8、去りゆく涙
8、去りゆく涙
人間、足を斬り飛ばされると何もできないものらしい。
「ぎぃっ!? いぃひぃぃぃぃあぁああ」
「頼むっ、殺さなぃ……ゲェアっ!?」
膝から足を無くした男の腹を剣でかき回す。痛めつける様に、ただし時間をかけてゆっくりと深く、抉るように。
腹と足から噴き上がる鮮血が、広めの廊下を汚してゆく。
もがき苦しむコイツのように足を無くしているもう一人はその光景を目玉を剥きだしにしてみる。
死にゆく仲間が最後の力をふりしぼって、助けを求めるが如く腕を延ばしていた。
俺は、無言でその腕を踏み砕く。
希望を打ち砕かれた男はそのまま絶命した。表情は苦しみ抜いた顔で叫びを上げているよう。
断末魔の悲鳴を永遠にあげる形相の死体をまじかで目撃したもう一人の奴は腕を上手く扱い、逃げようと必死にもがいている。
……前言を撤回しよう、人間、足を斬り飛ばされても――――
「っふごおっ!?! あ、ああ、いぃゲアアアアアぁッ……」
――――逃げ切れないとしても、逃げようとできるらしい。
だから、逃がさぬように股関節に黒色の大剣で楔を打ち込む。
「ぁがっ、あぁがぁ、ぁぁぁああ」
そのまま、剣を腰へズブズブとゆっくり魚をさばくように推し進めていく。
「ぎがっ…ぁあああああああばぁああああっ!?」
途中の悲鳴から血へと変わりつつ口から吐き出し、頭が許容できる以上の痛みで神経が過剰反応し、体をビクビクと痙攣させる。
背中まで剣が到達した時点で男は事切れていたことに気がついた。
ズグチャっ
俺はなんとなく不満を感じ、死んだ男の頭蓋を踏み砕く。
もともと黒かった剣は血にまみれ、赤黒く染まっている。剣を引き抜くが背負う気にはなれなかった。コートが汚れるという意味ではない。もうコートもすでに血まみれ、帰ったら捨てる気でいた。
もうここには、ない。行こう。
「……ぉい、てめぇ」
どこからか、声がした。
声の聞こえたのはわりとすぐ近く。少し先の柱の陰からである。
足を運ぶと、そこには腹に銃弾をくらい死にかけた男が一人。
刈り込んだ短髪を黄色の染めた若者だった。
なんだ、まだいたのか。
「てめぇ、……俺達に戦争しかけてどぉなるか、わかってんのか」
「…………」
「それに……俺達はクズだろうが、まってる家族がいる奴もいたんだぞ」
「…………」
「ぜってぇ、復讐してやる。残った俺達の仲間たちはてめを殺す。てめぇの家族も、巻き込んで殺してやる! わかったか、この悪魔! 俺もテメぇを呪いころし……」
死にかけていた男は急に言葉をなくした。あれほど吠えていた口が急に開いたまま動かなくなる。
どうしてだろうな……本当に“おもしろい”。
「……なんで、お前、笑って……ガッ!? ぃぃいいいあああああああヴぁ!?」
言い終える前に男の傷に指を突っ込み、傷口を押し広げていった。
腹の傷は五指を広げてゆくと大きくなり、ゴバゴバと血を垂れ流し始める。男は苦痛で顎が外れんばかりに絶叫する。
五指を開き切った所でついに男は言葉を無くす。死んだのではない、気絶したのだ。
それが、どうしてもつまらなかった。
男の右足首を掴んで、引っ張りあげる。
(どいつも、こいつも同じだ)
始めは抵抗し、銃で応戦してきた奴らが何十人といたが、仲間が減るにつれ段々に仲間を見捨てて上の階に逃げ出し始めた。
あれほど、俺を殺そうと、呪い殺すかのような罵倒をしてきた奴らがだ。
ムカついてしかたがない。
「……俺を殺すんだろう?」
「ぅえ? ァバッ!?」
掴んだ足を振り回し、男がもたれかかっていた柱に叩きつける。
顔面を中心に叩きつけられ、鼻と口から血が滴る。
「……俺を呪い殺すんだろう?」
「ぇぁええあっ!? ぎばぁっ!? あごばっあっ!?」
さらに乱雑に壁や床に叩きつける。振りかぶるたびに、血が飛び散る。薄暗みの中で風が唸る音と、鈍い悲鳴だけが響く。
「おい、なんとか言えよ。俺と同じクズ。家族が待ってるクズ。俺も“同じかもしれないのに”自分勝手に正論並べる権利があるように言うクズ」
「あぁがっ!? ああ!? 嫌ぁっ!? げあふぁっ!?」
速度を段々と早めるたびに、怒りがわき上がる。
「死ぬ寸前だから、ちょっぴり聖人君主にでなりかけてんのか、オイ? なんとか言えよ? おい、なぁ?」
血管がブチ切れて、血が俺の顔にかかった。
その瞬間、俺の中で何かが、歓喜を上げた。
「何とか言えっって、言ってんだろうがァァァァァッ!!!!」
全力で男を、柱にフルスイング。
柱は木っ端みじんに砕ける。
男の歯が粉々に散った。
「おい、おい、おい、おい、オイ! おら、何だって!!? 言ってみろよっ!!」
床が陥没する。
靭帯が断裂し膝がグニャりとひん曲がった。
「殺すんだろうっっ!? 呪うんだろうがぁぁ!!? どうやってやんだッ!!!?」
壁の向こう側を貫通させるように、全力で男を振りつける。
壁は見事に向こう側への経路を作る。
男の肘から先がどこかに引っかかっていたためか、引き戻す際にブチブチと千切れた。
「争いごと仕掛けたらどうなんだよぉっっ? 報復と復讐の連続になるんだろうっ!!?」
