ。進、続けるぞ?」

 「……ああ」

 やはり、なにか違う様な気がするが、考えごとにふけっている場合でもない。時間がないかもしれないのだ。

 この時にも、“彼らは”狙っているのかもしれないのだから。

 「お前は二週間前から起きている連続通り魔の事件は知っているな?」

 「ああ、ニュースでやってたな……」

 「なら、話は早い。俺達は――――」

 「悪いが、協力はしねぇぞ」

 ピシャリと断じてしまい、話を中断させた進。

 僕らと彼は数カ月前に刑事として出会っていた。なので彼は事件解決に協力させたいのだと勘違いをしているようだ。明智先輩も同じ答えに辿り着いたようで、頭を左右に回して否定した。

 「勘違いだ、進。俺達は今は警察関係者じゃない。独立した……公的機関に所属していてな。そこで、まぁ……色々してる」

 明智はひどく困り果てて言葉を作った。気持ちはわかる僕らが所属する外異管理対策部は国家機関と言うには非常に知名度がない。というより秘匿されている機関である。

 いや、やっていることがあまりに突飛すぎて説明するのが難しいのだ、と自分は理解していた。

 「……なんだよ、色々って」

 「……うるさい。この年になってメルヘン追い掛けてる自分が恥ずかしいんだよ。……それよりも、その事件のことだ」

 明智先輩は一瞬、顔を赤らめてうろたえたがすぐに仕事の顔に戻った。

 僕はその隙を見て、会話に介入した。それは昨日の責任をとる意味もあった。自分が言わねばならないことだ。本当は彼が事件に関わる前に終わらせたかったのだ。彼もまた守るべき一般人なのだから。

 「事件、すべての犯行現場にお前の名前が残されているんだ」

 「あぁ?」

 「理由はわからん。ただし、お前が犯行を犯したというメッセージではなく。お前個人を探す様な内容ばかりだった……お前最近、狙われるような事をやったか?」

 「ハッ! ……そんなもん、ありすぎてわかんねぇよ」

 進は他人事のように笑って聞いている……目だけは笑っていないが。

 だけれど、怒ってもいなような気がした。彼にとって命を狙われる状況というのは日常茶飯事なのかもしれない。

 「進君。落ち着いて聞いてほしい。……君は現在、その通り魔事件の犯人“達”に狙われていると俺達は見ている。警察も始めはその線で調査していたんだが……事情が変わった」

 「ある別件の情報と、昨日遂に死人も出してしまったこともあって、お前を一般人の重要参考人から危険人物としての確保に乗り出す臭いを出し始めた」

 僕らは彼を知っている。だが、見知らぬ第三者から見れば、彼の力だけを主体にだけ置いて考えてしまう。

 「警察の方も、情報源のあいまいさから対応が遅い。今ならまだ間に合う」

 ファミレスの喧騒と、こちらもできるだけ周りに聞こえぬ様な配慮をしたため、明るい空間は未だ保たれている。そんな朗らかな雰囲気の一角で、明智先輩を気持ち程度身を乗り出して真っすぐに現状を突き付ける。

 「はっきり言うぞ、進。お前はこの事件の最重要参考人としてではなく、なぜか一連の事件の犯人として睨まれている。だから、俺達が真犯人を特定するまで、俺達のところでお前を匿いたいんだ」

 


 視点変更 6



 “真横”に飛んできた稲妻が、僕の頬をかする様に切り裂いた。

 「!? 早イ」

 後に跳んで後退しつつ、自分の頬にできた傷口から血が滴った感覚を知覚した。

 それと同時に、あの稲妻を生みだした少年を賞賛した。

 「なにやってんだよ、()()()()!! 逃げるなんてダセぇだろ!」

 「いやいや、少年? ボクは――」

 「うるさいって! おれがかっこよく決めたら、当たれって! 雑魚きゃらはすぐにしんじゃえよ!」

 なんという自分勝手な攻撃論。子供ながらの自然な毒舌にげんなりしつつ、なおも連続で放たれる雷撃を駆けながら避ける。

 まいったな、と考えつつ、僕は視線をもう一人の敵である、真っ白の服を着た長い髪の女と戦うローザへ視線を向けた。

 あくまでローザだ。正直、長い髪の女の方を直視したくない。なぜなら――――進が持っているホラームービーに出てくる、呪いのビデオに映る井戸から這い出てくる女そっくりだったからだ。

