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con-tract  作者: 桐識 陽
3:守ると吠える月の銀狼
17/36

4、銀の爪刃

 

 

 4、銀の爪刃(そうじん)



 「むっ!」

 「? どうかしたんですか、サヤちゃん?」

 未だ耳には命を取り合う喧騒が聞こえてくる一室。

 私、九重 撫子と彼女、灰色の髪の美少女サヤの女二人きりで、この騒ぎが収まるのを待っていた(サヤは普通に寝ていたが)。

 そのサヤが突如、飛び起きるまでは。

 「むむむっ!」

 サヤが急に駆け出し、部屋から韋駄天の如き速度で飛び出していく。

 「サヤちゃん! 危ないですよっ!」

 声は聞こえているようだが、止まることなく、振り返ることなく走り去ろうとする彼女を放っておくことはできない。その後を追いかけるまでの逡巡と思考の時間は三秒間だけだったが……

 小さいながらサヤの速度は目を見張るものがあった。それなりの運動能力を有する私でも、彼女の速さにはついて行くのがやっと。

 そんな彼女が突如、走りを止める。

 引っ張られるように行き着いた場所は先ほどとは間逆の位置にある大きな庭園。

 先ほどの庭と同じ景観だったのだろうが、土がめくれあがり、白塗りの外壁は爆弾で破砕された後で、複数の弾痕、そして幾人かの血だまりを作り倒れる人たちで荒れ果て、今は見る影もない。

 「お嬢さんたち、何でここにいるんですっ!?」

 そんな中、部下数人と共に銃火器を持つ黒服の者たちと対峙し合う巌がいた。血相を変えて話しかけてくる彼に負けないほどの大きな声でサヤが叫ぶ。

 「イワオ、逃げる!」

 その声に乗せられるかのように、敵意むき出しで掴みかかる黒服の男たち。手にはナイフが握られていたのが見える。

 巌たちはそれを避けるでもなく、いなすのでもなく、彼らの衣服を逆に掴むと向ってくる勢いを利用し、投げる。投げられた黒服たちは地面へと叩きつけられた衝撃で苦悶の悲鳴を上げ、何とか受け身をとった者もいたが、すぐさま振り下ろされた拳骨(げんこつ)を顔面や腹部、頚部に受け昏倒させられる。

 その見事な手際は、訓練された軍隊を想わせる手慣れた動きであった。さすがは

 「違う!」

 「ぬぅ!?」

 サヤの叫びに、今度は地面が突起した。そこから現れるは同じような四人の黒服の男たち。

 今までそこに隠れていたのか? 否、彼らの衣服を見れば今まで土の中に隠れていたとは思えないほどの汚れがついていないことが見てとれる。

 不可思議が目の前で起こる、この感覚をつい先日もしくは私の人生の中で常にあったそれだと、頭が理解する。

 (あれは……魔術っ)

 彼らは司令塔である巌を囲む様に、不意撃つ形で攻撃してきていた。

 部下たちのいる位置から巌の元へと駆けつけられる者はなく、狙われる巌も投げつけた敵への追加攻撃からの姿勢から立ち直っていない。敵の刃が届く寸前、巌が起こしたアクションは…

 「“飛び起きろ、地面!”」

 声をあげた。言葉が紡がれた瞬間、巌の姿が霞んで消えた。

 違う。彼の巨体が霞むほどの速度で旋回したと動いた後に気がついた。彼を捉えるはずだった刃は空を斬り、不意を打ったはずの四人がぶつかり合う形で顔を見合わせる。

 「“殴り()ぜろ、空気!」

 そんな塊合う彼らに、逆に彼らの背後をとった巌の豪快な右の拳が叩き込まれる。その拳が彼らの一人を殴った瞬間、空間が爆発し、四人全員が数メートル吹っ飛ぶ。

 「巌さん、それ……」

 「驚かれないんですね、やはり。メルヘンが似合わない男だと自分でもわかっているんですがね」

 「巌さんも魔術師なんですか?」

 「いえ、私はかじった程度ですよ。それよりも、お嬢さんたちは部屋に戻ってください」

 「違う、違う、違う! 逃げる!」

 「サヤちゃん、だから、悪い人たちは」

 「違う、来る。強いの、来る! だから、逃げるっ」

 「もう、遅ぇえっての」

 「!?」

 不意をうつかのような声の主は、屋敷を囲む塀の上にいつの間にか立っていた。

 数は二人。一人は高級ブランドのスーツをだらしなく着崩したひょろりとした細身の若い男性。

 もう一人は、フード付きのマントで全身を覆い尽くして特徴を見せない人物。

 「テメェら、何もんだ!」

 「家の塀に土足で入り込むたぁイイ度胸だな、コラぁ!」

 音芽組の構成員たちが威嚇を開始する。そんな一般人なら裸足で逃げ出す怒気にさらされているのにも関わらず、侵入者二人は顔色ひとつ(一人は顔色すら見えないが)変えずに辺りを見回す。

 「聞いてんのかぁ、あぁ!?」

 「も~、うっせえな、おっさん。聞こえてるてぇの。でさ、でさ、でさ? 聞きたいことあんだけどさぁ~」

 「?」


 

 「例の(ぶつ)。“金狼”ってどこにあんの?」



 彼の言葉に世界が冷えた。

 私の周りにいた巌を含めた音芽組の面々が熱く怒ることから、冷えた殺意を覚えるまでに感情を一気に“無くした”のだ。

 「例の、物だと……テメぇらは生きて帰さねぇ。野郎ども魔術を使っても良い、消し炭一つ残すんじゃねぇぞぉ!!」

 「「「合点だっ、代理ぃ!」」」

 一同、同意の言の葉を唱えると、火を噴き出す者、持っていた武器が浮遊する者、銃器を地面から出す者などそれぞれ超常現象じみた現象を発生させて臨戦態勢をとる。この組の者達は皆、魔術に精通するものだったようだ。

 魔術の形体はバラバラだったが、共通して目に熱いくらいの殺意を燃やしていた。

 「うわっ、熱っ苦しぃな~。も~、メンドいよ~」

 そんな殺意に全く動じず、だらしない男が手をうちわ代わりに扇ぐ仕草などをしている。

 「貴様、よそ見してていいのか? 攻撃、くるぞ」

 フードの男はたしなめるような言葉を言い放ち、横に跳んだ。

 「あぁ?」

 「そこの男の言う通りだ、よそ見なんぞ…」

 阿呆な声をあげるだらしない男の気持ちがよくわかってしまう。なにせ距離にして二十メートルと、三メートル程度の外壁の間を、巌は五秒もかからず走破し、接近したのだから。

 「っと!?」

 「…してるんじゃ、ねぇ!!」

 それを反射的に後へ飛んで回避しようとする男。

 それを巌は“掴みもせずに”庭に“引きずり込み、叩きつけた”。

 「ふぇ、ゲぇ!?」

 空中で、しかも触れてもいないのに男は凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、肺から空気を吐きだす。

 「ゲホォっ」

 「……なるほどな。貴様が組長代理と呼ばれる男か。敷地の主という立場を拡大解釈し、領地の支配者の所有権を行使することにより、“己が陣地とする場所の物を好きに操ることが出来る”拡散系陣地魔術の一種か。その速さは地に足が着く瞬間に地面を跳びあがらせ、敷地内の空気を操り摩擦を最低限まで減らしたため。そこの馬鹿を掴んだのは周囲の空気が押し流した、か」