窓際へと引きずり、そこへ振り下ろし、ガラスに叩き込む。
そのまま、走り、バリバリとガラスの中を突き進ませる。
その際に切れ味のいい所に当たったのか、左足が股関節から切れかけた。
「俺も、俺の周りの奴も楽しげに巻き込んで殺そうとすんだろうっ!!? だったらよ、俺も同じようにしてやるよぉぉっ!!」
勢いのままに、付近の柱へと再び叩きつけ、それを抉るように薙ぎ払う。
左腕がもげた。
「俺が甘かったから、壊れたんだ。わかってんだよ。詰めが甘かった。お前らに時間なんぞ与えたのがそもそもの間違いだった!」
クカカカカカっ、と笑みが腹の底から溢れだす。
なによりも、大切なモノを壊された自分の不手際を笑う。
嘲笑う。
そして、不安要素は取り除かれなくてはならないと閃く。
俺を呪い殺そうとするコイツも、コイツの仲間も、家族も、友人も、周りにいる奴も、ソイツが知る奴も、知らない奴も、皆、みんな、全部だ。
全部、心臓を抉りっ取るだけじゃない、蹂躙し、魂なんてモノを残らずすり潰してやる。
それでも足りない。もっと、もっとやり返さなければいけない。だけど、人間だって限界がある。だから、復讐したい奴は我慢するのだのだ。
そいつ一人で、もしくはグルになった奴らだけ殺して満足しようとするのだ。
だから、怨み辛みが蔓延る人間社会は滅びなかったのだと理解する。
俺も我慢する。
このビルにいる敵だけで満足しよう。
その次に家族の復讐が始まる気配があるなら、その瞬間にソイツらの首を引きちぎればいいか。
そうして、冷めていく感情のままに原型を留めていない人間をフロアの床へと突き刺そうとし全力で足を振り上げたが、できなかった。
男の体がどこかに消えていた。
握っていた足が握力に耐えきれずに千切れなければ、床は破壊出来ただろうに……
「…………残りの奴らは上か」
激情にかられて怒り狂っているとは思えない何の感情もない声色で呟く。
握りつぶした足首を数秒ながめ、つまらなそうに放り捨て、そのまま上の階へと昇って行った。
“彼”が到着したのはその数分後だった。
視点変更 1
「ほら、しっかりなさい!」
「…………」
私、ローザ・E・レーリスがなんでこの自意識消失したような騎士を脇から支えて歩いているかを話そう。
上の階から脱出する手はずになっていたので、徒歩で(エレベーターがこなかったので)屋上へと向っていたところ、倒れていた騎士――――アルバインを発見。
まるで死んだように倒れていた時には流石に心配したが、命に別条はない。どちらかと言えば右腕の骨折の方が心配だった。粉砕骨折では可能性が高いが、複雑骨折ではなかったようなので細菌感染はないだろう。しかし、内部での出血が酷い。後遺症が残るかもしれない。
それと、なぜか歩けないほどの精神的な衰弱が見られる。一体、なにがあったのだろうか?
……いや、心配してどうする。
いや、心配なんてしていない。そうとも。なにせ、この男は数カ月前まで敵同士であったのだから!
不自然な怒りがわき出し、本来つくすべき男性側を逆に支えているというのはどういうことか。愚痴の一つでも言いたくなった。
「まったく! なぜ私が騎士の貴方を支えなくてはならないのかしらっ!?」
「騎士……ボクは騎士には……なイ」
「何ですって?」
あまりの声の小ささもあったが、なにか信じられない言葉を聞いた気がして聞き返した。
その声はあまりに弱弱しく、絶望的な声色でつぶやく。
「ボクは、騎士として……あることはできない……んダ。ボクには、ボクの中には……彼、ホーキンスが言ったんダ、ボクには……があるから、なれないト……」
時折の言葉が聞き取りづらいために、はっきりとは理解できなかったが誰かに騎士には……いや、自分が目指すものにはなれないと言われたのだろう。
「……まったく」
それがどうしたというのだ。
「シャキっとなさい、“アルバイン”」
「ェ?」
なんて間抜けた声のなのかしら。落胆に近い溜息をのみこんで目も合わせず指摘する。
「貴方が何を言われたか、何があるのかなんて知りませんわ。ですから、どうしたというんですの? 騎士になれない? 他人に言われたか止められるものですの、それは?」
「それ……ハ……」
「それはも、それでも、あれでも、ですわ、でもありませんわ。才能云々? 本質云々? それがどうあろうと、自身が成るべき、成らなければならない存在には壁として付き物ですの。今さら一つや二つ立ちふさがろうと関係ありませんわ」
「…………」
「どうありたいか決めるのは自分、他人はただ遠くの方から言ってるだけの遠吠えに過ぎない。貴方が騎士になる過程に過ぎませんわ。……それに騎士なんて肩書が欲しければ勝手に名乗って、勝手に騎士すればいいじゃありませんこと?」
「それは不味い気が……」
「別に私には関係ありませんからいいのです。騎士が名称・業務独占でもしているわけじゃあるまいし、貴方が誰かを守りたいなんて思って行動する事は自由なのですから」
「!!」
なに驚いてこちらを見てるのかしら? なに、喧嘩売ってますの?
