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「よくぞ、封印を解いたものじゃ」
時の神の感慨深そうな声に首を傾げる。
「封印?」
「魔女の心臓は、この方の心臓のさらに奥深くに、厳重に隠されておったからのぅ。儂でも手出しできぬ、深い深い場所にな」
思わず、手に乗せられた光の塊に視線を落とす。
トクン、トクン、と一定の間隔で刻まれるその鼓動が、クララの体温まで伝えてくるようでほっとした。
その安堵感を、甲高い声が引き裂く。
「何なのっ!どうして、こんなことするのさっ!」
胸に俺の剣を突き刺したまま、月の神が時の神を睨みつけている。
「僕のことっ、愛してるって言ったのは、嘘だったのっ!?」
「ほっほ。儂は貴方さまに嘘などつきませぬぞ」
「じゃあ、どうしてっ!」
この酷い癇癪を前に、よくそんなに愛おしげに見つめていられるな。
時の神の鷹揚な態度に、呆れと感心が浮かんできた。
「今ならば、儂の言葉をしっかりとお聞き入れ頂けますかな?」
「何言って……」
「儂は、貴方さまを愛しております。なので、太陽神さまへの執着は捨てて頂きたい」
何を言われたのかわからない、といった顔をして、月の神がぽかんと口を開けた。
「しゅうちゃく……」
「太陽神さまに愛してほしくて、振り向いてほしくて、貴方さまが世界を手に入れたがっておられたのは、存じております。じゃが、太陽神さまは弟としてしか、貴方さまを見てはおられない」
「……」
あー……。月の神が泣きそうになってるぞ。
憎く悍ましい敵なんだが、そんな顔をさせるのはやめてくれ。同情しそうになるだろ……。
いつの間にか傍まで来ていたスズシロが、剣の柄を握る俺の手にそっと白い指先で触れた。
「そろそろ、お離しになられても大丈夫そうでございます」
力を入れ過ぎたせいで白くなった指を、ゆっくりと柄から離す。
「一度、魔女の心臓を貴方さまの体内にお入れします」
「はっ?」
「そのまま持ち歩くのは危険でございますので。月の神さまのことは、主にお任せ頂きたく」
チラリと神々に視線をやり、ため息をついてスズシロに向き直る。
身勝手な神と神の修羅場など、見ていられるか。
クララの心臓を取り返すという目的は果たした。あとは、彼女にこれを返し、太陽神を復活させるだけだ。
「力を抜いて、そのまま立っていてくださいませ」
スズシロの言葉に従い、肩の力を抜く。
俺の胸あたりに白い手を置いたスズシロの魔力が、ふわっと俺の身を包む。
手にしたクララの心臓が、ゆっくりと俺の内に吸い込まれていくのがわかった。
何だか不思議な感覚だった。俺には俺の心臓があるというのに、クララの鼓動も俺の中から聞こえるような、何とも言えない奇妙な温かさ。
「このまま、魔女の元へ戻られ、彼女に心臓を戻せばよろしゅうございます」
「いや、どうやって?」
そんな高度な魔法など、俺には使えないぞ。
首をひねる俺に、スズシロが淡く微笑んだ。
「主が、その力を込めた百合の花束をご用意致します。魔女の肉体に心臓を戻すための、魔法陣が描かれ……」
その言葉を、最後まで聞くことはできなかった。
時の神が何を油断したのか、月の神が己の胸から引き抜いた剣を手にこちらへ駆けてくるのが視界の端に映った。