 「大当たりだよ、そこの人。で、いいのかい? お仲間が殺されようとしているっていうのに、解説なんてしていて」

 フードの男はなんの感情もなく、巌の魔術の解析につとめていた。地面に伏した仲間を助けようともせずに。

 「私は今現在、この屋敷の所有者にして、使用者だ。さらにこの土地そのものという強引な解釈を利用することで、見立てた象徴の形象をこの身に写し表現、体現する魔術──偶像魔術を使い、お前さんの仲間に“この土地の総量を拳に乗せて”すり潰すこともできるのだぞ」

 「貴様の好きにすればいい」

 「そうか」

 未だ地面に伏せたままの男へ、巌がまたがり勢いのままに作った拳を相手の顔面へと叩きつける。

 「─よそ見をしているからだ」

 辛辣な仲間の言葉を受けて、地面が爆ぜるほどの衝撃と轟音が広い屋敷に響き渡る。



 視点変更 6



 「オラァっ!」

 進の強引な斬撃が、向かってきた銀色の人狼へと振り落とされる。

 崩れていく旧デパートでの戦場は、破壊されて無くなった7階から、今や屋上となった6階へと移り闘いはそこで継続していた。

 振り落とされた黒い大剣は、人狼の肉体を引き裂く事はなく、そのままフロアの床を引き裂き、剣は引き込まれたかのように動かなくなった。かみ合ってしまったようだ。

 その隙を逃がさんと、銀の狼はすぐさま回避からの乱撃を叩きこもうとする。人狼の手から生える鎌のような鈎爪で引き裂かれれば、ただでは済まないことは確かだ。 

 進はその攻撃に対して銃を懐から引き抜くと、その銃口をすぐさま真っすぐ構える。

 (当たるのカ?)

 銀の人狼の反射速度と回避能力の高さは相当なモノのはずだ。現に人狼は速度を緩めもしない、つまり避ける自信があるということだ。

 進にもそれがわかっているはずだ。だが、彼は引き金を引く。

 銃口を自分の剣が潜り込んでいる床へと向けて。

 「!!」

 「なに驚いていやがるっ」

 地面のひっかかりから解放された剣はすぐさま持ち主の動きに呼応して下からの強烈な速度で跳ね上がる。

 人狼は今度は危険を察知したのか、飛びずさるように退いた。

 そこを進は逃がさない。

 「待てよ、もっと遊ぼう、ぜっ!」

 追いすがり、未だ滞空中の人狼へと斜めの斬撃を叩き込む。

 未だ空中にある人狼は体を咄嗟にねじり、迫る剣の側面に膝打ちを入れ軌道を逸らす。

 逸らされた斬撃は行き先を脱線させられ、柄を持つ進もまたバランスを崩し、倒れかける。

 が、こちらも体を強引に旋回させ不安定ながら、相手を一撃で葬り去るクラスの威力を秘めた一撃を強引に攻撃に転じさせた。

 体勢が崩れると予想していた人狼は進の攻撃の圏内へと入ってしまい、逃れるすべはないと判断したのか、左の腕を前に突き出す。

 黒の大剣とナイフのような光沢をみせる鈎爪が、強烈な笑みを浮かべる進の紅の瞳となんの表情もみてとれない銀の人狼の青色の瞳がぶつかり合う。

 月の下で、互いの力をぶつけあう二つの影。そんな影を僕ら二人は見ていることしかできない。

 「どうして(わたくし)達は加勢にいけませんのっ!?」

 僕の隣で、今にも駆けていきそうな月の美しさも霞む白金色(プラチナブロンド)の髪の美少女、ローザ・E・レーリスを捕まえるように(なだ)める。

 「今、僕らが入っていったら確実に不利になル」

 「なぜっ!?」

 「……君は、もう一か月前のことを忘れたのかイ?」

 「うっ」

 約一か月前、今や世間では自然発生した竜巻による大量破壊と結論付けられ解決となった羽田空港での戦い。あの渦中の人であった僕らは確かに共に戦った。だが……

 「あの時ほど、痴態にも等しい情けない共闘はなかったヨ」

 結果は散々だった。互いに足を引っ張り合い、敵に攻撃を与えることすらできず、最終的には実際に足をひっかけ合い、転倒した。

 「で、ですが、最後はきちんと共に戦えてましたわ」

 「撫子のおかげでネ」

 「む、むう」

 ここにはいない彼女が僕らに喝を入れてくれていなかったら、あの巨大な負の塊のような敵には苦戦もしくは敗北していたに違いないだろう。それを少しばかり気にしていたローザは若干情けないと思っていたようだ。

 そんなローザの横顔から、目の前の激戦を繰り広げる二人の戦いへと視線をもどす。

 「今、僕らがあそこに乱入すればお互いを邪魔し合うことになル。アレから時間は経つけれど、息が合う保証はないからネ。今は入るべき時に備えているのがベスト、ダロ?」

 「……わかりましたわ」

 半ば理解はしたが、納得はしていない。といった表情で押し黙るローザ。

 そう、今は耐える時。そして、

 (彼の本質を見定める機会の一つになるはずサ)

 進・カーネルという男の力は非常に危険な因子をはらんでいる。彼の気質は一歩間違えれば、この世に災いを起こす側の人間になりかねない。

 僕、アルバイン・セイクは魔の驚異から何も知らぬ人々を守ることを使命とする騎士、であるはずのなのだが……

 (一か月前の僕なら、即討伐すべきと判断したのかもしれないナ)

 思い浮かぶのは、上辺だけを見て判断を下すアルバインという男を懸命に“叱る”彼女の言葉と表情。

 「今は、観ル」

 ローザに向かって言いつつも、なにより自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ僕の目が戦況の変化を捉える。

 均衡状態であった力比べの勝敗が出る。勝ったのは……

 「っく! らぁっ!!」

 進だ。銀の人狼が拮抗に耐えかねたかの様に、後方へと飛びずさる。その大きく跳んだために出来た故に生まれた隙を引き連れて。

 「終わりだっ! ワンコぉ!」

 その隙めがけて、俊足の勢いが乗った拒絶の斬光が横殴りに放たれ、人狼の体に確かに食い込む。

 進の豪力を伝える剣を受けた人狼は体が一つであることを拒絶され、二つに分裂するかの如く、切り裂かれ、絶命する。

 はずだった。

 「テメェ……」

 剣は確かに食い込んでいる、人狼の頭を守るように構えられた右腕で。

 だが、その先へは決して進まない。

 その剣はまるで“逆に食い付くように”狼の体から離れない。

 「っ!? クソ…」

 武器から手を離す選択をするまでの時間、という隙を作り出してしまった進の胸部を横に掻き毟るように爪がはしる。

 進は咄嗟に後方へと倒れるように飛んで寸前のところで回避して命だけは守った。

 命だけは。

 「く……ソ、がぁぁ」

 「進っ!?」

 胸から鮮血が吹き出す。進の顔に脂汗が出始め、顔色が一気に青ざめ、彼の着る白いシャツの間から血が湧水のように溢れてきている。

 見るだけでわかる。重症だ。

 人狼は自身の鮮血が滴る爪を不思議そうに眺める。目にある感情は疑問と落胆。まるでそのまま口を開いて、しゃべりだしてしまいそうなほど、その表情と目には賢人(さかびと)めいた色があっ



 「……普通だな。それに君は、弱いな。本当に、あのドレイクを倒していた男なのか、君は?」



 とても低音の男性の声で人狼が本当に喋った、ことよりもその内容の信じ(がた)さに驚く。

 かの強力な吸血鬼の長を倒したのが進であったことは彼とハジの会話から察することができていた。疑問が多少残るとしても、納得できる力を進は持っていたから百歩譲って納得もできる。だが……。

