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con-tract  作者: 桐識 陽
2:金色の来訪者たちと宵に歩く教気の魔剣
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6、内側からの涙

 

 

 6、内側からの涙


 

 「えー、こちら花園。スタジオの皆さん、聞こえますでしょうか? 私は現在、羽田空港上空から中継しています!」

 私の名前は 花園(はなぞの) 蜜柑(ミカン)。テレビ局に所属する“美人”リポーターである。

 化粧で歳を誤魔化そうと、世間から美人リポーターと呼ばれているのだから美人でいいのだ。文句あるか?

 「花園さん! 現場はどのような状況なのでしょうか?」

 遠く離れたスタジオのセットからベテランの男性アナウンサーがさも緊迫した様子で聞いてくる。

 (どうせ、言ったところで現場の現場の緊張感なんて、千分の一も伝わらないだけどね~)

 所詮はノホホンとした内側から、外側の風景を見ているしかできない人種にはなりたくない正義感から、このような事件があると率先して現地へ向かう変わり者として有名な私は思ってしまう。おっと、お仕事、お仕事。

 「はい、信じられない光景が眼下に広がっています。年間数千万人以上が利用する羽田空港は現在、粉塵で覆い隠されています。雨の影響で大した火災は起きてはいないようですが、幾人かの“暴徒”がいるのか、各地で小規模な爆発が起きています。戦後間もないこの日本で復興した空港が現在、テロの脅威にさらされている現実があります」

 現在、羽田空港とその周囲で凶悪なテロリストが事件を起こしている。

 との情報を受け、政府から周辺地域の避難勧告と各テレビ等の取材班の派遣の厳重禁止命令が出されたのは数刻前のこと。

 (ハイ、そうですか。って訳になるはずないっしょ)

 この国の政府に対する評価は最悪だ。第三次世界大戦中の日本への攻撃は実は外交上のトラブルが原因であるという説や、首都を三分の一を切り離し、無法地帯にした事など、国の怠慢が戦後に多く取り上げられ信頼はガタ落ち。

 (それ以来からよね? 急に無理な隠しごとが増えたのって)

 謎の現象や事件が起きると政府は情報を公開したが、すべてどこか辻褄(つじつま)が合わない回答ばかり。

 ことソドムに関しては自衛隊の情報公開すら禁止した。

 そんな政府に格段の信頼を置く者などいない、というのが現在の政府を取り巻く外周だった。それは戦争終結から十年たった今でもかわらない。

 隣で乗り出すようにカメラを向けていたカメラマンが下に広がる世界を写しだす。……そろそろかな?

 「花園さん! “今”政府から区域内および空域への侵入を禁止するとの情報が入ってきました。すぐさま現場から撤収してください」

 来た。命令がこちらに回ってきていなかったという嘘情報。信用のない政府の通達の遅れを装うことはここ数年間の定石になっている。多用はできないけどね。

 そもそも命令を出していたというのに、自衛隊が空を封鎖していないのが悪いと、心に言い訳する。

 「了解しました。花園はこれから帰還します」

 スタジオへの中継を止め、ヘリの操縦士が旋回を始める。

 ふと、下に目を向ける。

 (しっかし、戦後間もない、貧乏国家にテロね~。どこのバカ・・が!?)

 「待って! カメラさんっ、あそこ! カメラ回して!)

 そんな私の視界に不可思議が写り込む。そんな私の声に血相を変えて、その異様な光景にレンズを向けるカメラマン。

 「嘘、だろ?」

 そんなカメラマンすら目を疑う光景。

 街に中央とも呼べる場所に、巨大な、脂肪のような塊が膨れ上がり始めていたからだ。

 青筋が浮かぶ、遠くから見ても弾性な存在だと思わせる外観。それが徐々に膨れ上がり、周囲のビルや街を呑みこんでゆく。

どこの怪獣映画だ、これは。

 「なによ、アレ」

 脂肪の塊は徐徐に、形をとってゆく。ゆっくりとだが、確実に変化が起きている。それがある形に近付いてゆくと吐き気がこみ上げてきた。

 体長40メートルほどの人型。なのに頭は魚の頭部のような形、足と呼べる器官はなく、胴体から下半身が完全に地面と同化している。全身をさきほどまで軟性さは、すべて硬質な鎧のような皮膚に変わり全身を覆う。

 人を模した。でも、人を馬鹿にした巨大な何かが、咆哮を上げ、握った拳を地面へと叩きつける。

 その先に私は見た。確かに目撃した。

 「・・・人?」


 

 視点帰還


 

 ぶくぶくと、ケーキ作りの際にできるメレンゲのように泡立ち、膨張する脂肪の塊は徐徐に周囲の建築物を呑みこみながら、形をとっていった。

 それは人の形に似ていた。だが決定的に人ではない。大きさにしても、魚のような頭を乗せている。

 硬質とわかる鉛色の鎧で全身を覆い隠した上半身だけの巨人が目の前に出来上がった。足はないが、地面と繋がり、ズルズルと周囲の物質を取り込む器官が付いている。

 「おい、おい。負けそうになったら巨大化って、朝の戦隊モノの敵かよ。こちとら巨大ロボットなんて持ってないぞ」

 めんどくさそうに巨大化したティーチャーを見上げる進。

 「……貴方の剣、もしかしなくとも無効果(ディスペル)の魔剣でしたのね。あの魔剣の素材(魔族)たちを固めて繋ぐ術式を断ち切ったことで、あのような事になったのでしょうね」

 「俺のせい、か?」

 「結果オーライですわ。あれは繋ぎを失って暴走している。あれではまともな魔術は一つも使えないでしょう」

 馬鹿にされたと感じたのか、

 「グォォォォッォォオォォォォッォォっ!!!」

 人型の巨大な化物となったティーチャーはその巨大な掌を拳に変えて、咆哮と共に、それを進へと叩きつける。

 ズォン、と地面が高鳴り、コンクリーが衝撃に耐えきれずに陥没する。

 そんな上からの力を、進は黒い大剣“イザナミ”を平らに、剣の腹で受け止める。

 「ガっ! くっ、のぉぉぉぉっ!!」

 地面と拳の板挟みに合い、ミシミシと下に押しつぶそうとするティーチャーの力が増すたびに、膝と腰が徐々に曲がってゆき、履いていたブーツが地面に埋まっていく。

 「死ォォォッォォォ!!」

 「死を、塩、ぅっるせぃっ!」

 それを進は根性で押し返していく。・・・・アレ? 私、変なこと言ってませんか? 

 普通、体長40メートル以上ある化物の重さを受けるモノを、それを上回る力で持ち上げようとしている。その異常な光景に脳の処理速度が落ちようとしていた。

 後の二人もポカンとしている・・いや!

 「ふ、二人とも! 進を助けてくださいっ! 補助! 補助!」

 「「え? あ、ウン」」

 ハっと目覚める二人。そして、響く気合いの一声。

 「いぃぃらんっ!!」

 地面をさらに踏み砕き、驚異的な足のバネを使い、推測何百キロほどの拳を押し返した男から明らかな拒否が木霊する。

 巨大怪獣と化したティーチャーはカエルのようにひっくり返った。もしかしたら、あの魔本と魔剣の合成兵器も自分の体の変化についていけていないのか?

