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con-tract  作者: 桐識 陽
2:金色の来訪者たちと宵に歩く教気の魔剣
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5、教鬼の魔剣


 5、教鬼の魔剣


 

 アルバイン・セイクがヒーロのように立っていた。


 すぐさま、気をとり戻したクライアント・・・錬金術の魔女ローザ・エン・リーリスの拳が彼の鳩尾(みぞおち)にめり込むまで。

 「こぉ・・のぉ! 変態騎士ぃぃッ!!」

 「ゴボォアッ!!」

 かなり恩知らずな魔女による渾身の一撃(ブロー)が叩き込まれ、カッコよかった騎士は、クの字に折れ曲がり胃の内容物を吐き出しながら、地に落ちた。

 「ゲォ・・ボぉ。 キミ・・君たち・・女性陣は・・僕の胸部に何か、怨みでもある・・のかォア?」

 「お黙りなさい! この変態! け、結婚前の婦女子を抱きかかえるとは ハジを! (はじ)をしりなさい!! くぉんの! コォンノォ!!」

 マジか、そんぐらいで今は変態扱いの時代になのか。

 地に伏した騎士に容赦なく行われる踏みつけ(スタンピング)。魔力で強化された力なので、ドンドンとコンクリートに埋没してゆく姿が痛々(いたいた)しい。最悪なのが、全ての攻撃が執拗(しつよう)に腹部なところだ。

 やり過ぎだとは、言えない。さっき俺も抱きかかえてたし・・・変なとばっちりは勘弁だった。

 アルバイン・セイクの体全体がコンクリートにはめ込まれた頃、後ろからアレがやってきた。

 「よ、ようやく(のぼ)れた・・階段が途中から無くなってて・・って!  アルバインさん!!」

 我が契約者にして、天然記念物級の完璧ポンコツ娘、九重(ここのえ) 撫子(なでしこ)だった。

 ナデシコは、物理的に地面と一体になったアルバインの元へ駆け寄る。

 「そんなぁ! しっかりして、アルバインさん! あれほど強いアナタをこんな風に出来るなんて! どんな化物やられたんですか!?」

 「そ、そこの・・金髪のロングヘアーの・・バケモノ・・錬金術師・ニ・・」

 「誰が化物ですってっ!?」

 「ドっ!?」

 金髪の化物がブーツの足底を叩きつけ、ドスっと肉を殴る鈍い音が再び踏みつけられた騎士の腹部から鳴る。ついに力尽きたかのように動かなくなる騎士を見下ろし、質問・・いや尋問するクライアント。

 「で! 何の御用かしら!? 今さら私を助けるなんて、どんなことを企んでいるのか聞かせてくださる?」

 強く断言するように言いつけるクライアント。それもそうだ、あれほどいがみ合っていたのだから今さら無償で助けるわけがない。そう思えるのも、うなづける。

 そんなクライアントに、詰め寄るように抗議する撫子。

 「そんなことないです。アルバインさんは!」

 「良いんダ、ナデシコ。自分で言わなければならないかラ。魔女・・・いや、“ローザ”」

 遮るように止めたのは、あれだけ攻撃を受けたのにスッと起き上がるアルバイン。奴の目に宿る真剣な光を見ればわかる。

 撫子、(なに)かしやがったな?

 始めて自分を名前で呼ばれたためか、奴の真剣なまなざしを受けてか、一歩下がるクライアント。

 「僕に・・・君と共に戦わせてほしイ」


 

 視点変更 -1


  

 南の方向からのすさまじい爆発音が響き渡り、そちらを振り向かざろうえなかった。

 「爆発!? 一体、何が・・」

 「・・アレは、魔女(ウィッチ)の・・交戦、しているノカ?」

 どうやらあの爆発はローザによるものらしい。

 「加勢しに行かないんですか?」

 アルバインの表情を見ればわかる。すぐ駆けつけて、助けたい。でも、(こら)えるような顔であった。

 「加勢? アレはきっと嫌がるヨ。なにせ、彼女は自分の・・いや、“錬金術という魔術体系”を誇りにしているからネ。加勢も侮辱と考えているんだろウ」

 あきらめにも似た表情は、憂いをおびており大概の女性は見ただけで、助けたい気持ちでいっぱいになる、そんな表情。でも、私はなんとなくムカついた。

 「・・・さっきから、魔女とか、アレとか・・ローザさんに失礼じゃないですか?」

 「エ?」

 頬を膨らませ、抗議する私に押され気味になる騎士。

 この人は女性の押しに弱い一面がある。そこを利用しよう・・段々、私、悪女に近付いている気がします。

 「そこからです。まず、謝ってから、一緒に戦わせてくださいって言いましょうか」

 「え、僕がお願いするのカイ?」

 「どっちも意地っ張りなんだから、どちらかが譲歩するしかないでしょう?」

 「それは・・・そうダネ・・・」

 流され、押し切られて納得するアルバイン。ウフフ・・上手くいったわ。って! ダメです! ・・・目指せ、清純派ヒロイン!

 「さぁ、善は急げ! ヒーロのように助けにいくのです!」


 

 そんなこんなで戦場であるビルの前まで、魔力で身体能力を強化された彼の背に乗り、連れてきてもらったが、待っているうちにビルの真下からわんさかゾンビが這い出てきたため、ビルを上るしか助かる手はなく、この場に至った。

 「(わたくし)と一緒に戦う!? それこそ、ありえませんわ! 助けなんて必要ありません。

これは私が戦い、勝利せねばならないのです」

 ローザは大きな声でアルバインの申し出を断る。

 「“君の”錬金術を認めさせるためニ?」

 金色の錬金術師が怯んだ。初めて見せる弱気な表情、数歩の後退にどんな意味があったのか、私にはわからなかったが、アルバインは言葉を続けてフォローした。

 「安心してくレ。君の邪魔にもならないし、君の術を信じて戦ウ」

 「連携など、私には・・・。息を合わせて戦うなどできませんわ!」

 「君が合わせなくとも、僕が合わせよウ。集団戦は騎士の得意分野ダ」

 執拗に喰いさがってくるアルバインに嫌気がさしたようにうな垂れるローザ。

 「・・・わかりましたわ。では、足手まといにはならないように! その場合、助けては差し上げませんわよ!」

 「了解しタ」

 なんとなくやり込められたと感じ、赤面するローザといがみ合いがとれ、ホッとするアルバインは同意のサインのように互いの武器を敵へと向ける。敵である男はそれこそ、ゾンビのように生気のない男であるようだ。

 トン、と肩をたたかれ、振り返ると進・カーネルが困った顔して立っていた。

 「・・・それより、撫子? なんでお前、ここに上ってきた? 危険だから帰れよ」

 「え? あぁ、ゾンビが下から湧き出てきて、ここまで逃げてきました」

 「あぁ? マジか?」

 マジです、と返事を返すと盛大な溜息を吐いて進はクルリと転進してビルを降りようとする。

 「いいんですか? ローザさんをボディーガードしなくて?」

 「良いだろ? あの騎士様に任せても・・。それよりも離れて見学してろよ?」

 トン、とビル五階程度の高さからジャンプし落下してゆく進は、大丈夫だろう。彼の強さは私が一番良く知っている。

 振り向くと視線が絡んできた。

 ローザでもアルバインでもない、もちろん進でもない。

 敵とされる男から、ねっとりとした視線を確かに感じた。

 ゾッ、とする。四体を舐められてるような不快感が全身を満たした。

 「行きますわよ!」

 それも一瞬、ローザの掛け声とともに二人は飛びかかるように敵へと駆け走る。

 ローザは右側から、アルバインは左側から挟み込むように向う。

 「イイイイイイ」

 敵の言葉にすらならない声に呼応するように、地面、床から阻むように壁が突き出る。その壁はゾンビが這い出てくるかのような奇怪な造形をしていた。

 「死者の門!? そうか、ゾンビは作っていたのではなく“召喚”していたのカ」

 「貯蔵していようが、作っていようが! 関係ありませんわッ!!」

 ふっきるような声とともにローザのハルバートが薙ぎ払われる。

 「セアッ!」

 壁にくいこみ止められると思われた刃は、全く止まらず、阻んでいた二つの壁を易々と切り裂いた。

 「高周波の刃カイ? スゴイの持ってるネェ!」

 「(作り手)武器(作られたモノ)の関係を利用して、共鳴に似た共振起こした・・高周波まではいかない刃の高速運動を起こしただけですわァッ!」

 会話しながら二人同時に敵へ、縦の攻撃。狙うは二人とも顔面。

 だが、それが不味かった。

 「orofofkfooffkofkofojfojo]」

 ギィィンと、衝突音。二人の攻撃は敵の手に突如現れた、剣先の無い剣に“止められていた”。

 「エクスキューショナーズ!!」

 「ソードっ!?」

 エクスキューショナーズソードと呼ばれた剣を払う、敵は二人を後ろへと吹き飛ばした。相当な力だったのか10メートルほど押し戻されるが、綺麗に二人とも空中でクルリと回って着地、大したダメージもないようだ。

 「処刑用の断頭剣・・・まったく、死者を操る者だから、死者を作る武器とはネ・・」

 「・・・もっと、喜んだらいかが? 貴方のお探しのモノが目の前にありますのよ?」

 ツッと汗を流し、苦悶の表情のローザ。彼女の言葉にハッとするアルバインは敵が持つソレを凝視する。

 「・・・魔剣」

 「の、ようですわねぇ」

 攻撃をその身に受けたのか、ローザは苦悶の表情を浮かべる。しかし、彼女の体や衣服には傷一つない。

 「断頭剣・・なるほど、処刑するには首を固定しておく、処刑台が必要。それを一本でまかなえる“縛る”、捕縛の魔剣ですのね・・」

 良く見るとローザの体を影の様なものが足に絡まり、その場から動かないようにしている。あれが魔剣の能力。

 「僕とローザの攻撃が剣と接触する前に“止まった”のはそういうことカ・・厄介ダネ」

 キリっと、ローザへ振り向くアルバイン。

 「何カッコつけて突っ立ってますの! 貴方も掴まってますのよ!」

 あ、ほんとだ。

 「どうにか・・してくれませんカ・・」

 「ああ、もう! 役立たずッ!」

 ローザは縛られる体を無理やり動かし、ベルトの小瓶へと手を伸ばす。

 その隙を敵は見逃すことはなく、二人の周囲を這いずるようにゾンビが現れる。

 「舐め過ぎでなくて、グレイ! 私が錬金術師だと、もうお忘れですの!」

 体にゾンビが取りつく瞬間とローザが取り出した小瓶を開けて周囲へ振りまいたのは同時だった。振りまかれたのは液体。そして、それを浴びたゾンビは人体模型の中身をばら撒くように体をバラバラにされ動かなくなり、二人の動きを止めていた黒い影も一緒に消え去っていた。