 「進が弱い? そんな馬鹿な」

 ローザも似たような感想であった。一か月前、ティーチャーとの戦いにおいて壮絶なまでの“力をみせつけ”ていた彼が弱いとは思えないのだろう、ローザは。

 でも、僕は……

 ある思い当たる節が僕の顔を俯かせる。そんな僕に視線が注がれたのを感じる。その視線の主は、敵である銀色の人狼。

 「そこの騎士君はわかっているようだぞ? 私は“君という存在が”ドレイクを倒した夜からずっと君を観察させてもらっていた」

 ずっと!? その言葉の意味に愕然とする。

 二か月前から。つまり僕らが訪れてから今までも監視されていたということになる。そんな視線を僕は微塵も感じたことがない。

 そんな、もしかしたら命を取られていたという恐怖が一気に噴出し、そして目の前にいるはずなのに“まるで気配を感じない、感じなさすぎる”銀色の人狼に畏怖を覚えた。

 人の上に立つ者の風格を滲ませる人狼の前半の言葉に、ローザが体ごとこちらに振り向く。

 「どういうことですの、アルバイン!?」

 「……ローザ、君は錬金術師ダ。戦闘専門というより学問専門の君にはわかりにくいかもしれないネ」

 「ここで馬鹿にしますのっ!?」

 「違ウ! そうじゃないんダ……」

 進はたしかに力を持っている。数百もの死体で作られてた壁を平然と力だけで薙ぎ払い、人外の巨大な化物すら押し付けるほどの尋常ならざる力を。そう“力”を。

 「進はたしかに強い。彼が力を使って振るえばどんな物だって薙ぎ払えるだろうサ」

 「だったら……」

 「そう、力は十二分にあるさ」

 僕の説明に割って入る銀色の人狼。まるで進側の人間である僕を庇うように言葉を引き継ぐ。

 その言葉を、未だに隙あらば切りつけにいこうとしている進を真っすぐに見据えて言い放つ。

 「君の剣には力が確かにある。だが、巧みに剣を()り出し、相手をいなし、さばき、倒す技法が剣技が、剣術がない。君は戦いの中、直線的で、単純な攻撃しかしてない」

 狼はさらなる月の加護を背後から受けて輝きを増す。

 神秘の光を纏う人外の存在は、悪魔の如き力を振るうだけの男に怒りの眼差しを向け、悲嘆の感情をぶつけるように吼えた。

 「そう、“力”があっても“技”がまるでない。君の剣は弱く、軽い。そんな戦い方しかできない君に“彼女”を任せることも、まして守ることなど出来ないぞっ!!」



 視点変更 7



 「ぐ、ぬぅ!!?」

 地面に轟音が響きわたり、人工の地鳴りに私は足元がふらつかせる。

 領地を侵す不逞の(やから)に、巌の敷地内のすべての重量を注ぎ込んだ一撃が叩き込まれた。

 その膂力を遥かに超えた拳の一撃は男の顔面へと突き刺さり、余りある力は突き抜け、脳髄を巻きこみながら地面へと到達するはず。

 たしかに地面へと抜けた。敵対する不逞の輩、だらしなくスーツを着込んだ男の顔面を逸れて。

 そして、なぜか逆に攻撃をしていたはずの巌が、苦しげに胸を掴んで地へ倒れていた。

 「ふ~、あぶっねー!」

 「ゲホっ、ぐ、て、めぇ」

 「ゴホゴホ、うっせっな!!」

 だらしない男は、追い打ちとばかりに巌の腹に蹴りを入れる。そのまま巌が動かなくなるまで蹴りを入れ続ける。ピクリとも動かなくなった巌をつまらなそうに眺め、こちらに振り向く。

 「あ、イッタタ~。ちょー痛ぇ。まじムカついたから、ちっと苦しめよオッサンたち。軽く地獄めせてやんよ」

 なにを? と思い、気が付く。

 巌があそこまでボロボロにやられているというのに、組の部下たちはなにをしているのか?

 答えは目線を下に向ければあった。

 倒れていた。一人ではない、十数名全員が同じように顔を青ざめさせ、のたうち回っている。

 何をしたというのか? だらしない男は巌には何かできたのかもしれないが、離れた場所にいた部下たちに、一体何ができたというのか。

 もうひとりのマントの男かと思ったが、彼はあそこから一歩も動いていない。目に見えない敵の存在がもしかしたらいるのか?

 そもそも、なぜ私とサヤちゃんには何もおきないのだろうか?