 アレを見た夜はトイレに行くのが陰鬱になったのは、記憶に新しい。

 その○子に似ている女は、片手に“水塊”をつけ、ローザに雄たけびを上げ、襲いかかる。

 「――――憎いィィ!!」

 その悪霊を彷彿とさせる確かな憎悪が込められた声は非常に様になっていた。

 「な、なんのことですの!?」

 ローザはその怨念こもった攻撃を、錬成した芸術的な装飾が施された白亜の槍を巧みに振り回して、攻撃を払いつつ、後へ下がる。

 僕も同じように後退したため偶然、ドン、と背中同士がぶつかりあう形になる。

 いい機会だと思ったため、前から迫ってくる少年から目を離さずにローザへと背中越しに聞いてみる。

 「キミ……彼女に何かしただろウ?」

 「なんで確定文!? まったく身に覚えがありませんわよ!」

 そうかなぁ~、君結構しでかしてからな~……と心の中で呟いた。決して声に出して敵が一人増えるのは勘弁だった。

 それよりも――――

 「ローザ」

 「な、なんですの!? 怖いのが迫ってきているので早くしてくださいな!」

 安心してくれ。僕の方もだ。少年が走りの助走をつけて跳んだ。手に纏わせた雷撃は球体を形作る。アレをくらえばただでは済まないことは見てわかる。

 だとしても、聞かねばならないことがある。

 自分では解らないのだ。第三者の意見でなければいけない質問なのだ。 

 人によってはなにをくだらないと一蹴されるが、それはソイツが幸せなだけだ。気にしてしまう人間にとっては非常に重要かつ優先事項なのだ。

 そして、なにより大切なのは、答えてもらう人間が決して気使いをしてしまう人間であってはならない。つまり、ローザならそんなことは絶対にない。

 背を合わせている僕の緊張感が伝わったのだろう。ローザがゴクリと喉を鳴らして耳を傾けてくれているのがわかる。

 だから、僕は心して問う。

 僕は――――

 「――――ローザ。ボクはそんなに老けて(オジサンに)見えだろうか?」

 「どうでもいいこと聞いてるんじゃありませんわッ、よぉ!!」

 ローザは僕の質問に答えてくれず、拍子抜けた怒りの力を乗せて槍を横に薙いだ。

 横殴りの勢いを持って、突貫してきた女を真横へ殴り倒した槍は、勢いのままに僕へと円を描いて向かってきたために、僕は素早くしゃがみ込む。

 「グペェッ!?」

 槍はボクの頭上を通り過ぎるタイミングを持って、飛んできた少年の頭に直撃する。運がいいのか、槍先の刃には触れず、柄の部分に当たっただけで済んでいた。

 「ゴバッ!?」

 きりもみしながらコンクリートに叩きつけられた少年は再び悲鳴をあげて倒れた。

 「このぉぉ、メス豚ぁぁぅっ!!」

 重たい、地の底から這い上がってくるような声をあげたのは、間違いなく水を操る女だろう。

 背後をふり返ると、思った通り、女が手を頭上へ伸ばし、水の塊を天高い位置に作りあげている。術者はひどい死に体状態であるが、このまま女を殺せば家一軒分はあろう水の鉄球が僕らに落ちてくることは間違いない。

 「死になさいよ、この泥棒猫!!」

 「(わたくし)はまったく憶えがありませんわよっ!」

 ローザはウエスタンベルトのような大きなベルトの設けられたスリットの中に収められた小瓶を“二つ”素早く引き抜くと、一方をそのまま頭上にある水球へと投擲(とうてき)。ビンは衝撃で割れ、黒い石の塊が水の中へと叩きこまれる。

 残った一方の蓋を抜き、周囲に撒き散らす。

 撒かれたのは黒い粉末状のもの。

 (あれは、砂鉄?)

 岩石中の鉄鉱石が風化によって分離したチタン分が比較的高い砂粒状のものが砂鉄である。磁石などについて回る理科の実験を誰もがしたことがあるだろう。

 その砂鉄がまるで生き物に様に集まり、瞬時に人の指ほどの大きさの針へと形状を整えられる。

 ローザの錬金術により“硬化”された針は、生み出されると同時に凄まじい速度を持って、次々と最初に投げられた水球の中にある“強まった”磁石の磁力を引き寄せられ、飛び出していく。

 数百本の針に削られ、水球はすぐにハチの巣にされ、霧散させられた。

 その光景が信じられないのか、○子似の女は表情を歪ませ驚いている……怖い。

 「隙あり!」

 いきなり高い声があがったために、左腕の盾を展開しつつ、振り向きながら盾で払う。

 強い手ごたえと電気が弾けて消えたのを感じ、防御の成功を確信し、少年に目をむける。

 「う、うそだろう……」

 あちらはひどく驚いているようだが、実際あたりまえのことだろうと、思う。

 (隙あり、なんて声を出すなんて……攻撃しますよ、と言っているものだろうニ……)