その熱い視線がどうにも見ていられず、妙に熱をもって語ってしまったという羞恥もあって、アルバイン支えることをやめて、地面へ転がした。
「ですから! いつまで女性に肩を待たさえていますの!! さっさと自分で歩く! まったく……!!」
そのまま彼をおいてけぼりにズンズンと突き進み、先ほどまで進とハンターが戦っていたであろうフロアまで辿り着く。
「……誰もいない?」
そこは静まり返っていた。薄暗闇が広がる奥が見えない空間。
床には銃の薬莢が転がり、いくつかの弾丸を受けて絶命した死体がいくつか転がっている。
だが……
(……それにしても、やけに血臭がキツイ)
そうなのだ。やけに血の臭いがこの部屋には満ちている。ここはまるで……
中央へと若干の警戒心を持って歩いて行く。
次のフロアへ行くための階段が、ここには中央に設けられていたからだ。
気を抜いたら死ぬ。
そんな感覚が伝わってくる。
ここには敵がいる。そう言われているようで、警戒心を高めていたところに雫が垂れた。
「?」
別に体に垂れてきたわけではない。自分の立つ真横、フロア中央に近い柱の根元にある“一つの塊”からなにかが垂れた音がし……た!!?
それを目撃した瞬間に、驚きが出ぬように口を手で押さえた。
それは死体だった。別に私も魔術師の一人。抗争にまけた術者の死体など慣れっこだ。
でも……これは……異常だった。
それには腕も足もない。四肢がまるで強引に引きちぎられたかのようにもぎ取られている。
もぎ取られたそれはどこにいったのか? 当たりを見まわしてもないだろう。別に食べられたわけじゃないことはわかる。
なぜわかるか?
(ひどい、ですわね)
食べさせられているからだ。死体の口に強引にそれらがねじ込まれている。
死体の性別は男。顔は握り潰されたらしく、指で抉られた跡が生々しくあり、判別できない。だが、断末魔の悲鳴すら許されず、ここまで限界まで死なせてもらえなかったことは見てわかった。
どこまでの憎しみがあればここまでひどい死体を作れるのだろうか? そんなことを考えていた瞬間に背後から、口を押さえられた。
「っ!!?」
「ボクだヨ」
耳元で緊張感に小さく呟かれた声の主はアルバインだろう。やっと腑抜けから立ち上がれたらしい。
「……9時の方角、そこの大穴から何かが近づいてル」
「……なにか、判別できますの?」
「わからない。でも、数は……来るヨ」
来ると、言われた瞬間に、それは大穴からソレが飛び出した。この薄暗闇でも判別可能な“銀色”の閃光を引いてきたのは――――
「永仕――――と、撫子ぉ!!?」
人狼化した科布 永仕の背に計画ではそのまま逃げていると思っていた友人の姿があったので叫んだ。
その本人はフロアへと意外な俊敏さで見まわす……見回した!?
「ダメですわ。見ては……」
「もう遅いヨ」
まいった、とでも言いたげな騎士の尻を蹴り飛ばし、撫子が見つめてしまっている男の変死体から遠ざけようとする。
いくら特殊な人生を歩んでいたとはいえ、撫子は普通の人間だ。こんな死体みせられない。いや、直視してほしくはない。
「これは……ハンター……さん?」
「え?」
「ああ、これはハンター、なんだろうね。この血の臭いは奴のものだ」
絶句する。私でも判別不可能な……いや、判別しようと直視することすら止めた変死体を撫子が、普通の女子高校生であるはずの彼女が容易く判別したからだ。
って! 違いますわ!
「どうして貴女がここにいますの、撫子!! 永仕っ! 貴方は一体なにをっ」
「悪いとは思っているさ。でもね、撫子が彼が危ないと言ってここに来たんだ」
「なにを言って……って、どこに行きますの、撫子!?」
本来、撫子を安全圏まで送り届けるはずだったのだ。それをなんで危険地域に戻しているのか文句をいっている最中に、撫子が上の階へ続く階段へと駆けだした。
その速さ……
「はやっ!?」
普段、おっとりしている彼女だが、体育の時間などは他者を圧倒する運動神経で全校生徒のトップを勝ち取っていることは同じクラスなので視て知っていた。だが、その三倍はくだらない速度と俊敏性で上へと向ってしまった。
言うのも恥ずかしいが、静止をかけることすらできなかった。
「早く追いますわよっ、なにやってますの、アルバイン!!」
返事がない。まるで屍のようだ。
「いや、君に蹴られて悶絶してるし……体ボロボロの上に彼、腕が凄い折れ方してるよ」
「じゃぁ、永仕っ! 早く追いかけてっ!」
「いや、俺も結構しんどいんだ。ここからは歩きで行くよ」
返事があったが、軟弱かっ!
