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con-tract  作者: 桐識 陽
1:完璧に作られた女子高生と魔王がいたらこんな奴
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2、路地裏の出会い

H24年 1月23日 半端に修正~。

H24年 6月28日 捕捉追加


 

 2、路地裏の出会い


 

 「九重さん!!」

 突然の声にギョッとする。

 あれから二日が経過し、いつものように学校へと通いつつ勉強に励む生活するサイクルに戻っていた。まるで何事もなかったかのように一日が過ぎていたのだが、少し違うようだ。

 ホームルームが終わり帰ろうか、図書館で勉強しようか迷っていたときにそれは起こった。突如としていつも元気ではきはきとしたポニーテールのクラスメートの女の子が話しかけてきた。いや突進してきた。

 「ほへぇ?」

 あまりの唐突さに、間抜けな声をあげてしまった。

 「ですから……ええぃ! 九重さん、遊びに行かない!!」

 驚いた理由はその唐突さだけではない。たしかに彼女とはクラスメイトだが、実際に会話したこともなかったのだ。当然、疑問が頭を駆けめぐったので問い返してしまう。

 「どうしてなんです?」

 私は彼女を警戒をしている訳ではないが、ドレイクの恩恵を受けようとする輩は多いはずだ。だが、私に頼られても困るのが実際だ。なにせ私は彼のおもちゃでしかないのだ。口添えすることすら、死に直結するだろう。

 「い、いや……ほら九重さん、最近元気ないからって……」

 彼女の視線は背中の方へと向かう。視線を追ってみると数人のクラスメートがこちらを心配そうに見つめている。なるほど、ただ単純に気を遣わせてしまったようだ。

 「御気遣い、ありがとうございます。でも・・」

 「う、ううん。こっちも急で悪かったよ。じゃあ……」

 彼女に事の報告を受けたクラスメートたちは残念そうな声を上げる。普段、私には誰も寄ってこない。少し前までは歩み寄ろうとしてくれる人たちは多くいたが、私の事情に巻き込んではいけないと考え、距離をとってしまったための結果だ。

 「……ごめんなさい」

 私は小さく謝罪する。

 もちろん彼女のような配慮は嬉しい。だが、気遣いの心を向けられるほどに胸が痛む。私はそんな大層な人間ではないのだ。人から優しさなど受け取っていい人間ではない、決して。

 私は暗い感情を取り払うために図書館で勉強することにした。


 

 「お嬢様、お迎えに上りました」

 いつもの運転手。いつもの高級車。その中に入り、あの屋敷へと帰る。読書に熱中してしまい、帰りの時間が少し遅れたのにも関わらず運転手の声には一寸の感情はない。

 季節は日が昇っている時間が長いため、いまだ明るいが二時間もすれば日は落ちてしまうだろう。

 「お嬢様、急な報告がございます」

 「なんですか?」

 今日は珍しいことが多い。こんなことは今までなかった。この運転手は今日の予定は朝には報告するはずだったのだが……

 「今夜は旦那様が祝いの席を入れたいとのことでして、用意に時間がかかるためにお嬢様には外で時間をつぶしていただきたいとのことです」

 「そう……ですか?」

 本当に珍しいことだった。吸血鬼たちが集まるのは“晩餐会”であり、開催日はまちまちだが開催する一か月前には必ず知らせるのが養父のはずだ。なにか良いことが起きたから、という安易な考え方をする人、いや吸血鬼ではないのだが・・・。

 だが、少し安堵していることが運転手による私の反応を探るためであることも否定できない。私は感情が見えないよう緊張を高め、普段どうりに了解したという意味で短い返事を返す。

 しかし、どうしようか? 私に趣味らしい趣味はない。行きたいところなどもない。すると、ふとしたことに先ほどの元気なクラスメートの言葉が脳裏に甦った。

 (遊びに行かないか? そんなこと言ってくれる人なんていつ以来だろう。確かにそう言ってくれる人、友達はいた。そう“いた”のだ)

 意識したわけではないが車の窓から世界を見る。目に映るのは街の光景。人々が足並みそろえて歩く歩道と、ビルとビルの間の間にある薄暗闇と……

 

 

