7、一物孕んで、世界は回る
7、一物孕んで、世界は回る
「のっぉぉぉぉぉおっ!! 何ということだぁぁぁぁッッ!!?」
悲鳴のような男の絶叫が静けさが満ちる羽田に轟く。
ティーチャーがこの世から消え去り、五分しか経っていないため涙が止まらなかった私ですら、その心の底からの絶叫にビクっと驚き、涙を止めた。
私と進、アルバイン、ローザの三人はティーチャーの残骸の小山のてっぺんにおり、辺りを一望できるので、声のした方向を見ればすぐにその正体が確認できた。
逃げ遅れたのか、はたまた惨事の終わりを見計らって戻ってきたのかは定かではないが、空港に一番近い地下街の入口から数人の姿が見える。皆が皆、仕立ての良さそうなスーツを着た人たちだ。
その中の二人に、私は見憶えがあった。
「大臣、お気を確かに!」
「区長ぉぉ!! これが落ち着いて居られると言うのかねぇぇ!!」
大臣と呼ばれた老人は、腰が折れ、杖をついた腕をプルプルさせながら、さらに怒りに震えている。
区長と呼ばれた初老の男性は、老人に落ち付けといいつつも顔を真っ赤にさせ歯を食いしばっている。
それもそのはず。この二人は三次世界大戦で破壊されたつくし放棄されかけた羽田空港復興に尽力した二人。
前者が現国土交通大臣、後者が大田区区長である。
この二人とは、まだ私が吸血鬼の元で上流階級の娘を演じていた時に幾度か出会い、軽い会話を交わしていた。
その際に、国が破壊し尽くされた空港の移転を計画している際に、区長から大臣へと話を通し、計画を中止させ、再建への長い道のりを、細かく聞かせてもらっていた。その時の彼らの表情は苦難とそれを乗り越え、辿りついた勝利への執念が入り混じった表情を今でも覚えている。
私が何を言いたいかって? それは……
「“私たちの”羽田空港を目茶苦茶にされて、私が怒ってないわけないでしょう!!」
「そうだともおぉぉ! 首謀者にはきっちりと物理的な制裁が必要じゃァァァァッ!!」
二人で怒りをクロっシングさせ、なぜか上半身の服を脱ぎ捨て、何処からともなく取り出したアサルトライフルを装備。
そんな彼らにとって羽田空港は息子同然。街を愛しているのだ。そして、なにより彼らの趣味はサバイバルゲームである。
完全に封鎖されていたこの羽田空港にいるだけでただちに犯人扱いされる危険性が私たちには大いにある。特にさり気なく小山の影に隠れた私の背後にいるはずの三人は怪すぎるほどにボロボロかつ武器装備状態なのだ!
さらにいえば、ティーチャー以上に街をめちゃくちゃにしたのは何を隠そう、背後にいる魔王みたいなやつである。
「し、進! 見つかったら八つ裂きにされま・・すよ。・・・進?」
できるだけ声を抑え、議員たちがSP達を率いて、探索部隊を編成し始めたのを見て戦慄し、背後の進へと声をかけたが、返事がない。
「進?」
不自然に感じ、背後を振り返れば、そこに彼らがいるはずなのに……
いない。
進だけではない。
三人とも、いない。
ナッシング。
(えっ! なっ、ちょっと!!)
目を凝らせば、遠くの方にはあいつ等がいた。それぞれ別々の方向へ常人離れしたスピードで猛烈に逃亡しているではないか!!
血も涙も情も一切ない奴らに向かって、嘆きながら叫ばずにはいられなかった。
「ひどいっ!!? 一声かけてくれてもいいじゃないですかっ!!」
「おいぃぃ! あっちの方から声がしたぞいぃぃ!」
見つかった。思わず声に出たことが裏目に出た。に、逃げなければ!
