4−1
貸し与えられた部屋で、寝台から身を起こす。
はだけていた襯衣をきっちりと首元まで釦で留める。
立ち上がり、体を伸ばす。数日振りの睡眠だったが、存外よく眠れたようだ。
入口の扉の前に掛けられた黒い軍服の上着を手に取る。胸元に赤い絹糸で刺繍がされている。炎の国の紋章だった。
袖を通し、襯衣と同じように前を留める。編み上げの黒い軍靴の内へ裾をしまい込み、石造りの床を踏みしめた。
ふう、と息を吐くと、扉が控えめに叩かれた。
「カーンさま、失礼致します」
スズシロの声だ。
「入ってくれ」
俺の返事に、扉がゆっくりと外側から開かれた。今日も真っ白なスズシロが、後ろにスズナを控えて立っていた。
「よく眠れましたでしょうか」
「あぁ、百合の香りの茶を就寝前に淹れてくれたろう?お陰でぐっすりだ」
「よろしゅうございました」
何の抑揚もない口調だが、ここ数日で少しはわかるようになってきた。この精霊は感情がないわけではなく、それを表に出さないだけだということが。
「カーンさま、目覚めのお茶を淹れてきたよ」
対してスズナは、時の神の前でこそ大人しいが、案外好奇心が強く、割と感情豊かに表情を変える。
「ありがとう、二人とも。世話になった」
そうだ。この二人……二人?……人ではないが、まあよかろう。
俺の魔力が光の力だと告げられてからも、特訓は続けられた。
月の神は、相手の魔力を気配で探るのに長けているという。気づかれないように、魔力の気配というものを消す特訓は、終日続けられた。
吐き気との闘いの日々だったが、食事が出されていなかったため、せり上がる胃液との闘いでもあった。
二度と思い出したくない……。
だが、過酷な特訓の成果か、魔力を自在に隠せるようにはなった。
攻撃も防御も、クララに教えてもらった時以上に魔法を扱えるようになった。
月の神がどれだけ強大な力を有しているのか、俺にはわからない。
だが、時の神も精霊たちも、俺の成長には満足げだ。
「出立の前に、主がカーンさまとお食事をともに、と仰せですが」
スズシロの提案に、頷く。
「あぁ、最後の食事になるやもしれん。ありがたく頂こう」
俺は、この身一つで月の神の住処へと発つ。
武器も、道具も、糧食もない。どんな危険が待つか知れない。それでも……。
「吾らも、ともに参ります。カーンさまの御身が危うい時には、盾となってご覧にいれましょう」
「スズシロ、物騒だな。覚悟はありがたいが、命は大事にしろ」
月の神の住処へは、スズシロとスズナがついて来てくれると言う。
俺は、甘えてばかりだ。だが、断ることもできない。
己の力だけで、目的を果たすと言えないところが、情けないな。
部屋を出て、静かな廊下を進む。
時の神は、壁画の部屋で待っていると言う。
いよいよ、決戦の場へ向かうという感慨が、俺の身を内側から震わせた。




