4、外側からの判断
4、外側からの判断
せめて、せめて。
「魔女、君の負けダとわかるはずダ。引くなら今だヨ」
「騎士、目の調子はよろしくて? 不利なのはあなただと、お気付きになられてないのかしら?」
突然の膠着状態。
相対する二人、騎士アルバイン・セイクと錬金術の魔女ローザ・E・レーリスは手にする武器で求めるモノを奪いあいつつ、目と目で殺意のぶつけ合いを器用におこなう。
彼らの求めるものが、ただそれがこの場に一つしかないという現実により生まれた悲劇。
睨みあう二人は互いに退こうとはせず、両者が欲するもの手放さない。
獲物で器用にさばき合い、超絶技巧を駆使し奪い合う様はまさに死闘。
このままでは互いを滅ぼし合い、血を見る戦いへと発展するだろう。
あぁ、なぜだ。
なぜ、ここにもう一つないのだろうか。
同じものくらいあってもいいのにと思わずにはいられない。
もうひとつ・・・・せめて、もう一本“ソーセージ”があれば!!
あ・・・おはようございます、九重 撫子です。
現在は日曜の朝、AM8:00を回ったところであります。
「君はさっき食べていタ!! だからこれは僕のダッ!!」
「それは貴方も一緒でしょうッ!! 男らしく渡しなさい!!」
「男女平等の時代ダっ!」
「それは女のセリフですわ!!」
熾烈な戦い・・・ソーセージ戦記は続く。低レベルな争いなのに、手さばきが凄いので高レベルの熾烈な戦いにすら見えてきた。なんで目を向けないであんなに巧みな手さばき可能なのだろうか? お箸ってあんなことも可能なのだと感心しそうになる。
が、実施は結構低レベルな喧嘩である。
「進、止めてください!」
「あぁん?・・・まぁ、いいんじゃねえの?」
現在、私たちがいるのは進の事務所の中央に位置するテーブルに座って朝食を取っている。・・・二名は中腰だが。
四角いテーブルなので二人が対面する形になるしかなかった。いまにして思えば、この二人を対面させる形で座らせたのがそもそも間違いだった。
二人は所属する組織の違いからか、互いを敵視し合っていた。それを何とかできないかと、二人で朝食を通して、わかり合ってもらおうとした私の考えが浅はかだった。
なにより目の前の喧嘩をほったらかして新聞を読むこの男に仲裁を求めた私がバカでした!
「いい加減、やめてください! 一つのものをお箸で取り合うのはダメなんですよ!」
「「うるさい、外野は座ってなさいっ!」ッイ!」
仲が悪い癖にユニゾンして、私にズバッと振り向き、逆ギレする二人。同時に肉汁たっぷりのソーセージが彼らの束縛から外れて勢いよく、あらぬ方向へと飛んでゆく。
あらぬ方向・・・新聞を読んでる進の元へと飛んでゆき、新聞を油で汚し、果てには彼の顔面へと直撃し床へと着落した。
「「「あ」」」
「・・・・」
気まずい沈黙が部屋を満たす。
カチカチカチと時計の秒針が進む音がはっきりと耳に響いた。
それまで他愛のない争いをしてきた二人も熱が冷めてゆくようで、お互いにどうしようと顔に出始める。
カチ、カチ、カチ。つまり六秒後に最初に口を開いたのは目が据わり、半眼になった進だった。
「・・・おい」
「「コイツが悪イ!」」
続いて口を開いたのはいがみ合いつつも、息がぴったりそろう二人。私は口元に微笑を作った。もしかしたら本当は、気が合うのでは? この二人。
「・・・もういい。とにかく静かに食えよ。・・・それと撫子、落ちたソーセージそのまま、お前が食えよ」
「ハイ・・って、なんでッ!?」
最後に私が理不尽な命令に驚愕して口を開いた。
先ほどの朝食から一時間ほど経ったのに未だ事務所には不穏な一触即発の空気が張っていた。
先ほどのソーセージは水で洗っておいしく頂きました。
「・・・・」
「・・・・」
食後はローザさんがソファーで瓶に粉状の何かを真剣に注ぎ込み、アルバインは外へ行くための準備にいそしんでいた。
二人は視線を合わせない、声も、始めから相手がいないように振舞っている。だが、実際は何かあったら即行動するように心がけているようで、空気がビリビリと緊張している感覚が部屋に満ちているのだ。
クラスメートが喧嘩したときの、あの居づらい雰囲気に似ていた。判ってくれるだろうか?
「なぁ、クライアント」
判ってくれない人がいた。我が契約者、進・カーネル。
「・・・なんですの?」
「仕事での確認をしておきたいんだが」
ものすごく嫌そうなローザの表情と口調にも動じない進は続ける。
「対象との遭遇時の対応と要望があれば・・」
「ああ、結構ですわ」
しん、と空気が冷えた。
「いや、行動すべき時の対応のために」
「ですから、貴方は私の邪魔にならない範囲にいてくださいな。戦いになれば、私一人で戦いますわ」
ローザの返事には明らかに、苛立ちと拒絶が含まれていた。
「貴方は、私のボディーガード? 違いますわね?案内役がしゃしゃりでることありませんのよ。貴方は、貴方の命じられた仕事をしていただければ結構ですの」
「ッ! そっ・・」
あまりに人をバカにしたようなローザに私は瞬間的な反感から抗議の声を上げようとした。それを止めたのは、今まで無視を決め込んでいたアルバインだった。
「魔女、君はまた一人で勝手な行動ばかりするネ。周りの気苦労がわかってないようダ」
「気苦労? 私は親切で申し上げただけですわ。貴方、まさか“事件”の時の事をまだ根に持っていらっしゃるのかしら?」
この二人は過去に接点があったことに・・・驚くこともないのか? ここまでいがみ合うには理由があるとは思っていたが、何があったのだろうか?