 折りたたみ式の仕込み盾に驚く少年は自分の攻撃を防がれたことに呆然としている。

 そんな少年を見て、彼に気がつかれぬように、小さく嘆息する。

 子供に剣を向けるのはつらいのも事実。剣を使うまでもなかったのは結果的に良かったことだ。

 自分の甘さに呆れつつも、そこで気がついたことがもう一つある。

 いや、この戦いが始まってからずッと感じていたことなのだが、この子たちと、この魔術……なにか、おかしい。

 「さて――――」

 「ヒィッ!?」

 「彼方達はどこの誰なのかしら? 目的も含めてお聞きしますので、そのつもりでいてくださいな」

 スゥ、と固まっていた女の首筋に槍の先を突き付けた状態で、ローザがドスを利かせた声で“やさしく”質問する。

 ホラーな女は本場で鍛えた錬金術師の放つ威圧にビクビクと震えだしてしまう。

 ただし、戦意までは失っていなかったようだ。

 「あ、あなた達に教えることなんてな、ないわ!」

 「あらぁ、いい根性してますわね?」

 「いヒィ!?」

 僕にもわかる。表情の彫が深くなったローザの威圧が怒りに変わったのが。アレをほぼゼロ距離からやられたら誰でも怖い。

 長い髪で隠され顔は見えないからたしかではないが涙目になっているであろう女は、それでも女の意地もあるのか敵体の意思だけは崩さない。

 「な、ないったらないのよ! あなたたちが私たちのチームに敵対する限りね!」

 「チーム? 敵体?」

 僕もローザも何の事かわからずに、眉根を寄せた。

 その反応に何を感じたのか、ヒステリックに女は指さして叫ぶ。

 「しらばっくれたってダメよ! “能力”を持っているってことがその証拠だわ」

 「待ちなさい。“能力”ですって!?」

 「やぁ、やめて、ぶたないで!」

 「今は何もしてないでしょうッ!!」

 怒りの剣幕と、女の襟首(えりくび)掴んで居る姿はまさしく暴力を振るう前の姿そのもの。そんなローザの肩をたたいていさめた。その代償に反射的に飛んできた裏拳が顔面を直撃したが……痛みや色々含めてを我慢して、ローザを取り押さえた。

 「えぇいっ! 放しなさい、アルバインっ! この変態!」

 「変態はないだろウ……。それはともかく、キミ? ボクらは君たちと敵対するつもりはないヨ」

 ジタバタと暴れるローザを取り押さえイタっ! ……ながら、僕は倒れているホラーな女に諭すように痛いっ!? 語りかけつつィ痛っいって!!

 ローザをはがいじめにしながらでは会話が成り立たん。そう諦めて、ローザを解放するとスネに一撃を入れられた。

 ……涙目になった僕を完全に無視し、改めて女を尋問し始めるローザはまさに暴君そのものだと思う。……口には決して出さないが。

 「コホォン! で? 能力がなんですって?」

 「の、能力は能力よ。あなただってさっき使ったじゃない。アレはなに? 物を変化させる能力なの?」

 逆に問われ、ついにローザから表情が消える。冷酷ともとられてしまいそうな冷たさに満ちた無表情。彼女の気持が少しはわかる。

 この感情は絶望に近い呆れの感情。

 彼女たちは自分たちの力が何なのかもわかっていない。

 これは……

 「ローザ、彼女たちハ……」

 「ええ。魔術の魔の字もわかっていないでしょうね……」

 「では、“自然発見者(ディスカバラー)”かナ?」

 魔術の世界であろうと何であろうと、始まりと呼ばれる存在――――つまり、始祖(はじまり)と呼ばれる生み出した者達がいる。

 魔術の世界でいうなれば、術式の開発、発見者であろう。だが、彼らも始めはどこぞの馬の骨なわけだ。偶然にも発見できた力をそれぞれ時間をかけて練磨して、技や術としていき、今も語り継がれる存在となっていく。

 現代においてもそういった血筋や魔術と一切関係なく過ごしてきた存在がいきなり新種の魔術を発動さえてしまう実例というのは少なからずある。

 そんな彼らを、僕ら魔術を知る人間からは新たな魔道の発見者として自然発見者(ディスカバラー)と呼ばれている。(ただし、すでに発見されている魔術を発現した者はこうは呼ばれず、突然変異程度の扱いしかされない)

 僕は騎士絵あるが故に、こういうことにはほぼ無頓着だ。魔術に専門家であるローザの方がよくわかっているはずだ。

 彼女の答えは―――

 「いえ、違いますわね」

 ノー、だった。

 「根拠はあるのかイ?」

 「今はもう少し確実な事実がないとなんとも言えませんが、これは突然の発現者の反応ではありませんもの。……ねぇ、貴女? ご自分の“能力”が使えるようになったのは何時頃のことかしら?」

