1、夏の誘い
con-tract 3 守ると吠える月の銀狼
1、夏の誘い
みーん、みんみんみん、みん。
「えー、であるからでして………」
睡眠薬にも相当する眠りの呪文が、頭一つ分高い場所にいる初老の男性から紡がれる。それをただただ聞くしかない我々。
「………だからと言って、我が校の生……」
追い打ちをかけるように灼熱の熱気が辺りを包みこんでいる。
ここに逃げ場はない。
なにせ全ての出入り口は締め切られている。
同じ境遇の人々が、密集形態で集まる過程で生まれる熱が、さらに意識を天へと導いていく。
おお、何故だ。
水を、水を。
風を、涼しい風を。
持っていかないでくれ。
なにを?
いや、何故だぁ~。
「何故なんですの、ぶる~た~す」
「……撫子、ローザが変なうわ言を言いだしてるぞ……」
「英国の西岸気候に慣れてるだけ、日本の夏は厳しいのでしょうね………」
冬暖かく、夏涼しいヨーロッパで過ごしていた者にとって、日本の東岸気候の夏は厳しすぎるのかもしれない。
かく言う私も、九重 撫子もまいっているのは確かだ。
暑さ厳しいこの時期に、体育館に集まり全校集会とは………
「明日から、夏休みということもあります。君たちにはそれ相応の」
体育館の壇上に立つ、不自然にもっさりしている髪の初老の男性は、この学校の校長先生である。
彼は今、全校生徒ならびに各教師一同から殺意の眼差しをうけている。それを感じぬほど彼のスピーチはされにエスカレートし、止まるところをしらない。
(かれこれ、30分間。続いてますからね)
校長先生の話好きで有名だ。それゆえに、外部からの音を避けるために演説中は外壁をすべて閉め切るそうなのだ。それがこの暑さの正体。熱さを閉じ込めるような密閉空間と、学生たちの汗が生みだす湿気はさらにうだるような暑さを助長させる。
礼儀とはいえ、そんな時間を立ったまま聞かされているのも疲れる。せめて、座らせてほしい。
「もう、限界ですわ。アレの息の根を止めれば、この時間も終わりますでしょう? うふ、ウフフフ」
我慢の限界にたどりつき、ヒステリックな笑みを浮かべている隣に立つ美女がいる。年齢的にいえば美少女なのだが、どうしても彼女の美しさがそれを許さない。
額に滲んだ汗を拭う際に、美しい白金色の腰まである長く緩いウェーブのかかった金髪が揺れる。それだけで数人の男子生徒の視線を釘付けにし、彼らの体温を上昇させる。
私と同じタイプの制服からわかるモデルのように洗練された鋭角な体のラインに、豊満な膨らみを芸術的なバランスを持って統括している。
異性のみならず、同性の眼すら奪う美女は現在、体中から発した汗をダラダラとさせながら、エメラルド色の瞳を殺意に血走らせている。
正直、怖い。
「ローザちゃん、もう少しだよ………たぶん」
私の後ろから、力のない声でフォローの声が入る。
染められた茶色いソバージュヘアの美少女は、熱にやられれたのかフラフラしている。
星野 優子。私の親友であった。どこぞの令嬢にも見える彼女だが、本人はいたって普通のご家庭の女の子である。
「いや、ゼッーテー終わんない。あのハゲ、悦に入ってんじゃん」
ポニーテールの体育会系美少女が、校長の秘密をサラリと言ってしまう。
上地 智子。どの部も欲しがる運動万能型の彼女も私の親友である。彼女の言葉を聞いて周りの学生たちもヒソヒソと文句を言い始める。たまりにたまった不満が爆発する前兆である。
(・・・まずいです、ね)
眼だけで周囲を観察すれば、ところどころで同じような状態になっている。
高い位置にある教壇に立つ校長もそれを視覚に捉えたのか、表情が嫌悪になっていく。
もし、校長がこんな不満が充満した空間で静かにしろとでも言ったりしたら。
多人数の人という藪を得ている学生たちは隠れるようにして野次を飛ばすだろう。そうでもしたら説教と言うなのスピーチの時間が加算され、この苦しい時間が伸びるはめになる。………それは、イヤだ。
そうなれば、確実にローザや優子は熱さに耐えられないだろう。
(どうするべきか?)
目を配り、何かないかと模索する。
この反応は以前の私にはなかったものだ。以前の私なら他人に関わることを恐れ、無視を決め込んでいたことだろう。私にその微量の変化を起こすような事件が、この二ヶ月間の中で経験していた。
学生たちは幾つものパターンに分けられている。
級友の怒りに同調する者、自ら憤りをそれでも抑えている者、便乗して他愛のない会話を始める者、そして………
クスッ
(?)