 「君たちは可愛いから、いいや」

 そんな理由らしい。

 その理由を聞いてか、溜息をついた塀の上のマントの男はめんどくさそうに声を出す。

 「八島(やしま)。どうでもいいから、とっとと金狼を探すぞ」

 「へいへい、傭兵さんも真面目にやってくだ…お」

 だらしのない男、八島は目を丸くして口元に笑みをつくる。あたかも探していた宝が目の前にあったかのように指をさしてくる。

 「あるじゃん、金狼」

 「え? は、はい?」

 その人差し指は私の方に向いていた。

 私は背後を振り返る。

 あるのは屋敷壁のみ。

 周囲を確認するとサヤがいるだけ。そのサヤは「お姉ちゃん、金ピカなの?」と首を傾げている。

 その指は間違いようもなく

 「……私が、金狼?」

 その指は間違いなく、九重 撫子に。私に向けられていた。

 そして、咆哮。

 「ぬぉ、おおおおおおおおおおおおっ!!」

 「げ!? マジかよ!?」

 「テメェらに彼女は渡せねェんだよぉぉ!」

 八島の背後を完全にとり、近衛 巌が咆哮と共に、傷だらけの体にむち打ち、拳を振り上げた。



 視点変更 8



 「……彼女? 誰のことだよ?」

 自分の弱さを指摘されたと言うのに、平然と何事もなかったかのように左手で懐から銃を抜き取る。

 片手で持つには不釣り合いな、ごつい形状の銃だ。

 それは世界有数の大口径自動拳銃。

 シルバーモデルのデザート・イーグル。西洋の龍であるドラゴンを模した刻印がついたグリップ、細部に規定外の形状が見られる進の改造拳銃。

 それを構える過程までに一秒とかからず、セーフティーの解除からスライドも引き終えている。僕から見ても驚異的な早さだ。

 その構えも特徴的。デザートイーグルを一度でも試射したことがある人間なら誰もが驚く、片手撃ちの姿勢。

 対する銀色の人狼は、右側をやや突き出す半身の体勢をとる。

 「お前が彼女を守るに相応しいかどうか、確かめさせてもらう」

 「勝手に確かめてろ」

 躊躇いなく引かれたトリガーが中断していた戦いのスタートの合図となった。世界最強の弾丸と名高いマグナム弾は正確に人狼へと突き進むが、素早く身を屈めて避けられる。

 次々と連射される弾丸の数は増え、比例するよう銀色の人狼は距離をジリジリと詰めてくる。

 そして、八回目の射出音が一気に世界を加速させる。

 進の銃がホールド・オープンしたのだ。

 弾切れが視覚的に発覚したために、特攻してくる人狼。

 残弾数がゼロになった銃は隙以外のなにものでもないため、左側から放たれた右腕の攻撃が進を襲う。

 剣は今だ進の右手に握られ、動かない。防ぐすべが進にはない。

 なのに攻撃の軌道を描いていた人狼の腕が反対側に押し戻された。

 「ッ!?」

 穴の空いた腕からは血が滴り、銀色の毛並みを赤でよごす。

 「驚き過ぎだ」

 響いたのは銃声。鳴らしたのは進の銃。弾切れから攻撃が来るまでの時間は一秒もなかったというのに装弾数が元に戻っている。

 不思議な現象の解明をそのままに、人狼は素早く進の背後へと回るべく、脇を通る形で左側から体を捻じ込む。

 進は、そのまま振り返りもせずに、肩に銃を乗せるように腕を屈曲させ、撃ち放つ。

 普通なら耳の鼓膜が破れること必至であろう自殺行為じみた射撃は、人狼の動きを一瞬止める。なにせ、後一歩踏み込んでいたら頭に直撃していたのだから。

 その一瞬を、進は逃がさない。

 「単純な剣で悪いな!」

 振り返りざまの、進の剣撃が人狼へと届く。間に合わないと腕をクロスさせ防御する人狼だったが、衝撃をもろに受け、後へと吹き飛ばす。

 空中でクルリと回転させ体勢を戻した人狼が最初に見たのは、強烈な怒りの笑みを張り付けた進と彼のもつ銃が至近距離から放たれた瞬間だっただろう。

 「そらよっ!」

 弾丸が放たれ、さらに宙を舞う人狼。

 さすがに空中かつ至近距離からの衝撃に地面を転がる人狼に、警戒するように銃を構える進。

 「……どうだ?」

 「良い攻撃だった……」

 「マジかよ」

 平然と立ち上がる人狼に進は舌打つ。当たったはずの弾丸はポロリと銀色の毛が巻き付き、その場に落ちた。

 「どんな高度な毛をお持ちなんだよ、テメぇ。毎日、どんなブラッシングしてんだぁ、おい?」

 「生憎、俺はアレとドライヤーが嫌いだ。シャンプーとリンスは毎日欠かさないのが良い毛並みを保つ秘訣だ」

 「……犬も最近、贅沢だな」

 お互いの急所を狙い合いながらの軽口の叩き合い。

 まるで級友と他愛のない会話をしているような声色はお互い変わりはしない。ただし、進の方はこめかみに一筋の汗が流し、奇妙な違和感に頬を引きつらせている。

 「何を驚いている? まるで、剣の威力が吸収されている、でも言いたげな顔をしているぞ」

 「確信犯かよ。テメェ、何してる」

 刃が立たない。“歯”がではなく“刃が立たない。相手が強くて抵抗できないと言う意味ではなく。進の剣はあの銀の人狼を傷つける結果を生み出していない。

 角度の問題で切れないならば、わかる。だが、進の豪力が載った攻撃を受けたのにも関わらず、衝撃に体がしびれたり、とにかく自然でいられることが不自然なのだ。

 なんらかの術を施している、と僕と同じように進は考えているようだ。剣だけでなく、銃弾も利かないとなるとなおさらだ。

 「自然にこうなっただけだ」

 「あぁ?」

 「君は“順応”という言葉がわかるか? 生物には基本的な本能にも近い、生体現象のことだ」

 「馬鹿にしてんのか!? テメェは剣の斬撃と銃弾の威力に“順応”したってのか? いくらなんでも早すぎんだろうし、できんのかよ」

 順応とは、生物に同一刺激が持続的に与えられた時、その環境や境遇に応じて、生理作用、特には感覚神経が適切に変化する現象のことだ。目の明暗順応はこれに該当する。

 辛いトレーニングを続け、痛みや過酷な運動に慣れていくというのは聞いたことがあるが、斬撃や銃弾の貫通力などの攻撃に順応するなど聞いたことがない。

 「そうだな……“高速順応”とでも言ってみようか。これは私の能力であって魔術ではないので討ち消すことはできないぞ」

 進のもつ黒い大剣イザナミの能力は魔術などの現象を打ち消す。現象であれば斬れるが、生体の能力となれば、難しいはずだ。その体に呪いでも付着してい無い限り……

 「……常識、って言葉を忘れかけるな」

 「ふっ、君は常識外の怪物(ばけもの)に一般知識を説くつもりなのか?」

 「言ってろ。親切丁寧が俺の座右の銘だ」

 進は剣を大きく後に回して、攻撃のタメに入る。

 もし人狼の話が本当ならば、長期戦に勝ち目はない。戦いを続かせれば、続かせるほどに相手は進の攻撃は無効果されていくのだ。

 進に残されたすべは短期決戦。しかも今まで以上の威力を誇る攻撃で、かつ一撃で倒さなければならない。

 もし、その攻撃にも耐えられてしまった時は……

 (この攻撃で決めなければ、進は負けル)

 「来い、進・カーネルっ!! 君の全力を見せろっ!!」 

 進のラストアタックが、始まった。



 視点変更 9



 「っぐぅお」

 私の目の前で、八島の背後を巌がとり、悲鳴が上がった。

 「何度言わせる? よそ見をするな、と三度も言うはめになった」

 「お、おう。きーつけるよ」

 悲鳴は巌のものだった。八島の背後をとった巌の背後をさらにとりマントの男がとり、いつのまにか持っていた簡素なロング・ソードで、彼の背を斜めに斬った。

 その瞬間、サヤちゃんが今度こそ地に倒れた巌の元へ駆けだす。

 「イワオっ!」 

 「おっと、ダメだよ~。お嬢ちゃんはオジサンと一緒に…ってイぇ!? 噛んだ!? 噛みついてきたよ! 傭兵さんっ、俺噛まれた~!?」

 「……うるさい。それにしても、どうしてそこまでする?」

 捕まえたサヤに噛みつかれ騒ぐ八島から早々に目を離し、別の場所を見つめる。顔は見えないが声で感情がわかる。そこには疑問だった。

 八島に体中を蹴りつけられ、マントの傭兵に背中を斬られ、すでに意識を失っていたとしても不思議ではない巌が二本の足でしっかりと立っていたのだ。

 「ハァ……はぁ、テメェらが、奪うと言った、からだ…ハぁ」

 「命を賭しても、か? 理解できんな。お前も魔術を扱う者のはずだ、触媒(モノ)の一つや二つでと己の命、天秤にかけるとはな」

 「俺は、テメェらのような人の命すら触媒(モノ)としか見ない腐った魔術師の前に人間じゃねぇっ! それに…ぐ、グボァ」

 内臓にも傷が届いているのか、血を口から吐き出す巌。それでもマントの男に向ける目は死なず、確かな意思を込めて言い放つ。


 

 「……俺は、お前らのような奴らに…ハァ、ハァ……その()を、“また”腐った奴らに売る訳にはいけねぇんだよぉぉぉっ!!」

 

 

 (……また?)

 そこにどんな意味があったのか、それを聞く前に巌はマントの傭兵に突撃した。

 策もなにもない、ただ真っすぐなだけの特攻。

 「……お前の間違いを一つ訂正してやる」

 真正面から拳を振り上げ駆ける巌にたいし、手にもつ剣を水平に構えるマントの傭兵。

 そして、口を開き、言葉を紡ぐ。

 「set fire」

 構えた剣から巻き付くように火が灯る。剣の周りで蛇のようにのたうつ現象。

 私は何度か見たことがある。

 あれは、一か月前。いきなりゾンビの大群に襲われた時、颯爽と駆けつけたアルバインが見せた技と全く同じ……!

