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鬱蒼と繁る森の中。
木々の間から見える天には白い月が浮かび、気味が悪いほどの静寂が包んでいる。
羽ばたく鳥のさえずりも、森に棲まう獣の息遣いも、生き物の気配というものが何一つ感じられなかった。
前方に目を凝らす。
森の終わりはここからではわからない。だが、薄っすらと明るいのは見える。
ふう、と小さく息を吐き、首元の釦を一つ外した。
「カーンさま、ご気分はいかがですか」
後ろから、スズシロの密やかな声が聞こえた。
振り返り、首を横に振る。
「何ともない」
「それはようございました」
聞こえるか聞こえないかという程の囁き声は、月の神を警戒してのことだろうか。
隣に控えるスズナを見やる。
「時の神は?」
「貴方さまを水晶石から解き放つように吾らにお命じになり、先に月森宮へ向かわれました」
「そうか」
この森は、月の神の住処を守るように広がっているらしい。
いきなり月森宮へ俺を連れて行くのではなく、一度この森に潜ませたのは時の神の判断のようだな。
体を探り、魔力を確かめる。
時限宮で回復したまま、何も異変はない。
そのことに安堵し、スズシロたちに視線を向けた。
「すぐに突入か?」
「いえ、主が月の神さまのお気を引かれるまで、お待ちいただきたく」
「それまでに、宮が見える範囲まで移動。魔力はそのまま、隠しておいて」
スズナの白い指が示す方向を見つめる。
薄暗い森の中、足元は安定していなさそうだ。
「明かりは、天の月のみでございますが、問題ございませぬね」
「問題ない。気配も足音も殺して走るさ」
俺の答えに頷き、スズシロが先導して駆け出した。
踏み荒らされた獣道。
だが、この森に獣はいない。ただ走ることに集中できる。
油断するな、俺。ここはもう、敵地なのだ。
いつもの癖で腰に手をやる。剣は、クララの元だ。丸腰で潜入というのは、なかなか心許ないな。
後ろを走るスズナが、囁いた。
「カーンさま、吾らに遅れずについて来ている。凄いね」
「加減してくれているのだろう?月森宮に突撃する前に体力を使い果たすわけにはいかん」
確信を持って問えば、スズシロがふいっと横に顔を向けた。
「カーンさまの能力が、それだけ高いということ。スズナ、余計な話をしている暇はありませんよ」
「スズシロは、お堅い」
忍びやかな笑い声を漏らすスズナに、スズシロが鋭い視線を向ける。
「いい加減になさい」
走る速度は一切落とさずに、呑気な会話を交わす精霊に、思わず口角が上がる。
俺の気持ちを和ませようなどという気遣いはこいつらにはないだろうが、冷静でいられるのはありがたい。
「カーンさま、今の内に、御身を吾らの魔力の障壁で包みます」
「月の神に感づかれないか?」
「吾らの魔力は時の神の眷属としての力。月の神さまには、貴方さまのことはわかりますまい」
「ならば、頼む」
答えると同時に、俺の全身を心地よい魔力が包み込んだ。
時限宮にいる間に、精霊たちの魔力には慣らされたからな。
いよいよ森の終わりが見えてこようかという頃、唐突に、スズシロが立ち止まった。
「どうした?」
同じように足を止め、小声で尋ねる。
「これは……スズナ?」
「うん。何かいるね」
彼らの会話に、魔力を高めないように注意しながら、俺は身構えた。