 「そ、そんなもの言うわけないでしょう!」

 「で、しょうね……つまり、最近ですわね?」

 「なっ、なぜそれを!?」

 「かまをかけただけですわ」

 「え? なぅ、くっ!」

 悔しそうに俯く女。いや、目だけはこちらを睨んでいる。髪の隙間から見える視線が非常に怖い。

 そんなものどこ吹く風で、質問を続けるローザが非常に頼もしい。

 「どのように得たのか、知りたいものですわ」

 「そ、そんなの……」

 「“通信販売”」

 「っ!!?」

 「わかりやすい方は好きですわ」

 テンポよく、かつスムーズに得たい情報を引き出すこの魔女が敵であったことが、今さら恐ろしくなってきた。

 そんな魔女はふぅ、と息をついて槍を首筋からゆっくりと離していく。

 緊張状態から解き放たれると理解した女が安堵して、目を伏せた。

 その瞬間、いきなり槍が首筋ギリギリに突き付けるローザ。女は再びの恐怖と理不尽さに今度こそ体を固めて敵対心を無くした。

 それを狙ったのか、もしくは本当に忘れていたために巻き戻したのか、ローザは最後の質問のために口を開く。

 「最後に……貴女、一体誰に命令されて私たちを襲いましたの?」

 先ほどとあまり変わらぬ状態に引き戻されたと、第三者からの視点ではそう見えるのかもしれない。だが、まったくの勘違いだと、アレを見えば気がつくだろう。

 アレ、それは目だ。ローザの目から光が消え失せている。感情が伴わない機械の如き冷たい目。

 彼らに“僕らの誤認情報を与え、排除しようとした存在”に対する殺害意思が表面上に現れた冷たいもの。

 純粋な殺意を帯びた目を見たのが初めてであろうホラーな女は、迷わず問いに応えた。

 「リーダーと呼ばれる男……に、言われて……ここに私たちの能力を奪おうとする奴らが来る……からって、言われて……」

 「リーダー? それは、だ――――」

 誰? そう聞こうとしたローザは言葉を止めて、驚きをもって振り返る。

 僕もまた、突然“湧き出た”怒りと暴力的な敵意が込められた視線を感じて、後を見た。

 十メートル後、そこに居たのは――――

 


 「……二人から離れろよ」

 


 僕は言葉を無くした。

 ローザも同じようで、一瞬戸惑いを見せた。

 若干、若さを残す声色の主は、どこにでもいそうな、変哲もない、少年であった。

 緑色のタンクトップに、迷彩色のズボンとスニーカーを着た、やや筋肉質なしっかりとした長身。

 やや不揃いな黒の頭髪とヴィジュアル系な細い顔立ち。

 そこまでならいい。

 問題は、瞳の色。

 「目立つ金髪の美人と、腕が折れてる男……そうか、あんた達か」

 明確な敵意。今まで戦っていた二人とは別次元の戦いに対する警戒心と雰囲気が全身から溢れだし、威圧感となって僕らの周りを支配していく。

 「聞きたいことがあるんだ。いや、もう“実力行使”でいいよな」

 実力行使(力ずく)という言葉に、その男の口が獲物に飢えた獣のように曲がる。

 仕草、言い草、そして、瞳の色まで、あの男とかぶる。

 「教えてもらうぜ。進・カーネルはどこにいる?」

 その“紅い”瞳の少年は、凄まじい速度で距離を一瞬で走破してきた。



 視点変更 7



 明るい雰囲気が流れるファミリーレストランが、その一瞬で惨劇に襲われた。

 喧騒は悲鳴に変わる前に消され、この場にいる全員が四肢を、頭を、体を、全身が残る可能性すら否定されながら殺された。

 成す術もなく、理由もなく、命を奪われ、殺される。

 ―――――そんな死の“幻視”を起こすほどの、明確な怒りと殺意の感情が、目の前の青年から噴き出した。

 俺、明智 草十朗だけじゃない。この空間にいる誰もが同じようなおぞましい感覚に、身を固めて、視線を下げている。

 配膳をしていた若いウエイトレスたちも。

 そのウエイトレスの戻りが遅いことに苛立ち、厨房から顔をのぞかせた料理人も。

 仲間でうるさくわめいていた若者の集団も。

 旦那の悪口をさかなにして、談笑してた奥様たちも。

 夫婦とまだ幼い子供も。

 全員、目線を落とし、身を固め、声を止め、息をすることも抑え、己に、この男の矛先と意識が向いてしまうことを恐れて“死んでいるフリ”をしている。

 震えることも、汗が垂れてしまうことすら恐れさせるこの空間。

 この空間で唯一動ける者がいるとするならば――――

 「俺が狙われてる、だ?」

 この場に死の感覚を満たした張本人(進・カーネル)だけだ。

 立ち上がった進に、俺は声をかけることも、目線をあげることもできない。

 隣の金田一は不幸なことに進の顔を直視したまま、恐怖に震え、固まってしまっている。

 小さく喘ぎ声をあげ、目と鼻から水をたれながし、見開いた瞳に、常人では決して受け止めきれない死の圧力を受け、閉じることができないでいる。

 命など無価値が当たり前、モラルなど全否定、死という概念が空気のように当たり前に漂ってる戦場で勝者(生者)でいる者が放つ怒気は、世界的にみて十分平和な日本に住んでいる常人では受けとめきれない。