 「・・万物融解剤(アルカヘスト)・・。物質から、(エーテル)を取り出すための融解剤」

 「少し、補足が足りませんがね! 物質だろうが、魔術だろうが分解できますのよ!」

 捕縛が解けたと同時に、真っすぐ最短コースで敵へ・・グレイへの距離を無くし、ハルバートを振り下ろすも、やはりあのゾンビの壁が邪魔し、届かない。高速振動の魔術も働いているが、切り裂く事ができないほど肉厚らしい。

 「チッ! やっぱりこれを何とかしないと・・」

 「ちょっと、待った僕にもかかったヨ!」

 「人には利きませんわよ! さっきの威勢はどこにいきましたの!」

 「良かっタ・・・それで、ローザ。そのアルカヘスト、あとどれくらいあル?」

 「これは超が付く高級品です。今あるのは後、小瓶に入った一杯だけですけど、なにか?」

 ジト目で睨みつけるローザ。文句があるか? と言いたげな彼女から視線を話すとアルバインは理解したように頷いた。

 「そうか・・セット、Flame(フレイム)wind(ウィンド)!」

 剣を天に向かって高く掲げ、声高に叫びロングソードに灼熱の炎と渦巻く風が渦巻く。

 「いくゾ」

 一言とともに駆けだす。経路はローザと同じ一直線。

 「jgimiji・・bかあかbか」

 相手は剣先・・はないが剣を突き出しバカにするように笑いながら、直進してくるアルバインへと影を放つ。

 アルバインは時に速度を上げ、跳躍、左右へと揺さぶりをかけながら影を全て避け、輝く剣をグレイへと袈裟に切り裂く。

 グレイは半歩ほど跳躍し回避、そこへとアルバインの逃がさぬように放たれる突きが奔る。だが、それを軟体動物のように体をくねらせ避ける。

 突きの体勢から右の逆袈裟切りを流れるように生みだし振るったが、またも後方へと距離を取ろうとするグレイ。それを見越してか剣を素早く小ぶりに振り、高速の返しで左からの袈裟切りへと変事させる。

 グレイの魔剣は相手を止める能力を有する、つまりぶつかり合った瞬間、動きを止められ首をかき切られる。剣を絡めないことが絶対条件・・・のはずなにに、どうして!? と驚く。

 アルバインは大きく剣を振りかぶり、縦の一撃をしたのだ。

 剣と剣がぶつかりあう音は聞こえない。当たり前だ、アルバインは魔剣の影に絡め取られたからだ。

 「bakaだな・・・騎士は・・ダメdane」

 「バカは君ダ。本当に魔術師かイ? 簡単にワナに引っかかるナ」

 「な・・・ニ・・」

 「物体である剣や肉体は縛られるだろうサ。でも、爆発の衝撃までは止められるのカイ?」

 「!?」

 剣にが纏う光が膨張した。

 アルバインは剣を止められたのではない、止めさせたのだ。

 「加速しろ(アクセル)! EXplode(エクスプロード)!!」

 剣の炎が爆発的に膨張、増大し、激しい勢いで炸裂した。その熱と衝撃波を風の指向性を持たせ、グレイの周囲へと向けられる。やはり衝撃を止めること叶わず、後方へと吹っ飛ばされ、地面へと倒れ込む。

 「今ダ、ローザ! 万物融解剤(アルカヘスト)を奴の頭上ニ!」

 ローザがハッとなって小瓶を宙へと放り投げた。それをグレイは食い入るように見つめ、アルバインはそれを風で壊し、雨のように降らせようとする。

 アルカヘストは人間の肉体には作用しない。だが、彼の持つモノなら別だ。たとえば、魔本や魔剣は、かの薬品の餌食となる。

 「kifirijrk!!! jioihoijoj!!!!!」

 やはり、私たちには理解できないが、焦燥の声を上げて、ゾンビの壁を召喚しようとする。

 小瓶が割れるのが、早いか。それともゾンビの壁が召喚され、防がれるのが先か。

 早かったのは

 「jiggooooooooooookkkkkははっはは」

 ゾンビの壁を召喚し、アリ一匹は入れれぬように四角形の箱のようにゾンビの壁を作り出したグレイ。

 万物融解剤(アルカヘスト)は強力なモノだが、それを溶かすことができるの一つぐらいなのだろう。一つを溶かした後に、貫通することはない。ゾンビを溶かした時に、フロアの床が溶けなかったのがその証拠だ。

 勝ったと思っているのかもしれない。完全な城を築き上げたことを勝ち誇り安心もするのだろう。

 実際はただ、外の状況が見えなくなっただけに過ぎないのに。

 「待っていたヨ。君が閉じこもるこの時ヲ・・アタック! wind (ウィンド)

 アルバインの狙いは、万物融解剤(アルカヘスト)を雨のように降らせようとすることではなく、グレイをそこに閉じ込めておくこと。

 液体が四方から降ってくると聞けば、全体を囲むしかない。上に傘をはっても、下の地面から弾けて飛んできたりと、どんな形で入り込むかわからないからだ。

 その内に、風に小瓶の中身(アルカヘスト)を絡ませた。魔術をも溶かす液体だが、触れなければ溶けないらしく、風の中に液体が浮遊している状態にして保管し、風を圧縮するように伸ばし、ちいさな竜巻を形成した。その形はまさに両端に鋭利な先端を持つ槍。操る者の意思しだいで敵を貫く槍。

 まさに百発百中の槍(グングニル)

 それがグレイの岩戸へと突き刺さる。ドリルのような高速回転はえぐり込むような突貫力を生みだし、容易く壁を貫通し、中のひきこもり(グレイ)へ突き刺さった。

 「グォ・・」

 「まだだヨ」

 苦悶の声が聞こえたが、まだだ。彼らの狙いはもっと別にある。

 槍でグレイを貫く事が目的ではない。槍が“運んでいたモノ”を内部へと運び、四散させるのが目的なのだから。 

 風が解きほぐされ、中にあった全ての無機物質、魔術を分解する万物融解剤(アルカヘスト)が、囲まれた内部へと風に乗り四散した液体は、“ゾンビの壁を分解する”。

 「500と30体のゾンビで出来ているのでしたわね、その壁。さっき、それで殺されかけましたから憶えていましてよ」

 それがホントならば、どうなるのだろう。さきほどのゾンビは体がバラバラになるように分解されたではないか?

 「ゾンビの体重はわからないガ、少なくとも君には人が530体分落ちてくることになル」

 自分の魔術としての壁が解かれたため、操ることもできない。つまり逃げ場はない。なにせ、自分で全ての退路を塞いでしまったのだから。

 「ごきげんよう、自分の魔術で身を滅ぼすなら、魔術師冥利に尽きるでしょう?」

 分解は始った。壁が膨張し500もの死体に変わるのではなく、スライムのようにゆっくりとなめらかな黒い塊となって、閉じ込められた魔術師に迫っている・・・ように外側から見えた。

 「君の趣味に合わせたつもりダ。どうだっカナ?」

 怒りのような怒号もあったのだろうが、死体が四方から迫る音でかき消える。

 死霊を操る魔術師は、自ら呼び出した死体によって圧死した。


 

 視点変更1


 

 実際、僕らが勝てたのは運の要素が強かった。

 剣を納め、隠すように安堵のため息を僕は突き、空を自然と見上げる。空は濃く大きな雲が太陽を隠し薄暗い世界を作り出していた。

 「実際、あっけのない戦いでしたわね」

 フン、と傲慢極まりない勝利者の言葉を放つローザを横目に見る。傷らしい傷もなく、無傷の勝利と言っても過言はないだろう。

 しかし、実際はどうなのだろう。彼女の万物融解剤(アルカヘスト)がなければ、現在の装備と技であの鉄壁ともいえる死者の壁と、物体を縛り、動きを封じるあの魔剣に対抗できたのだろうか? 

 「ローザさん、アルバインさん!」

 背中の方から僕らを呼ぶ声が聞こえ、暗い感情から解放される。優しい太陽のような雰囲気をもつ彼女の歓喜の声に、今度こそ本当に気を緩める。

 (そうダネ、僕らは勝った、それでいいじゃないカ?)

 振り返り彼女を安心させようと振り返り、


 僕は、僕の甘っちょろい考えを呪った。


 爆発的に膨れ上がる存在感と魔力。

 重たい何かが弾ける音と同時に暴風が右横顔を殴りつけ、僕とローザの左右の間を駆け抜けナデシコへと長く、胴の高さと横幅が人一人分くらいある物体が飛んでいく。

 それは黒い大蛇を連想させる物体。掠めた瞬間、見えたのは眼球がないのっぺらぼうな頭部に人を丸のみにできるような裂けた口だけの生物。

 言葉よりも、もし自分が狙われていたなどの思考よりも、体が反射的に動こうとするが、間に合うのかか!?

