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「そう言えば、お前は何故舌を切られなかったんだ?」
スズシロが結界を張る様子を、目を見開いて見つめていたアサギに尋ねる。
「……ご、ご寝所で、鳴き声が、一切ないのは、無粋と……」
「……」
聞くんじゃなかった。
ため息を漏らし、アサギの頭を軽く撫でてから、俺は気持ちを切り替えた。
床に倒れ伏している男に近づく。
スズナの魔力の縄からは抜け出せないだろうが、捨て身で飛びかかってこられると厄介だな。
軍靴の爪先で、男の背を踏みつける。
「……っ、ぐ……」
うめき声すら、穢らわしいな。
「お前の主は、どこにいる?どこで、何をしている?この宮にいる者は、これで全てか?」
「……」
問いに答えずこちらを睨み上げてくる男の顎先を、軽く蹴った。
寝台の傍から入口の扉まで、男の体が吹き飛んでいった。
「!?」
まただ。それほど力は入れていなかった。何故、あれほど転がった?
「……カーンさま、どこかから魔力が送られてる」
「は?」
「月森宮に着いた時よりも、力が上がっているね。誰かが、貴方に力を送り込んでいるみたい」
スズナの言葉に首を傾げる。意味がわからん。
「貴方の体内……心臓の上あたりに……誰かの魔力の残滓がある。そこに、どこかから送られてきてる」
ハッとして、胸元を押さえる。
魔力の残滓……クララ?
狩りに出る度に、「お守り」だと言って俺の中に魔力を送り込んでいた。
俺は今もまだ、貴方に護られているのか……。
温かな気持ちが胸を覆う。
離れていても俺を護ってくれる貴方の献身に、応えたい。
扉の傍まで歩み寄り、力を入れ過ぎないように気をつけながら男の背を踏む。
「質問に答えろ。お前の主は、どこだ?」
「……」
「このまま、ここで死ぬか?」
俺の言葉に、途端に怯えを見せる男。鬼畜の所業を行っていたくせに、反撃されて己の命が脅かされることなど考えたこともなかったのか。
「素直に答えれば、楽に逝かせてやる」
「……どちらにしろ、殺すと言うのなら、俺は何も答えぬ。どうせ、奥へ向かうのだろう」
にやり、と形容するのが相応しい、厭らしい嗤いを浮かべて男は銀色の瞳を閉じた。
森の出口で出会った警護の男もそうだった。この宮にいるのは、月の神への忠誠のためなら死をも厭わない者ばかりか。
無言で短剣を男の心臓に突き刺した。
事切れた男の肉体を、スズナが時魔法で消滅させてくれた。
寝台を振り返る。身を寄せ合う少年たちに、できる限りの穏やかな声を掛けた。
「俺たちは、奥へ行く。結界に守られてお前たちは、安全だ。ここでじっとしていろ」
「……っ」
答えられないその口で、それでも必死に何かを伝えようとしてきている。
震える唇の動きは、確かに「ありがとう」と言っているように見えた。
薄暗かった室内が、スズシロの清浄な光で少し明るくなっていることに安堵し、三人を伴って俺は宮殿の最奥を目指した。




