4−4
グルルルッ、と低い唸り声が静寂の森に響いた。
これまで一切気配を感じさせなかった黒い獣が、俺たちの前に立ち塞がっていた。
あれは、黒い……狼だろうか。月の神の眷属か?
「カーンさま、こちらを」
狼から視線を外さずに、スズシロが白い装束の懐から短剣を取り出し俺に手渡してきた。
「これは?」
「主の魔力で包んだ護身用の短剣でございます。貴方さまなら、これでも充分に、御身を守れるかと」
「圧縮する時には、持たせられなかったから」
「……ありがたく、借り受ける」
力を込めて握りしめ、鞘から抜く。
月明かりを受け、刃が鈍く銀色に光っていた。
黒狼が、一歩こちらへと足を踏み出した。
身構えたスズナの手から、時魔法の光が放たれる。
黒狼へと真っ直ぐに向かった白っぽい光がその体を包み込んだと思った瞬間、黒狼の体が縮みだした。
相手の肉体を、生まれる前まで戻して消滅させてしまう、スズナの時魔法。
攻撃に使えると聞いた時は、恐ろしい魔法だと思ったものだが、味方になるとこれほど心強いとは。
見せてもらったことはないが、おそらくスズシロにも使えるのだろう。
黒狼が消滅するかに見えた瞬間、その背後から新たに狼が三匹現れた。
「っ、新手か!」
「お任せを」
スズシロの冷静な声と同時に、同じく時魔法の攻撃が放たれた。
借りた短剣を手に、俺も別の狼へと駆け出した。
半開きの口から涎まみれの長い舌を出し、牙を剥き出しにこちらを見ている黒狼に素早く近寄る。
身を低く落とし、振りかぶってきた鋭い爪を躱す。
ヒュンッ、と風の音を立てて空を切った前足を、短剣の刃先で切りつけた。
傷の痛みに腹を立てたのか、黒狼が俺に向けて唸る。切られなかった方の前足が俺に向けられたが、再び躱して首筋に刃を当てた。
スッと引き裂くように短剣を動かせば、血を噴き出させて黒狼が倒れた。
頬に返り血が飛ばないように、後ろへ一歩飛び退いた。
振り返れば、スズシロたちの戦闘も終わっていた。
あいつらが三頭倒す間に、俺は一頭か。
いや、競っているわけではないからな。無事に沈黙させられたことに満足しよう。
「カーンさま、お見事でございます」
「こいつらは何だ?月の神の眷属か?」
「眷属と申しますか……」
言い淀むスズシロに首を傾げていると、俺の倒した黒狼を時魔法で消滅させ終えたスズナが振り返った。
「月の神さまに魅了され、用心棒のような働きをさせられていた獣」
「魅了……」
ぱんぱんと軽く手を叩いて、スズナが立ち上がった。
「けれど、この森にはいなかったはず。月の神さまが警戒して、宮からこちらへ差し向けたのかも」
「では、俺の存在に気づいていると?」
「それはまだ、わからない」
短剣についた黒狼の血を拭い、鞘に戻す。
魔法を使えない間、この小さな武器一本で、戦わねば。
「……主の御身が案じられます。月の神さまが、吾らの侵入にお気づきならば、主をも警戒されているやもしれませぬ」
スズシロの言葉に気を引き締め、俺たちは再び、薄暗い森を出口へ向けて駆け始めた。