 距離があり過ぎる。

 ローザも僕とそう変わりない位置にいた。あの死霊使いを圧死させた場所から伸びているのだから、横に見える胴を断てば!? いや、それでも彼女を丸のみにしよう開けられた口を止めることはできな

 様々な思考が刹那に行われるが、頭に浮かぶ未来の映像はすべて、ナデシコが助かることがない。

 そんな絶望的な未来像の通り、驚きに身を固め、目を見開く彼女を、大蛇が大口を開け、喰らう。

 喰らわれた彼女はゆっくりと強い酸性の唾液と体液で溶かされ、視るも無残な死体となる。

 はずだった。

 ビクッッと、太くて長いその体を痙攣させるように振動を起こし、動きを止めたからだ。

 (何・・が)

 頭で原因を理解する前に、原因を目視できた。

 動きを止めた理由は、赤。

 太陽が隠れる薄暗闇に光る二つの赤が、そう“紅い瞳”が大蛇を睨んでいた。  

 紅い瞳の男は仁王立ちしているだけだ。何のアクションをとる仕草も見せず、ただナデシコのすぐ後ろに立っているだけ。

 それだけで、大蛇は動きを、まるで己の死にざまが見えるかのように動きを止めたのだ。

 蛇が蛙を睨み、動きを止めるという俗説は知っているが、人に睨まれた、まして蛇でもない魔術的な生物が動きを止めるなど・・!!

 「騎士(ナイト)っ!」

 蛇を挟んで向かい側からの声にハッと我に返る。

 今はそれどころではないと言わんばかりの罵声の主は蛇の巨躯に阻まれ見えない、が意思は伝わってきた。

 剣を構え、突き出し、蛇の体躯へと鍔までしっかり潜り込ませる。その体は予想よりも(やわ)く、すんなり突き刺さり、そのまま“胴の根元”まで切り裂きながら走る。

 向い側の彼女も同じようにしているのか、大蛇の体は血を噴き出しながら横に開かれていく。

 「オオオオオッ!!」

 「ヤアアアァ!!」

 二人の気合いの一声とともに根元、スライムような死体の山である死霊使いグレイの(ひつぎ)へと刃を喰い込ませ引き裂く。

 「guuiiiiiiiiiiiiiiiiii!!!」

 絶叫の声?を上げ、大蛇は痛みに(もだ)える様に激しくのた打ち回る。その(むち)のような体をしならせ、暴れまわり、周囲を破壊し、遂にはビル全体の柱を叩き折り、倒壊を始めた。

 「きゃああああああ!」

 崩れる床と周囲の壁を瓦礫をうまく足場にして、落下をさけるのは僕らには造作もなかったがナデシコは一般人だ。悲鳴を上げながら落下してゆく。

 「ナデ・・!」

 「捕まえましたわ!!」

 落下する情景の中で、ローザがどこからともなく取り出したアタッシュケースに切り裂かれた魔本を入れるのが見えた。

 それは自分の探していた魔剣も内包しているモノだったが・・・今はナデシコを!

 「ポンコツは任せろ、だから、お前はアレを何とかしろよ」

 声の主である僕の横を駆け抜けていった者は真っすぐナデシコへと落下していった。

 黒いコートの男はナデシコがシンと呼んでいた男だ。彼は彼女をまるで荷物みたいに肩に担ぐと、鉄骨を蹴りつけ、大きく横にずれる。アレから逃れるために。

 アレ・・いまだに動き回る大蛇の頭部は大きく口を開け、驚愕することに頭だけを体から切り離し、上へ・・・ナデシコを未だに諦めきれぬかのように、下から大きく口を開けて飛び出してきた。

 その執着に驚くが、同時に違う方向から僕を見る二つの視線を感じる。そのひとつ、紅い視線の主は目で語りかけてくる。

 できるだろ? と。

 そうだとも。意思は、もう決めてある。

 落下を促す重力に身を任せ、頭から地面へと突き進む。だが、行く先は地面ではない。欲望のままに重力に逆らう大蛇の頭へと向ってゆく。

 剣を大きく上段に構え振りかぶる。

 僕は騎士だから、だれかを守るのは当然かもしれない。だが、騎士と言う名前を持っているただの人間だ。自分というアルバイン・セイクの称号のひとつ。僕を形作るものの一つ。ただそれだけのモノ。僕の外側だ。

 彼女は言った。外側から見ただけで判断するな、自分で見て判断しろと。

 そうだとも。内面を外側から見ることなど、出来ない。

 物や街などは、歩きまわり、長く住めばわかるのかもしれない。しかし、人の内面などは難しい。見てわかることなど、その人のどれほどなのだろうか?

 だから、自分から見せつけなければならない。

 わかってほしいから。自分を誰かに、わかってほしい他人に向けて、内側から外側へ自分を露わに見せつけるのだ。

 意思が内側(本質)から咆哮する。

 「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 これが本質()だ! アルバイン・セイク、|誰かを守るために戦う存在《騎士》だ!

 大口を開ける大蛇の口へと自ら飛び込み、弓のように張り詰めた力を一気に斬撃へと変換する。

 ダンッと足元が硬いアスファルトの地面を踏み砕く音としびれを伴う衝撃。僕は振り向くことはなく剣にこびり付いた血を払う。

 直後、後ろに重たい何かが落ち、衝撃に粉塵をまき散らす。

 それは縦に真っ二つにされた大蛇の頭部。

 「願わくば、僕を許さないでほしイ」

 「死体に許さないでとは、ずいぶん強欲ですわね。まるで許してくれと言っているのと同じでは?」

 背後に着地してきたローザが、呆れたように指摘してくる。

 「そう、言わないでくレ。僕も決めゼリフぐらい作りたいヨ」

 「決めゼリフね? ずいぶん角が取れたじゃねぇか、騎士様よ」

 さらには背後、粉塵を裂いて歩く男からの声に僕は緊張を隠せない。

 進・カーネル。

 そう呼ばれている男はナデシコを丸太を肩に担ぐように持ちながらゆっくりと近づいてくる。それだけのこと、なのに僕は剣の柄を持つ手に力を込めた。

 「進・カーネ・・」

 「カーネル! やりましたわよ! 魔本を遂に捕まえましたわ!」

 目をキラキラさせて歓喜の声を上げるローザに、シンはめんどくさそうな顔をして、ハイハイと軽く反応を流す。下ろしてください! とナデシコが足をバタバタさせる。

 緊張感が次第になくなってゆく光景が広がるが、そんな中で唯一、僕だけが緊張を隠せなかった。

 ローザは見ていなかったのだろうか、あの紅い眼を。

 あの化物すら恐怖した本当の化物に気が付いていないのか!?

 「ん? どうしたよ?」

 僕の視線を感じたのか問いてくるシン。

 「・・・イヤ、なんでもないヨ」

 僕は振り返り、歩き出す。

 彼をこれ以上見ないように。どうしようもない恐怖をひた隠しにするために。

 進・カーネル。彼は一体、

 何だ?

 

 

 視点回帰 2


 

 「二人とも・・ホントにもう帰っちゃうんですか?」

 往来が行きかう広いロビーで、上目使いで目をウルウルさせる私、九重 撫子。せっかく知り合えたのに・・

 「あ、当たり前でしょうに! 私は遊びに来たのではないのです!」

 「僕も心残りがあるけどネ。仕方ないヨ」

 先日も遊びに来ていた羽田空港にいるのは、アルバインとローザの見送りに来ているからだ。

 縦にも横にも広い、世界に飛び立ち、また外国からの飛行機を受け入れる滑走路が見渡せるガラス張りのロビーで、別れの言葉を言うつもりが、先ほどの未練たらしい言葉になってしまった。

 「だって、だって・・」

 実際、あの戦いから一日も経過していないのだ。あの後、すぐに事務所に帰り二人は部屋にひきこもり、ほとんど会話もないままで、朝起きると二人すでに帰る用意万端だった。

 「(わたくし)は、この魔本を協会に届けなければなりませんの。期日も近いですし」

 「僕は事の顛末(てんまつ)を、本部に報告しないといけないしネ」

 なだめる様に言うアルバインに、次第に申し訳無くなってきて、引き止めるを辞める。

 「・・・そうですね。でも、またいつか遊びに来てくださいね」

 これで永遠のお別れではない。またいつか会えると信じ、今は見送ろう。

 そんな私を見てローザが朗らかな笑みを見せてくれた、がそれも一瞬で苦虫をつぶしたような表情に変わる。

 「貴女(アナタ)は本当にお人よしですわね。それに比べてアレときたら・・」

 「進には私から言っておきます」

 あれほど仕事にプライド持ってますと言っておきながら、この場に進はいない。朝方に仲介役であったハジさんから電話で連絡があり、そちらへと向って行った。進いわく、魔本が回収された瞬間、契約は果たされた、そうだ。

 そんな言い分を聞いて、ローザは呆れかえっていた。

 「・・・ローザ、フライトの時間だろ?」

 「そうでしたわね。って、貴方も!?」

 「ロンドンに向かうなら一緒のはずだヨ」

 「貴方となんて・・って今さらですわね」

 あの本気の殺し合いをしていたとは思えない二人の会話に、ほんのり笑顔がこみ上げてきた。ローザの方はわからないが、アルバインは彼女を魔女としてだけではなく、一人の人間として見ようとする姿勢が伝わってくる。

