4−20 クララ
剣を鞘ごと抱きしめて、ありったけの魔力を込める。
ライカーンに届くように、祈りながら。
炎の国の書物にあった、『大いなる愛』が何を指しているのかはわからないけれど、ライカーンが大切で、心配なのは偽りない気持ちだわ。
彼のために、魔力を空にしても構わない。
『……そろそろ、よかろう』
!!
脳裏に響いた声に、肩が跳ねた。
聞き覚えのある、けれど記憶にあるより少し若いような、老神の声。
時の神?どうせなら、ライカーンの声を届けてくれればいいのに……。
不満が伝わったのか、ほんの少し、鞘が振動した。
『すまんの。儂は今、囚われの身ゆえ、それほど力は貸せぬ』
囚われ……?
どういうことかしら。
『少しばかり、焦りすぎた。あの方の一瞬の魅了に抗えず、儂は今、氷漬けにされておる』
……えーっと。
時の神が月の神の魅了に逆らえなかった。
いえ、そもそも、魅了されて私をここに閉じ込めていたのではないの?
『お主の力が剣に充分溜まったようじゃ。ここから儂の精一杯の力で塔に穴を開ける。剣を、投げ入れよ』
「は!?」
思わず、聞き返した。剣を、投げる……?
何を言っているのかしら。
『塔と月森宮を繋げる道を通す。お主はまだ、塔から出られぬが、その剣はお主の魔力に護られて、あの王の元へ届くじゃろう』
「そんな、都合のいいことが……」
あるわけない、と続けようとした私に、時の神がさらに言葉を被せる。
『儂は儂の目的のため、お主はお主の目的のため。そして、王は王の目的のために、最善と思うことをやり遂げればよい』
そんな、神さまみたいなことを言われても……。
あ、神さまではあったわね。困惑して、どうすればいいのかわからない。
『……儂は、太陽神さまのことも、人の世のことも、どうでもよい。あの方と、二人きりで愛し合えるなら、それだけでよい』
えぇー……。
何かしら。何だかふつふつと怒りが湧いてきたわ。
私は、何を聞かされたのよ。時の神と月の神のそんな話は聞きたくなかったわ。そんなことのために、私はここにいるの?
思わず、剣を睨みつける。が、剣にもライカーンにも罪はないと思い直す。
「……本当に、彼の元に届くんでしょうね?」
『それは保証しよう。儂も神の端くれ。騙すことはあっても、偽りは口にせぬ』
はぁっと深く息を吐きだす。
どちらにしろ、今の私にできることはないのだから、決心するしかない。
「わかったわ」
私が答えると同時に、ぐにゃり、と視界が歪んだ。
塔の魔力が渦巻いているのを感じる。立っていられなくて、膝をつく。
上を見上げる。高い高い天井の頂きを中心に、魔力の渦ができている。少しずつ、穴が広がっている。
この世のものとは思えない淡い銀色の光が、薄っすらと滲み出している。
あれは、月光かしら。あの先が、月森宮?
『剣を投げよ』
「……簡単に、言ってくれるわね……っ!」
重さのある剣をしっかりと両腕で抱え、渾身の力で立ち上がった。踏ん張る足がふらつく。
ぐっと歯を食いしばって、広がり続ける穴に向かって力一杯放り投げた。
到底届きそうにないと思ったけれど、それぞれの魔力が共鳴したのか、ライカーンの美しい剣が天井の穴へと吸い込まれていった。まるで、剣が意思を持っているかのようだった。
どうか、ライカーンを護って。
肩で息をしながら、必死に祈った。