そのままゆっくりとつらそうなアルバインを背負い、歩き出す永仕。なんともマイペース。不安の欠片もないその狼の姿にイラだった。
「どうして貴方、そんなにヤル気がありませんの!! 先に行った撫子が敵に出会う可能性も……」
「ないよ。それは」
「……言いきれますの?」
その妙な説得力とゆったり感で冷静になれた。
「あぁ、なにせこのビルで生きているのは僕らを除いて3人。その三人は全員屋上にいるよ」
忘れていたが、この人狼は知覚能力が半端ではない。なにせ、金狼の卷族。臭いだけで上の状況を把握するなどわけないはずだ。
そんな銀色の人狼は溜息をつく。まるで上に行くのを躊躇うかのように。
「どうしましたの?」
「……君たちは来ない方が……って言ってもくるのかな?」
「当然」
「ハァ……そうか。でもね、実際俺は行きたくないな」
「どうしですの?」
「……これから上の階からくる臭いが嫌なんだ。すごい血臭だ。だぶん、こんな死体がごろごろ転がってる。まったく、気がのらない」
その言葉を聞いた瞬間に、アルバインは飛び跳ねるように背中から駆けだし、私もまた同じように上へと向う。
一体、なにが起こっているのか確かめるために。
視点変更 2
俺が一体なにをしたっていうんだよぉ!!
本城 長人にとって、今日はただの一日であるはずだった。
株主である企業が作った新しいビルの上層階を買い取り、そこの下見に来るだけだったというのに。
だというのに! あの用心棒がいきなり、女二人を拉致してきたり。いきなり二足歩行する狼男があらわれたり、おまけに、おまけに!
あんな悪魔を連れてくるとはっ!
「ぎゃあああああっ」
目と鼻から大量の水を垂れ流し、死ぬ気で走る。
パンチパーマに白い上等なスーツを着たあの男は30歳半ばという体力の落ちた年齢を怨みつつ、とにかく走る。
背後からは手下の叫び声や銃音が絶え間なく聞こえてきたが、かまっている暇はない。
あの紅い目の悪魔がこちらに追いつかないうちに逃げなければ!!
最後の階段を駆け上がり、あともうすぐでヘリが待っている屋上だ!
「本城さんっ、早く、早く!!」
「来てますよぉぉぉっ!!」
「ぅるっせい!!」
後をついてくるうるさい部下に蹴りを入れ、下へと突き落とした。
時間稼ぎくらいにはなるはずだ。
ごろごろと転がる部下を吐き捨て、屋上のドアを蹴り破る。
「このっクソ野郎! テメェ地獄に落ちろっっぉ!!」
「本城ぉっ、よくも、よく……っぅああっ、ああああああああああああああああああああああああ」
パパパアッンと、サブマシンガンが無慈悲になる音と手下だった男たちの悲鳴を聞きながら、俺はヘリへ乗り込む。
「急げぇいい! ハリー。マジでハリー!! ごう、ごう、ゴォウ!!」
ヘリのパイロットは俺の言葉になにかを感じたのか、手早くヘリを空へと持ち上げてくれた。
バババババというむさ苦しいヘリの音を心臓の鼓動のように感じ、生きた実感をやっと感じた。
……アイツは一体なんだったのか。
あの裏の世界では名高いハンター。アイツもアイツで悪魔だった。指名したターゲットや組の俺の敵対者などを軽々と殺し、ついには組長を事故にみせかけ、毒殺しろ、という俺の命令をなんなくこなしてくれた。それに一度奴の戦いをみせてもらったが、魔術なんてものを知っている俺でも目を疑う強さだった。
それをアイツは殺したのだろうか?