 「そろそろ、行くヨ。いろいろとありがとう、ナデシコ」

 「まぁ、迷惑をかけましたわ」

 二人が手を振りながら去っていく。それが見えなくなるまで見送った。

 「・・・さて」

 今日は月曜日。本来なら学校があり、一時間目が始まっている時間だ。彼らの見送りのために遅刻することを選んだのだが、休むことはない。このまま学校へ行こう。

 そうして、私の日常が戻った。



 視点変更3



 「一体、何の用だと思ったら・・・遅刻とはどういうことだぁ?」

 愚痴が口から零れ落ちる。当たり前だ、クライアントの見送りよりも大事な話と仕事の件がある、と聞いてやってきたのは、東京都とは思えない西の外れ、ド田舎の車の廃棄場。

 アイツの仕事はめんどくさいものばかりだが、時間にルーズだったことはなかったはずだが。

 「いやいやぁ~、スイマセン。旦那ぁ」

 ふらふらと左右にゆられながらやってくるのはハジだった。

 白いポロシャツに、黒のズボン。トレードマークの野球帽。いつもシンプルな着こなしを好む奴らしい服装。たしかにハジだ。

 そう、形はハジだ。

 「何だ、テメェ?」

 「スイマセン~。渋滞で遅れちゃって」

 「遅れた理由は聞いてねぇ。お前は何だ、と聞いてるんだ」

 姿、形は完璧にあのふざけた野郎(ハジ)だ。だが、俺の異質な紅い目はごまかせねぇ。

 「hu,kukukuu、ククカカカカkァッカっ!!!」

 “あの”意味不明な言葉を吐きながら、猛烈な速度で掴みかかろうとするニセハジ。

 だったが。

 「いやいや、旦那お~みごと~」

 キュポ、と何かが抜ける音が鳴り響たと思ったら、ハジが二人に分裂した。そのまま俺の所まで来れたが、左右に分けられたハジは裂かれるように地面に落ちた。

 「お見事~、じゃねぇ。どういうことだコレ?」

 俺が訪ねたのは、困ったことに本当のハジ。こいつを“切り裂いた”男だ。

 「困ったことにって・・旦那ぁ。この裂けちゃたチーズみたいのがアッシだったらって意味ですかいぃ? ひどいぃ! ひどいわ! あっしのこと、そんな風に思っていたなんて!! もう、この魔王! あのことなんて教えてあげないんだからぁ! あたしの献身(けんしん)を返してぇ!」

 ハンカチを取り出し、男におもちゃにされた悲劇のヒロインを演じてる男。見ているだけで吐き気がこみ上がってくる。

 「クネクネ、するな気持ち悪い。で、あのことってなんだ?」

 「教えてあげないんだからねぇ!」

 イラ。

 「殴るからな」

 「決定事項ぅ!?」

 渾身の右ストレートを出したが、やはり体をくねらせ、避けられた。クソっ。

 「っと、そんな話をしている場合ではなかったぁ」

 「・・お前が始めたんだろうが」

 段々、イライラしてきた。

 やっとおふざけに満足したのか、帽子を深くかぶっているため見えないハジの眼が真面目、キラリと光った・・・気がするほど真剣な雰囲気で告げてくる。

 「旦那、あっちにアッシの車があります。詳しいことは戻りながら話しましょ。早く戻らないと、あなたの帰るべき場所がなくなる」

 


 視点変更4


 

 まったく、イライラしますわ。

 「ローザ、君はどこの席なんだイ?」

 私、ローザ・エン・レーリスは魔女だ。錬金術を魔術的に扱う以上、魔女と呼称される。それで常に侮辱や嫌悪されることには慣れている。

 (む~)

 目の前で今、私のスーツケースを持ってくれている男、騎士アルバイン・セイクは、私の知る限り魔女や魔術師という存在に嫌悪感を持つ者どもの一人だったはずだ。数ある面識ある人間の中ではその筆頭と言ってもよいほど嫌われていたはずだった。

 そう、“だった”。過去形なのだ。それが異常に・・・

 「・・・・気色悪いですわ」

 「? 君、飛行機に弱いほうカイ? 困ったな、酔い止めの薬は持ってないヨ」

 「違いますわよッ! 貴方の事です、あなたの!!」

 「コラ、ダメだヨ。ココはもう飛行機の中みたいな場所なんだから、マナーは守らないト」

 この男の言うとおり今は飛行機の中。だが、構うものか。ここで口の前で人差し指立てて、シーとかやってる騎士の真意を聞きださねば、おちおち空で寝ていられないのだ。

 「なんなんですの! あれほど敵意むき出しだったくせに、(てのひら)を返すように優しくなって! 何が目的ですの! ハッキリ(おっしゃ)い!」

 ビシッと指を突き付けてやる。騎士と魔女は相容れないものなのだ。それに礼儀にうるさいこの男の事だ、指を突き付けられて良い感情を抱くまい。

 ところがの指ごとそっと手を沿わされ大きな手で包みこまれた!

 「な! なにしま・・」

 「君は確かに魔女ダ。だが、僕は君をローザという個人としてあまり見ていなかった気がすル。いや、視ていなかっタ」

 真剣なまなざしで、しっかりと私の目を見て話す男の言葉が耳に入る。

 それは嫌悪を抱く人間の声色では決してなく、謝罪となにより乞うような感情が強い、一人の人間として対等に話がしたい者の声。

 「ナデシコに怒られて気が付いたヨ。僕はどうしても型にハメテしまう悪癖があル。それを押しつけてしまうこともネ。 君の本質を見ようともしなかったくせにネ」

 そっと手を放し、背を向け歩き出そうとする騎士は、背中越しに言ってくる。隠そうとしているのだろうが丸わかりだ、耳が真っ赤になっている。クサいことを言っている自覚があるのだ。

 「だから、ローザ。これからは誇りを持つ錬金術師である君という存在と接して、わかり合いたイ」

 なんと青臭いことを。こちらまで恥ずかしくなってくる。

 まったく、こちらまで顔が真っ赤になってしまったではないか。

 そうだ、“アルバイン”が変なことを言うから、恥ずかしくなったのだ。

 「お客様、席へのご案内は必要ですか?」

 飛行機の中とは言っても、未だ入口付近。そんなところで口論していたためか、飛行機の中からキャビンアテンダントが現れた。飛行機初心者と思われたのだろうか?

 「いえ、必要ありませんヨ。ローザ、君もファーストクラスだろ?」

 「は? 何ですの、嫌味? エコノミークラスですわ」 

 私の発言にアルバインはおろか、キャビンアテンダントの女性まで大口開けて驚いていた。

 「な、なんですの!? イイではないですか! 安いことはいいことです! こっちは自費で来ていますのよ!」

 額に掌を当てて、頭が痛いでも言うように首を振るアルバイン。なっ、なにかいけませんの!? そういえば、最初に日本行きの便で、私の周囲の人たちが居心地悪そうにしてたのは、私が何か粗相を犯したからでしたの!? 

 「し、仕方ないでしょう!? 飛行機なんて全然乗らないし・・」

 「・・・今からチケットを買い直そうカ。大丈夫、費用が余っているからお金貸せるヨ」

 「何ですの、憐れみの目をして!」

 「席の方は空いていますので、中の方で代金の支払い方法を選んでいただけますが」

 「では、それデ」

 くっ、こいつの世話になるなんて・・。でも、私とわかり合いたい?

 「何を今さら・・」

 「・・・そうだよネ」

 苦笑を浮かべるアルバインの表情を見る。

 ま、良いでしょう。

 「勝手に判ろうとしてくださいな。私は隠すつもりなんて一切ないですから。精々、頑張ってください“アルバイン”」

 すたすたと私の前を歩いていたはずのアルバインが立ち止まり、放心したようにポカンと口を開けて驚いている。それになんとなく腹が立った。

 「何、ボケてますの! ほら、騎士らしく淑女をエスコートなさい!」

 彼の顔を見ずにすたすたアテンダントが示した方向へと歩んでいく。後から追ってくる男の気配を感じながら。

 そうして飛行機内部に入った瞬間、違和感を感じる。

 その違和感を共に感じたのか、私の隣で立ち止まるアルバインに問いかける。私はそんなに飛行機に乗らない。もしかしたら、これも常識なのかもしれないからだ。

 「アルバイン、一つ、お聞きしたいのですが?」

 「なんだイ、ローザ」

 「飛行機はフレグランスに血臭を使っているのかしら?」

 尋ねた瞬間、後ろで何かが閉じられる音がした。振り返ると、ドアが硬く閉じられ、同時に機内アナウンスが流れ始める。離陸を開始する、ベルトを締めろと。

 「不味いナ。この便で何かが起きていル。すぐさまパイロットにフライトの停止を求めなけれバ!」

 「出来ますの、そんなこと!?」

 コックピットへ向かうために通路を急ぎ足で駆け抜ける。そんな私たちの姿を乗客たちは奇異の目で。目で・・・?

 「アルバイン。待ちなさい・・」

 「今は急いで・・」

 急いでいる。それはこのままだと、この飛行機に乗る乗客の命が危険にさらされる可能性があるからだ。

 早くに気が付くべきだった。

 私たちが感じた血の匂いは少しだけではない。むせ返るほどの、この機に入った瞬間で血だと判別できるほど濃い匂いだ。そんな匂いが充満しているというのに、乗客は騒ぐどころか、全員が俯き、静寂が満ちている。笑い声や、友達とのふざけ合い、家族との楽しい会話、まして恐怖の感情すらこの者たちにはない。

 私はこの二日間、飽きるほど、このような存在と相対してきたのではなかったか?

 急ぐ必要などなかった。なぜなら、この飛行機の中に生きているモノなど一人もいないのだから。

 「・・・ローザ」

 「ええ、はめられました」

 静寂と死の空気に満ちていた空間に鎮座していた乗客たちが一斉にこちらを凝視する。

 ここには、ゾンビしか乗っていなかったのだ。

 決壊した川のように、ゾンビたちが私たちに襲い掛かってくる。

 一斉に足や、腕を掴まれ、揉みくちゃにされる意識の中で、場違いな機長の声が聞こえてくる。

 「快適な、空の旅を」

 そうして、ゆっくり黒い雲が広がり始める空へと、飛行機という名の棺桶が舞い上がる。


 

 視点変更?


 

 平日だと言うのに、この人ごみ。この国の人間は知りたがりだからと“ボクたち”は思う。

 並行して並び立つビル群と店が続く道は首と視線を向けなくとも聞こえてくる喧騒が溢れている。

 これが欲しい。

 アレはどういったモノか?

 今日は何をしよう。どうすれば?

 自分をどこまで飾りつけることができるだろうか?

