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con-tract  作者: 桐識 陽
3:守ると吠える月の銀狼
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6、カーネルの血族

この小説は中二病と変態を発している男が書いています。ご注意を!


 6、カーネルの血族



 「……やりすぎたかナ?」

 僕、アルバイン・セイクは自分の加減のなさに少し反省しようと思う。

 今、自分が立つ広い円錐形のフロアには瓦礫が散乱している。その散乱物は全て僕が上の階から破壊してきたビルの床だった。

 屋上から数度にわたる爆破の末にできた大穴から未だパラパラと小さな破片が落ちてくる。その穴を見上げ、二次的連鎖崩壊の可能性がないと簡潔に確認し、辿り着いたフロアの状態を確認するように目線を戻す。

 このビルが建造されて間もないことは全体の綺麗さを見ただけでわかる。建造途中のようにも見えるのは壁の一切ないワンフロアに器具や雑貨がないことだろうか。

 そんな人気の少ない空間には僕の他にもう一人、いる。

 年期を感じる茶色のマントについたフードを深くかぶり、肌の露出を極端に減らしている男がいた。首から口にかけて包帯を巻き、手には覆い隠すように大きなレザーグローブを装着するなど徹底している。この日本の夏の暑さに立ち向かうようなその格好に暑苦しさを感じた。

 そんな男はくぐもった声で呆れたように上を見上げながら声を出す。

 「酷く力まかせの奇襲攻撃だな……騎士が聞いて呆れるぞ。騎士とは…」

 「騎士とは常に優雅で、正しくなければならなイ」

 僕はマントの男の言葉を途中から奪う。その言葉をこの男に語らせたくはなかった。

 「……そうだ。なぜなら騎士とは主に仕える存在。騎士の行動は主の気品にも関わるのだ。騎士が無様なら主もしかり、などと思われる。それは忠義と剣を預けた主への裏切りに等しいからだ」

 「ならばッ! なら、なんデっ!? 何で“彼方”は裏切ったのですカッ!」

 「…………」

 自分の言葉が怒り色に染まっていくのを止められない。止められるはずもない。

 この男を僕は知っている。いや、知っていた。どんなことでも。

 そう思っていた。

 「アナタは常に騎士だっタ! アナタはいつも、ボクらの理想像で、皆の模範で、目指すべき存在で憧れだっタッ! なのに、どうして……どうして主君たる依頼人や自分の部下を殺して、逃げタ!!」

 怒りが悲しみに変わる前に、僕は右手で虚空を掴み、鋭く振り切る。何かが抜ける音とともに腕に重みを確かに感じる。目を落とすこともあるまい、手に確かに片腕でも扱えるサイズのロングソードが確かに握られているはずだ。

 「次元統制保管の術式による魔力のコントロールが格段に上手くなっているようだな、アル。今ならば最低限の魔力の練度で歪曲空間への武器収納は十時間以上は保てるはずだな。並みの騎士でもそこまでには6年はかかるものだが、流石は期待の新人というわけだ」

 「黙って、質問に答えロッ! 騎士団第一部隊長、ジョゼット・ホーキンス!!」

 ジョゼットはマントを脱ぎすてる。現れたのは濃い黒の蓬髪が肩までかかり、整えられていない髭が顔に残る白人の男。

 「元、とつけるべきだ、アル。日本語も片言だな、勉強不足はいかんと教えたはずだ。そして……」

 マントの男、ジョゼット・ホーキンス。騎士団の部隊で最高位の実力者が集う第一部隊をまとめあげて目覚ましい活躍をしたこの男を知る者は、誰もが騎士の模範として名をあげる男だった。

 騎士団の中でも僕の養父である副団長の次の実力者として、知られた彼とは面識があった。いや、あったどころではない。

 「己が敵と見定めた相手に、剣を向けた瞬間から、殺気を解くなとも教えたはずだ」

 自分の記憶の中にあるジョゼットは常に身なりを整えている男のはずだった。別人のように変わり果ててしまった彼だが、鋭くも全身を叩くような威圧を放つ眼光はたしかにジョゼット・ホーキンスと呼ばれた男のもの。

 無意識に左手首を規則性のある動きで何度か捻ると袖から折りたたまれた盾が飛び出し、展開され、すぐさま防御の形をとってしまう。

 「……アナタには本部から抹殺指令の命令が出ていまス。ですが……もし、投降の意思があるな…」

 「“アルバイン”」

 「っ!!」

 長年呼ばれた、アルという愛称ではなくアルバインと呼ばれたこと。そして、眼前の彼が腰を深く落とし、僕と同じように虚空を掴み剣を抜き出し構えたことに戦慄が背筋を駆け抜けた。

 抜き出されたのは中型で真っすぐな刀身に片刃の剣、ファルシオン。

 「剣を向けた時点で言葉は交わすモノではなく、押し通し合うモノに変わっているのだ。言葉を放ちたければ、全力で戦え。できなければ、無様に死ね」

 言葉を言い切るとともに、低い姿勢からの高速の抜刀が地面を舐めるように下から(はし)る。

 数十メートルあったはずの距離がいつの間にかほぼゼロになっていた。

 「クッ!!」

 奇跡的に左手が反応し、盾が剣の軌跡を阻む。受けた剣を弾くと同時にジョゼットの胸めがけ盾で叩こうとするが、すでにそこには誰もいない。

 「set BLEAZE」

 声は、背後。驚愕に声を荒げたくなるが、全神経、全筋肉をフル稼働させなければ防御が間に合わないと経験と五感が叫んだ。

 「meteor(メテオ)

 大気が震え、全身を灼熱の熱波が襲う。

 何とか振り返り、盾を構えることができたが、待っていたのは俺の全身を軽く包みこめる円形の炎弾。踏ん張りも利いた状態であっても確実に押し返されてしまったであろう質量が全身にかかる。それも一瞬、すぐさま対処しなければ確実に火だるまになる。

 熱が肌を少しずつ焼いていく感覚とともに、相手との実力差を思い出し、汗が全身から噴き出す。

 「ヌォォッラァッ!!」

 気合いの声とともに全身を捻り、炎弾の軌道を反らす。弾かれた炎弾は床へと流れ、衝撃音と破砕、余熱を生みだす。

 魔術というものはその術式に費やす時間に比例し、威力や効果を上げるモノ。そう教えられていたが、それが嘘と思えるほど、即席で作られた火球の威力は非常に高かった。魔術展開の速さと緻密さがなせる技。それが自分と目の前のバケモノとの差と言われているようで、思わず死の幻覚を想像し呼吸を荒げ、身を堅くすることに専念したくなる。

 だが、戦慄に体を堅めている時間などない。そんな時間を作った瞬間に、僕は確実に殺されるだろう。戦慄と緊張で息が荒くなるのを止められない。

 「ハァ……ハァ……騎士の流技(キャバルリー・アーツ)を、こんな短時間で編み上げるなんて……」

 「何を言っている? お前にも“教えた”はずだろう。次、いくぞ」

 ジョゼットが緩急をつけつつ駆けてくる。

 戦慄で息が上がるのを止められない。相手は確実に自分を殺そうとしてきているのだ。だが、それ以上に彼が敵にある現実がどうしても受け止められない。

 「……どうしてなんでス」

 僕の問いに答えてはくれない。ただただ剣が振り落とされ、僕はそれを剣で受け止めることしかできない。

 向けられる質量と殺意の重さに、腕と体が悲鳴を上げる。そして、溢れだしそうな感情より先に目じりに涙が貯まっていくのを抑えることはできなかった。

 この人は、騎士を志す者の目標であり、僕の目標でもあった。

 騎士の扱う術式に、キャバルリー・アーツという画期的な高速属性付加魔術を開発し、とり入れた男。

 そして、なにより……

 「どうして、なんですカッ。 答えてください、“先生”!!」

 アルバインにとって、騎士団が運営している孤児院の兄にして、魔術の師と呼べる恩人は答えをくれず、殺意を纏った剣撃でしか答えてくれない。


 

 視点変更1



 「……やり過かしら?」

 (わたくし)、ローザ・E・レーリスは自分の加減のなさを反省しようと思った。が、最近自分はマシなほうではないかと考え始めている。

 足元は上の階を突き抜ける時にできた残骸で山ができている。分解の術式を使ったので細かく砕かれてはいるが、これに押しつぶされた人間はただでは済まないだろう。だが、これぐらいでは破壊とはいえないのではないだろうか?

 それは自分の周りの人間が起こす犯罪級の破壊を見ていて思い始め、一か月前の飛行機まるごと一機を使った特攻攻撃を見たのが決め手だと思う。

 あの魔剣の化物との戦いは空港周辺に大規模な傷跡を残し、今現在も復興作業がおこなわれている。未だ“テロ”を起こした犯人グループは掴まっておらず、復興支援を他国に要求するかで議会は揉めているが必ずや復興を果たす、という熱意と殺意が溢れる演説と記者会見をおこなった大田区市町と国土交通大臣の言葉と表情が話題になったのはつい最近のこと。

 (まぁ、犯人などは見つからないでしょうね……もういないのですし)

 自分もあの破壊の騒動に関わっているが、周辺に被害を出したのは約二名だけだ。それを例に挙げれば、周囲に被害を出さない私の魔術はエコロジーとさえ言える。

 堂々と結論をいえば……

 「つまり、私はやさしい女」

 「なにがやさしぃんだぁ!? あぁ!? 人をビル六階ぶん叩き落とした女が優しいわけがねぇだろうが!」

 失敬な、と思いつつも、私の前に“無傷”で瓦礫の底から現れた、だらしないスーツ姿の男に不自然さを感じる。よく見れば周囲に不可視の何かが漂い、陽炎のように男の体を包んでいる。

 それが男を守り、崩落の衝撃等から身を守っていたのだろう。

 「それは……あぁ、式神ですわね」

 「よく知ってんな」

 男は嫌な顔で周囲に漂う陽炎を手で邪魔だと言わんばかりに振り払う。陽炎はすぐさま収まり、男の体を守る様にめぐっていた力はなくなる。そんな男の行動に私は不愉快さを感じて顔をしかめる。

 魔術とは世界の理を捻じ曲げて発動させるモノが大半であり、使用の際には必ずといっていいほど周囲に歪みのような感覚が充満する。だが、あの陽炎からは魔術を行使される際にでてしまう歪さは感じられなかった。つまり世界にとって正常な存在であったということ。

 「……陰陽道の式神術。しかも付喪神を呼び出しての使役ですわね」

 付喪神とは、物などを長い間つかうことで神が宿る、もしくは生まれるという日本の八百万神信仰の一つだ。一般的に長く大切に扱うことで意思が生まれ、その物の神となると言われてる。物体は創造された瞬間から性質を得るとし、それを取り出す術を模索し続ける錬金術師にとっては精霊と呼ぶ存在。それは非常に尊い存在であるのだと錬金術師である私でさえ知っているというのに、この男はそれを扱う専門家であるはずの身でありながら、尊重することすらせず邪険に扱った。

 魔術を扱う人間として、この男は非常に歪で不愉快であった。

 「自分が呼び出しておいて、その態度。貴方、自分の魔術を舐めてますの?」

 「あ? ぁあ、いいじゃねぇかよ。あいつら低級なんだし」

 この男が低級と称したのは呼びだした精霊が作られて間もない新しい物から取り出した、このタワーのコンクリートの精霊だからだろう。

 付喪神は長く扱われて生まれる。現世に生まれ出でての時間がより長ければ、強い力ある精霊となるのだ。作られて間もない物体からはそれなりの力の弱い精霊しかいない。つまり低級。

 しかし、そうであったとしても

 「精霊、いえ神であることは間違いないでしょう! それを操る人間として恥ずかしくないのかしら!?」

 「チッ! どいつもこいつも礼を敬えとか、いいやがって。俺らが使ってやるんだから、下僕だろうが。精霊だろうとなんだろうとよぉ。俺様に、八島 三郎様に従えって呼び出してやってんだからよ」

 男、八島 三郎の声が恥ずかしげもない声がさほど広くもない部屋に響き渡る。

 私たち二人がいる部屋は改装工事中だったのか、飾り一つない灰色のコンクリートの壁があるだけの部屋。それなりの広さと上から落ちてきた瓦礫の砂があるだけだ。これなら十分に戦えるだろう。

 なぜ戦う? と問われれば私専門の魔術系統でなくても、この男の魔術に対する態度は魔術に真剣に取り組む者にとっての侮辱に他ならないからだ。それに……

 私の戦闘意思を嗅ぎとったのか、怪訝な顔から嘲笑うように八島が問いかけてくる。

 「おいおい、(あま)? なにヤル気になってんだよ。俺、ちょー強いよ。やめときなって」

 「貴方が強い? まさか、貴方自分が強いと勘違いしてますの? さきほどの物言いから察して、貴方は家から破門された口でしょう?」

 言葉を皮切りに八島が無表情になったことに、自分の考えが当たっていることを確信した。

 付喪神は人間が作り出した神といっても過言ではないが、事実的に神であり精霊なのだ。しかも人と非常に触れ合い続ける高等で高尚な精霊ともなれば、呼びだす人間の品性や感情を読むはずだ。

