3−25 クララ
ライカーンは、今どうしているかしら。
時限宮で、時の神と戦っているの?
それとも、あの神さまを正気に戻そうと、対話している?
無事でいるなら、どちらでもいいわ。
厨に足を踏み入れる。
壁際にある食料庫が目に入った。
そっと手を伸ばし、扉を開けてみる。
ライカーンが塔の外で採ってきた山菜が、少し残っていた。
「ふふっ、意外と何でも食べるのよね。王さまなのにね」
誰にも聞かれていない独り言。
でも、何だか胸があたたかい。
思い出した過去に、苦痛まで蘇ってきそうだった。
でも、私は負けないわ。
ライカーンが来てくれて、私の世界を取り戻してくれた。
彼が入口の時計の歯車を外したことで、私の記憶の蓋はズレ始めた。
いえ、彼に自覚なんてなかったでしょうけど。
さすが、脳筋の王さまね。
あ、いけない。脳筋ではないのよね。また怒られちゃうわ。
彼との会話を思い出して、ふふっと笑う。
でも、どうして人間の彼が、時の神の封印の歯車を外せることなんてできたのかしら。
彼にはまだ、知らない秘密が隠されていそう。
私が、その秘密を知る時は来るのかしら。
厨を出て、彼が狩りの出入りに使っていた本棚の隙間に歩み寄る。
結界は、しっかりと張られている。
そう言えば、随分歪んだのよね。ライカーンの魔力は、私が思っているよりずっと強かったのかしら。
月の神を弾き返した光もそう。
あれではまるで、炎の王ではなく、光の御子だわ。
……光の御子?
大神殿にいた、太陽神の御子?
どうしてライカーンと重なるのかしら。
見た目は全然違ったはず。確か……。
塔の中央で、何かがぶつかる音が響いた。
ビクッと肩を揺らして、振り返る。
何……?
裸足のまま、慎重にそちらへ向かう。
誰もいないわ。
何の音だったのかしら。
ガラスの床に、剣が落ちていた。
赤い炎の装飾がされた鞘の、美しい剣。
最上階に置いてあったはず。どうして、ここにあるの?
『連れ込んだ男は、どこ?』
刺々しい声が、私の動きを縛る。
思わず上を見上げる。
真っ黒な影が、漂っていた。
『ねぇ、僕に黙って連れ込んだ男、どこにやったの?』
どうして、月の神が……。
冷や汗が背中を伝う。
いいえ、これは影。私のことなど、はっきりとは見えていない。
魔力の気配を探って、話しかけてきているだけよ。
声を出さないように、両手で口を覆う。
『この剣、その男のでしょ。ねぇ、どこにやったのさっ!』
だんだん荒くなる声に答えず、影をじっと見つめる。
心臓を奪われた時の痛みが、戻ってくるようだった。
『大体っ、君は僕のためのモノなんだからっ、隠し事なんて生意気なんだよっ!』
ヒュンッ、と風を切る音がする。
傷の痛みに備えて身構えた。
でも、私の頬をほんの少し掠めて風の刃は後方へ飛んでいった。
力が上手く制御できていないみたい。
何かしら。いつもの癇癪?
『どうしてっ……僕の思い通りにならないのっ!君もっ、あいつも……っ!』
あいつ?一体誰の話をしているのかしら。