「あの時のことだけじゃなイ。君は協調性がないノカ? 少しは周りのことに気を配ろうとは・・まあ、魔女には無理な話しカイ?」
「協調性のことを貴方にとやかく言われる筋合いはありませんわッ!! どうせ高すぎる魔力適正で仲間との連携ができない巡礼騎士が!」
「ッ!! 君は人のことを階級で見定める愚かな人間なんだネっ!! ずいぶん器と技量の小さな人間のようダっ!」
「言いましたわね! そんな剣に凡庸な刻印を刻んだだけで発動する、お粗末な大量生産物と私の緻密な計算がなされた術式がどちらが上か、ハッキリさせた方がいいようですわねっ!!」
「望むところダッ!! 君たち魔女のエリート主義には・・・」
「やめてください!!」
「そうだ、いい加減にしろ」
私の悲痛な声の後に、冷静で感情の起伏も感じられない呆れはてたような進の声が続いた。
キッと、睨みあっていた二人がその視線を同時に変更する。向う先は彼らと同等かそれ以上の睨みを利かせる進へと。
「・・クライアントの要望は確認した。なんら“問題ない”、結構だ。 仕事にえり好みはしない主義なんでな。快く賜った」
進の素直な肯定に、ウッと息をのむかのように怯んで末の悪い表情となるローザ。彼女も言いすぎたと思っていたのかもしれない。
進は視線を反らしたローザからアルバインをそのまま直視する。
「騎士様よ。何処かに行くんだろ? 早く行っとけ」
それと、と繋げて。
「それとな、アンタもクライアントのことを、どうこうと責められるのか?」
?
「・・・それは、どういう意味ダ?」
しかし、進は答えず。手でシッシッと払い、行けと促す。そんな進に熱が冷めたのか、疑念の眼差しを外し、なにも言わずにドアから出て行くアルバイン。
「撫子、お前も行け」
「あ、はいっ」
進の言葉の意味を考えるのを後回しにし、アルバインを追いかけ、外へと走る。
ドアを開けた先で私を出迎えたのは日曜の朝の陽ざし。
視点変更1
撫子がドアを開けて出て行ってから数秒。
ヤレヤレだ。子供の喧嘩の法廷じゃないんだぞ、家は。
そんな心で静かに溜息をつく俺に声がかけられる。
「・・・確かに、先ほどは、言いすぎましたわ・・」
小さな声でさえずるクライアントの声が届いた。だが、申し訳ないと思ってはないだろう。どちらかと言えば自分の失態を恥じているといったところなのだろうな。
「ですが、あれは本心ですわ。貴方はなにもしなくていいの、よくて?」
強引にも上から目線で告げてきた。ほらな。まぁ、楽させてくれると言われれば、それはそれでいい。
「ああ、わかった。大丈夫だ、邪魔はしない」
「それではよろしくお願いしますわ」
笑顔の一つもなく。再び席に戻り、粉末でいっぱいになった瓶を丁寧に特注品であろうスリットのついたベルトへと差し込んでゆく。
「・・・ひとつ」
「? なんだ?」
あちらからの質問とは珍しいな。
「貴方は・・・いえ、あの剣は何ですの?どう言ったルートで手に入れましたの?」
「貰いもんだから、どういったモンかなんてわからない。それと剣は剣だろ、なんの変哲もない鉄剣さ」
本当の事も嘘もいいつつ、さり気なく流す。あの剣が欲しいなんて言われたら困るからな。
「質問次いでに、聞きたいんだが」
「なんですの?」
あからさまに流されたことに気が付き、苛立ち気味の返事。目も半眼で怖いな。
「アンタ、なんでそこま個人戦にこだわる?」
「・・それこそ、貴方に関係ないことですわ」
視点帰還1
「・・・・・クソ」
アルバインを追って、家を出た私。彼はまだそんなに遠くまで行ってはおらず、すぐに見つけることができた。すぐさま、走って追いついた私が最初に聞いた言葉は後悔するような悪態だった。
「・・・アルバインさん?」
「・・・あぁ、ナデシコ」
振り返る彼は、無理やり笑顔を作ろうとしたようだが失敗したようで、困ったような笑顔になってしまっていた。本人もわかったようでさらに嘆息。
「・・ゴメン。嫌なところを見せてしまったネ」
「そ、そんなことは」
さすがに、そうですねと言えるわけない。そういう人間なのだ、私は。
「それより、探し物を探すんですよね。お手伝いしますよ」
「え、でも」
「地の利がある人が必要ですよね? 私は適任だと思いますよ!」
「あ、ああ。そうダネ」
強く押し切るように、言いきる私にたじろぐアルバイン。私の必死さに流石に困ったようだ。
(私もこんな強引には言いたくないです。でも今晩の夕食がかかっているのです!)
昨日の夜に、進からある命令を受けていた。
それはアルバインの街案内、そしてローザとの接触を回避させること。
あらかじめ二人で決めた範囲から出ないように内密に先導し、彼らを会わせないようにする。なにせ彼らは出会えばすぐさま戦いになる。それでは、どんな被害がソドムに訪れるかわからないからだ。最悪、二次災害で、感化された血の気の多い奴らによって、この街で抗争が起きる可能性があると進は行っていた。
そして、なにより。
(もし、二人を出会わせたら今晩の夕食抜きだ、なんて! やっぱり進は意地悪で、極悪非道な魔王でで地獄耳で、守銭奴で・・それから、それから!)
(なんか文句あるか? 借金娘?)
(!!??)
心の中で理不尽極まりない契約者への悪口の最中、割り込んできた謎の思念に驚愕し、周囲を警戒する。あの黒いコートは見えない。・・・幻聴か?
やはり周囲にあの男の姿はなく、ホッと息をつく。
(はぁ~、寝ても覚めても進、進、進。私・・疲れてるのかな? 夢に出てきたらどうしようかな)
「ナデシコ?」
「ふぇっ! アルバインさん。なんですかっ?」
「君が急にブンブン首を振ったり、百面相を始めたりと挙動不審だったからネ」
カッと顔に熱が入った。そんな変だったのかと恥ずかしくなったのだ。
「大方、好きなヒトのことでも考えてたのカイ?」
「えぇっ? あ、いえ。そんなことないですよ!」
好きなヒト!? そんな、まさか! そんなはず・・ない!あんな、あんな、いじわる魔王のことなんて。
オロ、オロ、オロ。
クククっ。
ククク?