 「貴方は先ほど呼びだしたなんの感情も知らない新生の付喪神は呼び出せても、長く物体とともにあった高等な精霊を呼び出すことができなかったのですわ。陰陽といわず、多くの魔術師の家系は実力と血筋を見るもの。そんな腐りきった性根や、ヤクザの下っ端などやっているところを見れば……」

 「うっせぇッ!!」

 八島は堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、怒気を露わに、こちらを睨みつけてくる。

 「そうだ、俺の生まれた家は古い陰陽師の家系でよ、付喪神の式神が特に重視されるところだった。俺はそこの家長の浮気で出来た子供でよ。それはそれは、散々馬鹿にされたし、付喪神も俺を嫌って上手く仕えねぇ! あげくの果てに俺の母親が才能ある弟を産んだら、家も、母親も俺を家から追い出しやがった!」

 こちらはそんな不幸話を聞かされても迷惑なだけなのだが、八島の怒りは収まらないのか怨み辛みをこちらにぶつけ続ける。

 「そんな俺を兄貴は……本城の兄貴だけは俺を認めて、死ぬしかなかった俺を助けて、居場所までくれた。それなのに……あの俺を捨てたクソ陰陽師たちは兄貴たちを殺そうとしやがった! 兄貴たちの組が縄張りにはいったとかなんとかイチャモンつけてな。だけど、全部俺を殺す口実にきまってる!」

 由緒正しい魔術師の家系は自分たちの家から外れ者がでると家の名前を汚すとして、暗殺するのが常だ。それはプライドからなのか、世間に害なす存在に変わるのを阻止するための方策なのか、どちらかはわからないが、どんな家系でもよくおこなわれてきた事実だ。

 不運か、結果の問題だったのか、その例に漏れずに対象となってしまった八島は生きている。つまり……

 「貴方、自分の家を、生みの母親共々、皆殺しにしましたわね」

 私の冷めた追及に、八島は熱に浮かされたように語り始める。

 「そうさ! あいつらを殺してやった! 組の皆で協力して悪魔みたいなアイツらを成敗してやったんだ! キィヒャヒャヒャっ。楽しかったよ! サイコォォだった! 無能と馬鹿にした連中が、アホみたいな顔して、死んでいく様ってのはさ! 兄貴がくれた“力”で、俺はやってやったんだ。天罰さ! おれを捨てた奴らに俺が天罰を下してやった。才能ある弟も大したことなかったし、親父たち自慢の式神様とやらも呼び出すことすらできずに死んでいきやがった。母親はよぉ……、俺を産めるくらい綺麗だったからよぉ、その場でヤッてやった。奴らの死体の前で、アイツ最後にはさぁ……」

 「……貴方の最低な童貞卒業話なんて聞きたくありませんわ。それよりも不幸話は終わったのでしょう? ならば、“ソレ”を返していただきたいのですが?」

 「あ? ソレ?」

 自分の自慢話を中断されたことが気にくわないような顔のまま、ソレとはなにかととぼける八島の背後を私は指でさす。

 すると突然、今まで見えなかったモノが突如として姿を現した。

 そんな変化に八島も度肝を抜かれたようでソレをペタペタと触り出す。壊れたのかと思っているようだが、違う。その“魔具”は姿を指摘されれば、仕掛けられた光学迷彩が解ける仕組みになっているのだ。

 「ソレですわよ。貴方の“背負っている”その魔具、正確にいえば“槍とフラスコと女神”の紋様が刻まれた魔具を素直に私に返しなさい。それは元々、私のモノになるはずのものですの。貴方の“力”でもありませんわ」

 指さす先、八島の背後。いや、背中から上半身を覆うようにあるそれはカバンだった。武骨なモノではなく、機械のホースや電子ケーブルが若干むき出しになっている背負うタイプの機械のカバン。ランドセルにも見えなくもない。そこから伸びたアームが腕に添うように覆う。射出口が付けられたアームから蒸気が漏れ出た。

 飾り気のない銀色の全体に唯一あるエンブレム。左手に槍を掴み、右手にフラスコを掲げた女神の紋。

 間違いない。やっと見つけた。

 「大いなる道の通過点エメラルド・タブレットシリーズの力ですわ」

 「緑色の小板エメラルド・タブレット? 何言ってやがる、これ板じゃないぜ」

 「愚直なまでの英訳ですわね……エメラルド・タブレットといってもヘルメスの記したモノではありませんし、その機械単体の名前ではありませんわ。一つ一つ名前はありますが、その機械たちのことを“ディバイド”と彼はよんでいましたわ」

 エメラルド・タブレット。

 錬金術、占星術など、魔術の祖にして秘教的な知識を含みあらゆる技術と学芸の祖ヘルメス・トリスメギストスがエメラルド板に書き記したもの。ヘレニズムの神格であるヘルメス自身が記したとされるこれには哲学から錬金術までありとあらゆるものが記載されているとされる秘術の魔道書ともいえる文書。

 その名を冠する機械じかけの道具。もちろん、その名にも意味がある。

 「エメラルド・タブレットは最奥の叡智への道しるべ。だが、それは知識へのヒントでしかない。人が歩むその道程を決め、助ける助言でしかない。我々の歩む錬金術にとっても行く先への通過点であり、答えではない……その魔具を作った本人の言葉ですわ。その魔具は本来、錬金術師でない貴方が持っていても兵器になるだけの代物ですの」

 「錬金術? はっ、あんた錬金術師か」

 「貴方の身につけているそれも錬金術ですわ」

 どういうことだ? そう顔に書いてある。機械仕掛けである時点で魔術ではない、そう思っているのだろう。本来、魔術師は現代の科学や機械機構を嫌う傾向がある。

 だから、理解されなかったのか彼の研究は。だが、だからこそ彼は挑戦したのだろうか?

 それが知りたい。それが知りたくて、彼の“遺物”を集めているのだから。

 「さぁ、返してくださいな。と言っても、返してくださらない、のでしょう?」

 八島は一瞬の出来事に目をパチクリとさせていたが、不意に笑いだし……

 「……まぁ、ね!!」

 断る八島が叫び、掌をこちらにかざす。

 

 

 それだけで、今まで立っていた瓦礫がいきなり破裂した。

 

 

 「なっ!?」

 「いいねぇ、その表情!」

 足場を急に失った私は、何とか着地することは出来たが、さらに目の前を何かが通り過ぎ背後の壁に当たった。だが、何も見えない。後ろを振り返っても破壊の痕跡はあっても、その原因がない。

 式神ではない。あれは確かにあのディバイドから放たれた何かだと確信できた。

 (なに、あの力は? 空間に穴を開けた? いや、もっと物質に近い存在が通ったように感ましたわ)

 思考を巡らせる暇など与えないというように不可視の力が私に向けられ、放たれる。

 だが、避けることはできると判断した私は感覚を信じて避けようとした瞬間

 「こいつはどうだ!」

 体が急に重くなった。

 (っ!? 動きがぁ、息も苦……しいっ!?)

 「いいねっ、もっと、もっと!」

 (マズっ……避けられ……な)

 「苦しむ顔を見せてくれって!」

 恍惚の表情で相手をいためつけようとする八島が動けない私にまた“なにか”を放った。



 視点変更 2 


 

 俺には、ただの気まぐれで命をかけて誰かを救おうとする彼が、本物の神様のように見えていた。

 ……そんな、セリフを吐いた数分前の自分、科布(しなぬの) 永仕(エイジ)に無理を承知で言いたい言葉がある。

 「チクショウっ! マシンガンなんて卑怯だろうが!!」

 そのセリフは撤回した方がいい。

 数分前に本物の神様のように見えていた彼は現在、背後から迫るようにマシンガンをフルオートで撃ち続けてくるハンターから全速力で逃げ回っていた。

 まるでギャグ漫画のように太ももを膝よりも高く引き上げるようにしてフロア内を走り逃げる彼、進・カーネルの隣に並走している自分もまた同じような状態なのではあるが。

 彼との大きな違いは、未だ意識が戻らぬ妹サヤを胸に抱きかかえながら走っていることであろう。

 俺自身、かなりの負傷をおっているため速度もなかなか上がらない。それ以上に獣化が解けているため人間の姿に戻ってしまっている。

 自分を写す代替物がないためにたしかなことはいえないが、自分はいつものスラリとした180センチほどの高い身長と、長くも短くもない黒色の頭髪、どちらかと言えば男性寄りの調った顔立ちの男子高校生の姿になっているのだろう。

 いつもとの違いがあるとするなら獣化の副作用とも言える急速な変身による作用で、髪が背に届くほど長く伸びてしまっていることぐらいだろう。

 「お前さん……いや、進! カッコつけて、後悔させてやる、なんて言ってたくせに何で逃げてるんだ!」

 「テメぇ目ん玉腐ってんのかっ! 常識で暗算しろよ、マシンガンだぞ、マシンガン! こっちはハンドガン一丁だけなんだよ、逃げるっきゃねえだろう! 俺はどこぞのダンボールでステルスミッションやる傭兵様じゃあねぇんだよ!」

 まさか常識外の塊みたいな奴に常識を語られるとは思わなかった。

 そんなことしてる間も弾丸の雨が横殴りに飛んでくる。俺たちはそれをかく乱するように走りまわる。

 「しかも、M249(ミニミ)だぁ? あの英国紳士さまに誇りってもんはねぇのか!」

 「言ってる場あ、グァ!?」

 突然の痛みに呻いてしまう。別に銃弾を受けたわけではない。隣を共に走っていた進に横っ腹を蹴りつけられただけだ。

 「何をすんだ!」

 「命の恩人様に向かって何言ってんだよ。しっかし、あの野郎……完全に遊んでやがるな。狩り気分かよ」

 弾丸の雨を防いでくれているフロアを支える太い円柱の端にある弾痕が丁度、俺の頭を直撃する位置に残っているのが確認できた。

 感謝の言葉でも言おうと思ったが、すでに進は自分の銃からマガジンを抜き取り、なんだかとてつもなく思いつめた表情で残弾数を数えている。確認し終えると、彼は心の奥底から吐きだす様に大きな溜息をついた。

 「はぁ~、いいねぇ。遊びに使える弾丸があるなんてよ。こちとら、スポンサーもいねぇから弾代全部財布から出してんだぜ……ったく、あのポンコツがあんな出費しなけりゃよぉ。おまけにあの女、俺のやったもん落としやがって」

 手に握られているのは、撫子がつけていた白いカチューシャ。彼女はそれを大切にしていたようだが、さすがに今回の騒動で外れ落ちてしまったのだろう。というか、彼女は無事だろうか。あの崩落とともに落ちていってしまったようだが。

 「……いっそのこと、俺もあんな魔術でも習おうかねぇ。お財布にも優しそうだしな」

 そんな愚痴をこぼす男の目にも、俺たちが遮蔽(しゃへい)物として使った柱の陰から、あのクラゲが現れたのがとらえられたのだろう。

 進はすばやくカートリッジを差し込み、銃の照準をクラゲへと狙いつけ、躊躇なく引き金を引いた。

 クラゲへの着弾と同時に進が首を左へと傾けたのは、それと同時だった。

 「……やっぱり、こうなるか」

 撃った弾丸がまるで反射されたかのように撃ち返されたのだ。弾丸はクラゲに打ちこまれ、刹那に近い時間で速度はそのままに返された。

 「あの使い魔(クラゲ)は、撃ちこまれた弾丸を吸収し威力をそのままに標的へと送り出すみたいだな。進、君の攻撃はきっとそのまま撃ち返してくることはあれど、逆にハンターへ向かうことはありえないはず……だ。これが“魔弾”の正体か……」

 「魔弾?」

 「ハンターの通り名みたいなものさ。あいつは貴族(ノーブルマン)なんて自称しているが、実際はただの性根の腐った暗殺者なんだよ。調べる過程で聞いた話では、あいつに狙われた標的に共通するのが狙撃不可能な地点からの長距離射撃だ」

 場所や距離を問わず、ハンターが犯人とされる暗殺には不自然さが常にあった。どうやっても壁が無数にある地点からの狙撃。複数人が撃ち殺された際になぜか見つかった弾丸がたった一発だったり、狙撃が可能な地点が従来のライフルでは不可能な位置からの発射だったなどである。

 それを可能にしているのがあのクラゲなのだろう。吸収し弾丸を打ち出す能力は角度の変更も可能であることは先ほど自分が撃たれた際に判明済みだ。

 「ついた通り名が“魔弾の射手(しゃしゅ)”。狙われたら最後と言われる魔術を扱う貴族様さ」

 「おいおい、ヨハン・フリードリヒ・アーぺルかよ」

 魔弾の射手とは、ドイツの民間伝説を題材にウェーバーという人物が作曲した全三幕のオペラである。進の言った人物は台本を書いたとされる人物だ。

 悪魔ザミエルが製造方法を知っていたという望む場所に当てられるという弾丸と、それぞれ目的を持つ二人の狩人、狩人の一人であるマックスと恋人であるアガーテの婚約を左右する射撃大会を中心に語られる物語。そこに登場する望む所へ誘われる弾丸を扱う者こそ“魔弾の射手”。