 “彼女たちが、私を誘ってくれた彼女がいかにもガラの悪そうな男に手を掴まれている瞬間。”

 

 

 「止めて!!!」

 彼に大声を出したのは初めてだったこともあったのか、同時に初めての我がままを忠実に実行してくれた。

 若干スピードが出ていたためにけたたましいブレーキ音をかき鳴らす車。連鎖的に後を走行していた車も急ブレーキをかける。

 後続車の運転手たちへの謝罪は考えもせずドアを開け、スルりと脱出し、駆け出す。

 周囲の目にも、無理やりな下車から来るバランスの崩れを無理やり振り払い。人目を気にも留めずに現場へと走る。

 すると野次馬もなく人々は見て見ぬフリだった路地裏の入口で騒ぐ人たちがいた。

 「放せよっ! この野郎!!!」

 「あぁん!? せっかく遊んでやろうって声かけたのに、その態度はなんだ! あぁっ!?」

 見た目どうりの展開だった。私が到着すると案の定に“下手なナンパ3人組と被害者の女子高生5人”の図が出来上がっていた。

 唯一の予想外は、なぜか私が現れたことでクラスメートたちが目を丸くしたことだけだ。

 「こっ、九重さん!? なんで!?」

 「そんなことはいいですからっ。皆さん、こちらに!」

 幸いなことに腕を掴まれ拘束されているのは元気なクラスメートのみ。手招きをした私所に救いがあるかのように残りの4人が寄ってくる。

 後は任せて交番へ、と小さく告げると全員で逃げ出させることには成功した。

 ……たぶん援軍を連れて彼女たちが帰還してくれはしないだろう、と予想しての行動だった。そして案の定に彼らの矛先はこちらに向いた。

 「あっ!! なにしてくれんの!?」

 「クッソっ。ヨッちんがキレっから~」

 「俺のせいじゃねぇだろ!? それにさ~、これはこれでいいんじゃね?」

 下卑た笑いを作った金に染められた短髪不良その1、ヨッちんさんが私を舐めまわすように視る。怖気がよだつ値踏みの視線に、私は半歩下がってしまう。

 「……すっげ~カワイイんですけど!」

 「「……確かに」」

 同調する……え~と、不良さんその2、3さん達。褒められたのに、何故か素直に喜べないのは彼らの表情が、下心を透けて見えるようなニヤケ顔のためだろうか。

 「にげて! 九重さん! と、言うよりどうして!?」

 「……え? あ、あれ?」

 今我思う。

 アレ、どうしてだろう!? よく考えたらピンチなのでは!? 

 ココにきてパニックになる。

 あ、そういえば私はケンカなんかもちろんできないのでは!? なぜ疑問形なのだろうか!!? それよりケンカを前提に考えてはいけないのでは!!!?

 それに最悪の状況が展開していることにも今さら気が付いた。

 私たちの立っているのは路地裏と呼ばれる暗い場所。

 一応、私の背後は人が溢れる繁華街だが、道行く人は我関せずの見て見ぬふりだ。

 (……どうしよう? 今なら一人でなら、逃げられそうだけど……)

 しかし、一人で逃げることはできない。こんな私を誘ってくれた優しいクラスメートが捕まっているのだ。逃げるなんて……。

 彼女を今捕まえているのは彼らの中でも一番奥に陣取っている不良さん、その2さんだ。とてもじゃないが手が届かない。そうでなくてもじりじりとその1さんが近寄ってくる。

 どうする? 

 どうしたいい?


 

 視点変更1

 

 

 俺は豚まんが食いたかっただけだった。 

 春が終わって間もないが、旬が過ぎた豚まんを急に食いたくなっただけだ。

 「人生どうしてこうも、自分がほしいものに限って店頭に置いてないとかが高確率であるんだろうな……」

 請け負った仕事を終えての帰路途中、住み家に帰るルートにコンビニは数多ある。

 だが、豚まんを取り扱っているのは今やひとつだけらしい。肉まんはある? だと、ふざけるな俺が欲しいのは豚なんだよ……(豚まんと肉まんは同様に豚を使っているおり、ほぼ同一存在であるが)

 なには、ともあれ少し時間をかけ、帰路から少し外れたが豚まんは手に入れることはできた。

 早く食いたいが、俺は立ち食いは好まないので家に帰って内包された肉汁を味わうことに決めた。

 ちょうど近くに住み家がある“区域”に入れる場所へと続く裏路地があることをふと思い出し、いつもの順路を外れ数分、そこは迷うことなく見つけることができた。

 (できたんだが……なんだ、こいつら?)