ほとぼりが冷めるのを上の階で待っていた俺と部下30名ほどが目にした悪魔は、俺らの知る悪魔ではなかった。
ドアから現れたのは黒いコートに血をしみこませ、狂ったかのような笑顔のガキ。
始めはガキだと思って舐めた俺達は銃で応戦した。だが、アイツはそれを弾丸を避けもせず、真っすぐに歩きながら一人、一人銃で殺していった。
いや、殺しただけじゃない。足を、腕を斬り落とし、動けなくした後でじっくり、いたぶる様に殺していた。
次第に減る部下、絶叫を上げて苦しむ抜いた死を見せつけられる続け、俺はすぐさま逃げ出した。
俺はヤクザの世界で生きてきた。ガキの頃に悪さして、流れるように行きついたこの家業。殺ったのも一人や二人じゃねぇ。
死体を陰惨につくったことも、指を斬り落としてやったこともある。
だが、アレは別物だ。俺の所業を幾つ重ねても足りねぇぐらいの死をアイツらに与えていた。
あのガキは悪魔なんてものじゃなかった。アイツはきっと世界を呪い殺すために生まれてきた存在に違いねぇ。
ただのガキがあんな馬鹿デカイ……
ズバァっ、という衝撃音とともに、コックピットの下からヘリのパイロットを真っ二つに突き刺し殺した馬鹿デカイ黒い剣を振れるわけがねぇ。
「ぅぇっあああああああああああああ、ひぃあああああああああああああああああぁっ!!」
数秒間の落下と、その後のヘリの落下が起こした衝撃が襲ってきた。
「ゲホッ、ケホォ、痛ってぇ……生きてる」
ヘリは衝撃で半壊したようだが、映画見たいに爆発することはなかった。
パイロットは即死。だけど、俺は生きている。
いや、生きてしまった。
「みぃつけた……」
「ひぃあああっ!! ヤメテぇ! たす、たすけてぇ!!」
俺が二十年間しなかった命乞い。その瞬間、パァンと放たれたサブマシンガンが俺の左足を貫いて、意味のないものだと理解した。
「いタぁああ!!? 痛いぃぃっ! アアアアァアアアアッ!!」
「逃げんなよ」
髪を掴まれ、そのまま引きずられヘリから下ろされる。
「テメェが親玉らしいな」
「違うぅぅぅぅうう!!!」
「違わなくてもいいんだよ」
殺すから、そう紅い目が物語った。
「たす、たす、たす、たすけ……」
「……そう、お前に突き飛ばされた部下も言っていたぞ」
もうだめだ!
「やめろぉぉ!!! ヤメテくれぇぇい!!」
は?
屋上のドアから懇願する声が響く。
そこには
「……八島」
俺の部下の一人がいた。
視点変更 3
「殺さないでくれえよ……その人は俺の、俺の恩人なんだょ」
泣き声まじりの声で、俺は懇願する。
目の前で俺の恩人をなぶり殺そうとしている黒いコートの悪魔に。
ゆっくりと、一歩、一歩と近づいていく。
「たのむぅ、頼むよォ」
あの錬金術師に負けた後、俺は必死に彼を求めた。
あの女は、本城さんが俺を見捨てたのだ、と言った。
そんなこと信じたくなくて、必死に駆け走った。
赤子が母親の乳房を求める様に、上へ、上へ、ビルの非常階段を昇った。
あの日、死にかけていた俺をたすけてくれた優しい声が聞きたくて……走った。
なのに。
「その人は、俺の大切な、守るべき人なんだ…だから、だからさぁ」
「…………」
剣を掲げる悪魔と、這いつくばって殺されかけている本城さんとの間に入って、両手を広げて庇う形をとる。
「……お願いだ、この人を……助けてくれ」
風がふいた。
ここはビルの屋上だ、常にふいてるようなものだ。
そんな当たりまえの間ができた。
見下ろす悪魔の紅い目は、感情の読めない冷徹なもの。
その目を俺は真っすぐ見据える。
そんな俺に何かがもたれ掛かる。
「……そうだぁ、俺はまだ死ねねぇんだよ」
それは本城さんだった。恐怖に引きつる声で交渉を始める。
「やっと、なんだ。やっと、ここまで、この地位まで昇りつめたんだぞ! これからなんだよぉっ。これからって時に……そうだ、俺は孤児院なんかに寄付をしてる! 俺がいなくなれば飢えるガキがでる。だから死んじゃいけねぇ!」
本当だった。ただし、完全な善意ではなく先代の咲那会会長の娘が経営しているところであり、先代へのアピール狙いであったが……
「……だから、だからな。そうだ! 金! 金をそっちに流してもいい! ギブアンドテイクの関係になろうじゃないか!」
金。
それは万人に有効な手段だ。
俺はこの時、本当におぞましいものを見た。
金でつった本城さんの生への執着心にではなく。
笑顔になった悪魔の表情にだ。
「金か……いいな」
「そうかっ! そうだろう! 話がわかる兄ちゃんじゃないか!」
カチカチカチ、歯が触れ合う音。
俺が出した音。恐怖で痙攣する顎が自然とだしてしまった音だった。
あの女が出していたほどの殺気はない。
ただ、笑みがあった。
「金は欲しいな……でもよ」
「はっ? ひぃっ!?」
俺の髪を無りやりに掴み、俺と本城さんを向かい合わせるように体位を変えさせる。
そのまま突き飛ばされて、俺は本城さんに被さる様に、抱き合うような形になった。
その時に、本城さんも見てしまったのだろう。
あの笑み。三日月のように口を裂き、眼孔に収められた紅い目を満月のように見開いた笑みを。
「俺が今、欲しいのはお前らの命だ」
楽しげに、“怒り狂った”悪魔の顔を。
その声を聞いた瞬間に、腹が灼熱で焼かれた感覚が突き刺さった。
「っぁが!?」
息がかかるほどに近付いた本城の顔が歪む。
俺はゆっくりと目線を下げた。
そこには剣が、呪われたように黒い大きな剣が縦に突き刺さっていた。
俺を貫通し、本城さんの腹をも越え、屋上のコンクリートまで深く突き刺さった剣。
「ぁぁあああっ」
「ほん……ゴホォっ、城さんっ」
吐いた血反吐が本城さんの顔にかかる。
その表情は、苦悶に満ちていた。
突然の浮遊感。剣がゆっくりと地面から抜き取られ、俺と本城さんを串刺しにしたたま浮かされたのだと気が付く。気がついた瞬間にはすぐさま加速が加えられ、なにかに再び突き刺された。
耳元で誰かが囁いた。
ヨウク、ミロ――――
鼻につく臭い。これは……ガソリンだろうか?