 ハンターのクラゲ(使い魔)ではあるが、効果はそれと同等であり、名に恥じないだろう。

 未だに閉じない傷口が一言しゃべるだけでも痛みの悲鳴を上げた。ここまで再生が遅い傷をつけられたのは何十年ぶりだろうか。

 そんな痛みに顔をしかめた俺を心配し……ではなく足手まといになったら嫌だなぁ、と言いたげなジト目の進は、心配そうに“作った”声と笑顔で声をかえてくれやがった。

 「大丈夫か? なんなら、その傷だらけの体で(デコイ)とか、やってみないか?」

 「断固、拒否する」

 血が抜けすぎたせいか、ふざけた男の周りに黒い星がキラキラと輝いて見える。間違いない、あれは災いを呼ぶ狂星だ。発生現たるコイツを本気で殺そうか考えていると、今度は真面目な顔して聞いてくる。

 「んだよ、いいだろ? その傷って全部、弾傷か? 弾丸無効果はどうしたんだよ?」

 怪我人へのいたわり……ではなく純粋な疑問を問う口調だった。まぁ、期待していた訳でもないのでぶぅきらぼうに答えた。

 「さすがにサヤの“属性(神の力)”が付加された弾丸を喰らったんだ、無事でいられるはずはないさ。再生が働いているのが唯一の救いかな。それにあの弾丸への順応も、人狼の姿じゃないとできないのさ」

 進は力なく笑う俺を見た後に、俺の腕の中で未だ続くけたたましい銃声をものともせずに、スヤスヤと眠るサヤへと目を向けた。

 「魔術ってのは面倒なのか、便利なのかわからねぇな」

 「基本、めんどくさいし、不便かな。そもそも、お前さんは魔術は使わないのか?」

 初めて進・カーネルの力を見た時は、魔術師かと疑いをもったこともあった。魔力を流すことで身体能力を飛躍的に上げる強化術式は意外と魔術の世界ではポピュラーだったりするのだが、進の力は現存するどの術式に当てはまらず、魔力の痕跡すら感じなかった。

 つまり、純粋な筋力で戦っているということ。

 そんな人類と呼んでもいいのか疑問に思わせる男は力なく遠くを見つめるような瞳でつぶやく。

 「俺はそっちの才能はなくてね。オヤジにも散々、才能ねぇのな、とか言われたよ」

 「オヤジ?」

 「しゃべってる時間はねぇ。次、行くぞ」

 進がこちらの質問をはねのけた瞬間、壁にしていた円柱が砕けた。砕けた瞬間、向こう側が見えた。そこにはフロアの中心に立ち、弾丸がこれでもかと詰め込まれた箱と、数丁の同じ形の銃が足元に置いた黒いスーツの男、ハンターがにんまりと笑顔を作り、引き金を引いたのを。

 次の柱へと走りつつ、進の予想は当たっていたのだと確信した。あの畜生、遊んでやがる。

 なんとか無傷で円柱へと辿りつき、サヤに変化がないことを確かめ、ホッと息を吐きかけた安心を呑みこみ。どうするか思案する。進もまた同じような表情であったが、急に閃いたようにこちらに問うてきた。

 「そういや、アルバインとローザの奴ら、豪快に魔術使ってたけど……MPは大丈夫なんだろうな?」

 「MP? ……あぁ、マジック()ポイント()ね。進、お前さんなにか誤解してるのかな」

 「なんだ? 違うのか?」

 魔術という事象のことは知っているが、基本的なことはなに一つ知らないのだろう。不思議と素直に驚く進に可愛げすら感じた。

 「基本、魔術師だろうが、一般人だろうが魔力という力を元々、体に内包している存在なんていないんだよ。魔力は、世界にある“何か”を取り込んだ存在が、“何か”に体の中で世界を歪めるほどの意思を強く錬り込んで生み出す力のことだ」

 自分の狼男への変身もまた魔力による細胞変化によるものだ。そんな俺だからこそわかる。人よりも“何か”の影響を色濃く使う我々は、“何か”の存在を意識できる。人間の魔術師には、否定的な者も多いが確かに、“何か”は存在し、不気味なほど力へと変化しやすい。

 たしか、“何か”の存在を肯定した魔術師がいたはずだ。その魔術師は“何か”をこう呼んでいたはずだ。

 「虚と空に漂う、無に等しくも、感じる者に力を与えてくれる素……虚空素(ゼロ)。そう呼ぶ、魔術師がいたと……思う」

 「あいまいだな、オイ。だが、ゼロねぇ。確かにあるんだけど、無いみたいにもんだな。じゃあ、魔術師は力使い放題なのかよ?」

 「無限に虚空素は体に取り入れることはできる。だが、許容量、もしくは限界値のようなものはあるさ。世界の法則を捻じ曲げるだけの力を体が何度も受けつけられると思うか? 本来、魔術なんてものは人間が扱う自然なものじゃない。異物を取り込んで神の奇跡に近い事象を起こせば、それだけで体には大きな負荷をかけているんだ。それに錬りあげた魔力をきっちり完璧に使いきるなんて不可能に近い。体に必要以上の魔力が残れば、魔力は呪力となって術者の体は“汚染”され始める。だから、魔術は無限には使えない」

 汚染の内容は千差万別であるが、重い場合は死に至る。それを防ぐための儀式の呪物や魔術の術式に必ず魔力を体外、周囲から散らす処置“魔力還元”が組み込まれているのだ。

 「だから、魔術師は長い時間をかけて使用の際に使う虚空素の量や、限界使用頻度なんかを地道に実験するんだ。許容量に関しては血筋で決まるのが大半なんだ。由緒正しい魔術師の家系ならそれだけ高い耐性がついて高い許容量を持っている。逆に始めからなくとも薬物療法や何かで底上げすることも可能らしい」

 魔族と言われる“我々”は共通して魔力に対する許容量は高い。いや、無いといっても差し支えない存在すらいる。純血の吸血鬼などがその例に入る。 

 「術式やその展開速度、そしてそれらのコントロールが上手ければ、巧いほど魔力の使用を最小限にできる。アルバイン君やローザさんも例に入るはずだ」

 「なんだ、アイツら凄い部類なのか? ……おっと、次行くぞ」

 始めは、何が? と思いもした言われて気が付く。俺たちがもたれかかっている分厚い柱から伝わる振動が徐々に強くなってきている。この柱の耐久度が限界に近付いてきているということだ。

 絶え間なく放たれる弾丸は脱出の機会を許さないように撃たれ続けるため、順番に走り出しては追走者が餌食になることは必至。なので同時に駆けだし、並走する俺達。

 進は牽制のためにか、二発の弾丸を放つがどれもハンターには向かわず明後日の方向へ飛び、地面を削る。その拍子に何かが弾き飛ばされたようにも見えたが、朦朧とする意識も相まってよく見えなかった。

 「Vz.61(スコーピオン)ねぇ……。なんだ? コイツら誰か暗殺でもしようとしてたんかねぇ」

 「お前さん。案外、余裕だな……」

 次の柱になんとか到着する間に、進は知らぬ間に銃を一丁拾っていたらしい。彼は不思議なストックの形をした短機関銃を手慣れた手つきで点検し始める。マガジンを取り出し弾数を確認し、苦い顔をしたところをみるとあまり装填されていなかったようだ。照準にブレがないか確かめるように覗くことから始め、素人から見ても的確に銃の箇所を見ていく。

 しかし、俺はここで違和感に囚われた気がした。

 (……なんだ? なにか違う、いや“俺が”間違っていたような……?)

 そんな気味悪い感覚に頭を巡らせようとした瞬間、進が確認作業をしながらこちらに話しかける。 

 「それでさっきの話の続きなんだよ。俺はアイツらがそんな殊勝な具合に魔術を使っているところなんか見たことねぇぜ? ド派手な感じに何度も使ってた気がする」

 「あ、ああ。彼らが使用しているのは、特殊な魔術なんだよ。戦闘特化させた、いわゆる現代魔術とでもいうのかな」



 視点変更 3



 月明りが差し込むだけの薄暗い広いフロア。何もない殺風景としか表現できない空間で、月の明かり以外の閃光が絶え間なく刹那にきらめき続けていた。

 激しいと鉄と鉄がぶつかり合い、耳には嫌がらせのような擦過音。火花が咲いては、消えている。第三者がいるのだとしたら綺麗だと思う人も中にはいるかもしれない。

 起こしている張本人である僕には綺麗だ、など考えている余裕は一切なかった。

 「そこ、隙だ」

 「ッ!?」

 そんな僕だが、相対する男、ジョゼット・ホーキンスの呟きに、寿命がミリ単位で削られていることは確信できた。

 「set wind」

 小さなつぶやくホーキンスのファルシオンに風が瞬時に取り巻く。いや、そんな光景すら過去のモノ。取り巻いたと、僕の思考が捉えた瞬間にはもうホーキンスは烈風の如き早さで、縦横無尽に翻弄する動きを見せつけた。フィルムのコマ切れを見ているような、A地点からB地点までの走破する過程が一切見えないその動きを数度起こし、唐突に


 

 真正面に、堂々と現れ、縦一閃に剣が振られていた。


 

 あまりの速度と光景に、脳が一瞬止まりかけてしまう。が相手はそれを気にしてくれるはずもない。

 半ば、やけっぱちに左手を振る。

 甲高い音と共に、鉄同士が軋みあう音がした。

 (…ッ! 受け止め……)

 ほぼ直感頼りで剣を盾で受け止めることができた僕は、安堵してしまう心を止められなかった。だが、それを隙だと言わんばかりに横に薙ぎ払うような蹴りが脇腹にめり込んできた。

 数メートルを弾け飛び、ビルを支えているのであろう円柱に激突する。ぶつかった衝撃とねじ込まれた腹部から異音が体内で成り響き、口に鉄の味が広がる。

 「ガッ、ぅ……アァ」

 呻いている時間はない。あの人ならば、敵に悠長な時間は与えないはずだ。体に魔力を無理やり流し込み、体の治癒を促進させる。

 一人の人間が持つ自然治癒力の総量は決まっていると言うのなら、これは自分で寿命を縮めているのと同じなのだろう。だが、しかしこのまま動けなければ……

 「どうした? 戦場でそのまま立ち尽くしているということは、死を望んでいるのに等しいぞ」

 寿命を他人に消し飛ばされているのと同じだ。

 「set water」

 ホーキンスが剣で地面を横一線に切り裂く。薄く、剣先で少し(えぐ)る程度の、投げやりにも見えるその剣線から水がプツプツと湧き出る。

 水道管を斬ったということではない。あれは魔術。“剣”が生み出した水だ。

 「plus set wind.|chivalry art《騎士の流技》-needle(ニードル)-」

 水が魔術名の如く、針状に凝縮され、確かな質感を持って浮かび上がり……

 「魅せろ、アルバイン」

 ファルシオンを薙ぎ払われると同時に生み出された狂風を受け、水の針、数十本が射出された。

 進の銃に勝るとも劣らない速度で向かってくるのを見ているだけでは死ぬ。だが、体は未だ上手く動かない。

 与えられた判断の刻は一瞬よりも短い。

 針の総撃が円柱を貫通した。僕は……

 「無様だな、アルバイン」

 床を這いずるように、倒れていた。だが、傷はない。五体満足だ。ならば、いい。生きていれば及第点だ。

 「だが、良い判断だ。剣を足代わり、地を蹴りギリギリで回避した。ニードルは多少の追尾機能もある。半端に良ければ、追い付き、突き殺す。直撃の寸前まで寄せ付け、避けることが重要ということは覚えていたようだな」

 「今さら、訓練官気どりカッ!?」

 「いや、基礎は教えていたかどうかの確認。それと応用について憶えていたのかの返答を貰いたい」

 何を言っている、そう思おうとした瞬間に自分を恥じた。ニードルの基礎、ならば応用があることをその一瞬まで忘れていたからだ。

 忘れていた代償は、僕の右足にきた。右下腿外側の肉がえぐられたのだ。

 「ぐっ アァッ!?」

 「良い、悲鳴(返事)だ」

 恥じた瞬間に体の位置を無理やりずらしていなければ確実に急所に喰らっていた。もう安堵などしてたまるか。

 目を空へ向ける。もうすでにそこには先ほどの針が僕を囲むように旋回している。

 キャバルリー・アーツ、ニードルは名前こそ普通で平凡そうだが、技の中で唯一の暗器。中・遠距離攻撃型の暗殺技だ。性質上、風の魔術によって浮いているので緻密なコントロールに向かず、支援にも使えないためだ。

