4−18
月の神と氷の棺の間に体を差し込むように、駆け寄った俺は寝台に乗り上げた。
振り下ろされた細腕を、両手を交差させて受け止める。
「ぐ……っ」
バチバチと、肌が触れたところから火花が散る。月の神と反発し合っているように感じる。
腕の痺れを耐え、月の神を押し返す。
体が離れたところで短剣を構え、男神を睨みつけると、またしても癇癪を起こしたように喚き出した。
「何なのっ!どうして邪魔するのっ!あいつはっ、僕を愛してるって言ったっ!それなのに、君に加護を与えてるなんてっ」
「……」
寝台を囲む柱の近くで、スズシロとスズナが何とかこちらへ近づこうとしている。
だが、隙だらけに見えて、月の神の周りには靄のような障壁が張られているのがわかる。迂闊に近寄れば、弾かれるかもしれん。
月の神が己の体の前で手を翳した。と、床にめり込みそうなほどの圧力がかかる。
見えない巨人に踏みつけられてでもいるように、石造りの床が俺の膝の下でひび割れていく。
「君は僕の力を弾く、魅了も効かない……なら、魔女の魔力はどう?あいつが僕に捧げた力を受けて、地を這うのを見せてよ」
演奏の指揮でもするように、指を振る月の神から放たれた蒼い光が吐きそうなほどの圧力で俺を包み、体がふらつく。
先ほどの月光のような魔力とは別の、身に馴染んだ力が俺に纏わりつく。親しみを感じるはずの魔力が、俺の体を這い回る気持ち悪い虫のようだ。
時の神がクララから吸い上げた魔力か。彼女から奪われ、別のものに上書きされたそれが、俺の体力を奪っていく。
「クッ、アハハハハ!ほらほら、地に伏して、僕に許しを請うといいっ!」
甲高い笑い声が、癇に障る。
「君が、魔女の隠した男でしょお?僕に黙って男と通じるなんて、生意気だよねぇ。しかも、あいつの力を借りてこんなところまで来るなんて。許せないよねぇ」
歌うように、月の神が俺を嘲笑う。
あいつとは、時の神のことか?塔にいたのが俺だと感づいたか。
だが、他者から奪うことしか考えていないようなこんな奴に、屈するわけにはいかない。
ぐっと歯を食いしばり、床に膝をついたままで月の神を睨みつける。
月の神の銀色が、眇められた。
「……ほんっと、生意気」
ぽつり、と零して指が大きく振られた。
体にかかる圧力が大きく、重くなる。支えられない体が傾く。
と、ふわりと柔らかい感触が俺に触れた。
「!!」
入口近くで震えていたはずの、アサギだった。
「何してるんだっ、離れてろ!」
絞り出した声に、少年が微笑んだ。
「わ、私は、この身に、月の神、さまの魔力を受け入れた者。あ、貴方さまの、盾となります……っ」
「お前……」
どうやって月の神に気づかれずにここまで近づいたのか。
だが、俺を包むその細腕は、神への恐怖からか震えている。
「……何なの。ソレはさっき、ここから追い出したはずの……何、そいつに腰を振って縋りでもしたの?僕から魔力を貰って生きてきたクセに、僕に歯向かうなんて……」
底冷えのするような声に、ぞわっと背筋が凍った。
次の瞬間、アサギの小柄な体が吹き飛ばされた。
「っ、アサギ!」
「ねぇ、あんな尻軽は放っといて、僕を見てよ。魔女にもあいつにも、絶望してもらおうよ。僕があげた魔力で身を隠して、こんなところまで近づいてきて、君を庇おうなんて、不敬だよねぇ」
ふふっと嗤いながら、月の神が俺の傍にしゃがみ込む。
入口近くまで飛ばされたアサギの体を、スズナが抱きかかえているのが視界の端に映った。
ひとまず安堵していると、月の神の細い指が俺の顎を捕まえた。
「僕を見て。僕に、愛を捧げてくれるなら、今ここにいる者たちは、許してあげるよ」
まるで死者のような冷たい指先に、嫌悪感が募る。
狂った神の言い分など、信じられるか。