目の前にいる本城さんの後ろにあるのは……ヘリ。
そこでようやくヘリのエンジン部の近くに深く突き刺さられたのだと、停滞していく頭が理解した。
「……どうして……俺が、なにを……したっていうんだ」
「ほん、じょうさ…」
「……そう、だぁ。お前の、せいだ」
「っ!」
ミロ。ミロ、ミロ、ミロ――――
嫌だっ、見たくない。
こんなの――――
こんな醜く歪んだ恩人の表情、見たくない。
怒りに歪んだ、どうして助けてくれなかった、と被害者の顔を。
キケ、キケ、キケ、キケ、キケ、キケ、キケ、キケ―――――
「……お前さえ……拾わなけりゃ、こんなことにならなかったんだ」
「ほん……」
「お前が……魔術師の……家系から脱落者が出たと聞いて、俺はすぐさま手に入れたっていうのに」
善意でなくてもよかった。ただ助けられたことが嬉しかった。
力だけ求められてもよかった。
あの魔術の機械をあやつる部品として重宝されていることはわかっていた。
ただ、求められている。それがうれしかった。
それだけなのに……
「……力だけ、俺の言うことを聞いてれば……よかったのに、お前はどんどん役に、役に立ちすぎた! だから、俺は! 俺はっ、ゴホっ、ゴボぅ!? 俺はこんなことになっちまったんじゃねぇかぁ!!」
責任転換だ。醜いほどの自分は悪くないという感情をまじかで叫ばれ、俺は自然と涙を流した。
「だから俺はっ! 欲をかいちまった! オジキを殺しちまって、こんな地位までいっちまぅたんだ!お前の……せいだ。お前の実家から命を狙われるはめになったのもっ! おまえの、おめの、おまえぇの……」
ヨクミロヨ、ヨクキケヨ――――
嫌だ、聞きたくない。
もう嫌だ、見たくない。
もう。
もうっ、もうもうもうもうもうっ!!
捨てられたくない。
「お前がいたから……お前なんて助けるじゃなかった!!」
――――コレガ、オマエガマモリタカッタモノダ。
「ぁあっっ、ぅあああああああああああああああああああああああっ!!」
絶叫した。嫌だと頭をふって、目の前の憎しみと怒りが入り混じった恩人だった男の顔から逃げたくて。涙を流して、絶狂した。
激しく動いた結果か、はたまた耐久力の限界か、半壊状態のヘリが火花を散らした。
「お前と出会わなけりゃ、こんな、こんなことになぁ――らぁああああああああああああっ!?」
被害中傷を並べ立てる本城の醜い声が途中から悲鳴に変わる。
悲鳴に頭がクリアになり、目の前をもう一度よく見た。
「あぁ、ぁああっ、火がっ、熱、火ィィィあぁあ!?」
燃えている。
本城が、燃えていた。
剣を伝ったガソリンが本城の体と衣服を濡らしていたのだろう。
火の回りが早い。すぐさま火ダルマと化した本城はそれでも恨みごとを止めない。
「…アァァアアアアッッジァ!! オマエ、オマェ、のセイ、ダ」
火がこちらに手を伸ばす。
俺を地獄の道ズレにしようと延ばされた手は俺の顔を掴む。
「アァ! ッズァアアアアアっ!?」
「ガァゥアア、あ、アヒアアアアっ!?」
纏わりつく火がさらに燃え上がり、本城はさらに絶叫を上げる。
あらゆる死の中でも、なかなか死なず、痛みを与え続けて殺す焼死。死のジャンルの中でも最悪の形であるソレが目の前で人の形として俺へと手を伸ばす。
地獄のそこから這い上がるかのように、それはゆっくりと近づいてくる。
「ひぃああああああああっ!?」
「……こ、のぉ人殺し……ぉこのあ、くま」
延ばされる恩人だった男の手を拒絶し、傷が開くのを忘れて、刃を掴んで逃げようとする。
手から血が噴き出すのも忘れて逃げる。
痛みを忘れた訳ではない。痛い。
それでも、怖い。涙を浮かべて睨みつける本城の姿があまりにも似ていたから逃げようとした。
似ているのだ。
あの日、自分を捨てた一族を皆殺しにした日の。
愛しい夫と溺愛する俺の弟の死体を眼前に犯し、殺した、あの時の母の姿に。
「あぁぁっ」
「オマエ、ナンテ」
「うゥァァァっ!?」
「オマエなんて、生まれてこなければよかったんだっ!!」
『アナタなんて、生むんじゃなかったっ!!』
「ぅっあ゛、アアアアアアアアアアアアアアア゛」
クカカカカカッカカカカカカカカカカカカカカカッ!