「ハハハッ! ゴメンネ。からかうつもりはなかったんダ」
体をクの字に曲げ、腹を抱えて、目に涙を溜めて笑うアルバイン。さきほどの暗い影など、見る影もない。それ以上に、いつもの真っすぐな雰囲気がなくなり、年相応の顔になっている。
それよりも、からかわれた。
「か、からかわないでください!」
「フクククッ! イヤ、すまない。そうだね、案内訳を頼もうカナ」
「やはり、人は少ないネ」
やってきたのは昨日も訪れた“市”。
昨晩ほど人数は少ないのだろうが、日曜日ということもありそれなりに人はいるはずだったが、心なしか人がいつもより少なくように思えた。
だから、アルバインが呟いた一言が、気になった。
「やっぱりって?」
「あら、撫子ちゃんじゃないか!」
大きな声で真後から名前を呼ばれて振り返る。昨日も出会った、八百屋のミドリ姉さんがそこにいた。
「色男連れて。デートかい?」
「そうなんデスヨ」
アハハハ、と笑い合う二人。アハハ・・いや、違いますよ。デートなんかじゃ・・
「そんなことよりさ~あ」
そんなことより!? このままでは間違いが訂正されずに噂になるッ!
「昨日、また人が大勢いなくなったらしい。人さらいか、もしかしたら切り裂き魔かもしれないよ。嫌だね~。だから、デートも早めにきりあげるんだよ」
アハハ、と言いながら颯爽と去っていくミドリ姉さん。その早さは私に誤解を解けさせないとせんとするかの如く俊敏だった。・・・ちょ、待って!
「フム、切り裂き魔、カ」
「フムじゃないですッ!! どうするんですか!!デートって!!違いますよ! そうなんデスヨ、じゃあないですよ!!」
泣きわめく私を見て、まあまあ落ち着いて、とでも言うように手でなだめる仕草をするアルバイン。落ち着けますか!!
昨晩、起きたゾンビの大量発生した場所へと再び赴くためにアルバインは市へと調査に行きたいといった。月明りがあったとはいえ、あの暗闇の中でなにかを見落としていた可能性も考えられなくもないからということだったから心よく引き受け、再びココにやってきた。
なのに、この仕打ち。誤解は広がるだろう。ミドリさんは噂を流すのが得意で有名なのだ。それが嘘であれ、真であれ関係なく広める。
「魔剣の仕業かもしれないナ」
「真面目に締めないでください! って魔剣ですか?」
魔剣。昨晩いっていたアルバインの目的。聞かないことにしていたが、ここまで事件にかかわると聞いておきたい。
「ゾンビを作る、剣ですか?」
「イヤ、そもそも僕は能力、形状、持ち主すら聞かされていないんダヨ」
視点変更2
「あぁ? どんな魔本か、わからないだぁ?」
今日は車で通れない場所の調査もするらしく徒歩で移動するクライアントと俺。さすがに形状をしらないと探すに探せないと、目的の品について聞いたが、帰ってきた一言は
「わからないものはわからないのです! 文句なら仕事を依頼した魔道協会に言いなさい!!」
逆ギレかよ・・。そんな仕事を受けるクライアントもクライアントだが、寄こす方も寄こす方だ。
「・・・魔道協会ねぇ。魔術師を千人単にで抱えてる大御所って聞いてたが・・・」
「少し前までは、魔道の探求者の集いとも呼ばれていたようですが、今は協会が国々とのパイプ作りのための依頼を自社でつくる仕事斡旋所になり下がってますわ」
クライアントは腹を立てているというよりも、呆れかえった声色で呟き、目は明後日の方向を眺めている。
昨日、車内でやっていた魔力の流れを探る探知魔術の一種を歩きながら起動しているのだろう。魔術について俺は門外漢なのでよくわからないが、歩きながらできるような代物ではない気がする。
俺の目に映る幾何学模様のような靄が複雑すぎることが証拠だ。
俺の目は普通の人間のそれではない。魔力の流れまではわからないが、人に見えないようなものを写すことができるらしい。・・・一体、俺は何なんだろうな?
「そんな仕事を受けるクライアントも物好きだがな」
俺の呟きが気に入らなかったのか、頬膨らめてムっとするクライアント。
「仕方なかったのです。協会からの直接の仕事なので、それなりに名は売れます。・・・・それに難易度が高かったから・・」
最後の方は小さくつぶやいたつもりだろうが、俺の・・・ポンコツいわく地獄耳は聞き逃さない。・・・難易度、ねぇ?
「ま、いいさ。で、目的地は?」
「ここですわ」
あ?ココ? と問う前に俺の真上から気配と真下に人一人分の影が出来上がる。
「オシエル!!」
急降下から豪快な唐竹割を振り落とされた。振り下ろされたのはロングソードってヤツだ。
俺は右へ体を捻り、スレスレで剣をかわし右回りに半回転。黒いコートの下に隠していた白いソレを抜き取り、剣を見せつけてくれた男の顔面スレスレに押し付けて見せつけるてやる。
「俺の自慢の愛銃だ。ついでだ、最後に威力も見て逝けよ」
ズォォンと、耳に音を残し続けるかのような轟音が鳴り響き、感動のあまりか反り返るように逆エビぞりになり、そのまま地に落ちる。
「おいおい、人さまを真上から襲うなよ。常識がないのかよ、近頃の奴は」
「デザートイーグルのマグナム弾を、片手で打って平然としている貴方の方が常識がないのではなくて?」
そんなクライアントの呆れかえっている呟きを無視し、地面に転がる剣を拾い上げる。剣という単語がどうしても気になったからだ。
「なあ、コイツは魔本じゃないのか?」
そんな俺の考えを問うべく、後をついてくるクライアントに尋ねたが、帰ってきたのは辛辣な一言。
「どう見たら本に見えますの? 目が充血しすぎてダメになりましたの?」
「紅いのは、生まれつきだ。魔剣と魔本、似てるだろ?」
「全く違いますわ」
凄い冷たい目線が俺を貫く。は~、バカがいますわと言われているようである。魔術初心者なんだよ、俺は。
そんな俺を見て耐えきれなかったのか、めんどくさそうに視線を空へと向けて解説を始める。
いや、違う。
めんどくさそうに見たのは俺ではなく、空でもなく、再び上から落ちてくるゾンビどもだ。
「魔本とは魔術の知識を書物という形に押し込めたもの。魔道書、魔術書、原典それぞれ呼び名と細かい違いはあれども、これらは魔術を寄り集めたモノですわ」
口で物を解りやすく、バカにも解るように噛み砕いて話しながら、クライアントは特製ベルトのスリットに収められた小瓶を二つ取り出す。
「魔術を使役する魔術師たちが自分の秘術を後世に残すため、もしくは複雑怪奇な文言などを記録するための、つまりノートですわ」
左右に握った小瓶の蓋を親指で弾き、中に込められていた粉末が溢れだす。砂は風に乗って消えるはずだが、砂はまるで砂鉄同士が取りつき合うかのように、一つとなり、形をとる。
