4−9
炎に包まれた青年の死体を眺めながら、どうしようもない無力感に苛まれる。
月の神と戦い、世界に太陽を取り戻し、クララを塔から解放するために、ここまで来た。
だが、人間相手に命のやり取りをする羽目になるとは考えてもいなかった。
唇を噛み締め、踵を返した。
森の出口だった木の陰に座らされた少年に、近寄る。
ビクッと彼が怯えたのがわかった。
だが、敵である可能性が残っている以上、その心情を気遣ってやる余裕はない。
「さて。話を聞かせてもらおうか」
震える少年の傍に立ち、上からその白い顔を見下ろす。
よく見れば、はだけた薄衣から覗く肌には、あちこちに痣があった。月の神の仕業か?
隣でスズシロが、投げられた石で切られた額に、清潔な手巾を当ててやっている。
頬にも殴られたらしい腫れが見られ、切れた唇の端からは血が滲んでいる。
「お前は、月の神に仕える者か?俺たちを排除しに出て来たのか?」
俺の問いに、ぶるぶると震えて頭を振っている。
「俺たちには時間がない。答えるならさっさと答えろ」
スズナが宮殿を窺ってくれているが、まだ敵が出て来るかもしれんからな。急がねば。
「……わた、私、は……攫われて、ここに……」
「攫われた?」
「み、水の国で、神殿にお仕えして、いました……」
水の国だと?クララと同じ、水の国。
「月の神に攫われて来たのか?」
ぶんぶんと頭を縦に振り、少年がこちらを見上げてくる。淡い銀色の瞳に、涙が滲んでいる。
「お、お祈りの最中、あの、あの方が、私、を見初められ、気づけばここに……」
「見初められ……」
「あ、あの方の、慰み者に、するために……」
それは見初めたと言っていいのか。
頭が怒りで沸騰しそうだ。あの神は、どこまでも俺に嫌悪感を抱かせるな。
「あの、あの方のま、魔力で、私は、あの方に、お仕えすることはよろ、悦びだと、教え込まれ……」
ぎゅっとつぶられた目から涙が流れる。
「ど、どれだけの、時を過ごしたか、もうわかりません、が……時の神さまが、おいでになられ、その……私にお、お茶をくださり、と、突然、意識がはっきりして……」
時の神の茶?あの、百合の香りの茶か?
「と、時の神さま、が『儂があの方の気を引いておる隙に、逃げよ』と、お、仰せになられて……」
目を開けた少年は、虚ろだった瞳にしっかりと意思の光を宿していた。
震える声で語られたのは、悍ましい話だったが、月の神の洗脳のような状態から抜け出せたのならば、歓迎すべきことだろう。
「では今、月の神の元には時の神が?」
「は、はい。ですが、その……それほど、時は稼げぬ、と」
月森宮を振り返る。
静かすぎる宮殿の様子に胸騒ぎがする。
「カーンさま、この者、いかが致しましょうか」
「……お前は、己の力で国元へ戻れるか?」
宮殿から目を逸らさずに尋ねると、少年が項垂れるのが横目に見えた。
「こ、ここまで、どのようにやって来た、のかも、わかりません。わた、私は……帰れる、でしょうか」
「スズシロ、どうだ?」
「吾らの力で神の庭から人の世へ弾き飛ばすことはできますが……」
「人の子の肉体が保つか、保証はできない」
スズナの言葉は冷淡に聞こえるが、月の神の犠牲者だというのなら、救ってやりたい。
「……月森宮の案内はできるか?」
俺の言葉に、少年とスズシロが同時に目を上げた。
「まさか、連れて行かれるのですか。足手まといでしかありませぬが」
「で、できますっ!つ、月の神さま、のご寝所まで、お、お連れできます!」
必死な声に頷き、スズシロを宥めた。
「内部の詳しい案内ができるのなら、そこまでの道は俺がそいつを護ろう」
「……お人好し」
ボソリと呟かれたスズナの言葉は、黙殺することにした。