存在否定。それが俺が母親を殺した本当の理由。
俺はどこまでも、だれにも望まれない命だった。
それがたまらなかった。
ただ必要とされたい、その一心で、誰でもいいからつくしたかった。
裏切られたくなかった。
その一心で。
それだけだったのに……
火に包まれた男が俺を抱きしめる様にもたれ掛かってくる。
火が俺にまで回る。
焼けて焦げたいく俺。痛みはある、焼けていく肉の悪臭もわかる。地獄の痛みがあるとしたらこんな感じなのか、そう淡白に思いながら、声を上げる。腹から出てきたのは……
「ァハっ、はは、アハハハハハハ」
笑い声だった。
何がおかしいというわけではない。
ただ、ただ絶望しただけだ。
「あっははははあはははははは、ギィヒィハアハハハッハアハ!!!」
クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ
俺と重なる様に発狂したかのような笑い声が聞こえた。
あぁ、あの悪魔か……
さぞかし、楽しいのだろう。人を絶望させるのは。
剣が引き抜かれて、悪魔が剣を振りかぶる。
歪んだ笑みを浮かべたソイツに恨みごとでもいうべきなのだろう。
でも、思いつかなかった。
あぁ、と気が付く。本当に絶望した奴には……
剣がぶりかぶられ、ヘリの側面へと叩きつけられる。
外装を突き破り、機械群と本城と俺の体がまぜこぜになりながらヘリごと吹っ飛ばされたことを感じた。
その数秒間、体を動かすことはできなかったが、自然と呟いた。
恩人とよんだ男の焼死体を抱きながら。
「この後の世界なんて……どうでもいい、か」
心から絶望した人間は恨みごとも、ソイツがどうなろうと、この世界が滅ぼうとどうでもいいのだ。と気がついた瞬間、俺の体は爆発に巻き込まれ――――
視点変更 4
「……進」
間に合わなかった。
「クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ」
心の奥底から絶望した彼らの死を笑う進を見て、私は途端にそう思った。
燃えるヘリの残骸とそこから噴き出る炎の明かりがビルの屋上を照らす。
血まみれの彼はどうしようもなく狂い。
目を見開く彼の眼はどうしようもなく紅い。
敵を蹂躙し、敵の痛みをみて歓喜を上げる進の姿がある。
そんな彼を見て――――
私は、私は―――――
視点変更 5
その光景が信じられなくて、吐きそうになった。
「撫子……行っては、ダメ」
私は注意を払い、聞こえる範囲の忠告を先にこの光景を見ていた撫子へといいつける。
そこには非道のおこないがあった。
私が辿りついた時には、やさきほどまで私と戦っていた八島がなぜか本城といわれていた男と一緒に串刺しにされた瞬間であった。
その後の展開を見ていた。
だが、止めるという選択肢を自力で堪えた。
本能が叫んだのだ。いや、今も絶叫している。
――――今の進に、近づいてはいけない、と。
隣で一緒に佇んでいるアルバインもまた同じようにしている。彼は静かに気配を消して、様子を伺っている。
いや、気配を消してはいても臨戦態勢を崩してはいない。いつでも飛び出せる形をとる。
もし、ここで気配を消さずに敵意をあらわにしたとしたら間違いなく進はこちらに攻撃をしかけてくる気がするのだ。
そんなありえない、と考えてしまえない殺意と狂気を今の彼は放っていた。
それは間違いなくこの世に厄災をもたらす人間がもつ悪意であった。
止められない。止めようとした瞬間、殺される。
それが見えない圧力を生みだし、私たちを止めていた。
「……お前らか」
石造のように固まる私たちをいまさらに気がついた進が普段どうりに話しかけてくる。
違う。断じて普段どうりではない。
彼の言葉はこちらに届いている。だが、目線だけは明後日の方向に。東京にあるであろう咲那会へと向けられているのだと、彼の殺意と狂気に歪んだ表情が語っている。
まだ、終わらせないというのか。
ここに来るまでに死体が下水道を流れる汚物のように散乱し、動かなくなった死体からドロドロと漏れ出る赤い川があった。
もうここは人の済む世界ではないと感じさせるほどの、だ。一体何人を殺したのか、それもわからぬほどに。
「取り合えず、“ここ”の奴らは終わった。もう、あの兄妹と組に手をだす奴はいねぇはずだ。安心していい」
「安心……シン、キミはこれからどうするつもりダ。もう終わっただろウ」
アルバインが怒りの声で追及した。彼がこれから、彼らの関係者全員を殺そうとしているのがわかっている証拠だ。
「終わってねぇよ。まだ、アイツらを知る奴らが残ってる。まだ、そう、まだだ」
「もう、いいだろウ! 彼らは、ほぼ咲那会から孤立状態だっタ! 後の関係者なんて……」
「だから、だろう。家族がいる奴だっているはずだ。かたき討ちなんてされる前に殺す」
その言葉が信じられず、膝から崩れ落ちそうになった。
言ってることは正しい。敵は殲滅すべき。それはどこの争いでも同じ。禍根をのこせば、その先に待っているのは絶え間ない争いの連鎖だからだ。
だとしても、彼の口から聞くことがあるとは思わなかったのだ。
「家族って……キミはっ!!」