「なんか女の声だったぞい!」
「近頃、一文無しになって苦労していそうな不幸な匂いがぷんぷんしますね」
「おまけに、普通の生活になれなくて失敗ばっかりで、ポンコツとかいわれてそうじゃいぃ!」
なんで、そんなこと判るんだ! と心の中にツッコミを入れつつ、逃げ出す私。
とりあえず、言っておこうと思う。というか、この頃それしか言っていない気がする。
「進の馬鹿ァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
視点経過
「うっ、ううううう。もう嫌だ、もうヤダ。こんな生活・・・」
机を枕代わりに寝たふりをしながら嘆く私は、昨日の羽田空港からの脱出からやっとこさ無事帰還した。そして、今学校にいる。
つまり、学校に直接来たのだ。
なにせ、あの後はひどかった。
迫る追っ手からダンボールと、音のブラフを扱いながら時に隠れ、時に欺、ついに羽田空港圏から脱出することは出来た。だが、帰り道は判らず、電車は止まっており、かつ自衛隊の封鎖をかいくぐりながら、とぼとぼ歩いて家を目指したが迷って、疲れきって寝ていたら見知らぬ男性に襲われかけ、決死に逃げ出し、また迷い。やっと見つけた交番で帰り方を聞いたら、バスがすでになく、おまわりさんが送ってくれるという優しさに感謝したが、家があるのソドムだし、普通入れないし、逃げるように交番から飛びだしたら、さらに迷い。努力と根性とで粘ったら偶然、学校についたが時すでに朝の六時だった………。
「足が痛いよぉ。腕も疲れたよぉぉぉ。なにより心が折れそうだよぉぉ」
早番だった保健室の先生が、ボロボロの私に部活棟のシャワー室と洗濯機を使わせてくれたおかげで清潔感と女のプライドは死守されたが、体と心はボロボロだった。
「撫子、今日はやけに早い登校だな」
「撫子ちゃん。なんか白くなってる・・・」
そんな私を心配そうに声をかけてくれる友達がいることが幸せだった。
「大丈夫だよ。優子ちゃん、智子ちゃん」
ほろりと泣きかけたが心を保つ。だが、心やさしい友人の気遣いに心が潤い、元気が出た。
これ以上何が、衝撃的なことが起きない限り、私の心は折れたりしない。
ガラリ、と勢いよく教室のドアが開けられる、これはクラスの担任の先生が来たときの合図でもある。
いつもハキハキとしている体育教師なのだが、今日は少し困惑しているように見える。
「みんな揃ってるな。出席を確認する前に、緊急過ぎるんだが・・・転校生を紹介する。入ってくれ」
先生の言葉とともに、現れたのは白金色の緩めのウェーブがかかった美しすぎる長い髪とその美しさに相応しい美貌を身に宿す女性が私と同じ制服を纏って、現れた。
「今日から皆さんと同じ学び舎に通うことになりました、ローザ・E・レーリスと申します。よろしくお願い致しますわ」
芸術にも等しい美少女に男子と女子はポカーンとなっていたが、すぐさま一気に喝采。
男子は、壮絶に喜び。
女子は、嫉妬するか、ときめきに目を輝かせた。
私は。
「先生? あの子、座ったまま気絶していますわよ」
心が折れるどころか、砕けた。
「どういうつもりですか!!?」
「どうもこうも・・・私、学生ですけれど?」
転校そうそうに、注目の的となったローザは引っ張りだこ。昼休みになりようやく人気の少ない屋上にやっと連れ出すことができ、ようやく話しを聞く事ができた。
「事件も終わったじゃないですか? どうして帰らないんですか?」
「そんなに帰ってほしんですの? 前はあんなに引き止めたくせに」
「えっ! あ、いや。そうですけど・・・。目的を知りたいんです!」
「調べるためですわ」
それまで困惑顔で話を聞いてたローザの顔が急に芯を得た。ビルが荘厳と並び立つ東京を見渡せるこの高校の名物場所。見るべき場所はいろいろあるが、彼女が見たのは封鎖された地区の方。
「何を・・・ですか?」
恐る恐る聞きだそうとするが彼女は困った様に笑うだけで何も答えてくれず、チャイムが鳴る時間が迫ったため二人で無言で教室へ戻る。
そんな私たちをクラスメイトが迎えてくれたが、みんな何故かそわそわしていた。
「どうかしましたか? 皆さん」
「え~と、さ・・・撫子?」
「何ですか、智子ちゃん?」
「ローザさんって日本語、変だよね?」
・・・なんですと?
本人に聞こえないように、声を小さく私に尋ねてくる友人の問いに答えてあげたいが。
「・・・たしかに」
この時代に、ですわ、かしら~、などのお嬢様言葉を使う人はひどく珍しい。いや、いない気がする。
でも、どうする。あなたの日本語、変ですと言うのは変だ。いや、大変失礼だ。
クラス全員の眼差しが私に向けられる。人柱に選ばれたのは、私か・・・
でも、私も気になっていたのは事実だ。
「・・・ローザさん?」
「ローザ、でいいですわよ」
好奇心が勝った結果、直接聞くことにした。今聞かないと、夜寝れない気がしたからだ。
「・・・ローザは・・・自分の日本語を・・・どう、思いますか?」
直接尋ねるのは失礼かと思い、少し遠まわしに尋ねてみる。
すると、ローザの動きが
(((とっ、止まったぁぁぁ)))
次の授業を受けるためのノートを取り出そうとしていたローザの動きがピタリと止まった。
訪れる沈黙、静寂に染まる教室、時の流れが、延長する感覚が我々に訪れる。
・・・・・
「ち・・・い・・したの」
・・・・え?
