4−19
俺の顎を掴む白い指を、払い除けられない。
みしみしと、骨の軋む音が内から響く。
細い指先で俺を掴み、反対の手でスズシロたちと俺たちとの間に青白い膜を張られた。
「これで、邪魔は入らないよ」
唇が触れ合いそうなほど近づいてくる白い顔に、唾を吐きかける。
「!!」
声にならない悲鳴を上げて、月の神が後ずさる。その隙に離れた腕を掴んで、床に押し倒し膝で押さえつけた。
「僕の……よくもっ、僕の顔にっ」
細い首筋に短剣を当てる。
「魔女の心臓はどこだ?」
低く尋ねた俺の言葉に、ピタリと動きを止めた。
じっと下から見上げてくる銀色を見つめていると、おかしな気分が再び襲ってきそうだ。
深く呼吸し、魅了にかからないように注意する。
「どうして、そんなことを聞くの?」
全ての感情を削ぎ落としたかのような声。先ほどまでのはしゃいだ様子とは別人のようだ。
「俺は、世界に太陽を再び昇らせるために、ここまで来たからな」
「……」
「まずは、魔女の心臓を返してもらう」
決意を込める俺の声に、しばらく考え込んでいた月の神が、にやりと嗤った。
「なぁんだ、君の一番は、姉上かぁ」
「は?」
「てっきり、あの魔女に誑かされてここに来たのかと思ったよ」
くすくすと笑い声を漏らす月の神に、得体の知れない気味悪さを感じるが、短剣は離さない。
だが、まるで短剣など見えていないかのように、月の神が起き上がろうとする。
「……っ」
突きつけられている刃で肌が切れるのにも構わずに、身を起こした月の神が微笑んだ。
次の瞬間、爆発するような音と風圧に、俺の体が吹き飛ばされた。
部屋を囲う木に背中から激突し、息が詰まる。
「……っ、ぐ!」
痛みに耐え、素早く立ち上がった。
寝台を窺うと、月の神が切られた首筋に手を当てているところだった。
「どうして、傷がつくのかなぁ?もしかして、その短剣も、あいつか魔女に貰ったの?」
問われ、手にしたままの短剣に目を落とす。
月森宮の森で、スズシロから手渡された短剣。時の神の魔力で包んだと言っていたな。神の力を宿すから、同じ神に傷をつけられたのか?
壁に飾られた氷の棺に視線を向ける。
ピクリとも動かない時の神が、微笑みを浮かべているように見えるのは気のせいか?
「僕はねぇ、今の世界が気に入っているの。だから、姉上の復活なんか許さないし、魔女の解放も認めてあげない。だから、君は諦めて、僕のモノになってよ」
衣の腰を細い紐で締めながら、月の神がこちらへ近づいてくる。
「だってさぁ、魔女とあいつが気に入ったなんて、ただの人の子じゃないんでしょう?ふふっ、僕にも味見させてくれたって、いいじゃない」
何を言っているんだ、こいつは。
「諦めなよ。君は、僕には、勝てない」
そうかもしれない。所詮、人である俺が神に勝とうだなんて、夢物語なのかもしれない。
だが……。
俺を見つめる蒼い瞳を思い浮かべる。
あの微笑みも、俺に触れる指も、柔らかな感触も。
ここで負けては全て失われる。
世界に太陽は昇らず、目的を忘れてこんなところで、こんな奴の傍で生きていくなど御免だ。
一度ぎゅっと目を閉じ、体内の魔力を探って目を開ける。
クララ。貴方に頼ってばかりの情けない俺を許してくれ。
ここで、月の神を倒して貴方の心臓を取り返す。どうか、力を貸してくれ。
魔力が体中に巡る。熱くて熱くてたまらない。
全ての熱を外に出すように、大きく息を吐き出した。