 「それはどういう意味ですのっ!!」

 それよりも、今はこっちだ。

 「あぁ? 怪我人は素っ込んでろって意味だ。テメェらは戦力外だ、とっとと撫子連れて逃げろよ」

 「あれをお一人で倒すつもりですの!? 何を言っているのか判り兼ねますわ! それにアレは私の獲物ですの!!」

 「まぁまぁ、二人とも落ち着いテヨ」

 「「片言騎士は引っ込んでろっ!! 需要があると思ってんのかっ!!」」

 「ねぇ、君タチ・・・僕が怒らない人間だと勘違いしてないカ?」

 ……ギャア、ギャアと不協和音が広がるこの人たちを何とかしないと。

 みんな、一緒に戦えばいいでしょうに・・・。はぁ、ヤレヤレ、これだから個性が強い人たちは。

 「「「うるさい、ポンコツ!!!」」」

 「ま、まだ何も言ってないですよっ! いつも思うんですが、どうして・・」

 「ゴォォォっ!」

 「え?」

 無視をするな、とでも言うようにいつの間にかに立ちあがっていたティーチャーが再び拳を振り上げ、叩き落としてきた。

 「ひぃやややああああっ!!」

 ゾォン、ゾォン、ゾォン、と今度は一度だけでなく、執拗に何度も殴りつけてくる。その落石のような拳を、それぞれの動きで避ける三人。

 アルバインは、大ぶりなその動きから攻撃ルートを予測し、体を捻じ込むように。

 ローザは、拳をギリギリ演舞するよう避けてゆく。

 進は、目視困難な速度で道を横断すると、私を抱きかかえ、そのまま生き残っていたビルの外壁を垂直に駆け昇った。

 天地がひっくりかえったような感覚に吐き気が一瞬こみ上がったが、五秒と立たないうちに屋上へと到着した。

 「・・・もう進の仰天行動には、慣れました」

 「・・どうでもいいが、邪魔になるからココにいろよ」

 屋上の縁を利用して飛び出し、速度をつけた一撃を与えようと剣を上段へと振り上げてティーチャーの腹部とでも言うべく部分へと壮絶な力が叩きこむ。

 「早く終わらせて、帰らせろっ!」

 はずだったのに。

 「あ?」

 「い?」

 「ウ?」

 金属が絡み合う音が鳴り響く。それは進、ローザ、アルバインのそれぞれの“武器同士”がぶつかり合う音であった。

 三人の攻撃はティーチャーの体の寸前でそれは起こり、その体に届きもしていない。

 緊迫が広がるはずの戦場に生まれる空間の間。

 気持ちの悪い間に、ティーチャーの拳が三人にめがけて飛来し、三人まとめて吹っ飛ばされた。

 「えぇぇぇぇぇぇっ!!」

 六階建てのビルの屋上から私の声が木霊する。

 人一人軽く砕く一撃を受けたにも関わらず、それぞれの受け身を取って五体満足でいるのが奇跡だ。

 「オイ!」

 「邪魔すんな!」

 「貴方達こ・・・そ?」

 言い合う三人の足もとに広がる影に全員言葉を無くして上を見上げる。

 上から降ってくる拳を。

 「ガァアアっ!!」

 アスファルトを余裕で砕き、地下に広がる空間が見えるほどの大穴を開けるティーチャーの攻撃。それを危なげに避ける三人。

 「いい加減にしなさい!」

 ローザがハルバートの刃を振り落とされた腕へと振り向きざま切り砕く気で叩きつける。

 だが、砕けたのはローザの武器の方。ティーチャーの体には傷跡すらつかない。

 「なっ!?」

 「どけっ!」

 すかさず進がイザナミで縦に斬撃を繰り出す。腕に直撃し、硬質な肌に亀裂が走る。だが、そこまでだ。進の攻撃をまともに受けたのに壊れない驚異の硬さ。

 「くっそ、硬いな」

 かすかな傷口から少量のボロボロと零れ落ちる材質を手に取ったローザは材質を見抜く。

 「これは、セメント? 周囲にあった建築物を取り込んで肌に、いえ、鎧にしたのですね」

 「一層って訳じゃないな。それにきちんと硬質な層から衝撃吸収の層までいくつかの層を作ってる」

 「グォオ!!」

 「!!」

 それがわかったからなんだ、と言うようにティーチャが街ごと進たちを消し飛ばすために巨大な腕で薙ぎ払おうと、腕を振りかぶる。

 「「「させるかァ!!」」」

 三人が一斉にそれを防ぐべく駆けだそうとする……が。

 絶妙のタイミングで、まずローザが出遅れたためか、のばした手が進のズボンのベルトに引っかかり、バランスを崩した進がよろけアルバインにぶつかり、それを防ごうとしたアルバインがつんのめり。

 仲良く転倒した。

 すばやく同時に起き上がり、三人同時に叫ぶ。

 「「「何やってんだ!!!」」」」

 (ダメだ、この人たち)

 もう、呆れるしかない。

 見事な足の引っ張り合い。それもそのはず、三人とも誰かに従うタイプではなく、一人で自律行動し責任と行動を背負うワンマンプレイヤーだからだ。

 唯一、仲間に合わせることができるアルバインも先ほどから立ち向かうべきティーチャーでなく、共闘すべき進に意識を集中しているように見受けられ、そこで彼のチームワークに対する意識が薄れている。

 そもそも彼の武器は剣身が半ばから破壊されている状態で使いモノになりそうにないほど破損していた。

 そんな調和が取れているようで、全く取れていないパーティーのミスで。

 一つの街の一角が消滅する。

 「ブォォォアアア!!」

 咆哮とともにティーチャーの腕が払われる。

 「ナデシコ!!」

 腕が私のいるビルへと直撃し、地面が消失する感覚とともにアルバインの声が同時に届く。

 抱きかかえられる感触がするのと同時に衝撃が体を襲い、私は意識を失った。 

 


 「ナ・・デ・」

 声がする。誰かを呼ぶ声。暗闇が広がる世界を漂う私を呼ぶ声が聞こえ、(まぶた)を開く。

 「ナデシコっ、しっかりするんダ!」

 「あ、アルバインさん?」

 「良かっタ。・・・無事だね? 痛いところはあるかイ?」

 声の主、アルバインがホッと安堵する。

 「ここ・・は?」

 「・・・さっきいたところからは大分離れているはずだヨ。アレの攻撃に・・クッ!」

 「アルバインさん!」

 憎憎しげに顔をしかめる彼の右足には無数のガラス片が深く突き刺さり、彼のズボンを赤く染めていた。

 右股関節付近を上着をねじり作った即席の縄で縛り、かなり深く入り込んだガラス片を彼は一気に引き抜く。

 血が吹き出しそれをハンカチで押さえ、自分の体に願うように目をきつく閉じる。

 「・・・魔力を体に通して細胞に働きかけ自己治癒能力を上げ素早く傷を最低限塞ぐグ。まぁ、やり過ぎると寿命が縮むから、あまりやりたくないけどネ」

 痛みの抑制は無理なのか、顔に脂汗を滲ませながら苦しそうに説明してくれるアルバインはそれに専念するために再び沈黙する。

 その間に私は周囲に目を向ける。

 舞い上がっていた粉塵が徐徐に失せていき見えなかった世界が徐々に露わになってゆく。

 時代の先端を誇り、整えれていた清潔感ある街の景色は、瓦礫と粉塵立ち込める荒廃した風景に変わり果て、整備された道は粉々にめくれあがっている。

 数日前、友人たちと訪れた街が今はもうない。

 目の前の光景に、心がざわめいた。そして、ある一点を見つけると心が一瞬で冷えた。

 「・・・犬」

 「ナデシコ?」

 それは犬、いや、もう息はない犬だ。

 瓦礫と瓦礫の間に挟まれ、胴を半ばで断ち切られ絶命している。

 ふらふらと立ち上がり、その犬の元へと歩き出す。そんな私に声が届くが、私はそれに振り向くことなく犬の元へと辿りつく。

 「貴方! 私の邪魔をしないでくださらないっ!!」

 「あぁ? 毛ほど傷つけられなかった奴が出しゃばるなよ」

 「っ! 私にはまだ秘策がありますの!」

 そんな口喧嘩も気にせず、犬をそっと抱き上げる。背中をえぐられており中から内臓が見えている。だが、体自体が挟みこまれてはなかったため、すぐに瓦礫から抜きだすことができた。