 男3人と女2人が何か騒いでいる。盛るなら春にでもすればいいものを……

 厄介事に首突っ込むの嫌だが、今から別の道へ戻るのも面倒だ。何より豚まんが硬くなることは何としても回避しなければならない。

 そう判断し、無視を決め込むことを決めて、騒ぎの横を通り過ぎることにする。

 ちょうど茶色っぽい髪の女を丸刈りの金髪頭の男が手を嫌らしくワキワキさせながら捕まえようとしていた。なんとも古い表現を使う奴だと感心したが、今は豚まんだと考え、急いでその場を横切ろうとした。

 だが、思いがけぬミスが起は唐突に起きた。

 俺と交差するように女へ向かっていった男のポケットからはみ出したのじゃらじゃらと邪魔そうな装飾品が袋に引っかかった。

 意識が豚まんという誘惑に気を取られたことから始まった負の連鎖の行きつく先は、靴の下。

 苦労して手に入れた豚まんは、男の靴裏の洗礼を受け母なる大地へと帰還した。

  

  

 視点帰還1


 

 べちゅっ。

 何かがはみ出る音とともに路地裏に響き渡る柔らかなモノがつぶれる音と、同時に広がるおいしそうな匂い。

 「うっわ! なんだよコレ!!?」

 ちょうど事態を無視して通り過ぎようとした黒いコートを着た男の人の持ち物が落ちてしまったのだ。袋からはみ出た白い何かを踏みつぶし、ヨッちんさんの靴と白い何かは路地裏の汚れを受け見る見る黒ずみ汚れに変わった。

 「汚ったな! ちょっ~とっ、コレどうしてくれんだよぉ! テメェっ!」

 どちらにも非はありそうなものだが、キレたヨッちんさんがコートの男の胸倉を掴む。

 「どうしてくれんだ? ……だぁ?」

 黒いコートの声が路地に木霊する。男特有の低い声、そこに含まれる感情は語尾に異様に表れてはいたがトランス状態のヨッちんは気が付いていないようだ。私がその感情に慣れているから気がついたのだろうか? そこには殺気があることが。

 「そうだよ!早く金を置いてかねぇぇえええがぁああ!!」

 上記の文は決して文字化けでも打ち間違いではない。ヨッちんさんの悲痛の叫びだ。人間、本当に痛い時は痛いと単語で言えないものだ。

 私を含め、その場の誰もが目を見開いた。ヨッちんさんの足が地面に届いていないのだ。

 コートの男性が彼の顔面を鷲掴み、そのまま持ち上げているためだ。苦痛の原因は顔面を握り潰さんとする指の力なのだろう。一体、どれだけの力が込められているのか、確かな音としてギリギリという万力に締めつけられているかのような濁音が耳に届いた。

 二人は同じくらいの身長だった。たぶん、177、8㎝ぐらい。それを指の力で固定した顔面を起点に、腕を天に向けるように伸ばす。

 まるで天に捧げる供物のように。だが、この状況を見てその姿を天使と表現する者はいまい。これはまさしく天に反逆する悪魔の姿。

 「このクソが、よくも俺様の豚まんを……。お前の命と俺の豚まんの価値の違いがわからねぇだぁ・・・脳味噌が壊死しかけてんのかぁ!?」

 「ギャアアアアアアアアアアアッッ!! ぎぃっ! アァァァヴァ!」

 低く深淵から響いてくるような怨念と怒りの声色のコートの人。もがき苦しみながら断裂魔の悲鳴を上げるヨッちんさんだったが、力は一向に揺らがずむしろ強まっているらしく、四肢をジタバタさせ脱出を試みているようだが、うまくいかない。

