5−2
寝台の傍に立つ宰相が体をずらす。
部屋の入口に、最後に見た美丈夫の姿で時の神が立っていた。
……時の神だよな?
光を反射するような白銀の髪をゆるく三つ編みにして体の前に垂らし、黄金色の瞳を細めている。
ゆったりとした薄い紗の貫頭衣を太い帯で締めたその姿は、布越しにもわかるがっしりとした体格をしていた。
月森宮で見た最後の姿だ。間違いない。
だが、何か違和感が……。
「気分はどうじゃ?」
そうか。若々しい姿で老人のような言葉遣いだからか。
ふらつく体を必死に起こし、枕を背もたれにして寝台の上に座った。
「……俺は、どうしたんだ?何があった?」
月森宮の天井から落ちてきた俺の剣で、確かに月の神の胸を貫いたはず。
そして、クララの心臓をスズシロが俺の体に……俺は、月の神に斬られて……。
そこまで思い出して、ハッと顔を上げる。
「クラ……彼女はっ?太陽はどうなった!?」
「お主の目覚めを待っておった。いまだ、封印の鍵はお主の中に」
言われて胸に手を当てる。
ここに、クララの心臓がまだある?では、彼女はいまだ、あの塔に一人で……。
「……行かないと……」
すぐにでも、北に向けて出発したかった。十年もの間、彼女を待たせているだなんて。
立ち上がろうとする俺を、宰相が慌てたように押し留める。
「お待ちを、陛下。まずは、お体の力を戻さねばなりませんぞ」
「そんな悠長なことは……」
「年寄りの言うことは聞くものじゃぞ」
「「……」」
思わず、宰相と無言が重なる。この場で一番の年寄りは自分だろうに。
はあっと息を吐き出し、時の神に視線を向けた。
「焦るでない。あれは、あの塔でお主を待っておろう。まずは、あれから何があったかを話して聞かせる」
「……お食事を、用意させてまいります」
部屋を出て行こうとする宰相に、小さく声を掛けた。
「頼む。……待たせて、すまなかった」
俺の謝罪に、宰相は微笑みだけを返して部屋を出て行った。
俺の寝台の横に椅子を移動させ、時の神が腰を下ろした。
体が大きくなったせいか、椅子が小さく見えるな。いや、部屋そのものが、時の神の存在感に小さくなったような気がする。
「さて。何から話そうかの」
「まず、何故貴方がここにいるんだ?」
「そうじゃな。瀕死のお主を、儂が魔力で包んでここに届けた。あの宰相とはその際に出会った」
クックッと笑いを漏らし、時の神は思い出すように言葉を続けた。
「あの時のあの男の顔は見ものじゃった。お主を害する敵なのかと睨みつけ、じゃがお主の体を護るように抱きかかえておった儂に攻撃するわけにもゆかず……」
「抱きかかえ……」
思わず頭を抱える。大の男が、神とは言え同じ男に抱きかかえられて国へ帰還したなどと、何と情けない。
「儂の出で立ちも、何と言うか……布を巻き付けただけの簡易なものじゃったからなぁ」
そう言えば、あの氷の棺から出てきた後、天蓋の柱から引き剥がした布を巻いていたな。
そんな格好で、俺を連れ帰ったのか。
宰相はじめ、国の重臣たちが気の毒になってきた。どうせこの神は、いつもの調子を崩さずにいたことだろうしな。
「儂が時の神だなどとは思うておるまいよ。太陽を取り戻す戦いの最中、お主が重傷を負い、魔女からお主の身柄を託されたことにしたからのう」
その言い訳もどうかと思うが。
「いまだ半信半疑ではあろうが、お主が目覚めるまで真偽は問えぬ。一応客人という扱いにして、お主の目覚めを待つことにしたようじゃな」
そこまで聞いた時、宰相が侍女を伴って茶と軽食を運んできた。
「ふむ。腹ごしらえが先じゃな。十年の眠りで、お主の体は弱っておろう。胃に優しいものを入れるがよい」
給仕されるのを待つ間、俺はクララのことが心配でたまらなかった。