 苦しみ抜いて死んだのか、痛みを感じぬまま逝ったのかは判別できない。だが、舌を出して、目を見開いる表情からひたすらに無念だけが伝わってくる。

 粉塵の大半が風で流され、辺りがクリアに写される。

 背後には空港がすぐそこにあり、周囲の建築物は飛行場が近くにある建物特有の背が低い建物に、別の建築物の大きな破片が突き刺さり崩れている。

 その光景の中の犠牲者にこの犬は入ってしまった。

 偶然の悲劇にこの犬は巻き込まれ死んだ。同じように死んだ者たちがこの周囲にいるのかもしれない。

 偶然。

 そんなくだらない理由で死んだ。

 死なせてしまった。

 私たちがアレを止められなかったばっかりに。

 「ごめんね。あなたを埋めてあげられる場所もないし、ご主人様がくるまでこれで我慢してくださいね」

 犬の見開かれた目をそっと閉じ、視るも無残な傷口を落ちていたハンカチで覆い隠す。

 立ちあがった私は真っすぐ止めるべき存在を見る。

 「なでしこ、ナデシコ、ナデシこぉぉぉ!!」

 赤ん坊が母親を求めるかのように私の名を叫びながら、足が無いため両手で這いずるように真っすぐこちらに向ってくる人に死を与えたい教鬼の巨人を見る。

 頭がクリアになった。

 「ここが、正念場です」

 私の一言が場に響き。言い争っていた二人も、ひとり果敢に怪我を直そうとしていたアルバインも私へ視線を向けてくる。

 「はぁ? 何が正念場ですか、貴方は早く逃げなさい」

 怒ったように、でも私の身を案じて逃走を勧めるローザ。

 「ナデシコ?」

 私の言葉に眉根を寄せるアルバイン。

 「・・・」

 唯一、値踏みをつけるような視線を向ける進だけが沈黙を続ける。

 「ローザさん、あなたの秘策ってどんなものなんですか?」

 「そ、そんなの貴方に話すことじゃありませんわ」

 「必要です。私たちがティーチャーを止めるためには」

 「だから、私一人で十分・・」

 「くだらないプライドも事情もいりません。話してください」

 歴戦の猛者であろうはずのローザにしてみれば、私の追及など軽く弾き返せるだろう。だが、今の彼女は私に詰め寄られ、遂には進に助けを求めるような視線を向けた。なぜだろう? いや、今は良いだろう。

 「話せよ」

 「カーネル!?」

 「その状態の撫子に何言ったって無駄だ。協力してやる。だけど、撫子。俺は高いぞ」

 「き、金銭(きんせん)を請求している場合ではないでしょう!?」

 「構いません」

 「ハァ!?」

 私と進の会話の間で、信じられないという表情で私たちを見比べるローザ。だが、これが私たちの関係だ。いまさらどうにか出来るものではない。

 「了解だ、契約者」

 離れた場所にいるアルバインを連れてくるべく、背を向ける進。その振りむきざま、ほんの少しだけ笑みが見えた。……気のせいか?

 


 視点変更1



 「君たちは一体どういう関係なんだイ?」

 未だに傷口が閉じない僕に肩を貸してくれようとする進・カーネルに思わず問うた。

 「一文無し娘と、そんなポンコツに優しく部屋を貸す近所でも優しいと評判の大家だ」

 思わず笑みがこぼれ、それを見てか彼は顔をしかめて乱暴に僕の腕を引っ張り上げる。怒ったようだ。アイタタタタ!

 「っ~。彼女はただの娘かイ?」

 戦場では容易く感情を見せるただの女の子かと思いきや、あの冷静になる感情の切り替えはプロでも難しいだろう。

 そして、あのローザですらたじろぐほどの威圧を見せたときの彼女は、一体?

 「普通の女だよ。ちょっとばかし異常な生活をしてたせいか、世間に疎い、ただの女子高校生さ」

 「・・・ハハハッ、そうかイ」

 僕は進・カーネルに疑問を持っている。だが、今は信じて共に戦っていいと理解した。

 彼女のことを話している時の彼の表情。

 俺もよくわからないと言いたげな、困ったような笑い顔は確かに、人間のものだったからだ。

 ふっていた雨はいつの間にか止んでいたが、未だに空には暗雲が満ちている、そして目の前にも。

 それを、僕ら“四人”で払わねばならない。


 

 視点帰還2



 「で、どうでしょうか?」

 三人の状況、今ある手段の数、出来うる情報を簡単に、数十秒で理解して作戦を作り説明した。今できる準備も終えている

 だが、三人の顔は浮かない。

 「問題が二つ残ってます。一つは・・・」

 その一つを言い終える前に、ふと視線をティーチャーへと逸らす。

 作戦会議と準備を一分で終わらせあとは開始するのみ。それが出来たというのもティーチャーの移動速度の遅さからだった。

 彼の現在位置の把握のための視線だったが、目に飛び込んできたモノに目を剥く。

 ティーチャー本体は二百メートル先にいる。

 それよりも先に視界に飛び込んできたのは拳。

 たしか、あれは男のロマン!?

 「ロケットパンチかよっ!!」

 進が前に飛び出て、受ける面積の大きい剣の側面で防ごうと構えをとったが、若干の不安定姿勢で直撃を受け止めることになってしまった。

 「ぬっ、オオオォッォォォォッ!!」

 「カーネル!?」

 「進っ!」

 押し飛ばす力と受け止める力の拮抗は一瞬であった。踏ん張りが利かない進は受け止めたまま、伸びてきた腕とともに遠く、後ろにある羽田空港の建物へと殴り飛ばされていった。

 「ゴォッォォアア!」

 先ほどとは比べ物にならない速度で迫ってくるティーチャー。やはり、速度を隠していたらしい。

 山の(つぶて)の如き巨拳が空から振り落とされ、大きくバックステップで避ける二人と二人に首根っこを掴まれて避けることができた私に、声が降り注ぐ。

 「問題は、どうやって私たちの本体を見つけるか、だろう? 撫子」

 「やっぱり、知性までなくしていませんでしたね。ティーチャー」

 一件、暴走し魔術も使えないと見えたティーチャー。だが、実際は形をとり、進の攻撃に耐えうる装甲を作り上げていた。

 知性をなくした存在のすることではない。速度にしてもそうだ、やけに時間がかかっていた。アレは私たちの作戦を聞いていたのだろう。大した地獄耳だ。

 「聞こえていたよ、問題の一つは僕の本体である剣の位置。巨大化した際に場所も変えさせてもらった。そして、もうひとつの問題は」

 進を吹き飛ばした腕が戻ってきた。その腕は強引に半ばで断ち切られていたが、すぐさま再生し、手の形をとった。その手の第二指、人差し指でローザを指さす。

 「そこの錬金術師の“分解”の術式を打ちこむことができるのか、という問題か」

 指さされたローザは顔を不快そうに顔を歪める。

 分解。

 錬金術は金属をさらに貴重な金属へ昇華させたり、不老不死になる怪しい薬などをつくる術であり、何かの職業に見られがちだが、実際はそれらは副産物で、錬金術師とはその変化を及ぼす過程や原理、そういった法則を調べる者たちだ。つまり学者であり、錬金術とは学問だ。

 ローザの使う物質の形状変化による武器錬成はその副産物。素材を魔力で混合させ、空気中の素粒子と粉末状にした金属をベースに武器や薬品を作り出す術だ。つまり基本の構築である。

 もうひとつの基本は、彼らに必要不可欠な物質と原理をきめ細かに理解するために対象を一パーツごとに分けて知る技術、分解だ。

 「結合する対象物を元に戻すと言うのが適切な表現だろうね。結合しているモノや含まれる不純物同士を離れさせる。戦闘に扱えれば、まさに最強の技だ。扱えれば、だけどね」

 教師のように説明するティーチャーだったが、それを本職が引き継ぐ。

 「分解はそれほど便利な術ではありません。なにせ分解する物質と原理をあらかじめすべて知っていなければならないのですから。判らぬまま行えば、人体に似通った物質と反応し合って自分の体が分解されるのです・・・これほど使えない技、ありませんわ」

