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時果ての魔女  作者: 紫月 京
4章 神の庭にて

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4−16


駆ける俺の目に、宮殿の入口と同じような花々を描かれた白い扉が見えてきた。

あれが月の神の寝所だとアサギが言う。

いよいよ、世界の敵とのご対面か。いや、俺とクララの敵だ。

走りながら、短剣を鞘から抜いた。

体の外側はスズシロたちの魔力の障壁で覆われている。そして内側に感じる温かな魔力。

スズナが言うには、どこかから俺の体に魔力が送られてきているそうだが、それがクララの力だと、何故かすんなり信じられた。この温かな、柔らかい魔力はきっと彼女のものだ。

月の神を倒し、世界に太陽を取り戻し、貴方を塔から解放してみせる。

決意を胸に、白い扉を蹴破った。


部屋から溢れる光の眩さに目が潰れそうだった。

ここまでの薄暗さが嘘のように、花と光に溢れた部屋の中。

白い柱が建てられ、部屋の周囲を囲むように泉から水が流れている。咲き誇る花々からは芳香が立ち込め、森を思わせる木々が緑を揺らしていた。

神の庭と呼ぶにふさわしい清涼さに、眉をひそめる。これが、月の神の寝所?

俺の中での印象からは想像もつかない美しい光景に、言葉を失った。


「やぁ、こんなところまで、よく来たね」

聞いたことのある声が、俺の耳に届いた。

すかさず短剣を構える。

「けど、無粋だよねぇ。ここは、僕がみんなと愛し合う場所なんだけど。扉も蹴っちゃうなんて、野蛮だな」

心底楽しそうなその声に、寒気がした。肌が粟立つ感覚に、そっと腕をさする。

部屋の奥に、天蓋つきの寝台が見えた。薄布は開かれ、天蓋の柱にくくりつけられている。

その広い寝台に、ゆったりと腰を下ろす人影。

夜空を思わせる濃紺の髪を白い指先でいじりながら、淡い銀色の瞳を瞬かせている。

身につけた薄い紗の装束は前がはだけ、腰を留めていたと思われる細い紐も辛うじて衣に引っ掛かっているような状態だ。見た目だけは極上な美貌の神のあられもない姿に、息をするのも忘れそうになる。

こちらを見つめる銀色は、侵入者を睨むものではなく、どこか嬉しそうに煌めき、吸い込まれそうになる。

立っているのもやっとだった。

何故、こんなに力が入らないんだ。


ふと、気づく。

目の前に座る月の神が、俺を見つめている。

ふ、と視線を外し、再びこちらをじっと見る。身動ぐ度にふわりと立ちのぼる壮絶な色香に、纏わりつかれていくようだ。途端、体中の血が逆流するように、熱くなった。

体が火照る。息が荒くなる。額に汗が浮かぶのが自分でもわかった。

何だ、この熱は。震える指先を、月の神に伸ばしそうになる。

その袖を、後ろから誰かに引かれた。

「カーンさま、お気を確かに」

冷静なスズシロの声に我に返る。

体に溜まった熱が霧散していく。

ふう、と息を吐くと、寝台に座る男神が目を剥いた。

「弾いたの!?どういうこと!?」

何に激昂しているのかわからんが、俺としては助かった。

後ろを振り返る。

「すまん」

「いえ、あれが月の神さまの、魅了でございますので」

「あれが……」

確かに恐ろしい魅力だった。俺に男色の趣味はないというのに、あの銀色の瞳に惑わされそうになった。

俺一人では、抗えたかわからん。

「……生意気。生意気生意気生意気……っ!」

憤然と立ち上がった月の神の姿が、今度ははっきりと、敵として見えた。



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