 だが、これはそれを上回る規格外さだった。殺気というものを人は時折感じることがある。殺意が込められた行動から発せられるこの気配は、森で突然野生のクマに遭遇した時や、命のやりとりがある現場などでそれは感じられる動物的本能から出る危険信号である。

 進は行動一つせず、殺意を放った。この場の誰もが進に注目していた訳ではないだろう。背を向けている人間にはなにがなんだかわからないはずだ。だとするなら、この青年は何をもって殺意を放ったのか。

 「俺が犯人? 俺が……なんだって?」

 クツクツと笑う進が放っているもの。

 それは――――

 「――――けっこうじゃねぇか」

 ――――狂気だ。

 殺気と近く、だが別種。精神状態が正常でないことを指すこの言葉は、大抵の場合、狂った異常者が放つ特異な気配として使われることが多い。

 似ているものだろう、と誰かは言うだろう。だが、ここに来てみろ。居てみろ。まったくの別ものであると確信し、以降この言葉を使う場面は少なくなるだろうよ。

 殺意が特定の個人や団体へ向けられるものだとしたら、狂気が混じった殺意は、個人に向けられつつ、放った者の周囲にも余波がくる害意だ。

 「どこの誰だかしらねぇが、“憂さ晴らし”に丁度いい……」

 失態をしでかしていたのだ。事件と仕事に目が向くばかりで、この男の精神状態を考慮していなかった。

 「このままでいいだろ? なにせ、俺がエサなんだ。相手が勝手に飛びついてくれるんだ。こんなに分かりやすくていいもんかねぇ、クッカッカ」

 何がなんだかわからんが、今の進は非常に“危険”だ。

 静まりかえる空間に、一つの物音がたつ。進が席から出た音だ。

 「情報、御馳走様。とりあえず……やってみるよ」

 なにを、と問うこともできず、チャインと客が通ったことを告げる鈴の音色が響き渡ることを止められもせず――――

 進が居なくなったことで、ファミリーレストランに元の空気が戻ってきた。

 いきなりガヤガヤとした喧騒が復活し、俺はもしかしたら別空間にでも行っていたのか、と現実逃避じみた考えが頭をよぎるが、そうでないことは一目了然だ。

 この場の誰もが、から元気のように笑顔をつくっている。まるで全力で今のことをなかったことにしたいように。誰もが危険から目を逸らす様に……

 (気持ちはわかる。なにせ、俺もこうはなりたくない)

 こう、とは……隣に座る、今も苦しそうに過呼吸を繰り返す金田一のように、だ。

 あの狂気の塊を直視し続け、精神的にダメージをおったようだ。俺は手を高くあげ、ウエイトレスを呼び出す。死の発生地点ともいうべき席に座る俺の要求に対し、始めは戸惑いと警戒をもってやってきたウエイトレスも、俺が紳士的に水をくれといったら、くれた……まぁ、当たり前だが。

 「ほれ、馬鹿部下」

 「ぁあ、り、がとう、ござぁいます……」 

 金田一の回復にはもう少しかかるだろう。俺はまいったと溜息ついて、ガラス越しに空を仰ぐ。

 (……アイツ、一体どうしたってんだ? たとえ、殺人犯にされてもケロッとしそうな奴だったのにな……)

 と、根拠もなにもないけどな、と目を伏せ、相棒の回復を待つ。

 なにより、数十分間は外に出たくない。

 いや、今の進に会いたくはなかった。

 そんな逃避の視線が、店内から見える空に夏特有の入道雲が暗く空を侵食してきたのを視認した。 

 「こりゃ、ひと雨くるかもな……」

 呟きとともに、悪い予感を感じてしまう中年であった。



 視点変更 8



 右ストレートの拳を受け、アルバインが数十メートルの距離を吹き飛ばされたのを見た。

 リバウンドなしの滑空のスピードをもって、後方にあったビルの壁に追突するその光景を、(わたくし)は信じられぬ思いで、見ているしかなかった。

 硬いコンクリートに人間をめり込ませるほどの力が“魔力なし”でおこなわれた事実が、そうさせた。

 強化の魔術はある。だが、どんな魔術であろうと、術式に魔力を通せば必ず世界に歪みが生じる。

 それが、ない。感じられない。

 つまり、今の速度と力は男の基本能力だ。

 アルバインも彼の攻撃に対して、防御を決めていたはずだった。持ちまえの反射神経を全投入し、左腕の盾で受け切っていたのを確かに見た。体にも魔力による強化をほどこしていたはずだったのに。