「・・・違います・・・の? 私のような女性は、こういう喋り方が・・・日本では・・普通ではありませんの?」
声を途切れ、途切れに耳まで真っ赤になったローザが恐る恐る脂汗を垂らしながら、逆に我々に尋ね、カバンから、数冊の本を取り出す。
それは何年も前に流行った女子テニス漫画や、魔法を題材にしたライトノベル等々であった。いずれも高貴そうな金髪の女性(縦ロールの髪型)がでてくるモノばかりだった。
「そ、その・・・日本人の知人もいませんでしたし、情報も少なくて、現地に合った言語をレクチャーするにはこれが一番の友人に勧められて・・・。や、やぱり変ですの!? そうですのね! なに晴れやかな顔をしていますの!? ねぇ、なにか言ってくださいまし! ねぇ!!?」
午後の優しい風と、陽気に照らされる教室には、遠くを見るように朗らかな気持ちになったクラス一同とそんなクラスメイトたちの仲間入りを果たした少女の悲痛な叫びが聞こえてくる。
「あああっ!! 言葉使いを慣れてしまって、直せませんわぁぁぁ!?」
今日も、平和だ。
「もうっ! 散々な一日でしたわ!」
「・・・まあ、間違いがわかって、よかったじゃないですか?」
時はすでに夕暮れ時。もうすぐ夏の到来を予感させる淡い風が頬をなでる。
ローザの登校初日は成功と言えた。初めは彼女の外見等を気にしていたクラスメイトたちも彼女の天然気味なところ? に親近感を感じたのかすぐに打ち解け合うことができていた。これならすぐに受け入れられるだろう・・・プチ村八分を受けていた私の時とは大違いだ。
「・・・自棄ですわ、もうこのしゃべり方を貫き通します!」
「別にいいんじゃないでしょうか・・・」
拳をぎゅっと握りしめ、前を向いて後ろ向きな決断をするローザと苦笑いで彼女のお嬢様口調が以外と似合っている気がしていた私は共に帰路を歩いている。
同じ道を歩いているのは、彼女と帰るべき場所が一緒だからだ。
(まさか、進も了解しているとは・・・)
そう。彼女は日本に残ると決め、本拠地と決めたのは進の事務所。つまり私と同じ場所である。いきなりだが同居人が増えたことは、まぁ、嬉しいが・・・
「しかし、少し男性と同じ屋根の下で寝食を共にするような気がしていて不安でしたが、同姓の貴方がいて下さるなら、安心ですわね。・・・まぁ、カーネルなら別に、その、求められても・・・べ、べつに」
最後の方の言葉が小声で聞き取りずらく、何を言っていたのか聞こえなかったが、頬染めながら指を絡ませモジモジするローザに、急に不安を覚えた。
胸のところがもやもするようなこの感覚はなんだろう?
「そういえば、アルバインさんはどうするんでしょう?」
「知りませんわよ。でも、彼はフリーの私とは違って、純粋な騎士団所属の騎士ですもの。そんな勝手は許されないでしょう? それに彼は巡礼騎士、それなりの地位なのですから」
「それなりの地位って・・・やっぱりアルバインさんってすごい人なんですか?」
彼は始めは任務で来たといっていた。
「凄いも何も、彼・・」
そうこうしている内に、事務所の前までたどり着いていた。ドアノブを引いて中へとはいる。
「あ、お帰りなさイ」
ふつうにアルバインがいた。
それもかなり馴染んでいて、白いシャツと黒色のズボンの上にエプロンなどして、はたきを手に持ち、部屋の掃除などしている。
とても慣れた手つきでパタパタと部屋の隅を叩く姿が様になり過ぎて私たちは玄関の前で立ちつくすしかなかった。
「どうしたんだイ? ふたりとも」
「え? あ、あの・・・お、お掃除は私の仕事です」
「違うでしょう」
混乱のあまりツッコミどころを間違える私に容赦のないローザの軽めの手刀が頭に落ちてきた。
「どうして、貴方はまだココにいるんですの? でしょう?」
探るようなローザの視線にアルバインは肩をすくめて、困ったように返答する。
「今日から僕もここにお世話になることにしたんダ。よろしク」
「なぜですの? まさか、貴方も・・・」
「そうだな、俺も聞きたい」
お互いの胸中を計り合う二人の空気に張り詰めていた空間に若さを残した低い声が突然割り込んできた。その声の主は、黒いコートを着こんだ男。
夏も近いというのにこの格好なのは、進・カーネルだった。
「聞きたいって・・・進が了解したんじゃないんですか?」
「俺は何も聞いてないぞ」
進は困り果てた、というよりめんどくさそうな顔になる。
「え? アレ、おかしいな・・」
「ウフフフ、アルバイン。お隣の家と間違えたのではありませんか?」