 今のティーチャーの外装は付近にあったコンクリートや木など吸収して作られている、不純物の塊だ。なにが起こるかわからない。

 「そもそも分解は刻印、魔法陣などをその物質に書き込むことで発動する術、貴方の体に書いてる暇はないでしょうね」

 顔を下に傾け、自分の無力さになげくローザ。そんな彼女を馬鹿にするように笑うティーチャー。

 「やはりお前たち錬金術師は無力だな。いつまでも“できないこと”に労力を費やして、副産物の結果に満足するだけのペテン師どもめ」

 「それはあなたのことではないですか?」

 そんな二人の会話に私は割り込む。悔しげに歯を食いしばるローザも、魚のような長い頭の裂けた口を開いて笑っていたティーチャーも、本当にこの場でなにもできない私を凝視する。

 「相手に力づくで死の痛みを教え込み、相手の気持ちすら無視して喜ぶ。あなたたちこそ副産物の結果に満足してはいませんか?」

 大きな黒い瞳を怒りに細めて見下すティーチャーへ、小さいながらに見上げ話す。

 「そんな人がいくら何かを教えても、あなたが望んでいることを、誰かが理解してくれることはありませんよ」

 「黙れッッ!!」

 巨大な腕が払われ、起こる強風が体を打ち、地面へ転がり落ちる。

 攻撃はまだ続き、振るわれた腕が天高く持ち上げられ、私を潰そうと振り落とされた。

 「ナデシコの言う通りダ!」

 アルバインが落ちてきた腕の側面を左腕の盾で殴りつけ、攻撃を反らしてくれていなければ私は死んでいた。

 攻撃の凄まじさから盾は一撃で砕け、彼の左腕はボロボロになってしまったが、声にこもった感情はひたすらに強い。

 「一方的に決めつけ、他者を見ない君の言葉を、誰が心の底から迎えてくれるというんダ」

 「自分のためなら他者の事など歯牙にもかけない貴様ら人間がほざくなっ!!」

 苛烈な攻撃は続き、体格差と攻撃の手段である武器がないアルバインはひたすらに避けることしかできない。

 しかもアルバインは先ほどの傷が癒えてなく、左足は折れている状態で足にギブス代わりにパイプで作った添え木をしている。機動力は格段に落ちているのは誰の目から見ても明らかだ。

 状況は一方的。だが、それでも彼は言葉を(つむ)ぐ。硬い鋼殻に覆われた敵に届く唯一の攻撃は、言葉だけだと判っているから。

 「痛みが判る君なら!!」

 「アルバインッ!」

 不意打ち気味に現れた死角から拳がアルバインを襲う。ティーチャーの背から生まれた第三の腕が生え、地面を通して、向ってくる。

 それをいち早く見抜いた人がそれを投げつけてくる。

 アルバインは投げつけられた、白が際立つ一振りの美しい装飾が施されたロングソードで切り飛ばした。

 手渡された剣がローザの作りだした武器だと一目瞭然だった。

 「ローザ?」

 「お扱いなさい。武器も持たずに戦う気なのでしたら返品してください」

 「イヤ、ありがたく使わせてもらうヨ」

 昨日までいがみ合っていた二人が背中を預けながら構えをとる。

 そんなお互い歩み寄り、共闘する彼らの姿にイラつくようにティーチャーが背中と言わず体中から腕を生やし、私たちを包囲する。

 アルバインは足を負傷し、満足に動けない。

 ローザは五体満足だが、やはりダメージがあるのか体の動きが鈍い。それに小瓶のストックが残り少ないのか、腰のベルトに差し込んでいる小瓶の残りの数を確認している。

 状況は圧倒的に不利。

 そんな絶望的な状況にも関わらず、私たちには余裕が生まれ、笑みすら浮かべていられる。これが仲間と共に戦うという感覚なのかもしれない。

 「ナデシコ、君は逃げろ・・・と言いたいけド」

 「どこに逃げろというのかしら? 空にでも逃がします?」

 「ははは、それ・・いいです・・ね?」

 冗談半分に空を見上げた私。空にはどこかの放送局のヘリらしきモノと……

 (とっ!?)

 それを目視した瞬間に目が飛び出そうなくらい凝視する。振って湧いてきたような黒い不安が、押し寄せる。いや、確実に嫌な予感は当たると直感と一ヶ月間の経験で確信。焦りながえらも頼みのつなの二人へ懇願

 「二人とも、ティーチャーを早く突き放してくださいっ!! ここから遠くへ吹き飛ばして!!」

 「え?」

 「貴女、いくらなんでも・・」

 その巨大さからティーチャーの重さは計りしれない。だが、やられなければ、“アレ”に()られる!

 「お願いしますぅっ!! 後生ですから! アレに頼んだ私が、ゴメンなさいぃぃ!!」

 ニャアアアアアアア!!

 「わ、わかったから、落ち着いてくれ、ナデシコ。遠くへ、つき放せばいいんだネ?」

 「急に・・やめっ!? わ、わかりましたから! ガクガク揺らすのを止め、止めなさい!!」

 溢れだす涙と鼻水と後悔とその他もろもろが入り混じった顔で詰め寄り、何とか二人を説得? する。

 「行くゾ!」

 アルバインは気合いを入れ、ティーチャーへと飛び出す。

 迎えるは八本まで増えた腕と拳。

 一つ目が彼にアッパーを打ちこもうと、すくい上げるような軌道を取って向ってくる。それをアルバインは剣を今だ機能が回復しない右足の代りのように扱い、左へと回るように回避する。

 さらに剣を即席の杖代わりに、叩きつけようとする掌のプレスを右へ飛び込むように前転し逃れ、すぐに立ち上がり、駆け走る。

 始めてやったとは思えないほど(たく)みに剣を足にするアルバインは真正面から来る左肩から生える三発目の拳を飛んで避け、腕へと着地、そのまま腕の付け根へと一気に疾走する。

 「邪魔だっ!」

 「セット!!」

 腕についた(ハエ)を払うように別の手で腕を叩きつけるティーチャー。それを避けるために不自然な形で宙へと飛んだアルバインが文言を叫ぶのはほぼ同時だった。

 「ちょこまかとウザいんだよ!! 死ね!」

 「セット、blaze(ブレイズ)!」

 丁度ティーチャーの眼前に飛び出し、前に見た炎の剣を上回る炎の本流を生みだす。

 剣先にその炎が瞬時に集まり、巨大な火球を形成、プラズマを帯びる小さな太陽が、暗雲立ち込める世界を明るく、熱く照らす。

その火球を生みだした男の表情は間逆の冷たさを秘め、体勢の崩れた姿勢になっているという動揺やそのまま落下し死ぬという恐怖すら押さえつける驚異の集中力をもって苛烈なる技の名を感情の熱ももたずに呟く。

 「キャバルリー・アーツ、“メテオ”」

 暗雲たる敵を退かせるための巨大な炎の圧縮物を投げつけるべく、一閃。

 向う先は、敵の面。

 「グォォォォオォォッォオォォ!!!」

 巨大な質量と熱の塊をその顔に受け、徐徐に後ろへと強引に押し出されるティーチャー。

 だが、足りない。

 「ぐッ」

 アルバインがやはり片足だけでは無理があったのか最低限の受け身を取って地面へと落ちる。

 「クズがァァァァァァ!!!」

 今だ着地の衝撃にしびれ動けないアルバインへと、ティーチャーの腕の一本がアルバインの胴に穴を開けようと先端を槍のように尖らせ、飛び出す。

 「アルバイン!」

 そんな窮地にローザが割って入る。

 「弾き流せ!!」

 アルバインと槍との間に割り込む形で小瓶を投げ込む。投げられた小瓶から溢れたのは水。その水が爆発的に膨張し、滝の如く流れる水のカーテンを作り出す。

 水の本流を扱い、敵の攻撃をいなす術。

 だが、槍の貫通力が上回る。

 「あっ」

 最悪の軌道からは逸れたが、ローザのベルトに引っかかる形になり、ベルトを破壊し、ソケットにあった小瓶ごと貫いた。

 「ローザっ!! 前!」

 メテオの火炎から這い出るように逃れたティーチャーは、自分に痛みを与えた存在へ死を与えるべく腕の槍を増やし、再度突こうとタメを行い始める。

 手札である小瓶もなく、アルバインは今だ動けそうにない。

 「! 間に合え!」

 ローザは地面に両手をつく。

 「っ! ローザ、君ハ!」

 「構成物は今主流のセメント素材。なんとか“構築”してみせます!」

 「危険ダ! よく調べてもいない素材で、錬成陣も無しジャッ!」

 「信じなさい!!」

 槍は迫る。

 「目の前にいる私を信じなさい、アルバイン!」

 不敵に、苛烈に、そして美しい笑みを浮かべる錬金術師に私も一瞬見惚れた。

 だが、槍は視界180度全てから飛んでくる。

 ローザの魔力が地面へと流れ、地面が発光を始める。

 眼前に迫る。

 間に合わない!