「その内容は、他所多様古今東西の術が複数ある物から、一つの系統のたった一つの魔術についてだけ記載される書などがありますわ。正直、後者の方が圧倒的に多いですわ。魔術師は自分の術にプライドを持っている者が多いですし」
クライアントの手には小瓶はもうない、そこに有るのは剣。美しい装飾が施された柄と細身の剣身、二振りのレイピアがそこに握られていた。
「ですが、たった一つの簡素な魔術が一つだけ記された者は魔本とは呼びませんわ。それはただの魔法陣、簡素な発動術式に過ぎません」
自らの体を抱くように腕を交差させ、レイピアを体へと引き寄せる。体を捻り、螺旋の力を溜め解き放ち、コマのように回転し、剣を己が翼の如く広げる。
広げらた剣の翼は地へと落ちてくるゾンビを落下前に真っ二つに切り裂く。
「つまり、魔本は細かくて小難しい術式がたくさん書かれた本のことだろ?」
俺は落下してくるゾンビたちをゲームセンターのシューティングゲームのように銃で撃ち落とし?ながら、内容を略する。
「・・・もう、いいですわ。そうそう、そんな感じ」
「投げやりだな。で、魔剣とどう違うんだ? あれも魔術が入った剣なんだろ?」
「魔具であることは確かですわ」
クライアントは切り裂くと、そのまま演舞するかのように舞う。重芯を崩さず、かつのびやかに柔軟なほどなめらかな動きは舞踊を彷彿とさせるが、その速さと的確さはまさに本物の武術。
「でも、魔剣などの物質を媒介に、ましてや武器媒体では、収められる魔術はできて“一つ”」
「なんでだよ?」
美しすぎる死の舞に、切り裂かれ、恐れ慄き、見惚れ、再びただのたんぱく質の塊に戻されるゾンビたち。
「本と言う、記載された“知識を教え、広める”、“その文献を保存し、編集する”という物の性質を秘めた存在なら、いざ知らず、剣や武器と言った“戦い、敵を傷つける”ための存在にどう、魔術と言う名の叡智を記せるのです?」
「あ? 剣に刻むとか、いろいろやり方があるじゃないか?」
「それでも、一つだけですの。複数刻んだ場合、混じり合って効果が無くなるか、合わさって別の術になり下がりますわ。」
剣の動きとクライアントの動きが止まる。それはゾンビの殲滅を示していた。
剣についた血を振り払う動作すら絵になる、これはクライアントの美点なのだろう。
「それに剣やら何やらは一つの物質。本は同じ紙媒体といえ、複数枚綴じることが可能ですから、いくつも記載できるでしょう? だから魔術同士が不用意に混じり合わないようすることもできるのです」
「剣やら武器は二つの鉄を組み合わせて作る場合も・・・いや、結局混じり合わせるから一つのカウントなのか」
「あら、解ったようですわね。単調でも強大な一つの能力とその身に魔力を持つ存在が魔剣と呼ばれる魔武器。多くの魔術の知識が秘められ、読む者に巨大な叡智と力を与えるのが、魔本。後者は最悪、適正無しと本に“想われれば”読者を殺しさえもする危険な物ですわ。どちらも魔力が錬られなければ使えませんが」
「それに鋼や鉄などの普通の鉱物ではもともと魔力の許容量があまりありませんのよ。大きすぎる魔力を受けた鋼は砂になって消えますわ」
「ご高説、どうも。それで? アンタの探す魔本ってのはゾンビを作る魔本なのか?」
ゾンビが自然発生するわけでもあるまいし、たぶん一連の騒動は魔本が絡んでいるに違いない。能力は死者を操る魔術が記載されていると考えて間違いないのだろう。
「作るだけならまだ魔剣と疑えましたけれど。でも、これは明らかにゾンビ達を操っている。つまり、作成と操作の二つを持っている。つまり魔剣の所業ではありません」
一息ついて、空をまた見上げる。もう話しても構わないか、と言うような呆れた口調で、協会から依頼された本当の内容とあるいわ、それと戦わなければいけないのか、という嘆息も含まれていたのかもしれない。
「私が探しているのは、たぶん死者の文言が多くの秘術が詰め込まれた魔本。それは依頼の一部、本当の目的はそれを協会から奪った賊から奪い返すことと、賊の殲滅ですわ。魔道協会の監視の目をかいくぐり、かつやり手の魔術師たちを容易く葬る敵を相手にしなければなりません」
視点帰還2
「じゃあ、ゾンビが発生したのって魔剣のせいではないんですね?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれなイ。どこかの組織が最近、作り出した魔剣があって、それが何者かに奪われたという情報を受けた騎士団から、回収または破壊命令が僕に下ったんダ。第一発見者である被害者が剣の形だったという目撃証言の情報しか渡されなかったけどネ」
今、私たちは市の路地の一角に置き去りにされた木材の上に腰掛け、アルバインのおごってくれたジュースを飲みながら、ココまで巻き込んだからと、知っている情報を私に聞かせてくれていたところである。
魔本と魔剣の違い、自分に下った命令が白紙同然だったことなどだ。
「それが、日本に来ているですか?」
「断定的な確証はないんダ。世界各地の事件や変化があった場所に僕を含めた仲間たちや、巡回騎士たちがそれぞれ派遣されて探りを入れていル。僕は日本に派遣されたというだけダヨ。でも実は、ここの噂話を聞いていて、ココかなっていう予感もあったんダ」
「?」
「日本には、ソドムがある。世界から見放され、法がなく、比較的安全に悪さができるこの場所なら魔剣を隠せる。利益目的なら取引場所には最適じゃないカ?」
なんとなくだが、胸がもやもやしてきた。なんだろうか、この気持ち。
「来てみて確信になったヨ。この街も汚いモノや、見たくないモノは見ない街ダ。ココでなら、魔剣が暴れていようと、隠せル」
アルバインが視線を私たちが据わる場所から同じ路地先へと視線を向ける。その視線は全ての光をなくした瞳で作られていた。まるで絶望しているかのような、怒っているかの様な。
視線の先は、光が少ない暗い暗い路地。
そこには寄り添い合うように、御世辞にも綺麗と言えない衣服をきた小さな子どもたちが小さくなって壁を背にして寝ていた。
日本人の子もいれば、白人や黒人、中国系など外国の子供たちが夏が近いとはいえ、未だ肌寒い風が通り抜ける道の上で生活する家なき子たち。
家と呼べるのは地面にひいた段ボール、布団と呼べるのは服の上に纏った新聞紙だけ。
路地裏とはいえ、市に面する道だ、人の流れはある。だが、どんな人間が通ろうと彼らには目もくれない。
もしかしたら昨日、アルバインと一緒に市を歩いていた時に彼が見ていたのは彼らだったのではないだろうか?