ちなみに両脇の家はほとんど家の原型を留めていない、廃墟だ。
「ちなみに、元クライアント。お前もなんでいる? 聞いてないぞ」
「ふぇぇぇっ!?」
視点変更1
ここはオカシイ。
時は夕焼けが世界を朱にする刻。
その世界に佇む私と言う存在、ローザ・E・レーリスも染め上げている。
眼前に広がる景色はある意味すばらしい。邪魔な高い建物は一切なく、魔力で視力を強化すれば海の煌きまで見えそうほど、遠くを見渡せる見晴らしのよい世界がある。
私が佇むのは、今日から住むことになったボロ屋の屋上。ここが二階建ての建築物だということすら忘れてしまいそうな景色を見ながら、別の観点からこの街を見て、自然と名を呼ぶ。
「ソドム」
弾三次世界大戦の折に、手ひどく攻撃を受けた数ある都市の中の一つとして数えられる地。二十一世紀の教科書に名が載るほど知名度が高いこの場所であるが、記載される名前にソドムとは書いていない。別名だ。ソドムと蔑称でよばれているにすぎない。
かつて神により燃やされた地の名前がいつの間にかに定着していたそうだ。
多くの人々が心乱れた所とされた場所、神に見捨てられた者たちの巣窟などと汚名を付けられた。
人は言う、そこには死体が石ころのように転がっていると。
人は聞く、そこは一日中、銃声が鳴り響いていると。
人は語る、あそこは常識が呆れかえり、どこかに去ってしまった場所だと。
いつしか、人は隔離区“ソドム”と呼んだ。
世界の中でも生活基準が高い日本に生まれた一点の染みのような場所。戦争の傷跡が大きい地でも、地区を隔離したのはこの国だけだ。
減少した財源、被害者支援の復旧に対する義援金、化学兵器による汚染の情報など考えれば、たしかに隔離という手段も正当な道だ。
そして、残る疑問も生じさせた。
「そもそも、なぜこの国は狙われたのかしら?」
呟きに応える者はココにはいない。そして、どうせ応えられるものがいたとしても平凡な答えしか期待できない。私がほしい答えは口から紡がれはしないはずだ。
「・・・あの時」
あの時、ティーチャーの攻撃を止めるべく出した錬成魔術。結果的にティーチャーの攻撃を止め、かつあの巨体を吹き飛ばすまでの力を見せた。
だが。
「・・・あれは、私の、力ではありません、でした」
呟くように、悔しさが滲む様に言葉にするしかできない。答えが出ないことも不甲斐ない。
あの時、あのままだったら私は死んでいた。純粋に速度が足りなかったのだ。
錬成には物質に私が錬り込んだ魔力を絡ませなければならない。ゆえに時間がかかるのだ。
莫大な魔力があればその工程を無視して、錬成も可能だ。だが、それはもはや人間の技ではない。それほどの魔力は人間ひとりでは生みだすことができないからだ。
そんなあり得ない量の魔力が、どこからともなくやってきて私を助けた。
「おとぎ話じゃあるまいし・・・荒唐無稽すぎですわよ」
私はひとり呟く。はたから見れば、独り言をつぶやくさみしい女に見えるかもしれない。
それは間違いだ。私はきちんと“相手”に向かって話している。
「・・・ソドム。あなたは一体・・・この場所はなに?」
この場所に話している。馬鹿な女と思うか? ですが、私は知っていますわよ。貴方はたしかに言葉を話して、私を助けた。
地脈をなぞり魔力が流れてきた地を調べる術は占星術から派生したといわれる錬金術を扱う私には簡単だ。だが、そこまでだった。その魔力が“出現”した場所の特定までに至らなかった。
助けた理由と、この街に隠された膨大な魔力が生みだす場所を知り、利用できればしたい。それは魔術師としては当然の欲望だ。
そして、ローザと言う人間としての目的も、もしかしたら。
「この街は、あまりに闇が濃い。もしかしたら、世界から多くの“アレ”も・・・」
私の目的とも一致する場所として、この場所は打ってつけだ。ロンドンもたしかに良い場所だったが、現代において明かされたオカルトの世界となってしまったあそこには日差しが照りつけてしまって、アレが見つかるとは思えないと感じていたところだ。
夕焼けが沈んでゆき、明るい夜空に変わろうとしている。ソドムを囲むように日本の街の光が生まれてゆくのに対し、ソドムには街灯はおろか家の灯りはほとんどつかないため、暗闇が侵食するように広がってゆく。
「見つけ出しますわ、私の目的のために。どんなに闇が濃かろうが、必ず」
睨むように、挑戦するような笑みで翻り、届いた荷物を解きに部屋へと向う。
挑戦状を叩きつけられた世界は黒色に染まった。