 それがいとも容易く“打ち破られた”。

 「くっ、貴方はっ!?」

 私は質問をしつつ、手にした槍で正体不明の敵へと突きだす。

 攻撃後の体が崩れた瞬間をねらっての攻撃。絶妙なタイミングでの攻撃は敵の顎へと吸い込まれていき――――

 ――――崩れた姿勢から、体を支えていた軸足を地面から大雑把(おおざっぱ)に滑らせ、転ぶように攻撃の軌道から避けた。

 なっ!? と驚く暇もなく、さらに崩れた姿勢からの蹴り上げにより槍は上へと飛ばされる。

 今度は私のほうが槍の強制移動により姿勢をくずされ、未だに宙にある敵から繰り出された回し蹴りが飛んでくる。

 私は人体に負荷をかけ、上体を逸らして重く、そして早い一撃をギリギリ避ける。

 それを見て、ヒュウッ、と口笛吹かれ、私はなめられたという感覚をくらった。その怒りを攻撃にのえるように槍の遠心力を利用した円軌道の連続攻撃を疾風のごとく描くも、法則性のない動きですべて避けられる。

 (なんですのっ! この男はっ!?)

 長身とは思えぬ敏捷性と意外性、そしてあの目。それを考えた瞬間、一人の男が頭をよぎる。

 (これでは、まるで……!!)

 「ローザっ!」

 私が嫌ようのない不安に駆られはじめるのを防ぐ様に、明後日の方から叱咤がきた。

 「離れろっ! 君の近接戦闘じゃ、武が悪イッ!」

 私の攻撃の隙間から絶妙なタイミングで攻撃を引き継ぎ、空間の歪みを掌握して保管庫にする術に収められたロングソードを抜き出し、突き出すアルバイン。

 その合間に私は後退して、援護の算段を考える。

 アルバインはやはり無傷ではなかった。傷口は見えないが、体の不安定さは見えた。骨にまで以上が及んでいるかもしれない。それ以前に、彼は二週間前の戦いで利き腕(右腕)を骨折している。左でも触れる様に訓練はしているよ、と笑って言っていたが、本来ロングソードは片手剣であり両手剣。やはり使いなれぬ側の腕では剣の冴えは劣る。

 それを一瞬で看破した敵は、剣を無造作に掴み……

 「怪我人は……」

 剣ごと、アルバインを宙へと放り投げる。

 10メートルほど上へと投げた力に呆れる暇もなく、投げたと同時に全身のバネを使い、跳躍する敵。

 「さっさと……」

 踏み場であるコンクリートを破壊するほどの跳躍からの腹部への膝蹴り、胸倉を掴んで引き寄せてラリアット。そして――――

 「寝てろッ!!」

 ――――高速の切り返しとバランス感覚から生み出された、(かかと)落としがアルバインの胸部へともらい、威力をもって地面へと叩きつけられる。

 「ガハッ!!」

 凄まじい衝撃音と、コンクリートに生まれた亀裂が走るほどの破壊力が生まれた。溜めこんだ肺の空気を強制的に吐き出し、アルバインは動かなくなる。

 まずい。アレは重傷だ。

 「フハッ」

 だが、相手はさらなる追撃する気配を見せる。紅い瞳にあるのは確かな戦いに関する快楽だ。

 アルバインを助ける義理なんてないのかもしれない。だが――――

 「気分が悪いでしょう! そこの馬鹿から離れなさい!」

 ベルトのスリットから、目標だけに向かって燃える炎を生み出す術式が入った小瓶を取りだし、中に詰められた火薬を敵へと振りまいた。

 酸素に触れ、火種もなしに燃えさかる炎が着地した敵に喰らいつように、纏わり付こうと大きく広がる。

 これで……

 「すげぇな、こんなの見たことないけど……」

 感嘆の後の呆れの声、そして。

 振りかざした左の拳が無造作に、力強く炎へと叩きつける。まるで――――

 「こんなもんだろ!!」

 ――――“拒絶”するように、炎は暴力を受けて、かき消えた。

 「ッ!? 魔術破か(マジックディスペ)……」

 「なに、寝ぼけてんだっ?」

 驚きのあまりにできた隙を突くように、首を掴まれ、足が地面から離される。

 「グぅっ」

 「フハハハハっ」

 本来なら人の首など平気で握り潰せそうな握力が私の首を絞めつける。苦しむ私を、さぞ面白そうに笑うこの男の目が笑っていないことに、限定され始めてきた意識がとらえた。

 (な、なんですの、この男。この力、魔術を打ち消す能力、それに……紅い目は)

 似ている。

 この男は、彼に、進・カーネルに似すぎている。

 「さぁ、答えてもうらおうか……進・カーネルは、どこに――――」

 答えるつもりはなかった。その前に、首を絞めつけられる力が強すぎ……て…

 視界が狭くなっていく。酸素を供給できないことで意識が無くなっていく感覚が襲ってくる。

 だが、絞めつける側には当然この苦痛はわからない。

 「おい、聞いてるのか。進・カーネルがどこにいるかって――――」

 まるで、駄々をこねる子供のようにわめく男の声もついには聞こえてこなくなり――――

 