「あんな場所がある街はココだけではないヨ。どんな大人も、彼らを見なイ。見たとしても汚物でも見る様な目線と、汚い罵倒、慈悲とばかりに蹴りを入れてくル」
視線は現実の彼らを見ているのに、アルバインは遠い何か、別の何かを見ている様に話す。まるで過去でもみているかのような、そんな虚ろな目と言葉。
「自分は無関係だ、自分は選ばれた存在だ、生きるれることが普通であり、夕食と温かい寝床があることが当たり前だと本気で信じている阿呆な奴らが多いところほど、あんな光景がよくあったヨ」
淡々と話していた彼の目と口調に徐々に命の流れが再び戻り始める。
怒りと嫌悪、そして憐れみ。
「そんな場所は、誰もが目を“逸らス”。何があったとしても、それに気が付いたとしても、自分に害があると理解すれば善であろうと悪であろうと、見向きもしないんダ」
小言のように呟く彼に私は何を言うべきなのだろう?
「そんな場所なら魔剣が来たことも、誰も気が付かなイ。浮世から噂話なんかが出る程度サ。自分たちが関わらない世界で、どれだけの不運な人間が泣き叫ぼうともネ」
再び視線が小さな子供たちに戻される。
「この街も同じサ。誰も見ようとしなイ、あのゴミダメのような街と。あの子たちも・・・“かわいそうに”。こんな街で一生を終えるなんテ」
ブチッと何かが切れた。進がこの場にいて、これは何の音と問うたならば、言うだろう。
(そりゃ、お前。キレた音だろ? 堪忍袋の緒がな)
そうだとも、私は今、怒っている!!
「バカにするのも、いいかげんにしてくださいっ!!!」
「ナデシコ?」
私は立ちあがり、憤怒の表情でアルバインを睨めつける。わかっている、私の睨みはしょせん怖くも何ともないのだろう。彼の反応が、キョトンとしているのを見てわかる。なにを怒っているのだろうと思っている人間の顔だ。
だが、私はそれでも見据えなければならない。言わねばならない、彼の心に響かなくとも!
「ゴミダメのような街と同じ? あの子たちが可哀想? ふざけないでください!」
「僕も、言いすぎたと思ウ。でも、本心ダ」
知らないくせに!見たこともないくせに! 外から見ただけのくせに!
「あの子たちは、家も親もいないかもしれない!でも、生きています。きちんと頑張っています!」
「頑張っても、どうしようもないこともあるだろウ? 君も息をしているだけで生きている、なんてうわ言をいうのカイ?」
私が怒りにまかせて大声で話すのに対して、アルバインはたしなめるかのような落ち着いた声だった。それは宗教の宣教師のようで、子供を言い聞かせる大人。でも、引き下がられるか!子供にだって意地はあるものだ。
ビシっと指を中国系の女の子に向ける。
「あの中国系の女の子、この前に薬局で働いていました!」
「エ?」
「黒人の子は、魚屋さんについていって漁を手伝っています。あそこの日本人の男の子はミドリさんの八百屋さんの裏で野菜を運ぶ仕事をしています! 白人の子は、新聞配達してました」
「ちょっと、待っ」
私は確かにソドムに来てから一カ月ほどだ。でも、確かに見ている。彼らが生きていた瞬間を。それを目にしていながら彼らがバカにされるのは自分のことのように嫌だった。
どうせ、あれだろ。まっとうでない子供は働かせてもらえないだろ、とか言う気でしょう? 貴方が見てきた街なんて知らない、でもココは
「ココは、ソドムです! あなたが言ったはずです。ココは法なんてない、常識もない!! どんな人だってやろうと思えばやれる場所です!」
真夜中は犬の鳴く声より銃音が聞こえるほうが多く、どこかのマフィアが日夜抗争していたり、違法な取引が多かったり、家には週に五回くらい押し入りがあるけど!(それは進の事務所だけかもしれないけど)
進が言った、安住の地が無い者たちだからこそ、自分がいることができる場所の大切さがわかると。ココにいる人たちはみんな居場所を無くした人達だと、ならばあの子供たちと同じ経験をした者もいるはずだ。
「あの子たちの境遇を“理解”する大人だっているかもしれません。それで雇ってくれる人もいるかもしれないでしょ。それにソドムは圧倒的に」
一拍おいて、大きく断言する。
「変人ばっかりです!!」
ズバンと言い切る。
市の側の通りからどよ~んとした空気が流れてきたり、えぇ~、通りがかったら変人扱いぃ? と複数のうな垂れた声が聞こえたが今は無視だ。
「変で危ない大人を雇うより、扱いやすくて賃金の安い子供の方が雇うほうがいいでしょ!」
どうだ、道理にもかなっているだろ! と大きく胸をはる。
撫子無双は続く。後!
「ソドムは確かに、危ない場所かもしれないです。けど、ゴミダメなんかじゃありません!! 私、あまり他の街と知りません。でも言いきれます]
あの恐ろしい吸血鬼に強要されて生きる日々の中で、いつも送り迎えの車窓から見ていた街の風景。
友達と遊びに行った昼下がりの繁華街。
そして、荒れ果て、国からも見放された場所でも生きていられるとする人々の市場。
17歳にも関わらず、これだけしか人が多く集まる場所をしらない。あの恐ろしい吸血鬼に強要されて生きる日々の中で、いつも人が普通に生きている場所を、そこから遠く離れた異常の日常から嫉妬するぐらいに見つめていた私だからわかる。
「ソドムはどんな街よりも、人間が輝いて生きてます!!」
どうしてか、わからないが私はそう表現するしかなかった。それが、イキイキと生きている人の事なのか、生きる目的を得た人間のことなのか、まだ十七年の歳月しか世界を見ていない私にはわからない。
でも、そんな人たちが生きる場所を、大勢もの人間を見殺しにしてきた最低な私でも受け入れてくれた場所をバカにされて許せるはずないではないか!