視点変更2 XXXX
ジジ・・・ジ・ジジッジ。
黒い色に染まった世界は、完全には塗り潰されてはいない。
ソドムではところどころで露天や営業をするところがわずかだがあるためだ。
その一つがココ、ソドムで唯一にして、携帯電話の普及と共に無くなりつつある公衆電話ボックスである。
外縁部のためか、かすかな電気が奇跡的に通り、壊れかけの電灯がついたり、消えたり。機能面にも故障がでていているために、まともに会話もできないことが有名である。
だから、ここを扱う者はいない。使うとしたら、新参者くらいだ。
ガチャ、と音がなり、錆ついた留め金が異音を放つも気にせず、ボタンをあどけないリズムで叩き、埃まみれの受話器をためらいなく側頭部へつける。
狭い電話ボックスに電話と空有の待ち時間がはいる。中は無音、そして、外も無音。それもそのはず、ここら一帯はほとんど人が寄り付かない。治安が悪いのではなく、地盤が悪く住めないからだそうだ。
そんな孤独な世界に男が一人。受話器を耳に押し当て、応答を待つ。
プルルルル
プルルル
プルルr・・・ガチャ。
「・・・・アルバイン巡回騎士」
出ていたのは野太く、威圧を与えるような渋い男性の声。しかし・・・
「すいません、間違えましタ」
ガチャン!
ツー、ツー、ツー。
持ってきた番号の書かれたメモをもう一度確認し、再度プッシュ。
プルルル
pル、ガチャ
「アルバイ・」
ガンッ!!
アルバインはかなり力を込めて受話器を叩きつけるように戻した。
翻り、その場から立ち去ろうとすると。
リリリリリリン。
今度は電話をかけたのではない。
かかってきたのだ。
アルバインは溜息をついて受話器を取る。
「ハイ・・・どちらさまでしょウ?」
「アルバイン・セイク巡回騎士。先ほどの反応はどういうことだ?」
「いえ、申し訳ありませン“副団長”閣下! 電話機の故障でありまス」
「・・・まぁ、いい。それで、どういうつもりだ?」
電話の主、副団長は静かに返答を待つ。野太い声で威圧的に。電話越しでも判る圧倒的な存在感。
騎士団の数多くの魔と戦ってきた歴戦の猛者たちを統括する男。騎士団のナンバー2。
大抵の人間は、彼の威圧を受ければ怯むだろう。だが、アルバインはある理由から慣れていた。
「・・報告書に同封された申請内容に不備ガ?」
「そうではない。理由についてに関して、書面だけでは理解しがたい点がある」
「いずこニ?」
「この、進・カーネルに対して危険因子の有無の判断のための観察という届け出すべてだ」
アルバインがソドムに残った理由。それは進に対しての危険性を見い出したためだった。
彼が見せた圧倒的な力。破壊的な戦い方は危険因子と呼んで差し支えないものだった。
だから、報告を書面で送り届け、一緒に危険因子の観察任務の申請をした。その受領確認と、必要な雑貨類を同室で暮らすルームメイトにエアメールで送ってもらおうとしたのだが・・・。
「現場を見たお前が危険性が高いと判断すれば、その場で“処理”してもかまわない」
断定的な言い方に、アルバインは動じることなく応える。
「判断材料が少ないため、長期間の直接観察をするべきだと判断しましタ」
「他の巡回騎士にもそれは可能・・」
「対象の強さは計りしれませン。私レベルが適任であると判断した結果でありまス」
二人とも自分の意見を譲ろうとしない。これがいつまで続くのかと、思っていたアルバインだったが。
「・・・“アル”。いい加減にしなさい」
副団長と呼ばれた男の声が急に変わる。それはどこか困ったような声色。いや、諦めに似た感情の溜息も出た。
アルバインはこの人物の事が苦手であり、同時にもっとも信頼する人物でもあった。なぜなら・・
「ハァ・・・。養父さんこそ、いい加減にしてくれヨ」
溜息まじりを同じように返し、電話中の緊迫感を霧散させた。
「だが、な・・」
止めたいのに、どこか選択の自由を“義理の息子”に与えたいという複雑な心境が起伏の乏しい彼の言葉にはふんだんに含まれていた。
彼は身寄りがなかったアルバイン“達”の育ての親であった。そのため、彼の強さと圧倒的な存在感の裏にある優しさと誇り高い背中とムッツリした過保護な所を知っているのだ。
「通達が行っているはずだ、お前には昇級に伴い守護部隊の隊長への就任が適切と判断された」
「その話は・・・」
「断る理由があるのか?」
アルバインは黙る。騎士団の部隊は数十と多いが、その中でも守護部隊とはエリート中のエリートが選抜される実力派部隊で、階級的に見れば普通の部隊の一つ上に位置する。その部隊長ともなれば副団長の次に権威ある騎士たちであるのだ。実力が尊ばれる騎士団の中では強者の証。