 欲しがり、知りたがる。

 そして、その知識を教え合い、さらに自分たちを昇華させようとする。オシエル、マナブ、コタエル、キモチガイイ。

 そう、教えることはスバラシイ。

 “オレ”は思った。そうだ、“ワタシ”も彼らに教えてあげよう。

 “僕たち”がとても良く知ってることを。

 まず、彼女に教えたい。

 最近はそのことばかり考えていた。その彼女が目の前を歩いている。不用心に教えてくださいといわんばかりに背後を見せているではないか!

 茶色のクセひとつない長い頭髪、同じく茶色のブレザー、緑のチェックが入ったスカート。すらりとモデルのような肉体と調った顔立ちは彼女だ!

 ゆっくり、それでいて相手に近づくことができる速度で着実に距離を縮めて行く。

 なぜ、君にひかれるのか判らない。だが、教えたい、教えたい! あの時は邪魔されたけど、もう邪魔ものはいない。

 さあ、僕が伝えてあげる。君の体に、その穢れのない所へ。

 剣で切られた時の熱さを、鉄の塊でメッタ刺しにされる疲労感を、すり潰さされる細胞の絶叫を!

 彼女の耳元で、そっと愛を(ささや)くように(つぶや)く。

 「死を、教えるてあげる」

 こわばった表情で、すぐさま振り返ってくれた彼女に、高く振り上げたロングソードを振り落とした。


 

 視点回帰



 耳元で呟かれた死の言霊に、悪寒が走り、振り返った。

 振り返った目に飛び込んでききたのは、私の真横から割り込んで反対側に行こうとしていたスーツ姿の男性が、間欠泉から水が噴き出す様に首筋から血を噴き出している姿。そして、夏も近いこの季節に分厚いパーカーと付属する帽子を深くかぶる男が、剣をスーツの男に捻じ込む光景だった。

 血のシャワーが空港の繁華街の道へと降り注ぎ、どす黒い赤色の雨に通行人たちを染めていった。

 あまりに異常な光景に世界が緊急停止したように人々は思考を止めた。

 「あーあ、間違えちゃった」

 ズルリと大量の血液がついた剣を引き抜いた男の一声で世界が急速に

 動き出す。

 「い、イヤャャャァッ!!!」

 「どうなってんだ!? 何なんだよぉ!!」

 「助けて! 助けて!」

 「キャァァァア!! 退いて! 退いてよォ!!」

 平日といえど年間、数百万単位を軽く超える人々が訪れる空港手前の繁華街には今日も人波が絶えない状態だった。

 そんな中で突如発生した惨劇に、周囲にいた者たちは各々の恐怖の叫びを上げながら殺人犯から駆け逃げる。そんな彼らに触発された者たちにも逃げ惑い、感染するように規模を拡大してゆく。

 そうして(にぎ)わうはずの繁華街は誰もいなくなった。

 二人を除いて。

 「やっと、会えたね。九重(ここのえ) 撫子(なでしこ)さん」

 「誰、ですか?」

 何故、逃げなかったのか。違うのだ、逃げられない。

 恐怖などの精神的な要因ではない、体が何かに縛られ、動けないのだ。

 このフレーズを何処かで聞いたような気がしていた。そうだ、これは、アレの能力。でもアレは、ローザ達が持って行ったハズのもの。

 「どうして、魔剣のっ」

 「魔剣の? 違う、違う。あんなモノのモノではなく、もうボクタチの能力だ」

 ボクタチ? 

 「そんなことはどうでもいいだろ? やっと会えたんだ。あぁ、やっと君に教えてあげられる。もうあの騎士も、魔女もいない。オレたちを阻む物は何もない」

 熱に浮かされたようにしゃべる目の前の男に違和感を感じた。

 流暢でなんら問題がないように聞こえる言葉を口から出しながら、ゆっくりと着実に近づいてくる男。

 そんな些細な違和感の正体に辿り着く前に、男は私の眼前にたどりついた。

 「ハイ、さよなら」

 アカルイックな声と共に振り下ろされた剣は、縦に体へと入り込み、真っ二つに私の体を切り分けた。

 噴き出す血、真っ暗になる視界、駆け抜ける思い出の走馬灯。

 あぁ、死んだ。

 最後に思い浮かんだのは、大好物のツナマヨのおにぎりの味。

 


 BAD END


 

 「いつまで目を(つぶ)ってますのっ!! 起きなさいっ!」

 真っ暗な世界の中、いきなり入り込み響き渡る怒鳴り声に目を開ける。

 そこにいたのは、まさ芸術的な美しさ秘めた女の天使。天使が私を抱き上げ抱擁してくれている。

 「ぁあ、天国・・・天国に来れたんだね。私、最低な女だったけど天国に来れたんだ」

 「何、おバカなこと言ってますのっ!? 貴方、まだ生きてるでしょう!! 助けてあげたのに、その言いグサはなんですの!?」

 ハッとなって足元を見る。私、足が付いてるではないか!

 私、まだ生きてる!

 「ローザさん!」

 「九重さん、目が覚めたのなら早く逃げなさい」

 気付くと、さっきまでいた位置と少し離れた場所にいる。魔剣の効果はローザが解いてくれたらしい。

 「どうして、オマエがいる? あの飛行機に乗らなかったのか?」

 なんの感情も含まれないパーカー男の疑問に、金色の芸術は答える。

 「お生憎様(あいにくさま)。あんなサービスの悪い飛行機なんてゴメンですわ」

 よほど嫌な事をされたのか忌々しく表情を作るローザ。見れば彼女の衣服はボロボロだった、シャツの上に羽織っていたカーディガンが無くなっている。藍色のロングスカートも半ばまで破けスリットを作り、美脚が露わになっている。

 なんの事だかわからないが、美しき女錬金術師ローザは飛行機を降りてきたらしい。

 再び再会することを五分ほど前に祈っていたが、まさかこんなに早いとは・・・。

 「サービスが悪いとは言ってくれる。最高のもてなしだっただろう? ワザと勝たせてあげた上に、お土産に、価値の無くなった魔本までプレゼントしたじゃないか?」

 「なるほど、あの悪趣味な感じ・・・まだ、生きていましたの? グレイ・アライスマン!」

 「グレイ? アハハハ、違う。違うよ、錬金術師。彼は、わたしたちでは無い。別物さ。それに、あの魔本は本物だよ」

 「わたしたち? やはり複数犯で・・」

 「違う、違う、ナンセンスだな君。やはり君には教える気にもならない」

 会話がかみ合っていない。そもそも相手はローザを見ていない。

 視線は全て私に向かっている。

 それが判っているのかローザは、会話ではなく武器で戦うことを選択する。聞く事を、まして話すことを投げやりにする人間への会話に意味がないから。

 「教える? 貴方に教えてもらうことなんてありません! とっとと終わりにさせていただきますわ!」

 瞬時にハルバートを作り上げ、それをもって一直線にパーカー男に突貫するローザ。

 「バカは困るな、“おいで”」

 まるで優しく語りかけるような男の声に、吸い寄せられるように現れたのはゾンビだった。

 一桁、二桁、いいや三桁にも届くほどのゾンビが地面から“射出”された。

 射出されたゾンビは上空へと飛び立ち、ほどなくして落下の加速を付けてローザへと降り注ぐ。

 人権がない存在を理不尽に扱う攻撃に名があるのなら、ゾンビ弾頭だろう。

 「なっ!」

 ゾンビ弾頭の威力たるや、地面に穴を開け、周囲のビルに突っ込み容易く貫通する威力。それが雨のように降り注ぐが、ローザは驚きつつも、驚異の集中力をもって、滑るように、踊るように回避する。

 「やってくれますわね。ですが」

 一瞬にも感じるだけの時間で、清潔感のある繁華街の街並みが、戦時中の廃墟群に変えられてしまった。

 「バリエーションをつけても、やっていることは大差ないですわね?」

 目立った傷一つなく、不敵に笑うローザの健在な姿が粉塵広がる世界に現れた。

 だが、そこで(うごめ)くのは生者ではなく、生気をなくした死者ばかり。

 ローザの周りに打ち込まれたゾンビたちが次々と立ち上がり、生きている者が羨ましいとローザに群がる。

 「ローザっ!」

 パーカーの男でも、ローザでも、まして私でもない第三者の声が届くと同時に上空から騎士が舞い降り、ローザに群がるゾンビを剣で薙ぎ払う。

 見間違いようもない、アルバイン・セイクだった。

 「無事カイ!?」

 「見て理解なさい。それより飛行機のゾンビ達は?」

 「全部、滅したヨ」

 「よろしいですわ」

 「やはり、あの程度ではお前らを始末することもできないか」

 淡々とした声色で、ローザとアルバインの始末の失敗を悟ったパーカー男。

 「お前はなんダ?」

 「教える気がないよ。低俗な騎士にも魔女にもね」

 尋ねたアルバインは質問したことを呪うかのように、苦い表情になると盾を構え、剣を相手へと向ける。

 二人に教える気がない、だったら。

 「私が聞きます。あなたは何ですか?」

 味方であるはずの二人までがびっくりしてこちらへと振り返り、パーカー男がその質問を聞くと、やはり歓喜したかのように答えてくれた。

 「撫子、僕が知りたいか? なら、教えてあげよう」

 教えると口を開いた瞬間、ゾンビ達が一斉に爆発した。

 今だ立っていたゾンビも、アルバインが薙ぎ払い、地に横たわっていたモノも全部だ。

 発生した爆風と火炎に二人はさらされ、吹き飛ばされる。

 それぞれ左右に並び立つビルの外壁に打ちつけられ、予期せぬ突然の痛みに肺から空気が強制的に吐き出され、苦悶の声を上げる。

 「僕たちは痛みを与えられ、作られたモノ」

 そんな彼らを追撃するように、両手を広げたパーカー男の(てにひら)から、剣が銃弾のように飛び出し、外壁に張り付く二人へ飛んでゆく。

 「私たちは、故に痛みを誰よりも理解する」

 風圧に逆らい、何とか風の束縛から外れ、体をくねらせて二人は飛来する刃を避ける。だが、掌からは何度も、何度も剣が生みだされ、飛んでくる。

 壁沿いに疾走し、避ける二人は声高く叫ぶ。

 「貴様、どこの魔術師ダ!」

 「どこの手の者か、名乗りなさい!」

 二人が駆ける方向はもちろん敵の元。二人は己の武器が射程距離に入るやいなや、横薙ぎに斬る。

 そんな二人の攻撃を嘲笑う男への攻撃を阻むように現れる死者の壁に、刃が立つことなく、はじき返される。

 「我々は、人ではない」

 死者の壁から地獄の剣山のように剣が生えると、掌と同じように二人へと降り注いだ。ゾンビの弾頭とは比べ物にならない物量に、下がるように回避に徹していた二人だったが、アルバインは左肩を、ローザは太ももを軽く裂かれた。