 「冷たい石で頭冷やしてこいよッ!!」

 硬い何かが砕ける破砕音とともに悲鳴は止まった。

 この路地裏は幅6メートルぐらいと狭い。壁と壁が対面する空間なのだが、コートの男は立っていた位置からつま先を外に開いた左足を側面に向かって開き、腰の回転を加え、右手で鷲掴む頭を壁に叩き付けた。

 否、“めり込ませた”。

 壁に顔面を突っ込んだ不思議かつ気味の悪いオブジェの完成の瞬間を目撃してしまった。何処か道に生える草を連想させるが、根元となっている人間だ。なにより草はビクビクと痙攣しない。

 その一瞬で世界は静寂で満たされた。

 一拍の間、そして静寂は

 「「ヨッちぃいぃぃぃぃぃいいいっぃん!!!」」

 破られた。

 そこで気が付く・・・クラスメイトの拘束の手が緩んでいる! というより驚きのあまり放している!

 「こっちにッ! 早くっ!」

 私は不良さんが驚きのあまりクラスメートの手を離したことを見逃さずに鋭く叫び、それを察した彼女は逃走し、私に誘導されるまま路地裏から脱出しそのまま姿が見えなくなる……よかった。

 安堵もつかの間、勇ましく何かに挑みかかる声を聴覚が捉え、振り返る。

 そこにはコートの男に拳を大ぶりに振りかぶる不良さん2の姿。

 大きなモーションで右こぶしを振り上げ、仲間を殺した……いや、たぶん生きてる人のためにコートの男に一撃を与えようとする。

 威嚇的な意味も含まれぬ単純な右ストレート。それをコートの男は左足を前に出した半身の姿勢となって、さらに体を反ることで避ける。そのまま通りすぎるように流れる不良2の後頭部を左手で掴み、そのまま前へと向かう彼のベクトルと、そこへ自分の体重をフルに乗せた力で彼の後頭部を強引に地面へと叩き落とされ……

 「ッボォ!?」

 悲鳴になれない声をあげ、彼もまた地面にめり込む奇怪な人間雑草にされた。

 「ぃひぃ!?」

 残った不良さん3は顔を青ざめ、恐怖に彩られることを恐れるかのように慌ただしく折りたたみ式のナイフを取り出す。

 武器という自分を有利にし、感情を安定させる効果を多大に与える存在を手にした安心が不良さん3の運命は決定された。 

 不良さんの安心した隙を、ダメだしとばかりに人間が体感速度の常識を見直すようなスピードで道の真ん中に構えもなく突っ立つ彼の左横に到着するコートの男性。

 到達と同時に、まるで手品でも見たかのようにまたも放心する彼の側頭部に素人の自分が感嘆してしまう見事なシフトウェイトが加わった押し込むような掌底を打ち込む。打撃と言うより砲撃を受けたように壁に激突し、彼もまた頭が埋め込まれる。

 いや、人を力でコンクリートにいとも容易く人をめり込ます力に驚き声を無くしてしまった。大切な疑問も忘れて…… 

 「……ふぅ。ん?」

 彼の力は異常だ、だがこの場を冷静な判断で見る自分もまた異常だと心のどこかで思っていると、背中越しに首だけ向けられ、声がかけられる。

 「おい、オマエ?」

 「は、はいっ!?」

 話しかけられて困ったことは初めてだ。声も若干、上ずってしまった。

 「お前、臭うな」

 なにより、初対面でここまで言われるのは初めてだ。

 「鉄錆のような、いや……」

 彼と私の距離は10メートル前後。私の背の方から日差しが入り路地裏に多少の明るさを与えている。同時に対する彼が良く見える。彼は右腕を気だるげに右肩に伸ばすと何もない虚空を掴む。

 「……血だな、コレは」

 問われ、回答されても反応できなかった。

 


 なにせ何もなかった彼の背中から彼の背丈にも匹敵しそうな“黒い板”が抜かれたからだ。


 

