4ー6
木の陰に身を隠し、月森宮を窺う。
月明かりに照らされた白亜の宮殿が見える。
荘厳な柱に囲まれた白い建物は、薄暗い世界でほんのりと光り輝いていた。
「あれが、月の神の住処か」
低く呟く俺に、スズシロが頷きを返す。
「主も今は、あそこにおられるはずです」
「警護のために、月の神さまに魅了された者たちがいるはず。気をつけて」
先ほどの黒狼を思い出し、気を引き締めた。
「他にはどんな獣がいると思う?」
「獣もいるだろうけど、元は人の子だった者もいると思う」
「人の子?」
スズナの言葉に、左隣を見る。スズシロと同じように月森宮を窺っている精霊は、珍しく眉間に皺を寄せていた。
「どういうことだ?」
「森の警護は獣のお役目。宮を護るのは人の子のお役目」
「月の神さまは、時折人の世に降りられては、そこで魅了した者を連れ帰っていると、主より聞いたことがございます」
つまり、ここから先、俺は人間相手に戦うということか。
やはりあの神は好きになれんな。人の世からそう簡単に連れ帰られていてはたまらん。
ぎりっと奥歯を噛み締め、借りた短剣の存在を懐に確かめた。
睨みつける宮殿から、黒い影が飛び出てきた。
あれは、警護の人の子か?
目を凝らしても、さすがに距離があってよくわからない。
だが、右隣に立つスズシロが警戒したのがわかった。
「何が来た?」
「……人の子ですが……」
「何だろう?魅了されている者には見えないけど……」
首を傾げるスズナの様子も、不審げだ。
わからないなら、突撃するのみだ。
どうせ、ここでじりじりしているだけなら情報を得たい。
短剣を手に飛び出そうとする俺の袖を、スズナが力強く掴んだ。
「ちょっと、ちょっと!どうするつもり?」
焦ったようなその声に、にやりと笑ってみせる。
「待つのは性に合わないからな。あれを倒して宮殿の中の情報を得る」
「えぇー……」
呆れたような表情のスズナの手から力が抜けた。
それを好機と、俺は短剣を鞘から抜きながら影に向けて駆け出した。
ふらふらと、何かを探すような仕草でこちらへ向かってくる人影に近づく。
容姿がはっきりと見えるところまで来ると、相手にも俺の存在を気づかれた。
ハッとしたような相手に武器を構える隙を与えず、素早く距離を詰める。
首筋にピタリと短剣の刃を当てると、相手が息を呑むのがわかった。
「騒ぐな。お前は、月森宮の警護の者か?」
静かに問うと、相手が少し身動いだ。
「……ぁ、侵入者……?」
震える声でこちらを見上げているのは、小柄な少年だった。
夜空のような短い黒髪に、淡い銀の瞳。だが、その瞳は虚ろで、焦点が合っているのか怪しかった。
身につけている装束は、以前に見た月の神と同じような白い薄衣だが、ところどころ破けて白い肌が覗いていた。
「答えろ」
尋問する俺の背後では、スズシロとスズナがいつでも魔法を放てるように、警戒を解かずに待っている。
「……あ、私……は……」
少年が何か答えかけたところで、さらに宮殿から人影が走ってきた。
「ちっ」
舌打ちして、少年の首に刃を当てたまま、身動きできないように腕を回してその細い体を押さえつけた。
救出に来た敵ならば、悪いがこの少年は人質にさせてもらう。
「声を出すなよ」
新たな人影の出方を待ちながら、俺は短剣を握る手に力を込めていた。