 「――――俺が教えてやろうか?」



 最後に、聞きなれた、いや聞きたかった声が耳に入り、束縛から解放された感覚を得て、私は意識を失った。



 視点変更 9



 「永君、強襲部隊の準備が整った」

 いつも頼りになる親友の準備完了と言われ、瞑っていた目をゆっくりと開く。

 始めに目の中に収まったのは、大きく威厳ある門。音芽組と看板を頂いた屋敷の正門を出口側から見上げた。

 現在、この屋敷は主と呼ぶべき者たちはいない。

 いつか帰ってくると、留守を預かる俺達は、信じている。

 だから、できる限り、彼らが愛した街は綺麗なままにしておきたいものだ、と門を見つめながら思う。

 そう、だから、これはいかんともし難い。

 「……(くさ)いな」

 「永君は、そう感じるんですな。人の嗅覚ではまるでわからないんだがな~」

 「俺だって、始めの頃はわからなかったしな。……だけど、ここまでくると嫌でもわかるよ」

 今、この周辺は非常に臭う。ソドムからは全くしないが、お隣の“国”から強烈な臭いが漂ってくるのだ。不快で、粘着質で、青臭い、この臭いは俺“達”人狼には合わない。

 始め、変調を感じたのは妹のサヤだった。

 能力的に自分より上位の存在であるサヤは、始めは夏の臭いかもと思って俺達には何も言わなかったが、次第に強くなる異臭に遂に違うと悟り、話してくれた。

 『変な臭いがする……日本の方から、凄いヤな臭いなの……』

 そう語ったサヤは、今自室で休んでいる。この異臭では外で遊ぶことも困難なのだ。

 なんという嫌がらせだろう。せっかくの夏。今日、本来ならサヤは組が経営している養護施設の友達とソドム内にあるレジャー施設で遊ぶ予定があったのだ。それすら行けず、他の子たちの楽しそうな姿を見送るサヤは笑顔で、楽しんできてね、と健気に言葉をかけたが、内心残念に思っていたに違いない。

 無念だ。なにより、この日のため少ない小使いを溜めに溜め購入した最新のデジカメが無駄になった。

 なんということだ、という声は背後からも聞こえてくる。

 この日のために準備をしてきた者は俺だけではない。今日召集された強襲部隊の面々は全員、子供たちの警護を受け持つはずだった連中ばかりだ。

 養護施設の子供たちは親がいない子たちばかりだ。その子たちの親代わりである我々は記録映像や思い出の写真を撮ってやることは、俺たちの義務。そう義務だ。

 だというのに、毎年、毎年、施設の職員をしてくれてるお手伝いさん達は、俺達の情熱を犯罪者扱いし、カメラ等を没収してくる。まいったね、ほんと。

 今年も隠し持っていた映像媒体のほとんどが摘発され、破壊された。まったく、照明と音声を拾うマイクは必須だということがなぜ彼女たちにはわからないのだろう。

 そんな不満を持っていた各人が、今回は非常に期待していたのが、今回の遠足。

 撫子のこともあり、欲望を自重していた我らだったが、今回から全力を出すことを誓っていたのに……

 俺はズバッと百八十度体を回し、怒りに目を光らせる総勢二十名の強襲部隊へと大きなモーションをつけ一喝。

 「諸君、俺たちは今日エデンへと行くはずだった!!!」

 綺麗に五列縦隊型で整列する組員たちは一様に迷彩色の完全武装状態。無表情を徹している彼らの瞳は、撮影することも許されず、せめて肉眼で子供たちの楽しそうな風景を焼き付け、のちに模写、サヤへ伝えること(巌には、なぜか止められた)を決めていたはずだった視覚器官だったのだ。

 それが、なぜ……

 「俺は今非常に落胆している。かのエデンで俺達は幸せの記憶媒体を得る任務につくはずだった。水遊びに矜持る子供たちの笑顔、そして、それを見つめるお手伝いさんたちの笑顔、なにより同じく水着姿で引率するであろう女性職員たちの姿を、だ!!」

 俺の言葉に、小さなどよめきが生じる。俺と同じ痛みを持つものたちだろう。この日のために必死に情報誌を調べ、ネット情報を集積し、撮影技を練磨させたのだ。それを無駄にされた悔し涙が、皆の頬からツー、と流れる。

 「しかし、それはもはや……その光景は見ることは不可能だ」

 ガクッ、と膝をつく俺は、拳を振るわせ、歯を喰いしばる。

 アニキィ、と一様に励ましの一喝が空気を震わす。

 俺は、俺は、なんというよい仲間を持ったのだ!!