 あんなもの彼は持っていなかったはずなのに。

 ゆっくりと接近してくる彼の右腕にぶら下がる板。否、板ではない。

 「いや、もっと癖のある」

 彼との距離、残り6メートル。

 日本人の平均ぐらいのウェストを凌駕する大きさであるから勘違いしたのだ。

 「獣臭さ」

 それには人が両手で持てるように円錐形の棒、柄と呼ばれるもの。

 それにはシンプルながらも板の横幅と同じくらいの鍔が付けられ。

 先端は三角に尖り、真っ黒な色をした板の周りには鋭い刃が鈍い輝きを放つ。

 人を切るため存在した過去の産物。現代戦でもお目にかかることはほぼない存在。

 「まあ、何でもいい」

 それを右手に持って、歩み……いや、止まっていた。距離は

 1メートル弱。 

 「人じゃないんだ……気合いがあれば大丈夫だろ?」

 彼は私に方へと向かってモーションが見えない速度で先端を突き出される。

 その後、体を捻るようにして抜かれると同時に赤色の水が飛び出した。

 水の正体はすぐに理解する。

 「……え?」

 血だ。

 噴き出した鮮血が服を赤色に染め上げられる。

 「なん……でぇ?」

 血が急激な速度で抜けているためか、または突然の恐怖に体と声が震える。

 血の射出口を作り出した正体、もう本体が良く見えるほどの至近距離だ、見間違うはずはない。

 それなのに俄かに信じられない、なにせ、これは現代では決してお目にかかれない物。なにより、こんなに大きなモノの存在自体が信じられない。

 それは剣。規格外に大きく、人の身丈ほどある真っ黒なバスタードソード。


 

 死。

 おびただしい出血に脳が即死と理解する。

 私の茶色のブレザーが黒を含んだ赤色のデコレーションを受けて無理やり染められてしまった。

 死という連想に、あれほど自分が死ねば、などと抜かしておきながら震えが止まらない。死への恐怖というものはとても拭えぬものではないのか。

 だが、こんなにも血が出てしまっては……だが、思う。

 (あれ? 私はどこを刺されたのだろう?)

 手さぐりで出血元を探すが私に穴などない。そもそも痛くない。自慢できるほど大きくもない、だが平均的な胸も健在だ。傷はどこを見ても確認できなかった。

 という不思議に頭を捻ると、答えが後ろから寄りかかってきた。

 「きゃあっ!!」

 あまりの重さに押しつぶされかけたため慌てて体を竦める。すると重さの正体が地面へと倒れてくる物体が路地裏に響く。

 その正体は……

 「……運転手さん?」

 その人物に見憶えがあった。いや、憶えていなければおかしい。

 それは私の乗る車を運転していた人。それが剣で作られた風穴から血を噴出させながらうつ伏せに倒れていた。

 「知り合いか?」

 「え、ええ。知り合い……ですね」

 大剣を肩に背負いつつ尋ねてくるコートの男が割と自然に話しかけてくる。私はまるで白昼夢でも見ているような感覚だったためか気のない返事をしてしまった。

 彼は私の返答に、なぜか呆れた、と言わんばかりに顔をしかめる。

 「他人の俺が言うべきじゃないが、友達は選んだんだほうがいいぞ。さっきの女もオマエ置いて逃げちまってるしな~」

 本当に大きなお世話を焼く男は、なんと倒れた運転手の頭を力強くブーツで踏みつける。

 「アンタは人間なんだろ? 魔族(こんなの)と付き合うとロクなことないしな。それに……オイ、いつまで寝てやがる」

 男はさらに再度死体を踏みつけ始めた。力強く、迷いない踏みつけは死者への冒涜とかを語る人が見れば卒倒するだろうこと間違いないだろう。それを私はさすがに見ていられずに抗議する。

 「あ、あの! さすがにひどいと思います! 死んでしまっている人に向かって……そんなこと。そもそもどうして運転手さんを殺したんですか!?」

 「あぁん? 死んでねぇよ、ホラよ!」

 言葉に続け、間髪入れずに運転手の死体を蹴り飛ばすコートの男。その鋭く蹴りあげたことに驚いたが、さらに驚くべきことに

 致死量の血液が流れたはずの運転手が飛び跳ねるように文字通り飛び起きた。蹴りの威力により起こされた錯覚などではない。その証拠にバク宙を数度繰り返し、私たちから距離をとると、攻撃を加えたコートの男を殺意を隠さずに睨みつけている。