 「俺は、魔術師ではない。騎士だ」

 蛇炎を巻いた剣が円を描くように振り切られる。炎は沿うようにあたりに拡散し、閃光と共に爆発。

 その衝撃波で巌のみならず、仲間であるはずの八島すら巻き込む。もちろん、私も。

 「うっ!」

 打ちどころが悪かったのか次第に意識がなくなり始める。

 霞みゆく視界の中には、たった一人の男が映る。彼の周りは焼け野原、焼け焦げた粉塵と残り火のみ。

 「そういえば元、が前につくのだったな」

 その最後の言葉を聞くと、自然に目の前が真っ暗になった。


 

 視点変更 10



 進のラストアタックが始まる。

 攻撃の衝撃や威力に“順応”し、攻撃を減弱化もしくは無効果する驚異の能力を持つ銀色の人狼。持久戦を持ちかけていては確実に相手はさらなる防御力を手に入れることとなる。

 ここで決め手を作らなければ、その攻撃にすら順応をされてしまい勝機がなくなっていく。

 つまりこれ以上はなく、この一回の攻撃で勝負が決まる。

 銀色の人狼はその攻撃を受けてたつようにどっしりと構える。

 進は愚直なまでに真っすぐ駆ける。半端な威力では相手には届かない、という進の意思の表れだ。

 「いくぞ、ワンコォォォっ!!」

 「来い、進・カーネルっ!!」

 進は大きく弧を描く形で、勢いを乗せた斬撃を放つ。体の動作も大きく、隙の塊のような攻撃だが、放たれた速度は音速。放たれた斬撃を避けることは人狼でも不可能。 

 故に銀色の人狼は、その攻撃を受ける。臆することなく、真っすぐに剣を殴りつける。

 一瞬の拮抗もなく、その決着はついた。

 力のぶつかり合いに負けた者の手から武器が無くなり、腕が払われる。

 ズンっ、と何かが地に落ち、突き立つ音が鳴り響く。

 それは地面に刺る剣が奏でる敗北の音。

 「まだだ!」

 その音を振り払うように、進が剣を吹き飛ばされた姿勢から相手の懐に飛び込むようにダッキング。そのまま小さく折りたたんだ左腕でショートブローを脇腹に決める。

 剣の威力すら無効果する常識外の人狼に、そんな威力の技が効果があるのか、ないのかと言えば無いだろう。ブローが目的ならばだが……

 「っ!」

 「金欠男の大サービスだっ! 嬉しすぎて涙腺ゆるませろォ!」

 脇腹にぶつかけられたのは拳ではなく、銃の先端バレル。

 計八回のマグナム弾によるゼロ距離射撃。

 ドドドドドドドドォッっと一つの轟音が重なり合うように響く。

 いかに銃の威力や貫通力に順応出来ているとはいえ、その攻撃力の高さからハンドキャノンといわれる銃弾の威力を連続八回、しかもほぼゼロ距離から撃たれ、さすがの人狼もよろける。

 よろけた……だけ。 

 「そん……ナ」

 思わず、僕は呻く。

 着弾していた弾丸は全てあの鎧の如き銀の毛に巻きつかれた状態でポトポトと落ちていた。

 そこには血の一滴の痕跡も見られない。

 失敗したのだ。進の最後の攻撃は失敗に終わった。

 今度は銀の人狼が前傾姿勢をとり、攻撃に移ろうとする。その狼の眼には、多少の安堵と深い後悔があった。

 だが、その感情とは似合わない、殺意に満ちた攻撃を横殴りに進へと放つ。

 首筋スレスレに伸びてきた爪を、進は上体を後へと()らすことで何とか避けた。

 でも、何とか回避できただけだ。

 未だ上体を反らし続ける進へと、流れるように突っ込むように懐に入り込み左腕を槍のように後ろへ回す狼が飛びかかる。

 完全に死に体となった進にはさける術があるのだろうか? なければこのまま一本の槍と化した爪が進の腹を突き破り、臓物とともに血だまりに沈むのみだ。

 「───すぅ」

 「残念だ、進・カーネル!」

 容赦皆無の鋭い突きが出される瞬間まで進は回避しようとしない。

 諦めたか?

 ギリギリまで待つつもりか?

 それとも何か布石をうっているのか?

 たぶん、否。

 そして、僕は間違っていたことに気が付く。

 「……どっ」

 攻撃を出す瞬間、進と人狼の目と目がぶつかり合った。

 これは比喩とかではなく、反らした体を元の位置へと戻す様に、引き切られた弓の弦が放たれた様に、進の上体が凄まじい速度で前へと倒れ、

 「っ根性ぅおぉおぉぉッ!!」

 「っ!?」

 壮絶な“頭突き”が人狼の顔面にめり込む。

 受けていた重力が一気に増したかのように、顔を先頭に床へとめり込ませる人狼。その一撃を受け、かろうじて無事だったこの階のフローリングに崩壊の亀裂が増える。

 そもそも、進という男に回避という言葉は似合わなかった。

 返された一撃を避けるために上体を反らしたのではなく、頭突きをするための、溜め。あの連続射撃が進の攻撃の終わりではないなと、途中で気がつけた。

 ともあれ、未だ床に倒れる人狼が立ち上がるのにはまだ時間がかかるはずだ。

 進はすぐさま、とどめの一撃をいれるために素早く大剣を拾い上げ、振りかぶる。

 「終わりだぁっ!」

 その終わりの一撃が



 僕にむかって、振られた。



 「……って、NOォォォォォッォォォッッ!!??」

 自分の身体能力をふりしぼって、17年間の人生を終わらせようとする拒絶の斬撃を奇跡的に避けた。

 回避というには無様すぎる目茶苦茶な避け方ではあったが、しかたない。なにせ、命がもう少しで切り裂かれていたのだ。よく見れば僕の髪の毛が数本地面にヒラリと宙を舞っている。

 「っちぃ! よけやがったぁ!? さすがだな、わんこ!!」

 勘違いも甚だしい舌打ちをうつこの男に、さすがの僕もキレた。

 「違うだロォォォ!! よく見ロ! 僕だよ、ボク! アルバインだヨぉ!?」

 「うそつけ、このやろう! そんないつでも女を性的な意味で食べようと企んでいる狼みたいな目と顔をしやがって!」

 「オイィイ、シンッ! キミ、後で説教だからナ! 騎士舐めるなヨ! 拷問だってきちんと出来るんだからナ!!」

 頭突き、という意表を突くと同時に勝機を得た攻撃方法まではよかったが、進の頭にも相当なダメージだったらしいく、完全に目を回しているらしい。足はフラフラで、目の焦点もあってない。

 「……今のは良い、攻撃だったよ」

 そんな馬鹿をやっている間に、立ち上がっていた銀色の人狼。その獣の顔には人間味がある笑みがあった。

 「ほら見ロ! キミがアホやってる間に敵が立ち直ってしまったゾ!」

 「……おい、どういうことだ。なんでワンコが二人に増えてるんだ……」

 「とっとと目を覚まセ!!」

 未だに頭をフラフラさせる進とは違い、銀色の人狼はきちんとした挙動で相手を指さす。

 「攻撃した自分も脳震蕩(のうしんとう)になると気づかったのかい? そんなフラフラで戦えるのかな、進・カーネル!」

 「え、あの?」

 確かに意識をはっきりとさせながら、指をさしてる。

 ローザに。

 「どういうことだ? 君はそんなに女っぽい体つきだったか、進・カーネル?」 

 「どう見たって別人でしょう! 間違える要素がないでしょう!?」

 「嘘をつくな! たしかに、今ちょっと目がクラクラしているから判別がしずらいが、君から確かに進・カーネルの匂いがするぞ」

 「!? な、なにを……言っている…かしら? そ、そ~んな訳な…」

 「彼が不在の時を見計らって、部屋に侵入し、ニヤケながら布団に顔をうずめてたりしていた感じの匂いのつき加減だぞ!」

 「見てましたのねっ!!? 見ていたんでしょう!? あ、ち、違いますからね? そうなことありませんからね! う、うう……笑いたければ、笑いなさいぃ! うわあぁぁぁァァァァん!!」

 自分の痴態を暴露され、顔をリンゴ驚く赤さに変色させたローザが地面に突っ伏し泣きだした。

 どうやら狼のほうにもダメージがあったらしい。よくみれば、目の焦点もあってない。

 挙句の果てには、二人で背中を合し始めた。

 「おい、どうしてワンコが増えてる?」

 「ああ、相手が増えたな。気を付けていこう」

 などと、さも始めから仲間だって的な会話をしはじめる。

 そもそも進はともかく、人狼の方は始めから単独(ひとり)で来てただろう!?