 俺は伸びる竹の如く立ち上がり、拳を天高く突き上げる。

 「これもすべて、この国に異物を持ち込んだ、クソ共のせいだ!! 野郎ども、準備は整った! エデンの道を閉ざした外道共に鉄槌を下そうぞ!! 遠慮は一切無用、ケツの穴にセメントを流し込んで、琵琶湖の中心で泣き叫ばしてやる気持ちでやれぇぃっ!!!!」

 「「「「「「「「「「「サー、イエッサーァァァァァァァァァッ!!!!!!」」」」」」」」」」」

 全員一致で咆哮のような肯定の声をあげ放ち、一斉に門の前に止めてあった、改造された大型トラックのコンテナへと飛び乗っていく。

 「よし、皆気合いが入ったようだな」

 「永君は、ほんとうに好きだね。こういうこと……」

 「なにを言うんだ、巌くん。演説や衆人環視の状況下が嫌いな人間は、生徒会長なんかにはならないよ」

 「……それも、そうだね。ところで、永君。君は今日、学校じゃなかったかい?」

 とりあえず、車の助手席へと乗り込んだ俺に、留守をまかす巌が聞かれたくなかったことを聞いてきた。

 今日は夏休みの中日ということで、うちの高校で伝統ともされる生徒主導の大掃除がおこなわれてる最中だろう。撫子もここを朝はやくから出ていたはずだ。

 つまり、次期生徒会長である自分も行かなくてはいけないはずなのだ。だが、この行事は強制参加というわけではないし、それに……

 「巌くん、俺さ。どうしてもワックスの臭いって好きになれないだ……」

 「……そうかい。では、行ってらっしゃい。お気をつけて」

 「ああ。言ってくる」

 車が発進するのと同時に臭いを把握するため窓を開ける。

 車中に入り込む風の中には、少しばかり血の臭いが感じられた気がした。

 


 視点変更 10



 XXXXは見ていた。



 「お前か……俺を探しているってのは?」

 騒々しい戦いの音と気配を察してやってきた進・カーネルが、謎の少年がローザの首を絞めている現場を見て、衝撃を伴う速度をもって、横顔を殴りつけた。

 真横に数メートル飛ばされ、しかし地面を踏ん張り、倒れることのなかった少年は、乱入してきた進を睨みつけ、笑った。

 「すげぇな、聞いてた通りだ。俺を傷つけやがった」

 口元から垂れた血を喜ぶように、拭う謎の少年。

 束縛から解き放たれたローザは地面へと崩れた。それすら目をむけることすらせず、真っすぐに敵を獰猛な笑みを返す進。

 「おい、こっちから来てやったぞ。歓迎の準備はできてんだろうな」

 ――――そう、まるで進の方が、敵を待っていたかのように。



 学園の清掃行事が終わり、生徒も徐々に帰宅の波に乗っていく。

 そんな人気がほとんどなくなった教室に三人の影がある。

 夕方の空気になりつつある空には、黒い雲が満ち満ちており、帰宅者は傘が要求されるかもしれない。

 そんな空を眺めていた九重 撫子は、動揺しているようだ。

 「どうして、なんにも話してくれないの……撫子!」

 「智子ちゃん……」

 「トモちゃん、落ち着いて!」

 いつまでも沈んだ理由を話してくれない撫子についに、大きな声で抗議してしまう智子。

 「どうして! 私だッて力になりたいよ! そんなに私は頼りない!? 友達じゃないの、私たち」

 「言いすぎだよ、トモちゃん」

 「わ、私は……」

 二人の仲裁に入る優子も、実際はどこか智子と同じ意見をもっているようで、撫子の反応を待っているように見えた。

 「私は、あの日……」

 「え?」

 自分の気持ちをぶつけあう二人。青春の場にふさわしいその空間に――――

 「見つけたぜ、九重 撫子ちゃ~ん」

 ――――そう言って現れた乱入者は 

 「……誰?」

 と言われた。


 XXXXは見ていた。

 XXXXは見ていただけ。

 そう、今は、それだけ。



                                  次話へ



 段々、タイトル名が適当になってきた感じがする桐織 陽でございます。


 

 やはり、夏は有名ライトノベルの発売ラッシュ。こんなに読める本があるなんて嬉しいことはない……!!(アムろさん風)

 まぁ、買いすぎるとお金がなくなるんですが……というか金がない状況なので、遊びもせず、受験勉強と本読んで再就職した仕事して……まぁ、従実してる気がします。

 さすが、夏。コミケに行きたかった夏。昨日、本を二冊買おうとしてお金が足らずに一冊買えなかった夏。レジの人に謝ってチャイカを返した夏。

 海には生きたいが、人に見せられるボディじゃない!! そんな八月でした。


 

 ここまで読んでくだった方々に感謝を      

                         桐織 陽


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