選ばれたのなら誉れ中の誉れだ。
だが・・・
「僕は、その器ではありませんヨ」
「その言葉は、お前が蹴ろうとしている地位に至るため努力する騎士団総勢1万人いる下のモノ達に侮辱と写るぞ。それにあの方がお前の昇格を心待ちにしている」
あの方はともかくとして、たしかにその通りだ。しかし、アルバインはソドムに来てあの娘の言葉を受け、改めて理解できたのだ。
「養父さん。僕は、ソドムで自分の未熟さを教えられたヨ。だから、ここで鍛えようと思うんダ。人の内面を見る目をネ。それが無ければ、僕は人の上に立つことなんて出来ないヨ」
「・・・・・」
再びの沈黙。ただの沈黙ではなく、思案の沈黙の時間が訪れる。それはすぐに諦めとも取れる溜息で打ち破られる。
「了解した。騎士アルバインの次なる任務を認める。その間に関しては昇級の件は保留としておく。それとお前へ送る荷物の件は私から彼に伝えておく」
「ありがとうございまス」
父と子の会話とはいえないような会話。アルバインはそれでも自分の意思は伝えられたことを実感する。・・・もういいだろう。
「でハ」
「待て」
電話を切ろうとした時に呼び止められた。養父にしては珍しい事だ。
「言いにくいのだが・・・いや、言いにくかったが、やはり伝えておく」
「なんですカ?」
「お前は日本語が下手だ。練習しておけ」
「ほっておいてくださイ」
「それと・・・」
「まだ何か?」
これほどまでしつこいのは初めてだ。
「お前の妹にも、たまには連絡してやれ・・・」
「・・・わかりましタ」
・・・・本当に余計な御世話だ。
「これだけだ。・・・しかし、お前も“カーネルの者”に関わるとはな・・やはり、お前は私の息子だよ」
「え?」
「達者でな」
ブツ、と一方的に切られた受話器を少し眺めて、もう一度今の言葉の意味を問おうと思ったが、止めておく。どうせ、応えてはくれないのだろう。
受話器をそっと戻すと、彼はその電話ボックスから出てゆく。
その、姿を見ていた。
XXXXXらは。
XXXXXらは、見ていただけ。
それだけ。
今は。
視点変更 3
「え? この家ってハジさんの家だったんですか!?」
「まぁ、名義はアッシで。旦那に貸してる状態ですかねぇ」
完全に空に星がばら撒かれた空に変わった夜の時間。呼び出されてもいないのに絶妙に間が悪く表れたソドムの情報屋ハジが怒れる進に首根っこを掴まれ真相を問い多出されていた。
「テメぇ、ここは自由に使ってイイって言ったじゃねぇか?」
「それはそうですけど、旦那がお金が無くなって困ってるらしいからぁ、お客さん入れて上げたのに」
「・・・家賃は、俺の名義で入るのか?」
「うぅん」
うん、と肯定しているのか。ううん、と否定しているのかよくわからない返事。
「どっちだ?」
ガチリ、とスライドを引いた銃をハジさんの顔面へと押し付け、逃げられないように頭を抑え込む進。
「あなた様でございやす」
「なら、いい」
上機嫌で去り、いつもの定位置である奥のデスクの椅子へと戻り新聞を読み始める。悪魔か、あなたは。だが、言葉にして言うことはできない。進の財源を確実に根こそぎ無くしたのは私だからだ。
「まったく・・ハジさん。大丈夫ですか?」
「うぅぅう! おねぇちゃん、ぼくぅイジメられちゃったよぉぉ。なぐさめてくらさい。その大きな母性を感じる胸で」
「幼児退行ができるなら、元気ですね」
笑顔でセクハラをスルーして、キッチンへと向う。
キッチンは共同で、一階の奥に設置されている。そこにはエプロンを着た金髪の人が調理をしていた。
「あ、ナデシコ。もうできたのからテーブルに持って行っテ」
振り返ったのは笑顔の男性、アルバイン・セイクだった。
できたの、と示した料理は目を疑いたくなるほど綺麗に盛り付けられた、とてもおいしそうな洋風のディナーだった。
「お金に困っていると聞いたから、低コストでおいしくできるモノにしたけど、よかったかナ? ・・・・あの、ナデシコ。何で泣いているんだイ?」
「うぅぅ。高コストでゴメンなさい・・」
食材を最大限生かすやり方に料理が輝いて見え、己の料理スキルの低さを思い知り、涙腺が緩んだ。
「ほら、高コスト。早く並べるぞ」
「・・・はい、高コスト・・・頑張ります」
やってきたイジワル進がなにを言っても動じないと心に決めて黙々と皿を運んで行くことにした。そういえば、もう一人の住人はどこに?