 だが、ホーキンスという男は、技を開発した当初はニードルを“一対一専用”としていた。

 「さぁ、踊るぞ」

 水の暗器が宙を高速で舞う戦場へ、ホーキンスは躊躇いなく、近接戦闘をしかけてきた。

 殴りつけるように放たれた突きが出され、僕は剣で絡め取るように弾こうとする。

 そこへ水針が飛びこみ、僕のロングソードの刀身へとぶつかる。

 「なっ!?」

 驚いたのは水針が飛んできたことではない。その軌道にだ。水針はホーキンスの首筋スレスレを通って飛んできたのだ。

 僕のロングソードはホーキンスのファルシオンにかすることすらかなわず、僕は体を無理やりねじって突きを回避するしかなかった。

 バランスの崩れた体勢の背に強烈な踵落としが放たれたが、左腕を外れる寸前くらい無理をさせ、背後に回すことで受け止めた。

 だが、腕が動かなくなった。

 なぜか、そう思って肩を見れば水の針が一本、突き刺さっていた。神経をやられたらしい。

 自然と痛みはあまりない。それ以上に、敵対している男への恐怖が上回っていたためかもしれない。

 「アナタは死を、恐れないのカ……」

 「そう言うお前は、どうだ、アルバイン?」

 「なんだっテ?」

 「……いや、愚問だな。それよりも、行くぞ」

 その声を受けて、素早く剣を構えたつもりであったが遅かった。懐に入り込まれまた不自然な体勢で撃ちあうことになる。次々と繰り出される斬撃は速さ、正確さ、力の強弱、それらを支える体運び、どれをとってもホーキンスの方が上だ。

 その上……

 「set earth(アース)

 地の属性を受けたファルシオンに、周囲の砕けたコンクリートが纏わりついていく。ファルシオンは巨大な剣、進のもつイザナミと同サイズの瓦礫で出来たグレート・ソードへ変貌する。

 「オオオオォッ、ラァッ!!」

 グレート・ソードが鋭い気合いの声とともに横に振られる。それを真面目に受け止めれば、ただでは済まない。剣線よりも低く身を屈め、通りすぎるのを待つ。

 その判断が読まれていたのか。


 

 僕の真上を過ぎる瞬間、剣がピタリと動きを止め、剣が重力に沿うように振り落とされた。



 意表を突かれたために踏ん張るように剣で、瓦礫のグレートソードを受け止めるしかない。

 壮絶な重量を受け止めた瞬間、僕よりも先に、足が置かれた地面が悲鳴を上げ、亀裂が走る。

 「ぐぅ、ぬぅぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉおおおオオオオッ!!!!」

 腹の奥からありったけの気合いと根性を捻り上げ、のしかかってくる剣の重みから逃れるべく踏ん張る。

 体はまだ耐えられる。床も、たぶん……大丈夫だ!

 そう思っていた。

 だが、なによりも先に剣が先に限界を迎え、一筋の亀裂が走った。



 僕はその瞬間、なんの直接的な攻撃を受けていないのにも関わらず、血反吐を吐いて崩れ落ちた。



 もちろん、支えていた瓦礫のグレートソードは上から叩きつけられる。衝撃を受けた瓦礫は崩れ、元の瓦礫へと戻る。

 その最中も、瓦礫が上の落ちた衝撃の痛みより、酷い激痛が体の中を蝕むように走っていた。

 体が横に裂けているかのような感覚とともに、灼熱が体の中でのたうつ実感に近い幻覚が痛覚の大半を占める。

 嗚咽を噛み殺すこともできず、大きく口を開くも空気を取り入れること叶わず涎を吐き散らしながら、地べたに這いつくばる僕に、嫌悪に近い失望の言葉が落ちてくる。

 「……かつて俺は、お前に言ったな。お前にはこの技(キャバルリー・アーツ)を取得するだけの才能があると……今は撤回したい気分だぞ、アルバイン・F・セイク」

 「ガッ……ぁぁあ、くぁあ……」

 眼球がかろうじて動き、ホーキンスの姿をようやく捉えることができた。彼は剣を両手で正面に掲げて仰ぎ見る。その己の剣と正面で対峙する姿には神聖さすら感じられる。

 その姿、まさに騎士。

 ああ、やはりアナタは騎士なのだな、そう思ってしまう。だが、そんな言葉は吐けない。彼は僕を見ていない、この間にも向けられ続ける殺気を感じ、敵同士であることを実感させられる。

 そんな男は口を淡々と開いた。

 「騎士とは元来重装騎兵から始り、封建化の進展とともに固定された身分だ。のちに騎士は宗教、貴族、傭兵とさまざまな派生をたどり、多くの価値観をもった戦闘単位として歴史に名を残してきた。アルバイン、お前と私はその中でも異色の部類に属する“魔道を行使する悪”と戦う騎士だ」

 ホーキンスは剣と体を一体にし、乱舞し始める。型と呼ばれる僕ら騎士団に伝わる基本形を虚空に向けて描く。

 「基本概念と思想は他の騎士となんら変わりない。ただし、我らは魔と戦うが故に同じく魔導へ身を落とさねばならなかった。魔道を扱いながら、同じく魔道に落ち、悪行の愉悦に溺れる魔術師たちを葬りさる。それが騎士団の役目」

 語るホーキンスに意を唱えたいが、未だ肺が新たな空気を欲っし、荒い収縮を繰り返していた。

 「……だが、我々は騎士なのだ。騎士ならば、騎士として己の握る武器にて敵を討つべきなのだ。それが相手へのせめてもの敬意なのではないか、悪行を行う者たちと同じ魔道を行使すれば、我らも同じ穴のムジナのはずだ。だから、私は魔術は、魔術でも騎士の扱う魔術を編み出した」

 憧れた光景が目の中に入ってきていた。この人は昔からこうだった。鍛練の休憩中、疲れ果て地面に倒れる僕たちと話ながら、過酷な訓練を終えての貴重な休みの時であっても型の演舞を続けていた。そのブレ一つない動きに、武道の中にある流麗さに目を奪われていたのだ。

だから、信じきれなかったのだ。彼が最悪の形を残して、裏切ったということが。

 「それが騎士の流技(キャバルリー・アーツ)だ。召喚術と再現術を応用し、剣や槍、昔から騎士が得物としてきた近接武器から、その芯に秘める属性と力を引き出す魔術。これこそが騎士が求めるべき魔術のあり方だ」

 剣を例にあげれば製作、鍛練過程は多くの手順の上に成り立っている。鉄や鋼といった鉱物を炎で熱し、繊細さと絶妙な力加減で鉄鎚を叩き延ばし、焼き入れと呼ばれる鋼をさらに硬化させるために水などで冷やす作業などだ。

 その過程で鉄を熱する炎。冷やす水。急激な高熱と冷やされたときにおこる水蒸気の高低差から生まれる空気の変動は熱波を帯びた風。そもそも鉱物なのだから大地の属性である地。それぞれの属性をその身に打たれ、秘めさせられ生まれいでてくる。

 強引とも取れるそんな仮説を、ジョゼット・ホーキンスという男は魔術という外道の法則で証明してみせた。

 彼は魔術でいう召喚術の際に行われる契約を剣という無機物と交わし、剣の身に秘められたわずかな属性の因子を引き出し、虚空素を使った強化と加速、増加の強化術で実戦的な総量の属性付加に成功させたのが、“騎士の流技”(キャバルリー・アーツ)だ。

 このキャバルリー・アーツの最大の利点は、通常の属性魔術と比べて使用魔力量が少なく、高純度の属性付加がなせるという点。使用者の負担も少なく、長時間の戦闘や防衛が必要とされる騎士にとってキャバルリー・アーツはまさに騎士の魔術として認められる……はずだった。

 「……騎士の流技(キャバルリー・アーツ)は、使用者を選び……かつ、命へのリスクがあっタ」

 「そうだ。この技は己が近接武器と契約を交わし、武器と使用者の間に強固な関連性と絆を生みだし、疑似的な一心同体状態となることが重要だった。そのため、武器と使用者はシンクロ状態となり、武器が傷つく程度ならば良いが、武器に破損でもあれば、その破損とともに使用者にソレと同等もしくはシンクロ状態が強さに比例した何らかの負担、衝撃、裂傷もしくは体の欠損が生じる」

 魔術というものには多かれ少なかれリスクがあるものだ。騎士の流技にあるリスクはその中でも高いレベルのものだ。

 あるキャバルリー・アーツを使用したある騎士が、仲間同士の模擬戦闘中、技を使用中に仲間の一撃が不意に上手く決まり、剣が真っ二つに破壊された。すると、破壊された騎士の体は剣と同様に唐突なく真っ二つに体が縦に裂けた。

 ある騎士はキャバルリー・アーツを使って戦闘した際に、剣が敵を切り裂くたびに剣の摩耗が体にじかに響き、攻撃を受け止めるたびに身を削られる感覚に襲われ、精神的に病んでしまった。

 これらは術使用時の魔力コントロールやシンクロ状態の緩和などで完全とはいかないも、ほぼ解消することができたが非常に困難であり、上記の例を含んだ何十例に及ぶ症状が見つかり、騎士の魔術と呼ばれるべき騎士の流技は禁止こそされなかったものの、使用者は必然的にホーキンスただ一人となってしまった。

 「改良に改良を重ねたが、安全面に関してはほぼ発展はなかった。だが、その過程であることを見つけた。それは武器とシンクロする時に行う年齢と、契約者のある性質が術のリスクを極端に減らし、かつ能力強化をすることができるとな」

 僕が騎士団に保護され、物心つきはじめた頃に、ホーキンスと出会った。その時の彼はもうすでに騎士の模範とされ、ある王族の専属騎士となっていた。部下や仲間から絶対に近い信頼を受ける彼の姿と戦う姿をみた僕は、憧れる心を抑えられなかった。だからか、彼に僕が騎士の流技に対する才能があると言われた時には歓喜して、彼の指導を受けた。

 僕が、その資質というものを知ったのは、それから十年後のことだった。

 「もう聞かされているかと思うが、アルバイン。なんだと、思う?」

 「……剣や武器とのシンクロ率をあげるには、物としての存在に近い思考概念をもっている存在……生まれながらに親の愛を知らずや、命の価値観がマイナス値で、過酷な環境に長い間置かれ続けた無機物に近い思考を持つ“子供”。生まれてすぐ、捨てられた孤児ダっ!!」

 僕は怒りのままに剣を振り抜く。不意を打ったつもりだったが、ホーキンスは後へ半歩下がることで頸動脈に届こうとした剣先を避けた。

 長い会話の中ですでに回復していた僕の行動は完全に見抜かれていたということだ。薄暗い闇の中で、完全にホーキンスの表情は読めないが、返ってきた言葉には嘲笑が混じっていた。

 「そうだ。シルバからお前のことを聞いたときには、天啓が下りたかと思ったぞ」

 剣や武器などは無機物だ。どんなに鍛冶師が魂を込めて打とうとも、純粋に人を傷つけ、殺す武器でしかない。思想はなく、ただただ刃に当たったモノを裂く、使用者の心に沿って振り下ろされる武器。

 そんな無垢とすら言える剣や武器の在り様。それに近い存在であれば、騎士の流技は剣との絆をさらに深くさせる。だから、世界の在り様、思想、概念を無恥なまでに知らず、愛や慈しみが欠落した子供に素質があると判断された僕が選ばれた。

 僕は僕と言う意識が目覚めたのは4歳くらいだった。その頃には、すでにイギリスの薄汚い片田舎の路地裏でゴミと同じようにそこに置かれていた。

 隣には僕に面影のある僕よりも小さな女の子。愛や兄妹としてなんて気持ちは微塵もなく、ただ動物に近い本能で食べるものを求め、この子にも分けなければならないという判断でゴミ箱や、時には店から盗んで、人を傷つけたりもし食べ物を得て、生きていた。

 そんな僕らが養父……副騎士団長に救われ、騎士団の孤児院に預けられたすぐ後に僕はホーキンスと出会い、剣との契約をすました。

 この騎士の流技(キャバルリ-・アーツ)は自分が選んだ武器の種類と契約を交わす。剣ならば、ロングソードやレイピアなど剣の形をしていれば、その剣に秘められた属性と力を引き出すことができ、その総量とシンクロ率の平均値は最初の契約時に決定される。結果は言うまでもないが、剣とのシンクロ率は驚異的な数値を示していた。

 リスクがあるならば契約外の武器は一生契約できず、力を引き出すこともできないこと。そして、契約武器を“持ったまま”破壊されると、自分も武器と同等のダメージを負うことだ。一か月前、教師を名乗る敵に武器が破壊されて無事だったのは、そのためだ。

 その事実を知ったのはつい最近、養父から聞かされた。そのことにショックはない。ただ、憧れた人間から聞かされていた素質と言うのが、実力や才能ではなく“生まれ方”だったことには落胆した。

 「……そのことについてはボクは納得していル。揺さぶりをかけても無駄ダ」

 「揺さぶり? いや、そんなつもりはなかった。もし傷ついたと言うのなら謝ろう。ただ……」

 「?」

 短すぎる休憩の時間は終わりを告げるように、ホーキンスが八双に構える。

 「ただ、事実を知ったお前が騎士の側となるか、もしくは“あちら側”なのか、見たかっただけだ」

 言いたいだけ言い終わった瞬間、突貫の予備動作すら見せずにボクの眼前へ現れ、構える剣を斜めに持ち上げる。その殺意に溢れる動作よりも、体を叩く気迫よりも、その言葉だけが、僕の心に入り込む。

 「さぁ! 見させろ、アルバイン。お前は“どちら”だ?」

 