 「ほらな?」

 まるでウソがほんとのことだったと自慢するような声が横からするが私には届く。目線と聴覚はすべて奇跡の復活を遂げた運転手に向かってしまっているため表情は見えなかったが勝ち誇る顔が頭に浮かんだ。

 確かにあの狂った家に傅く者が純粋な人間ではないと思ってはいたが……

 「まさか、運転手さんも……吸血鬼だったなんて」

 私の驚きの声をスタートの合図をするかのように自身の皮膚を“脱ぎだす”運転手。

 五秒もかからず脱皮は完了していた。それはもう私の知る運転手ではない。人間というより全身を覆う緑色の肉がむき出しになった昆虫のような外見の異形と化した存在へと変化していた。

 スリムなフォルムに、人でいう指の先端にはノコギリのような爪。大きく裂けた口から漏れ出る息は毒でも含んでいるかのように紫色、瞼の無くなったむき出しの目には殺人衝動が輝いている。

 おとぎ話にでてくる人を喰らう人型カマキリ化物の見本。それが目の前に現れていた。

 あまりのおぞましさに後ろに下がり、コートの男の背に隠れる立ち位置になる。

 さすがに貴重稀なる人間脱皮を目撃した私を置き去りに運転手だったものはまるでバッタの様に跳躍し、壁に張り付き、虫が発するキチキチという音で威嚇してくる。

 「はっ? あれが吸血鬼だぁ? ……オイオイ、アンタの頭大丈夫か?」

 「今、人の挙げ足とってる場合ですか!?」

 もう若干、やけっぱちに返事を返してしまう私。

 この人はなんなんだろうか。このマイペースな男に段々腹が立ってきた。たしかにアレを吸血鬼と呼ぶには難があるけれどっ! 笑わなくたって、いいじゃないですか!!

 混乱と怒りから私はこのやり場のない怒りを運転手だったものに向けるように指差す。

 「あなたもあなたですっ!! もっとエレガントなデザインにはなれないんですかっ!」

 「・・・注文の多い逆ギレだな、おっと・・・何処だ?」

 彼の言葉が鋭い変化を帯びたことで私も気が付いた。壁に張り付いていた運転手だった存在がいない。

 否、音だけが存在していた。キチキチという恐怖を煽る音が。

 居るのだ。あの背筋に震えが走るような音が絶え間なく聞こえる。この薄暗く、闇が点在する空間に息を潜めている。

 隠れる場所などこの路地裏では限られてくるはず。少なくも日が差し込む上からか、それとも横から、定石で後ろからか、または・・・

 と順に目を巡らせる私は遂に捉えた。異形の形となった運転手は・・・

 ギョロリと黒目のない大きな瞳でこちらを見上げていた。

 「っ!!!」

 正解は下、ワタシの眼下。コートの男の背後であり、私の正面。

 (っ!? ひぃっ…) 

 鋭い風圧が顔に届いた。風の正体は攻撃の余波。

 「ぃぎぃんんおわぁァッッ!!?」

 そのおぞましさに声にならない悲鳴をあげようとして、それを遥かに上回る恐怖が私に直撃しかけた絶叫をあげようとしたが失敗した。

 「……女を捨ててるとしか言えない絶叫だなぁ。もっと可愛く泣けよ」

 私の顔面スレスレの軌道を描いて黒い物体……コートの男の大剣が通過していったのだ。剣には緑色の液体が付着している。あの元運転手の血液だと続いて気がついた。

 いや、それよりもまず!

 「まず、謝ってください!! それよりもまず、目線をこっちに向けてくださいっ!」

 なにより恐ろしいのは肩に担いでいた剣を大きく引き抜くような動作でおこなわれた攻撃だったのだ、全くこちらを振り向かずに、だ。

 あと数センチズレテいたらと思うと恐怖でトイレが近くなった。

 私の目下にはもう元運転手の姿はない。また何所かへ隠れたのか。

 答えは前方から、私たちの立つところから数メートルほど離れた路地裏の入口側から聞こえてきた。

 元運転手は、肩の傷口をおさえて立っていた。傷が深いのか、腕が千切れそうになっている。

 「なぜだっ!? なぜ俺の場所がわかったっ!?」

 機械音の合成音のような声が、純粋な驚愕に彩られた痛々しさを含んで路地に反響する。だが、彼に同意する。どうして彼は死角の位置にいた存在に気が付くことができたのだろうか? 直感とか言ったらどうしてくれようか。