 ╼これでまにあうだろう─

 「え?」

 ズドッ、と地面から巨大な棒が急激にせり上がり、槍を全て破壊し、一気にティーチャーを突き飛ばした。

 その威力たるや豪快の一言で、あの巨体が百メートル以上吹き飛んだ。

 相当な力だ。

 「すごいです。ロー・・ザさん?」

 彼女は私の方を振り返り、凄い形相で驚いている。……え、なにかしました?

 が、すぐに気がつく。 

 彼女が見ているのは私ではない。

 空? いや方角を見ている。たしかあっちの方には……。

 丁度その時、豪風が轟いた。

 「「「は?」」」

 私以外の全ての生命が(おのお)いた。

 その豪風の正体は、普段ではありえない速度と高度をとりながら、目的地へと一直線へと突き進む。  否、到着地へと、ティーチャーへと衝突コースをとる。

 耳を塞ぎたくなるような轟音が響き渡る前に言っておこう。

 「進ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんッッッ!!!!」

 私の怒りの絶叫は、豪風に、超大型飛行機“ジャンボジェット機”の突貫の衝撃と破砕音にかき消された。



 視点変更 1



 時間は少し巻き戻る。

 いつもは各国の旅行者が歩み、多くの喧騒を生む空港内のロービー。

 今はその面影はなく、人も避難誘導され、静寂が残るだけのだだっ広い施設だけがあった。

 そんな静寂が巨大な拳と、それに張り付く黒いコートの青年により()ち抜かれた。

 弾ける外壁の音、けたたましく割れるガラス片に巻き込まれて俺は、進・カーネルは床に放りだされた。

 受け身も満足に取れず、背中から床へと激突する。

 「ガっ! くぉなっクソ!! 背中がっ、背中が痛ぇ!! 野郎、絶対腰痛にしてやる!!」

 そんな俺の怒りの声を聞く存在はこのだだっ広いエントランスロビーにはなく、ただ遠くの方まで反響するのみ。

 幾つもの壁をぶち抜きココに至る。普通の奴なら壁と拳の圧力にぺしゃんこになっていただろうが、良くも悪くも頑丈な体に感謝しつつ、あたりを見回す。

 人気はなく、完全に避難誘動がなされているようだ。

 この国を問わず、第三次世界大戦を経て、人々には危機対処能力が上がった。特に交通機関などの警備体制は向上し、避難誘導マニュアルの円滑で現実的なものとなり、国民の協力姿勢もよく、無駄な混乱も少ないと聞く。

 「荒事が人を成長させるか・・・。まぁ、そんなことせず利口になるのが一番良いんだが・・・。チィッ、来たか!」

 伸びた腕は戻ることはなく、そのままロビーを横に、俺に向かって薙ぎ払い、迫ってくる。

 迫る方から逆へ誰もいないロビーを駆ける。

 荒荒しい音を立て、椅子やフロアにあった全てのものを破壊しながら迫る腕の太さはご丁寧に俺の身長とほぼ同じくらい。

 俺も全速力でひた走るが、あちらの方が早い。

 ならやるべきことは一つ。

 「フッッ!」

 イザナミをフロアの床へ突き立て、剣の柄頭へ左手を支点とするため沿え、助走をつけてから地面を蹴りつけ跳躍、両足を上げ、腕の力と反動を利用して体を逆さまに引き上げる。

 つまり、逆上がりだ。

 目論見通り、腕は剣の刃を通りぬけ、自滅気味に腕を輪切りにされる。

 腕は胴を斬られた大蛇の如く暴れまわる、だが血の噴出はない。着地した俺から逃げるように腕は引き上げてゆく。

 呆れたね。

 「ったく。おかたずけくらいして行けよ、先生様よ」

 辺りはある意味清潔な、何一つない空間に戻ってはいるが、新品同様だった空間は廃墟を想わせる亀裂が彼方此方(あちらこちら)にはしっていた。

 (さてと・・・)

 切り裂かれた腕の先っぽは置き去りにされ動く気配はない。やはり撫子の言う通り、イザナミの能力が有効のようだ。

 だが。

 (さて、“本当の”問題解決のために、どうするかね~?)

 撫子の作戦の大変な部分は俺が引き受けてしまったが、実際どうしようかと思う。

 決定的ではないが、足りないモノがあるからだ。

 「う~ん、どうする・・か?」

 思案を巡らすために見た景色の中に答えはあった。

 いける。

 たぶん。

 「ヘリも、飛行機もそんなに動かし方は変わらん・・・はず」

 それに一度、動かしたことがあった。経験から言うのだ、出来るはず。二年前ぐらいだったかな? 。

 まぁ、その時の結果はいつか語ることもあるかもな?


 

 視点帰還


 

 「進ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんッッッ!!!!」

 一機のジャンボジェット機が着陸用のタイヤすら出さずに、周囲の建物を巻き込みながら、巨大な化物に低空弾道飛行で突っ込む。

 「なんなんですのっ! なんなんですの!!」

 金属が擦れる音と破壊音に耳を塞ぎながら、うろたえるローザ。非日常を生きる錬金術師にもこの状況には混乱するらしく、悲鳴みたいな抗議の声を上げる。

 「ナデシコっ! これってまさ・・かあァァァ!!」

 アルバインはこのティーチャより大惨事を引き起こした実行犯を早くも推理したが、それなりの速度で突っ込んできた巨大物質の起こす突風には片足での踏ん張りでは足らずに、風に押され、地面を転がってゆく。

 そして、標的へと着弾。

 巨大なモノ同士がぶつかり合う音が唸りを上げる。ティーチャーにとってもこの“攻撃”は予想外だったらしく、向ってくる飛行機を真正面から受け止めるしかない。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッっ!!!」

 まともに受けたティーチャーは二人の攻撃の数倍の威力を受け、地面を深く削る音を立てながら後へと押し返される。

 それでも懸命に手で受け止め、破壊しようと押し潰してゆく。

 ひしゃげてゆく飛行機が、ティーチャーの巨体を数百メートル押したところで火を吹き出す。

 燃えるその姿はまさに不死鳥(フェニックス)。だが、

 「ォォォガガア!!!」

 死の塊を砕くことかなわず、小規模の爆発を上げ停止した。

 炎を纏い、鎮座するティーチャーは高らかに咆哮を上げる。

 「アレでも、だめですの!?」

 「・・・・・」

 (いや、たぶん・・・)

 見ている二人は状況に悔しげだが、私としてはこれで終わりと到底思えない。

 だって、彼。

 「いっちど!!! やって、みたかったんだよ!!」

 だって彼、自分でやり返す性格なんだもの……。

 やはり遥か上空から、進・カーネルが高速の速度で落下してくる。

 「オラァァッ! 落ちろォォ!!」

 大人も子供も大好きな、仮面のバイク乗りが得意とするような渾身の蹴りがティーチャーに突き刺さる。



 視点変更2



 「なん・・なのよ・・アレ!?」

 テレビでの面の皮すら忘れる衝撃に、美人リポーター花園 蜜柑(みかん)は自然と呟いてしまう。

 (ひ、飛行機が化物に突っ込んだ!? どこの映画撮影よ!?)

 威力の高いクラスター爆弾や、高性能のミサイルなんかが打ち込まれるのならわかる(わかるか!!)。飛行機を特攻兵器に使うなんて自衛隊の考え方ではない。ましてや報復を目的とするテロリストが化物相手にこんなことするはずもない。

 (なんなのよ! これってテロなんかじゃない! もっと別の・・・!)