「正論だろうが。終わらねぇんだよ、こいうのは。それに俺は“壊された”んだ。壊されたからには壊さねぇと、ヤッテられないからな……」
アルバインすら絶句させた言葉。壊された、とは進の銃のことだろう。彼の手にそれがないことが証拠。
たかが銃一丁と何十人、何百人の命を要求するこの男にある狂気。進があの銃を大切にしていたのは知っている。だが、それでも……
私の頭が真っ白になりかけた瞬間、アルバインが決意したかのように前へ出た。
「……シン。ボクはキミを止めル」
「ハッ、テメぇとはいつか殺り合うとはおもっていたがねぇ……それよりも撫子、なんでここにいる?」
ようやく気がついたように進が撫子へ言葉を向ける。視線は臨戦態勢となったアルバインから離れない。
片腕が機能しなくとも、彼から放たれる意思がそうさせているのだろう。
撫子は問われても返事はしない。
この状況と進の狂気に当てらてしまったのか、と撫子の顔を見た。
そして、違うとわかった。
「ここまで来たとき辛かったろう? なんせ死体の山だ。……なんでここにいる? 永仕の奴はどうした?」
問われても答えない撫子。
怖いから、違う。
だって、この子――――
「ほんとに使えねぇな……もう帰れ、撫子。こっから先は……?」
アルバインも不審に思い、彼女を見る。
それにつられて進もまた、視る。
見てしまう。
その表情を、感情を。
だって、この子は――――泣いていた。
涙をこぼして、泣いていた。
答えられないんじゃない。もう撫子は返事をしていた。
その目で。
涙で。
それは不思議な泣き顔だった。
真っすぐに進だけを見て、泣いていた。
彼に殺された者達を憐れんでいるのではない。
まして、彼らに傷つけられた私たちや永仕たちにではない。
怒ってもいない。
ただ、悲しんでいた。
他の誰でもない、進だけを。
銃を壊されたことに同調しているわけでもない。
この仲間同士で言い争い、殺し合いに発展しかけているからでもない。
彼の姿に失望しているのでも、悲嘆でもない。
ここまで感情がつかめない悲しみを、私は見たことがない。
この場の誰もが、動きを止めて彼女を見る。驚きにではなく、困惑で。
そして、返事がなかったわけでもない。
撫子は嗚咽に近い、小さな声で呟いていた。
静まり返った今は、とても大きく聞こえる声が響く。
「……じゃない……こ、んな進……わ……じ………じゃ、ない」
嗚咽に混じった声はよく聞き取れない。
ただ、違う。こんなものではない。
これは進ではない、そんな悲しみの声が聞こえた。
撫子は泣きじゃくりながら、ゆっくりと出口へと背を向ける。
そのまま消えていく彼女を誰ひとり止めることはできなかった。
一息をついて、困ったように天を仰ぐアルバイン。
進は、出口を見つめ続ける。
私は彼女の心を察することができず、答えを求めるように進へと目をむけた。
そこには答えなどなかった。だが、別の答えを見てしまった。
私はそれから……彼の表情を見ていられなくて、弾ける様に顔を伏せた。
私の心に一瞬生まれたソレから逃げた。
彼の表情が――――
彼のまるで、見捨てられてしまったこと信じられない子供のような表情を見たくなくて、私は目を背けた。
視点変更 6
どこからか、声がした。
“あぁ、やっぱり、また泣かせやしたね。だから、言ったのに”
そう聞こえた気がした。
三章 終
こんにちは、もしくはこんばんわ、またはおはようございます。最近、システマ(ロシアンマーシャルアーツ)にはまっている桐織 陽でございます。
今回はあまりイイ気分ではないラストであったので、ここではテンションを上げてみようと思います。
とりあえず……フォォゥワァォッ!! 続いて、タップダンス! コンボで椅子に座ってシャツの第二ボタンをはずして、ヤラナイカ?
最後に、ベットの上でペルソナのりせちースライディンぐぁぁあぁぁっ!!? こ、股関節がぁぁぁっぁぁあぁぁぁあ゛っ!!!
お見苦しいところをお伝えしました。
あと、最近、ここのサイトで言う各章のあらすじが公開されないシステムであると(いまさら)気がつきました。
あぁ、どぅしよう、あらすじって苦手なんよぉっ! とか頑張って書いてたアレが公開されてねぇじゃん! とか悶絶していた平成24年 5月23日がありました。なんとなく微妙に内容が把握しずらい我が作品でありますので、あらすじの方を活動報告のほうに乗せていこうかと考えます。タイトルのあらすじとか書きますので、よろしければ見てもらえれば幸いです。
あと、以前ピクシブでcon-tractの短編的なものを乗せていく、的な話がありましたが、中止となりました。あっちにはエロしょ……ゴホォ、ゴホォ! なんでもありません……
なので、こちらのサイト様であげていこうかと思います。
こちらを本編として、あちらは本編を補間する短編にしていこうとしています。おふざけ、ギャク中心で時折、真面目な感じで……
別タイトル扱いで、現状は“con-tract /out”にしようと思っています。よろしければ、出たら見ていただけたら嬉しいです。
今回はこの当たりで、ここまで読んでいただけた方々に感謝を
桐織 陽より。