動く者だ。
“彼”は自らの位置から離れると、司会進行をしていた女子生徒の傍へと移動し、背後からそっと声をかける。
そっと声を、助言を受けたであろう女子生徒はその内容に驚いたように“彼”へと振りかえる。彼は頷くと笑みを浮かべた。それに背を押されるようにマイクに顔を近づける。
「それと、関係各所に対しての・・」
だが、声は出さない。待っているのだ。
「その様な学生としての当たり前の態度を守ってもらいたい、つ」
次に、もしくは、つまりと校長が言葉をつなげようとした瞬間
ポンと、彼が女子生徒の肩を叩いた。
「こ、校長先生からの挨拶に対し、み、みなさん拍手」
え? という声が学生たちと、教員、なにより話を中断された校長から困惑の声があがる。
それに普通なら朝の挨拶程度では頭を下げる礼のはずだ、なぜか拍手という賞賛の行為で閉めようとするのか?
そんな疑問が体育館全体の空間に、一人分の両手を打ち合わせる音が鳴り始める。
一人で拍手するのはやはり“彼”であった。
(そうか)
私も便乗するように拍手を始める。激しく、そして誰かに伝播するように。
すると、拍手が感染するように拡大してゆく。
その拍手にたじろぐ様に生徒たちを見渡す校長先生。まだまだ続くはずであった演説の場を押しのけるような拍手で閉じられたために顔に不満と書いてある。
礼と言う静かな行為では、もしかしたら何かにつけて話を継続したかもしれない。だが、拍手という閉めの行為ならば止めることは叶わない。それが大勢であれば、あるほどだ。賛美の行為を怒って止めるわけにもいかないからだ。
自分の独壇場を強制的に閉められた校長は事を起こした“彼”を睨みつけたのを私は見た。
同時に見た。彼が視線を受けたと同時に、視線を逸らして、校長の意識をある一点に流したところを。熱さと校長の長いスピーチに疲れ果てていた教員たちの姿を視界に入れさせたところも。
「続いて、今年の生徒会に選抜された生徒から、え? あ、はい! その代表からの“短い”挨拶をさせていただきます」
入れ替わるように、壇上の階段へと足をかける彼は、入れ替わるように壇上を後にする校長に何かを説明した。校長はばつの悪そうな表情から一点、晴れたように爽やかな表情になり教員用の座席に戻っていった。
その様に生徒たちにざわめきが蔓延した。
ゆっくりと歩みを進める彼は、壇上中央に進むまでにちらりと“私を”見る。それをすごいと思う。たぶん、この見られているという感覚は私ひとりだけではないのだろう。
それで、ざわめきの大半は無くなった。だが、無くなってはいない。
トン、トン、トン。何かを叩く音がスピーカーから体育館全体に木霊する。
それは大きくもなく、小さくもない微妙な音量。それが残りの喋る生徒たちの意識を一点に集中させた。
音の出どころ。つまり、彼の持つマイクに。
見られているという感覚をこの場の全員に与える手法と音という媒体を使っての意識集中法。簡単に思えるが、決して簡単なことではないことをさらりとやってのけて、彼は、彼に相応しい立ち位置に立つ。
壇上中央に立つ彼は、不快にならない程度の一拍間をおいて話す。
「今年、みんなから生徒会長の座をもらうことができた二年生、“科布 永仕です」
永仕と名乗った青年は、180センチほどあろうかという身長で眼下にいる学生たちを真摯に優しく見つめながら話す。
スラリと高い身長と、長くも短くもない黒色の頭髪、どちらかと言えば男性寄りの調った顔立ち。人の良さそうな笑みで、彼の爽やかなテノールの低音をのせての一言。
「きちんとした挨拶は、正式に任命される二学期に。さぁ、クーラーのきいた教室に戻って、明日からの夏休みの話を友達としましょう」
彼の本当に短いあいさつで、退屈で熱すぎる体育館から生徒たちが、生徒会の誘導に従って、順序良く教室へと戻っていった。
「壇上で話していた男は、誰ですの?」
体育館は渡り廊下で教室がある校舎と繋がっている。そのガラス張りの、クーラーの恩恵で涼しい廊下中央でローザの質問に、私は軽く驚いた。
「気に………なるんですか?」
「ええ」
ローザが不意打ちのように入学してきたのが、一か月前。それから彼女は一気に学園のマドンナとしての地位を自動で手に入れていた。
彼女の美しさにのぼせてしまった男子生徒達から毎日のように手紙や告白を受けとっていた。とすぐさま断わるというあっさりさ。ついたあだ名が、高嶺のバラ。
そんな男性に興味もなさそうなローザが気になると言ったのだ、驚きもする。
「わったしが、説明しよう!」
湧き出るように現れたのは、先ほどまで熱さでバテていた優子である。噂や恋の話が大好きな彼女のセンサーに何かが引っかかったようだ。
「科布 永仕くん。同級生で我が、京清高校の次期生徒会長。品行方正、ほどよく真面目で、面倒見もイイ。人気も高くて、友人からの推薦で生徒会長に立候補し、見事に当選」
スラスラと、今まで倒れそうだった同一人物とは思えない饒舌ぶり。水を得た魚のようだ。
「おまけにスポーツ全般が得意で、顔もよくて、将棋が上手い。っていう情報があったら嬉しいな」
そこに違った魚が紛れ込む。女子同士の会話に自然と入ってきたのは男性の、しかもさっきまで聞いていたような、声。
……………
「やぁ」
「「「「なっ!」」」」
まるで見知った友人にでも話しかけるように、ノリのよい挨拶をするこの人。
背後を振り返ると、噂の本人がいるではないかっ!?