 ダンっと靴底が足場を踏む音と、揺れるヘリが私の思考を一旦止めるのと同時に私の首筋に黒い何かが突き付けられた。

 「ヒィィっ!!」

 反対側で下の光景を撮影していたカメラマンの大きなカメラが銃弾で破壊され、私の背後から腕が伸びパイロットの背後から白色の拳銃を突き付け、私の首筋に押しつけつつ、カメラマンの首にも突き付けられているのを見ても、それが大きな黒い剣だと理解するまで数秒を要した。

 「動かず、振り向くな」

 若い男性の声が真後ろから聞こえた。普段なら若さが残る声になど動じたりせず、声をかけることができるのだろう。でも、その声を聞いた瞬間理解する。

 逆らったら本当に首を切られて殺される。そんな現実的な殺意が込められた声だった。

 「パイロット。頼む、あの化物の真上まで行ってくれ」

 「・・・あいよ」

 我が社お抱えのベテランパイロット、副島(そえじま) 源次郎(げんじろう)、通称ゲンさんはなんの動揺もみせずに渋い声で応えると、言われた通りに化物がジェット機に押された場所まで飛行してゆく。

 「ここでいいのか?」

 「ああ、だけど悪い。財布を忘れた。ツケでいいか?」

 「いや、サービスでいい」

 「・・・恩にきる」

 ガラっ、とドアをスライドする音が鳴るの聞き、振り返る。だが、そこには誰もいない。この高さを落ちていったの!?

 「帰るぞ、譲ちゃんたち」

 死の恐怖と驚きに今だヘタリ込む私たちをしり目に、ゲンさんは普段どうりクールにヘリを旋回、局へと戻るコースをとりはじめる。

 「ゲ、ゲンさん!! なんで!?」

 「なんでも何もねぇよ。カメラがぶっ壊されたなら、やることあるかい?」

 「でも!」

 「ありゃ、ソドムの人間だな」

 「え?」

 「あんなバカでかい剣に、デザートイーグル。そんでもって、あの気当て。あの常識外れの街の住人以外にあんなメルヘンなもん使う奴はいねぇよ。あんまり関わらねぇのが得策なのさ、だから譲ちゃん達も好奇心出さねぇことだな」

 ヘリは徐徐に羽田空港から遠ざかる。その背後では何度も何度も爆音が響いてくる。達観したゲンさんはもちろん、カメラマンは怯えて振り返らない。

 だけど、私だけは後を見つめ続ける。

 (・・・ソドム)

 不思議な感覚に囚われ、目を放すことができない自分がいた。



 視点変更2



 一目見たときから、“我々は”、こいつの事から目を離せなくなった。

 「いっちど!!! やって、みたかったんだよ!!」

 未だ暗雲渦巻く空から奴が落下してくるのを視認した。

 普通の人間ならば、その速度で地面に叩きつけられれば死ぬどころではすまない。だが、奴の顔には狂気に近い笑みしか浮かんでない。

 そんな男の高速の落下助力を得た蹴りが僕らの腹部へと叩き込まれる。

 「シン・カーネルぅ!!!」

 「オラァァっ! 沈めェェェ!!」

 私たちの外装を易々と陥没、破壊した圧力はとまらず、根を築いていた地面へと押し込んでゆく。地面の耐久力は限界を超え、破壊、地面に大きな穴を開けた。

 もともとこの周囲の地面は何層もの地下空間になっており、普通の地盤より緩いものだったかもしれない。だが、耐久力を考えれば普通の何倍もの設計思想で作られていたはずだ。

 その常識を、この我々以上の化け者は貫く。

 ズドンッ、と一気に階層を突き抜け、地面の牢獄へと囚われる。

 蹴りの直撃を受けた部分は衝撃に粉砕され、消滅した。だが、本体は無事だ。それさえ、無事ならどうとでも・・・

 「フハッハハハハハハッ、無様だなぁ。先生様よぉぉ!」

 そんな安易な考えをぶち壊す男がまさに眼前で喜悦に笑い、黒い剣を私たちの体に叩きつける。

 何層にも作り、衝撃を吸収する理論すら無視して、ごっそりと名前で言えば胸部をえぐりとった。

 剣の表現にあるまじき砕くという斬撃を狂ったように振るい続ける姿はまさに悪鬼。

 「ソラ、そら、ソラ、そらっ!! 腰痛になれ! テメェにも足にしびれが走る苦しみを教えてやるよぉぉぉ!!」

 ドン、ドン、ゾォン! とでかい(くい)が叩き込まれているかのような衝撃が体を襲う。この瞬間、私に痛覚がないことをこれほどまでに喜んだことはない。だが、俺たちにある感情が走る。 

 恐怖だ。

 こいつは何だ、何なんだという自問が我らを巡る。この爛爛と光る紅い目をした存在は、人間なのか!? 

 それから幾度も罵声を浴びせるてくるが、ほとんど耳に入ってこない。こいつから逃れたい、という万恐怖の感情に支配されているからだ。

 「ホォラ! おまけで、こいつも喰らっとけ!! 」

 我らの外甲と同質の破片を、殴りつけるように体に突っ込むと、剣の攻撃を止め、殴りつけ始める。拳を血で染めながらなおも殴り続ける男は、笑う。

剣の攻撃にも匹敵する威力の拳を何度も何度も、愉快そうに笑いながら、高らかに狂喜しながら殴りつけてくる、こいつは何だ!!!

 「離れろぉぉぉっ!!! 化物ぉぉ!!!」

 我ら、万の上擦(うわず)った叫びを上げ、目の前で攻撃してくる存在を腹部から生みだした腕で突き飛ばす。

 地面を貫通し、外の世界に吹き飛ばされていった男。普通なら死んでいるはずだ。だが、死んではいないだろう、私を殺すまで奴は、私を、私たちを!!

 一目みた時から、撫子に痛みを教えたかったと彼女に言った。それはどんな人間を見ても少なからずその感情は変わらない。だが、あれだけには。奴だけには関わることもイヤだった。

 だから、奴を撫子か離れるように仕向け、奴の居ぬ間に撫子を殺したかった。

 逃げたかった。アレから。

 アレは何だ、何だ、何だ、ナンナンダ!!

 奴から身を守るために、機動力を削いでまで硬牢(けんろう)な鎧を作った。だが、奴にはまるで通じないではないかっ!!。

 やらなければ、殺さなければ、我々が殺される。そんな感情だけが暴走する。

 何層もの地下を貫通した縦穴から出るべく、手を上へと伸ばす。

 地面から這い出ると、やはり数十メートル先に奴がいる。

 紅い目をした存在が、魔王が不敵に立っていた。

 「さぁ、出てこいよ。俺のモノに手を出したことを後悔させてやる」

 一目見たときから、目が離せない。目を離した瞬間、殺される。その恐怖が我々を目を縛る。

 だからこそ、奴を始末しなければならない。

 そうしなければ、恐怖で誰にも死を教えられない。


 

 視点帰還3



 「突然なのですけど、アレは本当に人間ですの?」

 「アレは魔王がいたらあんな奴です」

 ティーチャーの巨体が沈んだ地点へとゆっくりと近づく私たち。近づくに連れ、聞こえてくるのは地面を揺らすほどの轟音と、

 「これは俺が受けた痛みの分、ついでに俺の、俺の、俺のぉおぉっ!!」

 という自己中心的な攻撃を繰り返す進の怒りの咆哮が大穴から聞こえてくる。

 「・・・もういいですわ」

 呆れ果てたように、冗談で流されたと思ったらしいローザは追及を止め、穴の方向を見る。

 その瞬間、地面から何かが飛び出してきた。

 「進っ!?」

 飛びだしてきたのは、まぎれもなく進・カーネルだった。斜めに飛び出した進はそのまま直線上のビルに激突、ビルを瓦礫と粉塵に変え、そのまま落下。さらに共に落ちてきた瓦礫の下敷きとなった。

