4−10 クララ
床に落とされた書物を、一冊ずつ拾う。
月の神の癇癪はいつものことだけど、今日は何か、いつも以上に荒れていたわね。
何にあんなに、苛立っていたのかしら。
拾い集めた書物を腕に抱え、螺旋階段を一歩ずつ上がる。
今頃、ライカーンは時限宮かしら。それとも、時の神を正気に戻して月森宮へと向かった?
心配でたまらないわ。
階段の途中、ふと何か聞こえて振り返る。
肌が粟立つような感覚。何かしら……。
下階の床を見下ろす。あぁ、彼の剣を置いてきてしまったわね。
書物を拾い集めるのに夢中になっていたわ。
腕に抱えた本に魔力を纏わせて本棚へと戻す。
吹き抜けをふわりと降りて、彼の剣の傍に立つ。
「……どういうこと?」
赤い炎の装飾。
彼が炎の国の王であることを証明するための、美しく実用的な剣。
その鞘が、小さく振動していた。
「剣が、動いてる……?」
どうしようかしら。この剣、ライカーンは軽々と扱っていたけれど、私には重たいのよね。
いえ、待って。剣、よね?どうして勝手に動いているのよ。
魔力?いいえ、彼はこの塔に来るまで魔法の存在は御伽噺だと思っていた。剣に魔力が宿っているなんて、そんなはず……。
そっと、手を伸ばしてみる。
鞘に触れた瞬間、火傷しそうな熱さに驚いて手を引いた。
どうして、熱さを感じたの?
「……ライ?」
貴方の身に、危険が迫っているのかしら。
きゅ、と唇を噛み、赤い炎の装飾に触れる。
ぶわっ、とどこかの光景が脳裏に広がった。
薄暗い月明かり。
鬱蒼とした森を抜けた先の、白亜の宮殿。
これは、話に聞く月の神の住処……?どうして、ここにいる私に見えるの?
宮殿の入口近くに、淡い金髪の人影。
「ライ……!」
思わず叫んで剣から手を離した瞬間に、見えていた光景は消えてしまった。
焦って、再び、今度は剣を両手で抱きしめた。
何も見えない。どうして……。
『……ようやく繋がったかの』
耳に響いた嗄れた声にハッとした。
ないはずの心臓が、ドクドクと音を立てているような気がする。
まさか、まさか……時の神?
どうして、ライカーンの剣から……。
『時がない。儂は、お主の想い人に手を貸しておる。月森宮から、その剣の魔力を借りて声だけを飛ばしておる』
剣の魔力……。
ライカーンがいた時には気づかなかった。どうして?
『お主の戸惑いもわかるが、今は堪えよ。儂は、お主を塔から解放することに賛成じゃからな』
何を、言って……。
ここに閉じ込めたのは貴方のくせに!
『お主の大事な王が死なぬように、そこからその剣にお主の魔力を込めよ。それがあの王の力になろう』
それきり、忌々しい声は聞こえなくなった。
抱きしめた剣を見つめる。何の魔力も感じない。どういうこと?
吹き抜けから上を見上げる。
炎の国の書物、もう一度全部読むわ。
忘れていることや、見落としていることがあるかもしれない。
力の抜けた足を踏ん張って立ち上がり、最上階まで一息に飛び上がった。