 やっと混乱が冷めたのか、敵同士で背中を合わせていることに驚き、臨戦態勢をとりつつ離れる二人。

 なかば、ヤル気をなくしてきた。もしからしたらこの二人は気が合うんじゃないか?

 「良い攻撃だった。私の防御の薄いところを狙った、というところか」

 「ああ。顔面の当たりは“毛”が薄かったからな」

 毛は多くの哺乳類の皮膚に生える糸状角質毛成物である。有名な話で毛は肉体の弱点的部位によく生えるという説があるほど、生体保護の役割をもつ。

 この人狼の毛は剣の衝撃を分散、銃弾の貫通力を巻き付く事で緩和させるなど一本ごとに命が通っているような動きをしていた。

 だから、毛の薄い顔面などは弱点となりうる部位ではある。

 「だけど、別に顔面が弱点ってわけじゃないよな? それに別に毛があるなしに関係はほとんどねぇはずだ」

 「どうして、そう思える?」

 進は剣を大きな動作で担ぐ。

 「アンタは、最高でも一つの攻撃性質にしか適応ができない。そうだろ?」

 「どういうことダ?」

 僕はさすがに何処でそう見抜けたのかわからず、声に出して進に聞く。

 進は人狼から視線を外さず、声だけで応える。

 「こいつは始め、俺の剣を右腕で完璧に止めて見せた。なのに何で、銃の攻撃は右腕を貫通したんだよ?」

 「それは……マグナム弾のゼロ距離射撃だったかラ…」

 「距離は関係ない。威力にしても、前の俺の剣の威力と変わらないはずだ」

 ひどく傲慢な言い方ではあるが、進の攻撃となると信憑性が増す。彼は一か月前にそれほどまでに強烈な印象を残す攻撃の数々を放っていたところを僕は見ていたからだ

 「ワンコはな、威力が強くて攻撃を受けたんじゃねぇ。来るはずのないと思っていた攻撃の種類だったから、ダメージをくらったんだ」

 あの時たしかに、銃の弾数はゼロであったことを示すホールド・オープンの状態。そんな状態を刹那ほどの速度で回復させると、誰が考えられる。つまり……

 「攻撃の種類、威力、性質、角度を捉えて、考察し、それに対する適応し無力化する術式…いや、“個”有能力と言ったところカ」

 「無力化は言い過ぎだ。そうだな、減弱といったら正解だよ」

 諦めたように話を始める人狼。だが、その目には絶望はなく、喜びがあった。

 「いつから僕の話を疑い始めた? それに、減弱化できる攻撃性質が一つだけだと、いつわかった?」

 「高速順応……いや対応か? それを適応できる範囲は毛だけだとはわかっていた。筋肉や関節、細胞すべてにそんな無茶させれば、硬化が利きすぎて動かなくなるか、柔軟になりすぎて動きが緩慢になる。全ての攻撃に対応してたら細胞だって変化に次ぐ変化で変化が起きて最悪、全身癌細胞化だ」

 進は、銃を相手に突き出す。

 「それに斬撃だろうが、銃撃だろうが、衝撃は衝撃だ。それ全部に順応できるなら始めから避ける必要もねぇだろうが。つまりテメェはあらかじめ攻撃に備えて情報を集めながら戦ってたってことだ。そもそも俺は疑ってたんじゃね、信じてなかったんだ」

 「なるほど、口は災いのもとだな」

 「おっと、口を閉じる前に答えてもらおうか? どうして、俺を試した? どうして、アイツのことを気にかける?」

 銀色の人狼は、銃を撃たれてもいないのに苦痛を受けたように顔を歪める。

 「テメェが守ればいいだろう? なのに何で俺に守らせようとするんだ」

 「俺には……私には、彼女を守る権利などない。“奪った側”の存在が奪われた存在を守ることが許されると、思えるか?」

 「……そうかい」

 進の指がトリガーにかかる。


 

 タァン、タァン、タッアンと乾いた銃声が、終戦の合図のように鳴り響き、人狼の体に突き刺さった。



 進が引き金を引いても“いない”のに。

 「なっ!?」

 「……どこから!?」

 「ッ! 上ダ!」

 満月が昇る夜空に現れたのは一つの物体。見る人が見ればヘリコプターと言ったかもしれないそれは異様な形をしていた。

 羽がないのだ。ヘリの巨体を飛ばすあの羽がない。なのになぜかそれは空中で浮かび続けている。

 たしか、XBH190-A。ハチャメチャなコードなのは、ソレが試作段階の代物であり、第三次世界大戦中に生まれた“あってはならない兵器”の一つとして付けられた名前だからだ。

 駆動音ほぼ無しで従来のヘリの速度の二倍をだせる揚力機関を静かに唸らせるXBH190-A。そのスライド式のドアから身を乗り出す様に狙撃銃を構えている男。

 闇色の黒いスーツを身にまとい、頭には同系色のカウボーイハット。そこから覗く整えれた顎髭と髪に、人が良さそうな垂れ目の白人中年男性。

 ジェイムズ・ハンター。別名、貴族の男(ノーブルマン)ハンター。

 魔術世界で、忌み嫌われる暗殺者が見下すようにそこにいた。

 「いや、いや皆さん、こんばんわ。レーリス嬢にいたってはお久ぶりです」

 とつぜん、ヘリと僕らの中間の空に薄い膜が広がりハンターの顔がアップがそこに写る。任意の映像を写しだす魔術だろう。

 「あら、ハンター。まだ日本にいましたの? 早々に帰郷したと思っていましたわ」

 「レーリス嬢、それは私のセリフですぞ。忠告が無駄になってしまった」

 「おい、生きてるか?」

 ハンターとローザが寒々とした笑顔で軽い挨拶を交わしている間に、進と一緒に人狼へと駆け寄る。

 息はあり、弾痕も急所と思われる部分から若干ズレている。もしかしたら、咄嗟に回避したのかもしれない。

 だが、傷口から漏れ出る出血量からみても重症であるのは確かだ。

 「なん、とかな」

 口から出る言葉にはまだ生気があったが、止血しなければマズイ。

 「そうか。で、あのお髭様は誰だよ」

 「ジェイムズ・ハンター。貴族の男なんて綺麗な呼ばれ方をしてはいけど、やってることは低俗のひとことサ。血と魔力の優劣でしか人を見れず、能力と家柄がない人間をゴミと呼んで、“狩り”と称して殺すクソ野郎だヨ」

 「下賤の輩の、しかも騎士の分際で我々、魔術師のことを愚弄するか獲物(エモノ)。その汚い口を閉じろ、反吐が出る!」

 さきほどの笑顔はどこにいったのか、僕に対してはやはり汚物でも見る目で見下してくるハンター。

 「たしかに、反吐がでますわね」

 まさかのローザがそう言うことを言うとは思わなかったので、若干、心に寒いものが通る。

 「おお、ローザ嬢!」

 「ハンター。貴方、今“我々”と言いましたわね。そこに私も入っているなら、反吐がでますわ。そんなクソのくくりに私を入れないでくださいな」

 「ローザ……」

 「あら、アルバイン? どうかいたしまして?」

 一本とられたらしい。そんなローザの言葉を聞き、貧血でも起こしたようにフラつくハンター。

 「あぁ、何ということだ……。貴女のような優秀な魔術師が、そんな汚い言葉を吐くなどあってはなりませんぞ。ローザ嬢もいつか、貴女の御母上(おははうえ)のような純血の…」