 「ハッ! 当たり前だろうが、初めに言ったじゃねえか。臭いって、後ろから臭ってきたからわかったんだよ、ムシ野朗」

 よかった、私のことじゃなかったんだ……ではない! そうならば彼の嗅覚は犬並みかそれ以上ということになるのではないだろうか。

 私と同様に驚愕したためか、さらに警戒を強めようとしていた運転手に向かって、人並み外れた能力を見せ付けたコートの男は左半身に構えると何も持たない左手を手招き、挑発する。

 「そら、どうした、どうしたっ!? 折角、恥ずかしげもなく女の前で裸体になって本気モードって奴なんだろ? ほぉら、昆虫パワーでも見せてくれよ。クククっ、それともそれが限界なのかいバッタ君?」

 嘲る様に、踏みにじるかのような攻撃的な挑発。その嫌味に満ち溢れたフレーズを聞けば誰もが確実に“こいつが悪役”と断定するだろう。言葉の羅列と陰険な笑い声に耐えられなかったのだろう、いや耐えられるのならば相当の忍耐力が必須。だが、元運転手はそれを持ち合わせてはいなかった。

 「調子に乗るなよっ!! 人間風情がァァァッ!!!」

 運転手は手だった部分を鋭く尖らせ凶器に変え、こちらに向かって真直ぐ突貫してくる。尖った凶器は見た目から鋼並みの硬度と剣にも負けない鋭さを秘めていることが判る。

 それを喰らえばただでは済まない。しかも、その速度は常人の私には捉えきれないほどの速度。一瞬にして両者の間隔が無くなったように見えた。

 だが、彼には見えていたのだろう。距離を一瞬で縮めた速度と同等な速度で大剣を水平に構えて、苛烈に嘲笑いつつ、一喝して迎え撃つ。

 「ハッハァ!! 単純っ!」

 「くたばれぇぇいっ! 小僧っ!!」

 突進してくる突きと、押し切るような横一閃。

 振られた大剣と運転手の凶器と、互いの罵声が衝突する。

 拮抗は一瞬、それすらあったかどうかすらわからない。

 運転手の体は黒い剣の質量をまともに受け“粉砕”され、向かってきた方向へと吹き飛んでゆく。剣でが与える攻撃表現ではないが、事実、原型を留めていないほどでこれが最も相応しいとすぐに感じた。

 相手の速度からくる力を諸共せずに引き裂き、砕いた黒い大剣は振り切られた先にあったコンクリートに抉りこみ止まっていた。

 コートの男(勝者)は剣を引き抜くがその刀身には傷一つなく、相対した敵の血すら拒絶し、こびり付かせないとで主張するように微かな光を受けて鈍く輝く。

 私は声にならない驚愕に息を詰まらせていた。

 (人間が、人外の存在を倒した……)

 今まで雲に隠れていた日差しが隙間から差込む。

 壁に潜り込んでいた大剣を引き抜き、肩に柄を支点に担ぐ彼に光が降り注ぐ。

 彼はこちらをゆっくりと振り向く。今までの薄暗さがなくなり、彼の姿がよく見える。

 少し癖のある黒髪、二枚目と豪語しても誰もがうなずく顔立ちだが目つきの鋭さと皮肉気に歪められた口の形でそれも半減している。体は太いというよりも細めで、あんな巨大な大剣を持っているとはにわかに信じられない。

 なにより目を奪われるのがルビーのような紅い瞳。

 「……こんなもんか?」

 やや困り顔で彼は尋ねる。光を受ける彼に目を奪われていた私は我に帰って苦笑するしかなかった。

 誰かに何かを問われて困ったのはコレが二度目だ。

 だけど、どこか心は晴れていた。


 

                                 次話へ



 やっと、主人公が登場させられました。初心者とはいえ思えます、難しいな小説。

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