「私は、ココが好きです! この街でも頑張って生きている人たちをバカにしないで!! 外側からの見た程度で判断なんかしないで!!」
ゼェ、ゼェと息を荒げて、目に涙をいっぱいにためて怒りに任せて言いきった私を、アルバインはポカンと口を開けて驚いている。
そんな彼の足を、小さい子供がジャンプして踏みつぶした。
「イタっ」
彼の履く白いスニーカーの爪先部分の地味に痛い場所を踏み込んで、そのまま路地の入口に駆け走る。 犯人は先ほどの家なき子たち。寄り添い合うようにいた四人がそこまで辿り着くとクルリと振り返る。
「オレ、いつか、いえをかうんだ!」
日本人の子が、元気に言いきった。
「わたし、いつかがっこういって、ケガをなおせるくすり、つくるんだ」
中国系の女の子が、はにかむようにいった。
「ぼく、せんちょうみたいに、リッパなりょうしになるんだ」
黒人のちいさな子が、胸を反らして、宣言する。
「新聞キシャになる。それで、カネかせぐ」
白人の男の子が、小生意気に言い放つ。
だから、と四人一斉に大きく息を吸い、吐き出す様に
「「「「わたしたち!! カガヤイテいきてるよ!!!!」」」」
キャー、はしゃぎながら逃げ出す四人の子供たち。それにいつの間にか集まっていた人だかりが、俺も輝いて生きるかね~とか、私もさらに輝いて生きるかね~、とか、あの娘、凄いわね。あんな恥ずかしいこと平気で言えるのね、などそれぞれ言いたい放題、言いながらバラけて行く。
・・・・なんだろ、私。間違ったこといってないよね? 頑張ったよね? いまさらながら恥ずかしくなってきてないもん。・・・泣いてなんか、ないもん。顔も真っ赤になってないもん。
怒りと理不尽に泣きそうになりながらも、もう一つ。
「それよりも、なんですか! ローザさんへのあんな態度!」
「エ? 魔女? いや、それハ・・・」
「何か嫌なことでもされたんですか? 机にラクガキされたとか、 下駄箱に腐った弁当を入れられたとか?」
「イヤ、何でそんなありきたりな学校でのイジメの例なんだイ。 別に、それは彼女が」
「魔女だからですか?」
精神的に戦士アルバインを平凡完璧偽称娘ナデシコは追い詰めていく。じりじりと後退するアルバインを逃がすまいと、こちらもじりじり前進。
それに負けたでも言うように真面目な顔して話し始める。
「魔女と言うより、魔術結社や魔道師、魔術師たち。彼らは魔術を探求する者たちダ。それゆえに、良く表れるんダ、叡智の探求と称して堅気で普通に生きる者を犠牲に己の欲のため行動する異端者ガ」
「騎士団は、魔から生まれた獣や化物どもから世界を守るのが仕事だが、同時に魔の知識を持ち、それで悪行する異端者たちを駆除するのも役目としていル。だが、魔術師側は異端者を自分の側で処理するとして、なんども争いが起きタ。時には、その異端者たちを保護して、彼らの魔術を自分たちのモノとしていた場合もあっタ! 何百という人間を犠牲にしていたとしても、彼らは叡智のためなら勝手に免罪符を作り出ス。そんな奴らを信じられるわけないだろウ!」
魔術師と騎士。絵本やおとぎ話の中では、共に闘う仲間であることが多い。だが、実際は相反する存在。片や探求者と守護者、ペンと剣。そんな彼らは同じ力持つ者であっても目指すべきところ、在り方が違いすぎるのだ。
でも、それでもだ。
「それを、ローザさんがなにかしたんですか?」
「・・それは・・」
「私、あの人と全然話したりしてません。会ったのだって昨日が始めてで、彼女のことなにも知りませんけど。そんなことする人じゃないと思います」
「見ただけで、決めるのカイ?」
「あなたと同じで“外からしか見たことありませんから”。あなたは魔女という総称で、私は第一印象という“外側”で決めつけています」
うっ、というように目を見開くアルバイン。
進の言わんとしていたことがわかり始めた。
人を外側と内側に分けるとするならば、内側が本質、外側が魂やその人間存在そのもの、と言ったのは偉人は誰だったか。
その人間がどういう人物なのかは、大抵の場合は見た目で判断できる。どういった人格なのか生活態度や、性格、友人関係は如実に現れ、体系や服装、目付き、声色等でわかる。
だが、そこまでだ。
本当のところはわからないのだ、なにせ、皮膚と情報感覚器官である外側からの判断でしかないから。視覚という器官から脳が情報を処理して判断しているに過ぎない。
本質という内側を知るには至らない。
「アルバインさんは、ローザさんを見たことがありますか?」
「・・・今朝も昨日も会っているヨ」
「違います。彼女の内面、考え方や本質を見たことが・・いえ、“見ようとした”ことがありますか?」
本質を知るには、その者と生きなければ、どんな存在なのかを見ようと近くで長い時間をかけなければならないのだ。
友達となり、親しくなるのは誰でも出来る。だが、相手がどのような人間かを決めつけることはできても、真に本質を理解できるだろうか?
まして、世界や社会的な多数の情報や称号、名称で区別するような人間には不可能だ。それ以前に見ようともしないのだろう。わかっているという錯覚に踊らされ、満足して、断定してしまうのが落ちだ。
「本当に悪い魔法使いさんもいるんでしょう。ローザさんと昔、何かあったのかもしれない。でも、私にはあなたがローザさんじゃなくて、魔女という名前に接しているようにしか見えませんでした」
彼は、ローザの名前を読んだことはなかった。君と呼ぶことが少しあった気もしたが、何処か何かの定義に当てはめた言い方をしていなかっただろうか。
それをあの紅い目の魔王は気が付いていたのだ。
「違う、僕は彼女“たち”の凶行を見てきタ。あの時だっ」
「過去の記録とか、見た目とか、社会的な意見とか、一般的なとか、自分以外の多数の意見に犯されないでください。悪い魔女の定義じゃなくて、ローザさんや、ソドムを自分の目で見て、考えて判断してください」
自分を否定されているアルバインは聞くのも嫌かもしれない。でも、わかってほしい。
そんな私はアルバインの手を取って優しく包む。
「私は、アルバインさんが・・私の大切な友人が、見た目と他人からの情報だけで判断してしまう人じゃなく、私を見返りもなくピンチから助けてくれたカッコイイ騎士であってほしいです」
たしかに、見た目も本質も悪な存在はいるかもしれない。だけど、確かめる前から決めつけてほしくない。それは少し前まで、完璧な人生を送っていると勘違いされ、誰からも見放されていた自分であるからわかる。
なにも知らない人間に、自分のこと決めつけられ、とやかく言われて傷つく辛さがわかる。
進は自分の評価は他人が勝手にすると言っていたが、正直それが辛い人間もいる。
そんな意見だけで決めつけないでほしいのだ。
だがら・・・
「・・ナデシコ・・」
「そ、それにソドムにだっていいところあります。だから、え~と・・その」
急激な思考の失速。次第に自分がとてつもなく青臭いことをいっているのでは、アルバインにだって意見があったのではなど、なに熱く語っているのか私?など、怒りが急に冷めてきたからだった。
それより、なぜ私はアルバインの手を握りしめているのだろうか!?