 視点変更 4



 機材も家具も一切ない白塗りの壁が続く正方形のワンフロア。そこを芸術の置かれた部屋へと変えてしまう白金(プラチナ)の妖精が逃げ回っていた。

 彼女の後を追いかけるように、炎も色も見えない爆発が何度も爆ぜた。

 爆発の規模はそれほど広くない。だが、気味が悪い。

 なにせ、爆発の原因がまるで見えず、現象を起こしているはずの八島が普通に立ったまま動いていないからだ。

 「ハァ、ハァ……アレは、一体?」

 「そらよぉ! どうしたよ、金髪ねーちゃん!?」

 白金の妖精こと、ローザ・E・レーリスは現在、窮地に落とされていると言っても過言ではない。

 (わたくし)らしからぬことではあるが、認めざろうえない。

 そこまで言わせる敵はだらしないシャツとズボンの男、八島 三なのが屈辱ではあるのだが……

 「ん~だぁ? さっきまでのデケェ威勢は何所いったんだ? でねぇと、デカイのは胸だけになっちまうぜぇい!!」

 (……最低ですわね)

 そして、なにより驚異なのが……

 「っう!?」

 突如、起りはじめる目まいや吐き気である。

 共に駆け抜けた背後で弾けるような小さな破裂音に急かされるように意識を保ちつつ敵を観察するため逃げ回る。

 あの力は厄介だ。八島の力ではなく、奴の背に担がれた機械の、だ。

 私が敬愛してやまない錬金術師が作り出した魔道仕掛けの機械機構(ディバイド)。エメラルドタブレットシリーズ。

 その不可視の力に逃げる様に距離をとるはめになっている。

 能力は不明。何かの排出口が八島の袖を通して伸びているところを見ると干渉系か発生系の何かを出す仕組み。

 しかも、今までの展開を見れば無色透明。しかも人体に影響がある。最悪、毒素。

 頭の中で列挙される考察と可能性の羅列。そこから対抗策を見つけつつ、判断材料を優先的に選出とともに部屋を見回す。使えるモノがあれば、周囲も巻き込むのが我が家の家訓だったりする。

 部屋の大きさ、高校の教室と同じくらいの広さ(どれくらいだろう? まぁ、どこも同じくらいの大きさだろう)で、何かのテナント不在なのか、全面白塗りの部屋でなぜかドアが見当たらない。ドアや出口は先ほどの崩落の際に埋まってしまったのかもしれない。スプリンクラーが上についてるところを見れば防災設備は最低限ついているようだ。

 さて、現状確認はこのくらいで良いだろう。まずは、ディバイドの性質を見抜く材料集めだ。

 小瓶をとり出し、素早く展開。封じられていた粉末がサラサラと宙を舞い、私はそれに意識と、取り入れた虚空素を魔力へと変換し同時に粉末へと流し込み、錬り合わせる。粉末は魔力を受け、一瞬の輝きとともに爆発的に体積を大きくし、槍へと姿を変えていくソレを大きく振るった。

 「させるかよっ!」



 変化していくはずだった物は突如として燃え上がり、私の手から消滅した。



 「……えっ!?」

 「ぷっ、くくくく。そらっ! 苦しめ、コラっ!!」

 魔術らしい痕跡すら見抜けなかった私に、八島は“何か”を差し向けようとしている。

 直感的に危険を感じ、全力で飛ぶように後退する。

 が、遅かった。

 「……っこカっ!?」

 突然の目まいと、吐き気が襲い掛かり、体が地面へと無様に落ちる。同時にくる異常な危機反応に体が自然と空気を求め、息が上がる。

 そんな私の姿に、満足そうな笑みを浮かべる八島。こいつはたぶん、他人が這いつくばる姿を見て、自分の低能さを慰める、自分を甘やかす男なのだ。

 「いいねぇ、才能ある美少女が地べたでバタバタ苦しむ姿はさ」

 「黙りなさいっ、このクズ!」

 怒りを捻りあげて生まれた根性で、腕を振るって立ち上がる。この現象の原因でもあれば、とも考えた上での行為だったが、手には何の感触はない。

 (なにが原因、いえ、正体ですの? 見えない、臭いはない、触れられない?)

 始めは何か火炎系の魔術かと思ったが違う。

 魔術とは世界の法則を捻じ曲げ、不可思議を起こす術だ。つまり魔術は発動させれば、異様に世界を捻じ曲げて周囲に感覚的な違和感を生じさせる。これは世界の(ことわり)を無視させる魔術の副作用とも呼ばれ、発動した際のサインともいえ、八島が使う式神の魔術でも少なからず発生するはずなのだ。

 奴に背負われたあのディバイドが引き起こしている攻撃であることは間違いないはずだ。

 しかし、あのディバイドが起こす現象がまったく掴めない。目に見えない、触れらない虚空素を扱う魔術師はそういうものに敏感なはずなのだが……

 (直接、思念波でも叩きつけている? いえ、アレは精神へ直接の打撃を与えられた現象ではありませんわ。もっと、直接体に入ってきたなにか。何か目に見えないほど小さなものに干渉して、私の体に影響を与えている?)

 驚くべきは虚空素を使っての魔術ではない、ということだ。あれが直接人体に影響を及ぼすレベルに高密度で動けば、目に見える反応が起こるはず。もしくはこの戦闘の以前に魔力をディバイドへ送りこみ、貯蓄させていた? いや、魔力を貯蓄させておける機械なんて見たことも、聞いたこともない。

 だめだ、さらに酷くなりつつある頭痛で思考が上手く回らない。私はさらに距離を取るために後へとじりじりと下がろうとしたが……

 「おやおやぁ~ん、行っき止まりみたいだぜ~金髪ねぇちゃん?」

 二歩下がっただけで背が壁に当たり逃げ場がないことを肌で感じた。戦場が見えていなかったということは、それほどまでに私は動揺していたということか?

 「もぉういいじゃん? 負けちゃて楽になっちゃいなよ~。俺も早く兄貴と合流してぇしさ……早くぶっ倒れておけって。意識ないとつまんねぇけど、とりあえず皆で犯し回して遊んでやっからさぁ」

 「……絶対に殺しますわ。女の敵」

 「おわっ~、怖ぇ~。っぷくくくく。そういうのはさぁ、そんな苦しそうに息吐いてる奴の言えるセリフじゃぁねぇっつうの!!」

 悔しいが八島のいう通りだ。事実、私は押されている。ダメージは一切ないのに、肺が“空気”を欲して呻いて……

 「それじゃ、最後のシメだ! いっちょ、盛大に眠れや」 

 “空気”? 

 いや違う。私の体が求めているのは空気の中で組成されている一つ。

 (…………っ!? そうか、なんで私はこんなことに気がつかなかったっ!? この部屋には何もない? 馬鹿だ、この部屋にはソレが部屋いっぱいにあったではないか!!) 

 八島がなにかする前に、“ソレら”を何とかしなければならない。だが、今までのように武器を作りだせば、“たぶん”確実に先ほどと同じように燃え果てるはずだ。

 ならば、と全力の速度でベルトから小瓶を取り出し展開。それを八島が確認した瞬間細く笑んだが、関係ない。なぜなら私が錬成したのは……

 一メートルほどの薄い長方形の板。

 “やはり”武器のように消えはしない。

 「あぁ?」

 「吹き飛びなさいっ!」

 私は面で空気を巻き込むように横へ押し振る。そうしただけで板は炎に包まれた。

 だが、燃えてなくなることはない。なにせ、この盾は特別性。耐熱合金が錬り込まれて錬成された一品だからだ。それでも錬成中に燃やされたら、錬成は不可能あったであろう。

 盾から生まれた風は八島にむかって流れるも、奴に届くまでにはすでにそよ風と化す。

 それでも十分。

 空いた手で新たな小瓶を開け、素早く錬成を開始する。それは先ほどと同じ槍へと形状を取っていく。

 「馬鹿が! もう一回、燃えてなくなれよっ」

 また、八島が手を振りかざし、先ほどと同じく“武器”を燃やし消すべく“周囲のアレ”に働きかけた。

 だが、今度は燃え上がることなく容易く成功した。

 「はっ!? クソっ、なんで…」

 「悪態付いてる時間がありまして!?」

 私は八島へと一直線へ駆け走る。

 「馬鹿が!」

 八島は右手をこちらへとかざした。ソレを再び放ち、“アレ”らを操るつもりなのだろう。

 「おバカはどちらかしら!」

 そんなことはこちらはお見通しなのだ。

 私は板をさながら盾のように構え、かまわず突貫する。その瞬間、進路を阻むかのように炎が発生するが、問題ない。盾は溶ける様子もなく八島のもとまでの最短コースを最適に先行してくれる。

 「なんでだよっ!?」

 錬金術師は魔術展開の速度が数ある

 槍の攻撃範囲に入ったが、これで攻撃しない。まずはさっきからやってやろうと思っていた行動を実行してやる。

 「その少ない頭で考えてごらんなさいっ!」

 私は欲望のままに板のふちで八島の顔面を殴りつける。

 「じゅっおっ!?」

 力任せの一撃はやはり当たらず、すんでのところで八島の眉間(みけん)をかすっただけにとどまった。

 予想外に私の攻撃だったのか、吹き飛ぶように倒れる八島。そんな死に体同然の男に向かって追撃を開始する。

 大きく息を吸い、腹から声を出す。

 「貴方が操っていたのはオキシゲンですわね!」

 「違ぇよっ!」

 私の槍が八島を逃がさんと突き出されるも転がる様に避けられた。無様に焦りながら立ち上がった八島に私の回答は否定されたが、当たってるはずだ。でなきゃ、凄い恥ずかしいではないか。

 oxygen。非金属元素の一つ。原子番号八番。空気の体積の五分の一を占め、無色無臭の気体。

 「オキシゲンは元素記号“O”。つまり、酸素のことですわ!」

 八島は顔には出さなかったが、一瞬露わにした緊張した空気を出した。当たりらしい。

 追いすがり今度は板で殴りつけ、続いて槍を突くもまたも避けられる。私はどこぞの騎士や魔王みたいな方とは違い純粋な武人ではない。どちらかといえば学者に近い、武器の操り方を知っている程度の人間だ。それでも、他者がみれば酷い攻撃の連続として評価されてしまうだろう。

 自分でもわかっている。だが、そうするしかない理由がある。この瞬間、私は八島に対して優勢のように見えるかもしれない。だが、実際はかなり劣勢に立たされながら戦っている。

 八島のもつディバイドが酸素を操るのなら、息を吸うだけで命を取られる危険性が未だ十分にある。だから、私はほぼ無酸素運動で攻撃しつつ、奴にディバイドを扱う機会を与えないように戦わなければならないのだ。

 酸素は誰もが知っているように、生物体を構成している主な元素の一つである。

 人間の場合であれば生命活動のエネルギーを生みだす化学反応に深く関わるものである。それと同じく知られるの可燃に対する助長効果である。

 「高濃度の酸素と可燃物がある状況で、なんらかの火種があれば、火炎や爆発が引き起こされるというのは小学生でも知っていますわ。この場の火種は私の錬金術」

 魔術は法則を歪めて起こす現象。だが、生み出した瞬間の摩擦などは当然ながら生まれてしまう。それを意図的に酸素濃度を上げ、爆発や火炎としていたのだろう。私の錬金術は物質変化の際に起きる反応などは非常に起こしやすかったはずだ。

 「先ほどからのこの頭痛、目まいや吐き気の症状などは高山病と同じ原理ですわね」

 ここに来る前に、八島たちと戦っていた巌たちから話を聞いていた。仲間たちが八島たちと対峙した際におきた謎の意識不明現象。聞いた当初は何らかの物理現象か精神攻撃かと過程していたが違う。

 「武器が炎上させるのとは違い。逆に人の周囲にある酸素を操り、減らして疑似的に高山のような酸素が薄い場を作り出すか、酸素を奪い、急激な酸欠を引き起こしていたのでしょう?」

 考えてみれば簡単なことだ。だが、考えられもしなかった。なにせ、酸素なんて肉眼で確認できない世界の物質に干渉できる魔術をここまで容易く操ることができる機械があるなど誰が考える。

 「ここまで判れば粗方見当もつきますわ。あらかじめ内蔵された酸素へ干渉することができる極小の機械群(ナノマシン)を操作、もしくは製造する能力なんですわね!」

 酸素に直接とりついて支配するものなのか、なんらかの信号を発信して操るものなのか定かではない。それでも一つの仮説はたてられる。

 「ただし、そのディバイドを通して支配圏域にある酸素(対象)に打ちこめる命令は単純な一つに限られるんでしょう!」

 一心不乱に槍と板で攻撃し続け、なんとか八島を徐々に壁際へと追いつめていく。

 八島はそれに気がついているのか、苦い表情になっていく。

 それが仮説の証明になった。なにせ、もし酸素を完全にコントロールし、複雑な使役ができるというならばこの瞬間にも私の周囲にある酸素へと働きかけ、高密度に圧縮させた酸素を肺の中に送るなり、檻のように纏わり付かせるなりすればいい。それだけで私は攻撃した瞬間に起こった摩擦で小規模な火傷や目への刺激で隙が生まれるだろう。

 それをしないということは……

 「そのディバイドの操作には普通の魔具以上に緻密な魔力コントロールと精神力が要求されるのですわ」

 戦っていて不自然に感じていた違和感。それは多彩な現象が起きていたわりには術者である八島がまるで動かなかったことだ。魔術師とは動かずに敵を倒す印象が強いが、それは戦う以前から用意された攻撃のパターンを決めていたからだ。戦う場にあらかじめに用意した術式や事前に設置した魔方陣に敵を追い込むなどが古い魔術師の戦い方とされてきていた。