「・・・もう少し、お安くはなりませんの?」
「いや、ローザ嬢ぉ? この物件で三万円台は安すぎとは思いませんかぁ?」
いた。しかもイスではなく部屋の隅の地べた座りこんでいた。あの姿に同じ女性としてどうかと思うが、胡坐までかいて、ハジを睨みつけながら、家賃を値切っていた。
一見いいところのお嬢様に見えるローザが値切る姿は凄い光景である。
「あの、ローザさん?」
「ローザで構いませんわ、撫子。要件があるなら後にしてくださる。今、今後の生活がかかった大勝負の最中ですの」
私と話しながらも目線はハジから外れない。その気合いを通り越して殺気になりかけている視線を受け、さすがのハジもめんどくさくなってきたようだ。
「・・・わかりやした。これで、どうすか?」
懐から取り出した電卓に数値を打ち込んでゆく。私はココの家賃は判らないが、すごく値引きされているのは確かのようだ。・・・あのハジさんがぐったりしている。
「でしたら、さらに半額!」
「むちゃをいわないでくださいぃ!!」
「ほら、ローザたち。用意ができたヨ」
号泣でもしそうな叫びをあげるハジに助け舟をだすように、夕食の用意ができたことを告げるアルバイン。
「チッ、いいところを!」
「君の値引きのやり方はいつ見ても、怖いヨ。もっと広く心をもって行ったらどうだい?」
「フン、“貴族さま”らしいお言葉ですこと! 貧乏人を馬鹿にしているとしか、思えませんわ!」
それぞれ愚痴を言いながら、部屋の中央にあるガラス製のテーブルに向かい合う形で席に座って行く。
「貴族様?」
私の疑問に、アルバインはすこし複雑な表情になり、ローザは値切りを邪魔された仕返しとばかりに意地悪な小悪魔の様な表情で私の疑問に答える。
「彼は、本物の爵位持ちですわよ。現在の英国女王の孫娘を虜にして得たようですわ、でしょう? アルバイン・F・セイク?」
「・・嫌な言い方、止めてくレ」
「でも、爵位って・・」
「第二次世界大戦後に廃止されたのでは、でしょう? そんなの魔術世界に関係ありませんわ。名前だけの存在となっても、爵位という力ある名の存在は消えませんもの」
すごいな、魔術世界・・・
「あなたも同じようなものでしょうぉ?」
ハジがいつもの軽口でローザに向かって話しかける。それに対して、言葉の真偽はともかく今まで笑っていたローザが反転して、一気に冷たさを秘めた能面みたいな表情に変わる。
「・・・それ以上ほざくなら、口に溶けた銀を詰め込みますわ」
「おや、触れられたくない? そりゃ失敬」
「早くしろよ。飯が食えねェだろう」
それぞれの思惑などどうでもいいから、飯が食べたい進は一人で箸を手に、小皿に料理を取っていく。それを見た他の者は熱を冷めされたように、同じように食事を始める。
それぞれに事情があるのだろうな、と私も思う。だが、まぁ、今はご飯が冷めないように食べようと思う。さぁ、手を合わせて
「いただきま・・」
「邪魔するぜ!」
私の目の前の食事は飛んできたドアにより、一掃された。
視点変更4
「邪魔するぜ!」
俺の目の前の料理は無事だったが、他の三人においてあった皿をすべて巻き込むようにドアが飛び込んできた。・・・また壊されたのか、家のドア。
「あわわわわっ!!」
なにより不憫なのは一口も食べることなく、料理がゴミに返還された撫子だ。
「進・カーネル! テメぇがそうだな!?」
俺を指で名指しする上半身裸のマッチョが玄関辺りにいる。また、いつもの殴り込みだ。
「そうかもな」
俺は小麦色の綺麗なスープをスプーンを使って一口、すする。これが絶品で、かつ今回の仕事の報酬と二人分の家賃が入ったことに上機嫌であった。それがなければ、マッチョに八つ裂きにしていたところだ。