あたふたし始める私の視線は徐々に下へ。彼の顔を見ることすらできない。
そんな私を見てか、向き合う彼の声が私に降り注ぐ。
「・・・ああ、そうダネ。僕は何を見ていたんだろうネ。ホント、わかっていたはずなのに、どこかで誰かの意見や価値観で決めつけていたのかも、しれなイ」
声の起伏は高く、晴れ晴れとした声色だった。そんな彼の声がうれしくなり、顔をバッと上へと向ける。
「あ、アルバインさ」
否、向けようとした瞬間、南の方向からのすさまじい爆発音に、そちらを振り向かざろうえなかった。
視点変更3
「見つけましたわよ。盗賊!」
太陽の光が燦々と照らすビルの中。なんでビルの中なのに太陽光があるのかって? それはココが廃ビルで、現在いるのが5階くらいなのだが、それから上である6階の床半分を残して、それから上の階がないからだ。理由はどうあれ、こうなればココが屋上ともいえる。
ちなみに廃ビルになったのは今さっき、このクライアントが火薬で奇襲をかけたからだ。ターゲット以外いないとわかった途端、これだよ・・。
俺とクライアントは光の中に。
盗賊と呼ばれた男がいるのは影の中にいた。
肌は死人のように白く、頬はげっそりと削げ落ち、目はくぼみ大きなクマができている。髪は落ち武者のようの無造作にのばされ、体を昔は大層立派なローブだったようだが、今はボロと呼ばれてもいいぐらいボロボロだった。
「東の死霊使いとも呼ばれた貴方が。盗賊に落ちるとは・・嘆かわしいですわね、グレイ・アライスマン」
グレイ・アライスマンと呼ばれた男はピクリともしない。まるで自分のことではないかのように無視を決め込む。
「知り合いか?」
「面識はありませんが、死霊使いの中でも名のある魔術師だったようですわ。顔と名前ぐらいは把握しているくらいには・・」
クライアントが言葉を止める。止めたのは、グレイと呼ばれた男が手にしている“本”が開かれたからだ。
クライアントと俺は飛びずさるように距離を取る。能力は大体見当がついているが、実際は何があるかわからない。
それにココは敵の本陣。何が飛び出してきても不思議じゃない。
「グアァ、アアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
感情の起伏が一切なく、ただの言葉の羅列がグレイの口から出てくる。その聞いている者に不快さを与える声にいち早く反応したのが、クライアント。
「ッ! カーネル! ここからすぐに離れなさい! 彼はもう魔本に“心”を乗っ取られています」
「心?」
「心、魂、なんでもいいのですが、魔本に寄生された状態の人間は、ただの生きる魔力生成器官扱い。魔術の詠唱なしに魔術が行使できますの。使用者ではなく、魔本の意思で!」
「それ、セコイぞっ!」
「アアアアアアア、ゴア」
グレイのうめき声が放たれるとコンクリートであるはずの地面からゾンビが次々と現れる。なんて所に埋葬してやがんだ!
「伏せ!」
犬のように命令されるのは癪だったが、クライアントの命令にしたがい伏せる。地面の冷たさが体に感じた瞬間、同時に頭上を何かが駆け抜ける。
上を通りすぎた鋼色の何かは、囲むように現れていたゾンビの首や胴をかき切りながら、フロアを360度、横に振りきられた。
「グレイ・アライスマン!!」
クライアントはゾンビ達の体を分裂させた武器、農具から戦いの道具へとされた武器サイズを振り上げ、グレイめがけて振り下ろすべく跳躍。
本来、敵へと飛び込むため跳躍するのはあまりイイ手ではないが、地面からゾンビが這い出て足を掴まれる危険性がある今はいいルートと言える。
そのまま、死神の使う大鎌が敵から魂を刈り取るようにえぐり込むかと思いきや。
「ゴゴゴオジャイ」
意味不明な言葉の羅列は、実は意味があったのだとでもいうようにクライアントとグレイの間に割り込むかのように地面から“壁”がそそり立つ。
「!! キャアッ!!」
グレイの出した壁に幅まれた大鎌は、その刃の鋭さからか壁に突き立つが切り裂く事叶わず。壁のそそり立つ速度に引っ張られ高く空中へと飛ばされる。
その高さはビル七階分くらいか? そのまま、落ちても魔力を体で循環させ、肉体の強化を図っている魔術師なら大丈夫だろうが、落ちる予定の地面が安全とは言い難いので、受け止めるべく跳躍し、空中でクライアントを受け止める。
「案外、可愛い声でなくんだな?」
「ダマリナサイ!!」
顔を真っ赤に俺の冗談に対し怒る。ボケとツッコミは大事だが、なんと敵もツッこんできた。
さきほどの壁を空中へと伸ばしてきたのだ。
俺は落下途中で壊れたビルのむき出し状態の鉄骨を踏み蹴り、空中で方向転換。ギリギリを通り過ぎる壁を・・・いや、違う。
これは壁なんかじゃねぇ!
鉄骨を利用し素早く縦横無尽にそそり迫る“肉壁”からの回避の最中、グレイと呼ばれる死霊使いと目が合った気がした。生気のないの気色悪い目と紅い瞳が交差する。
俺は何とか、元のフロアにたどりつくと、開口一番で聞く。
「おい、クライアント? ありゃ、なんだ?」
「さすがに気が付きましたのね? アレは」
薄桃色の壁。カジュアルな家の壁を連想した奴に問いたい。壁に腕が無数についているか? 苦悶に歪む顔が涎を垂らして呻くか?