 現代の魔術師における戦闘は様々なバリエーションと、多くの臨機応変な戦場に対応するための術式高速展開や発動の簡略化が必要とされた。一つの場に仁王立ちしているだけで勝てるというものではなくなった。つまり自ら陣の外へ出ては近接戦闘まがいの魔術の攻防を要求されているのだ。

 なのに八島はその場から動こうともしなかった。否、動けなかったのだ。

 「もし、貴方が動くものを対象にしていたとしたら、それは貴方も対象に含まれてしまうかもしれない。だから、貴方はその場からうごけなかったのでしょう? まるで怖気ずいた子供みたいに!」

 「っるせえよ!」

 私の挑発にまんまと乗っておざなりに放ったフックは空をきった。

 ありがたい。もう私も限界に近い。新鮮な空気が欲しくてたまらない。

 早く、と急かす体の要求を無理やり抑えつけて、生みだした隙に狙いを定める。戦いの礼儀として命を奪うさいの舌舐めずりなども一切ない。

 私は学者よりだといったが、その前に戦場で戦うことを選んだ魔術師。戦闘に特化した魔術を使う以上は命のやりとりをしている自覚はある。だからこそ、同じように命をかけてぶつかり合う相手にたいしては敬意も少なからず払い、認めもする。

 しかし、この男はどうだ。自分が認められなかったからと他者に怒りをぶつけ、都合のよい自分を認めてくれる存在しか許せないときた。己の魔術も、自分の未熟さも他人に押し付け、命を一方的に奪って悦楽にひたるこの男には純粋な怒りしか感じない。

 それでも叫ばずにはいられず、残った努力呼気をふりしぼって怒りをぶつける。

 「命を取り合う戦場で怠惰に自分は傷つかずに勝利を掴もうなど考えをするなど、愚の骨頂! 魔術師としてのプライドもないのなら、その命をここで落としなさいっ!」

 もう言うことはない。そのまま槍を敵の急所へと突き入れた。

 たしかに何かへと抉り込んだ感触が手に伝わった。

 命を奪ったという確かな手ごたえ。



 なのに、槍の先端は八島の胸には届かず。到達する手前で透明な“何か”に阻まれてしまった。



 “何か”は酸素ではない。これは……!?

 「っ、式神!?」

 息を止めておくのにはもう限界があったが、八島の行った非道に対して純粋な驚きをもってしまったために大きく息を吸い込んでしまった。

 式神。八島が本来持っていた魔術。生まれたての低級といわれる弱い付喪神を呼び出し使役する魔術。

 決して忘れていたわけではない。だが、頭の中からはぶいていたのは確かだ。なにせ、それを盾に使うということは、“生まれたての自分の赤ん坊を、盾にして殺す”ことに等しいかったからだ。

 魔術の狂気に染まりきっていない自分には、どうしても考え難い手。それを八島が平然とやってのけた。

 完全に、私のミス。非常識に生きながら常識に囚われたが故に生まれた隙。

 その瞬間を奴は逃がさなかった。

 「クッヘハッハアハハハハハ!!」

 手をこちらの顔面めがけて突き出してきた。

 私はその手に危険を感じて体を無理やり捻り、距離をとった。

 それでも、もう遅かった。

 「ッ!? ゲホッ! ァガッ、ゲァ!?」

 無理やりねじ込まれたかのような空気の流入時に明らかな刺激臭が取り込まれたのだ。

 その臭いに鼻の中と喉が悲鳴を上げ、目が痛みだす。その異常さにか頭にまで刺激が及んだ。

 「……これ、はっ」

 「わかんだろ、錬金術師?」

 一瞬、見えた薄い青色。そして、この激臭。思いつくのは一つしかない。

 「三酸素……オゾン」

 当たり、だったのだろう。八島が下品な笑みを作る。

 酸素は人体には必要なものだ。しかし、純度が高すぎる酸素の長時間吸い続ければ肺組織が破壊されていくように有害な物質でもある。

 オゾンは地球の大気中に膜のように広がる層を形成し、太陽光に含まれる紫外線を吸収する作用を有するものというのは有名な話。それは私たちの日常でも治療の現場などでよく目にすることができる。

 だが、オゾンによる毒死の例は少ない。

 「オゾンには中毒症状がある。急性の場合は目や呼吸器におよんで目まい、さらに高密度のオゾンを吸えば、呼吸困難やマヒ、最終的にはこん睡状態からの死だ。おれっちも勉強してんだよぉ~」

 「……そんな、もの……小学生でも、知ってますわ…よ」

 無理やり笑みを作ろうしたが無理だった。八島が言った症状は高密度のオゾンの場に長時間居続けた場合の例だ。それを密閉されていもいない部屋の中で、これだけの症状をかすかに吸いこんだだけで起こしたのなら、あの手にどれだ高密度のオゾンがあったのだろうか。

 ふら付く頭で感じ取ったのは、自分が膝をついた感覚と。

 閉じていく瞼の先に、八島が下卑た笑みを浮かべて淡青色の空気が纏わりつく掌をこちらに延ばしてこようとしている。



 視点変更 4

 

 

 「……ん?」

 急に隣で同じように太い柱に身を隠す進が急になにかを感じ取ったかのように反応した。

 「どうしたんだ?」

 未だ銃音が続く。進たちが乱入してきてからもう十分は経過している。それぞれの戦いの行方も決着がつき始めたことを感じとったのか?

 「……いや、今月の収入から逆算して撃てる弾丸の数を計算してたんだけどよ。きちんと貯金を覚えてねぇんだ。どうすっかな~」

 「とりあえず家に帰って、数えるといい。さぁ、あっち側から出ろ。俺はお前さんがハチの巣にされた瞬間にこの場から逃げる」

 ひでぇ犬だな、と感情もなく呟く。先ほどから移動するたびにハイエナよろしくチミチミと拾っていた銃から弾を抜き取り一つの銃のマガジンに集めていく。最初の一丁は確かに見ていたのだが、いつの間にか五丁ほど増えていた。

 あれから柱を二本ほど犠牲にして逃げ回っていた。いまだ自分の傷は癒えず、動くたびに銃傷が這いずるように(うず)く。

 そんな繰り返しをハンターはまるでおもちゃをもらった子供のように機関銃を撃ち続けていた。たぶん、逃げる俺達を追いつめることに楽しみでも見出したのだろう。初代メルルも似たような悪癖をもっていた。

 人狼化ができれば戦況も変えられるのだろうが、未だにさきほどのダメージが抜けず、細胞が全く反応しない。今のまま無理やり変化をおこせば、細胞が魔力に犯され異常な変化を起こすかもしれないことを考えていると……

 「君たち、そろそろどうかねっ。私もこの狩りに飽きてきてしまったところだよ」

 今までマシンガンを惜しげもなく撃ち続けていたハンターが、若干満足そうに大きな声をこちらになげてきた。

 弾切れか? そうも考えられるし罠かもしれない。そう警戒をしつつ、隣に座りこんでいた進がひどくめんどくさそうに虚空を見上げ、同じく面倒くさそうに声を張り上げる。

 「そうかいっ。じゃあ、とりあえず自分で自分の銃で頭でもブチ抜いてくれよ。アンタは素晴らしい世界へ旅立てるし、俺達はとりあえずハッピーになる」

 「そもそも君はどうして、そこの銀狼に肩入れをするのだ?」

 進の軽口を完全に無視し、さきほどまでの“キサマ”とはうって代り、優しげに“君”と進のことを呼んだハンター。その気味の悪さしかない柔らかい口調はまさに不吉の前兆。獲物を狩るために、静かに近づく狩人の動き(ことば)に緊張と警戒を強める。

 ハンターは未だ部屋の中央から動かず、そのまま言葉を続ける。

 「君はたしかあの娘、撫子といったかな? あの娘の関係者なのだろう?」

 「ああ、とりあえず契約料金返済まで家で預かってる、間柄だ」

 「そうか。ならば君の隣にいる野獣があの娘の家族を見殺しにしていた、という事実を知っているのだろうか?」

 そう来たか、と自分の顔を俯かせて思う。ハンターは進と俺を仲たがいさせる気なのだろう。

 「その化物はね。自分の仲間と妹を守るために、なんの罪もない娘を吸血鬼に奉げたのだよ。純血の吸血鬼を倒せるほどの力を持ちながらね! つまり、見殺し。直接的ではないが確かに加害者に関与した、間接的な加害者の一人なのだよっ!」

 グサリ、と心を見えない何かが貫いたような感覚が届いた。

 間接的な加害者。たとえば、突然現れた無差別な殺人鬼が現れたとしたら、周囲の人々は大抵の場合逃げ惑うだろう。

 場合によれば、直接的な加害者一人に対して明らかに数が多ければ取り押さえることも可能だろう。

 ここで人は考えてしまう。傷つくかもしれない。最悪、運悪く死んでしまうかもしれない。それどころか、正当防衛を通り越して加害者を殺し、無用な罪が自分にかかってしまう恐れもある。

 それが誰もが感じる恐怖は正義感を殺して人を逃げ惑わせる。遠巻きに見ている人々も同じように思うだろう。

 非力な人なのだ、しかたない、自分にはどうしようもない。そう、それが当たり前だ。誰もそれを責めない。責められない。

 だが、そこに、その場に殺人鬼を取り押さえるだけの力と、傷つくことすらない存在がいたならば話は変わる。

 そんな存在がいたならば人々は言うだろう、助けてと。

 もし、なにもしなければ怒りにまかせて問うだろう、なんで何もしなかった、と。

 被害者たちは何もしなかった者に呪いを吐くだろう、人でなしと。

 まるで加害者を見るような目で、罵詈雑言を言うのだろう。直接していなくとも、間接的に被害者を出した加害者に向けて。

 「酷い話だと思わないか? そいつは知らないならまだしも、彼女の家に吸血鬼が来る時刻すら知っていたほど事件の中央にいたんだ。それなのに、それなのにだよ? そこにいる化物は、なにもしなかった。できなかった! 己の身内、可愛さに。赤の他人ともいえぬ人間を見殺しにしたんだよ」

 ハンターの演技じみた物言いに、俺はなにも言い返せない。本当のことだからだ。俺はあの時、あの一家が襲われることを知っていながら、なにもしなかった。

 見ていたのに。

 「許せない、とは思わないかい!?」

 その場にいたのに。

 「救うすべがあったはずなのに!?」

 10年間、あの子が苦しんでいたのをいつも見ていただけ。

 「本当い死すべき罪人はキサマだろう、銀狼?」

 ハンターは進に語っていたのではない。

 ずっと俺に言っていたのだ。

 そうだ……本当に罰を受けるべきなのは……



 「そんなことは当たり前だ。だから、どうした?」



 ハンターが唐突に言葉を止めた。いや、ハンターだけではない。俺もまた息をのんで、クツクツと笑い始める進を凝視する。

 「時間の無駄をどーも。そのへんのことはもうお前がいう間接的な加害者その一から聞いてるよ」

 言い終わると進は笑うのを止め、一拍おいて言葉を紡ぐ。

 「今さらって感じなんだがよ、当たりまえのことじゃねぇか。みんな自分や身近な周りの奴らが可愛いに決まってんだろう? 赤の他人だろうと、知り合いだろうが関係ねぇよ。自分の大切なもんが危険にさらされている状態で、なんで他人のことをかまっていられるんだ? 見捨てて当然だろう。ぁん? なんだ、なに睨んでやがんだ? あ、そうだ。死ぬべきなのは自分だ……なんてダサいこといって自殺とかヤメテくれよ? 気分が悪くなる」

 人は皆、聖人君主ではない。皆がどこか心の内に抱えている最悪の言葉をなんの躊躇(ためら)いもなくさらりと言う進。

 思いつつも、見捨てるのが当然などと言うのは最低だ、と正常な価値観をもつ人々は口をそろえてそう言うのだろう。自分もそんな一人だという自覚がある。そのため自然と溢れてしまった嫌悪感が視線となっていた。

 「……誰が悪くて正しいか、なんて俺に尋ねるのは御間違いだ。正論の並べあいなんてどうだっていい人間なんでな。それでも、アンタの意見には肯定してやるよ。こいつは間違いなく大のために小を切り捨てた悪党だ」

 進が流れるように銃口をこちらに向ける。マガジンはすでに挿入され、セーフティも、撃鉄も引かれている。

 「そうやって、“お前”はその妹と家族を守ったんだろ、悪党?」

 進が視線を俺にではなく、未だボクの胸の中で眠るサヤへと向けた。愛くるしい寝顔を見ているだけ幸せな気分になる。だが、俺にはそんな資格がない。

 「なにまた下向いてやがる。お前は胸を張る“べき”だろう」

 彼の言葉の意味がわからず、バッっ、と伏せていた顔を上げ、彼の表情を視るが押し付けられた銃に阻まれよく見えなかった。声の質は平坦でなんの感情も読めない。進の言葉は続いていく。

