5−1
空を浮かんでいるような、水の中を漂うような、浮き沈みを繰り返している感覚に気分が悪くなる。
閉じた瞼の向こうで、光が明滅しているような気持ち悪さを感じる。
頭が重い。腕が痺れているような気がする。
誰かの気配を感じたようで、己の体がぶるっと震えたのがわかった。
耳鳴りのように聞こえていたのが、人々のざわめきだと気づく。だが、近くではない。
扉を隔てた向こう側から聞こえてくるような、はっきりしない声に少し苛立つ。
『……ライ』
何だか懐かしい声がする。
何だ?俺を呼んでいるのか?
『……ライ、お寝坊さんね』
からかうような楽しそうな声に、口元が緩むのがわかった。
いや、俺は夢を見ているのか?
懐かしいこの声に、そんな言葉を掛けられたことはなかったような……。
『ライ、そろそろ起きてほしいわ』
あぁ、貴方が起きろと言うのなら、目を覚まさねばな。
いつまでも寝ていて、嫌われるのはいやだ。
意識が覚醒に向かうのが自分でわかる。
暖かな湿った空気を感じて、ゆっくりと目を開けた。
白い石造りの天井が視界に映る。
しばらく見つめた後、視線を周囲に走らせる。
ここは……俺の部屋、か……?
頑丈な白い石で建てられた、日差しを避けるための炎の国の王城?
強い日差しなど、太陽が失われて以来、俺たちの頭上を照らすことはなかったというのに。大昔に建てられた城はそのまま、何百年も南国にどっしりと構えられていた。
……待て。俺の部屋だと?
何があった?眠る前、俺は何をして……。
「陛下っ!?」
聞こえた叫び声に、壁を見ていた俺の視線が反対側に向けられる。
明かりのための火が焚かれた柱に囲まれた堅固な扉が、開け放たれていた。
呆然と立ち尽くす、立派な顎髭の老年の男性。
「……宰相、か……?」
掠れた声が俺の喉から出た。途端、咳き込む。
慌てて駆け寄ってきて、寝台の横の水差しから杯に水を注いでくれた。
ゆっくりと身を起こし、杯を受け取る。一口飲むと、喉が渇いていたのがわかる。そのまま一息に飲み干した。
心配そうな表情を浮かべる宰相に目をやる。
南国の特徴である褐色の肌をゆったりとした薄い絹の衣装で覆い、深い緑の瞳には理知的な光が宿っている。豊かに蓄えられた顎髭は記憶にあるままだが、頭髪の方は随分寂しくなったような……。
「……何か失礼なことを考えておられますな?」
じっとりとした目を向けられるが、その目尻の皺が深くなっている。
「……老けた、な?」
「お目覚めになって、第一声がそれですか。思ったよりお健やかなようで、安心致しました」
呆れたような口調が懐かしくて、口角が上がる。
「ここ、は、俺の部屋だな……?」
声が上手く出せない。喉も唇も乾きに乾いているようだ。
宰相が眉間に皺を寄せながら、その場で跪いた。
「陛下、お目覚めを、心よりお喜び申し上げます。この十年、生きた心地がしませんでしたぞ」
…………。
十年だと!?
思わず寝台から勢いよく立ち上がりかけて、ふらつく頭に逆に倒れ込んだ。
「陛下っ」
立ち上がったらしい宰相の慌てる声が頭上から降ってくるが、気にしてやる余裕がない。
「俺は、十年も、眠っていたのか!?」
俺の額に手を当てようとする宰相の襟ぐりを両手で掴み、ぶんぶんと振る。
振った、つもりだった。
力が入らず、ただ揺らしただけになってしまった。
「その程度で目覚めたことを喜ぶがよいぞ」
宰相の後ろから、聞き覚えのある声が響いた。