見た目から言うぞ。
その壁はゾンビが固まってできていた。
「ゾンビ、いえ死者が固まって作られた地獄の手前の壁。日本では地獄門と呼べばいいのかしら?」
「い~や断る、日本の地獄門はもっと風流な感じのはずだと俺は信じる」
これが日本の地獄にあるとは思いたくない。
そそり立ち、異様で異常な存在感のあるゾンビ壁が4つ。この廃ビルもずいぶんな模様替えをしたもんだな・・・。
「ゾゾゾゾz・・ニンチする・・まじゅつ、かかぐ・まがいもの・・・れんきんじゅつ。アルケミ・」
そんな悪趣味なインテリへと変貌させた張本人グレイの口から再び音が出るが、こんどは魔術の文言ではないようだ。
「形態術式が書き込まれたビンに入った粉末状までに砕イta呪物に、buんれつkazoく・コクウ素、魔力かで物体を錬成シテiru・・介入・dispる不可。錬成速度は魔術中さいそく」
「ハッ! 魔本の奴隷ごときが、私の術の解析ですの?」
敵の能力を見極めるのは戦う者にとって当然のことだ。だが、なぜだ。とてつもない違和感に襲われる俺がいた。
「魔術師殺しの魔術heno・・がされて・・いる・・・だが」
ふらふらと体を左右に振るわせニヤリ笑う。それは純粋に嫌悪感が背筋に走る下卑た笑い方。まるで、低俗なのはお前らだと言うかのような目線とともにハッキリ言った。
「錬金術・・・魔術を犯した科学の先駆、汚れた学問」
チッ、しくじった! たかが本だと思って油断した。
「完成がナイ・・・完成“できない”終わった魔術ダナ・・」
俺は咄嗟に手を伸ばすが間に合わない。予想どうり、クライアントは侮辱に怒り、グレイへと突貫した。
グレイの狙いどうりに。
「貴様ぁぁぁぁぁああッ!!」
「バババババmmmmm」
怒りの咆哮を上げて突貫したクライアントの手には先日見せたハルバートが作られ、グレイの胸部へと突き出される。対してグレイは凶気の笑み。
敵がほめたたえた錬成の速度は確かにどんな魔術よりも早いかもしれない。それが先手となり、魔術師殺しと呼ばれたのかもしれない。
だが、クライアント。相手はもう魔術を作り上げてるんだぞ。
再び現れたゾンビ壁に矢じりは防がれる。それでも負けじと押し込まれるハルバート。
「ムダ・・ダ・・壁に錬り込まれた死体ノかずは500と30。お前のやりが貫けるのはせいぜい3」
「知ったことかァァァッ!!!」
叱咤の如く放たれたクライアントの声に応えるようにハルバートが赤く赤光する。炎の魔術かと思いきや、違う。赤く燃えているのは壁の周囲。ハルバートがもともとの大きさより分厚くなってるように見える、あれは・・・高周波振動か?
「!!」
「侮辱の罪を、死で贖エェェェ!!」
接触する物質を分子レベルで“切り裂く”刃が、遂に壁を突き抜けグレイの眼前に矢じりが迫る。
グレイは驚きに表情を作ったが、遅かった。気づけ、ド阿呆!
死体の壁は4枚あっただろうが!!
走りだす俺だったが間に合うかわからない距離だ。
壁がクライアントの四方から取り囲むように信じられない速度で迫っているのに気がつかねぇのか!
「ッ!」
迫る壁の音に振り返るが、もう遅い。四方を取り囲まれ、退路を失ったクライアントにグレイは感情もなく告げる。
「総計2120の死体ニ、押し潰サレロ」
あの野郎、壁の構成を解いて圧死させるつもりかっ!
俺の手にはイザナミもある。だが、こいつはどんな魔術だろうと拒絶する。つまり、俺があのゾンビ壁を切り裂けば、“構成を解く手伝い”をすることとなる。
どう・・す・・。その刹那の間に。
「put on 、thunder」
その瞬間、俺の真横を黄色の風が駆け抜けた。
「サラバ、ダ。デキソコナイの魔術シ」
遂にゾンビ壁の檻が総勢2120体のゾンビの圧力へと変換される。中に囚われる者の末路は死体の仲間入り。
だが、クライアントはそうはならないようだ。
下へ向かうはずの力の流れから、横へと向う力が“脱出”する。
それはまさに横に走る黄色い稲妻。稲妻はグレイへと向い。
胸を一閃、切り裂き、稲妻はグレイの背後へと駆け抜ける。
「!!ギョギョギョ」
「・・・変な悲鳴ダネ。それに死体で圧死させるなんて、趣味が悪いヨ」
突然の斬撃に驚き、傷をつけられたのが信じられないかのように見るグレイ。そんな奴に声をかける男はクライアントの腰に手を回し、意識を失った彼女を支えている。
灰色の使い古したジャケットと白地のシャツと青のジーンズという目立たない着こなしの金髪の美青年。
この男はこの場の誰よりも目立っている。黄色の電光を身に纏い、剣を右手に握る姿はファンタジー小説に出てくる魔法の剣士。いや、騎士だったか?
「なんだ、遅れてきたくせにカッコイイじゃねぇか? 騎士様よ」
「遅刻したつもりはないヨ。僕みたいのは、遅れてやってくるのがセオリーだロ?」
「ふん、言うねぇ」
騎士、アルバイン・セイクがまさしく遅れてきたヒーロの如く、剣を構える。
次話へ
最初から見てくれている人、すこしでも興味を持ってくれた方々、こんにちは、桐織 陽です。
未だ初心者臭が消えない我が文を見ていただいて本当にありがとうございます。 ちょっと見て“つまんねぇ”と思われた方、スイマァァッセン!なんとか頑張って文章にするのでどうか、また見てくれることを切に願っています。
友達にアウトファンタジーってなんぞ?ププ、流石、中二病だな~ と問われたので言おうと思います。
友よ、聞け・・いや見ろ!ってゆうか、あとがきで書けってどんな命令!?メールでいいやん!
・・・アウトの名の通り、ダメなファンタジーです。良い子のみんな真似しちゃだめだぞ~と言う意味です。
・・・嘘です。外れた、常識外、規定外、外れた者たちのお話って意味です。
駄文、失礼しました。