3−23
時の神の昔話は続く。
「彼女から心臓を奪った月の神は、儂からも見えぬようにどこかへ隠した。そして、高めた己の魔力を王女の肉体に重ね、彼女の体を造り変えていった」
「肉体を、造り変える……」
気持ち悪さに吐きそうだ。
「ただの人の子ならば、心臓を抉り出された時点で死に至る。じゃが、あの娘は大神殿に預けられるほどの魔力の持ち主であった。さらには月の神の力を受け、その身を人ならざるものに変容させた」
「……」
「それが幸いであったかはわからぬ。あれにとっては、死んだ方がましだと思えるほどの苦痛であったろう。もっとも、それに気づいたのは儂が正気に戻った後じゃったがの」
スズナが俺の前にも新たな茶を淹れた。
指先が白くなるほど握りしめた拳を、ゆっくりと解く。
そうだ。これは過去の話だ。彼女の身に、これから起こることではない。
落ち着いて、すべて聞くんだ。
百合の香りの茶を口に含んだ。少し、冷静になれた。
「元は水色であった彼女の髪が、月の神の魔力をその身に受け入れさせられ、真っ黒に変化した。そして、気を失った彼女の肉体に、月の神は太陽神さまを押し込めた」
「どう、やって……」
声が掠れる。人の身であったクララに、神を封じるなど、どうすればできるというのか。
俺の疑問に、時の神が答える。
「王女……いや、魔女と呼ぶか。彼女にしたのと同じじゃよ。眠らせて、月の神の魔力で包み込んだ。他者を疑うことなどご存知なかった太陽神さまを、騙して眠らせるなど、容易なことであったろう」
頭が理解を拒む。
悍ましい真実が、俺の気力をすべて奪っていくようだ。
「月の神は夜を統べる闇の神でもある。太陽の光を覆い隠す力じゃ。その力で、太陽神さまの御身を包み、圧縮して、魔女の肉体の、心臓があった場所に吸い込ませた」
「圧縮……」
「お主も、魔女にそうされて、ここへ来たのじゃろう?」
確信を持って聞かれ、俺はハッとする。
時限宮へ飛ばすために、俺を小さく縮めて水晶石に込めたクララの魔法。
元は月の神の魔法だったのか。しかし、何故時の神がそれを知っている?
「あの時……塔に着いた時、月の神は大層お怒りであった。魔女が男を隠した、と。あの方は他の気配に敏い。儂には見えぬ誰かがいるということは、魔女が何か企んでおるとわかった」
そう言えば、月の神の横から前に出てきたな。
時の神の姿に隠れて、クララのしていることは月の神にはよくわからなかったはず。
水晶石に吸われる瞬間に、確かに見えていた光景だ。
「月の神の手前、儂は魔女を道具として扱わねばならんかったからのう。縋りついてきた手を思わず振り払った……」
だが、俺を押し込めた水晶石は、無事に時の神の袖に入り込んだ。
では、気づいていてそのままにしたのか、この老神は。何のために?
「これまで数百年、あの塔でただ一人、何もことを起こさず生きてきた魔女が、初めて見せた反抗じゃ。何を企んでおるのか、月の神に隠れて確かめたかった」
それが、今この現状か。
「儂に話せることは、これですべてじゃな。月の神が隠しておることのすべてはわからぬし、儂もこうして、あの方に隠れて動いておる。ここから先は、お主次第ということになる」
時の神の言葉が、俺の中に重たく響いてきた。