さきほど壇上で語っていた本人、科布 永仕がいつの間にかに話に加わっていた。
「せ、生徒会長!?」
「現、ではないからね。次期さ」
私が通う、京清高校(正式名称、京清高等学校)の生徒会長および生徒会の選出は、一学期の終わり間近に投票が行われ、一学期の最終日に生徒会長と生徒会メンバーが選出され発表されるという方法をとる。
新たな生徒会の構成員に、仕事等を指導する期間として夏休みが適しているという理由らしい。
最終的な引き継ぎと確定は二学期の始まりに報告されるが、その段階前には確定している。
ちなみにこの高校は第三次世界大戦後に設立された比較的新しい私立高等学校。出来た当初から充実の施設、設備、そして新設校ながら経験豊富な教育者たちの多さと、堅実的なカキュラムなどを取り入れた学校と紹介され、すぐに希望者が続出した人気校であった。
その後も、多くの有名大学への合格者やスポーツ選手、はたまた有名人物の多く輩出した。そのため学力偏差値は高く、設備等もしっかりしているため、歴史が浅くとも良家の出の者たちや、突出した才能をもつ優秀な学生が多く在籍している学校である。
そんな才能と権力あふれる学び舎の生徒会長は実質、最高の生徒の称号を得ていると言っても過言ではない。
その時の人が目の前にいることに動揺するを隠せず、言葉にも表れた。
「あ、あのう? どうして?」
「ああ、君に用があってね」
用があると目を向けられたのは、私!?
するとローザの目が険しくなる。
「九重さん。君さ、生徒会に入らない?」
「え?」
生徒会に?
「撫子が生徒会に、ですか?」
聞いたのは、智子だった。無理もない。いきなり過ぎるし、投票や指示もない。
「実は、書記の子がね。本当はやりたくないのに無理やり入れさせられただけだって、駄々こねられちゃってね。やる気のない子に無理やりはよくないからね」
生徒会は実務が大変で毎年、幾人か辞退者がでるらしい。そのための夏休みの期間があるのだという話は本当だったようだ。
「そこで九重さんの処理能力高かったから、声をかけたんだけど………どうかな?」
以前、一度だけ生徒会の仕事を手伝ったことがあった。春先にクラス委員の娘が休み、代役で委員会議に出た時に仕事を十日かかると言われていた仕事を一日で終わらせた。その時のことだろう。
引き受ければ、それなりに将来のためにもなるだろう。それに生徒会の特権で学食が安くなったりと特典もあると聞く。
いい話だ。引き受けてもいいじゃないか?
「すみません」
考える前に、口から断りの言葉が滑り出ていた。
(アレ?)
なぜだろう? 頭に一瞬浮かんだイメージがあったが、何だっただろう?
「………一応、理由とかあったら聞いていい?」
「え? あの………アルバイトみたいな用事があって」
「……答えてくれて、ありがとう。急なお願いで悪かったね」
スっ、と振り返ると笑顔でそのまま立ち去る永仕。
すると、今まで沈黙を保ってきた二人が意味深に語りだす。
「あれは、きっと撫子を狙ってたね………さすが次期生徒会長、あざとい」
「そんな生徒会長を振った撫子ちゃんも、あざとい」
「あざとい、の意味をわかってますの? 二人とも」
あんまり深くもない会話を続ける三人。私だけが生徒会長の背を見つめながら思う。
幾度か、恋人になってほしいと告白されたこともある私。だからだろうか……。
「なにか………違う、気がします。それに……」
(とても、危うい気がするのは、なぜ?)
どうして、そう思ったのか。理由を理解しようとする前にローザの一言が妙に耳に残った。
「あの男、なにも感じない。なにも“感じなさ過ぎる”?」
この世界は西暦の年号において第三次世界大戦を起こしてしまった世界。
戦争の傷跡からできた一つの隔離区や、人ならざるモノたちや、神秘の技を扱う者たちがある世界。
だが、私の目の前の世界は平和そのもの。
そんな常識と非常識の上に成り立つ平和がある世界を、あの魔王がいたらあんな奴はどう思い、生きているのだろう?
次話へ
友人が最近買っていた境界線上のホライゾンが気になり、買って読んでみたんですが・・・面白すぎる。というか・・分厚すぎるだろっ!!? 一巻の上下を読み終えるのに四時間かかりましたよ!
緻密な構成と個性が強い魅力あるキャラクターたちが生きるにふさわしい世界観。長過ぎて疲れ始めた時に現れるあのヒーロ性と生きているだけでギャグな主人公のおかげで、文章の続きに期待をもって最後まで読むことができる文章構成。読み手に物語を明確にイメージさせることができる絵師さんの絵。・・etc
俺も、こんな本が作れる存在になりたい・・・あれ、俺の作品のあとがきで何やってんだ?
H26 1月6日設定修正 撫子の通う学園の設定変更 (国立→私立)