 剣が道を埋め尽くし、その中央に立つ男はゆっくりと一番上まで閉めていたパーカーのファスナーをゆっくりと下ろしてゆく。

 「私たちは魔本」

 ローザがあり得ないと、それを睨みつける。

 「僕らは魔剣」

 探し求めていたソレに、目を見開くアルバイン。

 「我らは、合成型調律魔導兵器。 そうだな、名前はティーチャーとでも呼んでくれ」

 男の体の胴体に展示するかのように、分厚いナイフが。

 それは、まるでむき出しの心臓のように鼓動を打っていた。

 

 

 視点乱雑


 

 「合成型調律魔導兵器ぃ? そりゃまた、中二病くさいネーミングだなぁ」 

 目の前の光景が高速で流れていく車の助手席で、俺は心底、がっくりした。

 周りはのどかな田園風景を見下ろせる高速道路の上。他に走行する車は運送会社のトラックのほうが多く、普通車はあまり見えない。高速道路にはあまり詳しくはないが、まだ首都圏に近付いてもいないことははっきり理解できる。

 ネーミングセンスにではない、そんな兵器が関わっていたという事実に嘆息した。

 「日本名に訳すとですがね。まあ、まあ進の旦那ぁ。がっかりしないで。人生いろいろありますよぉ」

 「お前が持ってきた仕事だったろうが」

 ドスを利かせた声でも、こいつはサラっと流して話を続ける。

 「調律魔道兵器。こいつはあるお国にある、ある組織が、また、ある」

 「ある、ある、うるせぇ! わかってる、下手な首を突っ込むなってことだろう」

 どこぞのお嬢様の案内だけの仕事だったはずが、国家規模の問題を引きつれていたようだ。こういう場合、実害が及ぶような情報には目をつぶるのが鉄則、でなければ入る前に深くかかわらない。正義感から首を突っ込むほどお人よしでも、冒険家でもない。

 「まぁ、言うと思ってやした。簡単に言ってしまえば、魔本と魔剣の融合体でやんす」

 「それは無理なんじゃないのか?」

 「現実的にはできません。大抵の場合、本という記憶媒体と剣などの武器が相反しあって、魔術的には使いモノにならない物質になり下がります。というか、ただ文字が書いてある石になる。って、よく知ってますね、旦那?」

 「・・・常識だろ?」

 昨日、教えてもらったばかりの常識だったがな。

 「そもそも、何で合体させる必要がある? それぞれ単体でもいいんじゃないか?」

 当然の疑問を問う。強力な力を叡智という形で知ることができる魔本、宿る力を武器として振るうことができる魔剣。それだけでも強力な武器といえよう。合体させずと二つ扱えばいい。

 「魔本はね、旦那。本自体に力とそれを発動させてしまう“原典”ならともかく、写本やそれ以外の魔術師のメモ帳ぐらいじゃ、魔術は発動しないんですよ。キーとなる言語や、隠匿された文を追加するとか、各々のやり方で自動起動を抑えている。つまり、発動させるにはめんどくさい過程を得て、さらに自分で魔力を作り、奔らせ・・・とにかく発動させるのに時間がかかるんでやんす」

 「内容をシンプルにすればいいんじゃないか?」

 「それはダメなんですよ。簡単すぎると、魔本は本の特徴である利発さを失って暴走するんですよぉ。例にするなら、いつ不発するかもしれない中古の手榴弾。そんなモノを持ちながら歩くなんて考えたくあないでしょ?」

 まあ、確かに。

 「それにくらべて魔剣に代表される魔具は簡単です。魔力を流してやるだけで、シンプルだが強い実戦的な術を行使できる。まぁ、扱いが難しいくて、使用者の魂まですり減らすのが多いですけどぉ」

 「・・・つまり、高度な魔術を扱え、かつ安易に力が扱える端末(デバイス)を作りたかったわけか」

 「そうでやんす」

 よく出来ましたとカラカラ笑うハジ。始めからそう言えよ。

 キュキュキュキュ、とタイヤの擦れる音が鳴り響くほどの急カーブで、横に流れる慣性を感じながら、外の景色に目を向ける。

 東京の方角には暗雲が立ち込めはじめていた。

 ところで、現在俺たちの乗る車の直線上を誰も塞ぐことはしない。なぜならハジが操るこの車が赤色のフェラーリ社製のスポーツカーだったりするからだ。

 チッ。


 「何がティーチャー(教師)ですか! 戯言といい、人を舐めるのも大概になさい!!」

 ローザは構えていたハルバートを投げ捨て、新たな小瓶から、二振りの(レイピア)を錬成する。大ぶりな武器から小周りの利く武器に変更し、近接攻撃に変えるようだ。

 アルバインは一言も発言はしないが、腹で胎動するナイフを凝視しながも、次の攻撃の機会をうかがっている。

 「魔剣に取り込まれた人間なのかい? ローザ」

 「わかりませんわ。でも、ありえません。魔剣と魔本は別モノ。でも・・・アレは・・」

 「判っているだろ? 錬金術師?」

 ケラケラと困惑するローザの表情を愉快そうに嘲笑うティーチャー。

 「感じるはずだぁ、この深い叡智と静謐(せいひつ)の如き気配を。それとも、そんなことも判らない出来そこないなのかい?」

 「黙れ!」

 ローザが駆けだす。それに合わせてアルバインも随行する。ティーチャーはそれを受け入れ、自分の間合いに誘う。

 美しい構えから繰り出されるローザの突きと、アルバインの袈裟切りから始る流れるような連続攻撃を体をグニャリとさせ、避けていくティーチャー。

 ふたりの攻撃は常人では目視も困難なほどの速さだったが、それを余裕を持ってかわされる。

 「君たちの攻撃は飽きるほど受け、退屈が生まれるほど観察している。我々には容易く避けられる」

 「戯言をっ!」

 「・・クッ!!」

 「信じられないか? なら」

 言葉を証明するように二人の武器を素手でつかみ取る。掴む手からは血が滴るがティーチャーの表情は喜悦に歪む。驚く二人にまだまだこれから何かを見せつける様に。

 「セット、フレイム」

 「「!!」」

 すぐさま二人は掴まれた武器から手を放した。

 聞きなれたアルバインの文言を、ティーチャーが唱え、二人の武器が出現した炎により爆発したのと同時だった。

 「それは・・僕のッ!?」

 ローザは諦めず右手に残ったレイピアをティーチャーの顔面へと突きだす。

 「私たちの魔術に言葉はいらない」

 「!!?」

 突き出された剣先の行き先を、(てのひら)が待ち構える。剣はその掌を貫通することはなかった。剣はまるで吸い込まれるように、正確には掌に当たる寸前から溶ける様に無くなっていった。

 「分・・解っ!?」

 「錬金術の基本だろうっ?」

 驚愕に固まるローザの脇腹に鋭い蹴りが食い込む。蹴りの威力を語るように横へと吹き飛び、ビルのガラス張りのショーウィンドへと叩き込まれる。

 「ローザっ!」

 「セット、ウインド」

 「っ!」

 アルバインの扱う魔術が使われる。彼の立つ位置に爆風が突如生じ、後へと弾き飛ばされる。受け身すら取ることが出来ない衝撃に二人が動かなくなる。

 「あひ、っひひひいひひひ、ハハハハハハア!!」

 二人の魔術をまるで自分の術のように扱うティーチャーが、相手を痛みつける快楽に凶気を爆発させ、涎をたらしながら大口開けて笑いだす。

 彼の狂気に呼び集められるかのように、私たちの上に広がり始めた暗雲が嘲笑うように、轟音を響かせる。

 「・・・どうして、二人の魔術を使えるの?」

 「僕らは魔本だからね。いろんな魔術ができて当然じゃないか」

 私のうわ言を聞いていたのか、律義に答えてくれるティーチャー。そんな彼の頭部にガラス片が投げつけられる。投擲された方を見ると、ショーウィンドに蹴り込まれたローザがのっそりと立ち上がっていた。

 「ちいさな子供に教えるんじゃあるまいし、嘘を教えるものではありませんわよ」

 「嘘ではないよ」

 「今の魔術師は、扱う魔術式を体に、魂に刻みこみ発動させる。それは長い時間をかけて、己の魔術に誇りを持って、自分に一つの術式を確立させるのです。それを貴方は、そんな素振りも、体を作りかえる時間もなく共通点のない複数の魔術を扱ってみせる・・・・貴方、いったい何ですの?」

 受けたダメージが大きいためか、フラフラと立ち上がりながらローザは質問する。目の前の人ならざるなにかに。

 「言ったじゃないか? 僕たちは魔本」

 「複数の系統の魔術が載る魔本? 魔力の精錬法すら違う術式同士が相反し合って暴走することすら貴方は知らないのかしら? 自らが魔本だと、魔剣だと名乗る前に、自分の愚かさを理解しなさい!」

 「ブハハッハハ!!」

 ローザの指摘につぼに入ったとでも言うように、体をクの字に折り曲げ笑いだすティーチャー。

 「自分を理解しろとは! カカカっ、お前たち人間に言われたくはない!! 自分たちほど醜い存在がないことを理解しようともしない者たちに! これだから教えがいがあるのだ、人間!」

 そこにあるのは狂気、怨恨、そして悲しみ?