 「黙りなさい」

 嘆くハンターの乗るヘリに、突然槍が撃ちこまれ、その衝撃に機体が揺れる。

 投げたのは、ローザ。

 いつもの数倍の速さで錬成し、豪快に投げつけた彼女の表情は今まで見たことのないような怒りの形相。もし、無垢な子供が見たら一生、恐怖で忘れられないであろう表情のまま、“宣告”するローザ。

 「“殺すわ”、ハンター。奴と一緒にするなどと……貴様今すぐ、串刺しにしてやる」

 狂気と怒りに歪んだ顔のまま、小瓶を地面に振りまき、無数の槍を地面から生やす。数ある魔術の中で最速の一つに数えられる錬金術が発動する。

 その本気で殺しにかかるであろうローザの形相を確認し、まいったとでも言いたげなアクションをするハンター。

 「……今日のところは用事を済まして帰ったほうがよさそうですな。銀狼! 君にお知らせがある!」

 ハンターがローザの怒気から話を反らすように、自らが撃ち抜いた銀色の人狼にうれしそうに両手を上げて語りかける。

 「我ら“メルル”の一族の宿願が今日、私の手で果たされたよ!!」

 「っ!! メルルだとっ! 貴様、まさか……」

 「我が一族の悲願、黄金の大狼を! “金狼”を君から奪えたこの喜び! 君に、我ら一族の追跡を、二百年という歳月に渡り阻み続けた憎むべき君に、いち早く伝えたかったのだ」

 金狼という言葉に攻撃をしかけようとしていたローザ、相手の出方を見定めようとしていた進、もちろん僕も驚き動きを止める。

 宙に写しだされた映像が点滅し、別の映像に移り変わる。

 そこに写しだされたのは……



 頭に見慣れた簡素だが綺麗な白いカチューシャを付けた女性が……九重 撫子が、ぐったりした状態で男に担がれていた。



 「なっ!?」

 作りだした槍が作り手の意識に反応してか崩れた。 

 「ナデシコが!?」

 僕は混乱してさけぶ。

 「……金狼?」

 進は真偽を確かめるように、出来うる応急処置を終えた銀色の人狼を見る。

 「キサマァァアァァァァァァッ!!! 彼女に何をしたぁぁぁ!!」

 応急処置を終えたとはいえ、暴れれば出血が酷くなるとわかりながらも人狼は映像の奥でほくそ笑むハンターに怒りの咆哮をあげる。

 映像に映るナデシコを担ぐ高価そうなスーツをだらしなく着こんだ男が映像の中で手を振っている。

 「おーい、ハンターのアニキ。金狼、ゲットだぜ~」

 「お目当ての品、そして戦利品を一つ得た」

 顔を覆い尽くすほどのフード付きのマントを着こんだ男が同じく意識を失っている綺麗な灰色の髪をした少女の襟首を両手に抱いていた。

 そんな嬉しそうな声で(フードの男の方はわからないが)語る男。

 そんな男を優しく叱るハンター。彼を見る奴の目に軽蔑の感情は一切ない。能力や家柄がないものを煙たがるハンターの気質を考えれば、一見だらしないように見える男は優秀な魔術師の血筋か、もしくは特異な能力を持っていることがわかる。

 「こら、こら八島くん。それは金狼ではありませんよ」

 「え、マジッすか!? でも、“コレ”すごい触媒っすよ」

 「ええ、たしかにイイ“モノ”ですね。でも、それじゃありませんよ」

 コレ、やモノと、まるで人間を道具か何かのように呼ぶコイツらの会話に怒りを爆発させて飛びかかりたいが、今は撫子が人質になっているも同じ状況だ。迂闊に飛び込めない。

 「傭兵」

 ハンターの声色が変わった。フードの男のことのようだが……傭兵?

 


 「キサマが持っているソレが、金狼だ。丁重にお連れしろ」

 


 ソレと言われた灰色の少女。彼女が、金狼?

 「何?」

 「? 何をいってんすか? コレ、全然“触媒”としちゃダメダメですよ」

 たしかに、金狼とは何のかかわり合いもなさそうな少女に映像の二人も困惑の色をしめす。だが、はっきりとした確信があるかのようにハンターの表情は余裕に満ちている。

 「そうですよね、銀狼?」

 ギリ、と怒りで握る拳からあまりの握力で爪が割れたのか、血を滴らせる銀色の人狼。

 そんな彼の表情を見るのが堪らなく嬉しいのか、歪んだ頬笑みのハンターの八島と呼ばれた男が質問を返す。

 「それじゃ、こっちの女いらないんすか? おっしゃ、皆で回して遊ぼーっと」

 「……そういえば、銀狼?」

 「!!」

 動揺があった。目を瞑り怒りに震える人狼に確かに震えた。隠し通したい何かが暴かれるのを恐れる乙女のように。

 「たしか、ドレイク侯は人間の女を一人、飼っていたそうですね。フッハハハッ。なるほど、彼の傲慢さには呆れかえる。金狼の“模倣品”を“作ろうと”していたとは。あの時に気がついていればよかったな」

 「どういうことですの!!?」

 今まで会話に参加しなかったローザが我慢の限界と、叫ぶ。

 「先ほどからの言動、私の友への侮辱、人をモノ扱いするとは恥をしりなさい。それに、金狼とは何なんですの!?」

 「わからない!? レーリス嬢とあろう者が!? 本当にあの方のご息女なのかと疑いますぞ?」

 嘲るように驚き、ローザを侮辱するハンター。歯を食いしばり、怒りに目を細めるローザを見下す。

 「レーリス嬢は、人を“触媒(モノ)”として見ることには慣れていないようだ。……ヒントをお教えしましょう、金狼の“金”とは錬金術では何を意味しますかな? そして、その称号をもつものが“女性”であり、オオカミという名で冠しているのか……」

 「金? 月、衛星? 錬金じゅっ…………まさかっ!?」

 「冥土の土産にはなりましたかな」

 ハンターが狙撃銃を構える。狙いは…

 「逃がすか!」

 銀色の人狼が、最後の力を振り絞るように飛び上がる。捨て身の一直線、ただそのためか、二十メートルの間を、一瞬で埋めるかのような速度で追撃する。

 「逃げるのではない、貴族は常に狩る側だ」

 何かがその軌道を阻む。それは…

 「なんだ、こりゃ?」

 「……これハ、クラゲ?」

 突如現れたのは、空を漂うクラゲ。のように見える浮遊物。正体は僕にはわからない。だが、ローザだけは知っていたようで、気が付くのが遅れた失態に顔を歪ませ叫ぶ。

 「っ! 全員、この場から飛び降りなさい! はや」

 「野兎に価値ある死を」

 傲慢極まりない言葉とともに放たれた弾丸が、銀の人狼の体を貫通した。

 その瞬間だけを確かに捉えた。

 その後のことは、憶えていない。

 その一瞬の後。

 足場であったビルが完全に倒壊、その崩落の衝撃になすすべもなく飲みこまれ。

 僕は意識を失った。



 視点変更 11



 「……ったか……よ…探せぇ…まだ…………」

 ひどく、遠くの方から声が聞こえる。

 「…………そ、こ…さ」

 ……アリスかな? あの小うるさい妹は、いつも養父に叱られたりすると僕の布団に潜り込んできたものだ。

 「…ょっ…あ、の……だ…て」

 何か瓦礫を動かすような擦音が耳にうるさい。幼馴染の親友がよく妹と一緒に捨てられた動物をひろってきては養父に見つかり、僕の布団の中に隠していたりしたっけ。

 「妹ヨ~。それはダメだっていってただろウ~」

 意識がもうろうとしている。しかも僕を覆うこの布団とても重くて、息苦しい。早くどけてほしい。

 「こ……ですぅ! なんか、妹とか聞こえ…」

 昔、よく親友と妹が僕を布団で簀巻き(すまき)にして、ヒーローごっことかしてたっけ。僕はいつも悪役で、二人のヒーローに布団叩きで何度も何度も……

 「も、もう止めてくレ…痛いかラ、妹よ、それホントにいたいかラ、やばいかラ。ってか帰ったら絶対仕返ししてやル」

 喧騒がさらに近くに聞こえた。今度は会話がハッキリ聞こえた。

 「らしいな」

 「ちょっと! なんで拳骨作って振り上げてるんすか!?」

 「ツルハシより数倍早いからだ」

 へ?