 「胸を張れよ。どうあれ、お前は守った。こんなクソ広い世界で、何が何でも、と思える一つ()を。叫んでみろよ、俺はみっともなく、足掻いて守ったってよ」

 言葉は続く。今度は明確な敵意と、重苦しい忠告が。

 「ただし、絶対に忘れるな。オマエの幸せは犠牲の上にあるのを。下にあった出来事がいつまでも悲鳴と呪詛を叫んでいるのを。忘れるな。罪にいつまでも苦しめ、後悔し続けろ。自分で自分を救うな。美化するな。自身に優しい言い訳をするな。お前が幸せを感じた瞬間、同時にも思い出して、心を痛めろ。どんな小さかろうと、大きかろうと、犠牲を出した者は罪人だ。……もちろん、今言ったことは後悔する気持ちがあればの話だ。したくないなら、しなければいい。ただし、その瞬間にソイツは完全にクズに成り下がる」

 進の言葉だけが今の俺の世界だった。他の音など耳に入らない。目はただただ、銃口の闇を見つめていた。

 唐突に銃が下ろされた。視界が広がる。彼は未だ柱に(もた)れかかって、そこにいた。

 違いがあるとしたら、顔をこちらに向けていることぐらいだ。

 「そんで、もし罪を無くすんじゃなくて、被害者(撫子)を誤る気持ちがあるのなら、アイツに全部打ちあけてやれよ」

 罪を無くすことは簡単だ。刑罰、罰金、いけば死刑。被害者やその家族の怨恨すら時間が経過すればそれなりに薄れていく。

 罰を受ければ法律や世間的には罪は終わるのかもしれない。それで被害者や世界は満足するかもしれない。

 俺は撫子を遠くから守ることで贖罪を望んでいたと、今やっと気が付いた。そうすることを義務化して、自分を慰めていただけだと。

 それも上辺だ。本当は……

 (俺は、ただ、あの子に。あの笑顔の似合う女の子から感情をぶつけられて、自分が傷つくことを恐れていたんだ)

 だが、罪を起こした事実は変えられない、変えてはいけないのだ。

 加害者がいきなり現れ、罪を告白しに現れたならば、大抵の被害者には完全に迷惑だろう。

 それでも……

 顔をあげて、力強い笑みを作る男の目をしっかりと見つめて約束する。

 「……これが終わったら必ず、彼女に謝りにいくよ」

 「罪を許してもらいにか?」

 「違う。事実を伝えに。そして、罰を“選択”するために」

 進が、フンと鼻を鳴らして目を外す。

 法律以外の罪の受け方は人それぞれだろう。被害者の目の前から消えることが罰になる場合や最悪、死を要求される場合すらあるだろう。

 それは被害者が要求することもあれば、加害者自身が考える時もあるだろう。

 俺の場合は、撫子くんにすべてを話してから、決めるべ……

 「実にくだらん。くだらないおしゃべりだったよ!」

 遮るようにハンターが声を出す。

 仲間内での同士撃ちを望んでもいたのだろう。若干、怒りに声が上ずるハンター。反対に、そんな彼の感情を見抜いた進は愉快そうに、意地悪い笑みを浮かべている。

 が、そんな進の表情が突然、こわばる。

 理由はコロコロと転がってきた掌サイズの物体が原因だろう。熟す前のパイナップルじみた緑色のソレは……

 数秒と経たずに、鋭い光と音と同時に爆発した。

 爆発音がビルに轟く。

 壁にしていた円柱は粉々に砕け散り、粉塵をたたせる。

 「「手榴弾かよっ!?」」

 その煙の中を飛び出る二つの影、俺と進は叫びをあげて次の柱を避難所にすべく全力疾走しようとしたが……

 「っ!?」

 「まぁ、当たり前か」

 考えになかったわけでない。今までハンター自身も遊んでいた節があったが、さきほどの会話で完全に飽きてしまったようだ。

 円柱が無くなっていた。

 フロア内に残っていた柱がすべて壊されているわけではない。次に、と考えていた一番近くの円柱が壊されていたのだ。

 現存している円柱までは50メートル以上ある。全力で走ってもマシンガンの猛威には無事では済まないだろう。

 そして、無くなったと思っていたマシンガンの弾丸は、未だ十分すぎるほどに残っているのが視認できた。

 マシンガンを握る男は、ニンマリと悪魔のような笑みと共に口を開く。

 「ジ・エンドだ。畜生ども」

 逃げ場はない。なんとかサヤを進に押し付け、二人を守るために両手を広げて前に出る。

 人狼の姿ならともかく、人間の姿のままなら人間の体とそう変わりはない。普通に高速発射される弾丸を浴びせられれば、二人の盾となった俺は死ぬだろう。

 すまない、と心の中で撫子に謝る。

 ハンターが引き金を引く、その前に進が自分のハンドガンを撃った音がしたが、当たらなかったのか着弾した様子はなかった。

 激しい発射音とともにハンターのマシンガンから閃光ととに無数の銃弾が飛び出してくる。

 


 その瞬間、“ハンター”の左指が、“真横”から飛んできた銃弾に当たり、千切れ飛んだ。



 ショックと衝撃にハンターがマシンガンから手を放したため軌道が逸れて、発射された数発の弾丸は頬をかすめる程度で済み、一発も当たらず、通り過ぎていった。

 「ッア、アアアアアアアアアッゥ!!?」

 ハンターの絶叫がする。溢れる血をなんとか止めようとするハンターには、あの弾丸の発射位置を確かめている余裕などないだろう。

 俺もまた、突然のことに放心している。目を凝らすもこの場には俺達以外は誰もいないはず。数人いたハンターの仲間はすでにもう逃げているか、死んでいるはず?

 いや、まさか……と思い振り返ろうとした瞬間、

 「この超ド、阿呆(あほう)

 呆れたような力ない声と、それと反比例するかのような強く重い衝撃が俺の頭に落ちてきた。

 頭に落ちてきたモノは、進の大剣“イザナミ”。

 「っ!? いっ痛ぁ!!」

 ふら付く頭は視界も一時的にショートさせたが、なんとか倒れずにすんだ。

 進は半ば怒っているようで、半眼になっていた。

 「なに射線を汚してんだ。あと、ホラよ」

 進は預けていたサヤを優しくこちらへ突き出す。俺はよろめく妹を受け止めたと同時に、進の足元に薬莢があったのを見た。さきほどから銃撃戦が行われているこの部屋では珍しくもないソレに、なぜか確信が持てた。

 「進、お前さんが……」

 「キッサマァァ!! 何をしたぁぁ!!?」

 俺よりも何が起きたのか、いや、進が何を起こしたのか知りたいのはハンターだろう。

 彼は怒りと動揺を混ぜた怒声で問いつめ、同時に無事な右手でサブマシンガンを構える。

 進は口で答えない。変わりに実行した。

 進は素早く、ハンター……にではなく、大きく外れた彼の左側に向けて撃ちこむ。

 ミスショットは当然、ハンターへは向かわず、別の“モノ”へ着弾した。

 そう、地面に落ちていたハンドガンのトリガーを“押す”ように。

 引き金を引かれたハンドガンは壊れることなく、弾丸を発射。ハンターの構えたサブマシンガンの側面へと着弾した。

 サブマシンガンを弾かれたハンターはトリガーに指をかけていなかったのか、指は無事だったようだが、進の絶技を視認した瞬間に目玉が飛び出さんばかりに瞼を見開く。

 俺も同じく驚きに言葉を無くす。自分も百年以上生きてはいるが、ここまでの芸当を見たことがない。

 落ちている銃器に銃弾をぶつけることは、ある程度のコントロールを持っていれば可能だろう。だが、銃のトリガーに当て、かつ弾丸を発射させて、狙い通りの地点へ飛ばすというのは絶技や神業を通り越して奇跡の領分だ。

 その奇跡がキチンと計算されて配地されていたものだと、気がついた。あの逃げ回っていた時、進はなぜか何度もハンターではなく、不自然な方へ向けて銃を撃っていた。あれはすべて今の変則攻撃への布石であったのだ。

 そして、あの違和感の正体に気がついた。

 自分の推測を確信にしたいがために、恐る恐る進に聞いてしまう。

 「……進、お前さんは剣よりも……銃の方が、使い慣れているのか?」

 「あぁ? 当たり前だろうが。俺はこの剣をもらってから一年もたってねぇし、それまでナイフはともかく剣なんぞ振ったこともなかったよ。銃のほうは十年くらいじゃねぇかな。見ててわかんなかったか?」

 わかるものか、と言おうと思ったが納得してしまったので言わなかった。たしかに俺と戦っていた時を思い返せば、進に追い詰められた際の攻撃はすべて銃によるものだったからだ。

 なぜ、銃をメインで使わないのか? そう聞けばかならず言うだろう。

 「銃は金がかかるからな。それとくらべりゃ、剣はお財布にやさしいし。それにイザナミ(この剣)なかなかに頑丈だしな」

 (だと、思ったよ)

 この男のマイペースさに嘆息し、力ない笑みが自然とこぼれる。

 自分は銃というものは好きにはなれないため扱わないが、それを生業にし“魔弾”と呼ばれる男には圧倒的な屈辱のはずだ。なにせ、自分より年下の、人を完全に小馬鹿にしている小僧に隔絶した差を見せつけられたのだから。

 顔を完全に沸騰させ、怒りと妬みが入り混じる声と視線を進に向ける。

 「キサ……ッ!!」

 「いいのか? そんな丸腰で」

 進が、面倒臭そうに忠告し、それを反比例させた高速の照準と同時に放たれた弾丸に、ハンターは恥を捨て“させられ”て地べたを転がるように割と近くにあった円柱へと身を隠した。円柱に阻まれ見えないが今頃プライドの塊であるハンターは、屈辱に歯ぎしりでもしているだろう。

 それから右手にもつハンドガンではなく、左手に新たに拾った特徴的なストックを持つサブマシンガンVz.61《スコーピオン》。ハンドガンとは比べられね速度で円柱に弾丸を連射するスコーピオン。けたたましい騒音が一旦止まる。

 進はこちらに振り返り、ポイっと白いカチューシャを投げてよこした。俺が受け取ったのを見ると、さきほど撫子やローザたちが落ちていった大穴へと視線を合わせて願う。

 「永仕。もう“変われる”だろう? とっとソレを撫子(ポンコツ)に渡して、連れて帰れ」

 「え?」

 「……っと、その前に、だ」

 進が空いた大穴に近付いていく。その間にスゥーと鋭く息を吸い込み……



 「オォイッ!!!!!!!!! 居候(いそうろう)共ォォォっ!!!!!!!!」



 それは声ではなく、爆発だった。

 その怒声を耳が認識した瞬間、鼓膜が破裂したような感覚が頭に響いた。いや、実際は破れていないだろうが……

 キーンという耳障りな音。触覚がビリビリとした空気の振動を感じ取る。一番、近くにいた俺が一瞬意識を飛ばしてしまったことを考えれば、進の怒声がビル全体にまで響いたであろう。というか、破砕寸前だったのだろうが高層ビルの分厚く耐久性にすぐれた窓ガラスがパリンと割れたのを目撃した時には目が眩んだ。

 「いつまで雑魚(ザコ)共にチンタラ時間をかけてやがるっ!!!!」

 衝撃が強かったのであろう、あれだけの銃音の中でも起きなかったサヤが目を満丸に開いて目を覚ましていた。いまだショックが抜けきれないのであろう声も出ないようである。

 「テメェらが早く上がってこないから、俺が無駄弾を撃つはめになっただろうがぁっ!!!!!」

 ハンターですら驚いているのか、柱から出てこない。今の進は穴にむかって自己中極まりない怒りを叫んでるだけなので、隙だらけなのに。

 「終わったら給料でも出そうかと思っていたが、時間をかけてるようなら出さねぇぞぉぉっ!!!」

 そして、ハッと気がつく。

 体が軽い。傷がどんどん塞がっていく。これなら人狼にもなれるだろう。

 (そういえば、さっき進のイザナミが頭に当たった……あの剣はどんな魔術も拒絶して払う能力があったが、神の力も対象内なのかっ!?)

 変われるだろう? そう進が言った意味を理解し、意を決して彼が罵声を送り続ける穴へむかって疾走する。

 「サヤ、しっかり掴まっていろっ!」

 「させるものかっ!!」

 ハンターが俺の行動を察知したのだろう。四回の銃音がたて続けに耳に入った。

 だが、ハンター自身の姿は見えない。その変わりに……

 (クラゲが……四体!?)

 俺達を囲むように四体の宙に浮くクラゲが露われる。それとは別に柱の影からもう一体のクラゲがぬっと現れた。

 (柱の影からかっ!?)

 魔弾が放たれた瞬間を目撃したので移動を中止、体をすぐさま人狼化させるが……

 (っ!? 間に合わないかっ……!?)

 弾丸の速度よりも早く変化させる自信があったが、今の病み上がりに等しい自分の組織変化は通常よりも遅かった。

 「くそっ!」 

 屈みこみ、うずくまるようにサヤを庇う。四発の弾丸は最初のクラゲからパスされるように囲むクラゲへと飛んでいき……

 その瞬間、ダンッ、と俺の背後に誰かが立った音と気配を感じた。

 ハッと振り向き、その影を見る。

 影が両の腕を短く構えたのとクラゲが弾丸を吸い込む瞬間はほぼ同時。

 影……進が間髪いれずに動く。銃を槍のような速度で突くきだし

 ドオンッ!