 「教えてやろう、まず僕らの・・・我々の“材料”から」

 

 

 首都へと向うにつれて黒い雲が広がっていることが、フロントガラスからも確認出来るようになってきた。

 「その魔剣、厄介なことに人間を斬ることでその人物が蓄えた知識を吸い取ることができるそうでねぇ、まさに自動記載能力。魔術師にとっては夢のような能力ですね~。死者を操る能力なんかは元になった魔本の能力で、元になった魔剣の能力は物体の行動抑制らしいでやんす。立案者は・・・おお、グレイ・アライスマン。旦那、有名な死霊使いですよ、この人」

 どこで仕入れてきたのか、この事件の元となった兵器開発計画の内容書を片手に運転するハジ。安全運転という概念がコイツの頭にはないのか? ・・・それにしても。

 「それにしても、どんな考えで魔本と魔剣を合体させようとしたのかね」

 「アハハ、旦那ぁ。魔術に関わる人間なんて知りたがりな人間ばかりですぜ。二つをくっつけてみたいなんて当然の欲じゃないですか?」 

 「単なる欲だけか?」

 「そうですよ、欲です。人間は欲で動く。それが可能だと判った瞬間なんて、とくにドロドロした欲溢れだす生き物なんですよ人間は。それがどんなに非道なことでも己の目的のためなら怨嗟の声すら気にも留めないほどです」

 語るハジの声が呆れた果てた声に変わった時、遠くの方で雷が落ちるのが見えた。

 案外近かったのか、うすぐらい車内に光が一瞬入り込む。

 「ところで、旦那。魔本の作り方しってます? 案外簡単なんですが、魔導師や魔術師が明確な意思を持って書き込めば出来上がり」

 「いや、大事なところを(はぶ)き過ぎだろ」

 「良いんですよぉ、適当で。どぅーせ、旦那に魔術なんていらないですし」

 「バカにしてんのか」

 「違いますよぉ。・・・続けますよ。媒体は紙なんですが、時代や風土によっては粘土版なんてものもありました。それらに共通するのは柔軟で、安易に書き込めることができること、知識や叡智を受け止めることができる物。硬い鉄なんかでも出来そうですが、あれは硬すぎて書きこみの大変で、さらに力ある文言などにあまり耐久力がない」

 物や存在の存在意義を重要とするのが魔術師だと、あの錬金術師も言っていたか。

 「魔剣を作るには、さらに魔力に耐えうるだけの鉱物が必要。それを作り出すにはめんどくさい儀式や時間が大量に必要なんですよ」

 でもね、と一拍置く。雷が落ちたようで轟音とともに光が車内を再度照らす。

 「いるじゃないですか。すばらしい呪への耐久力を持ち、最高の鉱物にも匹敵する硬度を有する“生物”が」

 なるほど、と思う。その手の発想はなかった、と言うより考えたくなかった。

 「人間を遥かに超える強靭な力と寿命、人の世の理の外からやってくる我らの世界の隣人。そして、魔術という欲望の源泉」

 人類の大半はその存在を空想の産物、妄想から生まれる化物として信じていない。だが、この世界には確かに存在する。なにせ、俺は奴らと実際、戦ってきたのだから。

 奴らの存在を知る者は総称でこう呼ぶ。

 魔族。



 「俺たちは、一万七千九百五十一体の魔族の体を押しつぶされ、ねじられ、切られ、打ちつけられ、固められて作られた存在」

 ティーチャーは顔半面を鷲頭掴むと、ビリビリと皮を仮面を取るかのように剥がす。その下にあるのは筋肉ではなく、地面の断面図のように層ができた筋肉とは別質なものがあり、びっしりと何層にもわたって押しつぶされた生物の目がぎょろりこちらを目視した。

 「うっ」

 吐きそうなのを懸命に手で押さえる。そんな私の反応を笑いながら、抱きしめるために両手を広げながらゆっくりと近づいてくる。

 「彼らは、僕らを作った魔術師たちは、実戦向きの兵器を作り出そうとしていたようだった。彼らが目指す兵器は戦略的戦闘が可能な多くの魔術を発動することができる武器。でも、既存の鉱物や紙を使っては術式同士の混合が起きて使いモノにならない。すぐ寿命がくる兵器などに価値などないからね」

 彼と私の距離は十数メートル。その間にアルバインとローザが立ちふさがる。二人とも体に怪我を作りながらも狙われる私を庇う。

 「たとえ倫理やモラルから外れた魔術師といえど、自分たちの敵にも等しい魔族で武器を作ったとは・・・なるほど、協会も隠したいわけですわね」

 「魔族の肉体を固めて武器ニ? ローザ、出来るのかイ?」

 ティーチャーを睨めつけながら、ローザはアルバインの質問に気分が悪そうに答えた。

 「ええ、ええ出来ますわよ。魔族は魔術の原型を扱う存在、魔術的耐久力やら硬度的にもなんら問題なく、最高の呪物と言えるでしょうね。でも、それは形が残り、生きている場合に限りますわ」

 「そうだよ、錬金術師。やれば出来るじゃないか。原型がなければ存在定義が無くなり、呪物的な効果は半減、もしくは何の価値も無くなる」

 「だから、死者と魂を操る術式が記された魔本・・・生ける屍の術式」

 出来の悪い学生が頑張ったところを見る様に、喜ぶティーチャー。

 「そうだよ、魔術師たちは我々を生きたまますり潰し、叩いて鉱物のようにした。死なないように生ける屍(ゾンビ)にして、元の形に戻らないように、混ざり合わないように呪いで魂を括って、一体一体丁寧に意識を持たせながら叩き潰し、打ちつけた」

 淡々と語るティーチャー。

 「その痛みは苦痛を通り越し、魔族が天国と救いを求めた。ぺしゃんこにされて上手く使える状態になった奴はまだよかったが、そうならければ他の個体と一緒に冷たいプレス機で何度も必用にすりつぶされた。板のように横に広がり交わり合うとわかるんだが、聞こえてくるんだ苦しむ声が」

 「僕らの中には懇願した個体もいたが、無駄だったそうだよ。自分は人間に近い体を持っているから慈悲に応えてくれるかもと考えたそうだがね。彼らはゴミでも見るような眼で、動けない自分の体をハンマーで殴りつけられたようだね」

 自分たちと違う存在に対して、人間は異質に残酷だ。

 特に自分たちの利益や生き死に、生存競争の際には他の種の命の価値など見ようともしない。

 仕方がない、こうするしかなかったと言い訳をつけて命を喰い物にする。

 「だがね! 私たちは君たち人間を怨んではいない。むしろ、この体を作ってくれて感謝している。魔本になったからだろうね、崇高な意識が溢れてくるんだ。教えたい、知識を広めたいと深層意識から溢れてくるんだ! 僕らが持つ一番の知識、痛みを!!」

 人の静かな狂気から作られた存在。人の欲と悪意と万もの怨恨から生まれた存在。

 壮絶な痛みを受け作られたために、教師が自分が得意とする知識を教えるように痛みと死の知識を持つ魔剣が生まれた。

 彼は自分自身で気が付いていないのだろう。万もの人間への憎悪の気持ちが、魔本の影響で歪んだ教育論へと変わっていることに。

 正義にも等しい正しさが自分にあると誤認し、暴力的に教育を施そうとする教育者に。武器である剣は社会的な制約が無いため限度を知らない。純粋なまでに残酷で血も涙もない、まさに鬼のような存在でもある。

 狂気に染まる教える気持ちをぶつけてくる鬼の如き魔剣。

 教気の、教鬼(きょうき)の魔剣。

 「だから」

 ティーチャーが腕を振るう。袖から出てきた触手が私たち三人の首に巻き付き、宙へと持ち上げられ、地面から足が離れていく。頸動脈が締められる痛みと、空気を強制的に止められる苦しみが襲いかかってくる。

 「痛みを、それに連なる死を、教える」

 アルバインたちも同じような状況で、何とか脱出しようと試みているが、四肢の自由を適切に奪うよう触手が絡まり抜け出せずにいる。

 「さぁ、撫子。勉強の時間だ」

 首に絡まる触手の締めあげが徐々に強くなっていく。気道が閉鎖され、それでも空気を求めて口を開くが(よだれ)(あぶく)ばかりが口から漏れ出るだけ。

 「ナデシコっ!」

 「クケケケケケっ」

 ティーチャーの狂喜の笑い声を聞きながら、本当に死を覚悟する。

 薄っぺらな私の人生では大した走間灯もでないのか、一人とその一つだけ。

 頭に浮かんだのはただ“一人”と

 

 空の彼方から飛んでくるのが横目で見えた、彼がいつも背負う光すら拒絶するような黒い大剣。

 

 「っ!!」

 ズォンッ、と私たちを縛る触手を全て砕き散らし、地面に突き刺さる黒い大剣“イザナミ”。

 「っ! ゴホ、ゴホっ」

 五、六メートルほど持ち上げられていた私は突然の解放感と浮遊感に戸惑いながらも、着地の衝撃と急激な酸素の流入に目を覚ます。アルバインも同じように着地した。

 私たちより高く持ち上げられていたのか、未だ落下しているローザだけはその様子が無い。気を失っている!? 

