4−24
切り裂かれた白い体が、床に倒れていく。
スズシロに斬りかかった勢いそのままに、俺に向けて剣を振りかぶる月の神が見えた。
短剣は先ほど弾かれ、剣は敵の手の中だ。魔力はすべて、先ほどの一撃に込めた。
丸腰の俺の目に、振り下ろされる刀身がゆっくりと動いて見える。
「ライカーン……っ!」
珍しく焦ったような声が、時の神から発せられた。
名を教えてなどいなかったが、さすがに神には知られていたか。
鎖骨の下あたりから脇腹あたりまで斜めに切られた肌から、血が噴き出す。
不思議と痛みは感じなかった。ただ、生ぬるい感触と、錆びた鉄の臭い。
「今度は、君の心臓にするっ!もう、魔女なんかいらないっ!」
細い手が俺に伸ばされるのを躱すように、後ろから体を引かれた。
スズナが、息を切らしながら、俺の腰を抱きかかえるように引っ張ってくれたようだ。
月の神は、時の神の太く大きな腕に押さえつけられていた。
「……少々、おいたが過ぎますな」
底冷えするような声と瞳だった。
いや、そんなに怒るくらいなら、最初から油断しないでくれ。
届かない声で、そんなことを思う。
あぁ、力が入らないな……。
「……っ、カーンさまっ!止血と癒しを……っ!」
時の神が月の神を押さえつけている間に、寝台の傍から離された俺にスズナが必死に声を掛ける。
「アサギっ!そこら辺の布を片っ端から切り裂いて、持ってきてっ!」
精霊でも、こんなに焦るのだなぁ……。
「ス、ズナ……彼女、の心臓、は……無事に、戻せる……だろうか……」
俺がここで死んだら、俺の中にしまわれた心臓はどうなる?
クララは無事でいられるのだろうか。
「今は自分の心配してっ!アサギっ、まだ!?」
スズナの焦る声と、遠くで聞こえる月の神の喚き声。それに時の神の叱っているような声が混じり合って、何とうるさいことか。少し静かにしてほしい。
ぐわんぐわんと、頭の中で鐘が鳴っているようだ。
あぁ、寒くなってきたな……。
「吾は癒しの魔法は苦手なんだっ!とにかく、傷を塞ぐからっ!」
スズナの白い指先から、淡い光が溢れ出す。
あぁ、やはり精霊の魔法というのは、美しいものだな。
そう言えば、クララの使う魔法も見惚れるほど美しかった。
いや、あれは、愛しい彼女から放たれるものだったからだろうか。
もう、会えないだろうか……。
最期に一目、もう一度会いたかった。
炎の国は……宰相がいいように導いてくれるだろう。もう随分長いこと、会っていない気がするな。
太陽を取り戻すことも叶わず、クララを解放することもできず、情けなくも倒れた俺を許してくれ……。
「カーンさまっ!?ちょっと!しっかりして……っ!」
スズナの声が遠い。
最期に聞くのがこの精霊の声だとはな。
我ながら微妙な最期だ。やり残したことばかりで、悔いしか残っていないな。
あぁ、クララ……。もう一度、会いたい……。
俺はゆっくりと、目を閉じた。