しかし、今日は機嫌が良いので許そう。俺の食事まで吹き飛ばしてたら、対応が違ったが。
「スカしてんじゃねぇぞぉ! このソドムのルールを体に教えてぇぶぎゅわ!!」
ルールを述べようとしていたマッチョ君(命名、俺)が、顔面に非常に硬化に“変化された”皿がめり込んだため、後ろへ倒れた。
投げつけたのは誰か? それは体中にサラダをくっつけた怒れる金髪美人しかいないだろう。
「貴方、筋肉を付け過ぎて脳まで筋肉が派生しましたのぉ? ノックの仕方を教えて差し上げましょうか?」
手にはいつの間にかにハルバート。目は暗い怒りに燃え、口元は笑っているが、目は殺の一文字だけ浮かんでいるようにも見える。
「こぉんのアマ! ゆるさねぇ! テメェら、出てこいや!!」
掛け声とともに、わんさか部下がたくさん出てくる算段だったのだろうが、いつまでたっても出てこない。それもそのはず。
「ノックの仕方だけじゃダメさ、ローザ。テーブルマナーもいっしょに教えてあげよウ」
外から現れたのは、頭からタルタルソースをかぶったアルバイン。手にはナイフとフォークを持ち、真っ赤なソースがびったりとこびり付いている。まぁ、あれもソースだろ?
「あうぅぅぅ、ご飯がぁぁ、ご飯・・・」
撫子だけが、目の前の飯が無くなった絶望から、立ち上がれず、うな垂れながら何か呟いている。
いきなり孤立無援になったマッチョの悲鳴を聞きながら思う。
「いやぁ、にぎやかになりやしたね。旦那」
俺の感想を、いつの間にか現れていたハジが代弁していた。
「うるさい、の間違いじゃないか?」
「にひゃあひゃひゃ、確かに」
ほんの一か月前までは、ここは俺一人だけの空間だった。それが今はどうだ? アイツと出会ってから、俺の周りはさらにうるさくなった。
あいつは・・・
「ところで旦那、また泣かしちゃったみたいですね」
「・・・それが、どうした?」
あいつは、すぐに泣く。初めてあった事件の時も、今回も誰かのために、いつも泣く。
俺にはそれが理解できない。他人のために泣くなどまっぴらゴメンだ。
「あんまり、泣かしてると、旦那は後悔しますよ?」
「俺が? ハッ! 何でだよ?」
言葉の真偽など関係ない。俺が後悔することなど、もう、ない。あの時以上に後悔することなどありはしない。
「それに俺が泣かしてる訳じゃない」
ハジの心を見抜こうと、睨みつけるがやはりコイツの考えはわからない。
こいつだけじゃない。ローザとアルバインも何を目的にココに残ったのかは判らない。人には完全に相手の内側を計ることはできないものだ。
しかし、こいつらの目的が何だろう時間は止まらないし、世界は動き続ける。世界とは隠し事を孕みつつ動くものだ。
そして、何が起ころうと実害になるようなら、破壊するだけだ。俺の手で。
「うぅ、海老フライ」
まだ、やってんのか・・・。撫子が床に散乱した海老フライを洗って食べるという選択を考えられずに、ただただ見つめていた。・・・ヤレヤレ。
「撫子、これが欲しいか?」
「え、海老フライ!」
そっと撫子に近付き、俺が先に取っておいた無事な海老フライを目の前でちらつかせてやる。
「くれるんですか!?」
「いやだ」
期待の目線を撫子がした瞬間、頭から尻尾まで口に入れ、全て俺の栄養価とした。
瞬間的に目が点になったが、すぐさま希望は一転、絶望に変わった撫子は涙目で俺をだんきゅうする。
「うぅぅぅ~! 悪魔! 意地悪! この魔王!!」
「くっ、あははっはっ」
唯一、判っていることは、こいつをいじめると面白いってことだけだ。
二部 終
やっと終わった二話ですか、どうだったでしょうか? よければ、これからもどうぞ、読んでいってください。
それにしても、テイルズ オブ エクシリアはおもしろい。