閑2 無時域の書庫
漆黒の背表紙を開き、筆を執る。
『我が罪を、ここに記そう。
あの方に魅了され、人の子の時と尊厳を奪い、玩具のように扱った、その罪を。
黄金に彩られた、世界を明るく照らす太陽神さま。
銀色を揺らめかせる、夜空にほんのり輝くような月の神。
二柱が世界の覇権をかけて争ったのは、すでに遥か遠い時代のこと。
我が仲裁により、昼と夜の時間を等しくし、交互に世界を統べることで一応の決着をつけた。
誰からも愛される姉神に劣等感を募らせ、世界を手に入れることを諦めない月の神が、可愛らしくて仕方がなかった。貴方さまには貴方さまの魅力があるのだと、何度言葉にしても伝わらなかった。
どれだけ体を重ねても、私の愛はわかって頂けない。
あの銀色に魅了され、あの方の我儘はすべて叶えて差し上げたいと思ってしまった。
あの方の暗い笑みも、癇癪も、その銀の瞳に浮かぶ太陽神さまへの歪んだ愛着も、すべてが愛おしく、抗いがたい甘美な色香であった。
太陽神の神託を受ける光の御子を見たい、との仰せにも従った。
水の国の王女を己のモノにしたいと言われた時も、彼女を閉じ込めるための塔を建て始めた時も、言う通りにしてしまった。
気づけば王女の心臓は取り出され、太陽神さまを封じる肉の器とされてしまっておった。
世界から、太陽が失われた瞬間。己の犯した罪の重さに慄いた。
傷つけられた太陽神さまの壁画を見て、我に返った時にはすでに手遅れであった。
月の神は猜疑心が強い。
王女を魔女の身に貶し、太陽神さまを封じる鍵としての心臓を隠された。私にできることは何もなかった。
太陽神さまの復活を企む者が現れないか、監視の役目を仰せつかった。
塔に世界中から知識と情報を集め、書物として収める魔法を施した。
人の子には、この『無時域の書庫』を読めないように、封印をかけた。
魔女は単に、塔の成り立ちが書かれた書物と思い込んでおるようだ。私には都合がいい。
いつか、世界に太陽を取り戻そうとする勇気ある者が現れるまで、この本は封じたままにしておこう。
人の子に成せるかはわからぬ。
それでも、我らが造り上げた人の子は、時に驚くほどの力を発揮することがある。
希望を捨てず、今しばらくは、あの方に魅了された振りを続けることとしよう』
エグラール大陸南の、炎の国の年若き王が北に向けて旅立った。
求め続けた勇気ある若者が、とうとう現れたのか。
塔で孤独に過ごす内、肉体が限界を迎えようとしている魔女に思いを馳せる。
やっと、太陽神さまの復活に手を貸せる時が来たのかもしれぬ。
愛する月の神を、この腕の中に囚え、私だけのものにできるやもしれぬ歓喜で、胸が震えた。
あの方以外のことは、すべて他の者に任せよう。
私は私の屈折した愛を叶えることを優先する。
それが、魔女を解放することに繋がるのならば、我が罪も贖われることであろう。