 そのままでは頭から激突する体勢だったが、そこに横合いから豪風を引き連れた男が、ローザを宙で受け止める。

 夏が近いというのに、青色のジーンズと白いYシャツにその上から黒いコート。

 癖が少し強い日本人のような黒い頭髪を風でなびかせ、人のモノとは思えない(あか)色の瞳が、鷲の如き鋭さで相手を、敵を見定める。

 我が契約者にして、大家さんである、進・カーネルが。

 「ん、うぅん?」

 「どうした、寝不足か? クライアント・・・じゃないな、お嬢様(じょうさま)

 「っカーネル!!?」

 バッ! と音でも出しそうなほど素早く、進のお姫様抱っこする腕から逃れるべく、空いている左腕で進の顔面へとパンチ。でも、首を傾けることで容易く回避されてしまった。

 「危ないだろうが」

 「っ!?」

 ローザは逃れるために攻撃したのだろうが、逆効果だった。進の首が傾いたことによりさらに顔同士が接近し、お互い息がかかるほどの距離間に詰め寄ってしまった形になっている。

 顔が真っ赤になっているローザ。壮絶な美系ではないにしても二枚目半くらいの進の顔と見つめ合う。

 「命に恩人に攻撃するたぁ、綺麗な顔してやることはおっかねぇな」

 進はそのままローザの片頬に手を沿わせ、ほほ笑む。

 いや~、今時こんな純粋な女いるんだな~的な笑みだったが、ローザの瞳には別の意味で写ったのか、そのまま彼女はさらに顔を真っ赤にさせ、俯き、黙ってしまう。

 「キモイですよ」

 「ナデシコ・・・」

 「なんですか?」

 「あ、イヤ~。その、あの・・・スイマセン」

 アルバインが何か言いたげだったが、私の顔を見ると目を反らして謝ってきた。まるで私が阿修羅のような表情をしているみたいに。

 「で? あいつが魔剣か?」

 何事もなかったかのように話を進めようとする、この魔王がいたらこんな奴。

 「そうですよ・・・」

 「なに不貞腐(ふてくさ)れてるんだ」

 「別に」

 地面に穿たれた大剣を引き抜き、肩に担ぎ直す進が直視する先にはティーチャーがいる。だが、先ほどとは明らかにあの魔剣の様子が違う。

 「なぜっ! キサマがココニいるッ!!」

 「ひどいな、何とか兵器さんよ。いや、先生? 招待状の住所が間違ってたぞ、おかげで田舎まで電車の旅だ。・・・経費だせよ」

 進が二人の見送りにこれなかった訳は、ティーチャーの策略だったようだ。ただでさえ金欠の進は電車賃を使わされてイライラしているようだ。

 「きさまのようなバカに教えてやる気も起きないのだ、我々わ! 帰れ!」

 「ひどいな先生。少しは、痛みとやらを教えてくれよ」

 イザナミを担ぎながらゆっくりとティーチャーへ向かって歩みだす。顔に皮肉な笑みを張り付けながら。

 「そこまで死にたいなら、殺してやる!! 来いっ、愚かな死者たちよ!!」

 進に向かって来いと言ったわけではない。彼が声をかけたのは、地面。

 そこから這い出てきたゾンビたちが、進とティーチャーの間、二十メートルほどの距離の道を埋め尽くす。

 ローザとアルバインが対峙した数の倍近く、数えきれないゾンビたちが進を威嚇し、一斉に掴みかかってくる。

 「カーネルっ!」

 「シン・カーネルっ!」

 二人とも逃げろという意味で彼の名前を呼んだのだろう。自分たちでどうにかするには手こずる量の数であるようだ。

 でも、意味はないだろう。

 「はいよっ! 先生っ!」

 優等生のような爽やかな返事をする進が剣を真横にイザナミを薙ぎ払う。先頭にいたゾンビに剣が食い込む。

 はずだった。

 ゾンビ群団の前衛の大半が吹き飛ばされる。剣を直接くらったはずだったゾンビは刃が食い込む前に風圧で粉々に砕け散り、その余波だけで後にいたゾンビたちまでもが押し返されるように数メートルふき飛ぶ。

 進の剣の風圧は爆風にも等しく、私の体を殴りつける様に叩き、それだけで後へと倒れてしまう。

 進の進撃は止まらない。

 「そらそら、どうした! 軟ぇぞ! カルシウムとビタミンB1摂取し直して来いっ!!」

 剣の刃まで辿り着いたゾンビもいたが、前者と変わらず一瞬で原型を無くす。

 それでも果敢に突進するゾンビたちだったが、横に殴りつけるな斬撃を受けて後へ、空中へ、横へ、進の真後ろ以外の様々な方向へと豪快に弾け飛ぶ。

 拒絶するように、暴力的に切り裂かれ、砕かれ、吹き飛ばされ、爆死する。爆死とは剣の攻撃にしては変な表現だが、進の常識外の腕力とイザナミにより技もなにもにないただの力だけで実現される。

 生みだされる続けるゾンビたちは数百体いたが、一分も経過しない内に半数以上が駆逐された。

 「聞いたぞ、先生。あんたに何があったのか、どうやって作られたか」

 千に近い死者の軍団が、たった一人に壊滅させられていく光景に声をなくしていたティーチャーに、壮絶な笑みを浮かべて語りかける進。だが、その手は止まらず、近くにいたゾンビの顔面を鷲掴み、左手だけで握りつぶした。

 「何人も斬り殺して、知識を奪って、人間並みの知性を得て、言葉をつかってコイツらにご高説立ててたようだな、僕らには人間を苦しめたい理由があるってな」

 「そうだ! 私はお前たち人間に痛みを教えてやるのだ。その権利が私には!!」

 「知ったことかよ、そんなこと」

 嘲笑うように無慈悲に言い放つと、近くにあった長さ6メートルほどの電灯を地面から引き抜く。剣と電灯の異色の二刀流を見せる

 かと思いきや、進はそのままティーチャーへ向かって縦に投げつけた。

 「なっ!?」

 ティーチャーは死者の壁を素早く出現させ縦に回転し向ってきた電灯を止めたが、その速さと威力とビルが倒壊でもしたような衝突音の後、死者の壁は崩れ落ちる。

 防御壁を無茶苦茶なやり方で容易く破壊した進。私の後ろで(たたず)みその様を見ていた二人はポカンと口を開けて動きを止めている。

 「お前がどんな拷問じみた所業を受けたかなんて、俺にはどうでもいいんだよ。知ったことか。不幸の比べ合いも、不幸の相談相手も勘弁だ。めんどくさいし、キリがねぇからな」

 大抵の人間はティーチャーの出生を聞けば何か思う感情が生まれる。だが、どうすることもできない。不幸を聞き、相談にのることで軽減することができる内容ではない。

 なにより不幸を振りかざすことが正義で正しいことだと思っている者に、論理的な解釈も、安易な説得も意味をなさない。硬くなに理解しようとする心を閉じ、他人の意見に耳を傾けないからだ。

 「どうせ説得なんて聞かなぇんだろ? だったらやることは一つだ。お互い、敵の言葉に耳をかさない同士な」

 宣戦布告をするかのように白い肉厚な銃を素早くコートに内側から引く抜き、引き金を引く。

 ティーチャーは今度は壁を作ることなく、地面を滑走するように進へと接近する。銃弾を体をくねらせることで避け、(てのひら)からロングソードを引き抜くと進の肩口へと振りおろそうとするが、右手一本で操るイザナミにより受け止められる。

 「カーネル! その剣を受けてはいけませんっ!」

 「あぁ?」

 「クカカカ」

 ギリギリと刃同士が削り合う音と共に進の体に影のような闇が纏わり付く。断頭の魔剣の能力だった。

 「引っかかったな。俺たちの元になった魔剣の能力はすでに転写済みだ。アレの数倍の拘束力を持つ魔術だ。これでお前も」

 「ところがどっこい」

 この場の三人? は知らないだろうが、進の黒い剣 “イザナミ”の能力はあらゆる干渉を受け付けず、拒絶し、無力化する性質がある剣。どんなに強力な魔術だろうと、イザナミ事態に触れている時点で能力は失われるようだ。

 そんな動けないはずの進が、いとも容易く左手に持つ白い銃ををティーチャーの顔面めがけて押し込み、何のためらいもなく引き金を引く。

 「グオオオォッ!! お、お前ぇっ」

 ティーチャーは痛覚があるのか、失った右顔を抑えながら絶叫し、呪いの言葉を吐こうとする。

 「テメぇを倒す前に教えてやる」

 間髪いれずに、詰め寄ろうとする進から逃れるべく、死者の壁で二人の間を(さえぎ)る。

 「痛みを教えたいから、テメェ以外のモノを傷をつけた時点で」

 遮るように現れた約530体のゾンビでつくられた壁を、押し返すような前蹴りで蹴り破る。

 壁の向こう側で驚愕に顔をこわばらせるティーチャーを確認すると、前蹴りから流れるように肩に担いでいたイザナミを(はし)らせる。

 「テメぇ自身が傷つけられることを覚悟しとけよ」

 傷つけることで、傷つけられることを知っている男の黒い拒絶の斬撃が、ティーチャーの左肩から縦に切り裂いた。

 「やった後の説明で、悪いがね」

 「ゴ・・・ガぁっ」

 斬線に沿うように鮮血が溢れるティーチャーは倒れそうになりながら後退してゆく。

 「進っ!」

 勝利したと思い、進へと駆けて行こうとした

 その時。

 「撫子ぉ! 伏せろぉっ!!!」

 その進の口から警告の絶叫がこだました。

 突如、巨大な腕がティーチャーの胸元から飛び出し、私へと拳が飛んできた。

 「クソがっ!!」

 私の頭をかすった風圧で、地面に叩きつけられた。

 その腕の半ば当たりに進が蹴りを入れていなかったら、確実に私は死んでいた。

 「なに・・が?」

 何が起きたか確認するまでもない。

 なにせ、ティーチャーがさきほどまでの人間の形から逸脱した細胞の塊、肉塊に変じていたから。

 その肉塊は徐々に膨れ上がり、周囲のビルおも呑みこんでゆく。

 「死を」

 「・・・コイツは」

 「貴様ら、だけには死を必ず! シオ、シオ、死ォォォッォォォォォ!!!!」

 どこに口があるのかも判別できない、その肉の塊から怨嗟の声が木霊する。

 暗雲から涙のような雨が降り始めてきた。

 

 

 

                                   次話へ

 

 

 

 やめられない、とまらない。

 何がって? 

 そりゃ、仕事が。


 もうしわけありません。局所を修正させてください。8月25日現在。

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