4−2
神話が描かれた壁画の前に、卓と椅子が置かれていた。
俺の目には充分豪勢に見える食事が、所狭しと並べられている。
銀の食器が、天からの光を受けて輝いていた。
「来たか。まずは食って、力を整えよ」
椅子に座したまま、時の神がのんびりと茶を飲んでいた。
「今日まで、世話になった」
頭を深く下げる俺に、時の神がクックッと笑う。
「戦いは、これからじゃぞ。その言葉は、まだ早かろう?」
「再びこの時限宮に戻るかはわからん。おま……貴方の思惑が何であれ、力を鍛えてもらったのは事実だ」
「潔いことじゃな。では、礼の言葉は受け取っておこう。さ、飯を食うがよい」
鷹揚な言葉に頷き、椅子を引いて腰を下ろした。
温かな湯気を立てるスープに、ゆっくり匙を入れる。
静かな食事だった。
食器の当たる音だけが、微かに響いている。
時の神も双子の精霊も、俺の食事の様子をじっと見つめているから食べにくいな。
だが、残さず頂く。
最後の一口を咀嚼し終え、ゆっくりと匙を置いた。
「ご馳走様」
「食後のお茶でございます」
スズナに差し出された茶器を受け取る。
再び百合の香りに包まれる俺を眺めながら、時の神が口を開いた。
「さて。月の神の住処じゃが……神々の間では月森宮と呼ばれておる」
「月森宮……」
「滅多に住処から出て来ぬあの方じゃが、時たまあの塔に影を飛ばしておる。魔女を……甚振るためじゃがな」
それは一度見た。
狩りから戻った俺の目の前で、クララの頬を切られたからな。
怒りは腹に溜め込む。一つ一つに反応していては、キリがない。
月の神を殴る回数が増えるだけの話だ。
「あの方のご機嫌伺いに昨日月森宮に赴いたが……随分と荒れておられた」
「荒れていた?」
昨日は、最後の特訓ということでふらついていたからな。
スズナに茶をもらった後、寝台に倒れ込んだのを憶えている。
時の神の帰還には気づかなかったな。
「どうも、塔で魔女にお主のことを問い質したようじゃな。じゃが、魔女は何も答えなかった、と」
クララ……貴方も戦っているのか。
あの寒々しい塔で、たった一人で……。
きつく目を閉じた。脳裏に浮かぶ彼女の笑顔を、振り払う。
会いたくてたまらなくなる。戦いへの集中力を削がれる。堪えろ、俺……。
「随分ご機嫌斜めじゃ。危険は想像以上かもしれん。覚悟はよいか?」
「問われるまでもない」
目を開け、時の神の瞳を真っ直ぐに見つめ、答えた。
何のためにここまで来たと思っているんだ。
尻尾を巻いて逃げ出すなど、そんな無様は晒さん。
俺の覚悟を確かめたのか、時の神がゆっくりと立ち上がる。
「では、お主をこの水晶石に、吸い込ませる」
広げられた皺だらけの手の平に転がる、青い水晶石。
クララの瞳に似ているような、青い煌めき。
彼女に守られているような心持ちで、敵地へ行けるか。
「頼む」
迷いなく言うと、時の神が俺の傍に立ち、頭の上に手を翳してきた。
ずん、と体に圧力がかけられた。
重さで、地面にめり込みそうだ。急速に、俺の体が縮んでいくのを感じる。
二度目だが、やはり慣れない感覚だ。
だが、意識を保ってみせる。次に動けるのは敵地なのだ。
水晶石に吸われるのを感じた瞬間、時の神の寂しげな瞳と視線が絡んだ。