 「・・・・」

 皆、絶句。

 「ぶぅらぁぁ!」

 皆、驚愕。

 普通の人間なら即死なのに、ケロっと瓦礫を蹴り飛ばし、立ちあがった進は驚愕と疑惑の視線をまるで気にせず、大穴を睨む。・・・その際、進は何か言った気がしたが、唸る音のせいで聞こえなかった。

 大穴から何かが出でる音と唸り声に緊張が走る。

 しかし、姿を現したは見るも無残なモノだった。

 圧倒的な存在感を誇っていた巨大な体は幾つもの亀裂と破壊痕、腕は全てえぐりとられ、胸部には殴られた後が痛々しく残る。

 進の攻撃のむごさを物語っていたが、すべては無駄だ。

 すぐに巻き戻しの映像のように元に戻っていく。

 地面やコンクリートなどを吸収し、ティーチャーはその巨大な体を始めの形に元どうりにできる。この地にいる限り、彼らは無限に等しい体を得ているのだ。

 「フハハハハハっ!! 見たか、進・カーネルっ!! キサマがどんなに俺たちの体を砕こうと関係ない。私たちの鎧は崩れない、いくら壊れようと、関係ぇねぇぇぇっぇえっぇっんんだよぉぉぉぉ!!!」

 勝ち誇ったかのように、怖い者が怖くないとわめく子供のように威嚇(いかく)するティーチャーに、進はたしなめる様に笑って宣言する。

 「なら、その鎧を剥がすまでだ」

 進の宣言に応えるようにローザがティーチャへと掌をかざす。それを見た彼は笑いだした。

 「何がおかしいのかしら?」

 「当たり前だ。この後に及んで“分解”だと!? お前は馬鹿なのか? 本当の馬鹿なのか!?」

 たしかに分解はその構築物が何で出来ているのか知っていなければ満足に機能しない技だ。そして数多の物体を取り込んだティーチャーの鎧は個体ではなく複合体として存在する。どれか一つを分解したとしても他の物質が残るだけだ。それをまた分解している暇はローザにはないだろう。

 だが、

 「分解? 何を言ってますの?」

 「何?」

 「(わたくし)は、貴方(あなた)と同じ事をするだけですわ」

 その瞬間、ティーチャーの鎧から一本の柱が貫くように生えた。

 「なぁっ!!?」

 次に、胴の半ばが溶け落ち、腕が爆発を上げて炭化した。

 「貴方が私の武器を破壊した時、あれを見たときは分解だと思ってしまった。でも、違いますわね。あなたが行ったのは」

 魚のように長い頭を立ち割るように氷が噴き出す。

 「錬成」

 背中からドロドロに溶けた鉄が流れ出し、周囲を溶かす。

 「俺たちの、私たちの体がぁ、体がぁぁぁぁっ!!」

 「あの分解だと思い込まされていた行為は錬成。私の武器に触った瞬間に、肉体の一部でも打ちこみ、それを触媒に不純物を錬成した。個体の許容量が少ない錬成物質の許容範囲を大幅に超えさせ、自己崩壊を疑似的に引き起こしていましたのね。錬金術の基本など言われた時に気がつくべきでしたわ」

 ナゾナゾの回答を応えるローザの声に対し、先生は聞く耳を持てない。己を守る体を失う恐怖にか、はたまた自慢していた手品を生徒にばらされた羞恥故か。

 「今、私は貴方の体の中に錬成をしているのですわ」

 「触媒は!? 錬成陣は!? 触媒が無ければ、できないはずだ!!」

 「触媒は入れましたわよ、カーネルが」

 「!!? あの時!」

 どの時だったのかは私にはわからないが、たぶん進はある瓦礫をティーチャーの体に打ち込んだはずなのだ。

 私はあらかじめティーチャーがこちらの作戦を見抜こうとしている事を考慮して、作戦内容を視覚に頼った。言葉にして話しながら、並行で持っていたボールペンとメモ帳に本当の作戦をみんなに伝えていたのだ。

 もともと学校に行こうとしていたのだ、文房具くらい持ってきている。

 問題は二つ。それは同じだ。しかし、内容が異なる。

 一つは、ティーチャーの鎧を砕き、彼がすぐさま周囲の物質を取り込み、再生するほどの強大な攻撃力が必要と言うことだった。これは進に頼んだが、予想以上の大きな被害を出して、成功した。

 これはティーチャーの中へとローザの触媒を紛れ込ませるためのものだった。最初は、分解の術式を刻んだ何かを入れてもらう予定だったが、提案した際にはティーチャーの手品の種を見抜いていたローザにより作戦が変更された。

 落ちていた掌サイズの建物の破片に、ローザの小瓶の中身を大量に含ませ、彼の岩の鎧に似た物質に作り直し、バレないように岩の鎧と同化させる。

 「作り手と作られたモノの関係を利用して、共鳴に似た共振起こす私には、術式の遠隔多起動など、造作もありませんわ。ま、お偉い先生なら出来るのでしょうけど~。オホホホホ!」

 勝ち誇るように、せせら笑うローザ。本当はすごい事らしい。隣のアルバインのジト目が、イヤ無理だろ、と語っている。

 徐々に崩れていくティーチャーの体にして、鎧。瓦解(がかい)するように崩れる中にきらりと光るモノが現れる。

 それは、短剣(ナイフ)。心臓のように脈を打つ、分厚いナイフが巨大な体の内側にあった。腹部とも取れる中央、一番分厚い部分にそれは厳重に保管されていた。

 もうひとつの問題が発生する。それは本体を見つけてから、すぐさま修復されてしまうことだ。

 その問題のか解決案は彼に頼んだ。

 「アルバインさん!」

 「待ちくたびれタッ!」

 アルバインが右手を左肩の先へと延ばされ、何もない虚空を握りしめ、“引き抜く”。

 引き抜かれたのは、剣先がなく、丸みを帯びた違和感ある剣。

 ローザが回収した魔本。その中に収められていた魔剣である。それをアルバインの魔術の一つである、空間魔術にあらかじめ収めておいたのだ。

 アルバインは騎士の中でも世界各地へ赴き、行動する巡回騎士。さまざまな場所へ赴く彼らに必要なのが武器の携帯法だ。騎士がいることが普通だった中世ではあるまいし、武器を堂々と携帯していては誤解を生むことは間違いない。

 そんな彼らが生みだした魔術、自分の周囲に歪ませた空間をつくり、そこを見えない収納場所にする空間魔術“ポシェット”である。大きさは個人差があり、アルバインは剣を一本しまうのが精いっぱいらしい。

 そこにアルバインが追っていたと思っていた魔剣を、名も知らぬエクスキューショナーズ・ソードを納めさせてもらったのだ、切り札として。

 干渉した物質の動きを止める能力。それは今だ瓦解し続けるティーチャーの体は無機物であり動きを止めることは可能だ。

 そして、あの驚異的な外甲の修復を止めることだろう。

 「それはっ!?」

 「イケ! 影ヨッ!」

 突き出す様に構えた剣から影が生まれ、ティーチャーの巨体へと奔る。

 影がティーチャーを縛るのが先か、ティーチャーが影が付く前に自身の本体への道を塞ぐか。

 早かったのは……

 「舐めェるな!! 人間!」

 ティーチャーだった。剣を中心に岩が集まり始める。

 (間に合わない!)