 パァ―

 コマのように半回転し、両の腕を開き

 ―パパッ!

 ズォンッ!!

 サブマシンガンとデザートイーグルによる短くも余韻を残す演奏が響き渡る。進によるまるで演舞のような連続射撃に目を奪われつつ、進が撃った四発の発射音が、ハンターの撃ったであろう銃音とほぼ同じ間隔で放たれたのがわかった。

 その瞬間、宙に浮いていたクラゲたちは拍手でもするように四体同時にパァンと音を出し、弾けて消えた。

 「んなぁっ!!?」

 ハンターが今度こそ柱から全身を表し、驚愕を隠すことすら忘れて、信じがたい事実に口を開ける。

 嫌な言い方だが、ハンターの気持ちも少しはわかる。あのクラゲは弾丸を取り込み撃ち返す特性をもつ。つまり弾丸を撃てば決まった方向に軌道をかえてしまう。その軌道の設定はハンターが決め、それはリアルタイムで彼の思うがままのはずだ。

 それは進自身も実証していたはず。それがどういうことだろうか、撃ち返すことなく破裂した。

 なにかしたであろう進に疑問の目線を送ると、彼は困ったように笑って答えをくれた。

 「あのクラゲには許容量ってもんがあったんだろうよ。一発をくぐらすならいいが、二発同時に打ちこまれた際の衝撃を緩和する耐久度がなかったんだ。……俺はただ、撃たれた弾丸に弾丸をぶつけて壊そうとしただけなんだけどな」

 偶然とはいえ、あのクラゲの壊し方がわかったのは事実。これであの曲射攻撃の対抗策が一つできたわけだ。

 「ふっ」

 自然と笑みがこぼれた。何年ぶりだろうか。信頼できる人間には幾人にも会えたが、なんの心配もせず、背中を任せられる人間を俺は一人しか知らない。

 体の細胞を揺さぶり、自分の体が大きく変化する。

 銀の体毛に覆われ、顔は犬科の動物のようになったのを全身で感じる。二足の太い両足は人のモノ

 体にみなぎる力を表すが如く筋肉隆々とした胴と両腕で、大切な妹を抱く。

 銀の人狼、となった俺は今忌々しいと感じていた敵には目もくれずに、黒いコートに身をつつみ不敵な笑みを浮かべる男へと頭を下げ、謝罪と懇願をする。

 「ここを任せたい」

 「わかってるよ……とっとと行けよ」

 


 「オマエが答えを出したんなら、俺が言うことは何にもねぇ。一直線に行っちまえよ」

 『テメェさんがどうしたいか決めたってんなら、いいぜ。真っすぐ、やってやろうぜ』



 まただ、と思う。やはり彼と似ていた。どうしても重なって見えてしまう。

 いつも黒に近い浅葱色のジンベイを着こなして、視ただけで全てを託してしまえそうな不敵な笑みを浮かべる音芽組組長()に。

 だが、あの男と似ているからではなく、一人の(オトコ)と認めた存在にここをまかせて大穴へと駆けだす。

 「(あと)は頼む、進・“カーネル”! だから、九重さんの事はまかせろ」

 妹を抱え、暗黒が溜まった大穴へ飛び込む。

 飛び込む際にヒラヒラと手をふる進と……

 「“カーネル”だとっ!!?」

 これまで異常に過剰な反応を示したハンターの二人をその場に残し、暗闇にのまれていく。



 視点変更 5



 とんでもない音量の罵声が途絶えて数秒後、不自然に笑みがこみ上げてきた。

 「……今のはなんだ、アルバイン?」

 「え? あぁ、魔王がいたらあんな奴ですヨ」

 まったく、困ったもんだと思う。目の前にいるのは雑魚などではない、最高峰の域まで到達した騎士なのだ。それをアイツは雑魚呼ばわりか……

 「本当にキミにはかなわないヨ。シン・“カーネル”」

 「シン……“カーネル”だと!?」

 「なんですカ? 彼を知っているのですカ?」

 ただ単純に知っているのか聞いただけなのだが、その瞬間とんでもないものを目撃した。

 「プ……クゥ…ククククッ! ダーッハハハハハッハハッハアハハハハハハアハハッッ!!」

 爆笑していた。

 ジョゼット・ホーキンスという男が、だ。

 ボクの知る限り、この男はつつましやかに笑う男だった。

 気品あふれる上流階級の人間とも接する機会のある騎士だったこともあるが、この男はそうあるのが騎士だと常に言っていた。

 馬鹿笑いなど、下品なことをクライアントの前でするな。常に優雅であれ、と。

 それが……

 「クッヒィィイひっひっひっ、ゴホ! うぅ、ヒヒハハハアハハハハハッハッハ!!!」

 天を仰いで、せき込みながら腹の底から笑っている。今日は地雷が降ってくるかもしれない、そんな妄想が頭のなかで展開された。

 「ッハハアハッ……ふぅ、なるほどなぁ。お前が“カーネル”の者とな……アル、お前はやっぱりシルバの息子だよ」

 「どういう意味ですカ」 

 世にも恐ろしい大爆笑が嘘のように止んだと思ったら、また気になる一言が入る。カーネルの者、とはなんだ?

 釈然としな感情が残るボクを見て、未だ笑いの余韻が残る声で語り始めるホーキンス

 「知らないのか? それはそうか。シルバから聞いているはずがないな。アイツは奴のことが大嫌いだったからな」

 「え?」

 シルバというのは養父、つまり騎士団の副団長だ。あの人は人格面において温厚なすぎるほどでかつての敵にすら敬意を払うような男だった。それが大嫌いな男とは一体、どんな人物なのだろう?

 「ギルバート・カーネル。第三次世界大戦時に英雄と呼ばれた男がいた」

 ギルバート・カーネル? 聞いたことすらないその名。だが、英雄ならば名が知られていてもいいようなものだが?

 「第三次世界大戦中、銃一つで突撃し、幾つもの戦場を“叩き潰し”停戦状態に追い込み続けた生粋の戦士。その戦いぶりと強さから“銃聖(ガンズ・マスター)”と呼ばれるほどの、な」

 「…………」

 「そのためか、巨大国家から民間軍事会社まで、ありとあらゆる武力を保有する者たちから莫大な額の懸賞金をかけても殺そうとしたSSクラスの犯罪者でな。アイツはそれにムカついて嫌がらせに各国家の軍部が保有する兵器を破壊し、長官クラスの人間に度重なる悪戯をしかけて回った」

 「どこが英雄なんダっ!」

 最初の一文以外は最悪そのものだ。一番最後に至ってはただの悪ガキではないか。

 「シルバ自身は否定するかもしれないが、ギルバートの方はシルバを親友と呼んでいた。そのため、アイツはよくギルバートに連れられよく面倒事に巻き込まれていたな。……とくに、強制全世界娼館めぐりの旅話には笑ったもんだ」

 笑えない。すごく笑えない。遠い異国の地で今日も真面目に働いている養父を不憫に思った。

 「奴は戦後、孤児院を作った。自身の“カーネル”という名を与えてな。奴も孤児だったのもあったのだろう。戦地で、もしくは魔族の被害を受けた身よりのない子供たちを集めて育て始めた」

 戦場で英雄とまで呼ばれた男の選択を誇らしげに語るホーキンス。自分が知るホーキンスという男は他人をほめることはしない男だった。褒めるとしたら余程、身近にいて信頼をおく人物だけ。つまりギルバートという人物と深い繋がりをもってたのだろう。

 「奴は同時に戦争から魔族退治までを請け負う傭兵団を立ちあげた。そこに奴は強制か、はたまた子供たちの志願かどうかはわからないが、部隊の中にカーネルの名をもつ者達を入隊させた。ここからが本題だ」

 急激な声色の変化に動揺が走る。本題、という言葉の裏に深い意味を持たせたように強調したのだ。

 「奴のスパルタ教育の賜物なのか、もしく偶然だったのか、それはわからないが、その傭兵団に所属したカーネルの名を持つ者たちが次々と功績を出しはじめた。それも世界に轟く大事件を幾つも解決、収束させたのだ。それはまるで、ギルバートの強さが“遺伝”したかのようにな。彼らの存在は魔術世界に知れ渡ったが、あまりの突拍子のない話やその傭兵団自体も滅多に世間に顔を出さないことや、ギルバートの伝説自体作り話とされていたために、半ば伝説とかしてしまったのだ」

 だが、と繋げる。まるで世迷言にも聞こえる話。それでもボクは頷いてしまえる。

 「ギルバートの伝説が事実と知る者たちは今も語っている。世界のどこかにある傭兵団に、世界を揺るがす強さを受け継ぐ子供たちがおり、今も世界や他人、なにより己のために戦っているのだと」

 なぜなら、その強さを目にしているから。納得してしまえる

 「英雄の血は流れずとも、血の如き彼の意思と強さを受け継いだ彼らはこう呼ばれた“カーネルの血族”もしくは“カーネルの者”とな」


 

 視点変更 6



 カーネルの伝説は知っている。

 この世界、現代で銃と魔術を生業にしている人間ならば一度は聞く伝説だ。

 いわく、奴は一丁の銃と弾丸さえあれば、世界と戦える男だと。

 いわく、奴に照準をつけたのなら、自分の一族郎党から家族すべての眉間に銃口を押し付けたと同じことだと。

 そして、カーネルという名を背負った人間に戦場で出会ったのならば、すぐさま戦闘を放棄しろ、と。

 「馬鹿なっ! あんなものただの伝説……尾ひれのついた噂話のはずだ!」

 貴族の男ハンターと呼ばれた私が円柱を背に絶叫した。まるで狩られることを恐れ隠れるウサギのように。

 「親父(オヤジ)の噂なら知ってるよ。つーか、本人から聞かされまくったよ。……でもよぉ、今俺たちが語り合うべきは、もっと別のことだろうぉ?」

 「?」

 「テメェは棚にあげてるみたいだが、撫子が襲われる原因になったのは元々テメェが音芽組を襲ったことが原因なんだろぉ?」

 10年前に、音芽組に匿われていた金狼を奪取すべくおこなった襲撃作戦のことを言ってるのか? あれは屈辱であった。もう少しで金狼へと手がかかろうかとした時に、まるで狙っていたかのようなタイミングでドレイク候の手下共が現れ、作戦は失敗に終わったのだ。

 「違う! あれはドレイク候が始めから計画していたことだ!」

 「けど、原因の一つだ。それに……アンタは撫子がドレイクに飼われていたことを知ってたろ? じゃぁ、テメぇも間接的な加害者の仲間入りだ」

 「ッ!!?」

 直感を通り越すほどの殺意が安全圏であるはずの背後の柱から感じ取り、前転するように伏せる。

 直後、円柱が壮絶な破砕音とともに砕け散る。一瞬、見えた黒い影。アレは剣!? 一振りで、あの分厚い円柱を破壊したというのかっ!!?

 柱が破壊されたことにより、直上の天井が瓦礫となり降り注ぎ、周囲に煙幕はたてる。

 その煙幕の中、振り返ると紅い輝きが二つ。

 「テメぇは自分の行動の果てに犠牲になった他人の命なんてどうでもいいんだろ? 俺も似たようなもんだ。命の価値が平等なんて考えてもいねぇし、出した犠牲を後悔も反省もしないクズだ」

 紅い瞳が輝きを増す。煙が晴れて紅い光が全貌を現す。

 「だから、こっからはクズ同士の戦いだ。命の価値が薄い者同士、地獄の片道切符をかけてのガンファイト。魔弾と魔王の殺し合い(語り合い)といこうぜ」

 瞳孔を開ききった紅い瞳と凶悪な笑みを浮かべる青年が、銀色の銃口を構え、轟音を撃ち立てた。


                    

                                次話へ


お久しぶりでございます、桐織 陽でございます。

あれから三カ月、辛くもありましたが国家試験を乗り切り見事……

 

 今回はcon-tract3-6 カーネルの血族を投稿いたしました。残念ながら四万字をオーバーしてそうですが、本当はさらに長い仕様になっていたのを今回は次話へと持ちこしにしました。あと、二話で三章は終りとなります。

 con-tract3では、主題に“間接的な加害者”をあげて書きました。この小説、明確な目標が見えないと思いますが、きちんとあります。

 誰もが一度はあると思う、なにかから目を反らして過ぎ去ってしまう行為。むろん自分にもあり、電車でモノを散乱させてしまった男性の方を手伝わなかったり、高校の時、イジメの現場を一度は止めただけで、根本的な解決を手伝わなかったりと……誰しもあるはずの、いや、無い人もいるかな? もしいるならば、私はあなたを人類の誇りに思います。

 間接的な加害者の考え方等は私と進自身の結論であります。あなたがもし違う考えかたを持っているのでしたら、それはそれでいいのです。真実は一つかもしれませんが、答えに関しては多くあると考えています。

 この小説とあとがきをご覧になってくださった方々に感謝を


 ―私のこの小説を○○と○○の○○の物語にしたいと思っています。

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