3−22
過去を回想するようにしばらく目を閉じ、息を吐く時の神。
スズナが、時の神の茶器に茶を注ぐ音だけが、静寂の中で響く。
ふ、とスズシロと目が合った。
「カーンさま。主の話は過去の真実ではございますが、理解はできておられますか?」
何か失礼な質問だな。
「今のところは、な。ただ、怒りで我を忘れそうではある」
「左様でございますか。そのお気持ちは、我慢して頂けるとありがたく存じます。貴方さまの先ほどのお力を見るに、この宮にいる他の精霊たちがすべて吹き飛びそうなほど、強大な力が眠っておられるようですので」
そんなにか?だが、時の神の配下の精霊など、吹き飛ばしても心は痛まん。などと言えば、さすがに怒るだろうな。
自分の考えに苦笑し、スズシロに頷いてみせた。
「わかっている。ここで怒りを爆発させたところで、太陽を取り戻すことも、塔の魔女を救うこともできんからな」
「それはようございました」
無表情のスズシロが、微笑みを浮かべたように見えた。
沈黙していた時の神が目を開ける。
「随分懐かれたのう」
「えっ?」
「スズシロじゃ。月の神の来訪時さえ、ほとんど口を利かなかったというに……」
言われて、傍らに立つスズシロを見上げる。
すました表情からは、何の感情も窺えない。
「そのようなことよりも、主よ。お話の続きを」
「お主は……まあよい。それで、どこまで話したかのう」
しっかりしてくれ……。
「魔女が、いかにして塔に閉じ込められたか、ではないか?」
「そうじゃな。
北の岬に塔を造り上げ、月の神にお報せしたところ、嬉々として見に来られた。完璧だとの仰せに、儂は単純に喜んでおった。あの方のご機嫌をとれたからのう」
スズナが淹れた茶を口に含み、時の神は続ける。
「そこで初めて、世界をすべて己のものにしたいと告げられた。太陽神を封じ、この世はすべて、夜が統べるのだ、と」
スズシロとスズナが、ピクリと片眉を上げた。
動きまでそっくりだな。
「太陽神さまを崇拝しておった儂に、じゃ。残酷なことを仰せだと今なら思うが、既に儂はあの方に魅了され、あの方の願いはすべて、叶えねばならぬと思うておった」
過去を悔いる表情を見せる時の神。これは、本音なのだろうか。
「そして、月の神は大神殿からあの王女をこっそりと連れ出した。眠らせて、己の魔力で包み込んだ、あの娘を」
クララ……。
貴方が何故、あの塔に連れて来られたのか、その答えがここにあった。
だが、貴方と再会した時に、この話を聞かせるべきだろうか。貴方が憶えていないのならば、そのままの方がいいのだろうか。
残酷な過去を、伝えずに済むのならそうしたかった。
「儂の元に連れて来られた王女はまだ、人の子であった。じゃが、塔の中に入れ彼女の目が覚めた瞬間、月の神が心臓を抉り出した」
「……っ!」
クララの過去の痛みに、胸が張り裂けそうだ。
どれほどの苦痛だったろう。
一国の王女として生まれた彼女が、たった一人、味方もいない得体の知れない神の前で、そんな辱めを受けたなどと。
「そうして月の神は、楽しそうに仰せになった。この女の肉体に、太陽神を封じる、と」
語り終えた時の神の表情には、悔恨と疲れが滲んでいた。