 「人間を舐めるなアァッ!!」

 だが、人間は諦めない。

 剣を握る柄を血が滲みでるほど握りしめ、意思と魔力を剣へと流し込む。

 意思を受け取った影は未だ完全にふさがらない小さな隙間へと入り、こじ開けるようにティーチャー本体へと穴を開け、道を、影を織り重ねてトンネルを穿つ。

 断頭には台が必要、ギロチンとしての役目も負っていた魔剣はまさに、剣の形をした処刑という行為そのもの。相手を固定するだけでなく、どこでも役目が果たせるように相手を好きなところへ運び、動かす能力があっても不思議ではない。

 「っ! ゲェハッ!」

 アルバインが赤黒色の血反吐を吐く。やはり能力の範疇(はんちゅう)を超えていたのか、アルバインの全身の血管と内臓がダメージを負った。でも、汗の代りに血を滲ませる彼の眼は光を失ってはいない。

 なにせトンネルの先に勝機(ひかり)が見えているのだから。

 「ローザ! シン!!」

 「おうよ!」

 進が跳ぶ。普通の人間でも跳べるほどの高さで。

 ローザは手を再び地面へと着け、魔力を奔らせる。斜めに飛び出したのは素朴な円柱。

 アルバインが苦痛に顔をゆがめながらも、影を一つ出し、柱の上に乗った進を固定する。

 ティーチャーへ私たちとの距離は数十メートル。時間を争うのだ、最速最短コースはこれしかない。だが、穴の直径はさほど大きくない。速度が加わった状態で穴の周囲へとぶつかれば……

 「もし失敗したら、怪我では済みませんわよ」

 「信じてるさ」

 力強い笑みと断言にローザは目を開く。

 「ローザ」

 「ッッッ~!! とっとと、お行きなさい!」

 顔を真っ赤にしながら、さらに多く魔力を流し、柱を斜めに“発射”する。

 大砲の一撃のような速度で伸びる柱の向う先は、ティーチャーの心臓部にして、本体である短剣。

 そこまではイイ。そこからが問題だ。

 アルバインが進を影で縛りブレが出ないようにしたが、アルバインが全身全霊をかけて開けたトンネルの大きさは人がギリギリ入れる大きさ程度しかない。ローザの狙いが外れれば入口付近で激突して自滅。もしくは穴の内部で潰されることも大いに考えうる。

 緊張と慎重が入り混じる中で、進はローザを信じた。アルバインが穴を維持すると信じた。あのチームワークの欠片もない者たちが生みだす奇跡の道を進は剣を前に突き出し、

 “穴”へと消える。

 ズドォォッン! と何かがティーチャーの背後から突き出るのはほぼ同時。

 突き出た者は、地面を抉りながら着地する。

 手に持つ大きな黒い剣を振り上げ、こびり付いていたモノを乱雑に払い、背に戻す。

 なぜ、そんな光景が見えたかって? 

 それは、ティーチャーの腹部に穴が貫通し、向こう側が見えるためだ

 そして、穴の中央には、砕け散ってゆくソレが、短剣があった。

 「後悔しただろ、なぁ? 先生」

 返す言葉なく、ガラガラと音を立てて崩れる巨体。

 多くのモノを取り入れた存在が崩れ落ち、次第にちいさな小山を作ってゆく。

 その最中の瓦礫同士がぶつかる悲鳴(おと)がなり響く。それは人間への怨嗟の声のようであった。

 山のように積み上がったそれは。

 それはまさに、古い日本の墓地(古墳)の様であった。



 視点変更 4


 

 勝てた。

 勝ったのだ。

 だが、

 (素直に、喜べないナ・・・)

 僕は正直、にがい気持ちでいっぱいだった。

 人の業により生まれた憎しみと復讐の兵器()。それを討ったことは褒められたものであろうが、良い気持ちはしない。

 ガリガリと音を立てながら、ティーチャーと自称した存在の亡骸を踏みしめてゆく。

 そうして瓦礫の一番上を目指す。

 何故? それは……。

 「よ・・・よく、来たたたなななな、人間dも」

 言語機能が壊れたためか、紡いだ言葉が崩れている。

 声の主が、剣身の半ばを砕かれた短剣が迎えた。合成型調律魔導兵器、ティーチャーと自称した存在がいた。

 「まだ、生きていたノカ」

 呆れかえるほどの生命力に僕は疲れ気味につぶやく。

 「なにしににににに北。とどめを刺しにきたか? 自己満足のtめに憐れみにきたか、ぶざまな綿shをおおおおおおあざわらうんだろ」

 ここにきての挑発。僕を含めた三人の顔が曇る。

 「それでいいいい……。お前らニンゲンは、そうでなくては。自分の保身のためにいき、じぶんの意思に沿わなければ嫌い、なかまを欲し、ちからを合わせて、集団で弾圧する。それがどれだけみにくいかしらず、こたえらなければ、みずをえたようにげんきにあわれに泳ぐ。そんあ存在でいいのだ。みにくいな、みにくいな、みにくいな、アフフヒャyヒャヒャ。そんなみにくさを他人を傷つけて、あわれんで、おこって、じぶんをきれいにとりつくろうただの・・・。? う、う、なんだこれ、雨?」

 三人の顔を曇らせたのは、別にティーチャーの言葉を受けてではない。

 「い、いややややや、違う。すこしのたんぱく質、食塩、リン酸塩・・・kれ、涙?」

 (ひざまづ)き、ティーチャーの残骸を手にとり、目から大粒の涙を流す撫子を見たからだ。

 それを憎しみの塊は理解でいない。僕も少なからず理解ができない。だってナデシコ、君は彼らに殺されかけたんだぞ?

 「・・・なんで、なななんで泣く? みにくい私たちを憐れんで? かわそうな僕らを見て自己満足のために泣いたふりか? かわいそうと感じて心を潤すためか?」

 それでも無言で涙を流しつづける撫子。

 言葉はない、少しの嗚咽だけが彼女の口からもれだす。そんな彼女のことが分からないティーチャーはうろたえたが、すぐに答えに行き着く。 

 「・・・撫子、もももしかして君は僕らのために泣いてくれているのか? 僕らが生みだされことも、こうして消えることも」

 ティーチャーの短剣は徐々に消えてゆく、進の武器の能力が本当なら、あの一撃で万もの魔物を繋げていた因子が消えて大量の死体の塊に変わるはずだが、空気に溶けるように消えてゆく。

 そういえば、何でティーチャーはナデシコを狙ったんだ?

 「涙を流す。感情の高ぶり、脳内が生みだす反応に付随する現象。それだけだと・tpとと思ってt」

 「ごめんなざい」

 「・・・・君が・・あや・・まっても・・しょうがない」

 別にナデシコは普通の人間だ。容姿は跳びぬけているとしても魔力も作れない存在だ。狙う価値はなかったはずだ。狙われていたのは大半が魔力適性が少なからずあった者たちであった。なのになぜ、彼女をティーチャーは標的にしたのだろう?

 消える速度は緩やかだが、遂に柄も消え、刃の欠片だけになる。

 「不思議だ。何十人もの知識を得ても、学ぶものがあるとは・・・」

 あの憎しみの塊の声が徐々に(ほが)らかになってゆく。

 (そうか、ティーチャー・・・君ハ」

 「・・・これが・・本当の謝罪の言葉と、いうものか・・・なるほど」

 刃が遂にすべて虚空へと消える。最後の言葉は。

 「・・・ありがとう、撫子」

 (ティーチャー、君は変えてほしかったんだネ)

 数多の憎しみに囚われ、死を教えることに縛られ、永劫に人を憎み死体を増やすことしかできない存在である自分を救ってほしかったのだ。

 ナデシコは関わった人の内側を変えてくれる不思議な力があるのかもしれない。それを直感で感じ取り彼女に“救い”を求めたのではないだろうか? もしくはそんな自分たちを受け入れてほしかったのかもしれない。

 現に、彼女の内側(こころ)からの涙を受けて、彼らは救われたように消えていった。

 人を怨むこともなく、本当に彼らの境遇と最後を悲しみ、泣いてくれた彼女に感謝し消えていったのだ。

 (ナデシコ、君は凄いナ。剣を振っても傷つけるばかりで、ほとんど救えない僕らよりも・・・)

 光が差し込む。雲の隙間から覗く光の道は、天への架け橋のようではないか。

 無意識に、胸で十字をきる。

 願わくば、救われた亡霊たちに安息を、と。

 光は、未だに涙を流す少女へと降り注ぐ。まさに天も彼女の偉業を称えるように。



 次話へ

 

 

 

 

 未だ自分の文章に物足らなさを感じる今日この頃。二話は次でラストです。

 こんな文章を見てくれた方々に感謝を。

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