 聞こえた瞬間、僕の頭に天から拳骨が布団を破砕しながら伸びてきた手が僕の頭を鷲掴み、無理やり布団から…瓦礫の山から引きぬいた。

 急な明るさに目がやられるが、妹の甘い天使の如き囁き……ではなく。

 「お目覚めか、シスコン野郎?」

 「シ、シン」

 僕を助けてくれたのは可愛い天使などではなく、悪魔の如き形相をした進だった。

 「あ、ありがとう。たすかっ……た、タタタタ!! 痛いィ! 痛いよ、シン!! アイアンフィンガーが頭に食い込ムゥゥゥン!!」

 「テメぇ……人さまがただ働きで人命救助してる最中にぃぃ! 妹で股間を腫らしやがってぇぇ」

 「ご、誤解ダ! これはただの生理的現しょ」

 「オイィィ! だれか、きつめのメンソーレ持ってこい! このシスコン野郎の股間と竿に直接塗り込んでやるぜぇぇぇ!!」

 「ヤメテくれェェェェ!!!」

 決死の思いで暴れ、めんどくさくなったと言う進から解放された。

 何とか助かった僕の目の前には瓦礫の山と複数の男たちによる瓦礫の撤去作業が行われていた。

 「これハ……」

 「あの髭野郎の仕業だよ。ローザがアイツの術を知っていたから助かったが……」

 見れば、進は着ていたコートとワイシャツを脱ぎ、上半身には大量の包帯が巻いている。あの戦いの最中の傷、そして崩落の際に怪我をしたのだろう。

 「彼らは一体なにものだイ?」

 「音芽組の連中だってよ。今日、撫子が届けモノをしに行ってた所に住んでる奴らだよ」

 「ヤクザ、ものカ……」

 「ヤクザっていたって、自警団みたいなもんさ。ソドムでもそれなりに有名な義賊らしい」

 「らしい、ってことは誰かにでも聞いたのかイ?」

 「ええ、アタシによぉん」

 「ついでに、アッシもぉん」

 「ヒィヤァァァっ!!?」

 突然、耳に生温かい吐息を噴きかけられ、ゾッと怖気と恐怖を感じて跳ねて逃げた。

 そして、その吐息の主を見る。忘れようもない、なにせさっき会ったばかりのオカマ……お上さんがそこに居た。

 ついでに、ハジもいた。

 「お上さん、どうしてここニ!?」

 「つれないわぁん。君たちがヤバいから応援を呼んだのはあたし達なんだからぁ」

 「アッシは適当に見にきやした」

 この街屈指の情報屋は共に、親指を立てグッとかやっている。それになんだかイラっとした。

 「はぁ~。で、なんのようだよ」

 「連れない!? 進ちゃん、連れない! まぁいいわ。彼、起きそうよ」

 「わかった。アルバイン、手伝え」

 そう言われ、瓦礫の外れまで連れてこられた。そこには安い作りのテントが出来でおり、数名のけが人と強面の人たちがたむろしていた。

 その中にローザの姿を見つけ、駆け寄った。

 「ローザ、無事だったかイ!?」

 「ええ、まぁ」

 彼女は体にはかすり傷だけで大した怪我はしていないようだ。しかし、服の上から配給された毛布をはおり、考え詰めるように体育座りで顔を俯かせた。

 「……ローザ?」

 「貴方たちが、進さんとアルバインさんですかい?」

 呼ばれ振り返ると、がっちりとした体躯の中年男性が腰を折り曲げ、丁寧に挨拶してきた。

 「私は立花 五郎と申します。音芽組で若頭に席につかせてもらっている者です。今回は、なんといっていいのか…申し訳ありません。わしらは、九重さんを……」

 「別にいいさ。あれは不幸の星の化身みたいな女でね、こんなこと日常茶飯事なんだよ」

 「は、はぁ」

 進、それは言い過ぎだ。

 「うぉおおおおおおお、離せェェ、行かせてくれぇぇぇ!!」

 同じテントの一角からけたたましい咆哮が破裂した。驚いて見れば、そこにはあの銀色の人狼がいた。

 「ダメです! 兄貴」

 「これ以上動けば、命にかかわります!」

 「イケねぇ! また血が……」

 複数の組員に囲まれ、腕を掴まれても暴れもがく人狼。それにしても組員は彼の姿をみても驚かない。彼の仲間なのだろうか。

 「行かせてくれ……私が、俺が行かねばならないんだ。俺はっ!」

 「うるせぇ、寝てろ病人」

 「グゥオオ!!?」

 そんな暴れる人狼の腹部、たぶんハンターの銃弾を受けたであろうソコに靴底がめり込む。その魔王の如き所業をするのは進・カーネル。

 「テメェ! 兄貴に何しやがる!?」 

 「こうでもしねぇと止まらねぇだろうが。ほ~ら、傷口が開いちゃうぞぉ。ぬっハハハ…ぐふぇぁ!?」

 突然、痛めつける進が逆に吐血し、組員たちも驚き、さすがに心配そうに見つめる。

 「だ、大丈夫か!?」

 「く、そ。俺も怪我人だった……。それよか、俺はコイツからいろいろ聞かなきゃならないんだ。寝ながら話せ」

 さすがに限界だったのか、横になる人狼の隣にどっかり胡坐で座り込む進。それを見た人狼が諦めたような嘆息の後に笑みを作る。ひどく人間味のある愛嬌ある頬笑み。

 「わかった。話そう……だが、それは彼女たちを助けた後だ」

 「助けるって、その体じゃ無理だヨ」

 「時間がない! 今は急、グゥゥ!!」

 無理に立ち上がろうとし、厚く巻いたはず包帯がすぐさま赤に染まる。

 すぐに組員が替えの包帯やら、カーゼ、どこから持ってきたのか血液パックを取り出す。

 「もういい、大丈夫だ。行かなければ、行かないと……ッ」

 どうしてそこまでするのか、確実性に欠ける状態で勝てる相手ではないとわかっているのに、この人狼は助けに行こうともがく。

 それは、まるで……

 「いいえ、話すのが先ですわ」

 そんな死を望むように戦地へ赴こうとする人狼の前に、ローザがゆっくりと近づき、真摯なまなざしで人狼の瞳を見つめる。

 「私たちは知らなければならないのですわ。今回の遺産騒動、その始まりを。そして、この事態の中心にいる“金狼”というワード……すべて話してもらいますわよ。科布(しなぬの) 永仕(えいじ)さん?」

 ローザの一言は、“気配を感じなさ過ぎる”銀色の人狼の瞳を、驚きで大きく見開かせた。

                          

                                   次話へ

 

 

 一週間ほど、とか余裕な感じで予告していましたが、実際ギリギリでした。

 今年中に三章を終わらせたかったのですが……無理そうですね。

 更新日を設けてみようかと思います。まぁ、その日に掲載できたらいいな程度なのであまり期待はさせられないのですが、12月30日ごろにあげられるようにガンバります。

 やっぱり、ツイッターやったほうがいいのかな?


 

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